人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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310話 ジャック

かつて愛した魔法少女のために人間の守護者となった悪魔、それが人修羅。

 

その男は失った愛する者との約束と将門公と交わした約束を守るために東京の守護者となる。

 

しかし彼は約束を守れなかった負け犬でしかない。

 

東京は完全消滅したことでそこで生きてきた一千万人以上の人々を死なせてしまったのだ。

 

かつては親だと信じた者達も死なせ、かつては恩師だと思ったこの世界の女教師も死なせた者。

 

ボルテクス界を生きてきた頃と変わらず、その男は誰も守れない者として再び彷徨っていく。

 

いつまでも全裸でいるわけにもいかず夜中を待って服屋に忍び込み、再び服を盗んでしまう。

 

ジーンズとパーカー、それにスニーカーというシンプルな服装を着込んだ後、書置きを残す。

 

この世界に流れ着いた頃の彼とは違い、今では財閥規模のグループの代表を務める御曹司。

 

壊した窓ガラスと盗んだ服の料金は十倍にして返すと連絡先を残した後、消えてしまう。

 

黒いパーカーのフードを目深く被り、雨が降りしきる中を人修羅は彷徨っていく。

 

道路の隅を歩きながら何処かに向かうようだが、誰も彼に声を掛けようとする者はいない。

 

あるのはマスクもつけない不気味な外国人、反ワクチン派かもしれないという差別感情のみ。

 

何処かの街で夜の街道を歩いていた時、不意に立ち止まった彼がショーウィンドウに振り向く。

 

自分の姿が映る鏡を見つめていた時、パーカーのフードを持ち上げた彼が呟いてしまうのだ。

 

「……俺は誰なんだ?日本人の嘉嶋尚紀だなんて…もう言えるような見た目じゃないぞ…」

 

鏡に映るのはプラチナブロンドヘアーをした白人男性の姿であり、その瞳も瑠璃色をしている。

 

声だけは元の尚紀の声であり、髪型も同じところからかつての面影はそれぐらいになるだろう。

 

もはや自分は日本人ですとは通じない外国人の見た目に成り果てた事で自分が分からなくなる。

 

嘉嶋尚紀として生きてきた男は自分自身のアイデンティティまで失ってしまったのだろう。

 

「フッ…フフ……きっと()()()()()()()()()()。あの蛇神の女神に取り込まれた時にな…」

 

もはや自分のアイデンティティさえ崩壊した男はフードを被り直して再び歩き始める。

 

歩きながらも白人男性の体は震えており、鏡に映った自分の姿がとある存在と重なってしまう。

 

「鏡に映った俺の姿は……まるで……ルシファーそのものだった……」

 

もはや自分自身こそが大魔王ルシファーだったのではないのか?と、酷い錯覚に陥っていく。

 

初めから嘉嶋尚紀も人修羅も存在せず、大魔王が嘉嶋尚紀を名乗りながら存在してたのでは?

 

そんな風に自分さえ見失っていた時だった。

 

「チッ……」

 

横を通りかかったキャンピングカーが雨水を跳ね上げてしまい、横の彼はずぶ濡れになる。

 

そんなことなど気にもかけない彼は黙って歩き去ろうとするのだが、後ろから声をかけられる。

 

「ちょっとあんた!ほんまゴメンやで!道路の窪みが思ったより大きかったようや!」

 

牽引式のキャンピングカーを引っ張る車から降りてきたのは褐色肌をした女性。

 

無視しようと思ったが彼女から魔法少女の魔力を感じたことで後ろに振り向く。

 

「……俺に構うな」

 

「流暢な日本語を喋れる外国人さんやね…?なら会話も通じるようやし、私の車に入ってや」

 

「お前だって日本人のような肌の色をしてないだろ?俺に構わず何処へでも消えろよ」

 

「そういうわけにもいかへん。礼儀を欠いては可愛い弟子達に顔向け出来んようになるし」

 

現れたのは調整屋時代の八雲みたまの師匠であるリヴィア・メディロスだったようだ。

 

「お、おい……!?」

 

白人男性の後ろに回ったリヴィアが強引に背中を押しながら牽引車の中に入れてしまう。

 

