人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
故郷のドンレミではジャネットと呼ばれていた少女がいた。
後にジャンヌ・ダルクと呼ばれるようになる少女は契約の天使と出会う事になる。
キュウベぇとも呼ばれるキューブは彼女の名を問うたが、彼女は文盲で文字も書けない人物だ。
そんな彼女が自分の名を間違って書き記した名前こそタルトであった。
彼女には妹のカトリーヌがいて、家族揃って敬虔なキリスト教徒。
そんな彼女にとって契約の天使であるキューブの存在こそ神の使徒そのものに見えただろう。
魔法少女契約を迫られた彼女は何を願えばいいのか迷い続ける。
そんな時、百年戦争の悲劇の一部ともいえる光景がドンレミ村を襲う事になってしまうのだ。
野盗に襲われたドンレミ村において、妹のカトリーヌが凶刃に倒れて亡くなる事となってしまう。
タルトは嘆き悲しみ、妹を守れなかった無力な自分を変えようと決意する。
彼女は契約の天使に向けて切実な願いを語る事になるだろう。
フランスに光をもたらす存在になりたいと願ってしまったのであった。
……………。
周囲は異様な熱狂に包まれており、民衆達が罪人に向けて罵声を浴びせ続けていく。
ここはルーアンのヴィエ・マルシェ広場であり、ジャンヌ・ダルクの処刑が執り行われた場所だ。
彼女はイングランドに囚われ、異端審問にかけられた末に死刑判決を受けたのである。
<<魔女を殺せーーーーッッ!!!>>
<<何が聖女よ!!あんたは神の使いなんかじゃないわ!!人々をたぶらかした魔女よ!!>>
<<お父さんを返せ!!お父さんは傭兵として出稼ぎに行ってフランス軍に殺されたんだ!!>>
<<この魔女め!!お前が夫を殺したのよ!!地獄の業火で焼き尽くされるがいい!!>>
火刑台に向けて民衆達が詰め寄るのだが、兵士達がバリケードとなり通してはくれない。
火刑台の道を歩いていくのは手枷を嵌められたジャンヌ・ダルクの姿。
美しかったセミロングの金髪は切り落とされ、女の命である髪を失った少女が歩き続けていく。
白い布切れのような処刑服を着せられた彼女は虚ろな目を民衆達に向けていくようだ。
(どうして……私だけが罵倒されているんですか?)
民衆達がジャンヌに向けてくる感情とは、正義の感情だ。
魔女を火あぶりにしろ!!
家族を殺したフランスの魔女に裁きを与えろ!!
あの女は存在しているだけで人々の害だ!!
彼女がどんな思いでフランスのために戦ってきたのかなど、権威主義者は知った事ではない。
知る努力なんて必要ないし、してくれるはずがない。
それだけで
(私だって家族が死んでしまった。私はもう…戦乱で犠牲になる人をなくしたかっただけなのに)
そのために彼女は魔法少女となり、フランスに闇をもたらす魔法少女達と戦ってきた。
だが魔法少女として生きたジャンヌ・ダルクは戦場にも魔法少女の力を持ち込んだ存在である。
戦乱で犠牲になる人をなくしたいとぬかしながら、それ以上の人々を殺戮してきた。
ジャンヌ・ダルクも正義を振りかざした者であり、その心理は周りの連中と同じく
家族を返せといいながら罪人を殺すのは構わない、人々を傷つける魔女なら殺して構わない。
自分は良くて、お前はダメ。
自分を客観視せず、感情と狭い経験だけでしか物事を判断出来ない偏見生物こそが人間だろう。
「私だって家族が殺されました!貴方達と気持ちは同じなのに…どうして私だけ悪者ですか!?」
「黙れ!!このクズめ!!」
「魔女の言葉に騙されるな!!魔女の言葉は人々を惑わす邪悪な魔法そのものだ!!」
「私だって多くの人を殺してしまった!だけど…イングランド兵だって多くの人を殺しました!」
「だからアンタの罪が許されると思ってるの!?アンタは大勢のイングランド人を殺したわ!!」
「同じフランス人であるブルゴーニュ派も大勢殺した!こいつこそ極悪非道の魔女だ!!」
「どうして……どうして私の問いかけを
追及逃れをする連中の手口など、いつの時代だって変わらない。
