人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
6月の季節も過ぎていく最初の週末頃、尚紀は風見野市に帰ってきている。
見上げているのは建設工事の足場が作業員達に組まれていく骨組み部分であろう。
彼が炎を運んでしまった我が家だった大聖堂を見上げながらも足元の猫達に念話を送る。
<ここが俺の家だったんだ…>
<悪魔である尚紀の家が神の家だったなんてね…皮肉なめぐり合わせだと思うわ>
<元気出すニャー…こうして尚紀が建設会社に仕事頼んで修理しているし、元に戻るニャ>
<ここで暮らしてきた杏子ちゃんだってきっと喜ぶわ…家族は帰ってこないけど…>
顔を陰鬱に沈ませる尚紀を見上げる猫達は彼の心情を察するだろう。
償いをしようとしているようだが、自責の念は消えないのだと伝わったようだ。
<ちなみに、お幾らぐらいしたんだニャ?大聖堂の修理や住まいを建て直す見積り金額は?>
<100億円ぐらいだったか>
ニャッ!?<<100億円!!?>>
2019年の今年の4月、フランスではノートルダム大聖堂が火災被害を受けている。
850年前に建てられた歴史的ゴシック建築である大聖堂ゆえに修繕費は極めて高くつく。
額は6億~7億ユーロ(約740億~860億円)規模にまで膨れ上がったという。
ノートルダム大聖堂程の歴史建造物ではないが、佐倉牧師達が暮らした大聖堂もかなりの規模。
修繕費は100億円を超えてしまったようだ。
<こんな金額を風見野財政が賄う事など出来ないだろう。杏子の家を焼いた俺が払うしかない>
<尚紀が焼いたわけじゃないでしょ?結果として…そうなっただけよ>
<原因を作ったのは俺だ…だから結果がついてきた。俺が杏子にもたらした呪いの因果だ>
<それで、元通りになるのはいつ頃予定なんだニャ?>
<4年近くはかかると言われた。杏子が高校に進学して卒業するまでには完成しているだろう>
<元通りにしたら、この大聖堂を誰の所有物にするつもりなの?>
<佐倉牧師が所属していたかつての教会団体に寄付する。悪魔の俺が神の家を所有するもんか>
<それがいいニャ。きっとまた牧師の誰かが赴任してくると思うニャ>
<焼かれても…ここは佐倉一家が暮らしてきた思い出が残る場所だものね…>
<誰も寄り付かない廃墟のままだなんて寂しいニャ…だから尚紀は大金を出したんだニャ>
<…そうだな。さて、そろそろ東京に帰るか>
佐倉牧師の教会まで続く森の入り口で待たせてあるタクシーに向けて歩きだす。
「しかしまぁ…そんな大金をポンと出資出来るなら、尚紀も車ぐらい所有したらどうなの?」
「オイラ達だって遠出移動が便利になるニャ。猫が乗れるタクシーを探す手間も省けるニャ」
「お前らが勝手に付いていきたいって言い出さなければ連れてこなかったよ」
「オイラ達を部屋に軟禁してストレスを与えていると、とんでもないイタズラをやるかもニャ」
「ソシャゲで俺のクレジットカードをまた使ったら、猫毛全部剃ってスフィンクスにしてやる」
「それは…カンベンだニャ」
ふと思いついた尚紀は黒いトレンチコートのポケットからスマホを取り出して検索する。
「車か…俺も神浜市に出張することになったし、色々と見てみるぐらいなら構わないか」
「神浜市ねぇ…横浜や神戸とよく似ている新興都市だと聞いているわ」
「…ついてくるのか?」
「当たり前だニャ」
「……泣けるぜ」
♦
国産車メーカーのディーラーから説明を聞き終えたが尚紀はパッとせず、店舗から出てくる。
「通勤や尾行捜査、遠出に使う…だけじゃ済まねーよな、魔法少女共と関わる以上は…」
彼の荒っぽいドライビングテクニックに耐えられる車を探しているようだ。
「車に詳しいわけじゃない俺が探しても時間の無駄か…そういや、車に詳しい奴がいたな」
