人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
ミアズマの霧に覆われた見滝原市ではあるが、人々はそれを意識することは出来ない。
民衆にはいつも通りの景色だけが映っており、空を見上げれば日が沈む光景も認識出来るだろう。
しかしそれは偽りの空であり、大都市全体が巨大な霧のドームに覆われているのが現実だ。
そんな街で生きるまどかは抑えきれない不安を感じながら窓辺で夜の景色を見つめている。
「なんだろう……酷く落ち着かない。綺麗な星空なのに…なんだか凄く怖い気分になっちゃう…」
学校から帰ってきた彼女は学生服も着替えておらず、そのまま部屋から出ていく。
一階まで降りてくる彼女はいつもの景色に視線を向けながらも怖さが滲んできてしまうようだ。
「どうしてなの…?いつも通りの景色のはずなのに…なんだか…今にも消えてしまいそうな…」
不安でたまらない表情を浮かべていたがリビングで姉の姿を見つけた弟が近寄ってくる。
「ねーちゃ、どうしたの?へんなおかおだよ?」
まどかの手を引っ張ってくれる愛しい弟を見た彼女は肩膝をつきながら弟を抱きしめてくれる。
「ねーちゃ…?」
「ねぇ…たっくん。お姉ちゃんはここにいるよね…?たっくんは……わたしの弟なんだよね?」
「うん、そうだよ。ねーちゃはボクのねーちゃだよ?それがどうかしたの?」
不思議顔を向けてくるタツヤは純粋な気持ちのまま概念存在のために実の姉だと言ってくれる。
それは悪魔がもたらした惑わしに過ぎなくとも、心は張り裂けそうなぐらい愛しくなれるようだ。
「たっくん……ずっとわたしの弟でいてね。わたしのこと……ずっとお姉ちゃんだと言って……」
「へんなねーちゃ……だけど、うん!やくそくするからげんきだしてね!」
10歳も離れた小さな弟の目線に合うよう片膝をついたまま彼女は笑顔を浮かべてくれる。
目には薄っすらと涙が零れそうになっており、弟に気が付かれまいと彼女は玄関に向かっていく。
そんな娘の姿を台所から見ていた父親は彼女を追うようにして玄関に向かうのだ。
「まどか、どうしたんだい?」
家の庭まで父親が歩いてくると娘は家庭菜園の横で立ちながら自宅に視線を向けている。
毎日の生活をしてきた場所なのに彼女は見入るようにして我が家を見つめていたようだ。
「……ううん、何でもない。少し外の空気を吸いたくて……ママは今日も残業なの?」
「今晩は遅くなるって連絡がきたよ。新入社員の歓迎会に付き合わされるそうだから…」
「フフッ♪ベロベロに酔っぱらったママがまた遅い時間に玄関で倒れ込む姿が見えちゃうよね」
「今のご時世、誰が未知の病魔に感染してるか分からないってのに…仕事の付き合いは辛いね」
「そうだよね…本当に不安な世の中になっちゃったんだって…怖くなってくる…」
様子がおかしい娘の体が震えていることなら父親は分かっている。
眼鏡を指で押し上げた後、鹿目知久は心配そうな顔を娘に向けてくるのだ。
「それだけなのかい?タツヤと接してる時から…何かに怯えているように見えたんだけど?」
父親を演じてくれている存在であっても、彼は生前の父親だった存在。
娘であった鹿目まどかのことは誰よりも見てくれている者であり隠し通すことは出来ない。
困り顔を浮かべてしまうが、それでも自分を誰よりも見てくれる人物のために語ってくれる。
「パパは…困っている人達を見つけたけど、家族の面倒も見ないとならない時は…どうするの?」
「難しい質問だね…気持ちとしては助けてあげたいけど僕は万能ではない。家族を優先するかな」
「そっか…それが普通の考え方なんだね」
「だけどね、困っている人達を助けてあげて欲しいと他の人にお願いをするぐらいなら出来るよ」
「…他に助けられる人がいなかったら、どうするの?」
本当に追い込まれてしまった時、自分ならどうするのかと娘は父親に聞いてくる。
父としてどう答えればいいのか迷ってしまうが、娘にどんな父親を見せたいかは決まっている。
