人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
5月の某日、聖探偵事務所に電話の音が鳴り響く。
「はい、聖探偵事務所です」
事務員の間桐瑠偉が電話対応をする。
「依頼の件ですか?…違う?彼は今、出かけておりますので代わりに要件をお伺いします」
電話の声はまだ声変わりして間もない少女のような印象である。
声の主は誰なのか、伝えたい内容は何なのか、瑠偉には分かっている顔つき。
知っているが、とぼけて知らないフリをするようだ。
「…またかけ直す」
電話は切られたが、それ以降電話は鳴ってこなかった。
5月15日の夕方。
ガレージ事務所の外には備え付けられた郵便箱が見える。
溜まり込んでいた中身を尚紀が取り出し、ガレージ事務所の二階に持ち込む。
郵便物の内容を確認していると変わった封筒を見つけてしまう。
裏面には送り主の住所と名前は記載されていない。
封を開けて中身を確認すると中には一通の手紙。
無表情で手紙の内容を読んでいた尚紀であったが、顔の表情が険しくなっていく。
突然デスク椅子から立ち上がった彼が声を荒げてくる。
「今日は早退する!!俺は何日か帰らないかもしれない!!」
「おい!いきなりどうしたんだよ!?」
「瑠偉!!悪いがまた車を貸してくれ!!」
手紙の内容と送り主が誰なのかなら彼女は察している。
意味深に微笑みながら車のスマートキーを投げ渡す。
事務所ガレージに駐めてある瑠偉の車に向かって駆けていく尚紀。
彼女の車に見えたのは
創設者生誕100年を記念して製造、販売されたチェンテナリオ・ロードスター。
車体の色はまるで
オープン天井から飛び乗り、エンジンスイッチを押す。
凶暴な牛の如きエンジンが始動し、シャッターをスマホ操作で開けてエンジンを唸らせる。
上がり切ると同時に車は一気に急発進。
東京から見滝原市に向かう高速道路に目掛けて猛スピードで走行していくのだ。
様子を事務所出入り口から見つめていた丈二は戸惑いの表情を浮かべてしまう。
両手をオーバーにあげるリアクションをとりながら横の瑠偉に愚痴を零す。
「血相変えて……一体なんだってんだ?」
「フフ……きっと大切な人に会いに行ったのよ」
腕を組んで見送った瑠偉には尚紀が大切に思う人の結末が分かるようだ。
「…雲行きが怪しい。今夜は大荒れになるな…」
見滝原市についた頃には巨大な積乱雲が夜空を覆い尽くす。
24時間営業の機械式駐車場に入り、ガルウィングドアを開けて降りる。
車が駐車場建物上部に登っていく頃には空から雨粒が落ちてきたようだ。
雨粒の勢いはどんどん酷くなって大雨化し、強風が吹き荒れ、雷も酷くなっていく。
「杏子……頼む!!生きていてくれぇ!!」
大雨と強風に晒されながらも義兄だった男は駆けていく。
杏子の魔力を探り、必死になって見滝原中を駆け巡るのであった。
♦
義兄だった男が読んだ手紙内容は以下の通りである。
尚紀、最後になると思うけど…あたしの気持ちを手紙で綴ろうと思う。
ありがとう…あたしの犯した罪を、あんたが代わりに背負ってくれた。
やっぱり尚紀はあたしの家族。
あたし達家族が苦しんでいた時は…いつだって助けてくれた。
それをあんな風に罵倒して八つ当たりをした事は謝る…ごめんな。
あたしさ、見滝原市に来て…昔に戻れるキッカケに出会えた。
この街で新しく生まれた魔法少女、美樹さやかっていうお人好しのバカと出会った。
自分よりも他人を優先したくせに、本当は自分にも見返りが欲しかったりする。
素直になれない不器用女。
最初は腹が立って戦ったけど、さやかを見てると昔の自分を思い出せた。
マミと一緒に戦っていた頃の、誰かを守る為に戦う魔法少女だった頃をさ。
その生き方は捨てたのに、さやかを見ていると思い出さずにいられない。
本当はあたしね、ああいう風に生きたかったんだ…マミと一緒に。
でも魔法少女の世界がそれを許さなかった。
希望と絶望は表裏一体…差し引き0で必ず帰ってくる。
