人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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69話 I(あい)

心理学においてメタ認知と呼ばれるものがある。

 

メタ(ひとつ上の)認知の例を挙げるなら、テスト勉強で暗記した情報を忘れる事であろう。

 

これは物事が思い出せなくても忘れたという事は分かっているということ。

 

自分が憶えた記憶を頭の中で監視している()()()()()()()()()()ともいえるだろう。

 

心理学の認知は見る、聞く、話すといった時の心の働きを指す。

 

メタ認知とは人の思考や言動などをコントロールしているもう一つの心の働きともいえるのだ。

 

もう一人の自分の概念を表す言葉は多種多様であろう。

 

例えばホムンクルス、あるいはもう一人の同一存在であった。

 

 

暗闇の世界であるが視界は夜目が効くように明るい。

 

周囲を把握出来る程にまで瞳孔が発達しているのか?それは違うだろう。

 

この暗闇は彼女の心であり家でもある。

 

暗闇を物ともしない視界は宮殿の回廊を早足で移動するかのように揺れ動き続ける。

 

それは何かを追い続けているようだ。

 

自身の暗闇の世界である心に現れた光の者に対し、善人を気取る紛い者だと酷く嫌っている。

 

紛い者は光であるかの如く振る舞いながらも見苦しいまでに自分の心に嘘をつき続けてきた者。

 

この怒りを煮えたぎらせる感情を表すのならば()()()()

 

何より許せないのは自身の闇の世界で美しく保ってきた芸術さえ台無しにしていく愚行の数々。

 

写真と見紛う程に色鮮やかに飾られた記憶さえ忘れていき、汚す程の薄情者だということだ。

 

紛い者は善人などではない、紛い者には()()()()()()()()

 

この潜む者もまた醜さのうちの一つであり、その手には重たいモノを握り締めている。

 

それは(I)の首を貫き落とす螺旋の剣であった。

 

 

巨大なエントランスホールの階段を登り、二階通路の入り口を開けて回廊に進む灯りが見える。

 

回廊の廊下を歩きながらも暁美ほむらはもう一度念話を試してみる。

 

<まだいるんでしょ、年寄りの古時計?>

 

<クロノスと呼べ。ワシは何もしてやれんと言ったろう?都合のいいお喋り相手ではないぞ>

 

<第6の魔人の情報が欲しいわ。今の私は無力な存在よ…少しでも倒せる情報が欲しいの>

 

<あの者は…そうじゃのぉ。お前さんが()()()()()()()()()()者…かのぉ?>

 

<表現が分かり難いわよ、具体的にはどんな存在なわけ?>

 

<お前さんは自分の内面について、自己評価を考えるとしたらどう例える?>

 

<私の内面の自己評価ですって…?>

 

<お前さんは自分を客観的に見て、他人に好かれるような人物なのかと聞いておる>

 

<それは…その…今の私が他人に好かれるだなんて…>

 

<思い当たる節があるんじゃろ?ネガティブな自己評価の言葉しか出んだろう?このネクラ娘>

 

<私と共に旅したお前がそう思うなら…客観的に見ても…そうだったんでしょうね…>

 

<第6の魔人とは…お前さんのネガティブな内面が具現化したような存在としか言えんわい>

 

<私の内面…私と似たような存在だというのね?第6の魔人の正体は?>

 

<だからと言って、お前さんのように病弱な者ではない。魔法少女と互角に戦える力をもつ>

 

<…聞くんじゃなかったわ。ますます絶望的な状況なのだと分かっただけじゃない…>

 

クロノスも黙り込んだのか念話が聞こえてこなくなった彼女は大きな溜息をつく。

 

メノラーの灯りも五つ灯ったこともあり、周囲の空間を一際明るくしてくれる。

 

不意にほむらは壁に飾られているまどかの絵画の変化に気がついてしまったようだ。

 

「えっ…何…?いつの間にこんなに…酷くなってたの…?」

 

もはや絵画と呼べるものではなく、亀裂や剥落塗れの絵画を見つけていく。

 

キャンパス繊維の劣化によって破れてしまい、写真と見紛った形は見る影もなく崩壊している。

 

この世界には存在しない人物の絵がここまで劣化し、傷んで崩壊していた原因は彼女にあろう。

 

「私は…この絵に描かれた人物を覚えている…忘れるはずがない!!」

 

記憶をリコールするが、あれだけ思ったまどかの記憶の大部分が()()()()()()現実に戸惑う。

 

記憶とは脳に符号化されて貯蔵し、覚えて思い出すという検索行為が出来る。

 

符号化に失敗すれば、一文字違いでもテストで間違ってしまう程にまで記憶するのは難しい。

 

「違う…私のまどかの記憶は願望じゃない…!自分で作った記憶なんかじゃない…っ!!」

 

宇宙人に誘拐されたというのを本気で信じている人間は現実に実在する。

 

自分の願いや不安、イメージ、人からの誘導質問や暗示などによって記憶が作られてしまう。

 

これによって裁判沙汰になるケースも海外では見られる程にまで記憶とは厄介なものなのだ。

 

「私以外でも悪魔達は覚えている!そうよ…悪魔達が保証人になるわ…悪魔達…が…?」

 

考える程、自分をここまで傷つけてきた悪魔の言葉など信じるに値しない思考となっていく。

 

だが悪魔達の言葉を信じないならば、鹿目まどかが存在したと誰が保証してくれる?

 

「デジャブの錯覚なんかじゃない!お前の存在が証明よ!何とか言いなさいよ…クロノス!!」

 

無駄話も飽きたのか、クロノスは沈黙したままな態度を示す。

 

両膝を床についてしまい、二度と忘れないと誓った存在を忘れていく軽薄な自分に愕然とする。

 

「貴女の存在を疑うなんてしたくない…でも!口から出る言葉と記憶が…一致しないのよ!!」

 

まるで数年間受験のために暗記を繰り返した生徒が受験当日に記憶を忘れたような絶望の言葉。

 

記憶のメカニズムとは精神論程度でどうにかなるような代物ではなかったのだ。

 

「全ての魔獣を倒す使命を終え…力尽きた果てに…貴女と笑顔で再会したかったのに…」

 

――これじゃあ…私を迎えに来てくれた貴女を…誰なのかさえ…ハッキリ思い出せない!!

