人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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31話 武術稽古

2019年1月となり、今年の正月は東京大空襲もあり活気は無く、喪に服すような空気。

 

聖探偵事務所も正月休みを迎え、尚紀も時間を持て余している。

 

だが彼には日常よりも優先しなければならない戦いがあるのだ。

 

「ハッ!セイッ!!」

 

探偵事務所の近くの廃工場内には彼の姿がいる。

 

黒いトレーニングウェアのパーカーを目深く被りながら鍛錬に励むようだ。

 

(感情に振り回される……だが、それでは奴に勝てない)

 

強大な魔法を行使出来ないハンデを背負った上での戦いを彼は背負う者。

 

悪魔の腕力や魔力だけでは敵わない事を認めた上で自分の技量を見つめ直す。

 

「ふん!たあっ!!」

 

チェンシーとの戦いを思い出し、シャドーボクシングを繰り返すのだが焦りを隠せない。

 

(ダメだ…いくらやっても…相手に打撃を当てているイメージが沸かない!)

 

感情が荒れているせいか打撃の姿勢にも乱れが出ている。

 

それでもガムシャラに集中しているせいもあり、入口の前で立つ人物の姿に気が付かない。

 

「くそっ!!勝てるビジョンが見えない!」

 

苛立ちながら地面を殴りつけてしまう。

 

自分の技量に自信が持てなくなっていた時、入口付近の人影が口を開く。

 

「何をそんなに苛ついてるネ、ナオキ?」

 

声が聞こえた事でやっと入り口にいる人物に振り向く。

 

「いつの間にいたんだよ…」

 

歩いてくる人物とは去年の夏頃に会ったことがある少女である。

 

「そんなんじゃ、技も曇て当然ヨ。私のライバルともあろうお前が情けない姿ネ」

 

「…何の用事だ、美雨」

 

やってきたのは蒼海幇の一員である純美雨。

 

彼女は冬休み中であり、冬の私服姿で訪れたようだ。

 

「便利屋は今は休業中だ…依頼なら他を当たれ」

 

「依頼が無ければお前に会いに来たらいけない決まりでもあるのカ?」

 

「お前に付き合ってる暇は無い」

 

突き放す言葉には怒気が含まれている事なら美雨も分かっている。

 

「東京も今は物騒極まりないネ……それと関係しているカ?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定ネ、ナオキ」

 

「…お前には関係の無いことだ。神浜に帰れ」

 

「私に気が付かないぐらい集中して鍛錬を続けていたみたいだけど…誰とやり合うカ?」

 

「……お前や俺より強い奴だ」

 

「…どれぐらいの強さカ、それ?」

 

「仙人の領域のクンフーかもな。お前なら勝てるか?」

 

「どういう次元の話ヨ?でももし…そんな次元のヤツ相手するなら…最強の護身術使うだけネ」

 

「最強の護身術?」

 

「逃げるが勝ちヨ」

 

「…命あっての物種か。だが、俺はあいつから逃げる訳にはいかない」

 

「引き際を見誤る、ソレ即ち無謀ヨ。賢い判断違うネ」

 

「お前は蒼海幇を見殺しにしてでも逃げたいと思うか?俺にとっては…それ程の価値がある」

 

「…命を懸けてでも、譲れない戦いカ。だとしたら…覚悟決めるしかないネ」

 

「理解したならさっさと神浜に帰れ。俺は忙しいんだよ」

 

「いや、この一件……蒼海幇も噛ませてもらうネ」

 

「いらぬ世話だ…棺桶の山が出来るぞ。これは東京の問題だ」

 

「蒼海幇は便利屋のお前に借りがあるヨ。蒼海幇は受けた恩は忘れないと言たはずネ」

 

「だからいい加減に…」

 

「私達にだて、自分の街守る責任あるヨ。だから…お前のサポートしてやるネ」

 

「サポートだと?」

 

「今言える事は今のナオキだと……そいつに殺されてお終いネ」

 

「随分とあっさり言ってくれるもんだな…」

 