誰も因果からは逃れられない、その結果は尚紀も知っての通りだよ。
それでも…捨てたとしても、どうしても色褪せないんだ。
希望を信じて、戦い続けた日々がね。
純粋に生きる事が出来た、あの時代を忘れられるはずがなかった。
みんな、そう生きたかったはずなんだ。
それでも、誰かを呪わずにはいられない残酷な因果がやってくる。
希望を願った原因が、結果として呪いで終わりを迎える法則に支配された魔法少女。
それでも信じてみたいんだ。
希望を信じて、この道を歩んだ最初の自分の気持ちをさ。
さやかも魔法少女の因果法則に飲み込まれて、呪いを撒き散らす魔女に成り果てた。
あたしは美樹さやかを救いたい、希望なんて絶対に存在しないだなんて認めたくない。
本当は理解してる…そんな美味い話が転がっているはずがないって。
でも、もう一度確かめてみたい。
希望を信じ、魔法少女として生きた自分達が間違っていたかどうかをね。
なんで美樹さやかに固執するか不思議だと思うかもしれない。
あいつを見てると風姉ちゃんを思い出せた。
あの人も見返りなんて求めない生き方を貫いて、たった一人で戦い抜いた。
人生に何一つ残せないまま…亡くなった。
自分を犠牲にした生き方なんて不器用だって言われても、従わなかった。
誰かに慈しみを与え、見返りを求めない人生を生き抜いた…あの人が大好きだった。
だから支えてあげたいんだ。
尚紀が風姉ちゃんを支えたように、さやかをあたしがずっと支えてあげたい。
風実風華って人間と、美樹さやかって人間がダブって見えて気がついた。
あたしは…あんな風に生きる人生が欲しかったんだって。
なぁ、尚紀…あたし達魔法少女って存在には…救いなんてないのかな?
それを確かめる為に、あたしは無謀な賭けに向かう。
きっとあたしは生きて帰れないって思う。
けどさ、もしもあたしがさやかを救えたらこう思って欲しい。
魔法少女って存在も…捨てたもんじゃないってさ。
本当にありがとう、あんたがうちに来てくれた事を心から嬉しく思うよ。
あたしとモモ、父さん母さんにとって…最高の家族だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
深夜にも関わらず、避難警報放送が市内に響き続ける。
雷雨と強風が巻き起こるスーパーセルに飲み込まれた見滝原市。
避難所に向かう人混みをかき分ける尚紀は杏子の魔力を探し続ける。
「どこだ…この街にいるはずだろ!!」
住宅区、工業区、そして商業区を駆け巡っていく。
彼女の名を叫び続けても返事は帰らない。
唯一見つけた魔力反応があったので魔力の出所に向かうとそこは開けた路地裏。
米軍車両にシートを被せようとしている小柄な魔法少女の姿が見えたようだ。
(…違う、知らない魔法少女だ)
影に視線を感じたのか、ほむらが後ろを振り向く。
「誰っ!?」
彼女が後ろを見た時には既に彼の姿は消えている。
見滝原市全域を探し続けたが、見つけられた魔法少女は暁美ほむらのみ。
最悪の事態が起きたのだと思考が支配されていく。
「…認めない。まだ俺は…認めたくない!!」
スーパーセルが吹き荒れる中、夜通し探し続ける。
日が昇る頃には大雨も沈静化していたようだ。
見滝原市庁舎前で整備された噴水公園を歩く彼はついに足を止め、両膝が崩れ落ちる。
ずっと心の中で否定し続けた結論があり、もはやそれ以外に答えはない。
「杏子……お前は悪魔に裁きを与える存在じゃなかったのか?」
最後の家族だった佐倉杏子は死んだという答えを受け入れるしかないだろう。
「なぜ…俺を置いて逝った?」
遊歩道の左に見える森林から羽根を休めていた
力なく膝立つ空の上を飛び、羽根が舞い降りていく。
「また…失った…」
その光景はヨハネ福音書1:32の一説を彷彿させるやもしれない。
――ヨハネはまたあかしをして言った
――わたしは、御霊がはとのように天から下って
「一体どれだけ…大切な人達を失えばいい?どれだけ…守りたいと思った人を失えばいい?」
悪魔はどれだけ理不尽に抗えばいい?