 

信じていたまどかとの笑顔の再会は実現出来ない。

 

人は忘れる生き物であり、魔法少女もそれは同じ。

 

小学時代のクラスメイトの名前や顔さえ大人になる時間を重ねれば忘れていく程に自然なこと。

 

こんなにも想っている人の事を忘れていくしかない愚かな人間なのだと嘆いていた時だった。

 

「はっ……!?」

 

近くにあったアンティーク台座の上から何かが地面に落ちた音をほむらは耳にする。

 

慌てて立ち上がり、周囲を警戒しながら落ちたモノを灯りで確認していく。

 

「これは……ブードゥー人形?」

 

ブードゥー人形とは、ブードゥー教の黒魔術などでも用いられた呪いの人形。

 

日本の藁人形と同じく憎んで報復したい相手に対して災いをもたらす呪物として使われた代物。

 

この呪物の使用方法とは、針を刺して使うものなのだ。

 

「えっ!!?」

 

突然飛来した編み針が地面のブードゥー人形を地面に貼り付けにするように串刺しにしていく。

 

――Kaltblütige Frau.(冷血女)

 

声が聞こえた上の方向をほむらは見上げる。

 

回廊に備え付けられた灯りの無いシャンデリアの上に座り込んでいる人物がいる。

 

ホワイトブロンドの長髪をした喪服姿の少女のように見えるが、その顔つきは人形そのもの。

 

大切な想い人を忘れていくレイケツ女を蔑む()()()()()()()だった。

 

「魔人共が召喚してきた……新手の悪魔の類なの!?」

 

――Gott ist tot.(神は死んだ)

 

シャンデリアから飛び降りてきた人の大きさ程もある人形少女に歩み寄られる。

 

その手に持たれた編み針でデキソコナイ様を細分化しようと迫りくる。

 

戦う力も無いほむらは走り出し、力の限り回廊を走って逃げるしかない。

 

「ああっ!!?」

 

背中に硬いモノをぶつけられた痛みに襲われるが、水分が付着した感触を感じている暇はない。

 

宮殿の回廊の十字路を曲がり続けていき、見つけた部屋に飛び込んで息を殺す。

 

レイケツと罵ってきた人形少女が通り過ぎていくのを確認したほむらは安堵する。

 

「私の背中に何をぶつけてきたの…?」

 

しっとり濡れた背中に左手を回すと潰れた果肉が手にべっとりついたのを確認する。

 

「これは…熟した()()()…?」

 

アメリカではトメイト・トマトという似た者同士を表現するスラングがある。

 

またイスラム・サラフィー主義の戒律では水平に切ったトマトの中に十字架に似た形を見出す。

 

それを根拠にキリスト教徒とし、アッラーの代わりに神の十字架を讃えるモノだと表す。

 

自分達は似た者同士だと伝えるために人形少女はトマトを投げてきたのか?

 

それともデキソコナイ様は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとトマトを投げたのか?

 

「身を守るモノは無いの…?相手は魔法少女と互角に戦える強さよ…どうすれば勝てるの…?」

 

暗闇に包まれた宮殿の部屋の中を物色していき、何か使えるモノがないかを探す。

 

入り込んだ部屋は骸骨や動物の骨という死を象徴するオブジェが並ぶ不気味な空間。

 

大きなクローゼットの中からコトコト音がするのが聞こえた彼女は恐る恐る開けてみる。

 

「何かと思えば…ウサギの置物ね。ウサギの置物が…どうして音を出すの?」

 

不意に背後を振り向くと、黒く大きな編み針を振りかざす者がいる。

 

「キャァァァァーーッッ!!!!」

 

咄嗟に横に飛び、避けた編み針がクローゼット内のウサギの置物の首を貫いて刎ねてしまう。

 

全身に鳥肌が立ち、瞳孔が拡大し、肺に負担がかかり、息も荒くなったほむらが見上げていく。

 

――Feigling.(臆病者)

 

ショートヘアの黒髪をした喪服の人形少女がケラケラ笑っている。

 

震えるほむらを嘲笑い、臆病者だと評価を与える者であろう。

 

服が並べられて見えなかったが、後ろに隠れて置物の音を出させていた者もフラフラ出てくる。

 

――Dummkopf.(マヌケ)

 

被り物を被った喪服姿の人形少女は首を刎ねられたウサギの置物を手に取るが何処か上の空。

 

冷徹な者を演じながらも、何処か子供らしいマヌケな者だと評価を与える者のようだ。

 

戦う術のない少女が一目散に逃げようとするが、背中に硬い熟したトマトが二つぶつけられる。

 

――Gott ist tot.(神は死んだ)

 

部屋から飛び出し、敵が徘徊している回廊へ向かう。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!!」

 

恐怖で呼吸も荒い状態での全力疾走を病弱な娘にやらせれば直ぐに息切れもするだろう。

 

歩くような速度にまで落ち、息も絶え絶えで蹲り、呼吸を整え直そうとする。

 

直ぐ後ろからも妙に荒い息遣いの声が聞こえたことで慌てて振り向く。

 

ノロマなほむらと同じ様にノロマな速度で追いかけてきていた人形少女がやっと追いつく。

 

同じように疲れたのか地面にへばり込んでいるのは黒いワンピースを喪服代わりに身に纏う者。

 

黒く大きな花飾りを身に着けたセミロングヘアーの金髪をした人形少女のようだ。

 

「…お前がノロマで良かったわ」

 

人形少女を()()()()()()()()()()()()()ほむらは先に息を整え直し、再び走り続けていく。

 

「新手の悪魔共を退けながら第6の魔人を倒せだなんて…無茶振りが過ぎるわよ!」

 

普段は誰も寄せ付けず、己の力のみで戦い抜く態度を続けた者の()()()()()()()()()()

 

前方から容赦なく襲いかかりにきた者は、そんなほむらに対して見栄を張る者だと評価する。

 

黒髪を真ん中分けにした喪服姿の人形少女が大きく振りかざす編み針の一撃が迫りくる。

 

迎え撃つほむらは無理やり体当たりを仕掛けて突き飛ばしたようだ。

 

