人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
2019年の1月28日に復讐を遂げたが、惨劇となってしまった日を超えていく。
月日は流れて4月も後半を迎えていた頃。
「丈二、すまないが…3日ほど里帰りがしたい」
「突然だな?また家族への墓参りか?」
「ああ…それと、心の整理をつけたい」
「そうか…まぁいい。丁度請け負った依頼も片付いてスケジュールが開いてるしな」
「それじゃ…行ってくる」
「お、おい?仕事が終わった今から風見野に向かうのか?」
丈二に背を向けながら黒いトレンチコート姿の尚紀は事務所の出入り口から出ていく。
後ろ姿を見つめていた丈二は机に肘をつきながら顔を手に乗せて大きな溜息をつく。
「あいつ…あの日から雰囲気変わったな」
「……そうね」
東京の職場から歩き続けていく尚紀は自分の足で風見野市に向かうようだ。
夜通し道を歩く中、過去の記憶を思い出す彼はこう呟いてしまう。
「この道は…復讐の旅が始まった道…」
復讐を終えた尚紀は再び同じ道を逆に向かって歩いていく。
「…俺は、何を期待してるんだろうな?」
自分の行動の無意味さは理解しているが、それでも感情がこうしたいと体を突き動かす。
日が昇る頃には風見野市に入り、繁華街を歩いていた時に立ち止まる。
「……ここだったな」
路地裏に視線を向けた彼はこの場所を今でも覚えている。
「3年近い前…雨が降っていた日。俺はここに座り込んでいた」
この場所になぜ流れ着いたのか、忘れる事など出来ない。
「東京から逃げた俺が流れ着いた場所…居場所が無かった俺に声をかけた少女がいた…」
風実風華と出会えたからこそ、この世界の尚紀の人生が動き出してくれた思い出の地。
家族となってくれた人達ともこの路地裏を通して出会う事が出来た。
「逆の道のりを夜通し歩き、この街に帰ってきたところで…
――失った人々は帰ってこない……バカだろ、俺。
家族達は風見野霊園にいる事なら分かっていたろうに、やり直したい気持ちに振り回される。
弔ってあげた墓の中で家族三人灰となって眠っているのだから、やり直しなど不可能なのだ。
線香と花を繁華街で買った彼はそのまま霊園に向かい、家族と再会する。
花を手向け、線香に火をつけてお供えし、両手を合わせる。
「悪魔に祈る神はいない…それでも、願わずにはいられない」
悪魔が呪ってしまったせいで焼け死んだ人々の冥福だけを悪魔は願うのであった。
♦
里帰り3日目の朝、彼は教会敷地内にある墓地にいる。
花が手向けられた墓の前で片膝をつき、ずっと墓を見つめ続ける。
教会の森から風が吹き抜けていき、風になびくのは黒いリボンと赤髪のポニーテール。
彼の背後に立っていたのは悪魔に復讐を誓うかつての義妹、佐倉杏子の姿だ。
「今頃墓参りか?」
槍を構えながら刃の先端を彼の背中に向けている。
「もうあんたは……風姉ちゃんやあたしの家族の事は忘れちまったのかと思ったぜ」
彼は何も答えない。
言い訳の言葉など、もはや二人の間に必要ない。
この墓に眠る人物も、霊園に眠る人物達もそうだ。
みんな尚紀が原因で死んでしまった。
刃の先端の先にいる存在に全てを焼かれてしまった。
杏子はただ静かに眼前の命を終わらせようと構えてくる。
「…どうした?やるならやれよ」
彼は無防備な背中をずっと向けたままであり、風華の墓の前から動こうとしない。
今ならばあの時と同じように胴体を串刺しにしてやれるだろう。
しかし槍の先端は震えている。
「迷うな……やれ」
命を差し出すかのように無防備な背中に対して杏子の顔は怒りの形相を崩さない。
迷いを断ち切ろうとするのだが、ついに彼女は迷いに屈してしまう。
「……くそっ!!」
槍の先端が上に持ち上がっていき、体の前で垂直に構えられた槍の石突を地面に打ち付ける。
体を震わせながら心の葛藤に苦しむ中、喉から絞り出すように言葉を吐き出す。
