人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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185話 時女当主の葛藤

田んぼの刈取期も終わりを迎える2019年の9月頃。

 

魔法少女一族の隠れ里である霧峰村の田んぼには、次の芽生えである青々しさが目立ってくる。

 

そんな道を歩いていくのは銃が収められたバックを背負う時女一族当主を務める女性であった。

 

「田村さーん、ちゃんと働いているようで偉いわねー」

 

静香の母親が視線を向ける方には、田んぼで米ぬかをまいている妖精悪魔のタム・リンがいる。

 

今の時季は田んぼの土を育てる時期であり、田んぼの微生物の養分をまいているというわけだ。

 

静香の母親の声が聞こえた田村はキッとした顔つきを見せてくる。

 

「悪魔使いの荒い女サマナーめ!私にもっとカンナギ達と触れ合える時間を作って下さいよ!!」

 

「それは出来ない相談ねー。貴方は股間にだらしない男だから」

 

「うぅ…それは…その……」

 

「貴方が孕ませた巫だってまだ16歳だったのよ?麓の村の病院で中絶する羽目になったのよ?」

 

「ぐっ…ぬぬ……」

 

「女の子の体を傷物にした罰よ。貴方は一生この村の労働力としてこき使ってあげるから」

 

笑顔で手を振りながら去っていく静香の母親を見送った田村はガックリと項垂れてしまう。

 

そんな彼を尻目に静香の母は家路についているようだ。

 

「お勤めご苦労様です」

 

道を歩いていると声をかけてくる人物が現れる。

 

現れたのは広江ちはるの母親であったようだ。

 

2人は連れ添いながら静香の母の屋敷方面へと向かって行く。

 

「一族の当主だけでなくヤタガラスとしてもお勤めは大変ですね。一週間のお勤めご苦労様です」

 

「ヤタガラスも色々と人手不足なの。他の退魔師一族も後継者が年々減っていく一方なのよ」

 

「この村とて状況は同じです…。巫になれる少女の数も激減したせいで…私の娘も…」

 

顔を俯けてしまうちはるの母の気持ちも分かるのか、静香の母はこう告げてくる。

 

「…娘が巫になるのを止めなかったことを後悔しているのね?」

 

立ち止まってしまった者は静かに頷いてくれる。

 

「巫がどれだけこの国にとって無くてはならない存在であっても…私とて一人娘の母です」

 

「娘の身が心配で堪らない気持ちなら私も同じよ。私にだって…娘は一人しかいない…」

 

「目に入れても痛くない程、ちはるを愛してます。だからこそ…怖いんです」

 

「今は巫として悪鬼と戦う任務からは離れてくれているから命の心配はいらないわ」

 

「それはいいんですけど…その役目が終わったなら、あの子は再び戦場に向かう事になる…」

 

迷いを孕んだ表情を浮かべながらも、ちはるの母は静香の母にこう聞いてくる。

 

「巫は日の本のために悪鬼と戦う…それが時女の使命。ですが…ヤタガラス一族でもあります」

 

「ヤタガラスも時女一族と同じく、日の本の霊的国防を担う存在よ。何が不安なの?」

 

「今回のちはるの任務もそうですが…何処か政治的な思惑を感じさせてくるんです」

 

――ヤタガラスとは、本当に時女一族と肩を並べて霊的国防を担うだけの存在ですか?

 

時女一族の分家筋であり本家からも遠ざかってた者ゆえにヤタガラスの事もろくに知らない。

 

それゆえの誤解なのだろうと、静香の母は村の人々が憩いの場として使う施設まで来るよう促す。

 

ジビエ料理を提供する店にまで来た2人が外の席に座り、ヤタガラスについて話してくれた。

 

「ヤタガラスは霊的国防を担うだけではないわ。この国の神道の大本として祭祀を執り行うの」

 

「霧峰村で言えば…神子柴様のような存在ですね」

 

「天皇家とも遠縁ではない由緒正しい皇族出身者の組織。ヤタガラスとは天皇家なのよ」

 

