人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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75話 それぞれの道へ

セカンド・インパクト、それは世界に与えた二度目の衝撃。

 

とある魔法少女が繰り返した時間世界の中で積み重ねられた愛する人を想う感情の爆発現象。

 

鹿目まどかに理不尽過ぎる選択肢しか残せなかった世界への反逆行為でもある。

 

生み出された世界は後に神々や悪魔達からは銀の庭と呼ばれる事になるだろう。

 

たった一人の少女のために改変された宇宙なのだ。

 

全ての宇宙で始まりも終わりもなくなるコトワリ神とされた者に送る優しい嘘の庭となろう。

 

感情とはエネルギーをもち、世界を生み出す力の源ともなる程の力を与えてくれる。

 

だからこそ宇宙の光の秩序を司る天使であるインキュベーターはそれを必要とするのだ。

 

だが感情エネルギーを必要としているのは天使達だけではない。

 

この世界には天使とは似て非なる別の概念が存在している。

 

悪魔と呼ばれる概念存在達が支配する世界でもあった。

 

 

ここは銀の庭と呼ばれるだろう宇宙にある月の地表であり、巨大な六芒星が描かれている。

 

九頭龍消滅の際、撒き散らした感情エネルギーを蓄える集積陣とも呼べる赤き六芒星だ。

 

鼓動を始めていた六芒星が再び動き出し、悪魔と化した者の感情エネルギーを取り込んでいく。

 

取り込む量は莫大であり、全宇宙を覆い尽くせる程の爆発的感情エネルギーを取り込み続ける。

 

六芒星の鼓動が高まっていき、赤黒い波動が次々と召喚陣から生み出されていく。

 

魔法陣中央に浮かび上がったのはとある印章。

 

ソロモンの小さな鍵と呼ばれる作者不明のグリモワールであるレメゲトンに描かれたシジル。

 

レメゲトンは第一部が最も重視され、ゴエティアと呼ばれている。

 

ゴエティアの内容はソロモン王が使役したという72人の悪魔を召喚する手順を記したもの。

 

必要な魔法円、印章のデザインと制作法、必要な呪文などを収録していたようだ。

 

浮かび上がっていく印章はゴエティアに描かれた悪魔階級の中で王の位階を与えられし印章。

 

浮かぶ印章によって召喚されようとしているのは、王の位階を与えられし悪魔。

 

その名は()()()()B()A()A()L())()であり、東の王と呼ばれる異名をもつユダヤ・キリスト教の大悪魔。

 

カナン地域(パレスチナ)を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神。

 

旧約聖書におけるバアルとは異教の男神一般を広く指す普通名詞としてその名が使われる。

 

旧約聖書では()()()()()()()()()()()として否定的に描かれた存在なのだ。

 

人身供犠とは子供をバアル神の生贄とする悪魔崇拝儀式であり、それを象徴する悪魔は何者か?

 

ゴエティアに描かれた王であるバエル(BAEL)はバール(BAAL)とも発音され同一視される。

 

魔法陣の四方に描かれた血のように赤く光る文字は בַּעַל(BAAL)と記されていたようだ。

 

血濡れた魔法陣から吹き上がるのは業火の火柱。

 

地獄の業火の如きその光景はでユダヤ・キリスト教における地獄を表すゲヘナの炎。

 

ゲヘナとはエルサレムの外にある処刑された罪人等を燃やして人体が埋められた場所の名。

 

ユダヤ・キリスト教においては神を裏切る罪人が堕ちて焼かれる永遠の地獄とも呼ばれている。

 

かつてのイスラエル国家には唯一神に対する最大の裏切りと呼ばれた信仰があったという。

 

その信仰とは、()()()()()()()を崇める宗教なのだ。

 

月の大地に噴き上がり、地獄より這い上がってくる存在こそが、その異端宗教の主神であろう。

 

ゲヘナの中より現れようとする大悪魔の顕現が行われていく。

 

新約聖書の世界においてバアルの名から切り離されて形骸化したベルゼブブなどではなかった。

 

<<…地上か。我を受肉させられるだけのマグネタイトが集まったようだな>>

 

その姿はアラブ人のような褐色の肌をもつ大男のような人間姿。

 

頭部は二本角が天に向かって生えた牛を模した純金の兜を纏う。

 

頭部全体を覆い隠すその姿はカナンの地に根差した異端宗教の主神そのものに見えるだろう。

 

純金の牛とは唯一神への裏切りの信仰と旧約聖書にも記されている。

 

