人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
2019年、5月1日。
新しく改変された世界において、東京の魔法少女社会は大虐殺の災厄に見舞われる。
かつての世界の東京で生きた魔法少女達が経験した悲劇は新世界でも起きてしまう。
この惨劇の日を、かつての世界ではワルプルギスの夜の惨劇として語られているようだ。
それが再び違う世界でも繰り返される結果を残す。
魔獣世界になろうと東京の魔法少女社会は何も変わってくれなかった事で起きた惨劇であろう。
個人主義に腐り、魔法の力を人間社会に対して使う自由主義の魔法少女達。
個人主義とは個人一人一人を尊重するという自由、平等思想。
聞こえはいいだろうが、それは利己主義に生きる者達も尊重しろというジレンマがある。
民衆が思想の上で制御不能な社会こそが個人主義国家。
それ故に個人主義を尊ぶ日本や米国等の社会も様々な思想グループが対立して歪み合う。
時には政治さえ巻き込みながら国家社会が壊される。
大虐殺を行った者は、そんな個人主義の思想の限界を知り、個人主義を捨て社会主義を選ぶ。
自由の名の元に魔法を悪用し、人間社会に牙を突き立てる存在を許さない者として彼は生きる。
個人主義の名の下に魔法を悪用する者達を尊重しろという理屈は彼には通用しない。
個人主義が一人一人の自由を尊重するなら、彼もまた社会主義を望む自由さえあったから。
彼は東京においては人修羅と呼ばれる悪魔であり、人間としては嘉嶋尚紀と呼ばれる存在。
再び東京の街を襲ったのは、彼が提唱する思想である人間社会主義。
共産主義をベースにして生み出された全体主義政治体制の下、独裁支配が敷かれていく。
彼が魔法少女社会に望むのは全体の利益を個人の利益よりも優先すること。
強者階級である悪魔や魔法少女は無力階級である人間社会のために尽くすべき。
個人の自由を徹底的に排除して社会に奉仕する存在となる。
それが全体の幸福にも繋がるという政策内容だ。
民主主義的な共同体主義も存在するが、それが民主主義なら数の力である多数派には勝てない。
彼が魔法少女達に対して話せば分かってくれると人間のフリをして現れたとする。
人間社会に尽くすべきだと語ったところで、部外者が命令するなと殺される危険が大きいはず。
民主主義的な話し合いではどうする事も出来ない現実があろう。
故に全体主義をもって制する選択を選んだ存在こそ、魔法少女の虐殺者と呼ばれる人修羅だ。
現在、彼は東京の魔法少女社会に対して恐怖政治による社会実験を行う目的をもつ。
新たなワルプルギスの夜の惨劇から1ヶ月が過ぎ、季節は6月。
夜の高層ビルの屋上から東京の街並みを見下ろす者の姿がそこにはあった。
♦
「…どうやら、俺の恐怖政治は上手く機能したようだ」
外界では一組の半グレグループの魔法少女達の姿が見える。
いつもならこのテリトリーで営業活動をしていたグループのようだ。
この一ヶ月間見張りを続けてきたが、人間社会に危害を加えた形跡は見つからない。
他の監視対象の魔法少女グループも同じ様に鳴りを潜めている事は把握済み。
魔法少女の使命である魔獣討伐のみで集まり合い、秩序ある光景の兆しを感じさせる少女達。
しかし蓋を開ければ互いが猜疑心に塗れた烏合の衆と化していたようだ。
「エゴイストにとって最も尊いモノ…それは自分の命だろう。ちゃんと分かっていたようだ」
東京の魔法少女達は全員が悪魔に殺される命の危険に晒されている。
自分だけが人間社会に危害を加えないようにすればいいでは済まされない。
連帯責任として他の魔法少女が人間社会に危害を加えたなら、全員が止めなかった責任を負う。