面倒な議論に持ち込まれて反論に足る反証をしなければならない事態に持ち込まれては不味い。
なら善悪二元論手口を用いて悪者レッテルを貼り付け、
それでもしつこく追及してくるなら
これこそが21世紀まで続くのだろう、卑劣極まった
「罪人は火刑台に登れ!!」
兵士に背中を押されたジャンヌは無理やり火刑台の階段を昇らされていく。
処刑台の下には大量の藁が敷き詰められており、これを燃やして罪人を焼き尽くすのである。
処刑台に鎖で括りつけられたジャンヌの上には羊皮紙を貼り付け、このようにアピールするのだ。
『異端の魔女 偶像を崇拝した背徳者』
「主の名によって、アーメン」
司教にお祈りを済ませてもらったジャンヌはついに火刑にされる時が訪れる。
「「タルトーーーーッッ!!!」」
兵士達が押し留めている民衆の中には魔法少女仲間達の姿もいる。
エリザとメリッサは必死になって彼女を助けようとするがジャンヌは首を横に振ってしまう。
「一度は罪を悔い改めたものの、再び悪しき声に誘惑され異端の道に戻った」
立ち上がった司教が主文を読み上げ、この者を公開処刑する正当な理由を述べていく。
「よってジャンヌよ、ここに最後の判決を下す。お前は偽りの神を信じ、異端者となった」
炎の松明を持った兵士達が近寄ってくる。
「お前は堕落した背徳者であり傲慢な態度で人々を惑わした魔女である。教会はお前を破門する」
キリスト教会から破門された事によって、ジャンヌは俗権に委ねられた。
もうキリストの仲間を語る悪魔共を止める事は出来ない。
愛を説いてきたキリストの教えとは真逆の政治劇が催され、権力闘争の邪魔者は殺されるのだ。
「刑を執行する!!火を放て!!」
兵士達が松明を藁山に放り込むと勢いよく炎が燃え上り、業火と黒煙がジャンヌに襲い掛かる。
「ゲホッ!!ゲホッ!!ガハッ!!あ……熱い!!あぁ……神様……ッッ!!!」
生きたまま燻製にされていくジャンヌを嘲笑う民衆達にも燃え上る松明が渡されていく。
怒れる民衆達の溜飲を下げようという配慮なのだろう。
「この魔女め!!地獄の底に落ちるがいい!!」
先に松明を放り込んだのは自分の正義を疑わない民衆の1人である。
放り込まれた松明によって業火はさらに燃え上り、人々から拍手喝采が送られていく。
「おぉ…なんと信仰深い者なんだ!彼の勇気に神の祝福あれ!!」
「彼こそ正義の味方だ!!悪者である魔女を恐れず聖なる炎を焚べるとは彼を賞賛しよう!!」
冤罪裁判によって火刑にされる少女を相手にトドメを刺すような真似をした男を人々は賞賛する。
そんな周りの者達の視線を浴びる男の表情はとても嬉しそうになり、心の中が満たされていく。
(あぁ……俺の
人々から褒め讃えられたい男はもっと松明を寄越せと兵士達に喚き散らす愚かさを示すのだ。
「私達も続くわよ!邪悪な魔女を焼き滅ぼす聖なる炎を喰らいなさい!!」
「邪悪な魔女め!!お前の存在そのものが国を混乱させるんだ!!正義執行を受けろ!!」
次々に松明が投げ込まれ、火刑台の炎は天を突かんばかりに燃え上っていく。
炎が体を焼いていく中、ジャンヌの目に映るのは賞賛される人々の姿のようだ。
邪悪な悪者をやっつけたヒーローを讃えるかのようにして浮かれて喜ぶ愚民達。
彼女がどんな政略に飲まれて貶められたのかを疑って調べる努力さえしてくれなかった愚民共。
愚民共の心にあるのは社会正義を執行して気持ちよくなりたいだけの
社会正義をエンタメにして承認欲求を満たしたいだけの
(地獄への道は……人々の善意で……舗装されて……いる……)
一酸化炭素中毒で命を落とす中、ジャンヌ・ダルクは人間の正体に気が付くことになるだろう。
人間にとって、社会正義の中身なんてどうでもいい。
自分達だけが正義として認められて気持ちよくなれたらそれでいい。
そんな偏見生物に向けてデマゴーグ司教達は都合のいい正義の物語を提供してくれるだろう。
勧善懲悪万歳を満たしてくれる正義のエクスタシーで気持ちよく騙されたいだけの愚者なのだ。
