人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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33話 呪われた悪魔

あれから独り、ずっと失った我が家を見つめる少女がいる。

 

降りしきる雪は止むことなく、辺り一面雪景色となっていたようだ。

 

「……残されたのは、礼拝堂だけになっちまったよ」

 

残骸だらけの礼拝堂に入ると焼けた残骸と割れた窓から入る雪塗れとなった我が家が広がる。

 

奥に向かいながらこれまでの思い出を振り返っていく。

 

「小さい頃は…教会の娘っていう自覚はなかった。ここはあたしとモモの遊び場だったなぁ」

 

掃除中の父親に叱られた記憶を思い出しながら足取りは二階の焼かれた物置部屋へと進む。

 

「二階の部屋は、あたしが隠れんぼで使う場所。母さん知ってたのかな……直ぐ見つけられた」

 

大きくなっていく妹が後ろについてくる記憶も巡っていく。

 

「悪ふざけやって父さんに初めて叱られた時のモモ……泣き止まなくて困っちまったなぁ」

 

二階の物置部屋を後にした杏子は二階通路から一階の残骸を見つめる。

 

「この礼拝堂で色々なイベントもやったよね…クリスマス礼拝が一番好きだった…」

 

一階に下りてきて祭壇に登れば風華との思い出が巡る。

 

「もう五年ぐらい前なのに…父さんが風姉ちゃんを連れてきてくれた時の事を覚えてる…」

 

父と同じ道を目指す魔法少女との思い出が蘇ってしまう。

 

「とても優しい人だった。あたしよりずっと神学に詳しくて…教会の娘に相応しい人だった…」

 

家族達と風華、共に過ごした日々が巡る中、雪と夜風が礼拝堂に吹き込む。

 

彼女のポニーテールに巻かれた風華の遺品を夜風が揺らしていく。

 

「大好きだったよ…風姉ちゃん。そして……あいつも現れた」

 

二年と半年近く前の記憶も巡っていく。

 

風華が連れてきて、佐倉牧師が家族として迎え入れると伝えた日の記憶を思い出す。

 

「どこの誰かも分からない男を家族として受け入れるなんて…最初は出来なかった」

 

尚紀と共に生活をした日々が巡っていく。

 

「拒絶してきたあたしを…尚紀は救ってくれた。やっと家族として受け入れられたよ」

 

家族と風華と尚紀、みんなと過ごした日々の記憶も今となっては過去の残滓。

 

「風姉ちゃんが死に…尚紀が旅立って…生活が滅茶苦茶になって…魔法少女になっちまって…」

 

――今は、このザマだ。

 

「杏子、魔女退治に行かないのかい?」

 

背後にはキュウべぇの姿が立っている。

 

「君は暫くソウルジェムを浄化してないはず…グリーフシードを手に入れないと戦えなくなる」

 

「戦えなくなる、か。だったら……()()()()()()()()()()()

 

奇跡の力なんかに頼った自分が馬鹿だったと杏子は自虐的な言葉を呟く。

 

家族を滅茶苦茶にして、本当に大事だったモノを何一つ守れない魔法少女の力。

 

そんなものなど何の役にも立ちやしないとキュウべぇに告げたようだ。

 

「キュウべぇ。あたしが魔女を狩るのをやめたら……あたしも、みんなと一緒に死ねる?」

 

「…………」

 

「冗談に決まってるじゃん」

 

キュウべぇを無視した杏子は教会の入り口から出ていってしまうのであった。

 

 

目を覚ませば、そこは見知った天井が見える。

 

「あれ……?」

 

ベットから起き上がり、杏子は周りを見渡す。

 

「……マミの家?」

 

ボヤケた思考のまま記憶を辿ると原因を思い出す。

 

「たしか…魔女狩りをやってて…力尽きた時……」

 

右掌をかざして固有魔法である幻惑魔法を行使しようとしたが様子がおかしい。

 

「…やっぱり、あの時と同じだ」

 

今の杏子は()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()

 

正確には、魔法の使い方を思い出せない魔法少女となったようだ。

 

「キュウべぇに言われたっけ…幻惑魔法の使い方が思い出せなくなったようだねって……」

 

魔法少女が自己の願いで生み出した魔法そのものを否定する。

 

魔法少女の魔法属性と叶えた願いが直結してるのならば、否定した時点で固有魔法を失うのだ。

 

「能力を取り戻さない限り、戦いで大きなハンデを背負うわけか……自業自得だよな」

 

ベットに倒れ込みながら舌打ちをする。

 

「家族を守りたかったのに…自分さえ…もう…守れない」

 

無様な戦いによって殺されかけた時、マミに助けられた記憶が巡って苛立ちを募らせる。

 

「もうあたしに余裕なんてない……だったらさ」

 

――()()()()()()()、残された魔法の力を使って生きてやる。

 

寝室に入ってきた人物が杏子に声をかけてくる。

 

「…目が覚めた、佐倉さん?」

 

「あたし…どれぐらい眠ってたの、マミ……さん?」

 

「…まる三日も眠ってたわ。凄くうなされていた…」

 

(…どうりで背中が痛いし、腹も減りすぎて死にそうなわけだ)

 