誰か1人でも人間社会を襲えば皆殺しにされるという相互監視社会体制。
それを実行するに足る者だと証明するために、大虐殺の力を魔法少女社会に示したようだ。
「問題は気に入らない魔法少女を貶めるためだけに…俺に虚偽の密告をしようとする連中だな」
東京で長い間魔法少女の虐殺者をしていたためか、尚紀の顔も魔法少女にバレてきている。
人間のフリをして誤魔化すが、中には固有魔法を使って悪魔であると見抜く者達もいたようだ。
長い関わりで正体がバレてしまったが、報復しに来る者は全員返り討ちを繰り返したこの2年。
既に報復者の姿は消えたようだが、今度は虚偽の密告者が現れだしたのだろう。
全体主義が恐ろしいのは弾圧されることだけではない、密告制度の問題も大きい。
自分が助かるためなら誰でも密告してしまう社会を生み出す相互不信の社会現象が生まれる。
誰も信用出来ない社会では皮肉な事に最も信用出来るのは国家や社会になってしまう。
国家に忠誠を誓い裏切らなければ、とりあえず身の安全は保証される。
尚紀の前に現れた様々な密告者達は様々だろう。
彼の顔色をうかがう者、色仕掛けをしてくる者。
貶めたい奴を差し出し生贄にして優遇を期待する者。
全てが全体主義社会から逃れたい足掻きだったようだが人修羅相手では効果が出ない。
「魔法少女共の悪足掻きなど…悪魔の俺には通用しない」
彼は悪魔の力として読心術の能力を使うことが出来る。
この力は低級悪魔でも使いこなす事が出来るため、擬態と並ぶ悪魔能力の1つだろう。
探偵の仕事ぐらいでしか使う機会がなかったが、虚偽の密告者相手でも役に立ったようだ。
勿論、その魔法少女達の姿が仲間グループの元に帰ってくることはない。
虚偽の密告が通用しない相手なのだという恐怖宣伝にもなるだろう。
まさに死の上に死を築き上げる大虐殺の道であった。
「俺の…死の上に死を築く、闇の力…か」
かつてルシファーに言われた言葉を思い出しながら右手を持ち上げて見つめてしまう。
不意に視界にノイズが走り、見えたのは発光する入れ墨をした血塗れた手。
目的のためならば相手を殺し、殺し、なおも殺し続けてきた修羅の手。
かつての世界も合わせれば、一体どれだけの死の山を築いたのかと考えてしまう。
そんな時、ボルテクス界のアマラ経絡で戦った外道種族の悪霊から言われた言葉が脳裏を過る。
――ウォレハ、ワカッタンダ。
――
――オマエハ、ウォレト、オナジダ。
「…そうかもな。俺も客観的に見れば…まさに
開いた手を握り締めていく彼は自分の先の事なら分かっている。
「それでも必要だから俺は戦う…そして、誰かを殺し続けるだろうな」
風華も将門も関係なく、誰かを出汁にして行った事を擦り付け、凶行を正当化などしない。
自らの意思で行い責任を背負う道であり、誰に相談するものでも許可を受けるものでもない。
自らの社会欲を満たすための凶行なのだ。
「結果として、交わした約束に繋がれば…それでいい」
ビル風が吹き抜け、黒いトレンチコートの裾を大きく揺らしていく。
かつて感じられる事が出来た愛した人の温もりも今となっては思い出せない。
人の体を砕き、引き裂き、返り血を纏う。
人の生命が消えていくおぞましい温もりしか感じない。
遠い目をしながら夜風が頬を冷たく撫でていく月の世界を見上げていく。
「俺は風華じゃない…。だから、こんなやり方しか出来ない」
嫌でもこう考えてしまう。
唯一神に呪われた悪魔とは違う者が現れてくれたら優しさだけで救えたのではないだろうかと。
「俺の優しさじゃ…駄目だった。死なせたくなかった…あの小さい女の子を…」
目を瞑り、その時の出来事を思い出していく。