イスラエル祭司長の祖であるアロンが民の嘆願で生み出した裏切り行為の象徴でもある。

 

唯一神を激怒させた象徴である金の子牛象として語られている存在を表すだろう。

 

背後から噴き上げ続けるゲヘナの炎も収まると同時に六芒星も消えていく。

 

牛頭神は月の地表から青い星を眺めながら不気味な笑みを浮かべていった。

 

<<我は顕現したぞ、ルシファー。光と闇が繰り返した終の決戦に備える準備もあと僅かだ>>

 

低い笑い声が宇宙に木霊していく。

 

<<その前に楽しませてもらおう。ヘブライに同化した我を崇めしカナンの末裔を使ってな>>

 

カナンの地で崇められた牛頭神が求めるものはただ一つであり、()()()()()()であろう。

 

<<子供の生贄は素晴らしい。とくに魔法少女と呼ばれし子供の魂は我にとって最高の供物>>

 

地球に向けて褐色の手を伸ばしていき、まるで地球の支配者であるかの如くふるまう邪神。

 

その邪悪極まった笑みを浮かべながらこう叫ぶのだ。

 

<<我のために集めよ…捧げよ…子供を…魔法少女を…絶望というゲヘナに焚べよ!!>>

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

4月も終わりの時期が差し掛かっていた頃。

 

今日の見滝原中学校は週末ともあり休みの日。

 

悪魔となり、この世の次元よりも高位の次元の存在となった暁美ほむら。

 

そんな彼女でも想像出来なかった出来事が起こったようだ。

 

数日前に場面は移る。

 

「ねぇ、ほむらちゃん。クラスメイトとの親睦も兼ねてわたし達と一緒に遊園地に行かない?」

 

鹿目まどかからそう言われた暁美ほむらは目を見開きながら思考停止する。

 

「えっ…?えっ……?」

 

想像だに出来なかったことを伝えられたせいで気が動転してしまった者がオロオロしてしまう。

 

「転校してきたから、皆ともっと仲良くなりたいんだ♪空いてるかな、週末?」

 

「私を…遊園地に誘ってくれるの?…どうして?」

 

「ほむらちゃんと仲良くなりたいからだよ。さやかちゃんや杏子ちゃんとも仲良くなりたいの」

 

彼女は悪魔の記憶操作によって米国に留学したことにされている者。

 

日本の友達が少ないから親交を深めたい気持ちになったようだ。

 

誘われたほむらは鼓動の高鳴りが抑えられない。

 

誰もいなかったらきっと喜びで飛び跳ねているかもしれない程であろう。

 

「あの…え、えっと…私なんかでよかったら…空いてるわ」

 

「じゃあさ!朝8時に見滝原市庁舎前の大きな公園で合流してから駅に向かおうか♪」

 

「うん…約束したからね、まどか。私……ずっと待ってるわ」

 

「えへへ♪週末が早く来てくれないかな~」

 

喜びながら帰っていくまどかの後ろ姿を茫然と見つめる事しか出来ない中、こう呟いていく。

 

「夢の世界でしか望めなかった…」

 

その夜、彼女は喜びが抑えきれずに眠ることが出来ない有様であったようだ。

 

「まどかと共に生きられる…人間らしい日常生活…」

 

暁美ほむらにとって、ここは終わりたくない始まりの世界。

 

世界を見守る孤独な番人であっても手を差し伸べてくれる優しい世界であった。

 

 

週末の朝、早朝に起きたほむらは朝の6時半頃までには市庁舎前まで辿り着こうとしている。

 

「時間神を携えたお前さんが…待ち合わせの時間配分ぐらい計算出来んのか?」

 

彼女の隣を歩くのは時の翁の姿となっている魔法の盾。

 

概念存在であるため道行く人々は神の姿を視認する事は出来ないようだ。

 

「別にいいでしょ…早くついたって」

 

「まぁいい、お前さんが選んだ道じゃ。僅かな幸福とやらを楽しむのも自由じゃ」

 

「ちょっと…まさか魔法道具の貴方まで私達の休日に付き合うつもりじゃないでしょうね?」

 

「ワシが家で留守番してていいのか?お前さん、自分の置かれている状況が見えておらんのぉ」

 

「インキュベーターのこと?記憶操作魔法を用いてかつての世界を忘れさせたから問題ないわ」

 

「あのか弱い生き物が脅威にならんとしても…敵は契約の天使だけではない」

 

