人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
民間伝承において人魚は不吉なイメージが付きまとうものだ。
洪水、嵐、難破船、溺死といった危険な出来事と関連付けられ忌み嫌われてきた。
起源はギリシャ神話のセイレーンであり、航海者を歌声で惹きつけ難破させるという海の魔物だ。
キリスト教義での人魚は美貌や美声で男を破滅に導く娼婦たる快楽を象徴する。
また人魚が持つ手鏡や櫛は
それでも時代が進めば人々は人魚に対して強い関心を生むようになっていくだろう。
人魚の肉を食べれば不老不死となったり、骨はへいしむれと言われる薬となった。
……………。
現代ではSNSやネットの登場で自分の意見や作品がアップした瞬間に反応が数字で可視化出来る。
しかし周りの反応を気にするあまり他人に迷惑をかけたり認められない苦しみを背負う事だろう。
有名な心理学者アブラハム・マズローが提唱した欲求5段階説において五つの欲望が存在する。
食事・睡眠など本能的に求める生理的欲求。
危険にさらされず安心できる生活を求める安全欲求。
仲間や集団内での役割やつながりを求める社会的欲求。
人との関わりの中で評価されることや尊重されることを求める承認欲求。
自分の能力を発揮することを求める自己実現欲求。
これら人間の欲望が実現されることによって人々は満足を得ることになるのだろう。
それは魔法少女も同じであり正義の味方を続けてきた者達も追い求めてきたはずだ。
その中には誰よりも正義を愛して正義の味方であろうとした見滝原の魔法少女も存在している。
その人物こそが自分の正義に妥協出来ない少女、美樹さやかであった。
「とりゃーーっ!!」
魔獣を唐竹割りして地面に着地したさやかが剣を振り、背後で魔獣が消滅していく。
今のが最後の一体であり、魔獣のコロニーはこれで全滅したようである。
「よし!中学三年生になったさやかちゃんだけど、まだまだ成長期って感じがするね~」
「調子に乗ってないで魔獣共が落としたグリーフキューブを拾ってくれよーさやか」
「分かってるって」
魔獣結界が消失した現場に落ちてあるグリーフキューブを拾い終えたさやかと杏子が帰路につく。
ミアズマで覆われた霧の見滝原市で生活している彼女達は変わらずの日常を生きているようだ。
街の異変にすら気が付かず活動している者達であるが、杏子がこんな話を持ち出してくる。
「マミと連絡が取れなかったからあたし達だけで狩りをしてるけど、何かあったのか?」
「あたしは聞いてないけど、マミさんなら大丈夫だと思うよ。あたし達だって十分強いしね♪」
「十分強いか…それだって今の時期だけさ。神浜の調整屋に行った時に聞かされただろ?」
杏子が言いたい内容とは、魔法少女の年齢問題である。
魔法少女は19歳頃になると魔力の劣化時期を迎え、成人してからは力が衰える一方だという。
「神浜の魔法少女の中にも成人する連中がいる…連中だってもう後がねーんだよ」
「そ……それはそうだけど……」
「ハァ…悪魔の力があったらなぁ。悪魔を仲魔に出来たらあたしらもう戦わなくてもいいんだぞ」
それを聞かされたさやかの足が止まり、立ち止まったさやかに向けて杏子は振り向く。
顔を俯けながら冷淡な言葉を彼女は言ってくるのだ。
「杏子…本気で言ってるの?あたし達は正義の魔法少女だよ?自分の為に戦ってるんじゃない!」
「お、おい…そんなに怒ることもないだろ?それにあたし達がどれだけ頑張ったって……」
「誰にも努力を認められないから自分のためだけに戦う?そんな利己主義……最低の理屈だよ!」
顔を上げたさやかの顔は怒りの表情を浮かべている。
そして利己主義を否定された事によって狂犬時代の自分を否定された気分になった者も怒りだす。
「利己主義の何が悪いってんだ?周りに期待したってな…誰も応えてなんてくれねーんだよ!!」