悪魔はどれだけ運命を呪えばいい?
「ふざけるな……ふざけるな馬鹿野郎ぉぉぉーーーッッ!!!!」
両拳で鉄槌を地面に叩き落とし、砕けた地面に対してさらに額をぶつけて項垂れてしまう。
「みんなが俺を……置いて逝く!!」
両目からは枯れ果ててもなお絞り出されていく涙。
「どうして俺が遠ざかっても…誰も生きていてさえくれない…ッッ!!?」
大いなる神に呪われた悪魔と深く関わった者達は焼き尽くされる最後を遂げる。
「俺は…炎を運ぶ者だ…。だからこそ、何も求めず遠くに去ったのに…」
それでも運命は彼から大切な人を奪っていく。
「杏子ぉぉぉぉぉーーー……ッッ!!!!」
天に目掛けて悪魔は慟哭の雄叫びを上げる。
天からは無慈悲なまでに美しい白鳩の羽根を送られる。
「死の安らぎを与えられるべきは悪魔だろ!!なぜこうも生きていて欲しかった人達を奪う!」
これもまた大いなる神が与えた呪いなのか?
白鳩とはユダヤ・キリスト教にとって、三位一体と同一視される聖なる聖霊。
御父、御子、それらを繋げる白鳩の聖霊として描かれた宗教画は
白鳩の象徴としてユダヤ・キリスト教ではこう語られている。
平和、愛、色欲、清純さ、聖霊、そして
聖霊としての白鳩は唯一神の言葉を伝える使者なのであろう。
「なぜ俺の愛した人達が…消え去っていくんだぁぁーーーーッッ!!!!」
悪魔の慟哭の叫びに対して大いなる神の言霊が響いてくる。
――
――――――――――――――――――――――――――――――――
午前七時まで残すところ僅かの中、噴水公園の階段で力なく座り込んでしまう。
そんな時、感じた事がない二つの魔力が近づいてきているのを感じ取る。
魔法少女の魔力であろう事は分かっているが、相手をする気力もなく項垂れたまま。
下から階段を登ってきた二人の姿が踊り場で立ち止まってくる。
上の段差に座る尚紀を見上げてきた一人の魔法少女が声をかけてきたようだ。
「やぁ、ずぶ濡れのお兄さん。君は避難しないのかい?」
黒髪ショートヘアー、右目には黒い眼帯。
長いブラウスやジャケットの裾で前と後ろは隠れている。
手が隠れて見えないほど長い袖の中は白い手袋をした魔法少女姿をしている。
「……………」
黒い魔法少女がフランクに声をかけてきたのだが、彼は応えてくれない。
応える気力もなく、目の前の魔法少女達など眼中にないようだ。
「…貴方は、東京で人修羅と呼ばれし者ですね?」
悪魔としての通り名を言われた尚紀は思いがけず顔を上げる。
純白のショールの付いた帽子を被り、白いロングドレスを身に纏う魔法少女姿。
白い貴婦人を思わせる少女に対して彼は威圧的な視線を向けてくる。
「このお兄さんを知っているのかい、織莉子?」
「ええ、キリカ…。この男を予知夢で見ました」
織莉子と呼ばれた名前を聞いた事で彼はふと思い出す。
何ヶ月か前の事務所でのやり取り内容が頭を過ぎったようだ。
♦
「見滝原市の現職議員が起こした汚職事件か…」
ニュース記事をスマホで見ていた尚紀がそう呟くと丈二も反応してくれる。
「あの記事なら俺も見た。確か市議会議員の美国
「汚職ねぇ…職権を乱用して横領か収賄でもやらかしたの?」
二人で話していると瑠偉も会話に入ってくる。