「だから、お前に足りないモノ…教えてくれる人に会わせてやるネ」

 

「誰だよ、そいつは?」

 

――蒼海幇の長、長老(チェンベイ)ネ。

 

 

神浜市南凪区のメインストリートは南凪路と呼ばれる地域。

 

ゲートウェイを超え、神浜のチャイナタウンとも呼べるエリアを二人は進む。

 

乱雑に並べられた漢字の看板や明かりのぼんぼりが通りを飾り、異国情緒溢れる街並みだろう。

 

飛び交う言葉も日本語の他には中国語も聞こえてくる。

 

「久しぶりに訪れたが、池袋のチャイナタウンを思わせる街だな」

 

「中国生まれの日本人によて、戦後に育てられた街ヨ。市民からは老華僑と思われているネ」

 

「中国生まれの日本人……満州国の満州人か?」

 

「知てるのカ?」

 

「映画の最後の皇帝なら見た事があるんだよ」

 

清朝滅亡後、大日本帝国陸軍の関東軍の占領である満州事変によって満州は中華民国から独立。

 

清の皇帝が治めた最後の国が満州国だというのなら歴史で習った事があるだろう。

 

ソ連軍侵攻で満州国の日本人達は関東軍に見放され、命からがら日本へと歩いて逃げている。

 

逃げられなかった者も大勢いるため、この街は無事に逃げられた人達が流れ着いた地域なのだ。

 

「この街は旧満州人達の受け皿なんだな…」

 

「出国に間に合わなかた多くの人々は…日本人収容所に数年間収容され…大勢亡くなたネ…」

 

ここに帰れた人達はその犠牲の上に生かされているのだと美雨は辛そうに語ってくれる。

 

「蒼海幇も3世までの歴史だ。80年ぐらいの歴史で辿れば…そういう歴史があると思ったよ」

 

この街の歴史を語り合う二人の歩みが止まった後、武術館の前に辿り着く。

 

「中に入るネ。長老もナオキに会いたがていたから、丁度いいヨ」

 

「靴のままでいいのか?」

 

「中国拳法は元々家の外で鍛錬するものネ。靴で十分ヨ」

 

中に入って館内を見渡すと色々な道具を見つけてしまう。

 

「中国拳法の武器や鍛錬器具が色々あるな…壁も鏡が張られてるし、本格的だな」

 

「まぁ、評判は聞かないで欲しいネ」

 

「門下生の姿は見えないし……流行ってるようには見えないよ」

 

美雨が奥に進み、館内と住居を繋ぐ通路の奥に向かって声を出す。

 

「長老!ナオキを連れてきたネ!」

 

<<お~~美雨、今行くわい>>

 

奥のドアから現れた老人に目を向ける。

 

武術服を身に纏い、口周りは立派な白髭、そして頭は実に特徴的だろう。

 

「よく来たのぉ、嘉嶋尚紀君だったかな?」

 

「この頭髪に見放された老人が……蒼海幇の長?」

 

「ナオキ、言てやるな」

 

どうやら頭がハゲてしまった背が低い老人であったようだ。

 

「ワシが蒼海幇で長老とか言われながらも、若い連中にこき使われる哀れな爺じゃよ」

 

「長老…怠けたいならいい歳だし、棺桶入るネ」

 

「ホッホッホッ、美雨は相変わらず手厳しいのぉ」

 

顎髭を右手で撫でながら温和な糸目で尚紀を観察してくる。

 

「この爺さんが、俺に足りないものを教えてくれるのか?」

 

「見かけで判断は駄目ヨ。これでも蒼海幇がこの街で武闘派組織と言われたのは長老のお陰ネ」

 

「武闘派なんぞ言われてたのは2世までじゃよ」

 

聞けば3世の若者はスマホやネットに夢中で体を動かす気にもならない怠け者ばかりだという。

 

「つまり、あんたがこの街の連中を鍛えて…神浜を守ってきたというわけか?」

 

「平和とは武を持ってしか守れぬ。黒社会で平和は歩み寄る事など無いのじゃ…」

 