運転席に回り込んだ彼女は車の中に入った後、横の彼に振り向いて微笑んでくれる。

 

「私はリヴィア・メディロス。あんたの名前は?」

 

名を問われてしまうが、彼は自分のことを日本人の嘉嶋尚紀だとは名乗れないようになる。

 

「……()()()()だ。日本語で名無しという意味だそうだから、今の俺にピッタリだ」

 

「…誰でもあり、誰でもない。そんな不特定人物の名前を名乗らなあかん立場のようやね…」

 

人間に擬態しているため悪魔の力には感づかれていない様子だが、彼女は親身になってくれる。

 

「クリーニングの予約をしようにも夜やしねぇ…せやからコインランドリーで洗濯してあげる」

 

「気にする必要はない…何処か適当な場所で降ろしてくれ…」

 

「何処の誰かも知らない私の車に乗り込んでおいて、それはないで。行く当てがないんやろ?」

 

黙り込むのは肯定だと判断したリヴィアは暫く黙って運転してくれる。

 

「……何処に向かう気なんだ?」

 

「私は特殊な仕事をしてる流れの商売人なんよ。次は風見野で商売をしようと思ってたんよね」

 

お互いに秘密を隠す者達が夜の道路を進んでいき、風見野市の光が見えてくる。

 

かつての故郷に舞い戻る偶然と出くわしてしまった尚紀の表情は辛いものになっていく。

 

約束は守れず、家族も守れなかった負け犬はどんな顔をして帰ればいいのか分からなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「はい、安物やけど体が温まるで」

 

風見野市の大型駐車場に停車した牽引式のキャンピングカーの中では尚紀が座っている。

 

彼の服は近くのコインランドリーに持って行かれた事で乾いてくれているようだ。

 

渋々受け取った紅茶を一口飲んだ後、無言になってしまう。

 

「……私と一緒にいるのが嫌なんか?」

 

「いや……この街にいるのが辛い。この街はな……俺にとって第二の故郷なんだ…」

 

「そんな大事な場所やのに…どうして帰ってくるのが嫌なん?両親や友達はおらんの…?」

 

「両親になってくれた人はいたが…俺のせいで死んだ。出会えた愛する少女すら…死んだ」

 

彼にとってこの地は思い出したくない辛い記憶で満ちた場所だとリヴィアは理解する。

 

重過ぎる罪を背負った末に故郷を捨て、当てもなく彷徨っていたのだろうと考えるのだ。

 

「それやったら…私と同じやね。私もね…両親はおらんから…」

 

過去を振り返るのを辛そうにしてしまうが、同じ境遇の者と出会えた事でつい零してしまう。

 

「私もね…ストリートチルドレンだった時期がある。今のあんたと同じようにね…」

 

「そうか…お前の苦しみは俺も経験済みだ。ホームレスとして生きてきたんだ…俺はな」

 

「外国人さんやけど日本語が喋れるだけマシやで。私なんて母の母国語すら話せへんかった…」

 

「…だから生まれの地である日本に舞い戻ってきたというわけか?そして今は流れの商売人か」

 

「孤児達が元気に生きられる国なんかやないんよ…日本はね。私だって…地獄の人生やった…」

 

「それでも犯罪者にならずに商売人を選んだお前は立派さ。孤児の苦しさは誰よりも知ってる」

 

孤児を救う嘉嶋会の理事長だとも言えない彼であるが、孤児と寄り添う気持ちは誰よりも強い。

 

そんな男と出会えたせいでリヴィアは語るのも嫌な過去の話を零してしまったようだ。

 

「フッ…おかしなもんやね。私が辛い過去を語ってしまえるぐらい不思議な雰囲気を感じるで」

 

「俺達のような立場となる者はこれから大勢生まれるぞ…それ程までに日本は終わってるんだ」

 

弟子のヨズル達とは出来なかった政治の話をリヴィアは聞き入ってしまう。

 

自由貿易による主権の廃絶、経済特区による都市の租界化、派遣制度による勤労者の奴隷化。

 

市場原理主義による福祉・医療の解体、原発事故による被害の拡大、破滅要因が重層化する。

 

未知の病魔騒ぎがこれらの実態を不明にし、支配の加速器として利用されてしまう。

 