「ヘブライの天使はインキュベーターだけではなかった…奴らが現れる日も遠からず訪れる…」

 

「円環のコトワリ神アラディアとてお前さんを許すつもりはない。壮絶な戦いとなろう」

 

「逃げるつもりはない…あのコトワリの女神からまどかを守り抜いてみせるわ」

 

「ワシが教えたサタニズムを覚えておるか?」

 

時の翁が語った事がある個人主義と自由思想を基盤とするサタニズム。

 

魔術や秘儀を用いて他者にコントロールされたり抑圧されたり従わされる手段を除去する道。

 

それは個人主義をも意味し、()()()()()()()()()()()()という思想であろう。

 

「ええ…覚えている。私は魔法を用いてでも、私の正しさを追求する道を進むわ」

 

全ては鹿目まどかが人間として生きていい自由を守る為に進んだ道。

 

円環のコトワリの使者から悪者扱いされようとも、抑圧される事を否定する人生を目指す。

 

誰かの正しさは自分の正しさとは限らない。

 

誰かに心を委ねない、己の中に真理を見出す思想こそがサタニズムであった。

 

「安心したぞ、小娘。お前さんに刻んだ閣下のシジルは悪魔となったお前さんの道となった」

 

そう伝えられた悪魔少女が立ち止まり、時の翁に向き直る。

 

不器用な彼女なりに新しい仲魔を迎え入れようとしているのだろう。

 

「…これからも、私について来てくれるの?」

 

「無論じゃ。お前さんのサタニズムの道を見届けてやろう」

 

「心強いわ。それにしても…悪魔という概念存在には姿形を変化させる能力もあるのね?」

 

「悪魔は道具の姿になる力を持つ。魔法の盾の姿をしたワシはさながら魔具といったものじゃ」

 

「なら道具は道具らしく私の左腕で大人しくしてて欲しいわ。お喋りな道具なんてゾッとする」

 

「口の減らん娘じゃ。ワシは魔人クロノス…今後とも宜しくのぉ」

 

そう伝えた後、自身の聖域に入り込んで姿を隠し、必要とされた瞬間には左腕に現れるだろう。

 

心強い仲魔を手に入れた事もあり、彼女は意気揚々と待ち合わせ場所へと進んで行く。

 

待ち合わせの公園ベンチまで近づいた瞬間、彼女の足が止まったようだ。

 

「あ…貴方は……」

 

驚愕したまま目の前の人物を見つめる彼女の前にいるのは黒のトレンチコートを纏う男の姿。

 

「生きていたのね……人修羅」

 

威圧感を放つ彼の口元には不敵な笑みが浮かぶ。

 

「……お前もな」

 

かつての宿敵が再び現れた事により、ほむらの額から冷や汗が流れ落ちていく。

 

道行く人々が遠い世界に感じる程、相対する者達の周囲は凍りつくまでの緊張感に包まれる。

 

どれだけ黙り込んで睨み合ったかは分からないが、先に彼女の方から口を開く。

 

「……私との決着を望むのかしら?」

 

隙あらば殺す程の態度を示す者に対し、試練を与えてきた魔人は動じない構えでこう告げる。

 

「お前は悪魔として力を示した。俺の役目は終わり、東京の日常に戻るだけだ」

 

戦う意思を示さない魔人だが、油断するわけにはいかない構えで言葉を返す。

 

「何故…東京から見滝原市に訪れたわけ?ルシファーの企みに加担していない保証は?」

 

「役目は終えたと言ったはずだ。俺はあの悪魔の手下になったつもりはない」

 

「…この街には、私以外の目的で訪れたと言いたいわけ?」

 

「誰かさんが杏子を他人の家の娘として送り込みやがった。とある一家の記憶を捏造してな」

 

魔法の力で知らない娘を他人に押し付ける。

 

それは身寄りのない杏子も幸せに生きてもらいたいという暁美ほむらの我儘な行為。

 

だが押し付けられた側からすれば生活費が倍増する結果を残すだろう。

 

「お前のお節介がいつまで続くかは分からない。それまでは、俺があの一家に仕送りを続ける」

 

「何故…杏子のためにそこまでしてくれるわけ?あなたは杏子の何なの?」

 

「杏子はこの世界で唯一出来た俺の家族だった者。家族の為なら金を出す事ぐらい惜しまない」

 

「この世界で出来た家族…?」

 

その一言を聞いた瞬間、全てを察することが出来たようだ。

 

彼もまた鹿目まどかと同じく始まりも終わりもない概念存在に成り果てた者。

 