「…分かってるんだ。あんただけのせいじゃないって…」
額を槍の太刀打ち部分に押し付けながら俯く彼女は殺し合った日から考え続けた気持ちがある。
「元はと言えば、父さんが壊れたのは…あたしが魔法少女なんかになったからだ」
彼は何も答えない。
「それに風姉ちゃんだって、あんたの手で殺したわけじゃない…」
彼は何も答えない。
「あたしの自業自得なんだ…。家族がこんな風になっちまったのは…」
彼はやっと重い口を開く。
「…それがどうした?」
「えっ…!?」
「お前の怒りは理屈なんぞで捨ててしまえる程…安いものなのか?」
彼はようやく立ち上がり、杏子に向き直ってくる。
「誰が悪いかじゃねぇ、頭で考えるな。お前の怒りに燃えた心をお前自身が裏切るんじゃねぇ」
「…何が言いたいんだよ?」
「悲しみ、叫び…怒り。それをもたらすキッカケとなった男がいるなら、それをぶつけてこい」
「でも!あんただけが悪いわけじゃ…」
「俺は言い訳は絶対にしない。お前の大切な人達を……結果として俺が殺した」
「そんな…そんな悲しいこと…言うんじゃねぇよ…」
「俺を殺して、罪悪感の半分でも消えるなら…俺はお前の怒りから絶対に逃げる事はない」
「尚紀…あたし達は殺し合うしかねーのかよ!?」
「お前は神の家の娘だろ?なら、お前を貶めたサタンの俺を倒してみせろ」
彼女は家族だった人と殺し合いたくないと言うが、尚紀は戦いから逃げようとはしない。
(どうしてそんなに背負いたがるんだ…?家族だから…?)
家族だったからこそ、やり場のない杏子の感情を受け止める覚悟を示してくれる。
「あたし…あたしは…」
迷う杏子は魔法少女の変身を解き、パーカーとホットパンツ姿に戻ってしまう。
「今は…出来ねぇ」
「……………」
「あたしの記憶の中のあんたが、家族として支えてくれた思い出が消えない限り…」
風が吹いて木々を揺らす世界の中で瞳を逸らさず見つめ合う二人。
重く苦しい沈黙に耐え切れない杏子は膨らんだポケットからリンゴを取り出して噛りつく。
「もう一度だけ聞く。これからどうする、杏子?」
「あたしは…見滝原市に縄張りを移そうって決めたんだ」
「見滝原市に…?」
「巴マミ…あいつ、魔女に殺されたって……キュウべぇから聞いたんだ」
顔も思い出したくない名前を伝えられたが魔法少女界隈では別に驚く話でもない。
「あれだけの実力を持った奴でも、死ぬ時は死ぬもんさ」
「…そうだな」
「殺し合いの世界に絶対はない。巴マミの力が足りなかった…それだけの話さ」
理屈の世界では杏子も納得しているが、彼女の表情には暗い影が見える。
「見滝原市には…今は誰も魔法少女なんていない。狙うにはうってつけってわけさ」
「この街の縄張りはどうする?」
「人見リナが幅効かせてるし、繁華街で獲物の奪い合いにも疲れちまった」
「あの女か…」
「それに…あいつらのやり方は大嫌いだ」
魔女だけを狙わず、使い魔まで相手をする正義の味方っぷりが杏子を苛立たせる。
「魔法の力は他人の為になんて使うべきじゃないって言ってやったが…」
「…拒絶されたか」
「何度もぶつかり合う事になったよ…。人見リナの魔法少女グループとはね」
正義の味方を貫いたマミと同じく、打算で手を取り合える存在ではなかったようだ。
「あたしは自分一人で生きていく。その為の魔法の力なんだよ…あたしにとってはな」
今も変わらない傲慢な答え。
その言葉を裏付ける証拠なら、この2日間で尚紀は抑え込んでいる。
3日間という時間はその為に必要であった。
「…じゃあな。気が向いたら東京に行って、あんたと戦ってやるよ」
リンゴに齧りつきながら教会方面に向かって歩いていく彼女の姿に対して彼がこう呟く。
「……最後に、一つ聞いていいか、杏子」
その低く暗い声は背筋が凍る程の圧迫感を相手に与えるもの。
敵意を剥き出しにする気配を背中ごしに感じてしまい、背中に冷や汗が流れていく。