スマホを取り出してニコラスの店に電話する。
週末となり、彼はニコラスの住んでいる家がある地域に向かったようだ。
「渋谷区松濤…政財界の大物も暮らす東京で最高の富裕層住宅街で暮らしてたんだなぁ…」
高い塀を構えた要塞さながらの家が多く、暮らしている人の気配を感じさせない。
政財界の大物が多く住む高級住宅街故にセキュリティ意識が高いようだ。
「ここだよな…?」
広大な敷地を覆う石張りの塀と落ち着いた外壁を持つ豪邸が目に映る。
目立つのは横に長過ぎる程に広がっている巨大ガレージ扉であろう。
「そこに収めてある車は私の自家用車だ」
玄関を開けて彼の元まで歩いてきていたのは紺色の整備用つなぎ服を着たニコラスである。
「庭に入ってくれ。車を弄り回す私の趣味が詰め込まれた宝箱まで案内しよう」
「自慢する気か?」
「当たり前だろう?」
「だろうな」
広大な庭の中で目についたのは自動車整備工場のような外観をした建物。
隣接しているのは車のギャラリーを思わせるガラス張りの大きな建物が屹立している。
ギャラリーに案内され、ショールームを思わせる内部を飾る欧米の高級車が出迎えてくれる。
装飾と共に並べられたコレクションカーを見せられながら車の話に花を咲かせていくだろう。
一階応接ルームの窓辺に座り、淹れてもらった珈琲を飲みながら尚紀は感想を述べていく。
「欧州の車だけでなくアメ車も色々あったなぁ。アメ車も好きだなんて意外だな?」
「アメリカで妻を見つけた話を君にはしたと思う」
「そういや…アメリカで生活してたんだったか?」
1949年から79年までの30年間アメリカに滞在したニコラスは妻を説得してきた者。
その過程で様々な友人関係も出来たようだが、その後は今の日本生活を送ってると語られる。
「どれもピンとこない。高級車ばかりで収入源の稼ぎではとてもじゃないが維持していけない」
「貯金は沢山あっても、君は投資家の道には進まなかったからなぁ」
「大金持ちになろうが俺は庶民だ。それに高級車を乗り回しても直ぐに壊す未来しか見えない」
「君の荒っぽい運転を楽しませてもらった感想としては、スクラップが何台も生まれると思う」
「このショールーム以外で余らせているコレクションカーを置いていないのか?」
「後は車内部を弄り回す整備工場に置いてあるエンジン等の部品パーツぐらいなのだが…」
「そうか…なら仕方ない。色々見せてくれたが今回は遠慮する…」
「いや、待て。もう1台だけあるんだが…」
「何か含みがある言い方だな?」
「あの車はアメリカで暮らしていた頃に私が半ば引き取る形で手に入れたいわくつきの妖車だ」
「へぇ、魅力的な単語が出てきたな。見せてくれないか?」
「分かった。ついてきたまえ…彼女の元に案内しよう」
「彼女…?」
「ああ、とんでもないじゃじゃ馬娘だよ…あの車はね」
2人は席を立ち、車の整備工場の隣に設置されている木造ガレージに案内される。
観音開きの扉を開けていくと、中にあったのはとてもじゃないが人に勧められる品ではない。
「おい…なんだよこの…オンボロ車は?」
「紹介しよう。彼女の名前は…クリスだ」
置いてあったのは、ボロボロに壊れていた一台の車だけであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「おい、まさか俺にこんなスクラップカーを紹介したかったのか?」
「説明させてくれ」
ガレージの中に入り、2人は車に近づく。
真紅の塗装と白の屋根が美しい1958年型のプリムス・フューリーだと説明される。
その姿はもはや美しかった頃の原型など留めていない程にまでボロボロの外観をしている。
それに気になるのは地面に固定されるかのように太い鎖に繋がれている車体であろう。