「では、ヤタガラスのために戦うのは…天皇陛下のために戦うのと同じですね」

 

「それこそが日の本のために戦う時女一族の誇りなの。貴女の娘も誇りを持ってくれていいの」

 

それを聞かされても、ちはるの母の顔は沈むばかり。

 

天皇陛下のために戦うことこそが日本人の誇り。

 

そう日本人に摺り込んだ存在こそ、大日本帝国時代という独裁国家時代の悪夢であったからだ。

 

極右のナショナリズムを掲げて日本人達の人権を踏み躙り、国を焼いて大勢を死に導いた存在。

 

それもまた天皇家とヤタガラスの側面であった。

 

「日の本のために戦うことは日本人として大切ですが……どうか、ご自愛下さい」

 

静香の母を残してちはるの母は去っていく。

 

彼女の心は大日本帝国や時女一族のような極右を掲げるナチス狂いになど染まってはいない。

 

ナチスや大日本帝国が行った戦争の悲劇を歴史で学んだ者だからこそ怖くなる。

 

護国救済の名の元に死にに行った特攻隊員みたいに娘がされないのかと怖くて堪らなかったのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

まだ十代の学生である三浦旭は猟師免許を持っていないため猟友会には所属していない。

 

そもそも魔法少女達は全員が銃刀法違反者であり、犯罪者連中とも言えるだろう。

 

なので時女一族では暗黙の了解のもとで法を違反する魔法少女達を黙認する習慣があるようだ。

 

本来なら猟師には厳しい法律が課されるのだが、時女集落で暮らす三浦旭は自由に過ごせている。

 

全ては守るべき国民の安寧の為、時女本家と神子柴家から嘘も方便だと判断されているのだ。

 

「ねぇねぇ、旭は将来どんな職業に就きたいの?」

 

旭の隠れ家と言えるジュボッコの木の下で休んでいる旭に問いかけるのはシルフとコダマである。

 

どうやら妖精郷に迷い込んだ時から友人のような関係になれたようだ。

 

「本来猟師は冬場しか狩りが出来ないであります。なので猟師だけでは生きられないであります」

 

「じゃあ、マタギ以外のおしごとをするんだねー?」

 

「そうなるでありますな…。しかし、猟師のような生き方しか知らないであります…」

 

「それを教えてくれる親友のような巫と出会えたらいいんだけどね~」

 

「そうでありますな…。我はそのような親友と出会いたいであります」

 

「シルフは当てにしない方がいいよ~。この子は人間社会なんて全然知らないからさー」

 

「うっさいわね!私だってもっと人里に遊びに行きたいけど…王様達が許してくれないのよ」

 

「大丈夫であります。自分は巫だけでなく人間としても頑張って自立して生きるでありますよ」

 

友達同士の会話を終えた時、背後にそびえるジュボッコはこんな話を持ち出してくる。

 

「巫か…。お前さんは不自然に思ったことはないかのぉ?」

 

「お爺殿、それは何をでありますか?」

 

「時女一族の神社において、なぜキュウベぇと呼ばれる契約の天使が神と崇められるのかを」

 

「契約の天使である久兵衛殿と神道には、歴史において何か繋がりがあるのでありますか?」

 

「契約の天使とはヘブライの天使。神道とヘブライは密接な繋がりがあるんじゃよ」

 

ジュボッコが語るのは、秦氏一族と八幡(()()())神社についてである。

 

ヤハタを祀る八幡(ハチマン)神社は無数にあり、一番数が多いとされる稲荷神社と双璧を成す。

 

八百万信仰を基盤とした神道国家日本において、ヤハタの神とは何なのか?