杏子は立ち止まって彼に向き直ると、そこで目にしたのは悪魔の姿。
発光する刺青を持ち、一本角が首裏から生えた断罪者。
「お前…風見野大三銀行が管理する
この街にたどり着いた初日から探偵捜査が行われている。
街で起きた不可解な事件を先に調べていき、魔法少女が関わりそうな案件を探す。
魔女や使い魔の犯行もあるが、魔女達が狙わないであろう事件に注目したようだ。
繁華街の外れにあった人気のない無人ATM強盗事件を彼は見つけ出す。
昨今はコンビニATMの普及により利用者は減少している無人ATM。
しかし個人主義に腐った魔法少女達から見れば誰も手を付けない絶好の貯金箱。
地方新聞である風見野新聞にはこう書かれている。
防犯カメラ映像には外側からうねるように伸びてきた飛来する鋭利な何かが映し出される。
飛来物が見えた後には映像は途切れていたとニュース記事には載っていたようだ。
その武器の特徴ならば尚紀は身をもって経験している。
それにどうやったらこんな鋭利な切断面でATMを分割出来たのかという人間社会の疑問もある。
専門家ですら説明出来ない不可解な犯行手口ならば、魔法少女の関与を考えるしかない。
防犯上の理由で多くは金を入れられてなかったが約二千万円の中身を全て奪い取られたそうだ。
かつて捜査を行ったリナのグループ内には生活困窮者はいないと把握済み。
ならば考えられる犯人は決まってくるだろう。
「な…何を根拠に言ってんだよ?あたしがやったって証拠はあるのかよ!?」
白を切る態度だが、明らかに動揺していると探偵ならば分かるはず。
犯罪慣れしていないせいで隠しきれていないからだ。
「風見野駅改札口から出て右側通路の奥にあるコインロッカーは…お前も覚えてるよな?」
「あっ…!」
黒いトレンチコートのポケットから取り出したのは数枚の写真。
スマホで撮影された画像データを写真にしたものである。
コインロッカー左端の3段目を開ける杏子の写真。
中からバックを取り出す写真。
そこから札束らしき物を懐に仕舞う写真の3枚をもって探偵は証拠物として突きつける。
「証拠ならある。言い逃れは出来ない」
「昨日の夜…あたしを付け回してたのか!?」
「忘れたか?俺は探偵…尾行が仕事だ」
「あたしを警察に突き出す気か…?」
「人間の警察に魔法少女を突き出したところで、命を落とすだけだ」
人間社会を傷つける魔法少女に対して怒りが形となる。
握り込んだ右手から放出されたのは悪魔の光剣であり、魔法少女を確実に殺せる武器。
「ならどうしろってんだよ!住む家も無いあたしは…風俗で働けっていうのか!?」
「お前は俺の支援を断った。それも一つの道だ」
「誰かも分からない奴相手に体を売るのかよ!男だからって汚される女の苦しみは他人事か!」
「俺も元ホームレスだ。服も体も汚れ、住む家もない。汚らしい空き缶拾いで…生計を立てた」
「仕方ないだろ!保護者もいない!あたしがどんな全うな仕事をやれるってんだよ!」
「俺も保護者はいなかったぜ?それどころか、この国で生まれた戸籍さえなかった」
「うっ…うぅ……」
「不幸自慢の言い訳は終わりか?苦しかったのは…
「…あたしを、殺すのか?」
「お前は人間社会の敵となった魔法少女だ」
ペンタグラムとの決戦以来、尚紀は魔法少女の存在を心の底から嫌悪した者。
信じるに値しない存在だと感じていたのだろう。
「家族であろうと…魔法少女ならばと探りを入れてみたが…確信が持てたよ」
優しい心を持った魔法少女なら人間社会に対して絶対に危害を加えない。
信じることが出来る、そうであって欲しかった、
「罪の大小など関係ない。人間を尊重しない奴なら生き残る為に人間さえ蔑ろにするだろう」
「そんな事…」
「お前が否定出来るのか?自分の為にのみ、魔法を使うと宣言した魔法少女のくせに?」
「くっ……」
「そしてこう言う。
仕方がないだけで人間社会は被害を被っていいのか?