「クリスなんて名前が何故つけられたんだ?」
「これの前の持ち主も君と同じ質問をしたことがある」
クリスという名で呼ばれるのは誰がつけたのかも分からない文字キーチェーンが由来である。
アルファベットでクリスティーンという文字の形をしていたからだと聞かせてくれる。
「どうしてこんなになるまでボロボロになっちまったんだ?」
「それを説明するには、この車が如何に呪われているかを語らねばならない」
この妖車は1957年頃のアメリカのデトロイトで完成を間近にしていたという。
生産ライン上にある車に乗って一服していた工員が車中で謎の死を遂げたと聞かされる。
それが理由となり、呪いの車として扱われだしたようだ。
時は流れて1979年初頭。
妻であるペレネルが暮らすミネソタ州の東側にある州で暮らすニコラスの元に連絡が届く。
この妖車をスクラップ置き場で見たという内容のようだ。
妻の説得を諦めかけていた時に出会い、ニコラスが惚れ込んでしまう程の車となっていく。
日本に生活の場を移す準備を進めてきた彼は日本に移ってから暫くして彼女も日本に持ち込む。
異国の地でボロボロの体を整備してあげたようだ。
「あれほど愛していた妻を忘れさせてくれる魅力を感じたが…そこがこの車の恐ろしさだ」
「人を呪う魔石と同じ類の妖怪車だって言いたいのか?」
「このクリスをスクラップ場で見つけた時、スクラップ場の管理人から聞かされたんだ」
「スクラップ場で見つけただと…?何を聞かされたんだ?」
「この車はカリフォルニアのスクラップ場でもサイコロになるまで圧縮されて壊れてたんだ」
「…まさか再生して動き出し、ウィスコンシン州にまで自力で走ってきたとでも?」
「そうとしか説明出来なかった。そして、ウィスコンシン州でも悲劇は起きた…」
クリスを所有していた男が恋人を乗せて運転していたら制御不能になったという。
そのままガソリンスタンドに突っ込み、炎上した末に原型が残ったのは彼女のみと聞かされる。
「まさにジェノサイドカーだな。お前もこの女に振り回されたようだが?」
「恥ずかしながらね。私は自宅の整備工場でこの車を私好みの女にしようとしてたんだ」
「その熱の入れようなのに、どうして今はこんなボロボロにして放置している?」
「エンジンや変速機を改造していた時に妻の名を工場内で呟いてしまった…それが不味かった」
「暴れだしたってのかよ?誰も乗っていないのに?」
「体当たりで工場が内側から壊されるかもと肝を冷やす程の暴れっぷりだったよ」
「…それ以来、ここに繋いできたというわけだな」
「この車の魔性に取り憑かれるわけにもいくまいと封印してきたというわけさ」
「話は分かった。こういう類の同族と出会うのは俺も初めてだな」
ゆっくりとクリスの回りを歩きながら彼女のボロボロの姿を確認し続ける。
車のフロント前に立ち、右手をへしゃげたボンネットに置いてみる。
すると突然、エンジン音が鳴り響く。
「なんだと!?」
サイドブレーキが外され、後輪が煙をあげながら回転していく。
太い鎖を引き千切らんと加速し始めるのだ。
「離れなさいナオキ君!!」
封印されてきたガレージから逃れんと走り続けるが前に進まない。
フロント部分を抑え込んだ悪魔の力の前ではびくともしないようだ。
「落ち着けよ、じゃじゃ馬娘。まだまだ暴れたりないのか?」
両手でバンパーを掴み、後輪が浮く程にまで持ち上げていく。
まるで拗ねて言う事を聞かないお転婆な恋人を彼氏がお姫様抱っこしてなだめる光景であろう。
暫く回転し続けた後輪だったが、次第に大人しくなっていく。
完全に静止したクリスをゆっくりと地面に下ろした後、念話を送る。
<おい、クリス。お前も俺と同じく…悪魔なんだろ?>
暫く沈黙した後、カーラジオから洋楽のラブソングが流れ出す。