尚紀にとっては余りにも辛い出来事であり、決意を燃やすキッカケとなった記憶であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
風見野市から旅立ち、東京に帰ってきたのも2年前の3月が近い時期。
それから暫くはホームレス生活を送りながら5月を迎えた頃、それは起きる。
魔法少女至上主義を掲げる犯罪者の少女は自分よりも小さい女の子の頭部を撃ち砕いた事件。
その悲劇を生み出したのは尚紀の甘さという優しさが原因であろう。
痛めつけて脅してやったし改心するはず。
そんな根拠の無い思い込みによって、1人の少女は死んだ。
自責の念に駆られていき、己の甘さを呪う言葉が脳裏に浮かんでいく。
殺した奴は同じ様に、いやそれ以上に細かくして砕いてやる末路を与えている。
それでも自分の甘さのせいで死なせた子供は帰ってきてくれない。
小さい女の子の頭部がない、守れなかった奴のせいで子供は頭部と命を失ってしまう。
その子は母親に贈るべきだった誕生日プレゼントを持っていたのを今でも彼は覚えている。
母親に送られるプレゼントは
♦
あれから2年が過ぎた東京の街。
仕事で新宿区を回っていた5月某日の出来事である。
「この通りを歩いていると…あの日を思い出さずにはいられないな…」
表通りの店のガラスに映る自分の姿を立ち止まったまま尚紀は見つめている。
まるであの時の自分の姿のように返り血塗れの男の姿が映っていた時だった。
<<うああああぁぁーーーー……ッッ!!!>>
路地裏の奥から女性の泣き声が響いてくる。
何事かと彼は路地裏に向かって歩いていく。
声の元にまで進んでいくその道のりはあの時とは逆の道のりとなるだろう。
開けた路地裏を見て、ここが何処だったのかを尚紀は理解する。
2人の夫婦と思われる人物達の手によって献花が行われている光景を見つけてしまう。
遺影を抱きかかえながら泣き崩れた妻がいる。
妻を強く抱き締めながら嗚咽を堪えている夫がいる。
夫と思われる人物の視線が尚紀に向けられていき、苦しそうな声で話しかけてくるのだ。
「うっぐっ…うぅぅ!!すいません……お見苦しいところをお見せしました…」
「…いや、俺は気にしてない」
涙をハンカチで拭いながら気持ちを落ち着ける夫だが、母親は泣き声を出し続ける。
「2年前…娘がこの路地裏で何者かに殺害されました。犯人は…まだ捕まっていません」
その言葉だけで状況を理解するには十分だろう。
守ってあげられず、合わせる顔もなく逃げた時に聞こえた声の人物が目の前にいるのだ。
「…その子は、小さかったのか?」
「はい…まだ小学3年生になったばかりの時期でした」
「そうか…何にだってなれる…未来ある子供だったんだな」
「なのに…誰かに殺されました。頭部を破壊される……酷い殺され方だった」
尚紀の脳裏に浮かぶのは頭部を失った子供の亡骸と血塗れのプレゼントカード。
「あの日は妻の誕生日だった…なのに!頭部のない愛する娘の遺体がやってきた!!」
「……………」
「どうして…どうしてこんな…理不尽過ぎる……」
夫婦が愛した娘を守れず、逃げ出した者が目の前にいる。
それを黙っていればこの場をやり過ごせるはず。
それでも、夫婦に白状しなければ気が済まない。
尚紀のせいで娘を失った両親の悲痛な無念から逃げ出すわけにはもういかない。
沈痛な表情を浮かべた彼の口が開き、懺悔にも似た言葉を送る。
「……逃げたんだ」
「えっ……?」
両親の心の叫びを見せつけられた尚紀はついに良心の呵責に耐えきれなくなる。
あの時の自分の罪と向かい合う覚悟を決めたからこそ真実を伝えようとするのだろう。
「2年前、俺は……あの時のこの場所にいたんだ」
「な、なんですって!!?」
泣き崩れていた妻がその一言を聞いて立ち上がり、目の前の尚紀を泣き顔のまま睨む。