力で街の秩序を守る以外に方法は無いという話は尚紀の戦いの道の形でもあるだろう。

 

「俺も社会の闇で生きているから理屈は分かる。それで…あんたが俺を鍛えてくれるのか?」

 

「お前さんは我々を救ってくれた恩人じゃ。仁義を重んじる我々は借りを返さなければならん」

 

「なら、さっさと始めてくれ。俺にはもう……時間が無い」

 

「美雨を打ち負かしたというお前さんの技量から先ずは見てみようかのぉ」

 

「俺の技量だと?」

 

「うむ。先ずはお前さんが身につけた拳法の套路を見せてくれるかな?」

 

「仕方ない…壁の鏡を借りるぞ」

 

鏡の前に立ち、自らも套路の正しさを確認するために全ての技を鏡の前で確認していく。

 

突き、打ち、当て、蹴りを行い、次の動きをしようとしたが止められてしまう。

 

「駄目じゃ駄目じゃ、止め止め」

 

不満そうな長老に振り向く彼は何がダメなのか全く分からないまま不機嫌になってしまう。

 

「お前さんちっともクンフーを積んどらんじゃないか?見せかけだけの技など児戯に等しい」

 

「何だと爺…?聞き捨てならない事を言ってくれるじゃねーか?」

 

未熟者だと罵る長老に対して怒気を含む言葉で返す。

 

「そこじゃよ、お前さんの未熟な部分は。技術はあっても心が無い」

 

「意味分からねー理屈を垂れ流しながら嘲笑いたいのか?」

 

「心を鎮めよ、今のお主では力も技も曇るだけなのじゃ」

 

「ならどうすればいい?俺は強くならなきゃならねーんだよ」

 

「落ち着くネ、ナオキ。私と戦たあの時のお前、もと冷静だたヨ」

 

「黙れよ美雨…」

 

苛立ちを隠す事が出来なくなり、眉間にシワが寄った顔つきを向けてくる。

 

「俺はちんたらやってる暇なんてねぇ!直ぐに強くならなきゃならねーんだ!あいつ以上に!」

 

睨みながら怒りを叫ぶ尚紀に対して長老は溜息をつきながら拳法の基礎を叩きこむ事を決める。

 

「尚紀君。これからワシが良いと言うまで…技を鍛える事を禁ずる」

 

「ふざけるなぁ!!お前は俺を強くするんじゃねーのかよ!?」

 

「強くしてやるとも。じゃが、今の君が技を磨いたところで…溢れ出すだけじゃ」

 

「どういう老師と出会て拳法を学んだかは知らないヨ。でも大事な事、教えてなかたみたいネ」

 

「大事な事だと…?」

 

自分の老師と言われてしまうとかつての仲魔のセイテンタイセイを思い出してしまう。

 

記憶の世界に未だに残るのはかつてのボルテクス界の光景。

 

人類が滅びた世界で尚紀は仲魔から拳法技術を叩き込まれるのだが、仲魔達が口論を繰り返す。

 

「お前の教え方は間違っている」

 

廃墟で拳法を教えていたセイテンタイセイに意見するのはクーフーリーンと呼ばれる悪魔の姿。

 

「力と技だけでは足りない。本当に大事な部分は精神、それを伝えられていない」

 

「仕方ないだろうが?本来なら…こんな悠長な時間も無い旅路だしなぁ」

 

「確かに尚紀の吸収力は凄まじい。長い時間をかけて習得する技術をここまで磨けた」

 

「心配している部分なら何となく分かる…だが、俺様が伝えられるのはここまでだ」

 

――ここから先は、尚紀自身が気がついていかなきゃならねーんだよ、犬っころ。

 

 

(付け焼き刃でしかなかったというのか…俺の技術は?)