「…その時はその人達を助けるよ。家族に迷惑かけちゃうけど薄情な男の姿は見せたくないんだ」
「わたしも…同じことをすると思う。パパは同じ気持ちでいてくれたって分かって……嬉しいな」
「変なことを聞いてくるね?もしかして…友達が困っているような状況になっているのかな?」
それを問われたまどかは顔を俯けながら言葉を出してこない。
漠然とした記憶の世界ばかりが思い浮かぶだけで言葉に出来ず、上手く説明出来ないようだ。
「そうじゃないけど…その……上手く説明出来ないけど凄く怖い。それが直ぐそこまできてる…」
「まどか……」
「何が怖いのかも今は説明出来なくて……ごめんね。考えを纏めたいから少し散歩してくるね」
「近場なら構わないよ。人が大勢集まるところは感染が怖いし、近寄っちゃダメだからね」
父親は娘の背中を見送るように玄関に立ち、まどかは近くの公園へと散歩に向かう。
俯いたまま歩いていたが立ち止まり、後ろに振り返る。
自分の父を演じてくれている人物の横にはいつの間にかタツヤもきており手を振ってくれる。
娘を大事にしてくれる家族の姿を愛しく思う彼女は走り去るようにして駆けていく。
そんな彼女の姿を見守ってくれているのが世界を騙す詐欺師と呼ばれた優しい悪魔の姿なのだ。
「…どうしてなの?どうして貴女は…自分じゃなくて誰かのために生きようとしてしまうの?」
まどかの家を見下ろせるビルの屋上で佇むほむらの表情は悲しみに満ちている。
かつての世界だろうが今だろうが変わらず、鹿目まどかは誰かのために生きようとしてしまう。
「…彼女もまた個を喪失してしまった者じゃな。全体を優先するあまり自己犠牲を選んでしまう」
ほむらの横に立つクロノスは客観的な意見を語ってくれる。
「あの娘は周りが求めるいい子という概念そのものだ。だからこそ、全体に縛られる娘なのだ」
「それではダメ…あの子だってこの世に生まれてくれた子なのよ…幸せになる権利があるわ!!」
「それこそが混沌王殿が人権宣言を叫んだ時の精神でもある。やはり…お主らの心は同じじゃな」
「私は尚紀のような演説を行える程の優れた話術はないわ……だけど…だけど……」
「…彼女の元に行け。これが最後の説得になるやもしれん…自分の気持ちを正直に語るがいい」
迫りくるアラディアを前にしてクロノスはほむらのために自分が時間を稼ぐと言ってくれる。
そんな彼の気持ちが嬉しいのか、体を横に向けた彼女がクロノスの顔を見つめてくれる。
「やっぱり…貴方は私の最高の仲魔よ。私の旅路を最初から最後まで付き合ってくれた盾だもの」
「閣下の命令ではあったが…お前さんとの長い旅路も悪くなかった。終わりを全うしにいけ」
物事を最後までやり抜き、悔いのないまま一生を終えろと伝えてくれた彼女はビルを飛び降りる。
見送ってくれるクロノスは後ろに振り向き、商業区のランドマークタワーである電波塔を睨む。
「魔力を解放しおったな…ついに攻めてくるか。有象無象の鞄持ちもまとめて面倒をみてやろう」
右手にアダマスの鎌を生み出しながら右肩に担いだクロノスの背に白い翼が広がっていく。
時間という概念を支配する時間神として、まどかとほむらの最後の時間を守る者となってくれる。
「人の死期に現れるワシが鹿目まどかの死期を伸ばすために戦う…それもまた時間神の役目じゃ」
欧州の絵画では擬人化された死であるマカーブルと対を成す死の概念こそが時の翁である魔人。
しかし死という絶対的な力を抑止する存在こそが時間なのである。
死とは定められた時を全うした者にだけ行使することが許されるもの。
だからこそ鹿目まどかの人生の砂時計を守る者として、今は死すべき時ではないとするのだ。
「いくぞ…円環のコトワリ神。このクロノスの力を超えられるならば超えてみるがいい」
細目が開き暗い瞳孔を覗かせた瞬間、世界の時間は停止している。
それと同時に魔人の結界が広がっていきアラディアと円環の魔法少女達を飲み込んでいく。
受肉したため世界の法則に支配されるアラディアは抵抗することが出来ずに取り込まれてしまう。