「下に降りてきて。リビングでご飯にしましょう」

 

「助けてもらった上に…世話にまで……」

 

「いいから、文句ならご飯を食べた後に聞きましょう」

 

言われるがまま用意してもらった着替えに袖を通す。

 

リビングで食事を済ませ、どうにか思考も定まってきたようだ。

 

「はい、ジンジャーティーにしてみたの。体が温まるわよ」

 

「これ以上は……」

 

「ダメです。まだ本調子じゃないんだから、今日は泊まっていきなさい」

 

「マミさん、あたし……」

 

「……TVで見たわ。風見野の教会が燃えたニュースをね……」

 

それを聞いた杏子は顔を俯向けてしまい、言葉を探すが見つからない。

 

「どんな言葉をかけたらいいか分からない…それでも貴女だけでも生きていてくれて良かった」

 

「…………」

 

「今後の事を考えたら、身の振り方を決めるまでは……」

 

「…気持ちはありがたいけど遠慮する。そこまで迷惑かけるわけにはいかないし…」

 

「そう…?当てがあるならいいんだけど…」

 

(当てなんてねーよ…。あたしはもう、誰とも関わりたくない)

 

好きなように生きて、野良犬のように死ぬ。

 

誰かを失って傷つく事を拒絶する新しい生き方を杏子は既に見出している。

 

「もう独りで無茶はしないで。戦いのサポートなら私にも出来るし…」

 

「マミ…さん…」

 

「また一緒に、頑張りましょう」

 

「……うん」

 

夕飯の買い物に向かうマミの背中を見送りながらも、杏子の心はもう決まっている。

 

「…ごめんな、マミ。あたしはね……あんたと一緒には戦えないんだ」

 

それがこれから始まる孤独な人生の答え。

 

「あたしはもう、正義なんていらない……非情になる」

 

魔法少女として合理的に生きる、それこそが佐倉杏子の新たな道となるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…この見滝原市も見納めかもな」

 

建設途中のビルの上で佇むのは杏子の姿である。

 

「…マミとは、喧嘩別れになっちまった」

 

その時の記憶を思い出す杏子の表情は辛い気持ちが色濃く浮かぶ。

 

「調子、戻らないの?」

 

座り込み、怪我を治癒してもらう無様な魔法少女とは杏子である。

 

「今の貴女には酷な言い方だと思うけど…」

 

「…………」

 

「自分の命がかかっているんだから、どんな時でも本気で戦わないと駄目よ」

 

杏子はマミに対して固有魔法が使えなくなった現象を喋っていない。

 

報連相を行わないからこそ、マミは結果論でしか杏子を判断出来ず、辛く当たってしまう。

 

「使い魔だったから大怪我もなく済んだけど、幻惑魔法があれば傷を負わずに済んだでしょ?」

 

事情を知らないマミの言葉が杏子の心を深く抉り取る。

 

「どうして、使わないの?」

 

怒りの感情が歯を食いしばらせてしまい、苛立ちのまま先輩魔法少女を突き放す言葉を送る。

 

「…あんなもん使わなくたって、魔女ぐらい倒せるんだよ」

 

「待って、佐倉さん…倒せればいいってものじゃ…」

 

「丁度いいや、あんたに言っておきたい事がある」

 

杏子は立ち上がりって背中を向けながら新たな提案を持ち掛けてくる。

 

「今後の戦いの方針なんだけどさ……」

 

振り返る杏子の顔つきはマミが知る魔法少女の表情などではない。

 

「これからは、魔女も使い魔もみんな倒すんじゃなくて…魔女一本に絞ろうよ」

 

その言葉を聞いたパートナーは衝撃を受ける。

 

「グリーフシードを落としもしない使い魔を狩った所で、無意味に魔力を消耗するだけだ」

 

「……どうしたの?」

 

「利益を生まない雑魚なんて、倒すだけ無駄ってもんだろ?」

 

「佐倉さん…貴女、何を言って……」

 

「平和だか正義のためだか知らないけど、正直これ以上あんたの道楽に付き合うの面倒なんだ」

 

「魔女も使い魔も関係ないわ!放っておいたら犠牲が出るのよ!」

 

「だからって!誰も彼もを救う事なんて……出来っこないだろ!!」

 

怒りの形相を向けてくる杏子と困惑するマミとの間で価値観がすれ違っていく。

 

「魔女に取り憑かれようが取り憑かれまいが、死にたがる奴は死んじまうんだ」

 

そんな奴らを命を張って助ける必要があるのかと利己的な意見ばかりをマミに押し付ける。

 

もはやその言葉は、人として外道とも言えるだろう言葉の数々がマミを苦しませていく。

 

「人間なんぞほっといて使い魔に食わせて…グリーフシードの元にしちまえばいいんだよ」

 

マミは知っている。

 

このような価値観ばかりが続いてしまったから、見滝原市の魔法少女達は殺し合う結果となる。

 

彼女は生き残れたが、孤独の戦いに勝利しても何も残らなかったのだろう。

 

「…佐倉さん、ご家族のこと…貴女の気持ちは私にも分かる。だけどそんな風に……」

 

「何が分かるんだ?事故で家族を失ったのと、自分のせいで家族が死んだのじゃ全然違うだろ」

 

