人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
「こっちです。来て下さい」
彼女は教会に向かって歩いていく中、尚紀は不安を隠せない。
(どうやら俺は、本当にこの教会の世話になるわけか…)
苦虫を噛み潰したような顔をしつつ後をついていく。
「あ、佐倉先生ーッ!」
彼女は誰かに手を振っていく。
教会の両開ドアの前では掃除をしている牧師の服を着た男の姿がいたようだ。
「お?風華ちゃんかい」
ホウキで掃除をするのをやめ、牧師は二人に目を向けてくれる。
「佐倉先生……その、ご相談があって」
「…彼の事かい?」
牧師の男は察したのか、尚紀を見つめていく。
(薄汚れた衣服を纏う少年か…暗い目をして表情まで凍りついている)
まるで誰も信じない、何処にも行く宛が無いような少年なのかもしれないと牧師は察する。
牧師は彼を見た事でとても哀れな感情に包まれたようだ。
(佐倉先生か……牧師でいいんだよな?神父みたいな服装だし)
黒いカソックローブガウンの牧師服を着て顎髭を生やす人物に目を向ける。
(とても穏やかで慈愛に満ちている顔つきだな…牧師って連中はみんなこんな感じなのか?)
牧師服の胸元にはキリスト教プロテスタントのものと思われる十字架ネックレスがぶら下がる。
悪魔として思うところがあるのか、尚紀は十字架から視線を逸らしてしまう。
「彼は家族も友達もいない、とても孤独な人なんです……だから」
「分かった。私の教会で面倒を見よう」
(こんな薄汚れた浮浪者相手に即決かよ…随分と思い切りが激しいオッサンだな)
この行動力が佐倉牧師と呼ばれる人物の人柄なのだろうかと尚紀は訝しむ顔となる。
「いいのかよ、おっさん?俺なんかが勝手に上がり込んで…家族は迷惑だろ?」
「私の妻も子供達もとても優しい人間だ。大丈夫、心配はいらない」
彼を安心させるように優しく両肩に両手を乗せ、顔を覗き込みながら笑顔を向けてくれる。
「私の教会は人手不足なんだ。この教会を見てくれたら…管理が大変なのも分かるだろ?」
「教会というよりは…ちょっとした大聖堂だな」
こんな地方都市には不釣り合いなぐらい荘厳な教会が目の前に屹立している。
教会に隣接しているのは牧師達家族の住居であろう。
教会の横には教会墓地まで備わっているようだ。
「大きな教会と墓地と自宅の管理。なるほど、たしかに人手は多い方がいいんだろうな」
「まさか私の赴任先がこれ程の教会だったとは思わなかった。イエス様に申し訳ない」
「家族以外に人手はいないのか?」
「いますよ?私がそうです」
いつの間にかいなくなっていたと思った彼女が戻ってきている。
「その姿はなんだ?修道女のような服を着ているが…?」
黒と白を合わせたようなボタン付き修道服に視線が移る。
足に履いている黒タイツも相まって全体的に黒と白を基調とした清楚な見た目に見えるだろう。
彼女の胸にも佐倉牧師と同じ十字架ネックレスがぶら下がっている。
長い髪は掃除の邪魔にならないよう黒いリボンを使ってポニーテールとして結んでいるようだ。
「彼女は将来私と同じ牧師を目指していてね。私の教会で面倒を見ている」
「女の牧師とか聞いたこともねーよ」
「確かに女性の牧師は少ない。だが日本には女性の牧師を積極的に用いる教会団体もあるんだ」
聖書主義を掲げるプロテスタントにおいて女性は聖書に書かれた通り軽視される存在。
それでも彼女は神の教えを人々に伝える道を選んだようだ。
「私は彼女の夢を応援している。聖書主義だけが神の教えを説く道だとは…私は考えていない」
「伝統には囚われない、自由主義者ってやつか?」
「私の所属する教会団体からは…あまり歓迎されないリベラル思想だがね」
「そうなのか?まぁ……俺はそういう価値観は嫌いじゃないぜ」