<やっと見つけた…アタシを抱き上げてくれる…悪魔のダーリンを見つけたわ!!>
尚紀とニコラスは車から発せられる魔力の波動を感じとる。
ついにニコラスは数十年ごしに見る事になるだろう。
彼女がなぜ原型を留めないスクラップにされても元に戻る事が出来たのかを目撃する。
多くの悲劇を生み出し続けた悪魔の力を見せつけられる時がきたのだ。
【クリス・ザ・カー】
愛を得ず死んだ女が取り憑いた妖車。
付喪神という器物は100年経ると化けるという日本の俗信がある。
99年目で捨てると古い器物があと1年で命を得られたものをと恨みを抱いて妖怪に変貌する。
思い入れた物品には付喪神として魂が宿ると言われるが、彼女は最悪にタチが悪い類であろう。
彼女を題材にした洋画も存在し、映画好きの間でも人気があるヴィンテージカーだった。
「な…なんと…」
砕けた丸いフロントライトからハイライトの光が灯され、2人を包み込む。
空気圧が抜けた片側タイヤが元に戻るかのようにしながら車体がせり上がっていく。
ボコボコに凹んだ車体までみるみるうちに復元していく。
へしゃげた屋根や砕けたガラス、曲がったグリルまで復元していったようだ。
悪魔の中には歩いているだけで体力や魔力を回復させる力を持つ悪魔が存在している。
また戦闘後に傷や魔力を完全回復させる力さえ持つという最高位の悪魔達もいるようだ。
彼女の回復力だけなら最高位の悪魔領域に辿り着く事も可能であろう。
「スクラップにされても形を維持出来るわけだ。この光景をアメリカの友にどう説明しよう?」
「秘密にしておけ。どうせ説明したところで、俺達悪魔の存在など理解出来ない」
「そうだな…そうしよう」
「乗ってダーリン!一緒に踊りましょう!!」
運転席側の扉を開け、クラクションを鳴らしながら早く乗れと急かしてくる。
「こいつの鎖を外してやれ」
「気に入ったのかね?」
「ああ。悪魔の俺には悪魔の車がお似合いだ」
「なるほど、確かに。しかしこの車は魔性の女…君も男なら魅了されかねんぞ」
「悪魔の精神操作魔法である魅了魔法はかつての世界でも凶悪だったな。気を付けよう」
促された尚紀は車内に乗り込み、ニコラスは車を拘束し続けた鎖を外していく。
開放された彼女はご機嫌なエンジン音を鳴らし、ツインマフラーから排気ガスを吹かす。
「いくらで譲ってくれるんだ?」
「金などいらないよ。厄介払いが出来て嬉しいぐらいだ」
「その爺さんも顔はいいから相手してやったけど、嫁さんの尻に未だに夢中な男は嫌いよ!」
「…とか言ってるぞ」
「ヤレヤレ、他の女に入れ込むと怖いものだ。私はペレネル一筋を貫いていこう」
「問題はこいつを預けておける車庫だな…引っ越しを考える必要がありそうだ」
「去年の君は…私の自家用車の一つを立派なスクラップにしてくれるまで走ってくれたな?」
「まぁ…そういう出来事もあった気がするよ」
「お陰で家の前のガレージには停車させておけるスペースがある。使ってくれて構わないよ」
「何から何まで世話になりっぱなしだな、ニコラス」
「君と私は秘密を共有出来る数少ない友人の1人。友よ、気にするな」
空ぶかしさせ、久しぶりの光の世界に進み出ようとする車悪魔。
真紅の塗装が徐々に真紅の色から漆黒の輝きに染まっていく。
「君に似合う女になれるよう、お色直しも出来るようだ」
「試運転に行ってくる。玄関の大きな扉を開けてくれ」
「君の荒っぽい運転では車体もエンジンも摩耗するばかりだろうが、彼女なら問題ないな」
自動で開いていく屋敷の門からドリフトしながら車道に躍り出てきたクリス・ザ・カー。
胸ポケットから葉巻を取り出し、火を点けて紫煙を燻らせながらニコラスは見送ってくれる。
「ケツをしっかり振れるいい子だ。俺のダンスは激しいぞ?」
「その強引さは嫌いじゃないわ!アタシはクリス・ザ・カー!今後ともヨロシク、ダーリン!」