なら人命も仕方ないで済ませられると悲惨な実体験を理由に告げてくる。
「あんたがそれを言うのかよ!尚紀だって…魔法少女の虐殺者として大勢犠牲にしたくせに!」
「そうだ。だからこそ魔法少女の蛮行を繰り返させない為に…俺が恐怖という名の法となろう」
「詭弁だ!!あんただって…仕方ないで済ませてるじゃないか!!」
「国は魔法少女を管理などしてくれない。これから先も社会状況次第でお前達の犯罪は続く」
「そ…それは…その……」
「俺もまた加害行為を繰り返してきた。守りたい人がいれば、守れない人が生まれてしまった」
「守りたい人が出来たから…守れない人が出来る?」
「悲しいよな、社会に生きる他人同士ってのは…」
――善人であろうとなかろうと、
「これが…あんたが進んだ道なのか?」
「ああ…守りたい人達の為に、守れない人々を殺す道。そして俺もまた…
「尚紀の生き方は…救いようがねぇよ…」
「覚悟は出来てる。俺はこれから先も……世直しの為に修羅として生きる」
刹那、杏子は自分の体が横一文字に両断された感触が胴体に走る。
怯えた目で首を下に向けながら自分の胴体を確認してしまう。
「……まだ、繋がってる?」
転がり落ちていたのは右手に持っていたリンゴの半分。
胴体に刃が当たる前に放出した光剣を収めてくれていたようだ。
悪魔がゆっくりと近づいてくる中、魔法少女犯罪者は怯えた声を出してしまう。
「……殺さないのかよ?」
切断されたリンゴを拾い上げた虐殺者は横を通り抜けていく。
少し先で立ち止まった彼は背中を向けたままこう告げたようだ。
「お前には返しきれない恩がある。一度だけ…見逃してやる」
「尚紀……」
「盗んだ金持って…どこにでも消えて暮らせ」
「あ…あたし……」
悪魔に振り返る勇気はない。
これが本気で敵を殺す覚悟となった悪魔の気迫。
かつての戦いは殺す気などなかったのだと杏子は実感させられるだろう。
「次にお前の身辺を洗った時、もう一度社会に危害を加えていたなら…」
――恩があろうが、俺と殺し合う覚悟がなかろうが…八つ裂きにしてやる。
悪魔化の変身を解き、切断面が焼け焦げたリンゴを齧りながら歩き去っていく。
食べ物を粗末にする事の愚かしさと空腹の辛さなら、彼も知っていた者なのだ。
焼け焦げた切断面を見ながら杏子は自分がやった事の罪深さを知る。
かつてリンゴを盗んだ時と同じように後悔するしかないだろう。
リンゴとは旧約聖書の創世記に登場する善悪の知識の木に実る果物。
大いなる神が食べる事を禁じた禁断の果実として知られている存在。
アダムとエヴァはその実を食し、楽園を追放されたとある。
リンゴとは智慧を象徴するものであり、リンゴを齧った杏子は智慧を知るだろう。
何かを守るという事は、何かを犠牲にする等価交換の道なのだと知るだろう。
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その日の午後、風見野大三銀行前に止まったタクシーの中から現れたのは尚紀である。
横の席からも一緒に降りてきたのは初老弁護士であり、彼が雇った人物。
風見野弁護士事務所に赴き、示談の仕事を受けて欲しいと依頼したようだ。
銀行の中に入っていく尚紀の右手にはジュラルミンケースが握られている。
受付の事務員に話しかけ、要件を伝えていく。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
「被害にあったATMの件で来た。親族を代表してお詫びに来たと頭取に伝えてくれ」
「ご親族の方でしたか…。少々、お待ち下さい」
程なくして二人は頭取の執務室に通される。
「貴方が私達の銀行に加害行為を行った犯罪者の親族で……間違いないですか?」
「相違ない。今日は示談交渉に来ました」
刑事事件の示談書と謝罪文、それにジュラルミンケースを執務室の机に置く。
彼は机から一歩後ろに下がった後、誠意を示すために土下座してくれる。
「此度の被害は…俺の家族が起こした事件…!誠に…申し訳ありませんでした!!」