 

「暫くは健身と内功といった体を鍛える練習法から始めなさい。乱暴な食生活も禁止じゃ」

 

「俺はあく……いや、別に体なんてもう十分…」

 

「いいからやるんじゃ。武の基本であり疎かにしてはならぬもの、それは()()()じゃ」

 

「心技体……」

 

「やるうちに、お前さんにも分かってくる」

 

「長老の言う事の正しさは経験で分かるネ。長老を信じるヨ、ナオキ」

 

「お前さんが心技体を理解した時、もう一度うちに来なさい。その時に実用を授けよう」

 

細い糸目が開いた長老の真剣な眼差しに対する尚紀も渋々頷く事しか出来ないようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日が登るよりも早くに尚紀は起床する。

 

トレーニングウェアとスポーツシューズを身に着けた彼はパーカーを深く頭に被る。

 

マンションの外で柔軟体操を行った後、ランニングに出かけたようだ。

 

「人間が疲れる労働でも疲れてくれない俺の体に…こんな運動が意味あるのか?」

 

人間のランニングというよりは全力疾走ともいえる速さで東京を走る。

 

新宿区から東京を時計回りで一周していくランニングを毎日繰り返す。

 

日が昇る頃には新宿まで走り終え、公園で柔軟体操と筋力トレーニングを行うのだろう。

 

「やはり体に負荷を感じない…こんな事に意味があるのか?」

 

片手拳立て伏せ、片手指立て倒立、木の枝に掴まり背筋懸垂などを毎日繰り返す。

 

椅子に掴まり両足を持ち上げて腹筋を鍛えていたが、迷いも晴れずに動きが止まる。

 

「……心技体って、何なんだよ?」

 

自問自答を繰り返していた時、スマホにメールが届く音が響く。

 

「美雨からか…?オーバーワークは筋肉を縮ませるだけ……余計なお世話だ」

 

ペンタグラム決起も迫る中、強くなれていない感覚が続くために焦りが募ってしまう。

 

「信じていいのか…あの爺の理屈を?だが…俺独りで鍛錬を繰り返しても…勝てる気がしない」

 

信じるしかないと決めた彼はトレーニングを再開する。

 

正月休みが開けても毎日トレーニングを繰り返す日々を送っていくようだ。

 

「あら、尚紀?インスタントのご飯はやめたの?」

 

「ああ。外食になるけど、健康的な食事に変えようかと思ってな」

 

「オイラ達にも健康なご飯を提供してもらいたいニャー」

 

「贅沢言うな、これも鍛錬みたいなもんさ」

 

「悪魔の尚紀が鍛錬ニャ?」

 

「俺に足りないモノを見つけるための鍛錬さ」

 

繰り返し続ける肉体鍛錬と自問自答の日々の中、彼に変化については他の者が気づいてくれる。

 

「尚紀、オイラ安心したニャ」

 

「何が安心したんだよ?」

 

「だってニャ、前は異常過ぎる殺気をばら撒くだけの尚紀だったけど…」

 

「そうね…言われてみれば、今の尚紀は元の自分を取り戻せている気がするわ」

 

「……そう見えていたのか?」

 

「ええ、酷い形相をした毎日を送っていたわ」

 

「……どうして、こんなに落ち着いてきたんだろうな?」

 

「もしかして、それが足りないモノを見つける鍛錬の効果なのかニャ?」

 

「……そういう、事だったのか」

 

無意味に思えたトレーニングであったが、心は澄み切っていく感覚が芽生えている。

 

ペンタグラムへの憎しみを募らせ、魔法少女に八つ当たりしていた発散方法とは違うのだ。

 

「感情から開放されていく……心が軽い」

 

毎日のランニングもアクロバット跳躍を用いたフリーランニングに変えていく。

 

以前とは違い、体の動きがスムーズに進んでいく感覚が芽生えているのを感じてしまう。

 

坂を蹴るバク転や段差を跳躍した側方宙返り、跳躍前転から月面宙返りと姿勢を崩さず行える。

 

「…やっと答えが出た」

 

朝日に向かって走る彼のその表情からは既に迷いは消えているのであった。

 

 

次の日、改めて神浜市に赴く。

 

武術館に入る彼の姿を長老が待っていたように出迎えてくれたようだ。

 

