人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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78話 アリナ・グレイ

金星。

 

それは()()()とも呼ばれる星。

 

6月始めの内合を迎えた後、7月頃から12月頃まで明けの明星として見える星。

 

7月の夏を迎えた神浜市の栄区に場面は移る。

 

時刻は明け方に近い早朝。

 

栄区にはギャラリーグレイと呼ばれるアトリエが存在している。

 

家をそのままギャラリーにして地域住民にも開放した有名な美術館として知られていた。

 

明けの明星として夜空で輝く星を屋根の上で見つめ続ける少女の姿が見える。

 

「はぁ…ワースト。今日もシットなヒートに焼かれながらスクールに行くワケ?」

 

長く美しいエメラルドのように輝くストレートヘアが夜風に揺れる。

 

頭には黒い軍帽のような帽子を被る姿が特徴的な少女は恐らく、魔法少女だろう。

 

「アリナ…もうどれぐらい絵を描けてないんだろう…?」

 

右手で投げているのは深夜に魔獣狩りを行った成果報酬。

 

この家の娘であるアリナ・グレイは、この街では()()()()()()()として知られる魔法少女。

 

他の魔法少女とは考え方の違いでいがみ合う事しか出来ないため、邪見にされる生活を送る者。

 

こうして他の魔法少女が寝静まる深夜帯において、気が向いた場合は活動をしているようだ。

 

「何でアリナは…魔法少女なんだろ?あのまま死んでアートになってた方がマシだったワケ」

 

溜息をついて地面に座り込み、茫然とした顔つきのまま金星を眺めていく。

 

「ヴィーナス…アリナのブレインと同じ様に()()()()()スター」

 

彼女は不快な気分になった時は、金星を見ていると心が落ち着く。

 

金星は自転軸がほぼ完全に倒立しているため、他の惑星と違い逆方向に自転している星。

 

まるで他の魔法少女達とは価値観が違う、アリナのように周囲に合わさない在り方を示す。

 

正義の魔法少女達が真善美を尊ぶのに対し、アリナが求めるのは醜悪美。

 

誰からも理解されなくとも、金星のように孤高でありたいと彼女は今日も星空を見つめていた。

 

「今更ベットで眠るのはめんどくさいし、いいや。日の出まで起きてれば良いヨネ」

 

日の出までの隙間時間を利用して、アリナは魔法少女になった頃を思い出していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

第3回:神浜現代美術賞。

 

金賞:パーマネントコレクション選出。

 

『争いのない完成品』

 

受賞者:アリナ・グレイ。

 

神浜市栄区にある栄総合学園の掲示板に掲げられた生徒の賞を見て、生徒達は感想を言い合う。

 

「ねぇ、学校で見た?グレイさんの作品」

 

「見た見た、あれ自分の写真を油絵にしてるよね?」

 

「賞に向けての作品が浮かばなくて完成したらしいよ」

 

「腹が立って準備室の木材を全部バキバキにしてね」

 

「最後にキャンバスを折ろうとして無理だった時に閃いたんだって」

 

感想というよりは、彼女の奇行部分だけを切り取って印象付けた語らいぶり。

 

学生達はアリナが美術の賞を受賞した事を祝うよりも、もっとゲスい娯楽を求めている。

 

周りに合わせない奇行が目立つアリナを玩具にしたいだけなのだ。

 

そんな連中を白い眼差しで見つめるのは、紙パックの苺牛乳をストローで飲むアリナの姿。

 

「私の苺牛乳…酷いの…アリナ先輩」

 

美術部に同席している後輩の飲み物を一息で飲みきってしまった。

 

勿論代金は払わない。

 

「…人の事をペラペラ話している方が酷いんですケド」

 

「だ、だって…アリナ先輩が賞をとって嬉しかったから…」

 

「ハァ…」

 

後輩の価値観である真善美で脚色されたアリナ・グレイ像を周りに押し付ける。

 

でも、周りが求めるアリナ・グレイ像とは噛み合わない。

 

だからこそこのような現象が生まれる事を、アリナは最初から分かっていた。

 

周りはアリナの功績が嬉しいのではない。

 

面白人物を玩具にして語り合うのが楽しいだけ。

 

それでいて、まるで自分達が賞をとったかのように周りの学校の友達にも語るのだ。

 

(タイガーの威を借るフォックス共…自分では何も出来ない癖に、他人だけは利用するヨネ)