悪者の言葉になんて耳を貸すな、正義の物語だけを望んで悪者をやっつけろと人々を流し込む。
これこそがプロパガンダであり、民衆の怒りと恐怖、無知と偏見を利用する扇動手口。
何よりも
それでもタルトと呼ばれた人物は後悔していない。
救いようのない人間であろうが、護ろうとした自分の誇りだけは捨てまいと炎に焼かれていく。
最後の力を振り絞り、彼女は天を見上げながらこんな言葉を残してくれた。
「すべてのことに……メルシー……ヴレモン……」
こうして、フランスに光をもたらしたいと望んだ少女の物語は終わりを迎える事になる。
ジャンヌを含めた全ての人々が自分を客観視せず、己のエゴだけを求めた偏見の物語の終焉だ。
切実なる願いという
早い話、
それこそが戦争であり、戦争に駆り立てられた愚かな群衆生物達がもたらした物語であった。
……………。
深夜の寝室で目を覚ました造魔の少女が電気も点けずに窓辺で立っている。
「……今までで一番鮮明に見えてしまった。かつてのタルトが死ぬ時の悪夢を……」
かつてのジャンヌ・ダルクと瓜二つの姿で生み出された造魔もまた同じ名をもつ少女。
ジャンヌ・ダルクの最後を見届けたペレネルの手で生み出された者であり、現代を生きる者。
彼女の元となったジャンヌの記憶が流入するかのようにして毎晩悪夢を見させられる。
しかし彼女は感情が希薄な造魔であり、辛さを感じる表情を浮かべず困惑するだけなのだ。
「この街に来てから悪夢を見る機会が増えた気がする…。この街もまた…善悪に分断されていた」
東の者だというだけで謂れも無い差別を受けてきた八雲みたまや和泉十七夜、そして東の住民達。
彼女達がどれだけ叫ぼうとも、批判を受け止めもせず悪者レッテルを張られて悪にされてきた。
そして彼女はまだ出会っていないが暁美ほむらや美国織莉子もまた悪者レッテルを張られた者達。
彼女達の訴えは誰にも受け止められず、最初から彼女達だけが悪者なのだとすり替えられてきた。
その者達の苦しみもまた、ジャンヌ・ダルクの無念と同じ気持ちを背負わされてきたのである。
「タルト…貴女はカトリーヌの墓前で誓った。フランスに光を与える存在になりたいと…」
窓に映る自分の姿を中世時代のタルトと重ねて問いかける。
その表情には造魔ゆえの無感情が宿っており、魔法少女として生きた者の心が理解出来ていない。
「確かに貴女はナポレオンのお陰で歴史に名を残せました。ですが、それは本当の光ですか?」
――貴女の望んだ光とは……一体何だったのですか?
マスターであるペレネルが今のタルトを生み出した望みとは、彼女を本物のタルトにすること。
生みの親の願いを叶えるべく存在している造魔として彼女はタルトを目指さなければならない。
しかし本物のタルトの心を理解するための感情が宿らない者として理解に苦しんでいる。
迷いを抱えながらも現代のタルトはマスターの望みを果たすために生きる者であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
時間を見つけては八雲みたまの妹である八雲みかげと触れ合うのはタルトとリズの2人。
彼女達から今日も指導を受けた後、みかげは彼女達を駄菓子屋に連れてきている。
あした屋と呼ばれるレトロな駄菓子屋でお菓子を買った3人は椅子に座って話をしていたようだ。
「えっ…?ミィにとって大切なものは何かを知りたいの?」
スナック菓子を手に持ったまま顔を俯けているタルト。
感情がないなりに迷いを抱えている彼女は、みかげに向けてこんな質問を語り出す。
「この街の魔法少女達は大切なものを多く持っています。だからこそ、戦う力が湧くはずです」
「それは…そうだね。ミィにだって大切なものは沢山あるけど…タルト姉ちゃには…ないの?」
「造魔として主人を守る事こそが最優先です。ですが私にはマスターの望みを叶える役目もある」
「タルト……」
心配そうな顔を向けるみかげとリズに向けて、タルトは自分の迷いを語ってくれる。
「大切なもののために生まれ、生きて、死ぬ。そんな命が人間なのだとマスターは仰られました」