「特定の建設事業者を優遇し、多額の仲介手数料を不正に得たとして起訴されたようね」
「久臣議員ってたしか、国会議員に出馬を表明していた奴だったな」
「選挙資金は莫大にかかるわ。それを手に入れる為の不正行為ってわけね」
「やっこさん、一貫して無罪を主張していたようだ。私は陰謀の被害者だーってよぉ」
「美国家は政治家一族の名士。久臣議員の父は総理大臣になった人物よ」
「美国修一郎元総理大臣だったか?2001年から2006年まで総理大臣やってたな」
「大衆受けした人物だけど、彼の政治は一匹狼タイプだったわね」
「政策の邪魔をする者は切り捨て、利用価値のある者だけを残す冷酷な総理だったよ」
「この国の与党をぶっ壊す!それが彼のキャッチコピーだったわ」
「痛みを伴う構造改革…国民に戦後最悪の痛みを強いる経済政策を実行した奴さ」
「そんな冷酷な元総理が、久臣議員の父親ってわけか」
「一族から切り捨てられる光景が目に浮かぶよ」
「今回の件で久臣議員を切り捨てたのは修一郎元総理じゃないわ。彼はもう他界してるし」
「なら、誰がするんだ?」
「今の美国一族の当主は久臣議員の兄、美国
「あいつも冷酷な国会議員だからなぁ…末路は同じか」
「久臣議員は美国家の分家筋ってわけか?」
「そうね。修一郎元総理が残した豪邸を継いで家族の住まいとしていたみたい」
「名士一族とはいえ、市議会議員の給料で豪邸暮らし?ありえないだろ」
「ええ、ありえない。久臣一家はただの中流階級暮らしよ」
「あの議員も資産家ではなく、前の職業は弁護士に過ぎなかったしなぁ」
「最初に切り捨てたのは修一郎元総理。優秀な長男を選び、無能な次男を捨てたのよ」
「本家の敷居を跨ぐ事も許されなかったそうだ」
「本家から切り捨てられ、落ちぶれた上で見栄を張ってきた奴か…」
「父親に捨てられ、兄からも捨てられる。救いようもない奴さ」
「きっとこの事件も…本家に対する劣等感が動機の中にあったのかもしれないわね」
「あるいは…久臣議員の言葉の通り、何かの陰謀があったかだな」
「どの道、真相は裁判で語られるさ」
それから何ヶ月か過ぎ、年を超えた3月頃。
「……………」
「おい、聞いてるのか…尚紀?」
「…すまない、聞いてなかった」
「去年の秋、ここで語り合った汚職議員の話だよ」
「あの話か。裁判はまだ先だったろ?」
「美国久臣議員がな…自宅で首吊り死体として発見されたって話をしてたんだよ」
「どういう事だよ…?」
「さぁな…罪に耐えきれなくて自決したとしか思えんよ」
「久臣議員に家族はいないのか?」
「それなんだよ、尚紀」
「何がだ?」
「この話はニュース記事をスマホで見て知ったんだが…この記事書いた記者はクソ野郎だ」
「どういう事だよ?」
「……一人娘の
「放送法が甘い証拠だな…。日本の報道モラルは酷過ぎるってのは知ってたよ」
「晒された子供の名前はな…美国織莉子だ。まだ中学生だってのに…哀れなもんだ」
「美国織莉子…」
「親族の子供の実名報道なんてあっちゃならねぇよ。それがどんな事態を招くか分かるだろ?」
「全国規模の国民に責められ、心無い嫌がらせを毎日のように浴びる事になるな…」
「全てはメディアの利益優先主義。情報消費者好みの不幸を娯楽として提供する流れさ」