 

娯楽の楽しみ方に正解は無いという事は、アーティストとしてアリナは知っている。

 

だからこそ、このような醜悪な光景も認めているというわけだ。

 

誰かを嘲笑う自分達の姿を自己批判など誰もしてくれない。

 

(まぁ、そのお陰でアリナの醜悪なアートも娯楽として受け入れてもらえるってワケ)

 

物思いに耽っている彼女の横では、アリナが賞をとった事を喜んで周りに言いふらす後輩の姿。

 

後輩である御園かりんに振り回されている気分になり、大きな溜息が出た。

 

「人の自慢をする前に、アナタはやることがあると思うワケ」

 

「あぅ…えっと…」

 

「クロッキー・デッサン・色彩構成、ずっとプアーなんですケド」

 

「それは…ご、ごめんなさいなの…」

 

(ハァ…フールガール……)

 

相手をするのも疲れたのか、アリナは午後の授業に向かってしまった。

 

眠気の交じる午後の授業の中で、アリナは自分が描いてきたアートについて考える。

 

(本気で賞を狙っていたなら、バラされても嬉しかったのカモ。…だけどアリナは違う)

 

賞を目指して創作をしている周りの人々を客観的に参考にしたとする。

 

自分はあれ程まで情熱を傾けながら創作をしていただろうか?という疑問が浮かぶ。

 

(アリナは……ただ作るだけ)

 

思い描く、好きなモノを創作する。

 

(アリナが創りたいモノを、アリナの感性で、アリナが気にいるモノを、アリナの手で)

 

それが真善美を尊ぶ人々から見て醜悪美だという事もアリナは知っている。

 

だが現代美術界隈をよく知るアリナは、界隈に蔓延る無秩序極まりない作品群を知っている。

 

自分と同じように醜悪美をテーマにしているモノが沢山あると分かっていたから描いてきた。

 

エログロ、反日…客であるアクティビストが望むモノを作る()()()()()()()こそが現代美術界隈。

 

だがアリナはこうも考える。

 

汚泥の中から生まれる芸術もあると。

 

(真善美だけを描けと規制された美の世界に…何の面白さがあるワケ?)

 

自分の美について考えていた時、審査員の1人が用事があると言ってきたのを思い出す。

 

(…面倒臭いし、いいや)

 

ふてくされたまま、午後の授業中は居眠りを続けてしまったようだ。

 

……………。

 

放課後の美術室。

 

白いキャンバスを眺めているだけのアリナの姿が今日もそこにはあった。

 

「ダメ…インスピレーションが足りないんですケド」

 

愚痴っていたところに学校放送が流れ、自分の名前が呼ばれる。

 

ブツブツ文句言いながらサボろうと判断したようだ。

 

暫くして、荒い音を出しながら美術室の扉を開けて誰かが入ってくる。

 

「やっぱりここにいたか!」

 

「シット…」

 

どうやらアリナの作品を賞に出した担当の教師のようである。

 

「誰がクソだ!お客さんが来ているんだぞ!これ以上待たせるな!」

 

「アナタが勝手に出しといて、アリナが面倒なんですケド!」

 

「贅沢言うな!どれだけ賞が欲しい人がいると思うんだ!」

 

「じゃあ、アリナ返すんですケド!」

 

生徒と教師のいがみ合いが始まる中、美術室に入ってくるのは初老男性。

 

「あっ…すいません、審査員の方。こちらから出向かせるつもりでしたが」

 

「構わないよ。私もあまり長く彼女と話すつもりはない」

 

「アリナはあんたに用はないんですケド?シーユーノットアゲイン」

 

「では単刀直入に言おう、アリナ・グレイ」

 

男は落胆したような表情を浮かべながら、こう吐き捨てた。

 

――君は、美術家としては短命だ。

 

その一言を聞いた瞬間立ち上がり、座っていた椅子を審査員に向けて投げつける。

 

大きな音が響く美術室だが、初老の男は動じない。

 

アリナの表情は怒りに満ちていた。

 

「アリナに…喧嘩売りに来たってワケ!!?」

 

「アリナ!!やめなさい!!!」

 

「言わせて欲しい。誰かが言わなければ、君は気が付かないまま、人々に害を与えるモノを産む」

 

「アリナの作品を勝手に評価して賞を与えておいて!!人々に害を与えるって何様なワケ!?」

 