ネットやSNSで努力した作品を投稿し続けても誰も応えないし、呟き投稿だって誰も反応しない。
古いしきたりに縛られるべきではないと新興宗教を立ち上げても人々は佐倉牧師達には応えない。
魔法少女達が命を懸けて正義執行を行っても、誰も彼女達を認めないし応えてくれない。
他人に期待することが如何に愚かなのかを杏子は知っており、だからこそ利己主義を望む。
それでも負の潔癖主義者であるさやかは利他精神こそが正義の味方像なのだと譲らないのだ。
「自分のために戦って何が悪い!?あたしが戦うのはな…面白おかしく生きていくためなんだ!」
「そんなの間違ってる!あたし達はね…皆がいないと生きられない!社会に生かされてるの!!」
「だから社会を尊ぶべきだってか?だったら…何で社会はあたしの家族を救ってくれなかった!」
「過去がそうだとしても…あたし達は社会との繋がりがなければ生きられない!だから守るの!」
「ケッ!あたしはそんなのごめんだ。社会はあたしや家族を虐げてきた…肩を持つのは嫌だね」
「どうして分かってくれないの…?あたし達の魔法の力は社会に還元されるべきなんだよ!!」
尚紀やななかと同じ人間社会主義を掲げるさやかだからこそ、同じ負の潔癖主義を患っている。
だからこそ他人の自由を束縛する独裁的な正義を振りかざす者になろうとするのだ。
「フン…そんなに人間社会のための点数稼ぎがしたいなら勝手にしろよ。あたしは先に帰るぞ」
「言われなくてもそうするわよ。あたしは嘉嶋さんのような正義の味方で在り続けたいから……」
顔を俯けたまま走り去っていくさやかの後ろ姿を杏子は黙って見送ってくれる。
やりきれない表情を浮かべる彼女は経験者であるからこそ、さやかのために言える言葉があった。
「SNSと同じなのさ…誰も応えてなんてくれねぇ。いくら努力したって…報われねーんだよ…」
ネットやSNSに依存する者達は誰にも応えてもらえない現実に苦しみ、承認欲求が暴走していく。
他人に成りすましたり炎上させたり、SNSに張り付き過ぎて心が擦り切れていく悪循環となる。
いつしか承認欲求モンスターというネットスラングが生まれ、人々から疎まれる者に成り果てる。
そんな者達こそ
「努力すればするほど悪循環に陥っていく…父さんやあたしも…それで壊れていったんだ」
さやかを見捨てられない杏子も走り出し、さやかの魔力を追いかけていく。
そんな彼女達に視線を向けていたのは路地裏で佇む円環の魔法少女である。
まるで古代エジプトの民族衣装のような白い布を纏い、露出が多いため目のやり場に困る姿。
手には長い鎖で繋がれた魔法の香炉を持ち、頭にはホルス神を模した羽飾りを纏う者だった。
「……私は私の役目を果たします、アラディア様」
踵を返した古代エジプトの少女が路地裏の暗闇へと消えていく。
彼女もまた円環のコトワリの使者として同じ円環の使者を取り戻す役目を与えられていたのだ。
霧で覆われた夜の見滝原を走りながらさやかは工業区方面に入れる橋を越えていく。
彼女は自分が正しいと証明するために力の限り努力を繰り返す正義の味方になろうとする。
その道は人間の守護者として生きる尚紀と同じであるからこそ、彼と同じ末路を遂げるのだろう。
かつて魔法少女と殺し合った人修羅は空回りし続けていた鶴乃のためにこんな言葉を残していた。
――宗教でも修行でも努力すればする程、自分がする事は絶対正しいという思い込みに陥る。
――これだけやったんだから認められたい。
――だが見合う成果に繋がらなければルサンチマンになる。
――頑張り抜いた努力が真の喜びに繋がらない。
――それに気が付いた釈迦は苦行をやめた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
正義とは何か?
それは
では西洋的な法の正義とは何か?