「芸能人の不祥事を何週間も報道し、親族にまで蛇のように食らいついて晒す連中だからな」
「全ては
♦
「会った事もない俺を知っているという事は、それがお前の固有魔法とやらか?」
美国織莉子の固有魔法は恐らく『未来予知』ではないのかと尚紀は考えている。
ニコラス・フラメルが用いてきた魔石を使用する未来予知と酷似しているからだろう。
「悪夢の予知夢で、私は識った」
「何をだ?」
「東京で行われた大虐殺…ワルプルギスの夜の惨劇を実行した、魔法少女の虐殺者を…」
「そこまで識っているのなら、俺の正体を語るまでもないな」
「金色と赤き瞳を持った獣は殺戮の限りを尽くした…人なる修羅であり…魔法少女の虐殺者」
魔法少女の虐殺者という言葉に反応したキリカの目つきが鋭くなり、臨戦態勢の構えを行う。
両手が見えない程に長い白い袖から現れるのは何本にも束ねた赤黒く光る鎌。
「……武器を抜いたな?」
キリカに対して尚紀の目が殺意を帯びていく瞬間、織莉子が止めてくる。
「待ちなさいキリカ!戦っては駄目です!!」
「こいつは私達を虐殺する奴なんでしょ!?ほっといたら…織莉子や小巻を殺しに来る!」
「大丈夫…争う意思さえ見せなければ、この悪魔は襲ってきません」
「で、でもさぁ…」
「そしてまだこの街は…悪魔の思想による蹂躙は受けていません」
小巻と呼ばれた人物もまた魔法少女なのだろうかと察する事ぐらいなら悪魔は出来ている。
「お前達は…この街の魔法少女か?」
「そうですが、私達は見滝原市内を守護する魔法少女ではありません」
「どういう事だよ?」
「新たに開発されている政治行政区と、市郊外に開発された高級住宅街を中心に活動してます」
「政治行政区と郊外の高級住宅街…そんな地区もあったんだな」
「見滝原市政を司る市庁舎とは別の存在です。海沿いに面した政治行政区になります」
「面積は大きくないけど、確かナガタ町?カスミガセキ?それぐらいの規模になるんだっけ?」
「フフッ♪私が教えた知識をちゃんと覚えてくれていて嬉しいわ、キリカ」
「織莉子の言葉の情報だけが、頭の記録媒体にデータとして詰め込めれるのさ」
(日本の首都の政治行政に代われる程の都市か…何か裏がありそうだ)
「私は政治家一族の者です。政治に関わる地区を守る事もまた、私の運命なのでしょう」
「俺も政治に目覚めた者だ。この街の魔法少女達もまた、俺の政治思想の洗礼を浴びる」
「その時は…抗うまでです。しかしそれは、この世界での出来事にはならないでしょう」
「この世界での出来事には、ならないだと…?」
「織莉子、こんな恐ろしい奴を相手するのはやめようよ」
「そうね、キリカ。無駄話が過ぎたわ」
「心静かに、この
世界が改変されるという言葉に対して怪訝な顔を向けながら悪魔は質問してくる。
「私が見えた未来とは、この世界が救われる光景です」
「世界が救われる…」
「もっとも私の魔法では、違う世界の未来がどうなるかまでは…分からない」
「違う世界に辿り着けた時はさ、目の前の怖いお兄さんとは関わらない未来になる事を願うよ」
「避難した妹さんが心配で来れなかった小巻さんの分まで…見届けましょう」
未来を見通す力を持った白い魔法少女は一体どんな未来を見たというのか?