「恐らく君は…見る人が死ぬまで考えてしまうような美しく難解な作品を作る事が出来るだろう」

 

「死ぬまで…考えてしまう?」

 

「それは内なるモノ。外に出さなければならないモノではない。外へのテーマを持たない作品は」

 

――人を狂わせる劇薬となるだろう…()()()()()()

 

怒りで頭のネジが弾け飛びそうな彼女の顔に、動揺の色が浮かぶ。

 

「外に出さなければならないテーマ?アリナに大衆迎合にでも走れって言いたいワケ!?」

 

話題性だけを集めて、売れればそれで良い。

 

商売としてはそれが正解でも、アーティストとしての彼女はそれを決して認めない。

 

消費者を舐め腐った売り手の理屈を押し付けるなと吐き捨てた。

 

「その程度の考え方しか出来ないから、君は内なる世界しか見ない」

 

世界を変える気が無ければ、作るのを止めろと男は冷酷に言ってくる。

 

ついに堪忍袋の緒が切れたアリナが絶叫するかの如き怒りの咆哮を上げた。

 

「ヴァアァァァーーッッ!!誰に命令してんだジジィィーーッッ!!!」

 

怒りで頭のネジが飛んだ彼女が拳を振りかぶる姿を見た教師は羽交い締めにして止めてくる。

 

失望が表れた溜息をつき、部屋を出ていく初老の男性だったが…出ていく間際に振り返る。

 

「15歳を過ぎてなお自覚が無いのなら、君の輝きはそこで尽きるだろう」

 

「死ね!!死んじまえジジィ!!!アリナがあんたを燃やしてアートにしてやるっ!!!」

 

「フン。やはり君は己の精神世界しか見ない。死と再生に取り憑かれた()()()()()め」

 

吐き捨てるセリフを言った後、審査員は美術室を出ていく。

 

廊下の横を見ると震えているアリナの後輩の姿もあったが、視線を逸らして帰っていった。

 

……………。

 

怒りのまま暴れて散乱した部屋の中で布団を頭から被り、ベットに座り込む。

 

「アリナは……何を訴えたいんだろう?」

 

初めて作品ではなく自分の価値を問われた。

 

怒りの感情が過ぎ去れば、心には動揺しか広がらない。

 

「アリナ……自分の作品を振り返った方が良いのカモ」

 

その後、アリナは自分の作品が展示されている市の美術館に赴き、全ての作品に目を通す。

 

しかし、その中から自分が外に向けて訴えたいテーマが見つからない。

 

「そういや…名前忘れたけど、共和制時代のローマの政治家がこんな事を言ってたヨネ」

 

――人間ならば、誰にでも現実の全てが見えるわけではない。

 

――多くの人は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

古代共和制ローマ末期の軍人・政治家であるガイウス・ユリウス・カエサルが残した言葉だ。

 

「みんなそう、アリナもそう。どいつもこいつも自分の見たいモノしか見ないヨネ」

 

現代美術、漫画、アニメ、SNS、ネット小説、新聞、ニュース、エトセトラエトセトラ…。

 

こうやって人々の考え方が様々な媒体を通じて違う方向性に向けられるというわけだ。

 

溜息をつき、膝を抱えて座り込む。

 

()()()()()()()()()ように、都合の良いモノしか消費しないし、見ようとしない」

 

異なる価値観が存在していても、自分達に都合が悪ければ()()()()()

 

勝手に物事の善悪を作る。

 

不安になってきたのか、抱えた膝に顔を埋めてしまう。

 

「アリナは15歳だし…輝きも消えちゃうワケ?毒にしかならないならクリエイトしちゃダメ?」

 

外に出したい輝きとは何かが分からない。

 

彼女は今、自分の中身に空虚さを感じている。

 

その場の思い付きだけで作りたいものを作る事を繰り返す。

 

そんな行為はただの便所の落書きだと彼女は吐き捨てた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

学校の放課後、静かな美術室にはペンを滑らせる音だけが響く。

 

ほったらかしにしていた後輩が心配してくれるが、適当に流す態度。

 

横でデッサンの練習をしている後輩だったが、不意に視線を移してくる。

 

「アリナ先輩……今日は全然絵を描けてないの」

 

白いキャンバスだけに視線を移していたアリナの目線が後輩に振り向く。

 

