人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築   作:チャーシュー麺愉悦部

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90話 神浜の中華街

神浜市南凪区は中国生まれの戦後の日本人、歴史で言うところの満州人達が暮らす地域。

 

ソ連軍侵攻で満州国の日本人は関東軍に見放され、命からがら逃げて流れ着いた場所である。

 

幸運な者達が帰国した際に作った街として残るのがこの街であろう。

 

戦後から神浜で暮らす満州人達の生活を送ってきた異国情緒漂う街のようだ。

 

季節は7月の20日を超え、学生達は夏休みに入る。

 

今日は土曜日ともあり、早いお盆休みがとれた観光客も集まって盛況のようだ。

 

賑やかなチャイナタウンを歩く人物の中には黒いビジネススーツを着た尚紀の姿もあるだろう。

 

「……ふぅ。南も中央もダメだったか…」

 

悪魔の力をもってしても解決出来ない問題を今は抱えており、精神的に参った顔をしている。

 

悩んだ末に神浜チャイナタウンともいえるこの街に訪れたようだ。

 

「東の物件を丈二に進言したが駄目か…結局俺はあいつらに頭を下げる事になっちまうのか…」

 

重い足取りのまま赤い提灯が連なるチャイナタウンを歩き続ける。

 

向かう場所は地元の互助組織である蒼海幇の代表である長老が営む武術館なのだろう。

 

「はぁ……行きたくねぇ」

 

金に困った長老だけでなく、がめつい性格の美雨からもカモられる光景が頭を過る。

 

気が乗らないため道草でもしようかと街並みに視線を広げていく。

 

「そういや俺…この横浜のチャイナタウンみたいな街…あまり見て周っていないよな」

 

早めに神浜市に到着した事もあり、時間を潰してから訪れる事にしたようだ。

 

南凪路インフォメーション・センターに立ち寄り、観光ガイドを一つ貰う。

 

歴史のあるショッピングストリートをガイド片手に歩き続ける。

 

「世界最大級の規模を誇る横浜中華街に匹敵する街…500軒近い数の店があるのかよ?」

 

ガイド片手に街を見物していると声をかけてくる人物が現れる。

 

「グルメにショッピングに魅力的な名所が盛りだくさん。神浜チャイナタウンにようこそネ♪」

 

「…もう俺、蒼海幇に見つかっちまったのかよ!?」

 

慌てて後ろを振り向けば可愛らしい夏服姿に衣替えした美雨が立っている。

 

ガイド内容に集中していたのか魔力の気配に気がつくのが遅れてしまったようだ。

 

「観光にでも来たカ?ガポリ金落として帰るネ♪」

 

「俺がこの街に来た時からつけていたのか?」

 

「お前の顔、もうこの街の人達に覚えられてるヨ」

 

「一年前に来たことがあったぐらいなのにか?」

 

「この街助けてくれた奴忘れる程、蒼海幇は薄情じゃないネ。見かけたて聞いたから探したヨ」

 

「そうか…お前と初めて出逢ってから、もう一年になるんだな。早いもんだ」

 

「あれから私、クンフー沢山積んだネ。今なら一年前のような遅れはとらないヨ!」

 

右掌を握り込み、いきなり右沖拳突きを放つ。

 

彼は右足を後ろに引き、体を横にずらしながら手首を掴み、左裏拳を顔面に打ち込む。

 

「くっ…!?」

 

当たるかと思われたが寸前で止められたようだ。

 

「腕をさらに上げたカ!?まだクンフー足りないのカ…私?」

 

「その件については、後で話したい事がある。今は大通りだし目立つからやめろ」

 

手を離し、踵を返して街を歩く彼の横を美雨もついてくる。

 

「今日は観光だけの目的で来たカ?その服見るに、何か他に目的があて来たと思うヨ?」

 

「まぁな、後でマスターのところに顔を出す。今は少し…この街をぶらつこうと思って」

 

「なら夏休みに私も入たし、街を案内してやるけど…」

 

「どうした?」

 

「ナオキ、お前…妙な奴につけ回されてないカ?」

 

「…ああ、あいつな」

 

後ろの影からこちらを見ているのは広江ちはるの姿であろう。

 

2人は尾行に気が付かれていないと思わせるため、あえて背後を振り向かない。

 

「ヨソモノ来たら直ぐ分かるヨ、何者ネ?魔法少女にストーカーされる事でもしたのカ?」

 

「…俺も迷惑してるんだがな。あの小娘の探偵ごっこの相手をするのも疲れる」

 

「西側でも東側でもない魔法少女…完全にヨソモノネ。この街荒らしに来たのカ…?」

 

「そのつもりはないようだ。迷惑かけるつもりはないと言っている連中だから心配はいらない」

 

「フーン、他の仲間もアイツいるネ?目的はお前だけカ?なら、ナオキが上手くやればいいヨ」

 

ちはるは無視する事にした者達は南凪区メインストリートの交差点の角を曲がる。

 

「…ナオキ」

 

「なんだ?」

 

「私もお前に聞きたい事あるヨ。私への話終わたら…少し付き合うネ」

 

俯向きながら話す美雨を見た彼はここ最近の流れから考えるに嫌な予感しか感じていない。

 

(俺の正体の件か…?ペンタグラムとの戦いを世界中に報道されたのは…不味かったな…)

 

尾行中のちはるも角にある店の壁に隠れながら様子を覗き込んでくる。

 

「尚紀さん、この中華街の魔法少女とも縁があったんだ…メモメモ」

 

地道な捜査が犯人特定に繋がる大切さを彼女は大事にしている。

 

大好きなドラマシリーズである宿無し探偵等々力耕一から学んだようだがまだ子供だ。

 

「お嬢ちゃん!出来たてのパンダまんが蒸し上がったよ!買っていかないかい?」

 

「あっ!可愛いし美味しそう~!いただきま…あれ?尚紀さん達…何処行ったんだろ?」

 