「君の名前は?」
「……嘉嶋尚紀」
「尚紀君か。さぁ教会に入ってくれ、今日からここが君の家だ」
衣食住のない生活から解放される喜びからか険しい顔も少し柔らかくなった彼がこう告げる。
「今後とも宜しくな……佐倉牧師」
先生とは呼ばずにあえて牧師と彼は呼ぶ。
彼はここで神の教えを学ぶつもりなど無いという意思表示でもあるのだろう。
(この二人が信仰している父なる神こそ…俺達悪魔を永遠に呪う…大いなる神なんだよ)
二人に連れられて教会の中へと入っていく。
悪魔を呪う神の家に悪魔がご招待される事になるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
教会内の礼拝堂に入った彼は息を呑む。
豪華な宗教画がテーマのステンドグラスに包まれた内観は見る者を圧倒するためだろう。
教会奥まで続く頭上には吊り下げられた数多くのシャンデリアが見える。
信者達のための椅子が奥まで続く教会を歩いていく。
最奥まで進んでいけば見えたのは階段の上にある祭壇と大きな十字架が飾られているようだ。
「教会内部もかなりの広さだな…まさに大聖堂だ」
「見ての通りだ。これだけの規模の教会を私達家族と風華ちゃんだけで管理するのも大変でね」
目を凝らして見てみると柱やステンドグラスの汚れが目立つ。
シャンデリアも蜘蛛の巣だらけ。
祭壇や信者達のための椅子や床は清掃が行き届いているが、それが限界なのだろう。
「私と風華ちゃん、それに長女が手伝ってくれているが…清掃さえ難しいものだな」
そんな話をしながら教会の一番奥の祭壇まで歩いていく。
「見事な祭壇だろう?この教会の誇りだ」
佐倉牧師の横にいる彼が十字架を見上げる。
彼の脳裏には無限光カグツチとの戦いの光景が浮かんでしまう。
大いなる神が多次元宇宙を創生するために生み出した無数のボルテクス界。
世界を生むため自身の一側面を用いて生んだ神霊の名はカグツチ。
無限光カグツチは散り際において悪魔にこう言い残している。
――心せよ、かつて人であった悪魔よ。
――我が消えても、お前が安息を迎える事はないのだ。
――最後の刻は確実に近づいている、全ての闇が裁かれる決戦の刻がな。
――その時には、お前のその身も裁きの炎から逃れる術はないであろう。
――恐れ、おののくがよい!お前は永遠に呪われる道を選んだのだ!
(いつか俺も…神の光によって焼かれる日がくる。だが、それでも俺は…唯一神を許さない)
神の十字架の前で宇宙の父なる神への復讐の炎をたぎらせていた時、声をかけられる。
「どうかしました、尚紀?なんだか怖い顔をしてますけど…?」
(刻は……今ではないはず。そう信じたい)
物思いに耽っていた時、教会のドアを勢いよく開ける音が聞こえてくる。
「「ただいまーーー!!」」
二人の少女の声が同時に聞こえた後、ドアから駆けてくる子供達に三人は振り返る。
「コラコラ!お客様が来てるんだぞ、はしたない」
無邪気な娘達に対して困った顔を浮かべる佐倉牧師であるが娘達は笑顔を浮かべてくるようだ。
「あ!ふう姉ちゃんも来てたんだ!」
「フーねえたん~♪」
「ウフフ♪おかえりなさい、二人とも」
二人の少女は勢いよく風華に抱きついていく。
見たところ一人は小学生ぐらいに見えるだろう。
もう一人は小学校に上がってるようには見えないぐらい幼い子供のようだ。
(この女は…この子供達に随分と懐かれているようだな)
風華は二人を抱きしめながら長女と思われる子供の赤い後ろ髪を撫でていく。
「杏子ちゃん、後ろ髪がけっこう伸びましたね?」
「えへへ、ふう姉ちゃんのマネ♪」
杏子と呼ばれた少女は風華に笑顔を見せる。
「フーねえたん!あそんであそんで~♪」
「後で遊んであげますよ~モモちゃん」
髪を纏めて後ろで結んでいるが、前髪が少しだけだらしなく垂れているモモと呼ばれる子供。