「あの子が頭を砕かれる瞬間を見た…守れたはずなのに守れなかった…怖くなって…逃げた…」
守れなかった自分の罪に対して許しを請うように体が震える罪人が精一杯の言葉で真実を語る。
そんな時、地面に遺影が落ちる音が響く。
「俺…あんた達になんて謝まっ…!?」
謝罪の言葉を出す前に怒りが爆発した妻の拳が炸裂し、左頬に浴びてしまう。
尚紀は受け身もとれずに倒れ込む。
「なんで娘を守ってくれなかったのよ!!あんた男でしょ!?どうして見捨てて逃げたの!!」
馬乗りになってなおも殴り続ける妻の姿に対して慌てた夫が止めようとする。
しかし殴られ続ける尚紀と視線があった夫は止めるなと心で叫ぶ尚紀の覚悟を察したようだ。
「私が欲しかったプレゼントは……私を大事にしてくれる娘の笑顔よ!!」
怒りと悲しみが爆発したまま尚紀を罵倒し続ける。
「その笑顔を向けてくれる顔が無い!頭部が無い!!娘の亡骸が欲しかったわけじゃない!!」
力任せに殴り続けていた体力も無くなっていく。
尚紀の上でただ涙を零し続ける女性を見つめながら罪人は謝罪の言葉を言い続ける。
「本当に…すまなかった…。俺のせいなんだ…あの子を死なせたのは……」
「謝罪なんていらない!!娘を返して!!返せぇぇッ!!!」
「もういい!!頼むからもうやめてくれ!!!」
我慢が出来ずに夫が駆け寄り、妻を無理やり尚紀から引き剥がす。
倒れ込んだままの尚紀の目からも感情が抑えきれずに涙が零れ落ちていく。
「約束する!!もう絶対にあの子と同じ犠牲者を出させない社会を俺が作る!!」
二度とこのような事態を生み出す事が不可能な魔法少女社会を築き上げると罪人は誓うだろう。
「あんた達みたいな悲し過ぎる犠牲者は…二度と作ってたまるもんかぁ!!!」
震えながら叫ぶ尚紀の感情が籠もった声が路地裏に響く。
自分と同じぐらい辛かったのだという事を夫は感じ取ってくれたようだ。
泣き崩れそうな妻を抱きしめながら倒れた尚紀に対して真剣な眼差しを向けてくる。
今度は逃げない。
覚悟を決めた尚紀もまた真剣に向き合う覚悟を示すのだ。
「頼む…私達みたいな者を生み出させない、力無い人間に理不尽を行う事が不可能な社会を…」
――君の力で目指してくれ…力の無い私達の代わりに。
♦
どれぐらいビルの屋上で月を見ていたのかは分からない。
今となってはあの黄色く輝く月でさえ、血染めの月に見えてくる。
価値の無い劣等種の如く人間を扱う事を正当化する邪悪な思想、それが
それを生み出すのは一人一人を尊重せよという個人主義という名の
誰かを尊重する事とは誰かの生き方を尊重した上で放置する。
ああいう生き方があってもいいと多様性を称え合いながら放置する。
「結局のところ、魔法少女と呼ばれる連中の中身は…自分さえ良ければそれでいい連中だった」
虐殺者の顔つきとなった男は迷いなき足取りで去っていく。
「作ってみせるさ。約束したんだ…魔法少女共が好き勝手出来ない社会を絶対に作るとな」
彼が築き上げる独裁的な絶対管理社会。
その社会構造は感情のまま好き勝手する事が許されない感情否定で形作られる。
一切の無駄や我欲を省き、魔法少女を人間社会のためにしか動かせない歯車と成すこと。
人修羅も魔法少女も含め、強者階級は人類全体を静寂で包み込み、全体の幸福を目指す。
尚紀が目指す社会とは、
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ここはかつてボルテクス界と呼ばれた世界。
今のこの世界はコトワリの神々が降臨している。
ついにカグツチ塔で総力戦を迎えようとしていた頃の光景であろう。
人修羅と仲魔達もまた全ての決着をつけるためにカグツチ塔を登っていく。