「そ…それは…その……」

 

「あんたに言われた通り、最初から自分の為だけの願いを叶えるべきだったんだよ……」

 

善意は人の為になるなど、真っ赤な嘘である。

 

他人は自分とは違う考え方を持つ生き物。

 

だからこそマミの善意は杏子を苦しめるだけとなってしまう。

 

人間とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「もう二度と誰かの幸せの為だとか他人の命を救う為だとか、そんな理由で魔法は使わない」

 

冷酷非情な生き方こそ、巴マミが最も嫌悪する魔法少女の在り方である。

 

「こんな相棒、幻滅しただろ?一緒になんて戦えないだろ?あんたとはもうこれで…」

 

杏子は去ろうとするのだが手を引かれてしまう。

 

「…は、離せよ!」

 

「駄目よ!今がどんなに辛くったって…貴女はそんな生き方を選んじゃいけない!」

 

「聞こえないのか!」

 

「そんな風に強がったって余計に苦しいだけだって分かるのに…独りになんてさせられない!」

 

「離せって言ってんだよ!!」

 

「今の貴女を放っておくなんて…私には出来ない!!」

 

その一言で、ついに杏子が魔力を開放する。

 

魔法少女に変身して武器をパートナーに向けてくるのだ。

 

「…あんたをぶっ飛ばしてでも行く」

 

決意を秘めた表情を見たマミは歴戦の魔法少女として戦いは避けられないと判断する。

 

「そう……話し合いで済ませてはくれないのね」

 

彼女も魔法少女となり、かつての見滝原で繰り返された魔法少女同士の殺し合いを行うだろう。

 

「本当に…どこまでも手のかかる後輩ね!」

 

二人は激しく戦い合うが、杏子は力が衰えてしまい、マミは非情に徹しきれない。

 

そのため勝負は痛み分けとなり、現在に至る事になったようだ。

 

「…初めて、志を共に出来た魔法少女だった……か」

 

――貴女は、孤独に耐えられるの?

 

「……生きていくさ、独りでもな。あんたなら、きっといい仲間が見つかるさ」

 

これからの孤独な人生を生きる事になるだろう街はもう決めてある。

 

「さて、これからは風見野の魔法少女達との縄張り争いが始まるんだなぁ…」

 

踵を返して見滝原から去ろうとする時、もう一人の人物を思い出す。

 

「…そういえば、我が家を失ったのは…あたし一人だけじゃなかった」

 

――尚紀……あんたは、これからどう生きていくんだい?

 

 

「……また、ひとりぼっちに戻っちゃった」

 

失意に暮れているマミの背後に立つ男が低い声で声をかけてくる。

 

「……おい、巴マミ」

 

「えっ…?」

 

後ろを振り向けば喪服スーツを着た尚紀が立っていたようだ。

 

「貴方はたしか…東京で生活している佐倉さんのお義兄さん…?」

 

「杏子はどこだ?」

 

怒気を含んだ声を聞いたマミは彼の不機嫌さに恐怖を感じてしまう。

 

「俺の家族はどこに行ったと聞いている…答えろ」

 

家族を探しに訪れたと理解するが、怒っている理由は分からない。

 

「佐倉…さんは……風見野市に戻りました」

 

すると彼が歩み寄って来て突然彼女の胸ぐらを掴み上げてくる。

 

「きゃあっ!!?」

 

マミは大きく持ち上げられ、両足が地を離れていく。

 

「…どうやらお前は、杏子の命さえ守れたら…それでいいと考えていたようだな?」

 

「は…離して!!」

 

「杏子の命さえ無事なら、家族の事など…どうでもいいと考えていたようだな?」

 

「ち、違う…!!」

 

「なぜ手を差し伸べなかった?杏子の一番近くにいただろ…なぜ俺の家族を見捨てたんだ?」

 

「知らなかったんです!佐倉さんの家族が…あんな事になるなんて……」

 

「兆候はあっただろ?家族の事で苦しんでた気持ちを大切なパートナーになら伝えられたはず」

 

そう言われた事で頭の隅に追いやってしまった記憶がフラッシュバックする。

 

――魔法少女になったことで、仲の良かった人と衝突したことってある?

 

――それは誰かのこと?もしかしてご家族が魔女に?

 

――そうじゃないんだ……たとえ話だよ。

 

――全てが正しいと言い切るのは難しいわ。

 

――それでも私達が行動しなければ、より多くの犠牲が出てしまうの。

 

兆候は確かにあったが、大丈夫だろうと無根拠に棚上げした事を思い出す。

 

人は差し迫る危機が訪れても関係ない心配ないと思い込む脳のメカニズムが存在する。

 

心理学用語では()()()()()()()と呼ばれている心理状態がマミにも襲い掛かったようだ。

 

今頃になって思い出し、マミの目が見開いていく。

 

「私……佐倉さんを見捨てたの…?」

 

「備えろと言っただろ。殺し合いに備えろという、額面だけしか受け取らなかったのか?」

 

「そ、それは……」

 

「正義の魔法少女とやらを目指しても、他人の家の問題事はどうでもいいか?」

 

「そんな事はけっして……」

 