 

「ヤハタ神とは古事記にも登場しない異教の神なのじゃ」

 

「では…秦氏一族という外国人達が祀り上げたヤハタ神とは…何者なのでありますか?」

 

「それはのぉ……」

 

重い沈黙の後、ジュボッコはこう告げてくる。

 

――ユダヤ・キリスト・イスラム教の神である…唯一神と同一視されておるのじゃよ。

 

ヤハタ神とは応神天皇を大神として祀り上げたものだというのが通説である。

 

しかしヤハタ神は逆らう者には虐殺の限りを尽くす恐ろしい荒神としての性質もあった。

 

「応神天皇の母である神功(じんぐう)皇后は神道系サマナーであり、巫女だったのじゃ」

 

「巫もまた神様から力を授かる者達…魔法少女と似たような存在でありますな…」

 

神道系サマナーには神降ろしと呼ばれる能力を持つ者達がいる。

 

神功皇后が応神天皇を産む前の神話を描いた古事記があるのだ。

 

神がかった神功皇后と同席していたのは夫である仲哀天皇とタケノウチノスクネだ。

 

神の言葉が正しいか否かを判断したタケノウチノスクネであるが、仲哀天皇は激怒する。

 

妻に宿った神は異教の神だと罵倒した仲哀天皇は神の怒りを買い死亡する末路を遂げたようだ。

 

では、神功皇后に宿った異教の神とは何者であったのか?

 

「それがヘブライの神である唯一神であり…応神天皇にも唯一神が宿っていた…?」

 

「日本を統治するのは仲哀天皇ではない、神功皇后のお腹に宿った神の御子だとしたかった」

 

「それを望んだ者達が…ヘブライ民族である秦氏一族でありますか…?」

 

「巫女が神を産むって…まるでキリスト教の聖母マリア信仰と同じだよね…」

 

「聖母マリアはレビ族の者と言われておる。レビ族こそが秦氏なのじゃ」

 

神功皇后は聖母宮で祀られている神である聖母であり、マリアとの共通性をもつ存在だ。

 

古事記神話とは秦氏の望みが託されているとも考えられる。

 

古事記創設の頃には既に、キリスト教が日本に流れ込んでいたようであった。

 

「それが景教…ネストリウス派キリスト教でありますか?」

 

「神道の中身はユダヤ教と殆ど変わらないキリスト教で出来ておる。これで分かったか?」

 

「神社がヘブライを崇めるのは自然であり…ヘブライの天使である久兵衛殿の信仰になった?」

 

「もっとも…それだけではないのじゃろうがのぉ」

 

樹木悪魔であるジュボッコのしわくちゃな顔を山小屋に向けていく。

 

近寄ってきていたのは静香の母であるヤタガラス所属のデビルサマナーであった。

 

「ジュボッコ、お喋りが過ぎるわよ」

 

「分かっておる。喋ってはならん部分は語っておらんよ」

 

「そう…それならいいわ。それよりも旭ちゃん、妖精のお友達が出来たのかしら?」

 

「紹介するであります。妖精のシルフ殿とコダマ殿であります」

 

「悪戯しにきたわけじゃないから警戒しなくてもいいわよ」

 

「そうそう!それにねー、旭は亡者悪魔とも友達になれる子なんだよー」

 

「旭ちゃんの固有魔法のせいね…。亡者悪魔は気をつけなさい、体を乗っ取られるわよ」

 

「そ…それは困るでありますな。我は女の子でありまして…男の亡者に憑りつかれては…」

 

「フフッ♪エッチなことをされても知らないんだから♪」

 

「き…肝に銘じるであります!」

 

静香の母に促された妖精達は妖精郷へと帰っていく。

 

ジュボッコが見送る中、静香の母は旭を家まで送り届けてくれるようだ。

 

森の中を歩いていく静香の母の表情は暗い。

 

自分が到着するまでにジュボッコが時女の里の秘密について語っていないかを警戒していた。

 

「旭ちゃん、時間はある?」

 

「大丈夫でありますが…何でありましょう?」

 

「私についてくる気があるなら、特別な場所に連れて行ってあげる」

 

「特別な場所でありますか?」

 

「旭ちゃんは語尾が軍人みたいじゃない。もしかして…大のミリタリー好き?」

 