「変なの…あのお爺ちゃんに何か言われた日から…変なの!」

 

「だから…?」

 

「私…描いても成長あんまりしないし…アリナ先輩の迷惑になってるの?」

 

暫く無言でいたが、重い口が開いていく。

 

もはや自分だけでは解決の糸口を見つけられない質問がしたかったから。

 

「…アナタは、どういうテーマをもって、作品を作るワケ?」

 

いつもの辛辣な態度しか見せない先輩らしからぬ言葉を聞き、目を丸くする。

 

意味が伝わらなかったと判断したアリナが分かり易く例えてくれた。

 

「アー、フールガールにはディフィカルトだったヨネ。なんで漫画を描きたいワケ?」

 

「それを言ったら、アリナ先輩は元気になるの?」

 

「さぁ?それはわからないケド」

 

少しでも先輩を元気づけようと深呼吸を繰り返す。

 

「えっと、私が漫画を描くのはね…」

 

――私の漫画を読んで、元気になって欲しいからなの。

 

単純な答え。

 

だが、それを聞けたアリナの目が見開いていく。

 

「私がマジカルきりんに元気を貰ってるのと同じように、元気になる漫画を届けたいからなの!」

 

「…アナタは外に、元気を発信するワケ?」

 

「変なの?」

 

「……別に」

 

こんな簡単な答え。

 

だが、自分が見失っていたテーマを聞けた気がする。

 

アリナは醜悪美を美しいと感じて元気を貰える。

 

だから同じように醜悪美で元気を貰える人々に作品を届けたい。

 

内なる好きなモノを偽ったところで、出す作品など大衆迎合による数字信仰にしかならない。

 

ビジネスマンには良くても、承認欲求を数字で満たせても、アリナには苦しみでしかない。

 

描きたいものを描く。

 

表現をしてみたいと思った最初の気持ちを、アリナは忘れていたのだ。

 

ようやく迷いが晴れたのか、微笑みながらこう語る。

 

「…もしかしたら、アナタの方がアリナより天才かもね。御園かりん」

 

少しだけ笑顔を作ってくれた先輩は立ち上がり、美術室を後にした。

 

「今日のアリナ先輩……何だか変だったの」

 

……………。

 

夕日で赤く染まった空。

 

堤防で夕日を眺めているアリナの美しい長髪を風が靡かせていく。

 

「あのフールガールでも持っているものが…アリナにはない」

 

自分の内面世界を表現したいと最初に思った気持ちを思い出す事が出来た。

 

それでもインスピレーションが湧き上がってくれない。

 

――私がマジカルきりんちゃんに元気を貰ってるのと同じように。

 

「アリナは一体…誰から元気を貰えばいいワケ?」

 

インスピレーションを止めどなく湧きあげてくれる媒体が御園かりんにはある。

 

しかし自分にはもう無いのなら、最後に何が表現出来るのか?

 

そんな事ばかりをアリナは考えてしまう。

 

空っぽになった自分自身で、どんな表現を最後にするのか。

 

「…爆弾のように、エネルギーに満ち溢れたアートを…最後に作りたい」

 

彼女の頭に浮かんだ作品テーマ。

 

それは…命という爆弾アート。

 

不気味な笑みを浮かべ、高揚した表情となっていく。

 

「アッハハ…ハァ…。どうしよう…ゾクゾクしてきちゃった」

 

生と死の境に興味をもったアリナが、アーティストとして死に近づいている。

 

自分が空っぽだと気づいてからは、これまでの作品の輝きも失った。

 

ならばもう、恐れるものなど無い。

 

「派手にしよう…アリナ自身も含めて。それがアリナの…ラストアートワーク」

 

全てをブレイクして、全てをエンドにしよう。

 

「芸術は、爆発だヨネ?」

 

彼女の表情はまるで…狂ったカルト宗教家のような笑みを浮かべていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日、鼻歌を歌いながら自分のアートが飾られた美術館に向かう。

 

その手には物騒な建築道具が持たれていた。

 

今日は透き通る青い空が広がっている。

 

彼女にとって、今日は死ぬには良い日なのだ。

 

のこぎりとハンマーのケースを捨て、鼻歌混じりに美術館内に入り込む。

 

「あれ?アリナさんじゃないですか…?」

 

お嬢様学校と言われている水名女学園制服を着た高校生ぐらいの少女が受付にいたのだが…。

 