「例えよう。お前は隣に住んでいる子供が毎晩親の虐待で泣いていた時…どうする?」

 

「……警察に連絡するわ」

 

「なぜお前の力で救ってやらない?誰かの家の事情なら関わるべきじゃないと考えるのか?」

 

「魔法少女は人間とは比べ物にならない力があるの!それを争い事の解決に使うわけには…」

 

「なぜだ?か弱い人間として隣の家に上がり込み、子供を救ってやればいいだけだろ?」

 

「あっ……」

 

「俺なら家に上がり込んで加害者をぶん殴る。便利屋としては無料で、そして人間としてもな」

 

「私…私は……」

 

「お前は魔法少女としては立派かもしれないが…人間としては…()()()()()()()()()()()!!」

 

彼の言葉の一つ一つがマミの心を深く抉る。

 

杏子が苦しんでいた頃、マミは一体何をやっていたのか?

 

それは独りぼっちになるかもしれないという自分の不安だけを考えていたのだ。

 

「何が大切な人を失いたくないだ!?身近の人を失いたくないだけだろ!!」

 

「やめてぇ!!」

 

「何が私の力は守り抜きたい人達のためにあるだ!?俺の家族は救わないくせに!!」

 

「もう言わないでぇ!!」

 

「お前はただの自己愛者だ!!魔女被害を食い止め、偉大な存在になった気分でいるだけだ!」

 

「許して…許してぇ……もう嫌ぁ!!」

 

「お前は外面だけはいい子かもしれないが……内側は腐ってた!!」

 

悪魔のように恐ろしい怒りをぶつけられるマミは震えて許しを請う事しか出来ない。

 

「…お前に杏子を託したのは間違いだった。お前の覚悟は…()()()()()()()()()()()()()()

 

マミの体が揺れると一気に投げ飛ばされてしまう。

 

「あぐっ!?」

 

投げ飛ばされたと気がついた時には街灯に叩きつけられている。

 

地面に倒れ込む彼女を見下ろすのは悪魔の如き恐ろしい眼差し。

 

(明らかに人間の力なんかじゃない!彼は一体何者なの!?)

 

「…杏子を俺が引き取ってでも、佐倉牧師から遠ざけるべきだった」

 

「どうして……私を殴らないの?」

 

「……お前を殴るのは、自分を殴るのに等しいからだ」

 

彼もまた杏子を助けられなかった無力な存在であり、備える事が出来なかった不甲斐ない立場。

 

そのためマミへの怒りと自分への怒りが入り交じる複雑な感情があるのだろう。

 

「……お前のツラ、二度と見たくねぇ」

 

相手にする価値も無いと判断したのか、夜の街へと消えていく。

 

「…うっ……グスッ……うぅぅああぁぁぁ~~……ッッ!!!」

 

マミは自分を恥じながら責め抜いてしまう。

 

「私が至らなかったばかりに!佐倉さんの家族を見捨ててしまった…!!」

 

彼に指摘された通り、巴マミは魔女問題しか見ていなかった魔法少女。

 

人間の社会問題は人間の役目だと目を向けなかった魔法少女。

 

自分の役割だけをこなし、人間達が何とかしてくれると無根拠に信じた魔法少女なのだ。

 

「貴女の家族が本当に苦しんでいる時に…手を差し伸べてあげられなかった…」

 

――私は……()()()()()()()()()()()のよぉ!!

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい、佐倉さん……」

 

雪が舞い落ちる夜において巴マミは己の軽薄さを心の底から恥じるしかないのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

雪の降り積もる夜の森を歩きながらも尚紀はかつての記憶に浸ってしまう。

 

「…昔、冬の森を歩きながら皆と一緒に教会に帰ったな」

 

それでも記憶の形となっているモノは全て焼かれてしまった男なのだ。

 

「これが裁きの炎だとでも言うのか?なぜ俺を焼かない?なぜ…俺より弱い奴を焼いていく?」

 

冬の森の中、一人で自問自答しながら進む。

 

「あいつらは…神に対して何もしてないだろ…。一つの宇宙を滅ぼしたのは…悪魔の俺だけだ」

 

拳が握り込まれていき、彼を呪うだろう唯一神への怒りが噴き上がっていく。

 

「俺への当てつけならば……許さない。必ず……破壊してやる」

 

いつか自らが出向いていき、大いなる神を滅ぼす事を誓う道を尚紀は進む。

 

考え事をしていたら教会まで辿り着いていたようだ。

 

「杏子の魔力はこの中か…そうだよな…燃え尽きたって、心がここから離れるはずがない」

 

扉を開けて中に入ると焼け焦げた長椅子に座る杏子の後ろ姿が見えるだろう。

 

「……悪いね、うちの教会はもう廃業したんだ。帰ってくれ」

 

「……家族が家に帰ってきたら駄目なのか?」

 

「……もう、あたし達に家なんてねーよ、尚紀」

 

家族の声に安堵したのか立ち上がり、振り向いてくれる。

 

「…これからどうする、杏子?」

 

「あたしは自分一人で生きていく。もう誰とも関わり合いにはならない」

 

「魔法少女としてはどうする?」

 