秘密にしていた趣味に気が付かれてしまった旭が頬を染めながら慌ててしまう。

 

「え…えと…これはでありますね…」

 

「フフッ、やっぱり♪実はね…私も同じ趣味を持ってるのよ♪」

 

「まことでありますか!?」

 

「だからこそ、私の秘密基地に連れて行ってあげる」

 

「うわー!うわー!静香殿の母殿がミリタリー好きだなんて…嬉しいでありますー!!」

 

テンション爆上がりな旭を連れていく先とは時女の里を見下ろせる山にある山井戸である。

 

山井戸の元まで来た静香の母は使われなくなった井戸の蓋を開けて下りていく。

 

「枯れた井戸の底を秘密基地にしていただなんて…浪漫が溢れますな!」

 

設置された梯子を使って旭も下に下りていく。

 

井戸の底には奥まった空間があり、彼女は奥へと進んで行く。

 

明かりが見える先で見た光景。

 

それはミリタリー好きな少女にとっては興奮を隠せない浪漫溢れる光景であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

洞窟の奥に広がっていたスペースにあったのはガンスミスの隠れ家かと思う程の設備。

 

壁に立てかけられた金網には様々な銃火器が壁掛けされている。

 

机には銃の改造・分解・整備をする作業スペースや銃弾制作のハンドロード機械もあった。

 

「す…凄いであります!!まさに眼福でありますよ!!」

 

「気に入ってもらえて何よりね♪全部実銃だから扱いには気を付けてちょうだい」

 

机の椅子に座りながらはしゃぎ回る旭の姿を微笑みながら見守る静香の母。

 

旭は様々な銃を手に取っては目を輝かせている。

 

ガンラックの隅にあった台の上に置かれていた布をとってみると驚きの声を上げてしまう。

 

「こ…これはダネルNTW-20!?狙撃銃としては最大級の弾薬を使用する銃であります!」

 

「私は狙撃にも自信があるのよ。でもその狙撃銃は流石の私でも重すぎて運用出来なかったわ」

 

「航空機関砲サイズの弾を撃つ銃でありますし、それは仕方ないかと…」

 

布をかけ直した旭が次に目についたのはハンドロード機械である。

 

「静香殿の母殿は弾を自作出来るのでありますか?」

 

「仕事で使う弾は自作するのよ。ほとんどのサマナーはしないけど、私は趣味の範囲で作るわ」

 

銃弾ロッカーを開けてもらい、中に収められた弾の一つを手に取ってみる。

 

「それは対悪魔用の銃弾よ。陰陽道の呪符と同じく魔力が込められているのよ」

 

「不思議な銃弾でありますな…。五芒星が刻まれているでありますし」

 

神経弾、魔力の弾、銀の弾、毒針弾、閃光弾といった特殊な弾丸を静香の母は作っているという。

 

「これらの銃はどちらで調達したのでありますか?ここはアメリカではなく日本でありますし…」

 

「これらの銃はね、サマナー達が利用する米軍基地の補給ルートから調達してるのよ」

 

「サマナー達は米軍基地を利用して銃を調達するのでありますか!?」

 

「スミス大佐にはいつもお世話になっているわ。まぁ、それは他のサマナー達も同じだけれどね」

 

「なるほど…。それにしても時女一心流現継承者は銃にも精通しているとは意外でありましたな」

 

「デビルサマナーは銃にも精通しているの。悪魔と戦うためにあらゆる分野を駆使するわ」

 

「凄いであります…。静香殿の母殿がデビルサマナーとは…カッコイイでありますね!」

 

「ありがとう♪ここは静香にも内緒にしている場所なの。旭ちゃんだけ特別に連れてきたのよ」

 

「我もミリタリーを愛する同志であります!狙撃に詳しいなら我を鍛えて欲しいであります!」

 

「そうねぇ…。静香が帰ってくるまでならいいわ。あの子に火薬臭い女だと思われたくないし」

 