――Das sieht großartig aus.(見栄っ張り)

 

相手が起き上がるよりも先に移動し、近くの両開き扉を開けて閉める。

 

近くにあった除草具の鉄の棒をドアハンドル内に差し込み、無理やり鍵をかける。

 

ここは宮殿内部の屋内ガーデン空間を思わせるが、庭園とは名ばかりの死者の空間である墓地。

 

放置された墓跡や棺なども散乱し、彼岸花が咲き誇る屋内墓地をメノラーの灯りのみで進む。

 

「これじゃまるでホラー映画よ…私を臆病者だと嘲笑いたいわけ…?」

 

まどかを守る強くて凛々しい女を目指した者は頑なに自分の弱さを認めようとはしなかった者。

 

不意に目に入ってきたのは墓穴が掘られ、蓋の開いた棺が収められた地面。

 

墓石には暁美ほむらの名前が刻まれているのに対し、涙目になりながらも叫んでいく。

 

「殺した私をここに埋める気?馬鹿にしないでよ…命が無い死者はお前達人形の方じゃない!」

 

いつでも殺せる態度の人形少女達に対してすら憎まれ口を叩くだけの無力な娘。

 

力を持つ時だけ威張る癖に、力が無い時は陰口を叩く根暗娘に対してその背中に蹴りが入る。

 

「きゃぁ!!」

 

土中の棺内に倒し込まれたほむらは振り返りながら蹴り倒した者達を睨む。

 

――Hartnäckige Frau.(頑固女)

 

――Neguro Frau.(根暗女)

 

――Eine majestätische Frau.(威張り女)

 

――Bad Talk Frau.(悪口女)

 

――Eine einsame Frau.(僻み女)

 

喪服を着た五体の人形少女達に罵られ、熟したトマトを棺内に堕ちた女に目掛けて投げつける。

 

「いやっ!?痛い!!やめなさい…ぐぅ!!やめてぇ!!」

 

墓地でお遊戯している者達を木の枝に座りながら見つめている喪服の人形少女もいる。

 

興味なさそうな態度で欠伸をし、トマトを手で弄ぶのは金髪ストレートな長髪をしたナマケ者。

 

魔法少女が人間のように社会と付き合おうと努力した傍らでは怠け者のような女がいつもいる。

 

魔法少女の使命を理由にし、赤の他人である人間から逃げ続けた怠け者を彼女は知っている。

 

暁美ほむらを怠け者だと評価する者であるが、彼女もそれを真似ていたようだ。

 

すると突然の大きな音が響き、ナマケ者はビックリして手に持っていたトマトを落とす。

 

ほむらにトマトをぶつけていた人形達も激しい音が聞こえてきた方角に振り向く。

 

カンヌキのように鉄棒を刺して鍵をかけたドアを向こう側から突き破っていたのは螺旋剣。

 

剣を引き抜き、開いた穴から手を伸ばしてカンヌキの鉄棒を引き抜いていく。

 

表情筋の無い人形少女達が落ち着きが無さそうな態度を示しながら去っていく。

 

まるで最も嫌いな奴が近づいてきているのを毛嫌いする態度に見えるやもしれない。

 

「なに……?何が近づいてきているの……?」

 

ぶつけられたトマトの汁と果肉で濡れたほむらが地上に這い出し、鍵をかけた扉の方角を見る。

 

「あ……あれは……!?追いつかれた!?」

 

光量が増したメノラーの明かりによって、ついにその姿を明かりの中に晒した者こそ潜む者。

 

ほむらと同じゴシックな黒いドレスを身に纏い、白い布団シーツをヴェールのように頭に被る。

 

隙間から見える片目からは血涙を流す者のように見えるやもしれない。

 

その血涙は不規則に流れ落ち、まるで()()()()()を思わせる模様を顔に刻む。

 

「あれが…暗闇に潜んでいた者の姿なの…っ!?」

 

「…見…見見見ツケタァァァアア」

 

右手にはまるでドリルのような螺旋剣が握られている。

 

柄頭には手動ドリルを回転させる手回しハンドルのようなモノも備わっている。

 

ついに追いつかれてしまったが、メノラー以外は何も持たない者では抗う術などない。

 

死に追いつかれた病弱な少女はついに命を終わらせられる時が迫るのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「来ないで……来ないでぇ!!!」

 

穴を開けた土を溜めた盛り土の上に刺さっていたスコップを左手に持ちながら威嚇する。

 

しかし相手は無表情のまま歩き寄ってくる。

 

表情筋を持たない顔をした仏頂面はまるで誰も寄せ付けない頃の暁美ほむらに見えるだろう。

 

赤く濁ったガラスのような瞳で獲物を捉えた魔人の動きが止まり、不規則に五体を拗じらせる。

 

「ウッ…ゴガ……アァァアアーーーーーッッ!!!!」

 

突然発狂しながら跳躍し、獲物を串刺しにせんと飛びかかる。

 

咄嗟に後ろに飛び退くが、さっきまでいた場所を螺旋剣が貫いた衝撃で地面が爆ぜる。

 

「きゃぁ!!」

 

正面から挑めば勝負にならないと悟った女が手に持ったスコップを相手に投げ、逃げに徹する。

 

スコップを螺旋剣で弾き、怒りの感情を爆発させたかのようにしながら魔人も走り出す。

 

「なんで!?何であの魔人は私に対して……あそこまで怒るのよ!?」

 

「ウォォマェェモォォ!!穴ァァアア開ケルゥゥウーーッッ!!!」

 

向かい側まで走ったほむらは屋内墓場から出られる扉を開けようとするが、鍵がかかっている。

 

「開かないッ!!?」

 

いくらドアノブを引いてもビクともしない中、狂気の叫びを上げる魔人が高速で迫ってくる。

 

「レイケツゥゥ……ウウウソツキィ女ァァァ……穴アァァァッ!!!」

 

振りかぶった螺旋剣で背後から串刺しになろうかとした時、ほむらは横っ飛びを行う。

 

体勢を崩しながらも避けた事で振り下ろした螺旋剣はドアノブを貫通し、鉄の扉が開く。

 

それでも魔人が通してくれるはずもなく、震える相手を見下ろす。

 