それは
個人の善という価値観が優先されたことにより犯罪行為まで善とされることになるだろう。
それこそが暴力革命の歴史であり、小説の罪と罰に登場した主人公の独自犯罪理論である。
社会主義を掲げれば簡単に人は凶器を振り回し、悪のレッテルを張った者を勝手に断罪していく。
これでは社会秩序は逆に崩壊し、犯罪者が自分の蛮行を正当化して暴れまわる社会と化す。
社会では何らかのルールを作らなければ殺人や窃盗など人の自由や財産を奪う行為が可能となる。
ミイラ取りがミイラになるのを防ぐためにあるものこそが法の正義。
その社会のメンバーが合意できる規範が必要だからこそ、法やルールは必要とされる。
法やルールとは独裁国家の代表やブラック企業の社長等の利益を守るためにあるのではない。
社会で暮らす民衆達の安全保障を守るためにこそ生み出されたものであった。
……………。
「正義を証明するために魔獣を倒そうと思ったけど…最近の魔獣は数が減ってきてる気がする…」
ソウルジェムを掲げながら見滝原市の工業区を歩くさやかであるが、魔獣のコロニーは見えない。
正義の味方として喜ぶべきである光景なのだが、今の彼女は何故か苛立ちを募らせていく。
「もし魔獣がいなくなったら…あたし達ってどうなるの?あたし達の魔法の力は何のために……」
彼女は初めて自分は何のために戦ってきたのだろうかと考えることになっていく。
キュウベぇから言われた言葉を鵜呑みにしながら戦うためか?
それとも人間社会を重んじる気高い社会主義精神のためにこそ戦うのか?
「べ、別にいいじゃん…平和なことはいいことだよ。だって…誰かが傷つかなくても済むんだし」
まるで力を持て余した者が鬱屈していくような表情をさやかは浮かべてしまう。
正義のヒーローごっこが出来なくてつまらないといった子供のようにも思えてくるやもしれない。
「あたしは別に…魔獣と戦って…誰かに恩を着せたいから戦いたいわけじゃ……」
自分の中のどす黒い承認欲求が噴き上がった時、彼女の脳裏にフラッシュバックする記憶が蘇る。
――美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの?それとも彼の夢を叶えた恩人になりたいの?
その言葉は魔女と呼ばれた魔法少女の成れの果てが跋扈した世界で巴マミから語られた言葉。
誰かのために奇跡という願いを使うなら、自分の望みをハッキリさせろと言われた時の記憶だ。
忘れていた記憶が思い出されたことによってさやかの足が立ち止まり、顔が俯いてしまう。
その青くなった表情は昨日の夜から降り続けた雨の水たまりの中で
「あ……あたしは……」
正義の味方を何のためにしてきたのかを考えた時、さやかは自分のどす黒い心に意識が向く。
気高い社会主義精神など本当はいらなかったのではないのか?
恩着せがましい献身によって誰かの見返りが欲しかっただけではないのか?
「違う……違う!!あたしは……そんな嫌な女なんかじゃ……」
他人の施しを当てにする善意の行動は奪うのと同じだと八雲みたまは妹に論したことがある。
自分がやってきたことは
「見返りなんていらない!!あ、あたしはそれでやってこれた…今までやってこれたじゃん!!」
この世界で魔獣と戦ってこれたのは自己犠牲精神を示すためであったのか?
それはきっと違うだろう。
本当に守りたかったものは絆を結んだ魔法少女と共に生きていきたかったからなのではないのか?
その気持ちこそが杏子が語った言葉であり、面白おかしくいきたかった利己主義精神だろう。
「あたしは杏子とは違う…あたしは嘉嶋さんのようになりたい!社会主義精神こそが正義だよ!」
迷いを振り払うようにして走り出し、目の前にあった水たまりを踏み越えていく。
大きく水しぶきが立ち上った光景は自分のどす黒さを映す鏡を叩き壊す光景にも思えてくる。
精神が高ぶり過ぎている彼女は自分の周囲から感じさせる奇妙な臭いには気が付いていない。
ミアズマの霧に混じるようにして流れてきていたのは魔法の香炉から溢れ出す魔法の煙なのだ。
「……私の魔法からは逃げられない。美樹さん…貴女には思い出してもらいます」
――本当の自分の正体が何者なのかを。
黒い長髪をなびかせながら古代エジプトの魔法少女はさやかを追うようにして歩いていく。
さやかは円環の使者の魔法によって幻覚の世界に囚われてしまっているのだ。
彼女こそが幻惑魔法を得意とする円環の使者、エボニーであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
刑法にとって悪い事とは何なのか?