「タルト姉ちゃは……人間になりたいの?」
「私はマスターの望みを託された者です。本物のジャンヌとして生きて欲しいと…ですが私は…」
顔を俯けている彼女の手を見れば握っていたスナック菓子が握り潰されている。
明らかに彼女の心には大きな迷いが生まれている。
主人の望みを果たしたいのに果たせない造魔としての己を呪っているのだと2人は感じたようだ。
「私にも大切な何かが生まれれば…人間になれる。マスターは私にそう語った事があります」
「だからミィに聞いてきたんだね?魔法少女達は何を大切に思いながら戦ってるのかって……」
「はい…。私は造魔という人形でいたくない…心ある人間にならなければいけないんです」
心配そうに顔を向けていたみかげであるが、顔を隣に向けていく。
彼女に見えたのは駄菓子屋でお菓子を買っている楽しそうな子供達の姿だった。
「ミィはね…大切な人達を守りたいと思ったから魔法少女になったの」
「以前聞かせてもらいましたね…みかげの願いとは、姉の願いを止めることだと」
「姉ちゃの願いを止めたかったのはね…ミィが生まれたこの街が壊されるのが嫌だったからだよ」
「みかげは…神浜を憎まなかったのですか?東の者として…西側住民から嫌悪されたはずです」
「そんなの気にしなかったよ。西の子供のところに遊びに行くのに後ろめたい気持ちはなかった」
「みかげは純粋ですね…。そんな貴女だからこそ、この街を守ろうと思ったんですね」
「この感情はミィだけのもの…誰に頼まれたわけでもないよ。この気持ちが一番大切なんだ」
顔をタルトに向けてくれたみかげが質問してくる。
その質問を聞かされたタルトは何かを感じたのか目が見開いていく。
「ミィが思うのはね…タルト姉ちゃはペレネルおばさんの願いに振り回されてるんだと思う」
「私が…マスターの願いに振り回されている…?」
「魔法少女達が戦ってきたのはね…誰かのためじゃないの。自分の願いのために戦ってきたんだ」
「誰かのためじゃない…自分の願いのために…戦ってきた…?」
「誰かのために生きてるなんて、ミィはつまんない。ミィはミィのためにしか生きたくないよ」
「誰かを大切に思うのは…自分のため?自分のために生きるからこそ…周りを大切に思える…?」
「誰かのために生きてても…そこにはミィはいないと思う。ミィはミィのために生きたいの」
「誰かのために生きてても…そこには私はいない?自分のために生きてこそが……人間?」
悩み苦しむタルトを見つめるリズもまた顔を俯けてしまう。
彼女が考えているのは魔法少女として生きたリズ・ホークウッドの願いである。
(私の元となったリズ・ホークウッドの願いとは…自らの手で英雄を誕生させることだったわ)
中世時代のリズ・ホークウッドは自らの願いの成就を求めて旅してきた者だった。
金次第で雇い主を裏切り続ける傭兵一族の家に生まれた彼女が求めたのは人々から賞賛される者。
裏切り者だと蔑まれてきた自分の力で本物の英雄を生み出せてこそ彼女は救われると信じてきた。
多くの才能と出会ってきたが死に別れた彼女はついにタルトと出会う事になる。
彼女こそが本物の英雄になれる者だと信じたリズは自らの命を懸けてでも彼女を守り抜く。
そして最後は絶対に倒せない魔法少女と同士討ちを果たすようにして影の国へと消えた者だった。
(私の中に溶けたのは…影の国の女王スカアハだった。彼女がリズの抜け殻を埋葬してくれたわ)
女神スカアハが支配する影の国にやってきたのは地獄門を超えてきたリズの抜け殻。
ソウルジェムをタルトに預けたまま自らの肉体ごとラピヌを封印するために彼女は犠牲となった。
そんなリズを不憫に思ってくれたスカアハは彼女の遺体を影の国に埋葬してくれた存在。
そして死にきれないラピヌを影の呪縛で拘束し、永遠の苦痛を与える牢獄に幽閉してくれたのだ。
(造魔である私の元になってくれたスカアハは望んでいる…。リズにもう一度人生を与えたいと)
造魔である2人に願いを託した者達がいる。