震えながら魔人を見上げて後ろに下がっていく臆病者を見下しながら螺旋剣を逆手に持つ。

 

視線が下側になったせいか、ヴェールで隠れた潜む者の顔つきがはっきりと見えてしまう。

 

「そ…そんな…まさか……嘘でしょ!!?」

 

女性なら毎日鏡を見る自分の姿を知らないはずがない。

 

ヴェールに隠れていた潜む者の顔は紛れもなく暁美ほむら自身なのだ。

 

「ウソツキィィ…マドカァァ…約束ゥゥ…チチ違ウゥゥ……チガウゥゥゥ!!」

 

両手でグリップを握り込み、臆病者の命を終わらせる一撃を放とうとする。

 

そんな時、魔人のヴェールに何かが赤く飛び跳ねる。

 

下に落ちたのは対象に当たって潰れたトマト。

 

体勢が崩れた魔人が不規則な動きで上半身を起こし、トマトが投げられた方角を見る。

 

――Lügner.(嘘つき)

 

小さなトーク帽で目元を隠し、ミニスカートの喪服を着た人形少女がいたようだ。

 

「ウソツキ…?チチチガウッ……ウォマエガァァァ……ウソツキィィィッ!!」

 

獲物を変え、トマトをぶつけてきた喪服の人形少女に襲いかかっていく魔人。

 

魔人を嘲笑うかのように鬼ごっこを始めた人形少女によって得られた脱出の機会を逃さない。

 

壊れた扉を開け、回廊で身を隠せる場所を探し続けていく中、動揺の叫びを上げてしまう。

 

「何なのよ……あの魔人は!?どうして私と同じ顔をしているのよ!?」

 

<……あれが第6の魔人じゃ。言った通りじゃったろう?>

 

沈黙していたクロノスの念話が聞こえた辺りで見つけた部屋の中に入り込む。

 

空っぽのクローゼットの中に入り込み、身を潜めながら念話を続ける。

 

<あれは私だった…私が絶対に見たくないって…私自身が私の見たくない部分だと言うの?>

 

<人間は無意識に()()()()()()()()()()()()()()。太った者が体重計に乗らないのと同じくな>

 

<私の醜い内面部分を切り取った魔人なの…?>

 

<その通り。あの魔人は閣下が生み出したもう一人のお前さんの内面部分…自分自身じゃよ>

 

<それってもしかして…ドッペルゲンガー…?>

 

【ドッペルゲンガー】

 

ドイツ語で二重に行く者、自分と瓜二つの姿で歩き回るといった意味合いの生霊のような存在。

 

その姿を自分や他人が目撃する事は極めて不吉であり、自分が目撃すれば無事では済まない。

 

ドッペルゲンガーを目撃した場合はその者の寿命が尽きる寸前の証という民間伝承が根強い。

 

特定の姿は無く、鏡のように対象とそっくりになるのが特徴であり、()()()()()()()といえる。

 

日本書紀や万葉集に記された遊離魂とは影と同じ意味であり、人間のシャドウと表現される。

 

心理学者のユングは無意識に嫌悪するため、認めたくないもう一人の己をシャドウと定義する。

 

逆に死が近づくが故に現れるという説もあるため、自分の死の象徴とも呼べる存在だった。

 

<あの者も死を象徴する魔人であり生霊。悪魔の種族では外道と呼ばれ、言語も上手く喋れん>

 

<私の内面部分を何故生み出したのよ!?それも私を苦しめる目的だったわけ!?>

 

<そうだ。あの者は違う魔獣世界に流れ着いたお前さんの中に現れた者をコピーして作られた>

 

<違う魔獣世界に流れ着いた私の中に現れた者ですって…?>

 

<その者は……自分の事をI(あい)と名乗りおったわ>

 

I(あい)…?日本語で私という意味の英語でしょ…?>

 

<言葉の発音部分では悲哀とも愛するとも解釈出来る……()()()()()()()()()じゃ>

 

<私であり……私の想い……>

 

<お前さんは向かい合わなければならない。己の醜い、もっとも見たくない部分の感情をな>

 

<私が…私の想いを…見たくない…?>

 

<想いとは欲望とも願望とも呼べる代物。悪魔の恐ろしさを象徴し、7つの大罪となる>

 

<今は何も分からない……あいつを倒す事に集中するわ>

 

クローゼットから出た彼女は宮殿内部で敵を倒す事が出来るヒントはないかと探りを入れる。

 

部屋の中から周囲を確認し、ゆっくりと回廊に出て行く。

 

<あの私以外の悪魔のような人形共は何?あの魔人は制御出来ていないみたいだけど?>

 

<あの14体の人形もドッペルゲンガーと言える。お前さんの自己評価である醜い己の影じゃ>

 

<…私を象ったあの人形共と魔人は何故…あんなにも仲が悪いのかしら?>

 

<お前さんは劣等感を感じる己の醜い部分を胸を張って周囲の者に語りながら誇れるか?>

 

<……出来ないわ>

 

<誰だってそうじゃ。心の醜い部分など見たくない、認めたくない、出来るなら消えて欲しい>

 

<でも魔人があの子供の人形共を制御出来ていないのは都合がいいわね…つけ入る隙となるわ>

 

<それでもお前さんを皆が嫌っており、消えて欲しい。お前さんが()()()()()()()()()()()な>

 

慎重に進む回廊の道の角に立ち、向こう側に敵がいないかを確認しながら曲がっていく。

 

階段を降りて一階の回廊を歩いていき、次の角でほむらは立ち止まる。

 

(いる……もう一人の私が……)

 

灯りの光は暗闇なら気がつくはずなのに身動きせず回廊の壁に飾られているモノを見ている。

 

(あれは…まどかの絵画?)