これは簡単なようでいて極めて難しい難問だろう。
人として間違っていること、この社会でやってはいけないとされていること等がある。
しかし罪刑法定主義の定義がある以上、法律根拠がなければ罪には問えないケースもあった。
「社会を優先することが正義の味方の定義だとしたら、あたしの魔法は…義のために使いたい」
正義執行を求めて工業区を歩き回るさやかの目つきは狂気を帯びている。
まるで社会悪を見つけた時点で魔法の力を用いて世直し行為をしでかす程の暴力性を纏うのだ。
「あたしは社会全体を守る正義の味方…たとえ魔獣が生まれなくたって…あたしはそれを貫く!」
自分の暴力を正当化出来る正義という中身の見えないあやふやな概念に彼女は縋りついていく。
それがどのような偏見極まりない思考の罠なのかも気が付いてはくれない。
そんな時、彼女は女性の叫び声を耳にする。
自分の正義を証明出来るチャンスだとばかりに彼女は現場に走っていく。
見つけた場所とは非常階段であり、彼女は非常階段を登っていく。
階段の中腹まで上ったところでさやかは頭から血を流して倒れ込んでいる女性を見つけるのだ。
「しっかりして!!今助けるから!!」
体を揺さぶってみるが反応はない。
俯けに倒れている女性を仰向けにして心臓に手を当てると鼓動を感じないようだ。
「し…死んでる……」
時すでに遅し、さやかは目の前の女性を救うことが出来なかった。
それでも現場を目撃した者として、死をもたらした存在に向けて罪の糾弾をすることなら出来る。
「ち…違う……俺は……俺はそんなつもりなんかなかったんだ……」
男の声が聞こえた方に視線を向ければ非常階段の踊り場で震えながら立つ男の姿が見える。
結果だけ切り取り現場の状況を判断したさやかは目の前の存在が彼女を殺したのだと考えるのだ。
駆け上ってきたさやかが男の胸倉を掴み、魔法少女の魔力強化を用いて持ち上げていく。
「あんたがあの人を殺したんでしょ!?この人殺し!警察に突き出してやる!!」
「俺は恋人と復縁したかっただけだ!それでも逃げ出して…追いかけたら階段から落ちて…」
「嫌がる女性を追い回したせいであの人が死んだのなら…あんたが殺したようなものじゃない!」
「ち、違う!!俺は突飛ばしたりなんてしてない!殺す動機もない!復縁したかっただけだ!!」
嫌がる男がさやかを押しのけようとするが魔法少女の力をもつ彼女には通用しない。
男を踊り場の手摺りにまで押し込んださやかはなおも罪の追及をやめようとしない態度を見せる。
「女を私物化したかっただけでしょ!?相手の気持ちなんかより…自分が可愛いだけでしょ!!」
「は、放せ!!放してくれぇ!!俺は何も悪くない…悪くないんだーーっ!!」
「この期に及んで責任逃れ!?あんたみたいなクズ男こそが…社会の害悪存在なんだよ!!」
騒ぎを聞きつけた人物が非常階段を登ってくる。
現れたのはさやかを探していた杏子であり、現場の状況を判断した彼女が階段を駆け上る。
「やめろ!さやか!!」
逆上したさやかが男を階段の手摺りの外側にまで上半身を突き出しているのを止めようとする。
肩を掴んできた杏子に顔を向けるさやかは眉間にシワが寄り切った怒りの表情を向けてくるのだ。
「放しなさいよ杏子!!このクズ男だけは絶対に許さない…正義の味方として許さない!!」
「落ち着けって!人間社会の問題は警察に任せておけばいいんだよ!!」
「見て見ぬふりをしろっていうの!?そんなんだからあんたは正義の味方失格者なんだよ!!」
「正義の味方に固執し過ぎだろ!?どうしてそこまでして正義を求めたいんだよ!?」
「それが人として正しい行いだからだよ!あたしの善意がそう叫んでるの!!絶対に正しい!!」
「尚紀から言われた言葉を思い出せ!!神浜に行った時、尚紀から何を語られたんだ!!」
それを言われた瞬間、ハッとした表情をさやかは浮かべてくれる。
神浜に行った時、さやかは尚紀がどのような生き方をしてきたのかを聞かされた者なのだ。
「正しいと信じて努力するからこそ意固地になる!それがどう正しいのかも分からないままな!」
宗教修行でも武術でも、やればやるほど己のエゴが強くなる。
エゴを離れたという思い込みと自己愛によりエゴが強くなる。
自分はそうじゃない、間違ってない。
その思い込みがここまで人を意固地にするのだと常盤ななかも語ったことがあった。
「客観性のない主観性は成り立たないって尚紀も言っただろ!自分の姿が見えないのかよ!!」
客観的に見れば今のこの状況はどう映るのだろうか?