魔人の結界の中でクロノスはアラディアが解き放った円環の軍勢を相手に奮戦してくれるだろう。
暁美ほむらの魔法盾として左腕に宿り続けてくれた悪魔は彼女と共に生きる道を選んだ者。
彼女の意思を守りぬく時間神として、魔法少女時代から変わらない守護者として戦ってくれた。
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まどかが暮らす見滝原市の住宅区には大きな公園が整備されている。
公園の真ん中には大きな湖も整備されており、羽を休めた白鳥達も沢山浮かんでいるようだ。
普段は憩いの場として利用者が多いのだが今は未知の病魔が何処に潜んでいるか分からない時代。
夜の利用者は誰もおらず、まどかは独りぼっちで夜の公園を散歩していく。
「…怖い存在が直ぐそこまで近づいてきてる気がする。だけどわたしはそれを知ってるような…」
ミアズマの霧が立ち込める夜の公園の遊歩道を歩くまどかは胸を片手で抑え込む。
不安と恐怖心が抑え込めない彼女は居ても立っても居られないまま家を飛び出してしまう。
それは家族を演じてくれていた人達に危害が及ばないようにしたいと願う無意識の行動だった。
「神浜に行った時…わたしは願った。大事にしてくれる人がいる場所こそわたしの場所なのだと」
身近に迫った危険極まりない存在が今にも自分の命を終わらせにくる恐怖心を彼女は感じている。
なら逃げだすのが人としての行動だというものだろうが、彼女は迷いぬく様子を浮かべてしまう。
「だけど…わたしには大事な役目があったはず。それを放棄すれば大勢に迷惑をかけてしまう…」
大勢に迷惑をかけたくないという優しさのせいで彼女は自分の気持ちを押し殺していく。
逃げ出したい、人生を守りたいと思うのに恐ろしい存在を受け入れるべきだと理性が叫んでいる。
「わたしの心は何を望んでいるの…?幸福な今が大事なの…?それとも…それとも……」
円環のコトワリとの同調現象が激しく起き始める彼女は苦しみだし、両膝が崩れてしまう。
うずくまって両手を地面に置く彼女の両目が金色の色を帯びていく。
今にもアラディアに取り込まれてしまいそうな彼女は悪魔の呪いが解かれようとしている。
しかしそれを許さない者こそ、鹿目まどかの人生を守り抜きたい悪魔の優しさであったのだ。
<<まだダメよ!!!>>
親友の叫び声が聞こえてきた彼女が顔を上げてくれる。
「ほむらちゃん……?」
ミアズマの霧が漂う夜の公園に立っていたのは暁美ほむら。
鬼気迫る程の必死さを顔に浮かべる彼女が走ってきて片膝をつく。
両手をまどかの肩に置き、今にも泣きそうな表情を浮かべながら自分の気持ちを伝えてくれる。
「貴女には貴女の人生があるでしょ!!幸福を望みたい気持ちからどうして顔を背けるのよ!?」
「わたしは…その……」
「貴女だけが全ての人々の苦しみを背負う必要はないの!お願いだから…自分を大事にして!!」
目の前の親友は今のまどかの心の中に広がっている説明出来ない恐怖心に気が付いてくれている。
そう感じたまどかはほむらに相談してみたくなったようだ。
立たせてもらったまどかはほむらに連れられながら公園のベンチに腰を下ろす。
一緒に座ってくれるほむらにどう説明すればいいのか分からない表情を浮かべている。
未だに記憶封印が機能している彼女の代わりとして、ほむらがまどかにこんな話を持ち出すのだ。
「もう一年以上の付き合いになるんですもの…まどかがどういう人物なのかは学校で見てきたわ」
中学二年生の時期を共に生き抜くことが出来た友達のほむらとして彼女は語ってくれる。
鹿目まどかは平凡な中学生ではあるが、友達想いで心優しい性格の持ち主。
芯が強い性格であり、大人しく気弱そうに見えるが自分の望みを果たす勇気を示せる者。
だからこそ彼女は自分の優しさは大勢の人々のためにこそあるべきだと体現させてきた。
「まどかは本当に心が優しい子よ……だからこそ政治に詳しい嘉嶋さんの言葉を送ってあげる」
「尚紀さんの言葉……?」
悪魔ほむらは混沌王と呼ばれる人修羅の仲魔として彼からこんな言葉を送ってくれたことがある。