 

手で絵画を外し、ボロボロになってしまったまどかの絵画を顔に近づけながら頬ずりしていく。

 

「マドカ…マドカ…ワタシィ…アナタガァァ…嫌…イヤァァァァ……」

 

汚れたヴェールを捨てた者の目からとめどなく流れる血涙があみだくじを描いて落ちていく。

 

まどかの前では狂気を抑え込んだ正気を装う姿こそ、感情の起伏が激しいほむら自身であろう。

 

逃げなければならないはずなのに、もう一人の自分のやっている行為を彼女も見つめてしまう。

 

(まどかが生きていた証に縋り付く姿は…まるで…私の姿ね…)

 

髪飾りとして使っているまどかのリボンに触れるほむらもまた彼岸に逝った者に思いを馳せる。

 

だがまどかを想っていいのは自分だけであり、偽物ではないという独占欲が芽生えていく。

 

今の暁美ほむらが心にたぎらせる感情こそが嫉妬なのだ。

 

――Eifersüchtige Frau.(ヤキモチ女)

 

声が聞こえた事で身を震わせてしまい、隣に立っていた者に振り返る。

 

前髪を半分横に垂らした茶髪の長髪をした喪服の人形少女が立っていたようだ。

 

思い出の世界で輝くまどかの絵画が入るぐらいの箱を手で抱えながら嫉妬深いと評価してくる。

 

「……イイルゥゥ……忘レル女ァア……マドカヲォォオ……ヨゴス女ァァァァァ!!」

 

私に気が付かれたほむらはケラケラ笑って嘲笑うだけの人形少女を無視しながら走り出す。

 

背中に硬いトマトをぶつけてくる行為こそ、罪を背負って断罪されろという意思表示であろう。

 

追われる者と追う者が回廊の廊下を駆けていく。

 

ぜんまい仕掛けのロボットのようにギクシャクした固い足の動きをしながら私が迫ってくる。

 

攻撃を仕掛けるものが無いほむらは手当たり次第に回廊に飾られた割れ物を後ろに投げていく。

 

「来ないで!!私は…私は…まどかを汚す女なんかじゃ……ないわ!!」

 

割れた破片が地面に散乱したが私は破片を踏みつけながら意に介さず走ってくる。

 

人間ではなく人形やロボットのような規則正しい姿勢のまま追い続けてくるのだ。

 

自分と同じ素足なのに、どうして破片を気にせず踏みつける事が出来るのか?

 

強くなったメノラーの明かりで後ろの空間を照らした彼女は理由が分かったようだ。

 

「あいつも…他の子供人形と同じタイプの人形悪魔なの!?」

 

指先や足首に見えるのは球体関節部位であり、上着から見える腕の手首や指関節も同じである。

 

後ろを見ながら階段を上がっていたら足指が段差に引っかかってしまい、体勢が崩れてしまう。

 

「痛っ……痛覚まで人間に戻ってるのね……」

 

背後から迫る気配に気が付き、崩れた姿勢のまま後ろを振り返る。

 

階段踊り場にまで登ってきた私が首を傾けながら階段を上っていく。

 

獲物の肉を抉る剣をハンドル回転させ、螺旋刀身をドリルのように回しながら迫ってくる。

 

「ハァ!!ハァ!!やめて…お願いだから…あっちに行って!!」

 

無力な者は追われ続けた恐怖のせいで過呼吸になる程に息が乱れ、いつ錯乱するか分からない。

 

恐怖で体を動かせないせいか、階段を背にしながら這いつくばって上の階へと逃げていく。

 

「エグルウゥウゥウ…穴ァァァアア…キタナイィィイ…穴ァァァァアァア…」

 

階段踊り場で蹲る獲物に剣を突き立てようと振りかぶった時、私が静止する。

 

隣の壁に首を向けていき、飾られたアンティーク全身鏡に映る者を見た瞬間、発狂していく。

 

「アァ……アァァアアアァァアアァアァーーッッ!!!」

 

「なにっ!?どうしてそんなにまで…私の姿を見たら怒るのよ!?」

 

鏡に写り込んだ暁美ほむらの姿を見た魔人が螺旋剣を鏡に突き立てながら砕いていく。

 

もはや見境が無い魔人の壊れた姿を見つめるのみのほむらは愕然としてしまう。

 

見える自分の全てが嫌い、だから壊す。

 

自分を破壊する姿はまるで気に入らない玩具を壊す子供のようであろう。

 

――Egoistische Frau.(我儘女)

 

私の頭にぶつけられたのは熟したトマト。

 

潰れた果肉と汁が顔に垂れる光景は頭から血を流しているようにも映るだろう。

 

投げてきた方向を私は見上げていく。

 

ツバ広な黒いフェルトハットを被るミニスカートの喪服を着た人形少女がいたようだ。

 

一番上の段差に腰掛けながら私に目掛けてトマトを投げつけていく。

 

「ワガママ…?チチチガウゥ!ワタシハァァ…イツダッテェエ…マドカノ…タタタメニィィ!」

 

踊り場に座り込んだほむらを無視し、階段を駆け上がっていく。

 

ワガママと評価してきた人形少女と鬼ごっこを始めてしまったチャンスをほむらは手に入れる。

 

「上には上がれない…下に行かないと…」

 

距離をとるために階段を下に降りていき、宮殿の地下空間へと入っていく。

 

狂気と正気という感情の狭間で激しく揺れ動く己自身を嫌悪しながら遠ざかるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

地上の豪華さとは打って変わる程にまで無機質な地下空間を歩いていく。

 

古い石壁で覆われた施設はまるでチェコ首都の錬金術博物館の地下にある魔術研究所であろう。

 

天井を支える円形の石柱にはカタコンベを思わせる髑髏の山がひしめき合う。

 

「あの魔人はどうして私に対して…あれ程の怒りをぶつけてくるの…?」

 

<お前さん、自分の気持ちを意識した事はあるか?>

 

<どういう意味よ…クロノス?>

 

<お前さんは交わした約束のみを頼りにして…あれ程の時間渡航の地獄を超えた者なのか?>

 

<当然よ…それ以外に何があるというのよ…?>

 

人はそれぞれ悩みを抱えて生きている生物なのだとクロノスは語っていく。

 

クルミを仕掛けた網に手を伸ばして引っかかる猿の罠の原理と同じ心理状態になるという。

 

苦しみが待っていても欲しい煩悩に手を伸ばすが故に苦悩する因果を抱えるのだと聞かされる。

 

<猿の煩悩と私の気持ち…それがどう繋がるわけなのよ…?>

 

<交わした約束を果たし終えた後の期待を夢見たことはあるか?()()()()()()()()()()()

 

<そ…そんなこと…考えるわけ…>

 