見失った捜査対象に気が付き、慌てながら街の中を駆け抜けていく子供らしさがあった。

 

 

美雨に先導されながら尚紀はひとしきり南凪路を歩き続ける。

 

「随分とでかい中華式の建物だな…」

 

「神浜大世界。この南凪路最大級のエンターテインメント施設ヨ」

 

「また今度寄ってみるか」

 

遊んでいる暇は無いので2人は移動していく。

 

複雑に入り組む路地を歩いていたら大きな廟が見えてきたようだ。

 

「あそこは何かの宗教施設か?」

 

「神浜関帝廟ネ」

 

「横浜にある関帝廟と同じ宗廟みたいだな」

 

「商売の神であり武神でもある三国志武将の英雄、関羽が祀られているネ」

 

「老華僑扱いされるこの街の人達も中国の神を帰国しても崇拝してるってわけか」

 

「その通りネ。関羽は三国志でも人気者だから当然ヨ」

 

「…少し見てみるか」

 

本殿の参拝を行うために入口の廟を登っていく。

 

参拝証を買おうとしたが、美雨もついでにやりたいと言い出してくる。

 

参拝証二枚とお清め線香十本、それに炊き上げ金紙をセットで奢らされたようだ。

 

「ここは春節、關帝誕、それに年末カウントダウンも行われるイベント沢山ある人気観光地ネ」

 

「中国の祖霊(主神)信仰である道教か。関羽は道教に取り込まれた武神だったな」

 

本殿の入り口前には関羽を守護するかのように佇む二匹の狛犬である獅子像が出迎えてくれる。

 

静かに狛犬像を見つめ続ける中、彼の反応が気になった美雨が声をかけてくる。

 

「狛犬がどうかしたカ?」

 

「なんでもない…知らない誰かが一角獣の狛犬と俺が同じ存在じゃないのか?と言い出してな」

 

「お前よく見ると…目つき悪いけど可愛い犬みたいな顔してるネ♪前世は柴犬カ?」

 

「忘れてくれ。本殿に入るか」

 

チケットを受付で提示して線香に火を点けてもらう。

 

狛犬の後ろ側に見える階段を上り、正門を超えて香炉の場所まで到着する。

 

五本の線香を一本ずつ数字で決められた香炉に立て、五体の道教神にお供えしていく。

 

「道教の有名な神は伏犠と女媧ネ」

 

「たしか兄妹であり夫婦の神だったか?人類を創成したのが女神の女媧だったかな…」

 

「それに2人を夫婦にした道教最高神の玉皇皇帝がいたネ。ナオキは道教の神は詳しいカ?」

 

「…何体かは会った事があるって言ったら、お前信じるか?」

 

「信じるわけないネ、バカバカしい」

 

身を清め終えた2人は本堂の正面中央に立ち、そこで見つけたのは大きな武神像である。

 

「関羽様のご登場か。歴史だけでなく、サブカル作品でも引っ張りだこの人気者だな」

 

参拝証のチケットを提示して本殿の柱に書いてある参拝方法に従いながら参拝を行う。

 

参拝後は金紙をお焚き上げするため、2人は中国式の炊き上げ炉に向かう。

 

神への金銭の献上と願いが叶えられた時のお礼として金紙を炉に入れ、煙突から煙を出す。

 

「それにしても、ナオキは宗廟に興味あるなんて…中々信心深い奴ネ」

 

「俺は神々から色々と世話になってきてな…他の連中よりは神を敬う気持ちは強いと思う」

 

「お前、偶にワケ判らないこと言う不思議くんネ。まさか関聖帝君である関羽とも出会たカ?」

 

「いや、その名前の神とは出逢った事は…」

 

かつての世界で出会った道教神の事を思い出していると、声をかけてくる老人が現れる。

 

<<別に後の人間達に対して神格化してくれ~とは、関羽も考えてはおらんかったと思うぞ>>

 

振り向けば中国の伝統的な衣服である長袍(チャンパオ)と中折れ帽を纏う長老がいる。

 

それに長老の隣に立つ人物なら尚紀は見知った人物のようだ。

 

「ニコラス…?」

 

「長老の隣の老人…ナオキの知り合いネ?」

 

長老の隣にいたのは白い紳士スーツ姿のニコラス・フラメルである。

 

「奇遇だね、ナオキ君。君もこの神浜の中華街と縁があるなんてね」

 

「ワシらはお前さん達の姿を街で見つけてな。コッソリ後をつけておったんじゃよ」

 

「長老が神浜関帝廟に来るなんて珍しいネ。前々から嫌がてたヨ?」

 

「お前さん達が来なかったら近づいておらん。ワシは関羽像を見ているとケツが痒くなる」

 

美しく伸びる顎髭を右手で撫でながら温和な糸目でシゲシゲと本殿の参拝客を見つめる。

 

何処かその表情には気恥ずかしさが混じっていると感じさせる雰囲気であろう。

 

「蒼海幇の代表と繋がりがあるとは知らなかったぞ」

 

「私はビジネスの話でこの南凪路に来ていてね。相談に乗ってもらっていたのだ」

 

「手広くやっているようだな?」

 

「色々積もる話も互いにあるだろう。立ち話もなんだし昼食も兼ねて何処かの店で語り合おう」

 

「オススメあるヨ。社会人3人いるなら中学生の私、好きなの頼めるネ♪」

 

宗廟を出て神浜大世界に向かう4人組から少し遅れたちはるがヒョコヒョコと歩いてくる。

 

「尚紀さんは分からなくても、南凪路の魔法少女の魔力は覚えてるんだよぉ!」

 

尾行を再会しようとした時、後ろから観光客が声をかけてくる。

 

「すいませ~ん!僕達の関帝廟記念写真お願いしてもいいですかー?」

 

「いいですよ~。ハイ、チーズ…って?また尚紀さん達見えなくなってるよぉ!?」

 

間が悪い頼まれ事をされたため、また見失ってしまったちはるの姿が残されるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