「やったでありますー!!」

 

嬉しさのあまり抱き着いてきた旭の頭を静香の母は優しく撫でてくれる。

 

しかしその表情は曇っていき、彼女はこんな話を切り出してきた。

 

「ねぇ…旭ちゃん。ジュボッコから聞いた話なんだけど…」

 

「ヤハタ神と八幡神社にまつわる事でありますか?」

 

「そうじゃなくて、この村の神道信仰とヘブライとの繋がりについて…何を聞いたの?」

 

詳しく聞いてみるが、どうやら静香の母が危惧しているような内容ではなかった。

 

ホッと胸をなでおろす静香の母であったが、それでもその表情は穏やかではない。

 

「旭ちゃん、ヤハタ神を崇拝するヘブライ民族はね…人身御供の生贄儀式を行う民族なのよ」

 

イスラエルの祖であるアブラハムの信仰心を試すために唯一神は我が子を生贄にさせようとした。

 

結果は唯一神の使いである天使が止めに降臨し、代わりに雄羊を生贄とさせたようだ。

 

これらの生贄行為には神なりの動機があると言われている。

 

イスラエル民族は生贄習慣を持っている悪魔崇拝民族でもあったため戒める狙いもあった。

 

この習慣はカナン地方ではモロク崇拝やバアル崇拝などで一般的に行われていたようである。

 

「バアル神…モロクでありますか?」

 

「ヘブライは唯一神だけでなくバアル崇拝も行う民族。バアルは子供の生贄を求める邪神よ」

 

暗い表情を浮かべたまま力なく椅子に座り、静香の母はこんな話を旭に持ち出す。

 

「旭ちゃんは…この村の巫でしょ?なら…巫達の独り立ちの風習も知っている筈よ」

 

「巫にとっては…この村から独り立ちする()()()()()()でありますね」

 

「貴女たち巫が成人に近づくか、戦えない者になった時…裳着が行われるわ」

 

「我はまだ成人に近い年齢ではありませんし、戦えない体になる程の傷はありません」

 

「でも…全ての巫達はいつか裳着を行う事になる。成人した者として…村を出て行くの」

 

「その時は…寂しくなりますな。この村は我にとっては第二の故郷であります」

 

「私も寂しい…。それでも、これは巫達にとって避けては通れない道…私も覚悟を決めるわ」

 

「その時が来るまでは…ご指導よろしくお願いします、教官殿!」

 

突然の発言を受けた静香の母の表情が驚きを浮かべてしまう。

 

「きょ…教官?私が旭ちゃんの…?」

 

「そうであります!自分に狙撃の技術を仕込んでくれる教官殿であります!」

 

元気な顔を向けてくる彼女の気持ちに心を曇らせながらも、精一杯の笑顔を浮かべてくれる。

 

「よしっ!時間が出来たら覚悟しなさいよ!娘のようにビシバシしごいてあげるから♪」

 

「了解であります!」

 

笑顔で敬礼を行った旭は家路につくため井戸の底から上がっていく。

 

それを見送った静香の母であったが、彼女の表情は悔しさによって酷く歪んでいる。

 

拳を壁に叩きつけ、彼女は力なく両膝が崩れてしまったようだ。

 

「何が時女当主よ…。私なんて…子供達の命を…神の生贄に捧げているだけの…外道よ!!」

 

泣き崩れてしまった静香の母の泣き声だけが井戸の底に木霊していく。

 

その者の慟哭に触れてくれる人物は、この場にはいなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

静香が暮らしてきた屋敷には住み込みの家事使用人が何人かいる。

 

その中には田村という人間のフリをさせられている妖精悪魔のタム・リンの姿もあったようだ。

 

料理を担当する使用人から当主の元まで晩御飯を運んでほしいと頼まれ、膳を持ち運ぶ。

 

「失礼します…」

 

薄暗い和室の奥には、縁側で黄昏ている静香の母の姿があった。

 