「もう正義の味方気取りは辞めだ。あたしはこの魔法の力を自分のためだけに使う」

 

「……変わったな、杏子」

 

「変わるさ……こんな現実を突きつけられたらな」

 

「何か…俺にしてやれる事はあるか?」

 

「ねーよ。あんたはあんたの道とやらを生きたらいいさ」

 

「俺の道か…たしかに、俺の道は血塗ろの道だ。巻き込む訳にはいかないな」

 

「なぁ…あんたが父さんだけに話した道って、一体何だったんだ?あたしは聞かされなかった」

 

「欲望を捨て、迷う自分を受け入れ、納得する事だ。この言葉は佐倉牧師から譲り受けた」

 

「父さん、から?」

 

「風華の死に際に約束した。俺の力を彼女が守ろうとした大切な人々のために使って欲しいと」

 

「風姉ちゃんが…そんな遺言を?」

 

「そして俺は納得したい。風華の考えと行為を理解し、認め、あの子の意思を引き継ぐ」

 

「そんな道……一体何の得があるんだよ?」

 

「損得じゃねぇ、俺は納得がしたいんだ。風華の人生全てが無駄ではなかったと納得がしたい」

 

「納得…」

 

「俺は自分の中に見出す。彼女の意思は俺に受け継がれ、その人生は無駄ではなかったのだと」

 

「あんたは……風姉ちゃんの意思をついでさ、東京で何をやってるんだよ?」

 

「人殺しさ」

 

「……えっ!?」

 

「人間に害を成す魔法少女を一人残らず殺している。親や友達がいようが関係ない」

 

「そんな……じゃあ!父さんに語った尚紀の道って…!?」

 

「世直しの為に、修羅となって生きる道を進む……だ」

 

「そんな…ことって……」

 

「俺は極悪人だ。魔法少女の暴力を遥かに超える暴力で魔法少女を虐殺する…悪人なんだ」

 

「そんな道が…優しかった風姉ちゃんが望んだ事だって言うのかよ?あんたは!?」

 

「優しさでは魔法少女から人間を救えない。そう理解出来る程に凄惨な事件が東京であった…」

 

魔法少女が人間の幼い少女の頭部を破壊した事件を聞かされると杏子でさえ顔を青くする。

 

「マミやあたしでさえ…そんな外道は見た事ねーよ。やっぱりいるんだな…そういう連中も…」

 

「俺は人間社会が救えたらそれでいい。正義を名乗るつもりはない」

 

正義とはいつだって魔法少女の暴力を隠す言葉として使われたと尚紀は杏子に伝えてくれる。

 

自分のような虐げられる人間を救うため。

 

悪い女に騙される男を救うため。

 

男に虐げられる女社会を救うため。

 

自分勝手な正義を振りかざして善行を気取る暴力主義者こそが正義の味方だと教えてくれる。

 

「正義という概念はな…()()()()()()()なんだよ」

 

自分のやってる悪の所業をさも世の為人の為の善行をしてると捏造出来る概念、それが正義。

 

そう伝えられた事で世間知らずの杏子は正義という概念を深く知る事になる。

 

「社会正義って…そんなくだらない世界だったのかよ…」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()という…ヨーロッパの諺があるぐらいにな」

 

いつだって偽善者の理不尽な暴力を隠すためのプロパガンダとして正義は使われた歴史もある。

 

「それじゃあ…善意を持って正義を行うなんて言葉を使う連中は……」

 

「人の皮を被って、人間をたぶらかす悪魔そのものだ」

 

「あたしもそうだ…正義を名乗りながらやった事は理不尽な苦しみを撒き散らしただけだった」

 

「だから俺は嘘をつかない。俺のやっている事は悪で結構だ」

 

社会正義という概念で飾り立て、自分の本性を隠したくはないと尚紀は潔い覚悟を杏子に示す。

 

「あたしも嘘はつかない。そして…正義なんて言葉を使う連中を…あたしはずっと軽蔑する」

 

互いに頷き合い、それぞれの道を進む決心をする。

 

「杏子、俺と一緒に暮らすのが嫌ならそれでいい。だがせめて金に困った時ぐらいは俺を頼れ」

 

ポケットから職場の名刺を取り出して杏子に渡す。

 

「…気持ちだけ、受け取っておくよ」

 

「それと、お前が姿をくらませている間に家族の葬儀を済ませた。墓は風見野霊園内にある」

 

「尚紀…あんたがいなかったら、あたしの家族はきっと…自治体に処分されてたよ」

 

「いつか気持ちが落ち着いたら……顔を出してやれ」

 

踵を返した彼は礼拝堂を去ろうとするのだが、立ち止まる。

 

「佐倉牧師の名誉の為にも、伝えなければならない事がある」

 

「父さんの名誉…?」

 

「俺は佐倉牧師に感謝している。あの人の人間の言葉で俺の迷いは晴れた」

 

「え…?人間の言葉……?」

 

「風華以外で俺の心を見つめてくれたのは、佐倉牧師だけだった」

 

神の教えなどなくても人々を救済出来ると尚紀は佐倉牧師に伝えた者。

 

彼の感謝の言葉と、父が新たな新興宗教を起こした時期も一致するはず。

 