神浜中華街の南門通りに存在する神浜大世界の横にある大型店の赤福門に訪れる。

 

ビル一階にある香港飲茶食べ放題店舗に今、美雨の付き合いをさせられる男達が訪れたようだ。

 

中国の庭園をイメージした店内の奥まった席に座り、タッチパネルでオーダーを済ませる。

 

盛況の店内では配膳スタッフだけでなく自動配膳ロボットも導入されているようだ。

 

並べられた飲茶メニューを好きなだけ頬張る美雨の隣では大人達の会話が続いていく。

 

「マジかよニコラス…?東京の銀座から神浜の南凪路に宝石店を引っ越すのか?」

 

「東京生活を40年間続けてきたが窮屈になってきてな。神浜で心機一転しようと考えていた」

 

「フラメル氏とは旧知の仲でのぉ。その筋では大変世話になった人物なのじゃ」

 

「私はこの外国人の年寄り見るのは初めてネ」

 

「お前さんが神浜に来るより前の話じゃ。それまではワシらも独自に身を守る術を必要とした」

 

「つまり…この年寄り爺さんも魔法と縁がある人物なのカ?」

 

「その通り。彼は石の賢者と呼ばれる魔術師であり、魔法知識にも精通しておるよ」

 

「本当ネ?じゃあ、私が魔法少女である事を…この老人に隠さなくてもいいのカ?」

 

「大昔に別れた私の古い妻もね、魔法少女であったのだよ」

 

「そうだたカ…辛い話題を話してすまなかたヨ」

 

「この神浜にはいつ頃引っ越すんだ?」

 

「8月中には引っ越し作業を済ませるつもりだ。そこでだ…便利屋を営むナオキ君」

 

「便利屋の俺を必要としているなら…まぁ、想像に難しい話じゃなさそうだな」

 

「家の引っ越し作業を手伝ってくれ。地上は引越し業者にやらせるが…問題は地下の研究所だ」

 

「それも引越し業者にやらせないのか?」

 

「集めた魔導書や錬金術の道具は全て秘蔵の品だ。魔法と関わる者以外には触らせたくない」

 

「仕方ない、休日なら手伝える。神浜の何処に持っていけばいい?」

 

「高級住宅街である北養区に新しい邸宅を建設し終えてね。そこに運んでもらいたいのだ」

 

「了解だが…突然過ぎるな?そこまで苦労してまでどうして東京から去ろうとする?」

 

尚紀の質問に対して温厚なニコラスの表情が曇っていく。

 

言葉を選びながら彼は尚紀に伝えようとしてくる。

 

「…君は未来が視えないのだったな。知らない方が幸せな事もある…ということだ」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのうち分かるだろうが…それは君にとっては、最大の試練かもしれない」

 

「最大の試練…?」

 

問い詰められるのは不味いのか、ニコラスは長老に視線を向ける。

 

彼の頼みを察した長老が話題を変えようと尚紀の意識をこちらに引き付けてくれる。

 

「ところで尚紀君?ワシにも相談があったのじゃろう?」

 

「まぁな…ニコラスの話と被っちまう話なんだが…」

 

聖探偵事務所の事情を説明していくが、長老は彼の上司を知っている様子である。

 

「なんじゃ?尚紀君は丈二のところで働いておったのか?」

 

「丈二を知っているのか?」

 

「ワシが何十年この街の長をしておると思っておる?丈二は鼻垂れ小僧の頃から知っておるわ」

 

学生時代はよく南凪路の中華料理店でバイトをしていたという過去を長老は語ってくれる。

 

東西の争い事には昔から関わらない地域である南凪路。

 

20年ぶりに里帰りする決心をした丈二の強い拘りも頷けるだろう。

 

「蒼海幇の恩人である尚紀君の頼みでもあるから善処はしてやりたいがのぉ…」

 

「難しそうか?」

 

「今この街はな…二つの中国がぶつかりあっている問題があるんじゃ」

 

機嫌よく飲茶をつついていた美雨であるが長老の話が聞こえたために箸が止まる。

 

神浜チャイナタウンであった昔の南凪路の景気がどのような時代があったのかを語り始める。

 

昔は堂々たる店構えをした高級中華料理店が軒を連ねていたようだ。

 

しかし今では1500円前後の食べ放題の中華料理を出すところばかりだと聞かされる。

 

「どうしてこのような街に成り果てたか…東京の中華街に詳しいお前さんなら分かるか?」

 

「この街の中華街にも表れていると思ったぜ。東京や横浜の中華街と同じ…新華僑問題がな」

 

1978年に始まった中国の開放改革路線以降に訪れた移民を新華僑という。

 

神浜は移民を多く排出する福建省から来日した新華僑店がひしめき合う現状を抱えているのだ。

 

「中華料理の安い食べ放題や、甘栗売とかのキャッチもこの街で多く見かけたはずじゃ」

 

「ああ…ここも東京や横浜の中華街と変わらない問題を抱えているって、ピンときたな」

 

「通行人の前に立ち塞がり甘栗の試食を勧めた挙句に買うよう強引に説き伏せる連中もいるヨ」

 

新華僑がもたらす客とのトラブルが後を絶たない状況が続いていると話してくれる。

 

蒼海幇とも対立を繰り返す現状が続いているが、それだけが問題ではない。

 

「東日本大震災後によって街の満州人と共に根ざした同郷の老華僑達は…中国に帰っていった」

 

放射能汚染を恐れて全員中国に帰国したため、入れ替わるように入ってきたのが新華僑である。

 

裏には密航の斡旋をする中国黒社会がいるという。

 

来日するために偽装結婚という手段を用いることも多い。

 

新華僑ネットワークは不法入国者の隠れ蓑にはうってつけであり、警察も手を出せないという。

 

「恥ずかしい話だが…今のこの街は新華僑連中を使った犯罪者の隠れ蓑地域と化しておる」

 

「新華僑勢力の店は既に…この街の半数以上ヨ。蒼海幇の組合にも入らず自由に商売してるネ」

 