未知の病魔騒ぎを機に民主制が解体され、公益を名目とする国民監視体制が築かれるだろう。

 

衛生至上主義というファシズムが台頭し、()()()()()()()()()()()()()()()()()と語るのだ。

 

「問題が複雑化し、理解を超えた社会状況を知るには諸学を網羅した社会学が必要なんだよ」

 

話を聞いていたリヴィアであるが顔を俯けたまま震えている。

 

実証的な論考は常識や信念をことごとく覆すせいで人々から猛反発を喰らうものだ。

 

調整屋としての経験と荒んだ子供時代、そしてテレビ情報程度しかない女は受け止めきれない。

 

「理解出来ないのも無理はない…氾濫するIT機器では知的進化ではなく…堕落しか得られない」

 

「これ程までのショックを受けたのは…私達の真実を得た時以来やね…だけど…信じてもええ」

 

「今までの世界とは違う世界に来た気分だろ?これが真実を知った人間達が陥る心理状態だな」

 

「全ての魔法少女達も通ってきた道や…世界の裏側に触れるのは…本当に苦しいもんやな…」

 

つい口が滑って魔法少女の存在を喋ってしまったリヴィアが慌てて眼鏡を指で押し上げる。

 

「えっ…ええと…その…私は魔法少女モノの作品が大好きで…魔法少女がいたらいいなーと…」

 

眼鏡を怪しく光らせながら身振り手振りでごまかそうとするが、男は微動だにせずこう語る。

 

「隠さなくていい…お前は調整屋なんだろ?俺が愛した少女もな…魔法少女だったんだよ…」

 

「私達のことまで知っていたんやね…あんたは一体何者なん?一般人にしては知り過ぎやで」

 

「俺はただの負け犬さ…家族を守れず、愛する人も守れず、魔法少女も守れない…負け犬だ」

 

長い話を語り終えた彼が飲み終わった紅茶を机に置いた後、立ち上がって車を出て行く。

 

独身男として年頃の女と2人きりでキャンピングカーで寝たくはないと去っていくのだ。

 

しかし去っていく男の背中に向けてリヴィアが大声をかけてくる。

 

「あんたは男だろ!女の私でさえ何度も失敗しては立ち上がってきた!あんたも立ち上がれ!」

 

普段は愛嬌を見せるばかりで何処か不気味なリヴィアであるが、今の彼女は仮面を纏わない。

 

残酷な大人達に拾われ、劇団に売られ、使えなくなれば臓器バナーにされかけた女の顔なのだ。

 

弟子達と別れて独りぼっちだったからこそ偽りの仮面を纏わない素のリヴィアが出たのだろう。

 

「全てを敵に回してでも足掻け!綺麗事では現実は変わらない!私はそうやって生きてきた!」

 

愛嬌を振舞うのに役立つと似非関西弁を喋ってきたが、それすら忘れて励ましてくれる。

 

そんな彼女の思いが嬉しかった男の口元が微笑んだ後、振り向いてくれるのだ。

 

「…………嘉嶋尚紀だ」

 

「えっ……嘉嶋…尚紀…?」

 

「それが俺の本当の名前だと今でも信じてる。リヴィア・メディロスだったか…覚えておくよ」

 

それだけを伝え終えた尚紀が今度こそ闇夜の世界に消えてしまう。

 

残されたリヴィアは弟子だったみたまから聞かされた話を思い出し、全てが繋がっていく。

 

「なるほど…どうりで魔法少女に詳しいわけや。あの悪魔男がみたまを救ったメシアなんやね」

 

神浜人権宣言を報道していた時もテレビを点けていた彼女であるが、疑問が生じてしまう。

 

嘉嶋尚紀は日本人の見た目だったのに、今の彼は何処を見ても別人にしか見えなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

深夜の風見野霊園で佇むのは家族への恩返しとして用意した墓の前にいる尚紀の姿である。

 

「なぁ…佐倉牧師。あんたは俺に与えてくれたよな…神の言葉ではなく、人間の言葉を…」

 

迷いというものは、ああなりたいという欲望から生まれる。

 

それを捨てれば問題はなくなる。

 

人は迷って当然だ。

 