「佐倉牧師なら進めると…()()()()()()()()

 

背後から感じるのは殺気である。

 

「……杏子?」

 

「……お前だったのかよ」

 

「何を言っている…?」

 

「あんたがあたしの父さんをたぶらかして!!新興宗教の道に進ませやがったのかぁ!!」

 

杏子の顔は怒り狂った狂犬であり、狂気を纏う怒りを自分に向けられていると彼は理解する。

 

ソウルジェムを掲げながら赤き魔法少女の姿へと変わってしまうのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「よくもあたし達家族を貶めてくれたな!!お前なんて受け入れるべきじゃなかったぁ!!」

 

「ま…待て、杏子!?俺はただ…佐倉牧師に感謝を…」

 

「黙れ!!お前の言葉がなければ父さんは牧師を続けてくれた!あたし達は飢えずに済んだ!」

 

「俺の…言葉…!?」

 

「家族を滅ぼしたのは魔女と罵られたあたしじゃなかった!!悪魔のテメェだったんだよ!!」

 

魔法武器を出現させて杏子は構える。

 

突くだけでなく斬る事も可能な長槍パルチザンと酷似する槍に見えるだろう。

 

「俺のせい…?」

 

「お前は神の家を壊しに来た()()()だ!!お前さえ現れなければ…全員死なずに済んだ!!」

 

「俺が…杏子の家族を死なせた?俺が…風華を死なせた?」

 

「大切な人達を呪いやがったお前だけは許さない!!神の家の残骸が…悪魔の死に場所だ!!」

 

長槍が振るわれると同時に、柄が分離する。

 

まるで中国武具の多節棍・多節鞭を思わせるだろう。

 

柄部分が次々に分離し、鉄の鞭のように内蔵された鎖が大きく伸びていく。

 

「ハァァァーーーッッ!!!」

 

鋼鉄の鞭と化した槍を大きく左右に回転させ、廃墟の残骸を弾きながら巻き上げていく。

 

袈裟斬りの角度で槍を振るい、暴れ狂う鎖が迫りくる。

 

(……これが、神罰ってやつか)

 

左側頭部に鋼鉄の鞭を浴びた尚紀は礼拝堂の壁際まで弾き飛ばされる。

 

持ち手を頭上で回転させながら柄と鎖を元通りの長槍に戻した杏子は悪魔に武器を向ける。

 

悪魔化した尚紀がゆっくりと起き上がっていき、不気味な笑みを浮かべてくるのだ。

 

「……いいだろう。悪魔の怨敵である父なる神を信仰し続けた、教会の娘め」

 

――神の家を滅ぼした…悪魔の俺を倒してみろ。

 

「…正体を現しやがったな。何でお前が魔法少女や魔女と戦えたのか…これで分かった」

 

魔女とも魔法少女とも違う敵を前にした杏子は戦慄してしまう。

 

(この魔力…圧倒的過ぎる…それに…こんな暗く冷たい闇を宿した魔力は感じた事がない…)

 

「来るがいい、父なる神に代わる…神罰代行者としてな」

 

「ムカつくキュウべぇも…こんな化け物がいた事ぐらい…あたしらに教えとけっての!」

 

圧倒的魔力の差がある上に固有魔法さえ使えない。

 

まともに戦えば虫けらのように殺されるだろうが、違和感を見逃さなかったようだ。

 

(殺気を感じない……マミとやりあった時と同じだ)

 

虫けらを相手に慢心しているのだと判断する。

 

そこにつけこむだけだと気を引き締め、怯まず悪魔に戦いを挑む。

 

「罪人である悪魔に鉄槌を与え…大切な人達の仇を討ち取ってみせろぉ!!」

 

「行くぜ……サタン!!」

 

飛び込む杏子に対して人修羅となった尚紀は喪服スーツごと上着を脱ぎ捨てる。

 

悪魔に対して袈裟斬り、逆袈裟、唐竹、右薙、左薙と連続した長槍斬撃を放つ。

 

悪魔は微動だにせず、斬撃を全て上半身で受け止めてくる。

 

「…どうした?お前の力は、俺の体の薄皮一枚切るのが精一杯か?」

 

「チッ…なんて硬さだよ、お前の体!?」

 

左右の肩、腕、脳天から血が流れるが傷は軽微。

 

しかし悪魔は避けもせず防ぐことすらしない。

 

歩んでくる悪魔に対して槍と体を回転させながらバックステップし、槍を大上段に構える。

 

(斬撃は有効打にならない……なら、刺突で貫く!!)