無駄話を続けていたが、大気が震える程の魔力波動が顕現してくる。
三人は工業区の方角に顔を向けると大魔女が現れる前兆が始まっていたようだ。
「現れましたね、ワルプルギスの夜が…」
「随分と落ち着いてるな。お前達はワルプルギスの夜とは戦わないのか?」
「私達の役目は、この救済が近づいた世界にはもう無いのです」
意味深な言葉を残し、二人の魔法少女は階段を登っていく。
横を通り過ぎた時、悪魔は一つだけ質問してくる。
「…世界が救われる改変とはなんだ?」
足を止めた白い魔法少女は振り向きもせずにこう語っていく。
「もうすぐ現れます。希望を願いながらも、絶望を撒き散らす存在となりし者達を救う…」
――
二人は暁美ほむらの戦いがよく見える市庁舎に向かって歩き去る。
残された尚紀は階段から立ち上がり、後ろ姿を見送るその顔は驚愕に包まれていたのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
コトワリの神。
それは人修羅にとって忘れられない神の名称。
流れ着いた世界で再び聞く事になるとは彼は思わなかったようだ。
理(コトワリ)とは、物事の動く道理であり理屈。
世界運行の物理法則や生物の思考、行動の法則もまた何らかの理で動いている。
ただ、その決まりごとに我々が気付けるか否かだけなのだ。
かつてあった世界において東京受胎という一大カタストロフィが起きてしまう。
球体となる東京の外側は宇宙を含めて消滅し、東京の住人さえも死滅していった。
永遠に忘れられない一つの宇宙の終わりであろう。
ボルテクス界と化した混沌世界では次なる世界における行動の根本原理が求められる。
コトワリを思い定め、創世の光カグツチの力を開放するべく複数の勢力が相争う事になった。
欲望であれ、総合的視野であれ、人や悪魔は己の行動を方向付ける何かが必要。
人の生きる心の在り方の再構築、それが人修羅が生きたボルテクス界での戦いなのだろう。
東京受胎後のボルテクス界で生まれたのは3つのコトワリ。
それら3つの思想を啓いたのは3人の人間達。
氷川はサイバース・コミュニケーションという通信企業のチーフ・テクニカル・オフィサー。
そしてガイア教徒でもあった人物。
シジマの思想を後に生み出す存在であった。
シジマは静寂を表し、一切の無駄を省き、人類を世界の歯車に帰す思想。
人間の欲望を否定し、無機質な世界へと導く社会全体主義思想。
ボルテクス界においてマントラ軍と対立するニヒロ機構の総司令氷川が啓いたコトワリ。
様々な悪魔勢力を出し抜き、一大勢力となった。
後に氷川は国会議事堂に隠されていた莫大なマガツヒを用いて神を召喚。
シジマのコトワリを掲げた者と融合を果たした神の名は、
シジマのコトワリに賛同して集まったニヒロ機構の悪魔軍団だが不自然である。
人間の欲望を肯定し、自由の権化とも呼べる悪魔であろう堕天使の軍勢であった。
♦
新田勇はファッションを気にする傾向が強く、周りに流されやすいお調子者なムードメーカー。
尚紀と同じクラスの担任である高尾 祐子に惚れ込む年上女性が好きな面を持つ。
後に人修羅となった尚紀とはぐれてボルテクス界を放浪した者。
勇はコトワリを啓きたいマントラ軍に拉致され、カブキチョウ捕囚所にて拷問を浴びる。
そのせいで彼の心が壊れた時に世界の残酷な現実を悟る事になっていく。
そして彼は自分の世界に閉じ籠る思想を啓いた。
ムスビは結を表し、全ての物事を自分一人で完結させる隔絶社会思想。
極まった個人主義とも呼べるであろう。
ボルテクス界から逃げ出し、アマラ経絡と呼ばれた世界に引き篭もった勇。
彼はそこで同じ思想を持つ思念体達を己に取り込み、人修羅と同じく魔人化を果たす。
魔人となった勇はアマラ神殿のマガツヒを用いてコトワリの神を召喚。
ムスビのコトワリを掲げた者と融合を果たした神の名は、
ムスビのコトワリは矛盾している。