その者達の期待に応えたい彼女達ではあるが、造魔であるが故に心を宿す事が出来ない者。
そんな2人は自分の胸に手を当てながら悩み抜く姿をみかげに晒していた時、彼女が立ち上がる。
「よし!悩んでるタルト姉ちゃとリズ姉ちゃが心配だから、今日はミィが泊まりに行くね!」
「「えっ?」」
突然の提案を受けた2人が目を丸くするのだが、無邪気な顔を向けながらこう言ってくれるのだ。
「今夜はいっぱい語り合おうよ!ミィの家族はみんな忙しい人だからミィに構ってくれないし…」
「みかげ……」
困った表情を浮かべるリズが横のタルトに顔を向ける。
彼女も困った表情をしていたが、それでも傍にいて欲しいのか首を縦に振ってくれたようだ。
「家族の許可が得られるのでしたら、私からマスターに頼んでみます」
「本当に!?やったーっ!タルト姉ちゃ達の豪華な御屋敷でお泊り出来るーっ!」
舞い上がって喜ぶみかげを見つめつつも、リズは微笑みを浮かべてくれる。
「まったく…貴女はみかげに甘いわね?まぁ、妹のように可愛い子だから私も嬉しいけど」
「妹のような存在が傍にいる…それだけで私の中に何かが湧いてくる。私はそれが欲しいんです」
「そうね…私の中にも何かが湧いている気がする。それこそが…人間らしさなのかも知れないわ」
家族から許可を得たみかげと共にタクシーに乗り込み、ペレネルの屋敷へと帰っていく。
そんな彼女達の姿をビルの屋上で眺めているのは契約の天使であるインキュベーターだった。
「あの造魔達……もしかしたら……」
何かを感じたのか、キュウベぇもタクシーを追うようにして走り去っていく。
この時、神浜市には尚紀達やライドウ達はいない時期。
そんな時に強大なる魔王が神浜市に現れたとしたら、一体どうなってしまうのか?
これはその悲劇が起きてしまう事になる出来事なのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
――貴女に出来ること、あるいは出来ると夢見ていることがあれば今すぐ始めるのだ。
――向こう見ずは天才であり、力であり、魔法である。
――人間を堕落に導くもっとも大きな悪魔とは、 自分自身を嫌う心。
――自分自身を信じてみるだけでいい。
―― きっと、生きる道が見えてくるさ。
中世時代に錬金術師として生きた魔法少女に召喚された男は彼女にそんな言葉を送ってくれた。
魔力減退という魔法少女としての年齢問題に直面し、先がない彼女は自分自身を嫌ってしまう。
だからこそ自分の限界を超える力を与えてくれるかもしれない悪魔を召喚したのだ。
赤い道化師のような貴族服を纏う男は自分を召喚してくれた魔法少女に取引を持ち掛ける。
最初は取引内容を迷ったが、自分自身を信じてみろという言葉に後押しされた末に契約を果たす。
生きる道が見えてくると言われた通り、魔法少女は錬金術師として開花することになるだろう。
――時よとどまれ、お前は実に美しい。
魔法少女は年齢によって劣化する魔力減退を乗り越え、不老不死の存在へと進化する事になった。
しかし、彼女が召喚した悪魔は狡猾極まりない存在。
悪魔と契約した魔法少女に待っていたのは、魂を奪われ死ぬ事すら出来ない永遠の人生。
死ぬ事も出来ないまま孤独に生き、それでも様々な人々と出会う人生の旅路を悪魔と共に生きた。
彼女と共に旅をした悪魔こそ、ドイツの文豪ゲーデが執筆した戯曲に登場する存在。
伝説の錬金術師であり魔術師のファウストと共に旅した悪魔、メフィストフェレスであった。
……………。
「ペレネル…君もヨハン・ファウストと同じ運命を辿るだろう。君と旅した時間は楽しかったよ」
ペレネルが所有する屋敷の庭に立つのはメフィストの姿である。
彼はついにペレネルを捨て、主であるルシファーの元へと向かう時がきたようだ。
「多くの人々と出会い、その呪い故に数多の別れを経験し、絶望してきた。君は私の玩具だった」
夜風に吹かれるアーチャーハットの羽が揺れる中、彼は左手を持ち上げて何かを取り出す。
掌に現れたのはペレネルのソウルジェム。