「突然失礼するんですケド!アリナの作品を全て終わらせにきたワケ!」

 

「えっ?えっ??」

 

ぶっきらぼうに挨拶を済ませ、自分の飾られているアートスペースへ移動していく。

 

暫くして、展示スペースのガラスを砕く音が館内に響いてきた。

 

「何してるんですかグレイさん!!?」

 

先程の受付少女が慌てて飛び出してくる。

 

「アッハハハハ!!!ブレイクしてく!アリナの落書きが!!ザマァ見ろッ!!」

 

良い笑顔をしているように自分では思えても、周りから見れば狂気に憑りつかれた者の光景。

 

「だ、誰か来てぇぇ~~!!!」

 

止める事も出来ずにオロオロするばかりの受付少女の元に慌てて人が駆け寄ってくる。

 

騒ぎが大きくなる前に荒い息遣いのまま館内から逃げ出す後ろ姿を見せた。

 

向かった先は栄総合学園の屋上。

 

「最後のアートはアリナ自身。ビデオカメラもバッチリセットしたし、あとはトライ&エンド」

 

ジーニアスアーティストの全てを散華させ、輝きが消える瞬間を収める覚悟を示す。

 

「アッハハハハ!!芸術は爆発の輝き!!笑う門には福来るってワケ!!」

 

勢いよくアイキャンフライしようと助走を行おうとした時、屋上に現れる生き物がいた。

 

「やぁ、アリナ・グレイ」

 

「アナタ、昨日の白いオコジョ…まだ用があるワケ?ホントしつこいんですケド!」

 

現れたキュウべぇを踏みつける彼女。

 

感情がない存在も困惑している。

 

「なんと言われようとも願わない」

 

「別に願い事はなんでもいい。悩み事じゃなくても、欲しいものだって構わないんだ」

 

鬱陶しい存在に苛立っていたが、ふと何かを思いつく。

 

「いや…叶えてもらうのも…良いかもしれないワケ」

 

「本当かい!それで、君はどんな願い事を叶えたいんだい?」

 

最後となる時間だろうか、ここまで育ててくれた家族の顔が浮かぶ。

 

「パパとママに絵ばっかり描いて、怒られてたんだヨネ。だから…これが欲しいカモ」

 

――誰にも邪魔されない、アトリエが欲しい。

 

眩い光が辺りを包み込む。

 

また神浜市に1人の魔法少女が生み出されたようなのだが…。

 

「君の願いは受理されたよ、アリナ・グレイ。これで今日から君も魔法少女だ」

 

「うるさい」

 

「僕はこれから君に魔法少女の説明を…」

 

「いらない。アリナはここでエンドだカラ。バイバイ」

 

そう言い残し、屋上から一気に加速して跳躍していった。

 

「…訳が分からないよ」

 

願いを叶えた幸福感すら散華に飾った少女は今、地上に倒れ込んでいる。

 

人間ならば死んでいるだろう高さであり、落下死する場所は美しいお花畑だった。

 

飛び降りる前にセットした録画道具が彼女の最後を看取ってくれるだろう。

 

アリナ・グレイ、享年15歳。

 

ジーニアスアーティストとしては、短い生涯であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

……………。

 

…………………。

 

(アリナにはテーマがあって…結果も得られていて…何も間違ってなかった)

 

自分の醜悪な作品を喜んでくれたり、庇ってくれる人達がいた。

 

その人達のことを死後も覚えている。

 

流行りモノとは真逆の表現で、少なくても誰かに喜んでもらえたりする事が嬉しかった。

 

売上や評判に繋がる評価数なんて関係ない。

 

表現者として最初の喜びを思い出せた。

 

しかし、今ではもう意味を為さないだろう。

 

最後の最後で勘違い。

 

残した最後の作品とは、勘違いで死んでいった者が残す駄作。

 

魔法少女となり、誰にも邪魔されないアトリエを手に入れたのも無駄となった筈なのだが…。

 

(今なら…今?アリナ…今がまだ、あるワケ?)