<見返りという褒美が欲しい、地獄が待っていても手を伸ばさずにはいられないのが煩悩じゃ>

 

<私がまどかに見返りを求めてたですって!?馬鹿にしないで!私はあの子の約束だけを…>

 

<綺麗事じゃ。人は欲深き生物…お前さんの本音は交わした約束に対する見返りを求めていた>

 

<違う!!私は…私はまどかを守って約束を果たせればそれで…>

 

<そこじゃよ、お前さんのその頑なに本音を隠し、建前を作る見栄が問題なのじゃよ>

 

カッコつけた態度で本当に欲しいモノを遠ざける。

 

暁美ほむらのその態度にこそ、あの魔人は怒り狂っているのだと諭してくれる。

 

<私の本音を隠す態度に…あの魔人は怒っているですって…?>

 

<お前さんが本音を隠すなら、いっそのこと煩悩というクルミを割って捨てれたか?>

 

<そ…それは……>

 

<約束を果たし終えたなら、あの小娘の元を去ることが出来たか?>

 

<そ…そうするしかないじゃない!魔法少女と人間は相容れない!まどかをまた危険に晒す!>

 

<善意は語る癖に…お前さんは行動が伴っておらんぞ!>

 

交わした約束さえ新しい世界では無くなっている。

 

なのに鹿目まどかの形見すら頭に身に着けて手放さない強欲な女なのだと突きつけられる。

 

<こ…これは…私…まどかを忘れたくないだけで…>

 

<魔法少女の使命と一緒に共倒れする事を望み、新しい世界に何も期待しない哀れな娘め>

 

暁美ほむらは善行を積もうとする癖に見返りを求めているだけの()()()()()()()

 

鹿目まどかと会いたい見返りを魔法少女の運命の末路という結果に擬態させて望んでいる。

 

そう客観視された事で暁美ほむらは醜い自分の本性に気が付かされていくのだ。

 

<そんな私に怒って……裁きを与えたいのね。もう一人の私は……>

 

念話を続けながらも暗闇の魔術研究所内を探索し、見つけた部屋に入り込む。

 

そこは錬金術を研究しているような器具や書物の棚で覆われた空間であったようだ。

 

「ここは…?まさか、あの人形共はここで生み出されたの?」

 

周囲を見渡せば錬金術の道具など気にならない程にまで異様なモノがぶら下がる。

 

天井に吊り下げられているのは人間程の大きさもある数々の人形素体。

 

周囲にも人形パーツが散乱しており、大きな人形ゴーレムのようなものまで飾られている。

 

「命の無い人形に命を吹き込む魔術ね…なら命を終わらせる方法だってあるはずよ」

 

ゴーレムとはユダヤ教の伝承に登場する自分で動く人形であり、ヘブライ語で胎児という。

 

作った主人の命令だけを忠実に実行する召し使いかロボットのような存在であろう。

 

しかし運用上の厳格な制約が数多くあり、守らないと狂暴化するとクロノスは語ってくれる。

 

<奴らもゴーレムの一種なら、死なせるチャント文字が何かあったはず…>

 

<ゴーレムはemethという()()()()()という呪文を書いたモノを貼り付けて動かす存在じゃよ>

 

もしくは人形の体に直接チャントを刻んだりすれば自動人形達は動き出す。

 

一文字を削ればmethを表す死という意味となり、自動人形は役目を終えたように死ぬと語る。

 

<無理よ…奴らの服を剥ぎ取り体の何処かのチャントを削れる力なんて私にあるはずがないわ>

 

<ならばどうする?このまま奴らに殺されて廃人となるか?>

 

<そう…ね…>

 

<どうした?>

 

<緊張したまま走り続けたせいか…酷く喉が乾いてるの…>

 

何処かに水飲み場がないか探りを入れながら地下空間を歩く。

 

景色が変わっていき、宮殿で働く使用人達の空間と思わしきエリアとなる。

 

「大きなキッチンね…ここで作られた料理が上に運ばれるのかしら?」

 

キッチンならば手洗い場があると思い、探りを入れたら見つけられる。

 

走り続けた汗と恐怖心の冷や汗とが体中から吹き出し、もう喉もカラカラだろう。

 

彼女はメノラーを台座に置いて両手で水を掬いながら飲み続け、眼鏡も横に置いて顔も洗う。

 

タオルが見つからないから濡れた顔のまま眼鏡をかけ、手洗い場の鏡に視線を移す。

 

その鏡には別の私まで映っていたようだ。

 

「キャァァァァーーーーッッ!!?」

 

キッチンの肉切り包丁が背後から振り下ろされ、咄嗟の判断で横に飛んで斬撃を避ける。

 

「ウソツキィィイイ…口ィィイイ…イ、イ、イラナイィイィ……裂クゥウゥ!!」

 

手洗い場の台座に深々と刺さってしまった肉切り包丁を抜こうとするが、なかなか抜けない。

 

直ぐに起き上がった女は台座に置いたメノラーを右手で掴み、何処に向かうのかも分からない。

 

魔人もまた包丁を手放し、後ろから追いかけてきている。

 

「ハァ!!ハァ!!何処か…何処か明かりごと隠れられる場所に!!」

 

使用人達が複数人で暮らす寝室に入り込み、使用人が使うだろう大きなクローゼットを開ける。

 

「イヤァァァァァァァァーーッッ!!?」

 

先に入っていたのは私の姿。

 

左手を捕まれて引き倒された彼女は無我夢中で床を這い回り、手近にあったモノを投げつける。

 

「見栄ェエ…ウソツキ女ァァァ…マドカ…イ、生キタカッタ……アノ子ト共ニイィィィ!!」

 

倒れ込んだ自分に対し、右手の螺旋剣を左腕に目掛けて振るう。

 

「ああぁぁぁーーーッ!!!」

 

左腕の上腕に深く突き立てられた螺旋剣は刀身が回転する構造を秘めた武器。

 

螺旋剣の柄頭にある手動ハンドルを回し、刀身を回転させて上腕の肉を強引に巻き取る。

 

「痛い痛い痛い痛いーーッッ!!やめてぇぇーーーーッッ!!」

 

魔法少女の時に受けた痛みとは比べ物にならない激痛が襲い、本来の感覚である痛覚が襲う。

 