 

「はぁぁぁーーーッ!!!」

 

杏子は踏み込み、頭部を貫く切っ先が悪魔に迫る。

 

刺突の一撃に対して悪魔は頭突きで受け止めてくる。

 

額に刺さった切っ先から血が滲み、悪魔の顔を濡らす。

 

「……足りない」

 

槍の柄を引き、次の刺突が頭部に迫る。

 

「足りない!!」

 

大きく口を開きながら槍の平たい切っ先を噛み付いて受け止め、刃を拘束してくる。

 

「うわぁっ!?」

 

首の力だけで槍を持ち上げられてしまい、杏子ごと振り払う。

 

「くっ!」

 

槍の柄を離し空中で体勢を立て直して着地するのだが、飛来物に気が付く。

 

「っ!?」

 

鈍化した世界。

 

顔の横に飛来する槍が迫る中、槍の柄を空中で掴み、頭上で回転させながら構え直す。

 

「敵に塩でも与えたつもりかぁ!」

 

加速しながら踏み込んでいき、槍の石突を地面に打ち込んで大きく跳躍する。

 

大きく跳躍した勢いを利用しながら刃を鉄槌の如く悪魔の頭部に放つ。

 

「……………」

 

それでも悪魔は避けようとしない。

 

立ったまま鉄槌の一撃を受け止め、衝撃で床に亀裂が走る。

 

頭部から血が流れ出し、目にも入る様はまるで血涙であろう。

 

「何故だ……何で避けない!?」

 

愛する人と家族を滅ぼした痛みを体に刻むようにも見えるはず。

 

「家族も…大事な人も…俺に滅ぼされたお前の怒りは…その程度かぁ!?」

 

「殺してやる……お前だけは絶対に殺す!!」

 

ソウルジェムの魂が炎のように赤く光りだす。

 

まるで怒りと憎しみに呼応するかのように強く輝く。

 

「悪魔を滅ぼすには…お前の怒りは足りない。ならば、俺がさらに燃やしてやる!!」

 

ついに悪魔の殺気が解放されてしまう。

 

身体に突き刺さる程の殺気を浴び、後ろに距離をとろうとするが無駄である。

 

槍使いにとっては致命的ともいえる懐に入り込まれているからだ。

 

「俺の間合いだ」

 

左足で杏子の右足を踏み砕く。

 

「ぐあぁぁーーーッ!!」

 

縫い付けるように相手をその場に固定させてくる。

 

「ダーティファイトだ。悪魔の理不尽を受けろ」

 

これはボクシングで言えば反則である汚い技術を用いる悪魔の容赦ない拳が一気に動く。

 

ジャブ・ストレート・ボディブロー・右手刀打ち・左肘打ち・ミドルキックが炸裂する。

 

「ごふぅっ!!」

 

頭部と腹部の強打で上半身が倒れ込む中、服を掴んで引っ張り込み、右肘を後頭部に打ち込む。

 

「がっ!!」

 

無様に倒れ込む魔法少女を容赦なく悪魔は見下ろす。

 

「うぅぅ……」

 

「……惨めなものだな」

 

「な…なんだと!?」

 

「お前は何一つ守れなかった。人間としても、魔法少女としても、誰一人として守れなかった」

 

「くっ…うぅ……」

 

「お前は無知で無力だ……ハハハハハ!!」

 

間抜けな神罰代行者を嘲笑いながら入り口に向かって悪魔は歩いていく。

 

「だから悪魔に滅ぼされる。弱肉強食…これこそが、悪魔がもたらすものさ」

 

「ふざ…けるなぁ!!」

 

「悔しいか?だったら…理性が壊れるまで怒りを燃え上がらせろぉ!!」

 

悪魔は彼女にも与えようとしている。

 

かつての世界において強大な敵を滅ぼす力の源となった憤怒の力を与えたいのだろう。

 

ふらつきながらも立ち上がる義妹とも言えた家族の姿に振り返ってくる。

 

その顔は頭部から流れる血によって血涙が流れる金色の瞳のように見えるだろう。

 

「父さん…母さん…モモ…風姉ちゃんをよくも…よくも…」

 

「そうだ。俺がその人達の幸せになれたはずの人生を奪った」

 

ソウルジェムから感じた事がない程の熱い魔力が迸る。

 

膨大な魔力が槍を持つ右手に流れてくる。

 

呼応するかのようにして槍の刃が左右に開き、槍の刃から業火が噴き上がる。

 

「うああぁぁぁーーーーーッッ!!!!!」

 

燃え盛る業火を纏う槍を悪魔に向かって投擲する。

 

この一撃は後に『盟神抉槍(くがたち)』と名付けられる事となる一撃なのだ。

 

「やれば…出来るじゃねーか…杏子」

 

義兄だった尚紀が微笑む中、切っ先によって心臓が貫かれる。

 

刺さった槍の業火が炎上しながら大爆発してしまう程の破壊力と化す。

 

立ったまま業火で焼かれていく悪魔こそ、聖書で描かれたルシファーの一説と酷似する。

 

「父さん…母さん…モモ…風姉ちゃん……仇をとったよ」

 

悪魔の体は燃え続けて火達磨と化す中、勝利を確信した杏子の目が見開いていく。

 

「なんだ…!?」

 

悪魔の魔力が消えるどころかさらに高まっていく事ならソウルジェムが教えてくれる。

 

「何なんだよコレ…!!あいつの怒り?叫び?嘆き?慟哭…絶望の力なのか!?」

 

炎が弱まりだして鎮火すると焼け焦げた悪魔の金色の瞳が向けられる。

 

「……お前の怒りの業火を持ってしても、俺の命を終わりにはしてくれないか」

 

悪魔の体は炎を使うことに特化しており、炎や熱に優れた耐性を持つ。

 

この程度の憤怒では死の安らぎには至れない体をしているようだ。

 