おでこが目立つモモは風華に甘えているようだ。
「そうだ、二人を紹介しないとな」
佐倉牧師は一つ咳払いをした後、尚紀に自分の娘達を紹介する。
「私の娘達だ。佐倉杏子と佐倉モモだ」
彼の存在に気がついた子供達が恐る恐る顔を向けてくる。
杏子と呼ばれた子は彼の冷たい表情を見て少し怖がり、風華の背中に隠れて彼を見つめてくる。
モモと呼ばれた少女は不思議そうに彼を見つめているようだ。
「彼は嘉嶋尚紀君だ。今日からこの教会で暮らしてもらおうと思う」
思いがけない言葉が飛び出した為、杏子は驚いた表情をしながら叫んでくる。
「父さん!?この人は誰なの!?」
「え?なおきおにーたんは、うちでくらすの?」
(それ見たことか…家族に異物が交じるのを快く思う人間なんて…いないんだ)
「彼が自分の道を見つけるまで、私達が彼の手助けをしようと思うんだ」
「俺の……道?」
「そうだ。君が幸福に思える自分だけの道を見つけるまで…私達が君を守ろう」
(自分の道…俺が生きた証さえ無いこの世界に放り込まれてから…考えた事もなかったな)
「彼の幸せのためにも、私達みんなで頑張ろうな」
「……父さんが、そう言うなら」
心なしか不安そうな顔をしている杏子を尻目に、モモと呼ばれる少女は彼の足元まで来ていた。
「ねぇなおきおにーたん!あたしとあそんでー!」
怖いもの知らずのモモは、彼を怖がりもせずに手を引っ張る。
「こらモモ!その人の迷惑になるからこっちに来いって!」
杏子はモモを彼から引き剥がし、風華の後ろまで持っていき彼を不安そうに見つめる。
(こんな連中と俺は生きていくのか……先が不安になってきた)
――――――――――――――――――――――――――――――――
尚紀は佐倉家の夕餉に招かれ、椅子に座りながら周りを見渡している。
佐倉牧師の妻とみられる女性が料理を作り、皿に並べていく。
それを手伝う杏子と危なっかしいがモモも手伝っていたようだ。
自分の部屋で教会の事務仕事を片付けている佐倉牧師も直に来るだろう。
「尚紀君は…嫌いな食べ物はあるかしら?」
「……いや、別に」
家族になった彼を同じように受け入れてくれた佐倉牧師の妻に対して申し訳ない気持ちとなる。
(見ず知らずの怪しい俺を受け入れてくれる人達に…我儘なんか言えるわけないだろ)
今の彼は黒いVネックTシャツと濃いブルーデニムジーンズを身に纏っている。
彼の服は汚れきっていたから洗濯すると言われたが替えの服など持っていないのだろう。
(佐倉牧師は俺のためにわざわざ部屋着と下着を買ってくれた……地獄に仏のような男だな)
食事が机に並べ終わった頃には佐倉牧師も仕事を終えて部屋に入ってくる。
家長らしく机の奥の椅子に座り、椅子に座った家族達を見渡す。
「新しい家族の歓迎会でもあるが…質素を尊ぶ宗教だから豪華な物を出せなくて…すまないね」
「いや、十分だ。ありがとう」
(手料理なんて食べるのはいつ以来なんだろうと尚紀は考えてしまう。
(かつてはおふくろが作ってくれていたはずなのに…この世界では赤の他人だ…)
「それでは、冷めないうちにいただくとしようか」
それを聞いた彼はパンに手を伸ばそうとするが周囲に視線がいったために手が止まる。
(ん?なんだ……?)
皆が机に肘を置きながら目を閉じて祈りをするような姿を行う。
仕方なく見よう見真似で同じ祈りの姿を彼もしてみる。
「父よ、あなたの慈しみに感謝して、この食事をいただきます」
「ここに用意されたものを祝福し、私達の心と体を支える糧としてください」
「私達の主、イエス・キリストによって……アーメン」
佐倉牧師夫婦がそう言い終わると皆それぞれの食事を始めていく。
(父なる神にお祈りをしないと飯が食えないのか…?そいつに呪われた…悪魔のこの俺が?)