「随分と遅いご帰宅ですな?料理番の方も夕飯時には帰ってきて欲しいと言ってましたがねぇ」

 

盛りつけられた料理が並んだ膳の台を畳の上に置くが、静香の母は顔を向けてもくれない。

 

何かあったのかと心配するが、自分をこき使う者のことなど知らんという表情を浮かべてくる。

 

踵を返して去ろうとした時、静香の母が呼び止めてきた。

 

「少し…話があるの。村の者ではない貴方だからこそ、話がしたいわ」

 

「何やら訳ありのようですね?まぁ…いいでしょう。住む家も提供してもらってることだし」

 

縁側から立ち上がり、座り込んだ田村の前にまで来て正座する。

 

向かい合う静香の母の様子がおかしいと気が付いている彼は息を飲み込む緊張感を見せた。

 

「私はヤタガラスに所属するサマナーよ。その上で時女一族の女当主も務めているわ」

 

「それがどうかしたのですか?自慢話をしたい空気とは思えないのですがねぇ?」

 

「私は霧峰村の当主として、この村全員の幸福を優先する義務がある。それが首長の務めなのよ」

 

「君主論にもありますね。人間如何に生きるべきかを見て、現実を見ないでは破滅するだけです」

 

「その通り…。数百年間も下界から隔絶された村を生き残らせるには…犠牲が必要だったのよ」

 

それを聞かされたタム・リンは静香の母が伝えたい内容を感づいてしまう。

 

彼もまた太古の昔から生きてきた悪魔として、魔法少女の秘密を知る者であったからだ。

 

「私の母の時代からこの村にはとある者達が住み着くようになった。今ではその者は村の神官よ」

 

「神子柴家ですね…。貴女の母の時代において、どのようにして神子柴は村に来たのです?」

 

「神子柴はヤタガラスの者としてこの地に訪れたわ。ヤタガラスに逆らえる者はいなかった…」

 

ヤタガラスの命令を受けた神子柴は、この村を護国救済のためにのみ準じるべきだとしたようだ。

 

この村を長年守り抜いてきた時女本家もそれには賛成しており、神子柴家を喜んで迎え入れた。

 

「神子柴の手腕は凄まじいものだった…。霧峰村は彼女の政治力なしでは生きられなくなった…」

 

「村長は絶対的な権力者ではありません。社会に概念的中心を与えるという点に役割があります」

 

「時女本家は時女の矜持を伝える者。そして神子柴家はこの村の政治、経済、祭祀を支える者よ」

 

「理想的な共生関係を築けたようですが…私の目は誤魔化せない。何か取引がありましたね?」

 

タム・リンには隠し事は出来ないと判断した静香の母が重い口を開く。

 

その内容は人道に反するものであった。

 

「この村も太古からヤタガラス一族よ。ヤタガラスに仕える一族として…勅命には逆らえない」

 

「その内容とは…カンナギと呼ばれる魔法少女達のことでしょうね」

 

「そうよ…。ヤタガラスはね…こう勅命を出してきたのよ」

 

――護国救済の名の元に、巫達の願いを使えと。

 

これによって、魔法少女達の自由な願いは剥奪される事となる。

 

キュウベぇを神として祀り上げた一族であろうとも、内心の自由ぐらいはあったはず。

 

しかしヤタガラスの勅命を受けた神子柴家の命令により、時女一族の内心の自由は剥奪された。

 

「勅命に従い、神子柴家は巫達の願いを護国救済の名の元に利用する事が出来るようになったわ」

 

「護国救済というナショナリズムの元に内心の自由を奪う…まるでナチスの政治ですね」

 

「ヤタガラスの望みを叶えるために…巫達は利用されてきた。初めはそれが正しいと思ってた…」

 

天皇一族であるヤタガラスの使命を果たすことは時女一族の地位を上げることにも繋がる。

 

日の本救済を掲げる時女の矜持とも合致しており、当時は反対する者はいなかったという。

 