男は女性を突飛ばして殺してなどいない、逆に男を突飛ばして殺そうとしてるのは誰なのか?
誰かに見られることはいいことだなと尚紀は杏子に言葉を送ったことがある。
だからこそ杏子はさやかを客観視してあげたいのだ。
「あ……あたしは……その……」
冷や水をかけられたようになったさやかが落ち着きを取り戻してくれる。
「その手を放してやれ…そいつの事はあたし達が関与するべきじゃねーんだよ」
「う……うん……」
杏子の言葉に素直に従ったさやかは状況が未だに理解出来てはいない。
男の上半身は手摺りの外側にまで突き出されており、男のお尻も手摺りの上に乗っかっている。
そんな状況でいきなり手を離されたらどうなるのかは誰でも分かるだろう。
「「あっ……?」」
手を離された勢いで男の体が後ろに向けて倒れ込んでいく。
<<いやだぁぁぁぁーーーーーっ!!!!>>
男の悲鳴が遠くなっていき、下の方でぐしゃりという嫌な音が響いてくる。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!!」
さやかの体が震えぬき、ソウルジェムが一気に絶望の穢れを纏っていく。
慌てた杏子が魔法少女姿に変身しながら手摺りを飛び越え、地面に着地して男に駆け寄る。
「ダメだ……もう死んでる……」
頭から落ちた男は即死しており、回復魔法をかけて蘇生させる暇もなかったようだ。
杏子は暗い表情のまま上を見上げていく。
上の方からはさやかの叫び声が近くなっていき、怖くなった彼女が何処かに走り逃げていく。
「待てよ……待てってさやか!!」
さやかの事が心配でたまらない杏子もまた、魔女が存在した世界の頃のようにして追いかける。
残されたのは2人分の死体だけであるのだが、女の死体と男の死体が消失していく。
ミアズマの霧が立ち込める現場には魔法の煙が充満しており、この惨状も幻覚だったのだ。
「美樹さん…思い出して下さい。貴女がどのようにして魔女となり、円環に導かれたのかを」
ミアズマの霧の世界で佇むエボニーは魔法の香炉の蓋を閉じ、魔法の煙を閉じ込めてくれる。
自分の役目はここまでだと判断した彼女は踵を返しながら歩き去っていくのだ。
「……役目とはいえ、気持ちのいい仕事じゃない。美樹さんを苦しめる役目は…辛かったです」
エボニーはクレオパトラが生きていた頃の人物であり、王家に忠誠を誓う一族の生まれだった者。
ラーという神の権威を振りかざす王家に仕えてきた者として神の命令には絶対服従してしまう。
その立場は日本でいえばアマテラスの血族である天皇家に仕えるヤタガラスのようなものだ。
それでも心までは円環の女神のものではないため、彼女の表情は苦しみに包まれている。
光の羽が周囲を舞う中、円環のコトワリの一部として帰る彼女はこう思っているようだ。
私達は本当に、円環のコトワリであるアラディアの
――――――――――――――――――――――――――――――――
この世は思い込みと勘違い合戦の闇鍋だ。
皆が自分の勘違いで作った型と世界を比較し、良し悪しを決める。
一般的な正義を教える勢力、すり込む勢力が正義や絆は良い行いだと言い出す。