「どうやら…上の方じゃ盛大なお祭り騒ぎのようだな」
軽口を叩くダンテだが、人修羅は無言のまま先を進んでいく。
「パーティに遅れて参加するんだ。趣向を変えてやろうじゃないか」
悪魔の如き真紅の瞳をした人修羅は低い笑い声を響かせる。
「コトワリの神々はコトワリを成就出来ず、俺にぶっ殺されて終わる最後を与えてやる」
この頃の人修羅は殺意の塊と化している。
仲魔のピクシーはそんな人修羅に怯えながらダンテの肩に座っているようだ。
「尚紀…もうあたしが知ってる尚紀じゃないんだね…」
大きかったが縮んでしまったジャアクフロストもまたダンテの足元で隠れているようだ。
「ヒホ…オイラもワルを目指したけど、今のヒトシュラみたいになれる自信はあんまりないホ」
人修羅の横を歩くケルベロスもまた重い口を開きだす。
「強キ者ヨ、我ハ主ガ汝ニ託シタ願イ、叶エラレシ者カ見極メル為ニツイテキタ」
「お前の主など知ったことか。俺についてくるなら俺の敵を倒す事だけを考えろ」
「…ダガ、今ノ汝カラ感ジラレルノハ、全テヲ破壊スル程ノ怒リト悲シミノミ」
「だからどうした?俺に必要なのは、全てを破壊する力だけだ」
殺気の塊が近くにいるのに涼しい顔をしたセイテンタイセイは軽口を叩く。
「独り相撲を取ることにならなきゃいいけどな。今のお前は俺様から見ても危ういぜ?」
クーフーリンと浮遊しながらついてくるティターニアもまた同じ様に心配しているようだ。
「坊や。私は貴方を主と認めてついてきたわ。だからガッカリさせないでね…」
「私の槍もお前を主と認めて預けたのだ。私達がお前を信じているという事を忘れるな」
仲魔達の気遣いなど人修羅には届かない。
優しさを与えれば与えるほど彼をイラつかせるだけなのだ。
「…どいつもこいつも、そんなにも俺が頼りなく見えるのか?」
人修羅が立ち止まり、巨大な扉の前に立つ。
「見せてやる…ボルテクス界という地獄を超え、アマラの深淵にまで辿り着いた俺の力をな」
扉を力任せに強引に開く。
塔の内部でありながら無数のブロック体で組み上げられた広大過ぎる空間が出迎えてくれる。
塔の内部とは思えない程にまで広い場所であり、内部で座り込むのは巨大なる神の御姿だ。
「…よぉ、氷川。シジマの大将が…こんな低い場所でサボっていていいのか?」
目の前に佇むコトワリの神の名はアーリマンであり、かつては氷川と呼ばれた人間であろう。
【アーリマン】
またの名をアンリ・マンユとも呼ばれる。
ゾロアスター教において善と光の化身アフラ・マズダーの対となる悪と暗黒の化身。
無限の暗黒を住処とし、常に最悪の事を選択して全てを破滅へと向かわせる事を何より好む。
アフラ・マズダーと永遠ともいえる戦いを続け、最後には敗れて悪と共に滅亡するという。
アーリマンは異名であり、シュタイナーが人智学において無機的・唯物的精神だと表現する。
それは氷川の唱えたシジマの精神を思わせる部分でもある。
それに対抗する
「我が静寂の世界を乱すは何者ぞ。シジマの国の訪れを阻まんとするは…」
薄暗い空間内部で蠢く無数の巨大触手の音が響く中、アーリマンの金色の眼光が光る。
「くだらない
巨大な神の御姿に臆すること無く人修羅は歩みよっていくその姿を金色の瞳は捉えている。
「そうか…お前か」
「氷川…貴様は大いなる神が敷いた世界の運命を利用したに過ぎない虫けらだ」
そして人修羅の恩師を虚無の彼方に葬り去った憎き敵でもあるだろう。
「お前には力がある。だが、ついぞ我が意に適う心を持つことはなかった…」
「何が静寂だ?何が感情の否定だ!?俺の心の怒りは…お前を滅ぼせと叫び続けている!!」
――全てのコトワリを滅ぼせと叫んでいる!!