渋谷区松濤から山手通りに入り、首都高速三号渋谷線に向けて進んでいく。
悪魔と悪魔が織りなすダンスパーティの会場入りの光景であった。
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まだ朝日も登らない早朝の首都高速湾岸線にはクリスが走行していく姿が見える。
深夜移動のドライバーやタクシーぐらいしか走らないだろう高速道路を突き進む光景が続く。
派手なアメ車が駆け抜けていく光景は周りの車から見ても目立つだろう。
軽く追い抜かれていくタクシーのドライバーは追い抜いた車を見て感慨深い溜息をつく。
「プリムス・フューリーの初代モデルか!あの加速力…中身は相当弄ってあるんだろうなぁ」
クリスの車内には運転席で操縦し続ける黒のトレンチコートを着た尚紀がいる。
仕事場に行く前に少しでも彼女を操縦する感覚を磨き上げようとしているようだ。
古いメーター計器も正常に作動し、内装も大幅なレストアが行われている。
ダッシュボードにスマホを固定させ、デッキに搭載したオーディオからスマホ音楽を流す。
キックパネルスピーカーから溢れる車内音楽を楽しみながらのドライブというわけだ。
「ダーリンのダンスリードはとっても素敵よ!アタシとの相性バツグンだし、相思相愛ね!!」
「そのノリ…勘弁してくれないか?」
「それにしても、アタシの他にも同じ悪魔を何匹か飼っていたなんてねぇ?しかも臭い猫…」
「ネコマタと会って早々に喧嘩しやがって。女の敵は女なのか?」
「あら?よく分かってるじゃないダーリン。そう、女社会はめんどくさいのよ~」
「男の俺に女社会の生き辛さを語られてもなぁ…」
「サバイブする器用さと残酷さが無いと蹴落とされて女社会のゴミ箱行き。恋愛競争のように」
「ドライな関係でも周りと上手くやってける男社会で暮らせて良かったよ」
ひとしきり走行性能を試していたら、サイドミラーに目が行く。
後方から猛スピードで迫ってくる一台のスーパーカーが見えたようだ。
「ハァイ、尚紀!新しい車を手に入れていたなんて、真っ先に連絡して欲しかったわ♪」
左車線側で並走し、助手席側の窓を開けて声をかけてきたのは同僚の瑠偉であろう。
「お前に連絡したら挑まれるって分かってたからだよ!」
「分かってるなら、ドライビング勝負しましょうか!」
「勘弁してくれ!直線番長のお前のチェンテナリオを相手にして首都高で適うわけないだろ!」
「ならドリフトテクニックでいきましょう!事故ったら負けね!」
「おいっ!!?」
「面白いじゃない、ダーリン!受けて立ちましょう!」
「お前まで乗り気かよ…」
「あんな牛の魔王のような車を選んでいる趣味の悪い女なんかにアタシ達が負ける訳ないわ!」
クリスのカーオーディオと電波で繋がっているスマホを勝手に操作する。
動画配信サイト画面をスクロールさせ、音楽動画が再生される。
選ばれた動画音楽とはチャイコフスキーバレエ組曲であり、くるみ割り人形の花のワルツだ。
「たくっ…どういう趣向だよ…このノリは!?」
クリスを追い抜いた瑠偉の車がUターンドリフトし、前方から逆走してくる。
あわや接触事故かと思う程にまで迫りくる中、互いがサイドブレーキを引き上げる。
鈍化した世界。
互いの車体の後輪が横滑りしていき、円を描く回転によって二台の車が踊っていく。
互いが並走状態に戻し、接触距離も迫る状態でさらにドリフトを行う。
1センチ程度の距離で互いの車が絡み合う一回転が披露される。
先に躍り出た瑠偉の車が一回転ダンス、続いて尚紀の車も一回転ダンス。
踊りましょうとばかりに瑠偉は車体を半回転させ、クリスの1センチ幅前でバック走行を行う。
江東区ビックサイト前の高速道路で社交ダンスのようにしながら瑠偉の車が半回転する。