数百年間奪われ続け、その魂から絞り出す絶望の感情エネルギーを彼は吸い取り続けてきた。
「最後に君は幸福を感じられた時間を取り戻せた。生きる希望を感じられた魂は実に美しい…」
掌で転がすソウルジェムを見つめるメフィストが邪悪な笑みを浮かべていく。
黒い眼球に浮かぶ恐ろしい紫色の瞳に映るのは、数百年間寝かせてきた美酒の蓋を開ける瞬間だ。
「希望は絶望を引き立てるスパイスに過ぎない。希望と絶望の相転移こそが上等なMAGを生む」
ペレネルはメフィストと契約して不老不死を得た。
その代償として支払わされるのは、肉体も魂も全てメフィストの物として献上すること。
ついに契約を尾行する時がきたのである。
しかし、それに待ったをかける存在が現れる事なら彼は分かっていたようだ。
「……香水で誤魔化せない程の獣臭さを撒き散らすようになりましたな、ご老人?」
顔を横に向ければ近寄ってきていたのはペレネルと復縁して夫となれたニコラス・フラメル。
彼もまたペレネルと共に生み出せた賢者の石の力で数百年間を生きた者。
だが今の彼はそれを超える程の異質さを周囲の者に感じさせる姿を見せる。
いつも着ている白のスーツではない、喪服のようなダークスーツを纏う姿。
両手には漆黒のジュエリーグローブが嵌められており、手の甲に描かれているのは天秤だ。
手に持つ真鍮杖にはエジプト十字と呼ばれるアンクが備わっているようであった。
「……待たせてしまったようだな?」
鋭い目を向けてくるニコラスに対して、メフィストは低い笑い声を上げていく。
片目が隠れた漆黒の長髪を夜風で揺らす中、因縁に決着をつける気になったのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「幸せな再婚生活は楽しめたかね?もっとも、2人揃って忙しそうにしていたようだが?」
掌の宝石を消した後、道化師のような貴族服を纏う者がおどけた態度で両手を広げて見せる。
メフィストにとってニコラスとフラメルが幸福であればあるほど楽しめるといった態度だろう。
愛する妻を数百年間苦しめ続けた呪わしい男に向けて憎しむの目を向けるニコラス。
しかし憤怒の中にも氷のような冷たさを同時に持つ彼は冷淡だが紳士的なふるまいで口を開く。
「私と妻を殺そうと思えば直ぐに殺せたはず。そしてこのタイミングで妻を捨てるのは何故だ?」
それを問われたメフィストはおどけた態度をやめてしまう。
それを見たニコラスは不敵な笑みを返したようだ。
「ナオキ君は今、東京に出張中だ。もしかして…彼が近くにいるから手が出せなかったのかね?」
腰抜け悪魔を嘲笑う態度を向けてくる男が不愉快なのか、メフィストの眉間にシワが寄る。
「…私はサタン様の従者だ。新たなるサタンとなられた混沌王殿に刃を向けるつもりはない」
「弱い者にしか刃を向けられないか?度胸も覚悟もない者がよく魔王と名乗れるものだね?」
「ご老人、死に急ぎたいというならば止めはせんよ。不老不死であろうと私は時を動かせる者だ」
「私と妻は世界のコトワリに抗い、もう十分長生きしたよ。今更命を惜しむつもりなどない」
「なるほど…そのために人間であることすら捨てたということかね?」
赤いマントを夜風で靡かせながらメフィストは腰のサーベルの柄頭に左手を添える。
無礼者を手打ちにした後で妻の魂を喰らう算段をする者に向けて、ついに力を解放するのだ。
「貴様が今まで手を出してこなかったのは僥倖だった。お陰で私とペレネルは
「無駄に長生きして生み出せた莫大な財産を誰のために残すのかね?」
「無論、私とペレネルの息子のためだ。そのために多くの財産整理をする羽目になったがね」
「再婚したのに多忙な毎日を送ってきたのはその為か。まぁいい、貴様らの財産など興味はない」
宙に浮かびながら邪悪な呪いを撒き散らすメフィストに向けてニコラスは怒りを放つ。
眉間にシワが寄り切り、食いしばる歯が獣のように鋭くなっていく。
「行くぞ…メフィストフェレス。これが私にとって、生涯最初で最後の……悪魔変身だぁ!!」