「嘉嶋さんから語られたことがあるの…まどかはね、
「わたしが……自分の尊厳を大事にしていない?」
家に泊まり込みにきていたまどかを客観視してあげた人修羅は悪魔ほむらのために語っている。
まどかの思考そのものが全体ばかりを優先する道徳主義に陥った性格なのだと表現しているのだ。
個人として我慢する、我儘を言わない、自己抑制、自己犠牲、法や国や全体を優先してしまう。
自由(CHAOS)の価値を知らず、自己抑制や自己犠牲ばかりを美化し、国や全体に奉仕する。
それは国家主義、全体主義へと導く危険な洗脳状態であり秩序(LAW)に盲従した思考であった。
「彼はね…義務教育で学ばされる
「道徳が危険…?そんなのおかしいよ!?道徳こそが人間の正しい生き方を教えてくれるのに!」
「道徳はね…社会科と違って子供達の思想、良心の自由に直接かかわるものなのよ」
内心の自由は国であっても侵害してはならないものだが、状況によっては圧し潰されてしまう。
全体奉仕こそが正しいと洗脳されてしまえば最後、それこそが人々の生きるべき道にされる。
自己犠牲こそ人間の正しさであって自分も御国や企業社会で生きる人々のために犠牲となるべき。
それではナチスや大日本帝国、ソ連等に従った愚民と何も変わらないと尚紀は語ってくれたのだ。
「道徳という外在的価値観がまどかの内面の支配構造を生む…だから貴女は犠牲になりたがる」
「そんなのってないよ…おかしいよ!だって…パパやママは私にいい子に成長して欲しいって…」
「まどか…貴女もテレビで見たはずでしょ?神浜人権宣言を叫んだ嘉嶋さんはなんて語ったの?」
「そ……それは……その……」
「迷惑をかけない人間なんて存在しない。だからこそ…彼は人間の尊厳を叫んでくれたはずよ」
嘉嶋尚紀が神浜人権宣言を行った時に叫んだ概念こそが自然権、天賦人権論。
生存権、自由権、幸福追求権などなど、人間が自由に生きてもいい権利を叫んでくれたはずだ。
「全ての人々は平等に作られている…だからこそ、まどかも個人の幸福を追求してもいいのよ」
「だけど…私はそれをしちゃったら…その……大勢に迷惑をかけちゃうと思うの……」
「嘉嶋さんはまどかに言ってくれたでしょ?神や悪魔でも…救えない存在はいるのだと」
「う……うん……」
「全てを救うことなんて神仏だろうが国家元首だろうが出来ないの。なのにまどかは出来るの?」
それを問われた時、ごく平凡な中学生として生きるまどかは反論することが出来ない。
魔女がいた世界で自分の無力さに打ちひしがれてしまった娘だからこそ己に目を向けられるのだ。
「人がいい子に育つよう学ばされる道徳は危険な思想なの。だからこそ彼は私に伝えてくれたわ」
「尚紀さんは…道徳が嫌いな人だったの?」
「いいえ、彼も道徳主義に陥った者。だから社会に道徳主義を築こうとして全体主義者となった」
「尚紀さんが…独裁者になっちゃったの…?」
「彼はその過ちを経験したからこそ…他の人にも同じ過ちを繰り返してほしくなかったのよ…」
絶対的な価値観を植え付けられた子供は他者にもそれを強要しようとするだろう。
それが多数を占める時、その価値観に納得できない少数者は否定され、排除され、敵視される。
考え、議論する道徳がこのような考えの下に行われた場合、
だからこそ道徳を専門的に教える学校は
「わたし…人助けこそが人間の正しさだって信じてきた。それは……間違いだったの?」
「正しい道徳は個々人でもつべきよ。だけど他人の描く道徳の全てが正解なんかじゃないの」
「わたしだけがもつ…わたしだけの道徳の道…?」
「全てを救えなくても身近な人ぐらいは助けられる。それぐらいちっぽけな道徳でいいじゃない」
身近な人とは自分の住んでいる地域、国で暮らす国民を表すことも出来るだろう。
世界中の人々が道徳で救われるべきだとする共産主義ではなく、地域に限定した社会主義なのだ。
「まどかの身近にはいないの?貴女の帰りを待ってくれている…守りたい人達はいないの?」