「尚紀君…強くなるための心技体、見出だせたかね?」

 

「ああ、答えが見出だせたよ…爺さん。心技体とは…()()()()()()()()()()()()()()

 

――1セットで考えるものだったんだ。

 

その答えを聞けた長老は満足した表情を浮かべてくれる。

 

「体を鍛え、技を鍛え、それによって心も鍛えられていく。それが心技体の理念」

 

――()()()()()()()()()()()()()()んじゃよ。

 

「改めて頼みたい…俺に稽古をつけてくれ」

 

「この前の殺気は何も感じないほど澄み切っているな。では、技の実用に入ろうかのぉ?」

 

「随分待たされたネ」

 

声が聞こえた方に目を向ければ武術着姿の美雨が現れる。

 

「全く…準備が宜しいようで。それじゃ、頼むわ爺さん……いや、マスター」

 

「よろしい、尚紀君。ついてきなさい」

 

長老に促された尚紀は技を磨く鍛錬器具に案内される。

 

「君は大まかな技術は殆ど身についておる。それを磨き直す必要がある」

 

「…これを使うのは正直、初めてなんだがな」

 

案内された鍛錬器具は木人椿(もくじんとう)と呼ばれる道具。

 

中国南派拳術である詠春拳の鍛錬行為で使用される道具と同じものであろう。

 

「そういえば美雨、お前の流派は詠春拳なのか?動きがそっくりだったが?」

 

「私が習た流派は蒼碧拳(そうへきけん)と呼ばれる流派ネ。でも蒼碧拳のルーツは詠春拳ネ」

 

「ワシも蒼海幇の連中に指導の一つとして教えてやっとるが、マイナー過ぎて習いたがらん」

 

「名前をジークンドーに変えたらどうだ?ミーハーが飛びつくぞ」

 

「…長老、ナオキ、オマエら蒼碧拳バカにしてるカ?怒るヨ?」

 

「いや、馬鹿にしている訳じゃないが…」

 

「よく聞くネ、蒼碧拳というのは……」

 

――蒼碧拳、それは詠春拳と漫画の技をかけ合わせた、全く新しい格闘技。

 

という風に長々とした話内容を要約した尚紀達は美雨の拳法談義に蓋をする。

 

「つまりよぉ…香港でも流行らなかった、ドマイナー流派ってわけか?」

 

「ワシだって一体何処のアホが生み出した拳法なのか知らんぞ」

 

「オ・マ・エ・らぁ~~~……私怒たヨ!!」

 

館内をひとしきり走り回り、美雨に追い回された二人は頭をどつかれてしまう。

 

「…よし、やるか」

 

煙が噴き出るコブを撫でつつ改めて木人椿と向かい合う。

 

「これ、礼はどうした?」

 

「礼?」

 

「礼に始まり礼に終わる。これは拳法の基本じゃ」

 

「俺は礼は習わなかったな」

 

「…全く、尚紀君に拳法を教えたいい加減極まりないヤツの顔が見てみたいわい」

 

長老は左掌を立て、右拳を握る動作で礼をする。

 

中国武術界では抱拳礼(ボウチェンリィ)と呼ばれる礼だと教わったようだ。

 

(新しいマスターは…セイテンタイセイよりも躾が厳しいな…)

 

溜息をつきながらも鍛錬器具に抱拳礼を行う。

 

「さぁ、尚紀君。君の套路、粘連黏随、そして聴勁をワシに見せてくれ」

 

「見ていてくれ…これが俺の技だ」

 

姿勢を伸ばし、正中線を維持しながら半歩開く。

 

両膝を曲げ、両手を開けて伸ばし、ワンインチ攻防を体で描く。

 

「…本当に、初めて触るのカ?」

 

「黙って彼の動きを見ておれ、美雨」

 

木人椿の三本の手を相手の手とし、一本の足を相手の足とした攻防を体で描く。

 

左右の腕を半回転させる捌き、突き、掌打による距離の調整。

 