隔絶社会を目指すと謳いながらもアマラ経路に巣食う思念体を体に寄生させる。
異世界神に縋るなど、勇の理屈の要は自分に都合が悪い状況は他人にやらせる事が主眼なのだ。
他の面々とは異なり悪魔を配下としない隔絶主義は酷く矛盾した脆弱性を抱えてしまう。
ムスビ勢力はコトワリ勢力争いでは限りなく弱い者達であった。
♦
橘千晶は自分にも他人にも強さを求める厳しい性格をした名家のお嬢様。
プライドも高く、負けず嫌いな勝ち気少女。
崩壊後の世界に放り出されても、彼女は他人に頼らない道を選んだ者。
その後、自由と強さに支配された世界を見続けた末に悟るだろう。
今まで生きた世界とは、不要な存在を許容する事が出来なくなった何も産まない世界なのだと。
そして彼女が啓いた思想とは、力だけを全てとする弱肉強食の思想。
ヨスガは縁を表し、上昇志向を持つ優れた者だけが生き残るべきという思想。
理不尽に屈服しない力ある者こそが美しく、流されるだけの弱者を切り捨てて淘汰する。
力強き意志、そして己の強さこそが全てとする価値観。
しかし彼女は無力な人間であり、己の思想にとっては切り捨てられるべき存在。
力を求めたが悪魔に傷つけられ、右腕を失う弱さを見せるだろう。
その後、崩壊したマントラ軍の長であるゴズテンノウに力を与えられた際に魔人化。
マントラ軍の新たなる長として魔丞と呼ばれる地位を得たようだ。
魔人となった千晶は配下を引き連れてマネカタ達を襲撃する。
弱き存在達を大虐殺を行った末、彼らが隠していたミフナシロのマガツヒを奪う。
力のコトワリを啓く為に召喚した神の名は、
彼女のコトワリに賛同して集まった悪魔達とはマントラ軍の残党ではない。
自由とは真逆の秩序を司る天使の軍勢であった。
ボルテクス界で生き残った3人の人間達に聞こえたのは大いなる神の言葉。
コトワリをカグツチに示せという神の啓示であろう。
大いなる神が選んだ3人の人間はコトワリの思想を開いていく。
コトワリを実現させる力を手に入れた3勢力は球体世界の中央で輝く無限光を目指すだろう。
無限光カグツチを目指す戦いこそがコトワリを巡る神々の戦争となるのであった。
♦
大いなる神に選ばれず、コトワリを開く事が出来なかった人間も存在している。
創生の巫女と呼ばれた女性であり、名は高尾祐子。
尚紀、千晶、勇のクラスを担任した女教師であり、現世を憂う彼女は氷川の創生に協力する。
しかし、彼女の考えは受け入れられずに離反する事になるだろう。
彼女はニヒロ機構の拠点で悪魔達からマガツヒを搾取する装置の人柱とされた者。
人修羅と化した尚紀に救われた過去をもつ。
その際、ニヒロ機構が集めた莫大なマガツヒによって異邦の異神が召喚されてしまう。
召喚された神の名は、
異神と融合を果たした祐子であったが不安定であり、コトワリさえ啓けない。
原因は彼女自身であり、世界がどうあるべきかという考えさえ持たない空っぽな思考。
彼女は思想など持ってはいなかった脆弱な存在。
祐子はかつてあった世界から逃げ出したかっただけの弱き存在に過ぎなかった。
拒絶は酷くなり、ついには彼女の体からアラディアは切り離されるだろう。
あるいはアラディアに捨てられたか。
コトワリも啓けず、神も失った祐子は氷川によって消滅させられる結果となった。
かつての世界の自由も、可能性も、信じていなかった女の末路である。
これがかつてあった世界に存在したコトワリの神々の物語であった。
♦
ボルテクス界から去った異神は、このような言葉を残している。
――女よ、
――
異邦の異神とは何者だったのか?
自由も可能性も信じなかった女性を捨て、何処の世界に旅立ったのか?
異神が残した言葉である希望とは?かの地とは?
それはおそらく人修羅が流れ着いたこの世界において語られる事になるであろう。
それこそが人修羅が再び目撃する運命となるコトワリの神誕生の瞬間であった。
読んで頂き、有難うございます。