その言葉は魔獣宇宙に放り出された暁美ほむらが見つけてしまった鹿目夫妻のためのもの。
娘を失いながら悲しみに浸る権利すら奪われた両親だった存在の辛さはほむらに焼き付いている。
鹿目夫妻のためにも、まどかを自己犠牲させる全体主義に落とし込むわけにはいかなかったのだ。
「わたしの身近にも…守りたい人はいるよ。だけどね…わたしは他の人達だって…守りたいの…」
「まどか……」
迷いを孕んだ顔を浮かべていたが、まどかはほむらに顔を向けてくれる。
その表情は自己犠牲こそが正しいのだと信じてしまう道徳主義者の決断が宿っている。
自分が救えなかった魔法少女達のために自己犠牲を選んだ和泉十七夜と同じに見えてくるだろう。
「わたしはね…正義の味方に憧れたの。こんなわたしでも…誰かの役に立ってみたい…」
魔法少女として誰かのために役に立てるのは、それはとっても嬉しいこと。
魔法少女時代のまどかが語った言葉であり、その言葉は今もなお彼女の心を縛り上げてしまう。
「わたしにはそれが出来る力があった気がする…。今はね…その力を身近に感じることが出来る」
ベンチから立ち上がったまどかが公園の中央に位置する湖の方にまで歩いていく。
湖を一望出来る場所で立ち止まった彼女は遠くの景色に視線を向ける。
その方角とは今もなお激戦が繰り広げられているクロノスの結界が敷かれた方角であった。
「こんな時代だからこそ誰かが救いにならないといけない。だったら…力があるわたしこそが…」
悪魔ほむらが取り戻してくれた人間としての幸福な人生。
それを手放してでも求めてしまうのは全体幸福を優先してしまう全体主義であり、自己犠牲精神。
鹿目まどかの余りにも深い愛情こそが身近な人々を超えた全ての人々に救いを与えようとする。
その道こそかつての尚紀の道でもあるからこそ、子供のまどかに背負わせたくはないのだ。
だからこそ彼は悪魔ほむらに自分の思いを託し、託された者だからこそほむらは譲れない。
アラディアを呼び寄せようとするかの如く両腕を広げていくまどかであったが驚きの声を出す。
「ほむらちゃん!?」
まどかが感じたのは背中に抱き着かれた感触。
自分の全てを出し切ってでも愛する人を止めたいと願う愛を示す者の姿がそこにはあった。
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湖の白鳥達が夜空に向かって飛び立っていく。
白鳥の羽が舞う中で佇むのは何も知らない白鳥になる呪いを与えられた少女と呪いを与えた悪魔。
背中から抱き着く悪魔少女は両手でギュッと締め付けてきて放してはくれない。
その姿はまるで行かないでと叫ぶ孤独な少女のようにも見えてくるだろう。
「私ね……子供の頃に夢見ていたものがあるの」
「えっと……それは何なの?」
「魔法使いになって…苦しみ続ける人達を救える力にしてみたいって…思い描いたの……」
その思いはきっと契約の天使から契約を持ち掛けられた魔法少女達が抱いただろう夢の形。
「だけどね……ダメだった。どれだけ闇を砕く力を求めても……愛する人を救う力になれない」
どれだけ願っても、どれだけ戦っても、愛する人を守れない。
本当の笑顔を浮かべてくれる愛する人と出会いたいのに出会えない。
いつしか自分は出口のない迷路に迷い込んだ者のように成り果ててしまう。
「戦い抜いても愛する人を守れない……だからね…魔法の力なんてちっぽけなのよ……」
いつしか彼女は誰かのために戦うことを捨ててしまう。
誰かに縋りつこうとしたって彼女は悪者にされるだけだったし、愛する人とも心がすれ違う。
だからこそ誰かのためではない、自分のためにこそ戦う。
その果てにあったのは愛した人の自己犠牲だけだった。
それが今度も繰り返されようとしているからこそ止めたいのだ。
「何かになろうとなんてしなくていい…魔法の力なんてあってもね…私も貴女も無力なのよ…」
「だから自分のためだけに生きるのが正解なの?自分と周りの人達だけ良ければそれでいいの?」
「全てを救う力なんて誰も手に入らない。全てを背負うだなんて……己惚れた傲慢だったのよ」