正義が生きるべき道だとしたことで異論を唱える者は悪にされ、制裁が叫ばれる。
正義の味方でありたい者ほど独善的であり暴力的。
道徳的理想を求める者ほど非道徳的な暴力や不正といった悪行を成しながら善行にすり替える。
正義を求める者ほど感情的であり、それはテレビやSNSで犯罪者叩きをしたい民衆も同じ気持ち。
悪者の公開処刑が娯楽だった時代から何一つ人の中身など変わらない勧善懲悪主義がそうさせる。
正義を振りかざす者ほど卑劣なダブルスタンダード思考となり、ミイラに成り果てていく。
地獄への道は常に人々の善意によって敷き詰められ、舗装されていくものだ。
正義を求める者は自己批判を行い続けなければブレーキがかからない狂人に成り果てていった。
……………。
「嘉嶋さんから聞かされたはずなのに…どうしてあたしは……ブレーキがかからなかったの?」
深夜の駅のホームに置かれた椅子に座り込み、自分が犯してしまった犯罪行為と向き合うさやか。
彼女は自責の念に蝕まれており、ソウルジェムも抑えの効かない絶望の穢れを放ち続けてしまう。
「あたしは……何のために戦いたかったの?悪者をやっつけることは…正しいことじゃないの?」
何のために戦いたかったのかを考えれば考えるほど、悪魔の記憶操作魔法の呪縛が解けていく。
思い出されていく記憶の世界の中で佇むかつての自分のおぞましい姿まで思い出してしまう。
「あたしは…今回と同じことをしたことがある気がする。悪いホスト共を相手に…あたしは……」
魔法少女契約をした理由もまた思い出されていく。
そして魔法少女として生きたかった本当の望みまで思い出し、自己嫌悪に苛まれていくのだ。
「……やっと見つけた」
声がした方に視線を向ければ私服のパーカー姿に戻った杏子が近づいてくる。
さやかが犯した罪を糾弾することもせず、何も言わずに彼女の隣に座ったようだ。
彼女達が座っている場所とは奇しくも魔女がいた世界で美樹さやかが絶望した場所。
人魚の魔女が生まれた駅のホームであったのだ。
「いつまでも強情張るなよ。今回の件で…正義って概念がどれだけ恐ろしいかが分かったろ?」
「…あたしは人殺しだよ。なんで普通に接することが出来るのさ…?殺人の追及をしなよ…」
「…あれは事故死だ。さやかが望んで殺したわけじゃねーよ」
「状況的にあたしが殺したようなもんだよ…あたしだって状況的にあの男が人殺しだと信じたの」
「どうしてそんなに誰かを直ぐに悪者に出来る?結果論だけでしか物事を考えられないのか?」
優しくしてくれる杏子の気持ちを向けられても今のさやかは喜びの表情一つ浮かべられない。
暗い顔を浮かべたまま俯き、絞り出すようなか細い声で自分が犯した罪の記憶を告白してくれる。
「……あたしね、以前も同じことをした記憶がある。女心を弄ぶホストの男を悪者にして……」
「…聞きたくもない。自分の罪を数えることしか出来ないのか?もっと他に考えられないのか?」
「今のあたしが考えられるのは…本当のあたしはどれだけ嫌な女だったのかって…ことだけかな」
かつてのマミから言われた言葉こそ、さやかが真剣に考えなければならなかったもの。
正義の味方になりたい自分は何を目的にして戦いたかったのか?