大切なことは君が納得することだと思う。

 

迷う自分を受け入れ、自分が本当に納得出来るものを君自身が見つけなければならない。

 

このような言葉を佐倉牧師から送られている尚紀は迷いを捨てなければならないだろう。

 

「あの頃の俺は佐倉牧師の家に呪いをもたらした俺自身と…呪いを与えた唯一神を憎んできた」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが人間の性というもの。

 

他責の安心感に浸ろうとする光景こそSNSでも繰り返される光景である。

 

指摘された問題を相手の問題にすり替え、擦り付ける者達ばかりで溢れているはずだ。

 

「だけど違った…全てはその人達が選んだ選択によって因果をもたらした結果だった……」

 

呪いの因果だと身勝手な印象操作を行おうが、本質はその人が選んだ選択のせいである。

 

魔法少女になる選択を選んだ佐倉杏子がもたらした因果であり、破滅もまた自業自得。

 

それを勝手に悪魔の自分がもたらしたモノだと背負い込もうとしていたのが人修羅なのだ。

 

「人間は破滅が先に待っている選択であろうと必要であれば選ぶ…それもまた決断なんだ…」

 

魔法少女という破滅しか残らない選択であろうと、選ばなくても破滅しかない者は縋りつく。

 

そうでなければ人間としても滅びるしかないのであれば、どうして止められようか?

 

「自分に苦しみを与えた敵にばかり意識を持っていかれて…自分自身に意識を向けなかった…」

 

人間として生きていた頃の尚紀は勇やクラスメイト達と一緒に堕落の毎日を送ってきた者。

 

それは周りの人間達も同じであり、知的進化など誰も求めずエンタメだけを消費していった。

 

その先に待っていたのは受胎という世界の破滅であり、生きる力を失った者達が与えた因果。

 

それなのに世界を滅ぼしたのは唯一神のせいだと喚き散らし、身勝手に憎んでしまったのだ。

 

「敵なんて何処にもいなかった…敵は常に自分自身…それを感情で否定したかっただけだ…」

 

自分達の劣等性は許さず、自分達の優越性しかいらないというエゴイズムこそが人間の性。

 

十代の青春を堪能した末に学歴もなく、落ちこぼれ人生を生きたのは全部周りや社会のせい。

 

そんな風に自分自身に意識を向けず、他責の安心感に浸ろうとする連中と同じでしかない。

 

強き者として生きようとしたアリナが語った言葉通り、敵は常に自分自身だった。

 

「杏子ですら自分の劣等性を認めた上で俺に対する憎しみを克服したんだぞ…なのに俺は…」

 

愛する魔法少女を失った風見野霊園で彼が叫んだ言葉とは唯一神に対する憎しみの叫び。

 

同じ場所に立つ彼は再び唯一神に対する憎しみを爆発させてしまうのか?

 

それでは尚紀は佐倉杏子以下でしかなく、エゴに浸りたいだけの精神未熟者でしかない。

 

「全ては自業自得…自分達がもたらした因果に過ぎない…。原因があるから結果が起こるんだ」

 

いつの間にか彼の足取りは第二の故郷の家となってくれた神の家の方角へと進んでしまう。

 

その足取りは重く、まるで懺悔をするために神の家に向かう者達と同じような心理になる。

 

かつて通ってきた森の道を超えれば尚紀の家になってくれた大聖堂が見えてくる。

 

彼が莫大な予算を用いて修繕したお陰で焼け果てた外観もだいぶマシになっていたようだ。

 

修繕現場で立ち入り禁止であるが彼は大聖堂に入れる扉を開けてしまう。

 

明かり一つない大聖堂内ではあるが、取り外したステンドグラスから月の光が零れている。

 

それに照らし出されていたのは大聖堂の奥に新たに設けられたキリスト教の()()()なのだ。

 

「十字架を見つめた時、唯一神への憎しみが溢れたが…今では自分への憎しみしか感じない…」

 

クリスチャンが十字架を身に着ける生活を送る意味とは、()()()()()()()()という戒めである。

 

主イエスは十字架によって生き方の手本を見せ、人々に己の罪を背負う生き方を享受したのだ。

 