泣き喚きながら苦しむ自分を見ながら口元が笑みとなっていき、ギザギザの歯を見せつける。

 

その時、招かれざる客までやってきていた事に魔人は気が付くだろう。

 

「ウッ……?ゴガッ……?」

 

涙で濡れた目をもう一人の私に向ける。

 

後頭部から刺さり、右目を貫通しているのは編み針の一撃。

 

螺旋剣を刺した腕から刃を抜き、後ろに振り返る。

 

私が最も嫌っているネガティブな評価であるレイケツとウソツキとワガママ少女が立っている。

 

三体の人形達もまたデキソコナイ様のデキソコナイを嫌っていたようだ。

 

ほむらの視線に見えたのは自分の腰よりも長く美しい私の黒い長髪。

 

使いようによっては武器となりえるモノを今の彼女は持っているのに気が付いた彼女が動く。

 

()()()()()()()()()()()()!!消えてぇぇぇぇーーっ!!」

 

痛みに苦しみながら力を振り絞り、右手のメノラーの炎を私の後ろ髪に近づける。

 

「アァァアアーーーーーッッ!!?」

 

後ろ髪と衣服に燃え移った炎に気が付いた私が地面に倒れ込んで転げながら悶え苦しむ。

 

その光景をケラケラ笑いながら私を蹴り続けるのは三体のネガティブ存在達なのだ。

 

「いやっ!!もう嫌ァァァァーーーッッ!!!」

 

激痛と恐怖によってついに心が限界を迎えて錯乱してしまい、本能の赴くままに走り出す。

 

思考など出来るはずもなく、恐怖と痛みと自分のネガティブな存在達への嫌悪感に支配される。

 

T字路に差し掛かった時、左側から編み針が二本飛んできて壁に突き刺さる。

 

危うく頭部と横っ腹を串刺しにされるところだったが、タイミングが合わなかったようだ。

 

「来ないでぇぇーーっ!!!」

 

オクビョウとマヌケが追いかける存在こそ、同じようにマヌケで臆病な心を隠し続けていた女。

 

14体の人形達はデキソコナイ様とそのデキソコナイが嫌いであり、両方消えて欲しいようだ。

 

見栄を張って歩き慣れない地下をノロマと一緒に歩くのはミエと呼ばれる人形少女。

 

横の通路から現れたほむらに体当たりされ、倒れたミエの下敷きになったノロマも倒れ込む。

 

「どきなさいよ!!このノロマ共!!」

 

何処に向かうかも分からず危険から遠ざかろうと暁美ほむらは走り続ける。

 

痛みで腕を上げれなくなった左手でドアを開け、螺旋階段が広がる空間はまるで貯水槽である。

 

水が上から流れ込んでいる空間を下まで駆け下り、扉を開けてさらに地下の奥深くに向かう。

 

<しっかりせい!当てもなく逃げたところで追い詰められるぞ!!>

 

「嫌い…嫌い…皆が私を傷つける!!私が私を傷つけにくる!!私なんて…大っ嫌いよ!!」

 

自分を嫌えば嫌う程に人形少女達の襲いかかる激しさが増していく。

 

上手く社会でやっている周りの人達と比べ、劣等感を抱え込んだ者達は()()()()ものだ。

 

自分なんて消えてしまえばいいとさえ考える。

 

自分で自分を自虐して自傷し、自分の精神まで消そうとしている。

 

自分の自虐心がもたらした原因と結果こそ、魔法少女達が背負うべき因果そのものであろう。

 

景色は地下洞窟のような石に覆われた暗闇の洞窟となり、天井には小さな明かりがある。

 

星空のように土ボタルが輝く空間の奥にこそほむらが最も大切にしていた存在が祀られている。

 

星空の世界に旅立った者が隠されている秘密の洞窟だったのだろう。

 

切り立った崖にかけられた石造りの橋を超えた先には地下教会が表れる。

 

橋を超えた先で飛来してきた7つの編み針が地面に突き刺さり、慌てたほむらが倒れ込む。

 

教会の屋根の上には7体の人形少女達が武器を構えているようだ。

 

後ろから追って来たのは5体の人形少女であり、ナマケとノロマはまだ合流していない。

 

「ハァ…ハァ…わ…私は…何処まで逃げてきたの……?」

 

<言わんこっちゃない……お前さんは追い詰められたぞ>

 

錯乱症状が収まったが、気がつけば絶望的な状況に追い込まれている。

 

教会に近づけまいとする7体の人形少女達が待ち構え、後ろから迫るのは5体の人形少女達。

 

「私……ここで死ぬの?」

 

後ろから迫る5体の人形少女達の後ろには足を引きずられながらやってくる人形少女もいる。

 

後ろのデキソコナイ様のデキソコナイに気がついた屋根の上の人形達がトマトをぶつけ始める。

 

<覚悟はいいか?もうここでケリをつけるしかないぞ>

 

「私はまだ死ねない…でも…ここまでかもしれない……」

 

諦めていた時、白い夢の世界で人修羅から言われた言葉が頭の中に蘇っていく。

 

「嘘に塗れた私の魔法少女人生を悪魔達が否定する……その通りになったわね」

 

死の覚悟を決めたほむらは逃げずに己の最も醜い感情が詰まった私との決着をついには望む。

 

死の上にさらなる死を積み上げてきた彼女は6番目の死に抗うために前に踏み出すのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

足を引きずりながら迫る私は後頭部に刺さった編み針を掴んで抜いていく。

 

空洞となった右目からも左目と同じく血涙が流れ落ちていく。

 

ほむらの髪を形作ったウイッグも燃えてしまい、人形素体の頭部が剥き出し状態である。

 

その頭は無残にもドリルを用いて誰かに穴を開けられていたのをウイッグで隠していたようだ。

 

衣服も上半身が焼け爛れて素体が剥き出しとなっている。

 

その胸部も同じ様にドリルを用いて惨い風穴が開けられているのだ。

 

「クララァァ…キライィィ…ウォマエモ…キライィィ…私モォォ…キライィィィィィ…」

 

頭部と胸部につけられた穴はクララと呼ばれる者達に傷つけられたもの。

 