大規模な進出を可能としているのは中国の地方政府官僚が関わっているのだと話してくれる。

 

賄賂などで不法に得た巨額な金をマネーロンダリングするため。

 

中国本土のねずみ講的組織が集めた金を投資するため。

 

確証が得られない噂ばかりが飛び交うのが今のこの街の現状である。

 

合法的な投資という形での進出であるため、蒼海幇も後手となる始末だと語ってくれるのだ。

 

「これで分かったろう?蒼海幇の影響力も…かつて程は無いのじゃ」

 

「俺が去年語った話を覚えているか?なぜ各国マフィアが移民に対して排他的になるのかを?」

 

「覚えているヨ…これも蒼海幇が選んだ道。私からは何も言えない社会問題ネ…」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、移民にとってはそれが普通。

 

民族として互いの自由と自由がぶつかり合う争いしか生み出せないのが移民問題なのだ。

 

「神浜を育てる移民を受け入れるのは恩恵だけではない。甘えた理想は捨てて現実を見ろよ」

 

「ナオキは移民問題を抱え込む東京社会の裏側で生きてきた奴ネ…どうりで詳しいわけヨ」

 

「南凪路で我々が用意出来た物件もフラメル氏の分で手一杯。残念じゃが見つかる保障は無い」

 

「分かった…南凪区で事務所を構える望みは諦めろと丈二に進言してみる」

 

空気が重くなった事もあり、4人は中国茶を啜る。

 

その頃、尚紀達を追って店内に入ってきたちはるは店の中でウロウロしている。

 

「尚紀さん何処の席だろう…って!?ロボットいるし!静香ちゃん来てたら倒れてたよぉ~」

 

「ミチヲ、ユズッテクダサイ」

 

「あの~、嘉嶋尚紀さんってお客さん来てません?」

 

「ミチヲ、ユズッテクダサイ」

 

「英語音声じゃないとダメなの?エクスキューズミー!マイネームイズ、チハル・ヒロエ!」

 

「ミチヲ、ユズッテクダサイッテ、イッテルダロ、オイ」

 

ロボットにまで相手をされず、目的の人物達もいつの間にか帰っている。

 

踏んだり蹴ったりの捜査状況が続く広江ちはるの姿だけがポツンと残されるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ニコラスと別れた3人は話があるという美雨の事もあり長老の武術館に向かう。

 

武術館に入った3人は事務所の隣にある小さな応接室に入り、向かい合うようにして座る。

 

「話を聞こう」

 

何を言われるのか大体分かる尚紀の予想通りの質問が美雨の口から出てくる。

 

「ナオキ……お前、人間じゃないネ?」

 

押し黙ったままの彼に対して美雨が言葉を続ける。

 

「私達は1・28事件の報道番組をテレビで見てたネ…あの時のお前の姿…人間じゃなかたヨ」

 

俯いたまま顔を上げず、押し黙る態度を続ける謎の存在を追求し続ける。

 

「男のお前は魔法少女じゃないし、ましてや魔獣でもないネ。正直に言うヨ…何者ネ?」

 

警戒心を表す美雨の左手を長老が掴む。

 

ソウルジェムを左手に出現させようとするのを止めたようだ。

 

「彼を信じてあげなさい。あの時の彼が一体誰を守ろうとしていたのかを…考えるのじゃ」

 

「あの時のナオキは…東京に現れた魔法少女テロリスト共を相手にして…戦てたネ」

 

東京の人々を守るために米軍を引き連れたテロリストと戦った命知らずな者。

 

それは東京の人々を守るための捨て身の戦いであったのだと長老には分かっている。

 

「口ではなく、行動を信じるのじゃ。彼の行動は…人間社会を襲う怪物の姿に見えたのか?」

 

「……見えなかたネ」

 

長老の言葉を信じた彼女が左手を膝に戻す。

 

自分を信じてくれる態度を示してくれた2人を見る尚紀の重い口も開いてくれたようだ。

 

「俺は……悪魔だ」

 

「あく…ま…?」

 

「魔法少女と同じく人間ではない。人間のフリなら出来るが、俺の体は人間ではない」

 

――魔力を覆い隠し、闇の世界を彷徨い歩くただの人殺しであり…虐殺者だ。

 

「人殺し…?虐殺者!?」

 

厳しい顔つきになった美雨が立ち上がってしまう。

 

「お前の同族である魔法少女を…俺は悪魔の力を用いて…数え切れない程にまで殺戮してきた」

 

尚紀の全身は魔法少女の返り血で真っ赤に染まっている。

 

だからこそ彼は自らを()()()なのだと例えるのだ。

 

「赤き獣…まるで聖書の黙示録で語られる終末世界に現れる獣じゃのぉ…」

 

「何故そんな外道な真似を繰り返してきたネ!!見損なたヨ…ナオキ!!」

 

怒りの表情を向けてくる美雨は人修羅の生き方を完全否定してくる。

 

譲れない彼女の矜持もあるのだろうが、それでも彼の気持ちは揺るがない。

 

尚紀もまた魔法少女の虐殺者にならねばならない理由があり、信念があるだろう。

 

「必要だったからだ」

 

「必要…?人殺しが必要なことカ!?お前には良心や優しさは…欠片も無いのカ!!」

 

「良心?優しさ?東京の魔法少女を相手にした時、そんなものは何の役にも立たなかったよ」

 

「お前が力ある者なのは判るネ!でも手を汚してしまたら殺人者としてしか生きられないネ!」

 

彼女は虐殺者として生きる尚紀の人生を心配してくれているが、その気持ちは届かない。

 

鬼にならねばならない程にまで厳しい現実の世界を生きなければならない理由が彼にはある。

 

「なら、お前達はどうなんだ?」

 

「私達…?」

 

「マフィアのように力ある集団、蒼海幇。お前達は暴力を行使せずにこの街を守れたのか?」

 

「そ、それは…」

 