目潰しの手刀打ち、ローキックが襲う部分を足裏で捌く。

 

左右にフットワークし、払う動作、打撃・肘打ち・蹴り技を同時にこなしていく。

 

「正しい套路による攻防の両立、適切な接触を保つ技術、相手を感じる能力、見事じゃ」

 

「動きが……どんどん早くなていくヨ」

 

両腕の払い、裏拳、膝蹴り、喉への手刀打ち。

 

片腕払い、続く肘打ち捌き、足元も同時に蹴り込む。

 

突き、掌打、右フック、ボディブロー、肘打ちが器具の上半身部位に次々と打ち込まれていく。

 

まるで相手と打ち合いを行っているように見えてくるだろう。

 

後ろにバックステップし、最後は抱拳礼を行いながら締めくくったようだ。

 

「力み過ぎる事もない流れるような攻防技術だたネ……見事ヨ」

 

「技術だけなら君の師も十分叩き込んだようじゃ。美雨が一本獲られたのも頷ける」

 

「…次は勝つネ」

 

「しかし美雨に勝った男と聞いたから…一つしかない木人椿を壊すかもとヒヤヒヤしたぞ」

 

「長老、細かい事を気にしていると髭まで禿げるネ」

 

「その言い方だと…まるで美雨がこれを壊したように聞こえるな?」

 

「壊しおったぞ。じゃからこのゴリラ女に鍛錬器具は触らさん…修理代が嵩むしのぉ」

 

「過ぎた過去ネ。前向きに構えるが大事ヨ……ん?誰がゴリラ女カ!」

 

「全く、魔法少女とやらは力の匙加減を身に着けさせんと危なっかしいわい」

 

「ちょっと待て。マスター、あんたは美雨が魔法少女だと知ってるのか?」

 

「当たり前じゃ。そうでなければ今年で17歳の小娘一人で黒社会とやり合わせるはずがない」

 

「そういう事ネ。長老は私を魔法少女だと知てる数少ない人間ヨ」

 

「お前は鍛錬器具を使わせてくれなくなって、今はどうしてるんだ?」

 

「廃倉庫を貸してもらてるネ。そこに買た木人椿を置いて鍛錬を続けてるヨ」

 

「これ、高いんだろ?」

 

「家族に無理言て買てもらたヨ……もう擦り切れてボロボロだけど、まだ使うネ」

 

「俺に勝てたら新しい木人椿を買ってやるよ」

 

「その言葉…忘れるなヨ、ナオキ?」

 

「二言はない」

 

「やたネ♪私のお小遣いで木人椿買うのは辛いし、社会人に遠慮なく甘えるヨ♪」

 

「さて、まだまだ鍛えるぞ。今夜は遅くまで付き合ってもらうわい」

 

武術館の中央に移動した尚紀と美雨。

 

互いに目を相手から離さず抱拳礼を行い、美雨は独自の拳法を構える。

 

彼は正中線を乱さず相手を見据えてくる。

 

彼の目には黒い布が巻かれており、視界は一切見えていない。

 

「中国拳法においては聴勁こそが攻防の要。それをさらに磨かなければならない」

 

「心眼なら心得ている。足場さえ見えない真っ暗闇の戦場で襲われる事も多かったんだ」

 

「なんと、聴勁だけでなく心眼も心得ておったとはのぉ」

 

空間把握の次元にまで技術を昇華している尚紀の力に対して長老は驚きを示す中、質問される。

 

「心眼…長老、それは何ネ?」

 

「盲目の人間なら身に付けられる空間認識能力じゃよ」

 

人間なら誰もが身につけられるが、目が見える故に身につけるのは難しいと説明されていく。

 

「それを身につけられたら、どんなメリトあるネ?」

 

「見えない敵に対して肌感覚、嗅覚、聴覚を駆使して頭に空間をイメージ出来るのじゃよ」

 

1秒先を想像する直感で相手の気配を読み、不意打ちを防げる高度な技術だと説明されていく。

 

「サバンナのガゼルが見えないライオンの気配を感じ取り、直ぐに逃げれるようなもんだな」

 