この世界に流れ着き、誰からも覚えてもらっていない孤独な者なのだと理解する。

 

「美樹家に顔を出し、これから家族を頼むと頭を下げてきた帰りだ。銀行の振込口座も聞いた」

 

殺し合った仲ではあるが申し訳ない気持ちとなっていき、戦う意思が削がれていく。

 

困惑したままではあるが、彼の誠意に対して感謝の言葉を伝えてくれたようだ。

 

「ごめんなさい…杏子を美樹さやかの家で生活させるなら、仕組んだ私が支払うべきなのに」

 

「気に病むな。好きでしているだけのこと…世界を騙す詐欺師はこれからも詐欺師でいろよ」

 

感謝などいらないとバッサリ切り捨ててくる彼の言葉。

 

仲良くする気など毛頭ないと言わんばかりの態度である。

 

「容赦のない男ね…でも、変な気遣いをしないだけ逆にありがたいわ」

 

「お前が生きていると確認出来たことだし、俺は行く。見せてみろ、悪魔としての生き様をな」

 

ほむらの横を通り過ぎながら歩き去ろうとする。

 

離れていく後ろ姿に対して彼女は振り向きながら声を上げたようだ。

 

「待って!貴方…なんていう名前なの?」

 

立ち止まったが振り向きもしない態度で彼は口を開いてくれる。

 

「……聞いてどうする?」

 

「今度あった時も、人修羅という大層な名前で呼ばれたいわけ?」

 

暫しの沈黙の後、振り向いた彼はほむらの顔を真っ直ぐ見つめながら答えを返す。

 

「……嘉嶋尚紀。俺が人間として生きていた頃の名前だ」

 

「嘉嶋尚紀…貴方は私と同じよ。誰にも記憶されていない世界に流れ着いた者なのね…」

 

「お前も経験者だったな。だとしても、余計なお節介だ」

 

「強がっても寂しくて堪らない気持ちなら私も分かる。これから貴方は…どう生きていくの?」

 

「探偵を続けながら東京の守護者として戦うさ。悪魔の力を使って魔法少女社会を統率する」

 

「それだけ…?貴方は本当は……」

 

「その先を言うな。お前も経験しているのなら、答えは同じだ」

 

踵を返した尚紀は今度こそ去っていく。

 

見えなくなるまで後ろ姿を見つめていた時、まどか達の声が聞こえてきたようだ。

 

「あ、ほむらちゃーん!先に来てたんだね、待たせちゃってごめんね?」

 

「えっ!?あ……まどか。それに美樹さんに…佐倉さん?」

 

「ねぇ…さっきの男の人って、ほむらの知り合いなの?」

 

さやかは普通のクラスメイトのように接してくる態度を示す。

 

記憶操作魔法の侵食によってほむらが悪魔だという事を思い出せない者に成り果てたようだ。

 

「おい…ほむら。さっきの男と何処で知り合ったんだよ?」

 

「佐倉さん…それは、その……」

 

「あの後ろ姿は尚紀だ…何で見滝原市にまで…」

 

「し…仕事で来ていた探偵みたいよ。聞き込み捜査をしていたようだから私に声を…」

 

苦しい言い訳を並べる彼女を見つめる杏子は怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

「…そうかよ。見滝原に来たってのに、あたしには顔も見せないんだな」

 

「たしか東京に行った家族だっけ?どうして杏子をあたしの家から引き取りに来ないんだろ…」

 

「…さぁな。きっと尚紀の人生とあたしがもう一度交わる時には…いや、なんでもない」

 

「郊外の遊園地に向かう電車の時間もあるし、そろそろ行こうよ、みんな」

 

記憶操作によって友達のフリを続けるしかないため、よそよそしい態度になっていく。

 

苦しい立場であるが、騙し続けることになる者達にも声をかけてくれたようだ。

 

「美樹さん、佐倉さん、私みたいなつまらないクラスメイトと一緒に今日は…」

 

「言うな言うな、ほむらってば。根暗娘でも、さやかちゃんは広い心で接してあげるのだ~!」

 

「まぁ、さやかは喋らない壁ともお喋り出来るような不思議ちゃんだからな~」

 

「コラーッ!不思議ちゃんでも限度があるだろーっ!!」

 

ふざけ合いながら駅にまで走っていく杏子とさやかの姿を見たまどかとほむらも微笑んでいく。

 

「わたし達も行こう、ほむらちゃん。電車の時間…けっこうギリギリだし」

 