14体のクララドールズ達に虐められてきた者こそが潜む者の正体だったのだ。

 

クララ達は過剰なまでに魔女に対する侮蔑の価値観を持つ。

 

自分と無関係だったはずなのに傷つけてきた悪魔に対してもほむらと同じく侮辱してくる。

 

だがこの世界で生まれたドールズ達は贋作であり、ほむらのネガティブをコピーされた者達。

 

それ故いずれは表れるだろう本物のクララドールズと変わらない性質と力を持ち合わせるのだ。

 

「アハハハハ!!キライィィ…ミニクイィィ…私ィイ…デモォォ…捨テナイデェェ…」

 

「えっ…?何を言い出すのよ…?」

 

「行カナイデェェェ……マドカァァア……」

 

体を痙攣させるように不規則に動かしながらも、何処か上の空で教会を見つめている。

 

その姿はまるでこの世から消えた存在に縋り付こうとする暁美ほむらのようにも見えるだろう。

 

<見えるか…小娘?あの人形の胸元の上にヘブライ語で刻まれているインク文字を?>

 

そこにはドッペルゲンガーを人形に縛り付けるためのチャントである真理であり真実の文字。

 

「真実…私のあの姿が…()()()()…」

 

<emethのeをどうにかして削り取れば弱った奴を倒せる。やれるか?>

 

「でも…他のクララと呼ばれるドールズは…どうするの?」

 

<……その時は諦めよ。もはや打つ手はない>

 

左腕は痛みで動かせず、右手に持ったメノラーの炎でインク文字を掠れさせればと考える。

 

それでも痛ましいもう一人の自分を傷つけて倒す気持ちには何故かなれないようだ。

 

「ワカッテェェェ…クレナクテイイィ…私ィィイ…アナタトォォ…」

 

「……生きたかった。人間と同じ様に…人間のまどかと共に…幸せになりたかった…」

 

言いかけた言葉を私自身を拒絶してきた者に言われたことで魔人の動きが静止する。

 

「それが私の願望…夢の世界でどれだけ望んだか分からない…夢が終わって欲しくなかった…」

 

<お前さん…一体何を語りだして…?>

 

「この暗闇は終わりたくない夢の世界であり、私の願望なのだと分かったわ…」

 

本当は全て分かっていたと暁美ほむらは語ってくれる。

 

地獄の先にある見返りが欲しい、それがどれだけ醜く儚い願望なのかも知っていたと告げる。

 

まどかを守りたかったのは交わした約束を果たしたいだけなのだと彼女は言い続けた魔法少女。

 

「でも本当は建前の綺麗事よ…本当に望んでいた結末は…まどかと共に生きたかったのよ!!」

 

本心の叫びを聞いた私は右手に持っていた螺旋剣を落とす。

 

あれだけ頑固な態度で見栄を張り、本当の気持ちに嘘をつき続けてきた冷血で我儘な魔法少女。

 

その存在が醜さを誇るかのように語りだした光景に対し、クララドールズ達まで動揺していく。

 

「……ドウカァ……ドウカァァァ……」

 

「消えないで……私のたった一つの希望……」

 

「イカナイデェェェ……」

 

「私の想いを……この世界で伝える事が出来た人……」

 

襲いかかる事もせずに足を引きずりながら教会に向かって私は歩いていく。

 

私のドールボディはレジンキャスト素材で作られており、熱で崩れる。

 

炎で火達磨になろうものならドールボディが持つはずがない。

 

もはや身動きする余力さえ残っていない体を無理やり引きずりながら教会の中に入る。

 

ほむらも黙って後ろをついて行く姿に対し、クララドールズ達は攻撃してこない。

 

内部の石畳の隙間からは彼岸花が無数に咲いて地面を埋めている中を私は祭壇まで歩いていく。

 

途中、膝関節が絶えきれなくなったのか片足が壊れて倒れ込む。

 

両手で這いながらも祭壇に向かう私を追いながら、祭壇の奥に飾られた宗教画に思いを向ける。

 

女神が描かれた巨大絵画を天井の円形ステンドグラスから注ぐ青白い光が照らす。

 

祭壇机の上に体を持ち上げようとする私に対してほむらが寄り添い、痛む左腕で体を支える。

 

焼けたボロボロの衣服のポケットから何かを取り出した私は祭壇机に白い花を捧げてくれる。

 

「この花はたしか……アネモネの花よね……?」

 

<花言葉は儚い恋、恋の苦しみ、見捨てられた、見放された、薄れゆく希望、真実、そして…>

 

――君をI()すだ。

 

「マドカァァ……イカナイデェェ……ズット側ニ……イテ……」

 

「貴女は私よ…だからその想いは私がまどかに伝えたかった…貴女の分まで……」

 

私の体が目の前で崩れていく。

 

教会の中に響き渡るのは子供達の泣き声であり、まるで泣き屋のように見えてくる。

 

遅れて現れたナマケとノロマもバツが悪そうにしながら泣き屋に加わり涙の芝居をしてくれる。

 

彼岸の彼方に逝ってしまったまどかの葬儀を盛り上げる役目もまたクララ達にはあるのだろう。

 

「想いを伝える人がこの世にいないから…自分の想いを言葉にする事も出来なかったのね…」

 

祭壇机には暗闇の世界でもハッキリと色が分かる程に美しい白い花が添えられている。

 

白は完全な色であり、正しい、真実、悟りの意味を持つ色なのだ。

 

「私はもう逃げないわ…自分の身勝手な想いから逃げない。()()()()()…まどかを守りたい」

 

――たとえ私を許さない()()()()()()()()()()

 

<この醜く汚い泥あればこそ、咲くがいい……()()()()()

 

役目を終えたクララドールズ達は編み針を生み出して自分に向かって構える。

 

そして次々と自分の体に刻まれたemethのeを削り、meth()んでいくのだ。

 

Iとは私であり、私だけが私を傷つける事も許す事も出来る存在。

 

この先自分が自分を許せない迷いを抱えた時には、再び自分自身を傷つけに現れるだろう。

 

自分の気持ちを変える事も、貫く事だって出来るのも、いつだって自分次第。

 

いつか自分自身が強く、熱く望むならばI()I()に気がつくのであった。

 




読んで頂き、有難うございます。
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