「そんな高度な技術まで身につけてたカ…。長老、私にもソレ教えるネ」

 

「一日中アイマスクを目につけて生活出来るか?」

 

「それは……難しそうネ」

 

「お喋りはいい……始めろ」

 

美雨も頷き、互いが構える。

 

先に彼女が踏み込みむ。

 

右突きが迫るが左手で軽く払い、続く左突きを右肘で捌き、右フックを左腕で防ぐ。

 

「これが…心眼!?」

 

掴みかかる両手に対して手首運動で払うと同時に右手刀打ちを彼女の喉に放つ。

 

「くっ!」

 

右突きを彼女が払い落とし、反撃の裏拳を行う。

 

尚紀は左手で捌き、右肘が彼女の左側頭部に入る。

 

「っ!!」

 

後ろに後退し、踏み込み縦拳で反撃を行ってくる。

 

右腕で払うと同時に掴み取り、左サイドに入り込みながら相手の頭部を掴んで体勢を崩す。

 

そのまま右腕刀で彼女の首を打ち込み、倒し込むのだ。

 

「まだネ!」

 

起き上がりに放つ美雨の前掃腿に対して片足を上げて彼は避けてくる。

 

続く回転の勢いから放たれた旋風脚に対しては右肘で打ち返す。

 

「くっ!!本当に見えてるのカ!?」

 

「見えてるんじゃない、感じてるんだ」

 

右足を庇うようにしながら美雨は半歩後ろに下がって構え直す。

 

そんな彼女に対して踏み込む左足のスネに蹴り足を入れて制止させる。

 

「痛っ!!」

 

怯まず放つ左拳を右腕で捌き、ミドルキックが彼女の細い脇腹を襲う。

 

怯んだ相手に踏み込み、右裏拳、右フックを頭部に打ち込む。

 

後ろに下がる相手に足を踏み入れ、背中側を相手に打ち込むタックルを放つ。

 

「きゃあっ!!」

 

鉄山靠を受けた美雨が大きく飛ばされ、勝負有りと宣言されたようだ。

 

「見事じゃ、尚紀君。どうやら君の技の曇りもとれたようじゃな?」

 

「あんた達のお陰さ」

 

目を覆う布をとり、美雨に右手を差し伸ばして起き上がらせる。

 

「いい戦いだたネ、ナオキ。私もクンフー積み直すヨ」

 

「お前も強くなれるさ。頑張って鍛錬器具を俺から買わせてみせるんだな」

 

元の場所に戻り、互いが抱拳礼を行ってから締めくくる。

 

「しかし、尚紀君を見ているとワシも血が騒ぐのぉ」

 

「長老、高血圧カ?病院行くネ」

 

「ツッコミが厳しいのぉ、美雨」

 

「あんたもやりたいっていうのか?」

 

「うむ。ワシの散打に付き合ってくれんか?」

 

「大丈夫なのかよ…その老いぼれた体で?」

 

「やてみると分かるネ、ナオキ。長老が妖怪ジジィだて事が直ぐ伝わると思うヨ」

 

長老は腰帯を外して両手で持ちながら頭を磨く。

 

豆電球のように輝くハゲ頭なマスターとやり合う尚紀も溜息が出てしまう。

 

「その程度の明かりじゃ目潰しにはならねーぞ」

 

「これは気合を入れるためのワシの儀式じゃ。さぁ…行くぞ」

 

互いに向かい合い、抱拳礼を交わす。

 

(老体を労ってやるか)

 

尚紀が先に動き、掌打を顎に打ち込もうと迫りくる。

 

鈍化した一瞬、長老の細目が開く。

 

「何だ!?」

 

掌打の内側に踏み入り、ワンインチ距離で水月(みぞおち)に向けて指を構える。

 

「がはっ!!?」

 

彼の体が弾かれたように大きく弾き飛んで倒れ込む。

 

長老の左手は拳が固められており、密着状態で突きが放たれたのを理解するだろう。

 