「今ある社会問題を招いたのはお前達の甘さのせいだ。その苦しみを背負うのは民衆だ」

 

今の南凪路で起こっている社会問題のせいで地元の人々は苦しんでいる。

 

美雨や長老が掲げる理想主義のせいで移民天下の状態にまで追い込まれた現実がある。

 

「お前達の甘さで生まれた社会問題で皆が苦しんでいる。それを棚上げして…俺だけ悪者か?」

 

美雨の脳裏に浮かぶのは、かつて蒼海幇を襲った黒社会との事件である。

 

構成員の1人が重体となり、独りで解決しようとして罠にかかり掴まってしまった過去がある。

 

蒼海幇を襲った人物達の中には元警察官の姿もあったという。

 

3年前に美雨が魔法少女となったキッカケである警察の捏造事件があったのだ。

 

それに関わっていた汚職刑事達も蒼海幇に報復を望んでいたのだろう。

 

彼女を罵倒し、今度こそ蒼海幇を亡き者にするための餌として使われそうになってしまう。

 

自分の行動によって招いてしまった蒼海幇への報復で犠牲者も出してしまった現実があるのだ。

 

「たしかに…覚えはあるネ。私の甘さのせいで…蒼海幇の構成員を傷つけられたヨ…」

 

「そこから何も学ばなかったようだな?」

 

「でも…私は暴力社会に生きているからて…手を汚す道が正しいなんて…思えないヨ!!」

 

あの時も加害行為を行った存在を追って殺さず、死にかけた構成員を助ける道を選んでいる。

 

自分を拘束した報復者達を殺す事も出来たはず。

 

それでも選ばず蒼海幇は悪い組織でないと言い続け、暴力とは違うお願い行為までしている。

 

嘲笑われようとも蒼海幇を見逃してくれるよう頼み込んだ記憶が浮かんでいく。

 

彼女は殺されそうになっても手を汚さなかった矜持がある魔法少女なのだ。

 

「暴力という安易な方法では…私の心は救われなかたて…今でも言えるヨ!!」

 

彼女なりの矜持を貫く道もあるだろう。

 

それは他者を信じたい自分の気持ちに準じる道とも言える。

 

しかし、犯罪者を信じたかったのは彼女だけではない。

 

「……俺は、救えなかったよ」

 

「えっ……?」

 

後悔の念に支配されたかのような苦悶の表情を尚紀は浮かべる。

 

語るのも苦しいが、それでも聞いて欲しいのか言葉を紡いでいく。

 

話す内容とは東京に戻った頃に続けたホームレス時代の出来事であろう。

 

「ホームレス生活をしてた頃…俺は東京の魔法少女社会に触れたんだ」

 

「東京にも魔法少女社会はあるネ…?この国の首都だからあっても不思議じゃないヨ」

 

「そこに広がっていた社会は…魔法の力を好き勝手に使う…腐りきった社会があった」

 

尚紀は1人の魔法少女の現金強奪を阻止する行動を起こす。

 

人間社会に危害を加えた魔法少女をその場で殺すことも出来たが、しなかった。

 

「何故か…分かるか?」

 

「…その魔法少女の良心を信じてあげたかた…から?」

 

「俺は…あの魔法少女の良心を…信じてしまった」

 

痛めつけて脅したし更生するだろう。

 

無根拠に、お気持ち主義で、救いようのない魔法少女を解放してしまったと語る。

 

「それは…正しい判断だと…私は……」

 

その先に何が起こってしまったのかを思い出しただけで彼は憤怒の形相と化していく。

 

席を立ち上がり、魔法少女を信じるという事が如何に恐ろしい事態を招くのかを叫ぶ。

 

「だがっ!!あの女は…人間の子供を……俺の目の前で殺したんだぁ!!!」

 

逃れられない罪、それを起こしたのは彼の優しさであり、他人を信じたかった気持ちの末路。

 

美雨の矜持とも言える他者を信じたい気持ちを魔法少女に期待した末に起こった悲劇である。

 

「う…嘘ヨ…?魔法少女がそんな外道な真似なんて……魔法少女は心ある人間ネ!!」

 

まだ小学3年生の少女だった。

 

その日は母親の誕生日だった。

 

母親を喜ばせようとプレゼントまで持っていた愛すべき娘だった。

 

「それが!!俺の目の前で……頭部を破壊された!!!」

 

守れなかった者が放つ鬼気迫る言葉こそ、悲劇が起きたのは事実なのだと周りに知らしめる。

 

美雨の表情も青くなり、体が震えてしまう。

 

信じたかった信念によって、このような悲劇をもたらす結果も起こるのだと突き付けられる。

 

「そんな…ことて…本当に…本当に魔法少女が…人間を殺せるのカ…?」

 

神浜の心優しい魔法少女しか知らない美雨であるが、自分達のイメージが足元から崩れていく。

 

それ程までの状況になった事など彼女は一度も経験がない。

 

だからだろう、自分にとって都合のいい世界だけを信じてきたようだ。

 

「その魔法少女を俺は殺した……最初の魔法少女殺人となった」

 

近くには娘を探す父親の声が響き、責任なんてとれない尚紀は怖くなって逃げ出している。

 

「全ては……俺の優しさの責任だ」

 

「ち、違うネ!!ナオキは何も悪く……」

 

「あれから二年……その子が死んだ場所には泣き叫ぶ両親の姿があった」

 

語り続ける彼は力なく座り込んでしまう。

 

眉間にシワを寄り切らせながらも、辛い記憶を掘り起こして語ってくれる。

 

「通りかかった俺は声をかけ…少女の両親に語った。現場にいた俺が…守ってやれなかったと」

 

同じ事を自分に出来るのだろうかと美雨は考えてしまう。

 

自分の理想である不殺の精神によって、誰かの尊い命が奪われる結果を残す。

 

理想だけを守りたかった愚かな理想主義者は残された遺族に何と詫びればいい?