心の中で愚痴を呟きながらも彼は食事を始める。
手前の席に座っている佐倉姉妹を彼は見つめてしまうようだ。
(モモは小さいから、あまり行儀よく食べられないようだな…)
口いっぱいについた汚れを姉の杏子に拭いてもらっている光景を沈黙しながら見つめていく。
妹想いの姉なのだと彼は感じているのだろう。
「仲がいいでしょ、あの子達?」
隣に座っている佐倉牧師の妻が語りかけてくる。
「杏子は小学校でね、墓の家の娘って言われてるわ…縁起が悪いとして煙たがられているの…」
「墓の横で暮らしていれば…どうしてもイメージに死が付き纏う。縁起がいいはずがない」
「だから…学校のお友達を家に連れてきた事も無いの。それでも、あの子は元気でしょ?」
「杏子が元気でいられるのは…妹のお陰のようだな?」
「それに…風華のお陰でもあるわ」
「そうか……」
「尚紀君、これから家族として杏子やモモと仲良くしてあげてね。あの子達もきっと喜ぶわ」
彼の視線に対して杏子が気づくと気まずそうにしながらモモの方に視線を逃がす。
まだ怖がられているのだろうと彼は心の中で呟いてしまうようだ。
「尚紀君は何歳なのかしら?」
「……17歳」
「なら杏子やモモのお兄ちゃんみたいなものね♪」
「なおきおにいたんが~あたしたちのおにいたん?」
「か…母さん!いきなりそんな風に言わないでよ!」
「そうなってくれたらいいなって、思ってるだけ♪」
佐倉牧師の妻は杏子に優しく微笑む。
そんなお喋りをしているうちに夕餉の食事は終わりを告げていく。
食事が終わった家族達がまた肘を机に置き、祈りの姿を行うようだ。
「父よ、感謝のうちにこの食事を終わります」
「あなたの慈しみを忘れず、全ての人の幸せを祈りながら」
「私達の主、イエス・キリストによって……アーメン」
彼も仕方なく祈りを真似ている。
(……泣けるぜ)
何が楽しくて悪魔が唯一神とその息子に感謝をするのかと彼は胸糞悪さに包まれていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
彼の汚れた体もお風呂に入らせてもらった事で綺麗になる。
佐倉牧師は新しい寝床となる場所に連れて行ってくれるようだ。
そこは教会祭壇の隣にあるドアから階段を登っていき、教会二階部分に当たる物置部屋である。
「古めかしいけど、ベットで寝られるなんていつぶりだろうな…」
「布団やシーツ、枕も妻が用意してくれた。すまんな…こんな物置部屋しか空いてなくて…」
「いいんだ、雨風凌げてベットもあるなら…俺には贅沢なぐらいだ」
この部屋には電気は通っていない。
教会はシャンデリア部分しか電気がつかないようだ。
それでもシャンデリアだけでは光量が弱く、壁の燭台の蝋燭に火が灯されて教会の夜を照らす。
懐中電灯で照らし、サイドテーブルに置かれた燭台の蝋燭にライターを用いて火を灯す。
ベットの周りの部分だけは蝋燭の明かりで包まれたようだ。
「明日から君の新たな生活の始まりだな。頼りにしてるよ」
「ありがとう、佐倉牧師。おやすみ」
佐倉牧師は物置部屋を後にする。
尚紀はベットに座り込みながら物思いにふけっていく。
この世界に流れ着いたこと。
自分の親だと信じていた人達から追い出されたこと。
友達の存在も消え去り、担任の先生にさえ彼の事を知らないと言われたこと。
当てもなく色々な街を彷徨ったこと。
路地裏で座り込んだ自分に手を差し伸べてくれた風華のこと。
そして、この世界の魔法少女と魔女と呼ばれる存在のことを考えてしまうようだ。
「これから俺は…この世界で一体何が出来るんだ?黙って立ち止まる訳にもいかなくなった…」
自分をここに導いてくれた人、家族として受け入れてくれた人達の事が頭を過る。
「あの人達のためにも俺は役立たなければならない…こんな悪魔の俺でも出来る事がある…」
捨てる神あれば拾う人間もありってことなのかと彼は苦笑してしまう。
蝋燭の炎を吹き消した後、、ベットに横になりながら布団にもぐる。
「温かい…こんな布団の中で眠れる日がまたくるなんて…かつての世界では考えられなかった」
ボルテクス界やアマラ深界で激戦を繰り返した彼に寝ている暇などなかった記憶に浸っていく。
「周りは悪魔だらけ…寝ていたら寝首をかかれてる…仲魔でさえ信用出来ない奴もいたんだ…」
どうしても横になりたい時は壁を背にして座り込み、片目を開けたまま休んだ記憶が蘇る。
リスクマネジメントをしなければ殺されていた程の地獄こそ、かつての世界であったのだろう。