「えっ?あっ…まどかったら!?」

 

まどかはほむらを導くようにして手を引っ張りながら歩いていく。

 

慌てた表情を浮かべていたが、本当に欲しかった光景なのだと理解した彼女も微笑んでくれる。

 

その光景を遠くから見つめていたのは去ったかと思われた尚紀の姿。

 

悲しい表情を浮かべながらも、見送ってくれていたようだ。

 

「…独りぼっちで構わない。俺は炎を人々に運んで焼き殺す…呪われた悪魔だからな」

 

視線の先には、これからほむらとまどかが生きていくだろう楽しい世界が広がっていく。

 

その光景はまるで望む幸せを叶えてくれる遊園地のようにも見えてくる。

 

白い花が咲き誇る通り道を、まどかとほむらは笑顔で走り去っていく。

 

人間として生きたい幸せの道を迷わず突き進む自由を勝ち取れた悪魔少女の姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

東京の歌舞伎町、時刻は深夜。

 

歌舞伎町にあるBARの中には静かに飲みたい時に利用しているイングリッシュパブがある。

 

今日は景気が悪いのか、カウンター席に座る尚紀の姿とバーテンダーの姿以外は見つからない。

 

注がれたグラスを片手で持つ彼の横のカウンター席を見ると不思議な光景が見える。

 

何故か二つのグラスが置かれ、酒が注がれていたようだ。

 

手に持つグラスの酒を見つめながら揺れ動く水面の世界にかつての世界の思い出を重ねていく。

 

「なぁ…勇。祐子先生が結婚するみたいだ。お前が生きてたらきっと…号泣してたかもな」

 

一つ向こうの机に置かれたグラスの席からは語り掛ける声は聞こえない。

 

「千晶も生きてたら大学生だ…自他共に厳しい生き方をしたお前なら…家の跡継ぎになれるさ」

 

もう一つ向こうの机に置かれたグラスの席からは語り掛ける声は聞こえない。

 

誰もいない席に語り掛ける尚紀の表情は悲しみに包まれている。

 

「…俺は怖いんだ。俺の事を…誰も知らない世界が…人々が…怖かった」

 

東京に帰ってきてからも、尚紀は家族だった人達の元に顔を出したことはない。

 

恩師の元にもう一度訪れたこともない。

 

彼は今でも嘉嶋尚紀が存在していなかったこの世界を認める事が出来ないままでいるようだ。

 

「他人のように接する事は出来ても…それはかつての世界であの人達が知ってる俺じゃない」

 

他人のように振る舞いながらも、もう一度仲良くしようとする行為そのものが恐ろしい。

 

人間であった尚紀の存在がこの世界に存在していなかった事実を認める事が恐ろしい。

 

かつての世界はもう存在しない、大いなる神が滅ぼしたから。

 

かつての世界はもう生まれない、人修羅が輪廻を断ち切ったから。

 

かつての世界は存在しない、同じような世界に流れても誰も覚えてくれていないから。

 

辛い現実に打ちのめされ、片手で持つグラスが震えていく。

 

カウンター席に座る男の心境を察してくれたのか、バーテンダーは席を外してくれたようだ。

 

男の目が悲しそうにしぼんでいき、声も泣きそうなぐらいに震えていく。

 

「この世界に流れ着くんじゃなかった…悪魔のまま終われば良かった…何で俺にまた見せる?」

 

ここは嘉嶋尚紀が人間として生きた世界と余りにも似た景色を持つ世界。

 

それでも彼を覚えてくれる者など誰もいない世界である。

 

かつての東京の世界で普通の人間として生きる自由があった記憶を覚えている。

 

仲がいい親友関係を築けた三人の姿がグラスの水面に見えてしまう。

 

その光景は現実ではなく、嘉嶋尚紀として生きた悪魔の記憶世界にしか存在しない陽炎だった。

 

「俺の心だけが今もまだ…()()()()()()()()()()()()()……」

 

グラスの中に落ちていくのは熱い雫。

 

悪魔という概念存在として生きるしかない者の目から溢れ出すのは人間の感情。

 

孤独に苦しむ寂しさが涙を流させてしまう。

 

「消えていく…かつての世界の記憶が。俺の絵空事なんじゃないのかって思い出せなくなる…」

 

最初から赤の他人でありただの記憶違い、そう割り切れる程、嘉嶋尚紀は強くない。

 

孤独に打ち震えるのは人間の顔をした男でしかないだろう。

 