 

「なんで…なんでそんなにまで、自分を責め抜くネ…?」

 

「二年たとうが愛する娘の死に苦しむ父親と、号泣し続けた母親がいた…」

 

守れなかったと打ち明けた瞬間、母親は激怒した。

 

尚紀を殴り倒し、馬乗りになってさらに殴り続けた。

 

「……娘を返せと、叫びながら」

 

彼の激しい後悔の感情が美雨にも伝わっていく。

 

事情も知らずに自分の理想を押し付けようとした己を恥じていく。

 

「やめるネ!!ナオキがそんな苦しみを背負てたなんて…もう言わなくていいネ!!」

 

「俺はあの両親に誓った…もう二度と、同じ過ちを繰り返さないとな」

 

自分に都合のいい理想だけを信じた果てに誰かを救えなかった愚か者、それが人修羅。

 

お人好し過ぎる生き方によってもたらされた結果はボルテクス界で生きた頃と変わらない。

 

人は過ちを犯し続ける愚かな生き物。

 

それでも、その過ちから何も学ばない恥知らずになどなりたくない。

 

「ナオキ…ごめんネ…本当にごめんネ。お前の辛過ぎるトラウマを蒸し返す事になるなんて…」

 

感極まったのか美雨の目から涙が零れ落ちていく。

 

俯いたままの尚紀は長かった話の最後を締めくくる言葉を話すだろう。

 

「これが魔法少女の虐殺者として生きてきた俺が背負った過去だ…俺が何者か理解出来たか?」

 

こんな話が出てくるとは考えていなかった者達は黙り込む。

 

凍り付く程の空気になってしまった室内では美雨の鳴き声だけが響いてしまう。

 

「すまない……俺の不幸自慢になっちまったな」

 

2人は尚紀を助けてくれた恩人であり、悪魔である存在を信じようとしてくれた者達。

 

だからこそ聞き苦しい話でも受け止めてくれると思ったようだ。

 

「いいネ…。ナオキが胸の中に抑え込んでる苦しみを少しでも吐き出して…楽になれたなら」

 

「ワシらは君が殺人を犯す者であろうが構わん。人間社会の恩人を警察に突き出したりはせん」

 

魔法少女の取り締まりは本来なら国の治安を託された警察がやるべきこと。

 

しかし生身の人間が魔法少女に挑もうものなら棺桶の山となるだろう。

 

「俺の生き方は外道そのもの。それでも暴力で解決するのは最も早さがある解決方法だからだ」

 

民主主義的に話し合えば分かるでは遅過ぎて救えない命がある。

 

政治体制の種類である民主主義は主権者たる国民の考え方は自由だという原則がある。

 

考え方の違いの対立を纏める対話議論によって、政治がスムーズに進まない弊害が起きる。

 

民主主義な話し合いには弱点があるが、社会主義的独裁体制ならば違う結果を残せる。

 

独裁者の判断がスムーズに進められるため、緊急事態に対処する速度が極めて速い。

 

緊急時においては民主主義国よりも優れた政治体制だと言われているのだ。

 

「俺は社会主義者だ。人の道理よりも、社会全体を優先する」

 

1人は全体のために、全体の幸福こそ人々の幸福に繋がると信じて疑わない政治的赤旗精神。

 

社会主義の赤き旗を掲げ、個人主義を決して許さない全体主義者に成り果てた存在。

 

それが今の尚紀であった。

 

「…組織を任されるワシとて苦しむ部分じゃよ」

 

神浜や蒼海幇という全体を優先すべきか、個人の理想を優先すべきか長老は迷ってきた者。

 

「ワシは後者を選び…この街に社会問題を作り出して皆を苦しめる。長として…失格じゃ」

 

「そんな事ないネ!人間としての優しさ、人情に惹かれて…長老を長として認めているヨ!!」

 

「蒼海幇の今後については構成員達で語ってくれ。知りたかった話も終わった事だし…」

 

尚紀の視線が応接室の窓に向けられていく。

 

「そろそろ、アイツを蹴り出していいか?」

 

「構わんよ。盗み聞きする礼儀知らずはお断りじゃ」

 

立ち上がって窓に向かい、応接室の窓を開けて下に目線を向ける。

 

窓の下に隠れていたのは貰い泣きして涙ぐんでいた探偵少女であろう。

 

「広江ちはるだったよな?そろそろ俺も怒っていいか?探偵ごっこもいい加減にしろよ」

 

「だってぇ!尚紀さん…悲し過ぎるよぉ!!」

 

「さっさと消えろ!!静香が迷子になってても知らねーぞ!!」

 

怒鳴られたちはるが慌てて逃げていく中、振り返った尚紀が美雨の方に顔を向ける。

 

「さて…話も終わった事だし俺の用事を始めよう。お前はこの武術館でも鍛錬してるよな?」

 

「してるけど…それがどうかしたのカ?」

 

「お前の使用してる武術着は今あるか?その夏服では動き辛いだろう」

 

「予備が更衣室にあるヨ。どうしたナオキ?腕を上げた私と散打したいのカ?」

 

「俺の話もあるって言ったはずだ。それを語る上で、お前の覚悟を見てみたくなった」

 

「私の…覚悟?」

 

応接室から出て行こうとするが立ち止まり、こんな言葉を言ってくる。

 

尚紀から放たれる威圧感を物語る内容であった。

 

「本気でこい。でなければ…()()()()()()()()()()()()

 

 

奥の更衣室で美雨が武術着に着替えてる間に尚紀も上着を脱いで支度を始める。

 

ネクタイを緩めて白シャツの腕捲りをしていた時、視線が更衣室に向かう。

 

着替え終えた彼女が出てきたのを確認した彼は長老の耳元に小声で話しかけていく。

 

「…分かった。ワシは動かない」

 

「頼む。手元が狂う」

 

武術着姿の彼女を横目に歩き、試合を行う向こう側に立つ。

 

向かい合う者達であるが先に尚紀が口を開きだす。

 

「お前は蒼海幇の構成員として、規模の巨大な暴力団と抗争をした事はあるか?」

 

「…まだないネ」

 

「今から味わうのは圧倒的暴力である凶拳だ。それでも本気を出さずに不殺を貫けるのか…」

 

――試させてもらおう。

 

互いに目を相手から離さず抱拳礼を行い、美雨は独自の拳法の構えをする。

 

対する尚紀が行う武術の構えとは何か?