「これが寸勁じゃ。空手なら寸打、ジークンドーならワンインチパンチと呼ばれるのぉ」

 

「これで分かたカ?私も長老相手に魔法少女として本気で挑もうが…一度も勝た事ないネ…」

 

「あんた…本当に人間かよ?」

 

「さて…どうじゃろうかのぉ?年寄りは秘密が多い方が魅力的なんじゃよ、若者達よ♪」

 

長老の視線が時計に移ると時刻は大分過ぎている。

 

「もうこんな時間か…今日はこれまでじゃな」

 

「ありがとう、世話になったよ」

 

互いに抱拳礼を交わし、今日の鍛錬は終了。

 

「長老、おババ様が晩御飯作てるんじゃないカ?待たせると…また雷落ちるネ」

 

「あの女はミュージシャンのライブに出かけておる」

 

「おババ様…また推し活に行たのカ?」

 

「ワシの小遣い少なくして……自分だけ趣味に勤しむ腹立つババアじゃ!」

 

「俺もせっかくこの街に来たし、外食してから東京に帰るわ」

 

それを聞いた長老と美雨は妙な笑みを見せてくる。

 

「せっかく師弟関係を築けたのじゃ。ここは社交も兼ねて、ワシらも連れていきなさい」

 

「鍛錬に付き合てやたお礼するネ、ナオキ。ご馳走してもらうヨ」

 

「……お前ら」

 

(この厚かましさが…悲しい歴史に負けなかったコイツらの強さかよ)

 

呆れるが、自分を強くしてくれた人達に感謝を込めて大盤振る舞いする事にしたようであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

南凪路にある中華料理店の筋肉一番に三人がやってくる。

 

「らっしゃーーーい!!お、長老と美雨ちゃんじゃないか!」

 

「邪魔するぞい」

 

「う~ん、空腹に染み渡る匂いネ」

 

「それと…あんたがもしかして尚紀君かい!?」

 

厨房の男に言いしれない暑苦しさを尚紀は感じている。

 

「…美雨、なんだこのプロテインモンスターは?」

 

「張さんネ。ここの中華料理はこの街でも評判ヨ」

 

「この筋肉は重い中華鍋を振るう鍛錬を繰り返して手に入れた…俺の芸術だぁ!!」

 

「暑苦しいヤツじゃが腕前はいいぞ。本場の四川料理の達人じゃ」

 

「四川料理か…嫌な予感しかしないな」

 

三人はテーブルに座ってから麻婆豆腐、担々麺、回鍋肉といった四川料理の品を注文する。

 

「中華料理は!!炎と油の料理だぁぁ!!!」

 

業火が吹き上がる厨房から漂うのは鼻を突き刺す刺激臭の数々であり、こっちまで流れてくる。

 

(唐辛子の臭いで目が痛い……)

 

料理が出来た三品がテーブル席に並べられる。

 

今日の疲れを癒やすため、一口麻婆豆腐を食べてみた尚紀は後悔するだろう。

 

「ぐっ!!?」

 

尚紀の顔が赤く燃え上がり、滝のような汗が噴き出る。

 

「なぁ…こんな激辛料理がこの街で人気あるのか?」

 

「蒼海幇の力の源ネ」

 

「この程度で激辛とはまだまだ舌が若いのぉ。ワシが四川で暮らしておった頃は……」

 

とりとめもない話題をしながらも尚紀は水が手放せない。

 

(こうやって誰かと飯を囲むのも……懐かしいもんだ)

 

彼の脳裏には家族となってくれた佐倉一家が浮かんでしまい、口元が自然と微笑んでくれる。

 

それから幾日が過ぎていった頃。

 

ペンタグラムが決起を行う日まで残すところ10日を迎えようとしていた時期に異変が起きる。

 

仕事から帰宅する尚紀に一本の電話がかかってくるのだ。

 

「誰からだ?」

 

その電話が彼にとっては大切な家族の声を聞く事が出来た最後の電話となるのであった。

 




読んで頂き、有難うございます。
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