 

耳元から誰かの声が響く。

 

これは死後に得られるものではない。

 

「……この声」

 

意識が覚醒していき、声の主に振り向いていく。

 

「アリナせんぱーーいっ!!!」

 

「ちょ、アナタ五月蠅…痛たたたっ!!!」

 

全身痛むが、一命は取り留めている。

 

ここが神浜市の病院なのは分かるが、何故あの高さで助かったのかはよく分からない。

 

「五月蠅くないの!!見つけてもらえなかったら死んでたかもしれないの!!」

 

「アリナ…助かったワケ…?」

 

大粒の涙を零しながら怒るかりんの姿を見て、思考もハッキリしてくる。

 

「別にアリナを最後の作品にしたダケ。アナタが泣く必要なんて無いんですケド」

 

「意味が分からないの…泣いて当然なの…」

 

涙する者を見て、熱病に取り憑かれていた自分の姿を客観的に思考することが出来たようだ。

 

自分の姿は大勢の人に迷惑をかけていた。

 

はた迷惑な子供の自殺行為でしかなかったのだ。

 

不意に手を握られる暖かさを感じる。

 

「アリナ先輩…生きてるの…」

 

まだ温もりを感じられる肉体が残ってくれていた事に、少しだけ微笑みが生まれる。

 

「フッ…そうカモ」

 

安心したのか、かりんは荷物を沢山持ってくるようだが…。

 

「お見舞いに大切なものを持ってきたの!」

 

持ってきたのは少女コミックの変身ヒロインものだと思うが、全巻揃っているボリューム。

 

「絵が描けても、命を大事に出来ないとダメなの!これを読んで命の大切さを知るの!」

 

「アー…めんどくさい」

 

「全巻読むの!!」

 

結局押し切られて漫画を読まされる羽目になったようだ。

 

一冊だけ最初のノリを閲覧してみる。

 

「ハァ……」

 

真善美だらけのお約束なノリ過ぎて、アリナのインスピレーションには役立たない。

 

それでも、少しだけ元気が出たような気がする。

 

「……ホント、理解出来ない」

 

心に感じた温もりは、傍迷惑な自分に手を差し伸べてくれた後輩の優しさ。

 

周りから変人に付き合う変わり者だと後ろ指刺されても、無償の愛を与えてくれる。

 

そんな彼女を見て、小さい頃に生きていたが亡くなった愛犬の事を思い出せたみたいだ。

 

「アリナは生きて…これから何が出来るんだろうね」

 

――御園かりん…。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一体どれだけの時間、思い出の世界に浸っていたのだろうかは分からない。

 

今は明けの明星さえ朝日の光で見えなくなっていく明け方の時間だった。

 

「…アリナは生き残って、魔法少女として生きていくしかなくなったワケ」

 

魔法少女の体になれたから助かった。

 

これでもう一度自分の美を描くチャンスが生み出された。

 

だが、結果はどうなったのであろうか?

 

ここは()()()()()()()()

 

魔法少女達の前に現れる存在は…アリナが気に入る魔女ではなかった。

 

……………。

 

「な…何よアレ?」

 

あれは初めて魔法少女として戦いに赴いた日の出来事だった。

 

彼女の目の前に現れたのは、何の代わり映えも美しさも感じない白い男達の群れ。

 

「あんな…あんなくだらない姿した連中と…戦わされるんだヨネ!?」

 

「そう、アレが魔獣と呼ばれる存在…」

 

「どうでもいい!!」

 

足元にいたキュウベぇが説明しようとしたが、蹴り飛ばされる始末。

 

「アリナは…あんな同じ存在ばかりの連中を相手に…ライフワークしないとならないワケ!?」

 

「そうだよ。確かに変化に乏しい統一個体だね。あれは人間が生み出す負の感情を…」

 

魔獣についての説明が続くが、彼女の耳には入らない。

 

力なく両膝が崩れ、膝立ちとなってしまう。

 

「生き残ったのに…あんな美の欠片も無い存在と付き合わされて…どうやってアリナは…」

 

――美のインスピレーションを絞り出したらいいワケ!!