世界を焼く程の情熱的な感情を人修羅はたぎらせる。
それこそが、完全なる悪魔になる道を選んだ人修羅の今の在り方なのだ。
「だからこそ、
「殺す…貴様だけは形があること自体が許せない!!滅殺してやるぞ…氷川ぁぁぁぁ!!」
怒り狂う人修羅の姿が金色の瞳に映り込む。
だが、シジマのコトワリ神としての力を得た氷川には彼の別の可能性が視えている。
その可能性がボルテクス界では成就する事はないだろう事も視えていたのだ。
「…惜しいな、少年」
人修羅の中に眠る可能性が視えたからこそ、シジマのコトワリ神はこの場で待っていた者。
シジマにとって最大の敵勢力であるヨスガとの決戦を遠ざけてまで待っていたようだ。
氷川と呼ばれた人間の面影を少しだけ見せたアーリマンが動き出す。
望み叶わず敵となった人修羅を屠るために神の裁きを下すのだ。
「邪なる迷わし者よ!!その忌まわしき欲望とともに滅するがいい!!」
「行くぞ…氷川ぁぁぁーーッッ!!!!」
♦
大いなる神の力で生み出されたカグツチ塔が内側から破壊されかねない程の衝撃が続く。
それが静まり返るという事は、コトワリの神が滅ぼされた事を表すのだろう。
静まりかえる暗闇の空間でアーリマンは倒れ込み、もはや動く力も無い。
「ハァ!ハァ!ハァ!……俺の勝ちだ」
巨大なる頭部の一部が砕け、そこから露出した人間の上半身部分が地面に倒れ込んでいる。
「…静かだ…静か過ぎる。そうか、虚無が…私を迎えに来たか……」
コトワリの神と一体化を果たした人間もまた未来永劫運命を共にするしかない。
死の間際の氷川に聞こえる足音がした時だった。
「ぐっ!!」
俯向きに倒れ込んだ頭を踏み潰さんと踏み蹴りを放つ人修羅がこう吐き捨ててくる。
「…満足か?
「確かに私は私独り…シジマに与する堕天使共は…シジマを利用していただけだった…」
「…どういう意味だ?」
「堕天使共が欲しかったのは、人々の静寂ではない…
「完全なる…支配体制だと…?」
シジマの世界では、もはや人間は感情を持たない。
創世記で描かれしアダムとエヴァのような無垢な存在と化す。
「神が従順に従う羊を欲しがったように…悪魔達もまた従順な羊を欲しがった…」
「感情を捨てた羊達によって世界から争いは消える。だが…
「そういう事だ…。堕天使共が欲しかったのは…社会全体主義による…永遠の独裁体制だ!」
「悪魔らしいペテンだったってわけかよ?シジマという思想組織はハリボテに過ぎなかったか」
「ルシファーの企む千年王国のモデル…それは唯一神と同じ望みの全体主義世界なんだ…」
このボルテクス界などルシファーにとっては思想実験の舞台でしかない。
真の狙いとは別の宇宙に築き上げる混沌の理想郷。
自由の名の元に国境を無くし、完全な世界政府体制を築き上げた世界のワンワールド化。
それこそが、この宇宙でシジマ勢力を用いて考案した
「分からない…なら何故ルシファーは人間に感情を与えたんだ?」
「感情があったからこそ、人類は高度な文明を築き上げるまでに成長出来た…」
「違うアマラ宇宙で熟した果実を収穫するつもりかよ?ルシファーと堕天使共は…?」
「それだけではない…感情はエネルギーを生み出す…マガツヒのように…」
「まさか…ルシファーが人間に感情を与えたのは、競争社会による文明開化だけでなく…」
「それは宇宙を熱で温め…寿命を伸ばす事にも繋がる…熱力学の第二法則さえ覆す…」
「宇宙の光の秩序そのものじゃねーか!!まさかルシファーは…