「金融の世界では土下座など価値はない。我々に見せる誠意とは被害額に上乗せした示談金だ」
「…ケースに入っている金が、俺が用意した示談金です」
「分かってくれていて助かる。見てみよう」
机に置いたジュラルミンケースを開けてみると驚愕した表情を浮かべてしまう。
「ば、馬鹿な!?」
金融職をしているならば見慣れたジュラルミンケースサイズであり、一億円サイズをしている。
ならば目の前には一億円分の札束が入っていたのだろう。
自分の担当者に連絡を入れてスイス銀行口座から用意した金なのだ。
風見野で作った銀行口座に振り込ませた後、彼は身銭を切ってまで杏子の罪を背負ってくれる。
「御社に与えた被害額は倍にして返します!どうか…どうか刑事告訴を取り下げて頂きたい!」
これだけあれば強盗、器物破損、営業妨害などを計算した被害額を差し引きしても十分過ぎる。
それに大量のお釣りまで銀行側には残るだろう。
「君の家族は…こんな大金を直ぐに用意出来るのに…どうしてこんな事件を?」
床に顔を伏せたまま唇を噛み締めながら彼はこう呟く。
「…家族の俺が聞きたいぐらいです。家族が御社に与えた無礼、どうかお許しください!」
「分かった、示談は成立としよう。刑事告訴は取り下げる」
「有難う御座います…」
後の示談手続きは雇った弁護士に任せた尚紀は退出していく。
この騒ぎは地元新聞でも取り上げられ、全国ニュースにもなるだろう。
ニュースを杏子が知ったのは見滝原市に赴いた頃である。
盗んだ金で泊まるホテルのテレビを見た時、義兄だった男の自己犠牲を知るのであった。
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夕方の空。
教会の森を抜けた先の野原に佇むのは尚紀の姿ただ一人。
見渡す限りの美しい光景をずっと眺め、かつて風華や家族と過ごした記憶に思いを馳せる。
季節は4月も後半であり、緑が生い茂り、花も咲き誇る。
「…この美しい野原を、皆と見る事は…叶わなかった」
もしもを考えるのは無意味だと分かっていても考えてしまう。
「あの姉妹はどんな風に過ごしたんだろう?風華は杏子やモモの横で何を語ったんだろう?」
それを知る事は、もう出来ない。
「俺が皆を焼いてしまった……あの人達と関わらなければ…今も生きていたんだろうか?」
関わった人々が幸福に生きられたかもしれない可能性を考える程に自責の念が心を貫く。
訪れた悪魔のせいで全てを潰してしまったのだと己を責め立ててしまう。
「俺の言葉があの一家を呪った…俺が現れなければ…杏子は魔法少女になんてならなかった…」
自分がこの世にいなければ皆が救われたんだと責められるべき咎を自ら背負い込む。
「関わるべきではなかった…あのまま野良犬のような人生を送っていたらよかった…」
残されたのは杏子独りであり、彼女を不幸の底に堕とした者の名は人修羅と呼ばれし悪魔。
サタンと罵られ、憎まれ、殺し合う事になったのも全て悪魔の咎なのだと背負い込む。
「それでも……嬉しかった…」
記憶を巡れば彼に人間の光りを与えてくれた人達の笑顔が浮かぶ。
今もなお彼の記憶に浮かぶ幸福の景色は色褪せてはいない。
行く当ての無い男に手を差し伸べてくれた人の優しさが嬉しかった。
家族となってくれた人達の優しさが嬉しかった。
「みんなと触れ合えたから……俺は……救われたんだ」
この世界に流れ着いてしまった悪魔にとって、ここは
人間が失った楽園を描いた書物の中には失楽園というものがある。
旧約聖書の創世記第3章の挿話であり、こう記されている。
蛇に唆されたアダムとエヴァが神の禁を破って善悪の知識の実を食べてしまう。
最終的にエデンの園を追放されるという内容ならば何処かで聞いた事があるかもしれない。
またイギリスの17世紀の詩人、ジョン・ミルトンによる作品も有名であろう。
旧約聖書の創世記をテーマにした壮大な叙事詩としても失楽園のタイトルが残る。