 

生き残った彼女に待っていたものは、新たなる絶望。

 

魔法少女の死と再生によって彩られた醜悪な美しさを感じさせる存在ではない。

 

世界に光と熱を与えるためだけに存在する無機質な存在…機械とさえ思わせる男達の姿だった。

 

絶望に打ちひしがられていくアリナが、慟哭の叫びを上げていく。

 

「ヴアァァーーッッ!!!フザケンナァーーッッ!!!!」

 

これから先は、彼女にとっては何一つ満足の得られるものが手に入らない人生が待っている。

 

悔し涙さえ浮かぶ彼女は後悔してしまう。

 

生き残るべきではなかったのだと。

 

……………。

 

絶望しかけた時、かりんの泣き顔を思い出して踏み留まれた。

 

あれから始まった無意味な魔法少女人生。

 

価値を見出せない魔獣をアトリエに収集する気にさえならず、インスピレーションも湧かない。

 

彼女は筆をキャンバスに走らせることすら出来ずに枯れ果てていく。

 

何も作品を生み出せなくなったアリナ・グレイを見て、周りの人々は冷遇していった。

 

御園かりんは相変わらず自分の美しい世界だけを見て、自分の美の道を進めていける。

 

スランプで苦しむアリナを置いていき、表現者の道を順風満帆に進んでいけるのだ。

 

それでいて絵を描けないことを心配してくれる。

 

その優しさは時に、アリナを深く傷つけた。

 

ただ自堕落に生きていくしか出来なくなった天才と呼ばれたアーティスト。

 

もう筆を折るしかないと思った頃に、それは起こった。

 

2019年1月28日。

 

アリナはかつてない程の感動を感じる事件が東京で起きたのだ。

 

彼女は見つけた。

 

悪魔と呼ばれる存在を。

 

「あの日…どれだけアリナが救われたんだろ?どれだけハートを釘付けにしたんだろ…?」

 

アリナは夢中で映像に映る存在達に見入ってしまい、感動の光景を録画し忘れた。

 

必死になって事件記録をネットで探したが何処にも見つからない。

 

日本を含めて世界中のSNSに検閲がかかったかのように、画像も動画も削除されていたようだ。

 

あの事件をSNSで語るアカウントも凍結される程の言論弾圧が世界同時に起こってしまった。

 

あの事件は後に、日本政府によって悲惨なテロ事件として発表される。

 

メディアも口裏を合わせ、違うニュース内容を報道し続ける事で騒ぎの沈静化を図っていった。

 

それでもアリナは東京で起きたあの事件が忘れられない。

 

「あの姿…ヒューマンの男のようにも見えた。でもヒューマンじゃない…魔法少女ですらない」

 

キュウベぇに問い質したが、しらばっくれた態度しか示さない。

 

アリナはあの事件に関わった存在を独力で探し続けたが、遂には見つけられなかった。

 

あの事件がキッカケで湧いたインスピレーションも今では枯れ果ててしまう。

 

また筆が止まってしまった彼女を見た周囲の人々は再び冷遇を繰り返すのみ。

 

「あんな最高にブリリアントなライフが…この世界で生きていてくれていた」

 

東京に現れた悪魔と呼ばれる存在に多大なる関心を示すアーティスト。

 

他にも大勢いるかもしれないと期待するのだが、見つける宛など何もない。

 

アリナは今でも探し続けている。

 

()()()()()という存在を…。

 

……………。

 

「ハァ…流石にお腹がハングリーかも。水飲んだら何か口にしよっと…」

 

立ち上がり、踵を返して家の中に入ろうとした時だった。

 

「えっ…?」

 

朝日によって描かれたアリナの人影が伸びている。

 

だがおかしい。

 

人影の数が()()()()()()()()()

 

まるで3人の少女達が並んだために生まれてしまった人影のようにも見える。

 

右に見えたのは、パラソルを開いた小学生ぐらいの子供の影。

 

左に見えたのは、大学の卒業式などで見かける博士帽を被った子供の影。

 

背中を合わせたかのように3人が佇む光景が広がったような錯覚を感じてしまったようだ。

 

この世界では、それは起こり得ない。

 

可能性が絡み合って生み出された宇宙(レコード)でしか起こらないアリナ・グレイの可能性。

 

その世界においてのアリナは…こう呼ばれていたようだ。

 

魔法少女解放を掲げる組織の長…マギウスと。

 

「……誰もいないんですケド」

 

横を見てみるが、そこには誰もいない。

 

「気のせい?それにしては…奇妙なリアリティを感じたんですケド」

 

家の方から母親の声が聞こえてくる。

 

それを合図に魔法少女姿から元の姿に戻ったようだ。

 

「今のアリナは…アリナの美が現れてくれない世界で生きるしかない魔法少女」

 

それでも、いつか絶対に悪魔と呼ばれる存在を見つけてみせる。

 

それだけが今の彼女が生きている理由。

 