 

左右の腕を使い、舞うように演舞をしながら構えてくる。

 

(以前の構え方とは…違うネ)

 

腰を落とし歩幅を広げ、手を開き左手を上に、右手を下に向けるように構えている。

 

互いが両腕を構え、円を描くようにゆっくり向かい合いながら動く。

 

「来い、美雨。俺がお前の理想を否定してやる」

 

「私は生き方を変えないネ!!間違てるのは…ナオキの方ヨ!!」

 

両拳を固め、先に動いたのは美雨である。

 

右突きを左手で払うと同時に回転し、彼女の背に両手を使った掌打を放つ。

 

体勢が崩れたが背を向けたままの右裏拳を尚紀に放つ。

 

彼は両掌で止め、続く左裏拳を左腕で止めると同時に踏み込み、彼女の左胸骨に左頂肘を放つ。

 

「ぐっ!!」

 

後ずさるが怯まず右突きを放つ彼女に対し、左掌で流しつつ円を描く回転の勢いで右手刀打ち。

 

左腕で止めた彼女が右鉤突きを放つ。

 

姿勢を落として避けた彼に突きの回転を利用たし右突きを打つ。

 

対して彼女の右サイドに踏み込み、背後姿勢のまま腕刀をぶつけるようにして相手を押し出す。

 

(以前戦た時と…動きが全然違うネ!?)

 

起き上がり、左右の突きを彼女は放つ動きを行う。

 

彼は両手で捌き、飛び回し蹴りを身を低めて避けた彼が踏み込む。

 

右手刀打ちを放ち、右腕を崩して左肘打ちを放つ。

 

彼女は左腕で肘を払うが続けて回転を加えた右手刀を行う。

 

彼女の打ち込みを払い、回転して背を向けながら避けていく。

 

歩法を刻み、彼女を軸にしながら回転移動をして打撃をいなす。

 

彼の右裏拳を捌いたが美雨は後ろに後退ってしまう。

 

鈍化した世界。

 

体を一回転させながら踏み込み、左右の貫手が彼女の頭部に迫る寸前で躱すが罠だ。

 

体勢が崩れた相手の胸部に目掛け、右腰に構えた掌打の一撃がクリーンヒットする。

 

「ガハッ!!!」

 

一気に弾き飛ばされた彼女に対して尚紀は油断なく構え直す。

 

「フフ…強いヨ…ナオキは。でも、私だて!負けたくないネ!!」

 

不屈の精神で立ち上がり、両拳を固めて尚も踏み込み突きを行う。

 

迫る右突きに対して右サイドに踏み込み、右手で彼女の突きを捌く。

 

拘束したまま左手刀を彼女の首に打ち込むが、後方に側転して距離をとられる。

 

突きの攻防が続き、彼女の突きを捌くと同時に回転し、左肘打ちをみぞおちに放つ。

 

たまらず後ずさりながら咳き込む彼女の眼前から迫る一撃が放たれる。

 

右足を踏み込み放つ一撃とは崩拳突きだ。

 

胸部に打ち込まれた彼女がくの字となりながら武術館の隅にまで打ち飛ばされてしまう。

 

「ガッ…あぁ…まだネ…っ!!私の力は…みんなを…守る…ゴハッ!!」

 

吐瀉物を撒き散らし、それでも手に力を込めて立ち上がろうとする彼女に迫るトドメの一撃。

 

鈍い音が武術館に響く。

 

離れた位置から一気に跳躍し、彼が放った飛び突き攻撃が決まる。

 

ペンタグラムのチェンシーが得意としていた技である箭疾歩の一撃なのだ。

 

左頬に直撃を受け、彼女はついに仰向けになりながら倒れ込んでしまう。

 

「あっ…あ……」

 

脳が激しく揺さぶられて意識が混濁し、立ち上がる気持ちはあっても体が言う事を聞かない。

 

「私の拳が通じないネ…クンフーをあれだけ…積んだのに…!!」

 

「一年前よりも套路と粘連黏随は磨かれている。だが、お前の聴勁は曇る一方なんだよ」

 

「私の…相手を感じる能力が…曇る?」

 

「魔法少女は痛覚を鈍らせる能力をもつ。それが人間の生み出した武術を曇らせる」

 

「私達…魔法少女の能力そのものが…原因?」

 

痛覚を麻痺させれば恐怖心も麻痺する。

 

一般人が殺し合いの世界に踏み込む恐怖を消す事に便利だと魔法少女なら考えるだろう。

 

それが魔法少女達の鋭敏な感覚を削り取り、死なせて魔女に貶める狙いがあるとも知らずに。

 

「恐怖心が…消える…?」

 

思い返せば魔法少女になりたての頃よりも恐怖心が消えてしまっている事に気が付かされる。

 

「肌感覚を鋭敏にして相手を感じ取る聴勁は恐怖心を利用する技術だ。曇って当然だろ?」

 

「どうりで私の技が通じないわけヨ…。私…クンフー積んでも…弱くなるだけネ…」

 

「その弱さが何をもたらすのかを…今からお前に見せてやる」

 

どうにか首だけは動かした彼女が見た光景は信じられないものである。

 

「えっ…?」

 

踵を返した尚紀の右手は貫手の構えをしており、向かう先にいるのは長老である。

 

「な…何をする気ネ…ナオキ!?」

 

かつて戦ったチェンシーの貫手の一撃は愛する人の体を貫通する程の一撃となる。

 

悪魔の彼ならば同じ一撃を放つ事も出来るだろう。

 