尚紀も一回転ドリフトさせる光景はまるでルンバのスポットターンであろう。
「やるじゃない、尚紀!それでこそよ!私が直々に指導してあげた甲斐もあったものね!」
「フン。その車とドラテクが相手じゃ…首都高だけでなく峠でもお前に勝てる自信はねぇよ!」
「キーッ!!峠で勝負するならダーリン!アタシがあいつの車を崖に突き落としてあげるわ!」
「やめとけ。避けられて俺達が崖に落ちるだけだ」
まさに町の遊撃手とばかりに踊りまくった二台の車は辰巳第一PAから道を下っていく。
職場の聖探偵事務所に近づく頃には朝日も顔を出し始める。
「ん?瑠偉のチェンテナリオのエンジン音と、もう一つ聞き慣れないエンジン音が来るな?」
朝早く出勤していた丈二は愛車であるマスタングを事務所内ガレージで磨いていたようだ。
「おわっ!!?」
開いたシャッターに目掛けてドリフトしながら並走してくる車に驚いて大声を出してしまう。
慌てたため握っていたタオルを床に落としてしまったようだ。
「ふぅ!楽しかったわ~尚紀。早起きは得するって本当よね~♪」
「よう、丈二。お前も早くに出勤してたんだな?」
「な…尚紀?おま…お前、その車はーっ!!?」
突然興奮しだした丈二がクリスの周りを回転しながら様々な角度でクリスを見つめ続けてくる。
「初代プリムス・フューリーじゃねーか!こんなレアなヴィンテージカーを何処で見つけた!」
興奮が収まらない丈二が助手席側の扉に頬ずりし始めた時、悲劇が起きる。
「んがッッ!!?」
勢いよく開いた助手席側の扉によって頭を強打され、地面に倒れ込んでしまう。
「アタシに気安く頬ずりするなんて、こいつヘンタイよダーリン!轢き殺していい?」
目を回す丈二を見る瑠偉は肩をすくめ、彼も額に手を当てながら遠い眼差しをするのであった。
♦
6月の前半頃までには東京で抱えていた探偵の依頼を尚紀達はこなし終える。
彼は事務所の引っ越し先を探すため、今日から神浜市に向かう出張生活となるだろう。
「楽しみだニャー!オイラ初めて神浜市に行くけど、どんな建物があるのかニャー?」
「貴方は建物よりも、女子学生とかに媚び売って可愛がってもらう方が目当てなんでしょ?」
「な…なんの事かニャー?」
出張する尚紀の足元についてきているのは猫仲魔のケットシーとネコマタであろう。
「首輪にGPS発信機をつけてやったが、あまり遠くに行くんじゃねーぞ」
「「ハーイ」」
ニコラスから貰ったガレージリモコンのコピーを使い、シャッターを開けていく。
「アーッ!ダーリン…まさかそいつら、アタシの車内に乗せていく気じゃないでしょうね!?」
「まぁ、成り行き上そうなっちまった」
「乗車拒否よ!猫臭くなる!特にネコマタ!ダーリンに近づかないでよ…この泥棒猫!」
「あんただってガソリンやオイル臭いじゃない!それに尚紀と私はそういう関係じゃないわ!」
「そう言いながらダーリンの布団の中に入り込んで寝てるんでしょ!?キーッ!悔しい!!」
「その巨体で家の中に突撃してくるのはやめてくれ」
「女同士って、合わない時は合わないもんなのかニャー?」
尚紀になだめられたクリスは猫悪魔達も車内に入れることとなってしまう。
朝日も昇り始め、光に包まれた世界に進み出るために車のキーを差込口に刺す。
アルファベットキーホルダーに追加して彼がつけたのは鬼マークキーホルダーであろう。
キーを半回転させ、エンジンが始動する。
トレンチコートの胸ポケットからサングラスを取り出し、朝日の逆光に備える。
「さぁ、俺達の新しいステージに向かうとするか」
光の世界に走り出た仲魔達を導く尚紀は懐かしい感覚に包まれていく。
かつての世界でも仲魔達と共に歩んできた人修羅だからこそ感じる光景なのであった。
読んで頂き、有難うございます。