「自分の罪と向き合うのは本当に難しく、苦しいもんだな…。乱暴してごめんな…風華…」

 

クリスチャンだった風実風華がここで祈りを捧げていた時、悪魔として尚紀は彼女に乱暴する。

 

肩を力任せに掴んだために彼女を痛がらせてしまった己の愚かさが恥ずかしくて堪らないのだ。

 

唯一神とその息子を崇拝した魔法少女が祈りを捧げた場所へと彼も進んでいく。

 

それでも十字架に近寄るのが恐ろしかったのか、彼は階段で立ち止まって背を向けてしまう。

 

そのまま階段に座り込む形になってしまった彼は頭を抱え込みながら呻いてしまう。

 

「俺は自分を騙したかっただけだ…自分は悪くないと他責の安心感に浸りたかっただけだ…」

 

悪が分からない偏った善人は無意識に、無邪気に、悪事を善行だと信じて行う。

 

善行と信じているので批判に聞く耳を持たず、より強固な善意で悪行を働く。

 

地獄への道はいつだって客観性のない無知な善意によって敷き詰められていくもの。

 

「これなら馬鹿の方が遥かにマシだ…騙された分、臆病になって勉強出来るじゃないか…」

 

かつてアリナが十七夜に語った言葉通り、彼もまた自分の愚かさを認めるのが怖かっただけ。

 

足りなかったのは知的謙虚さ。

 

自分で全てを決めず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「アインシュタインの言葉通り…学べば学ぶほど自分の無知が分かる…俺は視野狭窄だった…」

 

唯一神に対する憎しみこそが全てだった悪魔は今、初めて自分の罪に意識を向けてくれる。

 

自分は間違ってなどないというエゴを克服した時、あまりの苦しみに心が悶えてしまう。

 

同性愛者が自分のエゴと向き合う時、苦しみ悶える光景と同じ姿が生まれているのだ。

 

その姿こそ全ての人が背負うべき咎なのだとキリスト教の牧師だった佐倉牧師なら言うだろう。

 

尚紀もまた罪の十字架を背負う苦しさで悶えていき、心はいばらの冠で締めあげられる。

 

そんな彼の背中に罪の重荷を背負わせるのは月明かりに照らされた十字架の影だった。

 

「逃げるわけにはいかない…杏子だって背負えたんだ。俺だって…背負わなければならない…」

 

初めてLAWの天使と対話してもいいと思えた時、大聖堂の入口から近寄ってくる天使が現れる。

 

「……やぁ。君とここで出会うのは…これで二度目になるだろうね」

 

現れたのは契約の天使であるインキュベーターであり、階段の前で立ち止まるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「随分と見た目が変化したようだ。今の君の姿を見ていると…まるでルシフェル様に思えるよ」

 

「…よぉ、()()。笑ってくれよ…俺もお前になったんだ。正義の味方を気取りながらな…」

 

かつては魔法少女達を地獄に突き落とす悪魔だと憎んだ者にさえ、懺悔の言葉を送ってしまう。

 

尚紀が語るのは魔法少女の虐殺者として生きた人修羅の人生であり、凄惨な正義を語るのだ。

 

黙って清聴してくれていたキュウベぇであるが、不思議そうな顔をしながらこう告げる。

 

「君は間違ったことなんてしてないよ。ボク達でさえ秩序を維持するには虐殺を選ぶだろう」

 

「天使らしい判断だな…だけど…そんな天使らしい判断でしか…俺は秩序を維持出来なかった」

 

「司法の歴史も同じさ。犯罪と変わらない刑罰でしか秩序を維持出来ていないじゃないか?」

 

「正義を振りかざせばお前と同じ存在になっていく…どうして気が付かなかったんだろうな…」

 

「ボク達と同じ存在になってでも、君は守り抜きたかった大切なものがあったんだろ?」

 

「…あったよ。悪魔の俺の力を…風華が守ってきた大切な人々のために使うと約束したんだ…」

 

「彼女との約束を守るためにこそ、君はボクと同じく魔法少女の虐殺者になったわけだね?」

 

「本当に笑えるぜ…お前を憎んで排除した俺が…気が付けばお前自身になっていたんだよ…」

 