「だ、だけど…わたしの力はみんなのためにこそあるの!わたしはみんなを守るために……」
道徳こそが絶対的に正しいと洗脳されてきた鹿目まどかだからこそ意固地な感情を見せ始める。
彼女は道徳こそが人間の正しい道なのだと一生懸命努力してきた。
努力すればするほど悪循環に陥っていく心理は人間ならば誰でももつもの。
それでも悪魔ほむらは鹿目まどかの生き方を批判してくれる。
たとえ大切な親友から嫌われようとも、出過ぎた杭のように打ちのめされようとも譲れない。
彼女の両肩を掴んで無理やり後ろに振り向かせるほむらはまどかにためにこそ叫んでくれるのだ。
「貴女の力で誰かを守れても……
涙を流しながら叫ぶ言葉がまどかの心に深く突き刺さったのか、意固地だった態度が消えていく。
「貴女が誰かを救ったって!誰かは貴女を救ってくれない!どんな献身にも見返りはないの!!」
「わ……わたし……」
「貴女は都合がいい存在として大勢に使い潰されて終わりなの!!だから自分を大切にして!!」
自分の全てをさらけ出してでもまどかを止めたい。
今の悪魔ほむらならば彼女に忠告を残した新田勇のコトワリ理念を受け入れられるだろう。
「他に選びようがあるのに一つの事に拘る必要はない!自分を大切にする利己主義を望んで!!」
「わたしの……利己主義……?」
「私達だけで支え合いながら……面白おかしく生きていければそれでいいじゃない!!」
新田勇だけでなく佐倉杏子の気持ちとも共通する叫びを上げてしまう。
利己主義とは本当に悪だったのだろうか?
その答えなら、道徳主義者であるまどかはこう答えるだろう。
「……ううん、違うよ」
拒絶とも思える言葉を出してくるまどかが肩を掴んだ手をゆっくりと払い除けてくる。
「わたし達だけで生きていけるほど甘くはないよ。わたし達は…大勢の人達に支えられてきたの」
人類文明の歴史の影で数多の魔法少女達は生まれてきた。
少女達は救いを求めて祈りを捧げ、その命を使い果たしてくれた。
それによって歴史を動かし、人類を育てるための自己犠牲となってくれた者達がいてくれた。
尚紀と同じ社会主義を掲げるまどかは自分達だけ楽しければそれでいいとは言えない者なのだ。
「独りぼっちになりたくないけどわたしの中には世界を支えた人達がいてくれる…皆が待ってる」
その言葉を呟いた瞬間、白鳥の呪いが解ける程の衝撃が鹿目まどかに襲い掛かる。
「ま……まどか……?」
周囲が宇宙の如き異界と化し、彼女の両目も金色の瞳となっていく。
「わたし……思い出せてきた。どうしてわたしは……こんな大切なことを……」
宙に浮かび上がっていく彼女に目掛けて最後の抵抗とばかりにほむらが抱き着いてくる。
抱きしめる彼女は自分の顔の横にいるまどかのために、最後の質問を行うようだ。
「……鹿目まどか。貴女は自分の人生が貴いと思う?家族や友達を……大切にしてる?」
「……うん。だけどね…私はその人達を含めて守る者になりたいの」
「…やっぱり貴女は
「……うん。わたしは……秩序の方が大切だって……思うかな」
「だったら……私と貴女は敵同士になるしか……ないのかもしれない」
「ほむらちゃん……わ…わたし……」
抱きしめる彼女の鼓動を張り裂けんばかりに感じてしまうまどかも両手を背中に回してくれる。
全ての記憶を思い出しかけているまどかではあるが、騙されてきた今までの時間は愛しいもの。
たとえ世界を騙す詐欺師であろうとも、彼女をそこまで追い込んでしまった原因は他にある。
だからこそまどかはほむらと戦い合う関係にはなりたくないと願ってしまう。
その気持ちが表れれるかのようにして2人が抱きしめ合う一時が続いていた時だった。
<<ようやく再会出来たようだな……我を引き裂いた悪魔よ>>
悪魔ほむらの存在を全否定するかの如き恐ろしさが宿った声が上空から響いてくる。
その声は目の前のまどかの声であり、その顔もまどかそのもの。
まるでまどかから呪われているような恐ろしさを感じさせる存在を2人は見上げていく。