それを考えた時、さやかは今までの人生の中で刷り込まれてきた正義や正しさの概念に縛られる。
勧善懲悪ものの作品が大好きなさやかだからこそ、勧善懲悪だけが正義の全てだと考えてきた。
ヒーローが悪者をやっつけて皆から賞賛されながらハッピーエンドを迎える。
そんな分かり易さだけ求めてきたからこそ、複雑な人間社会に意識を向けられなくなってしまう。
「本当のあたしは…自分の優越性しかいらないエゴイスト。人助けだって…感謝されたかったの」
「さやか……」
「恩着せがましい献身の見返りが欲しいだけのおねだり屋さん…それがあたしの正体だったの…」
「…献身には見返りが欲しいもんさ。あたしだって頑張りぬいたのは…見返りが欲しかったんだ」
「結局あたしは自分の劣等性を許さないだけの女…だから悪者を作って正しさの担保にしたの…」
捉え方が先行するからこそ直ぐに悪者を作ってしまう。
自分が間違ってると周りに気が付かれまいと悪者にだけ集中することで自分の間違いを隠し通す。
黙っていれば丸儲けと魔法少女を騙したキュウベぇと何も変わらない自分の姿がそこにはある。
「正義の味方に憧れたあたしにあったのは……自分を騙し続けたかった無意識の気持ち……」
――気持ちよく理想に酔い、自分を騙しながら
人魚の魔女と成り果てた美樹さやかが追い求めたものとは虚栄心。
正義に自惚れた女であり、正義を成したい快楽に酔いしれたかっただけの堕落した人魚。
それこそがキリスト教義においての人魚のイメージであり、人魚悪魔達を生み出す概念。
だからこそ、美樹さやかもまた人魚悪魔達と変わらない末路を遂げようとしている。
「もういい…さやか。今夜はもう家に帰ろう…こんなところで自分に絶望することなんてないさ」
かつての過ちは繰り返さないとばかりにポケットからグリーフキューブを取り出す。
さやかの太ももにのせられた掌に置かれたソウルジェムにかざし、穢れを取り除く。
ソウルジェムは綺麗になっても、さやかの目は濁り切っている。
自分のエゴと向き合うことになった彼女の目から涙が零れ、浅ましい自分を呪う言葉を紡ぐのだ。
「正義に憧れたあたしにあったのは承認欲求…刷り込まれてきたものだけを見たかった偏見女…」
――あたしって……救いようがない……バカ。
その言葉を呟いた瞬間、さやかの脳裏にあらゆる並行世界の記憶がフラッシュバックしてくる。
目の濁りが払われ、立ち上がった彼女が本当の自分自身のことを思い出してしまう。
「さ、さやか……?」
迷いが晴れたかのようにして彼女は掌の上に置かれているソウルジェムに視線を向けたままだ。
「あたし……どうしてこんな大切なことを……忘れてたんだろう?」
円環のコトワリとの繋がりを思い出せた彼女は掌にあるソウルジェムに魔力を込めていく。
宙に浮かび上がっていくソウルジェムの光景に愕然とした者も立ち上がり、それを目撃するのだ。
「う……嘘だろ……?」
天高く上っていったさやかのソウルジェムが眩い光を放ち、真の姿を表す。
現れたのは上半身に鎧甲冑を纏う巨大な人魚の騎士。
さやかのソウルジェムから生まれた魔女であり、その姿こそ円環に導かれた本来の姿なのだ。
「……全部思い出せた。あたしやなぎさは……悪魔になった魔法少女に騙されていただけだった」
今まで気持ちよく騙されてきた自分自身への怒りと、悪魔ほむらに対する怒り。
それらが混ざり合い美樹さやかの顔が怒りの形相となっていく。
<<やっと思い出せたようですね?>>
声が響いてきた方に視線を向ければ舞い落ちる羽と共にエボニーの姿が顕現してくる。
「荒療治になりましたけど悪魔の力を破るためでした。安心して、貴女は人殺しなんてしてない」
「あの惨劇はエボニーさんの幻惑魔法だったんだ?いいよ…怒ってないし。むしろ感謝してる」