それはこの世界に流れ着いてからも変わらず、眠ることもなく街を彷徨い続けてしまう。
「……まともに寝れたのは、目が覚めた森の中だけだったな…」
静かに目を閉じ、どうにか眠りにつこうとしていく。
少し時間が過ぎた頃、彼は突然飛び起きて周りを見回す。
「ハァ!ハァ!ハァ……」
暗闇に包まれているが敵の姿はいない。
彼にはまだ地獄の戦場を彷徨っている後遺症が残っているようだ。
「……くそっ!!」
たとえ優しい環境に帰ってきたとしても、あの地獄を忘れる事など出来ない。
人間でいう強い心的外傷後ストレス障害が彼を苦しめてしまう。
「やはり…俺に温かい布団は似合わないようだな……」
布団から起き上がり、壁を背にしながらベットに座り込む。
かつてと同じように片目を開けたまま休む姿勢を作ってしまう。
「俺は…まともに眠れる日がくるんだろうか…?」
その問いに答えてくれるかつての仲魔達は彼の隣にはいないのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
次の日の5時30分の早朝。
陽の光が差し込んできた彼は閉じた片目を開けて窓を見る。
熟睡はしていないが彼の体は問題なかったようだ。
「頑丈な悪魔の体があったから…俺は生きてこられたんだ」
物置部屋から出て教会二階の廊下を階段に向けて歩いていく。
「昨日は暗かったから気にしなかったが、二階から下の信者達の椅子がよく見えるな」
階段を降りていき、教会から出て佐倉牧師達の住居に向かう。
「明かりがついている…教会の朝は早いようだ」
彼はドアを開けてリビングに入っていけば、そこには佐倉牧師の妻が出迎えてくれる。
「あら?尚紀君も早いのね?教会が朝早いって知ってたのかしら?」
「いや……おはよう」
「顔を洗ってきた方がいいわ。貴方の歯ブラシとコップも用意してるから使ってね」
「ありがとう。使わせてもらうよ」
彼は促された洗面所に案内される。
ちょうど杏子やモモ達が歯を磨いて顔を洗い終えていたところだ。
「はい、二人とも。尚紀君におはようの挨拶は?」
「おはよーなおきおにーたん」
「……おはよう」
まだ眠そうなモモの隣には緊張している表情の佐倉杏子がいる。
二人は彼の横を通り超え、足早に教会に向かっていくようだ。
「朝6時から早天祈祷会が教会であるの。良かったら貴方も参加してね」
彼は自分の名前が書かれたコップを見る。
そこに入っていた彼の名前が書かれた歯ブラシを取り、歯を磨く。
口をゆすいで吐いた後に顔も洗っていく。
タオルで顔を拭いた後、彼は早天祈祷会というものを見に行くため教会に向かう。
「朝早くから信者達が集まってくるんだな…信者の数も地方都市にしては集まってるほうだ」
祈祷会とは教会や信者、家族などの抱える問題が解決するよう会の参加者全員で祈る場である。
教会では合わせてデボーション(聖書や祈りなどから神を見出す)で得た事の分かち合いを行う。
祈祷会の進行をしている佐倉牧師の邪魔にならないよう、脇でその様子を見つめてしまう。
「あの女も来ているようだな……たしか名前は風華だったか?」
佐倉牧師共々、信者達の悩みに寄り添い神の教えの元に祈りを捧げているようだ。
「小さい杏子とモモは…高齢者に人気があるようだ。優しく接してもらえているようだな」
祈祷会も終わり、朝の7時頃には家族の朝食が始まる。
皆で祈りを済ませ、食事をはじめて再び祈りをしてから食事を終える。
牧師にとっては家族との貴重なコミュニケーションの時間なのであろう。
朝食を終えたら杏子は赤いランドセルを背負い、小学校に向かっていく。
「いってきま~す!」
杏子は元気よく玄関から駆けていく。
モモも幼稚園に向かわなければならないので母親が送り迎えをしてあげているようだ。
三人を見送った彼はというと、佐倉牧師に促されて教会の仕事へと向かう。
朝の8時頃となると尚紀と佐倉牧師は教会の清掃作業を開始する。
「みんな学校があるからね、今までの朝は私一人で教会の掃除を行っていたんだ」
「どうりで掃除が行き届いてないわけだな」
「恥ずかしい話だがその通り。私は事務処理仕事も行うから…余計に掃除が行き届かない」
二人は黙々とモップをかけて床掃除をしていく。
曜日にわけて教会の掃除する部分を割り振っていく。
全てをまとめて行う事は二人でも出来そうにないからだ。
「曜日によって11時には聖書研究会、祈祷会、カウンセリングもうちは行っている」