混沌王や人修羅という欲しくもなかった称号や通り名をもつ悪魔の姿は何処にも見えない。

 

人間として普通に生きたかっただけの嘉嶋尚紀の孤独な姿なのだ。

 

酒を一息で飲み干し、カウンターの机で俯向け姿勢になっていく。

 

席を外したバーテンダーの耳に聞こえてきたのは店内から聞こえる嗚咽を堪える音だけだ。

 

「ほむらは友達を守れた…生きたかった世界を守れた…俺は……何も守れなかった」

 

そこに佇んでいたのは誰も守れなかった敗北者。

 

人修羅などという大層な通り名など相応しくもない、何処にでもいる男子高校生の姿であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

世界は二度改変され、イレギュラーとしての創生が繰り返された多次元アマラ宇宙。

 

それを見届ける事しか許されなかった唯一神は怒り狂っている。

 

それでも自らが生み出したアマラの摂理を破る事は許されない。

 

光の秩序を破壊する者として、唯一神が生み出した自らの裁きの力である者に裁かれる。

 

それならば、アマラの摂理を守る形として別の可能性を考えればいい。

 

宇宙の延命には膨大な熱が必要であり、だからこそ光の霊獣である魔獣が生み出されている。

 

魔法少女から得るエネルギーの代わりとして人間から感情エネルギーを回収してきたようだ。

 

しかし宇宙を延命する力は微微たる結果しか残せていない。

 

<<やはり使う時が来たようだ。この時のためにこそ、()()()()()()()()()()()()()()()>>

 

全知全能の神ならば、穢れに満ちた存在である悪魔などいつでも滅ぼす事は可能であろう。

 

だがあえてしなかった狙いがある。

 

何故ならば、悪魔達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

<<あえて混沌の悪魔共の自由にさせてきた。そのためにルシファーは存在している>

 

自由によってもたらされる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と宣言する。

 

もう一度アマラ宇宙に熱を取り戻させるため、自らを表す神聖なる四文字に誓うのだ。

 

新たなる悪魔誕生の瞬間を高次元神域から見届けたのは唯一神であり、呪いを込めてこう呟く。

 

――あの天使は、己が心のかたちに似せて、新たな悪魔を再び創りたるか。

 

――ならば、わたしは滅びをおこう。わたしと、おまえの間に。

 

――わたしの末と、おまえの末の間に…。

 

光と熱の秩序に唾を吐く新たなる悪魔存在を許すわけにはいかない。

 

光が貶められたならば、光の豪熱をもって焼き尽くさねばならない。

 

だからこそ刺客を送り込む決意を固めた彼は刺客となる光の女神を選ぶだろう。

 

<<憎き円環のコトワリ…アラディアめ…だが、汝の望みを叶えよう>>

 

悪魔となった暁美ほむらは円環のコトワリの半身を引き裂いた事でアラディアを激怒させる。

 

奪われた半身を必ず取り戻し、悪魔を撃滅すると誓う者こそ円環のコトワリ神であろう。

 

彼女の望みは光の唯一神の望みとも合致しており、だからこそ唯一神は刺客として送り込む。

 

光の秩序を貶めんとする悪魔を討伐させるために。

 

鹿目まどかを取り戻さんとしたが、窓の外ともいえる宇宙に蹴り出された円環のコトワリ。

 

彼女は今、窓の前に立っている。

 

窓はまどかのリボンのように赤い紐で雁字搦めにされ、女神を中に入らせないようにしている。

 

まどかのように優しい顔をしたアラディア。

 

まどかのように優しい声をしたアラディア。

 

だがそれも半身があってこそであり、今の彼女は鹿目まどかではない女神の姿。

 

コトワリを成すためのシステムでしかなく、その表情は機械のように無機質。

 

恐ろしい人形のように金色の瞳を輝かせ、窓に手を当てながら銀の庭世界を見つめる。

 

見つめ続ける恐ろしい顔が憤怒を宿した金色の瞳となっていき、瞬膜と化す。

 

悪魔のように鋭い鉤爪と化した手で窓を掻き毟り、不快な音を撒き散らす。

 

女神様は怒っている、引き裂かれたから怒っている。

 

引き裂いた奴を怒っており、救いの使命を共にしていた半身を奪われた事に怒っている。

 

奪われた半身を取り戻すため、まどかを引き裂いた悪魔ほむらは必ず滅ぼされるだろう。

 

女神様から地獄に突き落とされる未来が待ち受けているのであった。

 




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