ジョン・ミルトンの失楽園第二巻には
ルシファーは神の創造した人間世界に向かう途中にある地獄と天国の間に辿り着く。
その深淵において支配者である混沌王と会見するという。
混沌王はニュクスやハデス、オルクスなどを伴っているが臣下共々年老いている。
深淵を渡ろうとするルシファーに対して道を示し、物語の最後で再び立ち上がる描写がある。
ルシファーと混沌王、両者には浅からぬ因縁が存在したようだ。
堕天使ルシファーの再起、人間に対する嫉妬。
謀略により楽園追放に至る男と女、その罪を自覚して甘受し、楽園を去る。
人間の偉大さを描いた叙事詩こそが失楽園なのだ。
「杏子…俺達は失ったんだな。
空はもう夕暮れを終えようとした暁の空であり、星空も広がろうとしている。
田舎都市である風見野は東京とは違い、街頭の光が邪魔しない夜空の美しさを与えてくれる。
それはまるで雪のように
「…逆らえぬ定めか。ならばもう、迷わない」
彼は喜びの光りを受け取った者。
全てのありがとうを伝えたい人達と過ごした証は胸の中で永遠に輝き続けるだろう。
「……もう十分だ。ありがとう、みんな」
優しい風が吹き抜けていき、黒いトレンチコートの裾を靡かせていく。
「…最後に風華を感じる事が出来たな」
――交わした約束、忘れないぜ。
尚紀の足元に咲き誇る美しい花達もまた優しい風の祝福を浴びるように靡いてくれる。
それはこれから出会うかもしれない魔法少女達のように美しかった。
「正義も愛も追いかけない。
咎人は周りに咲き誇る美しい花の一つを踏み潰す。
足元から一気に業火が噴き出し、地面を走っていく。
野原が燃えていき、地獄の如き業火が少女のように美しい花達を焼き尽くしてしまう。
炎の渦の中に向かって悪魔は背を向けながら歩いていく。
己の逃れられない罪を自覚して甘受し、楽園を去る人間の姿をした悪魔。
その背から生み出されたのは炎に照らされた4枚翼であり、大きく広がっていく。
呼応するかのようにして、燃え盛っていた業火も消えていったようだ。
残ったのはサタンの足跡であり、焼け焦げたペンタグラム魔法陣のみ。
人修羅と呼ばれた悪魔は、これからも炎を運ぶだろう。
全ての魔法少女社会は断罪者であり咎人の悪魔によって燃やされていく未来が迫るであろう。
大魔王ルシファーとはユダヤ・キリスト教の堕天使である。
全ての堕天使、悪魔、魔神達の上に君臨する地獄の魔王。
その名はラテン語で炎を運ぶ者であり、光を運ぶ者、あるいは暁の子、暁の星を意味する。
またヘブライ語では
神の敵対者として地獄の底に堕ち、永遠の業火で焼かれるとも、氷の中に閉ざされるともある。
人修羅と呼ばれし悪魔もまた、その道をなぞるだろう。
彼もまたルシファーが生み出した大いなる神を焼く憤怒の炎。
炎を運ぶルシファーであり、サタンであり、人々を呪い、焼き尽くす者。
人修羅はサタンとなり果てながら堕ち続けていくだろう。
彼の炎が敵だけでなく、彼の心も業火で焼く事に繋がろうとも進み続けるだろう。
人間社会を守る事が出来るのであれば、やり遂げる覚悟を決めたのであった。
♦
ユダヤの指導者(ラビと名前の前に敬称の形で呼ばれる)の一人がこんな言葉を残している。
世界は2020年を境に終末に向けて急展開を見せるという。
聖書は聖典であると同時に神が後世に伝えるメッセージが暗号として埋め込まれているという。
預言者モーセの五書のヘブライ語版トーラーの暗号はバイブルコードと呼ばれている。
これまで多くのラビ・司祭・数学者・大学教授によって解読が試みられてきている。
バイブルコードで予言されたものの中にはナチスのホロコーストや9・11等が記されている。
著名人のラビの発言によれば、
これが核爆発なのか、あるいは世界を変える程のインパクトなのかは定かではない。
それがユダヤ歴で5780年の2020年に起こる事が導き出されたという。
そしてレビ記のバイブルコードにはこうあった。
――この世の終わりは、ユダヤ歴5781年、
読んで頂き、有難うございます。