頭部の骨格がいびつに歪んでいき、皮膚からも黒い毛が伸び出ていく。
変わっていく頭部の形とは漆黒のジャッカルであった。
「ほう…?まさか、エジプトの冥界神と悪魔合体するとはね?因果なものだ」
悪魔変身を終えたニコラスは天秤が描かれたジュエリーグローブを掲げてくる。
「今の私は罪人の罪を測る者。貴様が妻にしてきた所業は…
現れた獣人こそエジプト神話で語られし冥界神でありオシリスの息子。
ミイラ作りの守護神であることから医学の神とも呼ばれる存在。
トート神と共にメルクリウス錬金術の象徴に引用された
【アヌビス】
エジプト神話に登場する冥界の神であり、セトの妻がオシリスと浮気して生まれた存在である。
死者の神アヌビスは犬かジャッカルの頭部を持ち、ミイラ作りの守護神と呼ばれる存在だ。
父がセトに殺された時、オシリスをミイラ化させた事で父と共に冥界の神となる。
アヌビスは死後、オシリスの補佐としてラーの天秤を用いて死者の罪を量る役目を担っていた。
「貴様には地獄すら生ぬるい…!!妻の魂を奪い返した後、無間地獄へと導いてやろう!!」
「奪い返してどうするつもりかね?」
「私が冥界へと導こう。妻もそれを望んでくれたのだ」
「クックッ!夫である貴様が妻を葬るか!ならば私がソウルを喰らう光景を見ていればいい!」
「貴様に魂を喰われてしまえば貴様と同化して永遠に苦しむ事になる!そうはさせんぞ!!」
「いいだろう!愛する妻の魂を取り戻したければ…この私を倒してみせろ!!」
右手の指を鳴らせば二体の悪魔達が異界に飲み込まれていく。
ペレネルの屋敷の前で姿を消してしまった者達の元に後から駆けつけてきたのはペレネル達。
「しまった……間に合わなかった!」
「ニコラスさん…まさか悪魔合体してまで戦う覚悟を持っていただなんて…」
「ミィが泊まりに来てた時に…どうしてこんな事態になっちゃうの!ミィは激おこだよ!!」
「どうにかして異界に入り込む必要があるわ。たとえ悪魔化しようとも…相手は魔王なのよ!!」
異界に連れ込まれた夫の元に向かおうとするが、メフィストが生み出した異界は特殊である。
魔獣の結界に入る要領ではメフィストの領域に入り込む事も出来ない。
ペレネルはヘルメスの杖を生み出し、光を放ちながらメフィストが生み出す異界構造を分析する。
その間にもニコラスとメフィストは死闘を繰り広げていく事になっていく。
「私が生み出した死闘を行うバトルステージは気に入ってもらえたかな?」
周囲に視線を向ければ何も見えない暗闇の世界。
メフィストの姿だけは見えるようだが、この世界は光そのものが存在していないようだ。
「
「私は希望の光が大嫌いなのだよ。人々を盲目にさせる白痴の光を見ているだけで反吐が出る」
「そんな貴様でさえ啓蒙の光を司るルシファーを求めるのか?矛盾しているのではないのかね?」
「私が愛する事が出来る光とは、知恵の光だ。それ以外の光など、強さにはなりえない」
「貴様も科学万能主義者というわけか。やはり人間に必要なのは知恵だけではないという事だな」
「これ以上の問答は無用だ。知恵の光こそが生命を強くする…唯一神から自立出来る程になぁ!」
互いに放つのは呪殺の光と聖なる光。
相反する魔法の光を用いて背後に魔法陣を描いていく。
ついに長きに渡る旅路を終えようとしているニコラス・フラメル。
彼が数百年の時間を生きてでも取り戻したかった妻の魂を求めて、彼は死力を尽くす。
この戦いこそ彼にとっては最初で最後となる悪魔としての戦いであり、男の戦い。
魔法少女を愛し、添い遂げた男として魔法少女を守り抜く覚悟を示す男となるのだ。
魔法少女へ捧げる愛という名の自己犠牲を示すため、彼は命を懸けた戦いを行うのであった。
いい子ちゃんだと周りから思われたいから悪者をやっつけろ!という承認欲求モンスターネタはベルセルクのファルネーゼからもらってます。
彼女も漫画内で魔女狩り被害を受けて火刑にされる者の中身も調べず火を放り込んで周りから賞賛されてましたしね。