エボニーの元にまで歩んでいくさやかであるが、後ろの者が大声を張り上げてくる。
「何処に行くってんだよ…さやか!?そいつは何者だよ…目の前のあの人魚は何なんだよぉ!!」
未だに悪魔ほむらの呪縛に飲まれている杏子にとって、気持ちよく騙されてきた現実こそが全て。
ここで悪魔の呪縛を全て打ち破られてしまえば、せっかく手に入れた幸福の庭が崩壊してしまう。
行かないでくれと哀願するような表情を背中に向けてくる杏子に向けて、さやかは振り返る。
その顔は今までの感謝とこれからの寂しさが表れている悲しい表情のまま微笑んでくれていた。
「…悪魔に騙されてきた生活だったけど、あんたと一緒に生きられた時間だけは…幸福だったよ」
「悪魔って何なんだよ…?騙してたって何なんだよ…?訳分からねーこと言ってんじゃねぇ!!」
「いずれ杏子も全て思い出す時がくるし…パパやママも思い出す。楽しい時間は…もう終わるよ」
それだけを言い残したさやかがエボニーと共に踵を返して歩き去っていく。
無言のまま歩くさやかの瞳からは涙が零れ落ちているようだ。
光の羽が舞い落ちる中、2人の姿と人魚の魔女の姿が消失してしまう。
独り残された杏子の膝は崩れ、何が起こっているのかも分からないまま嘆きの言葉が零れ落ちる。
「あたしは……また置いて行かれたのか?嫌だよ……独りぼっちは…寂しいじゃねーか……」
顔を俯けていく彼女の頬に熱い雫が零れ落ちてしまう。
人間として幸福に生きられた時間は終わったのだと突きつけられた彼女の悲しみの涙であった。
「……美樹さやかも帰ってきたか」
夜の見滝原市の電波塔で佇む円環のコトワリが両目を開き、金色の瞳を地上に向けていく。
向けられている方角とは鹿目まどかが暮らしてきた家の方角なのだ。
「いよいよ決着をつける時がきたようだな、悪魔よ。我を引き裂いてくれた報いを与えてやろう」
不敵な笑みを浮かべた円環のコトワリ神アラディアが背中の翼を羽ばたかせて上昇する。
背中と両足に備わった四枚翼の羽が地上に向けて舞い降り、次々と円環の魔法少女を顕現させる。
「これより我らは敵陣に突入する。汝らの奮戦に期待しよう」
地上に現れたのは数々の歴史の中で活躍してきた円環の魔法少女達の軍勢。
使い魔を打ち倒され偽街の子供達まで失った悪魔ほむらはこの数を迎え撃つことになるだろう。
その中には勿論さやかとなぎさの姿だってあるはずだ。
復讐心に燃えるさやかは円環のコトワリの使者として悪魔ほむらとの決着のために向かっていく。
「あたしはもう…個人の感情で正義は振るわない。法(LAW)の正義こそが正しかったんだよ」
美樹さやかは個人の自由(CHAOS)を捨て、宇宙の法(LAW)を掲げる者となった。
法の正義によって社会秩序が生まれ、その中でこそ人々は本物の正義によって守られる。
そう信じるようになったさやかはLAWの権化である天使と変わらない思想となってしまう。
純白のマントを纏うさやかの姿は数々の並行世界でLAWの僕となった人物達と重なってくる。
法の正義は確かに必要なものだ。
それがなければ美樹さやかのように私的な正義を振りかざす犯罪者が量産されるだけだろう。
それでも、
それをはき違えた時、人類は秩序の中身も考えずに盲従するだけのものとなってしまうだろう。
だからこそ人類には自由(CHAOS)もまた必要なのだ。
秩序に向けて自由に批判する権利を守るためにこそ、悪魔ほむらは戦ってくれる。
CHAOSを掲げる悪魔と、LAWを掲げる円環の使者達との戦いは激戦を深めていった。
原作さやかちゃんのホスト殺しは明確に否定されておりますので、僕の作品内でも人殺しにしないよう配慮しておきました。
クリスマスの夜だってのに…魔法少女に鬱展開しかプレゼント出来ないのが僕なのです(虚淵脳)