「今まで()()()()()()()()なんだよ…お前は誰かを守れない日が必ず訪れる」

 

――圧倒的暴力を前にしても不殺を貫きたい信念によって、大切な人達が殺される。

 

応接室で彼が語った出来事と同じ光景が美雨の脳裏に浮かぶ。

 

「最初から魔法少女になり、全力で相手を殺す努力をしていたら…守れたかもな」

 

「に、逃げるネ!!長老っ!!」

 

彼女の必死の叫びを聞かされる長老は無視するように動かない。

 

右手を構え、美雨が大切に思う人に殺人の技を放とうとする。

 

「悲しいよな?いくら尊い優しさがあっても…()()()()()()()()()()()()()()

 

――それが甘さってやつなのだと、俺はこの世界でも、かつての世界でも…学んだよ。

 

「長老っ!!!!」

 

放たれた一撃によって凄惨な光景が広がろうとしている。

 

絶叫した彼女であったが、動かない2人の光景に違和感を感じてしまう。

 

「うっ!!やーらーれーたーのぉー!!」

 

長老は大げさに倒れ込み、藻掻き苦しむフリをし始める。

 

「す…寸止め…?」

 

放たれた貫手は長老の心臓に刺さる手前で静止していたが、背中で見えなかったようだ。

 

芝居を終えた長老が起き上がり、微笑みながら美雨に語り出す。

 

「すまんすまん。美雨に彼の経験を学ばせようと思って、ワシも一枚噛んだわけじゃ」

 

安堵したのか、起き上げた首が一気に後ろに倒れ込み、後頭部を強打する。

 

「圧倒的暴力を向けられ、大切な人が目の前で殺されそうになった気分はどうだった?」

 

「お前ら意地悪ネ…最悪ヨ。凄く…怖かたネ…」

 

自分よりも遥かに強い相手が理不尽な力で大切なモノを奪い取る。

 

これが魔法少女に襲われる人間目線であろう。

 

人間は無力であり、魔法の暴力に対して恐怖しながら大切なものや命を奪われてしまう。

 

「最初から全力を出せ。あらゆる状況に対して備えるには…それしか方法はない」

 

「私の思いやりは…間違いだと…言う…カ…」

 

「そうだ。歴史の戦場世界と同じく、足枷でしかない。自分も大切な人も守れない」

 

「私の甘さが…誰かを…殺す日が…く…る…?」

 

「不殺の信念か、自分が大切に思う人達の命か…自分の心に問い続けろ、美雨」

 

限界を迎えた彼女が瞼を閉じて気絶する中、残された者達が顔を向け合う。

 

「彼女に…お前さんと同じ生き方をさせる気か?」

 

「今までの信念を守るのもいいが、そのせいで誰かを守れない事態になった時…」

 

「分かっておる。一番辛いのは…守れなかった人の帰りを待つ…家族や友人達じゃ」

 

「美雨は自分の理想しか見ていない部分がある…。それでは現実に対処出来ない」

 

「内側の正しさが、必ずしも外側の社会秩序を守ることに繋がるとは限らん」

 

「都合のいい感情だけを優先するから想像力が欠如してしまう。かつての俺も…そうだった」

 

「だがお前さんは人殺し…殺した魔法少女の帰りを待つ辛い立場の人々を生み出す側じゃ」

 

「覚悟している…俺はいつ誰に殺されても構わない。この罪から逃れようとは思わない」

 

尚紀の覚悟を聞かされた長老は思うところがあるのかこう告げてくれる。

 

「美雨が心配しとるのはそこじゃよ。()()()()()()()()()…二度と平穏な世界には戻れん」

 

いずれ報いを受ける事になると言いたいのだろうが、彼の覚悟は揺るがない。

 

「悪魔の俺に平穏は必要ない。こいつに言っとけ、俺は俺の道を行くってな」

 

「もっともそれは…ワシとて尚紀君と同じ立場なのじゃがな」

 

「…どういう意味だ?」

 

「普静大師はこう言った。それなら、お前に殺された大勢の人々はどうなる…と」

 

「なんの話なんだよ…それは?」

 

「ワシは贖罪がしたい…。ワシの全身もまた同じく、人間の返り血塗れなのじゃよ」

 

――今でもワシは探しておる…大勢の人々を泣かせた罪の償い方をな。

 

尚紀が心配している大きな抗争は目前にまで迫っている事を今の彼は知る由もない。

 

黒社会は世界中で暗躍しており、構成メンバーは全世界で200万人を超えているとされる。

 

チャイニーズマフィアの言葉が新聞などでよく見られるようになってくるのも無理はない。

 

黒社会は単一の組織ではなく、複数のグループに分かれている。

 

だが炎黄の子孫という中国人の血を重視するため、二世・三世と世代を跨ぐ連携を取り合える。

 

黒社会の資金源はもともと黄(売春)毒(麻薬)賭(賭博)である。

 

今では蛇(密航)槍(銃の密売)殺(殺人の請け負い)拐(誘拐)等があるだろう。

 

暗雲立ち込める南凪区の南凪港。

 

一年前、この港は青幇(ちんぱん)によって荒らされている。

 

港湾運送業を生業とする海運会社の社長と取締役の子供達の失踪事件が起きてしまった事件。

 

あの時は便利屋の尚紀と美雨の活躍によって事なきを得たかのように見えたのだが問題がある。

 

青幇幹部だったチェンシーの暗躍による構成員の口封じと現場証拠の抹消。

 

警察はチャイニーズマフィアがこの港企業と関わる明確な証拠を抑えられていなかったのだ。

 

神浜湾海運会社は未だにチャイニーズマフィアに支配されているも同然である。

 

大型コンテナ船の入港数が十万総トン以上のこの港を黒社会が手放すはずがなかったのだ。

 

今この港には青幇からビジネスを引き継いだ組織の魔の手が迫っている。

 

そのチャイニーズマフィアとは中国黒社会を代表する紅幇(ほんぱん)である三合会であった。

 




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