「忙しい仕事の上に人手不足。たしかに人手が欲しかったのも頷けるよ」
そして12時頃に時間も移る。
昼食が始まり、この時間は夫婦だけであったが彼が来てくれたことで談話の場が生まれていく。
彼は自分の事を話さないからもっぱら家族の話題、とりわけ娘達についての話題が中心となる。
娘の事を知ってもらう事で少しでもあの二人と仲良くなってもらいたいというはからいだろう。
13時頃。
佐倉牧師は事務処理を行った後、信仰を布教するための家庭訪問に向かっていく。
教会は収入面において非常に厳しい側面を持っている。
佐倉牧師の妻も家で出来る内職や教会広報のブログ作業も行っているようだ。
「俺に出来る事と言ったら……教会墓地の清掃作業ぐらいだろうな」
伸びた草や落ち葉を掃除して綺麗に管理しなければならないため彼はせっせと働いてくれる。
14時30分頃になるとモモが幼稚園から母親に連れられて帰ってくる。
彼はもっぱらこの時に遊んで欲しいとモモからねだられ、困っているようだ。
「モモは俺の事を怖がらないんだな…」
子供の面倒を見るのは得意ではないが、人の温かさも感じられて悪い気もしていない。
15時30分。
杏子が小学校から帰宅し、モモと遊んでいた尚紀の姿を見つめながらこう言ってくる。
「モモ!こっちに来いって!仕事の邪魔になるから…」
「え~?まだおにいたんとあそびたい~」
妹を連れながらそそくさと住居へと向かっていく光景に対し、小さな溜息をついてしまう。
「杏子からは避けられているようだ。自分で言うのもなんだが…俺は酷い無愛想なんだろう」
ちょうどその時間帯になると風華も中学校から自転車で教会に訪れてくれる。
「魔女を漁りに行かなくていいのか?」
「少しでも教会のお手伝いがしたいんです」
「児童養護施設の門限は大丈夫なのか?」
「教会のお手伝いをしているという事で門限は特別に長めに作ってもらっています」
「随分と余裕だな?縄張りを巡回する探索作業、魔女との戦い、かなり時間を使うはずだろ?」
「はい…それでも私は牧師を目指す娘ですから…教会に貢献したいんです!」
「そうか…勝手にしな」
今まで彼女はこの時間帯に教会を訪れては子供達の面倒を見てくれていたようだ。
夕方の17時頃になると風華は自転車に乗って帰っていく。
ソウルジェムを使って魔女や使い魔の探索を行いに行くのだろうと彼はいつも思っている。
「使い魔と呼ばれる存在は人間を捕食するが…グリーフシードを孕んでいないか…厄介だな」
使い魔がグリーフシードを孕むには魔女に孵化させなければならない事も彼は聞かされている。
「あいつ…魔女の取り合いで悠長に遊んでいる余裕なんて欠片もないはずなのにな…」
人間に危害を加える存在として使い魔さえも相手にしている状況に対して苛立ちが募っていく。
「ただの魔力の無駄遣い…いや、あいつにとっては命の無駄遣いだ。本当にお人好しな女だな」
19時頃になると夕食が始まり、祈りで始まり祈りで終わる。
20時頃は自由時間となり、この時間帯はみんな自由に過ごしている。
今まではモモに遊び相手をねだられ、杏子は宿題や勉強を疎かにしていたが状況が変わる。
「俺がモモの相手をしてやる。お前はやりたい勉強があるんだろ?」
「……うん。それじゃ、任せるけど…」
「どうした?」
「……なんでもない」
尚紀がモモの相手をしてくれているため杏子は宿題や神学の勉強が捗っている。
それでも内心は複雑な気持ちを抱えているのだと尚紀は理解しているようだ。
「モモを尚紀君に盗られてるって嫉妬しているのよ。まだ多感な小学生だし…許してあげてね」
「分かっている、気にしていないさ」
「そう言ってくれて助かるわ」
22時頃になると家族でデボーションを行い、聖書を読み、祈りを捧げて神との対話を重ねる。
(この時間が辛いんだよな…悪魔である俺と父なる神との間にあるのは…憎しみだけだ)
22時30分。
就寝時間となり、彼はベットの壁で座り込んで片目を開けながら休むのである。
この内容が嘉島尚紀のこれから過ごすだろう新たな毎日の日課なのだろう。
「俺は一人きりで掃除をしている時……いつも背後に感じてしまう」
父なる神の視線を祭壇に飾られた十字架から感じてしまう。
「まるで…今直ぐにでも俺を磔にして燃やしてやりたいとでも…言われているようだな…」
神の家である場所で働く毎日は悪魔にとっては恐怖であり、心休まらない時もあるのであった。
読んで頂き、有難う御座います。