「私がまだ静香と同じ年齢だった頃…違和感を感じたのよ」

 

「違和感とは…何でしょう?」

 

「護国救済を願った巫達の奇跡がね…反映されていない事に気が付いたわ。考えてもみて」

 

奇跡の力という無敵の政治を行えるのなら、日本に逆らえる外国など存在しないだろう。

 

不平等条約とも言える日米条約すら無効にする奇跡すら起こせたはず。

 

そう考えていた静香の母であったが、奇跡によって国家問題が解決する素振りはなかった。

 

「私はヤタガラスのサマナーとなった頃から…それについて秘密裏に調査をしてきたわ」

 

ヤタガラスは本当に日本を救うために巫達を利用してきたのだろうかと探り続けた。

 

そして不振に思っていた事は意外な事実を発見したことによって憎悪へと変わっていく。

 

「神子柴はね…ヤタガラスの者でありながら…ヤタガラスを裏切っていた者だったのよ」

 

「どういう…ことですか…?」

 

「神子柴の裏にはユダヤ財閥がいる。あいつはユダヤ財閥を儲けさせる為に…奇跡を悪用したわ」

 

何も疑わない時女の少女達は神子柴の言う通りに願い、奇跡を行使してきた。

 

しかしその内容は護国救済ではなかった。

 

日本の全てを売り尽くすに都合がいい内容であったのだ。

 

驚愕した表情を浮かべた田村は立ち上がり、こう叫ぶ。

 

「なぜ神子柴を生かしておくのです!?ヤタガラスに報告すれば国賊として処刑出来たはず!」

 

もっともな言葉であるが、それが出来ない悔しさを抱えた静香の母の両手が握り込まれていく。

 

「ヤタガラスはね…それに気が付いていた。それでもヤタガラスは神子柴を止められない」

 

「本当にその神道結社は日の本の味方なのですか!?矛盾していますよ!」

 

「私の推察では…神子柴の裏にいるユダヤ財閥をヤタガラスは恐れている。逆らえない程に…」

 

「日の本にとって神子柴家は国賊以外の何者でもありません!今直ぐ斬るべきです!!」

 

握り込まれた両手が震えていく。

 

静香の母もそれを今直ぐ実行したくても、時女の当主として出来ない事情があったのだ。

 

「母の決めた事を引き継ぐ形で時女の当主となった。それが間違いであっても私は変えられない」

 

「神子柴を憎む気持ちこそが日の本を思う護国救済の感情の筈です!なぜ戦わないのですか!?」

 

「霧峰村はね…廃村間近の村だった。神子柴がいてくれたからこそ…今でも生き長らえている」

 

「それでも時女の当主ですか!?時女の矜持は日の本を守ることでしょう!?」

 

「私は霧峰村を守る者でもあるのよ!!」

 

静香の母も立ち上がり、タム・リンを睨んでくる。

 

その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 

「時女の矜持は理想でしかない!理想では村を守れない!時女についてきた皆を…守れない!!」

 

涙ながらに語った現実こそ、君主論の世界である。

 

かつての七海やちよもまた、静香の母と同じ決断をしている。

 

自分についてきてくれた魔法少女達の利益を守ることこそが長の務めだとしたのだ。

 

「日本もそうよ!米国に支配されながらも経済交流がなければ存続出来ない!これが現実よ!」

 

君主論を知る者として、静香の母の苦しみも分かる。

 

だからこそタム・リンは浅慮な正義感を押し殺す判断をしたようだ。

 

「先ほどの私も貴女に言いましたね…。理想と現実はかけ離れているものでしかないと…」

 

使用人服を着たタム・リンがポケットからハンカチを取り出して手渡す。

 

涙を拭きながら静香の母は座り込み、彼も座り込んだようだ。

 

「貴女はこの村を守るために全ての責任を背負う。貴女は憎まれ役としてカンナギから呪われる」

 

「そうよ…。いつか真実を皆が知った時、私は時女の当主失格者だと…呪われるわ」

 