目が大きく見開いてしまう鹿目まどかは鏡を見ているような気分を感じているようだ。
「わ……わたしなの……?」
宇宙を飲み込む程の膨大な魔力を放出させる純白のドレスを纏う光の女神が宙に浮いている。
まどかの顔を持ちながらも機械のように無機質、その心は逆らう者には天罰を下す慈悲の無さ。
それが表れたかの如く右手で頭部を掴まれていたのはボロボロの姿にされたクロノスだった。
「クロノス!!?」
翼を羽ばたかせながら浮いている女神が燃えないゴミを捨てるかのようにして地上に投げ捨てる。
地面に倒れ込んだクロノスは虫の息であり、かすれた声を出す。
「す……すまん……小娘。やはり神霊は侮れん……時間神の力であっても……通用しなかった」
駆け寄ってきたほむらがクロノスの上半身を抱き起しながら周囲を睨みつける。
既に公園は円環の軍勢に完全包囲されており逃げ出す隙間もない布陣が敷かれているようだ。
「我の半身を返してもらおう。そして…我を引き裂いてくれた礼はたっぷりと体に刻み込もう」
楽には殺さないと宣言してくる円環のコトワリ神の意思を実行する者達が近寄ってくる。
「美樹さやか…百江なぎさ……貴女達の呪縛も破られていたというわけね」
近寄ってくる円環の魔法少女達の中にはさやかとなぎさの姿もいる。
憎しみの感情を爆発させてくる者達が魔法武器を生み出す中、クロノスが声をかけてくる。
「ワシはまだやれるぞ……時間神としての誇りにかけて……グゥ!!」
「無理をしないで!!動ける体じゃないわよ!!」
「仕方ない……ワシは魔法盾に戻らせてもらう。残された力を使うにしても…三度が限界じゃ」
「時間停止は三回しか使えないというわけね…分かった、それで戦い抜いて見せる」
「強き者よ…お前さんが何を望もうとも、自由には責任が伴う。だからこそ…誰よりも強く在れ」
ボロボロの体のまま光を放ち、学生服姿のほむらの左腕に宿ってくれる。
立ち上がった彼女が左腕を掲げる姿こそ、鹿目まどかを守り抜く意思を示す最強の盾。
「たとえ貴女にとっては間違いであったとしても……私に貴女を守らせて、まどか」
たとえ魔法少女でなくなろうとも、悪魔になろうとも暁美ほむらは鹿目まどかを守る者。
自分の原点を決して捨てない者は命を懸けた戦いを始めていくだろう。
絶対に勝てない戦いなど何百回でも続けてこれた。
その道こそがまどかを救いたい自分の気持ちを貫く愛の道なのだと信じた者に迷いはない。
「悪魔の力を解放するか?ところで、ここは結界世界ではないようなのだが…構わないのか?」
「人間の盾を使う気?それ程までの力があるというのに…臆病風にでも吹かれたのかしら?」
「貴様を直々に葬りたいという者達の意向を汲み取ってやった。我への忠義を示す機会だ」
「そういうわけだよ、転校生」
「よくもなぎさ達を騙してくれやがったのです!懲らしめてやるのです!!」
戦闘態勢を行う円環の魔法少女達に向けて暁美ほむらは守護者としての姿を解放する。
その姿は悪魔の姿ではなく魔法少女の衣服を纏う悪魔の姿。
この姿こそが彼女の原点であり、まどかを守る者としての意思を体現してきた守護者なのだ。
「あたし達なんて悪魔になる必要すらないってこと…?調子に乗ってんじゃないわよ!!」
「何とでも言えばいい……さぁ、全員まとめてかかってきなさい!!」
ほむらの叫びと共に一斉に飛び掛かってくる円環の手練れ魔法少女達。
暁美ほむらの願いが込められた銀の庭はついに崩壊を迎えることとなってしまった。
優しい嘘であろうと他人を騙して許されるはずがないと怒る者は容赦ない攻撃を与えようとする。
それでも嘘が人を救うこともあるだろう。
気持ちがいい嘘に騙されていた方が幸せなことだってあるだろう。
それこそが悪魔達が用いてきた詐術であり、悪魔の庭を築き上げる手口であった。
バトルシーンは浮かんでくれるのにそこにまで持って行くお膳立ての繋ぎ部分が思いつかないってのは物書きあるあるですよね?(汗)
遅くなりましたが、ようやく悪魔ほむらVS円環のコトワリのバトルを次から描いていきますね。