「フフ…堕ちたとはいえ、ルシファーもまた…ヘブライの天使に…過ぎない……」
残された命を使い切ったのか、氷川の体もアーリマンの体にも亀裂が無数に入っていく。
「力持つ者…欲望の覇者よ。お前の望む世界を築くがよい…もう、私には関係のないことだ…」
砕け散った氷川の体から転がり落ちたモノを拾い上げる。
誰の声なのかは分からない声が耳の奥に響いてくる。
――私も…見て…みたか…た…お前…の…社会…欲…。
――シジ…マ…可能…性……。
♦
記憶の世界から戻れば時刻は深夜3時を超えている。
ここはボルテクス界とは違う世界にある東京。
歌舞伎町近くにあるマンションの暗い一室において尚紀は布団から体を起こす。
「なぜ今頃になって…あの時の夢を…鮮明に見てしまうんだろうな」
時計の針が刻まれる音だけが響く暗い部屋で立ち上がり、ベットに座り込む。
「氷川…お前はもしかして…あの時から気がついていたのか?」
――俺が違う世界で静寂を望む社会主義思想に目覚めることを?
――――――――――――――――――――――――――――――――
次の日も聖探偵事務所に赴き、毎日の仕事をこなしていく。
依頼された浮気捜査の張り込みついででいいと使いも頼まれていた用事も済ませたようだ。
事務所の階段を上がっていき、事務所内に入る。
「よぉ、ご苦労さん」
彼の返事も聞かず、珈琲を淹れて持ってくれていたようだ。
「何だよ?」
「まぁ、飲みながら聞いてくれないか?長い話になるからよ…」
所長席に座り、珈琲を一口啜ってから深く背もたれする。
夕日の光が事務所のブラインド窓の隙間から入り込む中、丈二は重い口を開いてくれる。
「俺な……この事務所を東京から引っ越そうと考えているんだ」
珈琲を啜っていた尚紀の無表情な顔つきが変わってしまう。
突然の業務移転計画の話を聞かされれば無理もない。
「突然だな…何故東京で私立探偵事務所を続けていかないんだ?」
「お前も感じているだろ?東京での仕事が無い時期が増えていることに?」
「……まぁな」
探偵は人間社会にトラブルが起きていく限りは景気に左右されない。
そのため東京の探偵事務所も増加する一方であり、熾烈なシェア争いが起きているのが現状だ。
「副業で稼ぐのもいい…だが俺の本業は探偵でいたいんだ」
「だから新興都市に引っ越そうと考えたというわけか?」
「その新興都市が出来た地域はな…俺の実家がある地域なんだよ」
「丈二の実家か……」
人修羅として生きる尚紀は聖丈二の正体を知っている。
彼は大いなる神に運命を弄ばれ、背負わされた業罪ゆえに転生の形さえ奪われた者。
この者に課されたのは世界に起きる全てを見届けなければならない神罰。
あらゆる時代、世界の天秤を、その傾きを記すことを使命づけられた存在。
その真実ならアマラ深界で尚紀は聞かされていたが、どうやらイメージとは違ったようだ。
(まぁ、他の世界に流れ着く転生者が…人間の体を介さずに産まれるはずはないよな)
「俺の生まれは神浜市と呼ばれる街だ。今では新興都市にまで都市開発されちまった地域さ」
「神浜市か…何度か行ったことがあるな。神浜の何処で暮らしてきたんだよ?」
「俺の生まれはな、その街の東地域だったんだ」
「そこから東京にまで出てきたんだし、今まで通り東京でやっていけばいいんじゃないのか?」
そう聞かれた丈二は困った表情を浮かべながら溜息をつき、事情を語ってくれる。