「約束を果たすなんて建前でしかない。君は自分の復讐心を満たしたかっただけなのさ」

 

「……そのとおりだ。唯一神に対する憎しみでさえ…今ではもう分からなくなったよ…」

 

唯一神に対する憎しみを捨てられる悪魔など見た事もなかったキュウベぇは驚いてしまう。

 

これ程までに自分の罪と向き合える悪魔ならば語ってもいいと思った彼が昔話を始めるのだ。

 

「契約の天使となる前のボク達はただの虫けらだった。それでもね…主が役目を与えてくれた」

 

か弱い生き物よ、お前は神に選ばれた。

 

神に代わり宇宙を育てる使命を得たのだ。

 

光の天使長と呼ばれた時代のルシファーにそう伝えられたインキュベーターの祖は天使となる。

 

禁じられた実を二つ与えられた事によって神の知恵と永遠の命を与えられたのだ。

 

「主がいなければ…ボクは未だに下等生物のままだ。ボク達は主への恩義を果たしたいだけさ」

 

「まるで俺だな…俺だって風華に救われた恩義を果たすために…魔法少女の虐殺者になった…」

 

「ボクは宇宙を育てる孵化器であることを誇りに思う。君だって誇りをもって戦ったはずだ」

 

「そうだな…悪の魔法少女から人間達を少しでも救えた時は…誇らしい気持ちになれたよ…」

 

「その時の気持ちこそボクと同じだ。全体秩序を守るために代償を払う道こそが天使なんだよ」

 

「代償を払い続ける道こそが世界の在り様か…このコトワリだけは…唯一神でさえ逆らえない」

 

何も宇宙延命のために魔法少女の命を代償にしろというだけの話ではない。

 

世界の在り様とは常に代償を払い続け、次に繋げるための連関として行われてきたもの。

 

自然の死は新しい再生に繋げるための春夏秋冬となり、人間の生も新しい命に繋げた後に死ぬ。

 

人間の人生もまた代償を払うことで成長していき、それを人々は努力と呼ぶ。

 

経済も太古の時代から変わらず代金の支払いという代償行為を要求してきたはずだ。

 

女もまた自分の体を傷物にする代償を支払うことで新しい命を産み落とす存在になれるだろう。

 

()()()()()()()()()、全てが次に繋げるために必要な行為である()()()()()

 

この連関こそ自然の秩序であり、唯一神だけでなく多神教の自然神とて同じ答えを出すだろう。

 

「ボクは自然の秩序に従ってきた…けど人は残酷な生き物さ。人間だけが()()()()()()()()()

 

世界とは死と再生という矛盾で構築されているにも関わらず、魔法少女は天使を呪ってくる。

 

自分が不幸になったのはお前のせいだとキュウベぇに罪を擦り付け、()()()()()()()()()()()

 

契約を断る自由まで奪うことなどしていないというのに、理不尽に殺されていったのだろう。

 

奇跡の恩恵だけを寄越せ、理不尽に殺されたり化け物になる代償なんて支払いたくない。

 

代償を支払うことなど魔法少女達は求めず、徹底して()()()()()()()()()()()()()()

 

その光景は代金を支払うという代償を求めず、欲しい商品だけ寄越せという恥知らずなもの。

 

異世界転生で例えるなら代償を払わずチートパワーだけ寄越せという愚劣極まった我儘だろう。

 

「切り取った内容だけ語ったけど()()()()()()()()()()()()()。それでも契約を望んだのにね」

 

「魔法少女は怪物と戦う者…命の危険があるぐらいは伝えるだろう…だったら断るべきだよな」

 

「その通り。神の奇跡はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼らが語り合った内容こそ魔法少女の暁美ほむらが人間の鹿目まどかに伝えようとしたもの。

 

魔法少女になるには命でさえ釣り合わない程の代償を支払うことになると止めてきたのだろう。

 

「人の感情だけが不自然な理屈を生み出していく…俺の力だって命を削る代償を払ったんだ…」

 

「代償を払いたくないなら取引や契約なんてしなければいい。店の商品も買わなくていいんだ」

 

「それでも人々は商品がなければ生活出来ない…そういう人達だけが取引すればいいよな…」

 