アリナ・グレイは求めている。

 

彼女の美を生み出すに相応しい…作品の素材達を。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「アリナせんぱ~い!おはようなの~!」

 

元気に手を振ってくるかりんの姿を見て、軽く溜息。

 

「悩み事がないフールガールは元気だけは無駄にあるヨネ」

 

今日の学校に向かっているようだが、瞼は睡眠を必要としているように下がり続ける有様。

 

「アリナ先輩、学校でお昼寝ばかりしちゃダメなの」

 

「お節介なんですケド」

 

「夜更かしはレディの天敵だって、お婆ちゃんが言ってたの」

 

「寝る子は育つって言葉を知らないワケ?」

 

お互いに通学路を歩く日常の光景が神浜市栄区に広がっていく。

 

今の時間ならば、地域住民達の日常会話も耳に入ってくるだろう。

 

栄区は東の工匠区も隣接している地域。

 

時折東の人間達もこの街に訪れるようなのだが…。

 

<<聞いてくれみんな!!俺は木星のお告げを夢で聞いたんだ!!>>

 

突然聞こえてきたのは、素っ頓狂な男の声。

 

「何なの…あの人?」

 

「危ない人じゃない…?」

 

1人の若い職人風の男が声を大にして街行く人達に何かを伝えようとしている。

 

「アリナ先輩…妙な人がいるの」

 

「まぁサマーだし、暑さでブレインクラッシュした人も湧くと思うワケ」

 

興味無さそうに立ち去ろうとした時、気になる話題が飛び出してきた。

 

「木星のお告げによれば、この世界は()()()()()()()()んだ!」

 

「ハァ…?」

 

「その引き金を引くのは…()()だ!!木星のお告げが危機を知らせてくれた!!」

 

傍から見れば頭のおかしいサイコな人物の戯言内容。

 

しかし、何故かそれに興味がそそられる。

 

アリナが他の人々とは感性が違う所以だろう。

 

「何かのアニメの設定な気がするけど……あ、アリナ先輩?」

 

気が付けば彼女は変人男に近寄っている。

 

「ねぇ、その木星のお告げで…人の姿をしているけど、人じゃない男って出てこなかったワケ?」

 

興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、男は早口で捲し立ててくる。

 

「君は俺の言葉を信じてくれるのか!?ありがとう!もちろん出てきたよ…」

 

――その男の名は……人修羅と呼ばれたんだ。

 

その名を聞いた時、彼女の胸が高鳴りを示す。

 

男は続けてこう語る。

 

混沌に包まれた神浜社会さえ、新しく改変する者だという。

 

変人と変人が会話を行っていた時、慌てた様子で走ってくる少女の姿。

 

「何やってんのタケさん!!?」

 

買い物袋を両手に下げた工匠学舎女子制服を着たポニーテール娘が割って入る。

 

気恥ずかしいのか無理やり男を掴んで去っていく後ろ姿を残していく後ろ姿。

 

どうやらサイコな男の関係者なのだろう。

 

「変なこと言わないでって言ったでしょ!!最近のタケさん変だよ!」

 

「違うんだ月咲ちゃん!!これは木星が皆に伝えないと大変なことになるって…」

 

「もういいから!タケさんは病院行って!!頭の方だよ?」

 

変人を連れて行く少女の姿を見て、周囲の人々が陰口を叩き始める。

 

「あの制服…東連中だったのか?」

 

「やっぱり東の人らって頭おかしいでしょ~奥さん?」

 

朝の珍事と遭遇してしまったが、アリナの思考は眠気が飛ぶ程の回転と興奮に包まれている。

 

「人修羅……神浜に現れる……」

 

「アリナ先輩…何だか元気出てるの。何か嬉しいことがあったの?」

 

「この興奮が分からないなんて、フールガールはお子様なんだカラ」

 

「意味が分からないの…」

 

心の奥底から湧いてくる美の衝動が彼女を突き動かす。

 

今日の学校に向かう足取りも軽くなっていったようだ。

 

頭のおかしい人物が語った内容など誰も気に留めないだろう。

 

それでもアリナにとっては違う。

 

ようやく見出せた希望のようにも感じていた。

 

「アリナ…絶対にその男を見つけてやるんだカラ。そして……」

 

――アリナの美の素材にしてやるんだカラ!

 




読んで頂き、有難うございます。

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