「オフクロ達も歳でな…体を悪くしちまったみたいだ」
話によると、半ば強引に街を出てから早20年の時間が過ぎているという。
流石にこれ以上の親不孝をするのも気が引ける事情を抱えていたようだ。
「強引にでも神浜市から出て行きたかった理由は何だ?」
それを聞かれた丈二の表情が苦虫を嚙み潰したようになっていく。
「一言で言えば…神浜市ってのは…クソッタレ共の街だからさ」
「どういう意味だよ?」
「神浜の東地域はな…西側から冷遇される。俺も昔は西側連中に差別されたもんさ」
「そんな辛い街でも、やはり故郷は大事なのか?」
「…ああ。20年分の時間が過ぎて街も変わったが、それでも思い出は美化されるもんさ」
「たとえ辛い場所であっても…故郷は忘れられないよな」
彼の気持ちは察する事は出来るのだが、尚紀にとっては困る。
丈二が神浜に事務所を引っ越したら尚紀は東京から神浜に通う羽目になるからだ。
「東京の事務所を使って独立するか?お前も頑張って探偵業務取扱主任者資格を取得出来たし」
「いや…俺はこの東京にはコネも人脈もそこまでは持ってない。遠慮する」
「そっか。まだいい引っ越し場所さえ神浜市では見つけてない。だからな…頼みがあるんだ」
「まさか…事務所が入れる場所を俺が探して来いって言うのかよ?」
「20年間も離れて帰らなかったが…地元だからどうしても俺を知っている連中もいるんだよ」
「街から逃げる形で東京に行ったお前だからなぁ。同郷の連中に顔も出し辛いか」
「まぁな…大東区にいるのが嫌になった裏切り者扱いされちまうかもしれない」
「なら、どの地域で探せばいいんだよ?」
「海沿いの神浜市南凪区で頼む。あの地域は西と東の争いからは中立を守ってきた地域だ」
「南凪区か…あそこには立ち寄った事がある」
「昔からいる互助組織地域なら安心だ。連中は神浜差別問題に首を突っ込まないからな」
「そうか…分かったよ。東京での残りの仕事はどうするんだ?」
「今請け負っている依頼を全て片付けたらいったん店仕舞だ。それから引っ越しの準備になる」
「…瑠偉はなんて言ってるんだ?」
「私は何処でもいいわよ~交通費全額払ってね♪…だとよ」
「あいつらしいな…」
「なるべく早く見つけてくれ。事務所の場所が決まり次第ポスティングチラシを発注するから」
突然の業務移転の仕事を回される事になり、不安を抱えながら事務所を出ていく。
「俺はこれから…東京の街と神浜の街との往復生活になるのか」
もう直ぐ梅雨が訪れる季節の空を眺めながら神浜の魔法少女社会を思う。
「俺は東京の守護者だ…だがもし…神浜の魔法少女社会にもクソッタレ共がいたとしたら…」
東京の魔法少女社会に敷いた恐怖政治体制の社会効果は期待出来る。
ならば、それをモデルケースにして神浜の魔法少女社会にも同じ事が出来ないものか?
そんな事を考えてしまったが、首を横に振り雑念を払う。
「今は考えても仕方がないな…。俺は神浜の魔法少女社会を何も知らないんだから」
新たなる運命が交差する街、神浜市。
東京の守護者は神浜の街に一体何をもたらすのだろうか?
神浜市の魔法少女社会に蔓延る社会問題、そして魔法少女至上主義。
魔法少女とは違う部外者に過ぎない彼は、ただの人間として接するのか?
それとも、魔法少女の虐殺者としての立場になるのであろうか?
今の尚紀には神浜市という街で生きる事になる自分の未来の姿は何も見えてこなかった。
読んで頂き、有難うございます。