「……ふんっ!!」

 

心臓に刺さった槍を抜き、握力で握り潰す。

 

「ゴハッ!!!」

 

盛大に吐血した事で血が噴き出し、地面を赤黒く染めてしまう。

 

炎ダメージだけでなく致命傷に至る程の傷を抱えた悪魔が歩み寄ってくる。

 

「ばけ…もの…!!悪魔めぇ!!」

 

「やはり…ここで死ぬわけにはいかない。俺には…倒さなければならない存在共が大勢いる…」

 

「あたしは負けない…負けられないんだぁーーッッ!!!」

 

手をかざしながら編み込み結界と呼ばれる鎖に似た無数の防御陣を周囲に張る。

 

悪魔は意に介さず拳を防御陣に打ち込み、貫通させてくる。

 

砕かれた破片が舞う世界の中、悪魔の体が駆け抜ける。

 

「まだだぁ!!」

 

杏子は地面に手を置き、魔力を浸透させていく。

 

地面から無数の槍が次々と生み出され、縦横無尽に悪魔の体を貫かんと迫りくる。

 

無数の槍を駆けながらスライディングして潜り抜ける。

 

そのまま跳躍して飛び上がりながら側方宙返りを行って正面からの刺突を避ける。

 

不安定な体勢のまま着地してさらに跳躍。

 

体勢を横倒しに回転させながら側面から迫る槍の網を掻い潜ってくる。

 

「くそっ!!」

 

槍で迎え討つ構えを見せる相手に対し、加速のまま地面に手を付けて倒立ジャンプ。

 

跳ね上がった勢いで杏子の頭部を蟹挟みする。

 

「ハァッ!!」

 

相手の頭を両脚で挟んだ状態から後方回転して丸め込み、エビ固めの状態でピンフォールする。

 

メキシコプロレスのルチャリブレにおいてのティヘラと呼ばれる空中投げ技が決まるのだ。

 

投げられた相手の背後に素早く入り込み、バックチョークを行う。

 

「ガッ…アァァ………」

 

首の気管が締め上げられ、杏子は呼吸が出来なくなる。

 

両手で引き離そうとするがびくともしない。

 

この技は両脚が胴体にフックした形で決まると脱出する事は不可能なのだ。

 

(このまま…あたしは…悪魔に…殺されるのか…)

 

杏子は意識が朦朧としてくる。

 

魔法少女だとしても肉体のシステムからは逃れられない。

 

諦めかけていた時、懺悔にも似たか細い声が聞こえてくる。

 

「……すまない」

 

嗚咽を堪えた言葉が神の家に響く。

 

血涙とは違う、熱い雫が落ちてくる。

 

「俺がお前達と関わってしまったせいで……すまない……杏子!!」

 

神の家に響く言葉は悪魔の懺悔。

 

薄れゆく意識の中で、尚紀との思い出が巡っていく。

 

「やっぱり……尚紀は……強い……ね……」

 

杏子の頭部が眠りにつくように傾いていく。

 

技を解き、彼女を抱きしめながら慟哭ともいえる号泣の声が木霊する。

 

唯一神の代わりに嘲笑うが如く、二階で佇む神の御使いが二人を見下ろしながらこう呟く。

 

「願いを否定し、得た魔法を失ってなお…新たなる魔法の力を得るか」

 

キュウべぇは興味深い現象のみ興味を示すばかりであり、二人の慟哭など興味がないのだろう。

 

「魔法少女という存在は…()()()()()()()だったね」

 

神罰ともいえる戦いを見届けたのは、少女達の願いと破滅を弄ぶ大いなる秩序の使いであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

礼拝堂で目を覚ます杏子は当たりを見回してみたが血痕だけが礼拝堂の外まで続いている。

 

自分の右手に握らされていた品に気が付くとそれは一枚の写真だったようだ。

 

「これ…あの時に撮影してもらった…」

 

家の写真は燃えてしまったが、尚紀の一枚だけは現存している。

 

彼にとっては幸せだった頃に残された最後の宝物であろう。

 

写真の裏側を見てみると、血文字でこう書かれている。

 

『思い出だけは、無くすなよ』

 

「尚紀…この写真を…あたしに譲ってくれるのか?」

 

皆が幸せだった頃の形を見ていた彼女の目に熱い雫が溢れていく。

 

「どうして…こんな事になっちゃったのかな…?」

 

咽び泣く杏子の姿を見れば分かるだろう。

 

ついに彼女の周囲には誰も居なくなってしまったのだ。

 

血痕が雪の世界を染めていく。

 

上着のボタンも閉めずに歩くのは悪魔の姿である。

 

「……全てを、失ったな」

 

残された家族に拒絶され、家族を破滅させた仇扱いされてしまった悲劇を背負って歩き続ける。

 

「…ならばもう、何も望まない。人間としての欲望を捨てれば…迷いは無くなるんだ」

 

今の人修羅に残るものは修羅となりて敵と殺し合う世界のみ。

 

「待っていろ、ペンタグラム…そして大いなる神よ。俺はお前達の命を奪いに向かっている」

 

――神に呪われし、混沌の悪魔としてな。

 




読んで頂き、有難うございます。
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