「カンナギが貴女を憎む理由は神子柴に従属するだけではない。彼女達を騙して…死に追いやる」

 

「貴方も悪魔として知っているのね…。魔法少女達がどのようになるのかを」

 

「この村では裳着という風習にされているようですが…悪魔の私を誤魔化せはしない」

 

この村に居つくことになったタム・リンではあるが、自分以外の悪魔の存在を感じてきた。

 

彼が気になった場所とは霧峰村を流れる川であったようだ。

 

「あの川には悪魔の気配が潜んでいます。もしかして神子柴も貴女と同じサマナーなのですか?」

 

「そうよ…。神子柴が生み出した裳着という風習はね…生贄儀式なのよ」

 

辛い気持ちを堪えながらも、己の罪を懺悔するかの如くタム・リンに伝えてくれる。

 

それは人道に反する外道行為であった。

 

「奇跡を行使した巫達はヤタガラスの戦闘員にされる。その役目を果たせない者は裳着となる…」

 

「我々悪魔が望むのは、魔法少女達の魂です。それは太古の昔から変わらない…悪魔の欲望」

 

「成人を迎えそうな巫…そして戦えない巫は裳着を執り行われる…」

 

――神子柴が使役する悪魔の生贄にされるのよ。

 

答えは知っていても、タム・リンはかけてやれる言葉が見つからない。

 

村の存続のために生き続ける静香の母の無念は、部外者のお気持ちだけで判断は出来ない。

 

たとえ犠牲を強いる判断を行い、多くの者達を見捨てることになろうともついてきた人々を守る。

 

それこそが、西の長として生きた七海やちよも進み続けた()()()()()であった。

 

「ヘブライの天使である久兵衛崇拝も人身御供の道…神子柴を崇拝する道もまた人身御供の道…」

 

「神や悪魔は生贄を所望するものです…。私とて妖精王に拉致されて…今ではこのザマです」

 

「私…こんな現実に…もう耐え切れない…。娘の静香にまで…背負わせたくない…」

 

泣き崩れてしまう女性を見た騎士は立ち上がる。

 

悪魔変身を行った後に跪く。

 

彼の両手には愛槍が持たれており、差し出すような姿を見せた。

 

「この槍を受け取って下さい」

 

「タム・リン…?」

 

「私は貴女を支えたくなった。霧峰村の君主である貴女にこそ、私は仕えたい」

 

「どういうことなの…?こんな憎まれるべき女なんかに…どうしてついてくるの?」

 

「騎士は君主を支える者達。君主の御心を支え、君主の敵を倒す。私は貴女を君主として望む」

 

「どうして…?」

 

それを問われたタム・リンは微笑みを浮かべてくれる。

 

「君主としての器量を供え、民衆達の利益を守る。己の心を犠牲にしてでも守り抜いてくれる」

 

――君主とは虚飾に塗れた者でしかない。

 

――だからこそ、支える者達である騎士が必要だったのです。

 

それを聞かされた静香の母の頬が染まり、涙が浮かんでいく。

 

「ありがとう…。こんな嘘つき女なんかを…君主だと言ってくれて」

 

泣きながらも微笑み、タム・リンの槍を受け取ってくれたようだ。

 

嘘をつきながらでも救える命があるならば、多くの者達を犠牲にしてでも嘘をつき続ける。

 

そんな生き方もまた、人修羅や悪魔ほむらと共通するものもあるのだろう。

 

デビルサマナーとしても生きる静香の母親は新たな仲魔を得ることとなる。

 

タム・リンはこれからも静香の母を支え、彼女の敵を討ち滅ぼす騎士となるだろう。

 

時女の里に動乱が吹き荒れる日も近づいてくる。

 

その時にこそタム・リンはもてる全ての力を用いてでも静香の母の敵を倒すだろう。

 

彼の命は既に、静香の母のものであったから。

 




大変お待たせ致しましたが、時女静香編をボチボチ始めていきますね。
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