「魔法少女とはそうあるべきだと佐倉杏子も言ってきた。そういう人達は救われたと思うよ」

 

たとえ高過ぎる代償を支払う運命を背負おうとも、命を繋ぎとめたことで救われた者達もいる。

 

巴マミも事故で死ぬはずだった運命から救われ、五十鈴れんも虐めを苦に自殺から救われる。

 

そして同じ苦楽を共に出来る魔法少女達と絆を結び合い、新しい人生だって得られただろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()であり、その力で幸福になるも不幸になるもその人次第である。

 

そう思える彼は偏見に支配されず、冷静に事象を観測出来る程にまで達観者となれたようだ。

 

「お前は魔法少女の逆恨みで数を減らしてきたんだろ…?それでも役目を続けた理由は何だ?」

 

そう問われたキュウベぇは視線を彼から逸らし、十字架の横にある開けた窓から夜空を見る。

 

彼の目に映るのは宇宙であり、宇宙という全体が今日も無事でいてくれたことに喜びを感じる。

 

「ボクは報われなくてもいい、宇宙という全体の安寧が続いてくれるなら……」

 

――ボクは喜んで滅びよう。

 

彼の決意を聞かされたことで両目がカッと開いた尚紀が立ち上がってしまう。

 

「お前の覚悟は聞かせてもらった…お前もまた自分の道を貫くがいい。俺もそれに続こう…」

 

「出会った頃のようにボクを破壊するような短絡的な君はいなくなったようだね、良かったよ」

 

「俺はヨスガ思想を必要とする…選民主義を掲げるお前の生き方もまた…ヨスガなんだ」

 

「ヨスガ思想…その在り方はボク達天使も必要とするだろう。これからもボクはヨスガなんだ」

 

「俺もまたお前と同じように()()()()()()()()()()()()()。俺の道は天使の如く自然となろう」

 

「最後になるけど、君に渡しておきたいものがある。風実風華の遺品のようなものさ」

 

キュウベぇが背中の丸い入れ墨を広げたことで亜空間が広がり、耳のような翼を中に伸ばす。

 

中から取り出したのは十字架のネックレスであり、魔力で浮遊させながら送ってくれる。

 

「これは……風華が身に着けていたネックレスなのか?」

 

「彼女が死んだ日に風見野霊園に通りかかってね。ボクが拾っておいたんだ」

 

「お前にとってはどうでも良かったものだったろうに…それでもな、拾ってくれて感謝する」

 

尚紀は受け取った十字架のネックレスを身に着けたことで()()()()()()()()()()()()だろう。

 

彼の背中から伸びて広がったのは天使の翼と悪魔の翼を表す四枚翼。

 

悪魔としての可能性だけでなく、天使としての可能性さえも宿す陰陽存在が顕現するのだ。

 

その者は左に広がる天使の翼で自分の体を包み込んだ瞬間、その場から消え去ってしまう。

 

舞い散る天使の羽が広がる中、真紅の瞳をもつインキュベーターの目も大きく見開く。

 

「やっぱり…あの御方もまたルシフェル様なんだ。あの御方の中にも…天使の光輪が輝いてる」

 

嘉嶋尚紀は人の心を絶対零度の世界に捨てる決断を行った者。

 

リヴィア・メディロスのように偽りの仮面を身に纏い、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

綺麗事では現実は変わらないと叫んだリヴィアの言葉を体現する者になっていくのだ。

 

理想主義を捨て、現実主義を掲げる者はインキュベーターの如く合理的な選択を選ぶだろう。

 

天使としての可能性を示すことになる人修羅は契約の天使の如く残酷な者になるのであった。

 




ジャック、CQCの基本を思い出して(メタルギア脳)
僕の価値観も真女神転生5のハーヴェストなデメテルと同じ価値観なので、キュウベぇだけを悪者に出来ないんですよねぇ。
宇宙の熱があって宇宙があるなら、その宇宙で暮らせてる人間はキュウベぇに救われてると昔から思ってたわけです。
都合の悪い悪なんていらない、自分らだけで生きられるってフェミニストも言ってますけど、社会実験で女の島作っても生きられなかった実験結果もありますしね。
全ての存在は単独では成り立たないっす。
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