人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
独裁国家でありながら今やアジアを代表する先進国にまで経済成長を遂げた中国。
そうした経済的発展と表裏一体となっているのが黒社会の活動である。
黒社会とは、簡単に言ってしまえば中国人の暴力団。
その背景や実態は日本の暴力団とは比較にならないくらい大きな広がりと深さを持っている。
黒社会は中国の伝統的秘密結社をその源流としているため、自衛の組織という性格もあわせ持つ。
宗教的秘密結社や王朝打倒に走った政治的結社なども存在しているという。
中国革命の父、孫文が清朝打倒運動を実行するにあたり、最初に頼りにしたのが秘密結社である。
黒社会メンバーは正規の構成員よりも表の立場を持つ準構成員の数が多い。
農民、学生、失業者、労働者、それに国家幹部、公安当局者、現役の軍人まで存在していた。
秘密結社という言葉に対して中国人が示す反応には独特なものがあるという。
それは謎に満ちた存在、ある種の憧れにも似た存在だと思われているようであった。
……………。
6月20日頃の南凪区ベイエリア。
海が見える公道では国際麻薬乱用撲滅デーの街頭活動が行われている。
神浜市立大附属学校の女子中高生達が薬物乱用防止キャンペーンを行っているのだ。
「ダメ!ゼッタイ!ストップ薬物乱用!」
「薬物依存患者への募金協力をお願いします!」
街頭で声を出しながらも資料等を道行く人達に配っていく女子学生ボランティア達。
その中でも一際声の大きい元気な少女がいた。
「覚醒剤、麻薬、MDMAなどの薬物は全国的に広がっていて利用者も低年齢化しています!」
長い黒髪、前髪の左側をヘアピンアクセサリーで纏めている少女の元気な声が響き渡る。
神浜市立大附属学校女子制服を着ている姿をしているようだ。
「一度だけならという甘い誘惑に惑わされず、命を守る行動を優先して下さい!」
周りの女子生徒達の声も彼女に合わせて大きくなっていく。
「ささらちゃん元気一杯だね。父親から受け継いだ熱血公務員魂ってのを、先生も君に感じるよ」
ささらと呼ばれる少女の左手にはソウルジェム指輪が見える。
彼女も神浜で活動する魔法少女なのだろう。
「アハハ♪褒められると照れますよ先生」
麻薬や覚せい剤は人間の人生を簡単に壊してしまう。
正義感に強い彼女は人一倍麻薬を憎み、撲滅活動を率先して行ってくれている。
「その志なら、将来は君の父親みたいなレスキュー隊員になれると先生は確信してるよ」
「いつか私も、地域住民を命がけで守るお父さんみたいになりたいです!」
「君にとってレスキュー隊員のお父さんの姿は自慢だったね」
「だって騎士の紋章みたいでカッコいいんですよ!レスキュー隊のエンブレムって♪」
自慢気に父を語るささらの姿を嬉しそうに見つめる教師。
しかし心配事があるのか、教師の顔が曇っていく。
「…このボランティア活動をうちの学校も参加させてもらったのには理由があってね」
「理由…ですか?」
「今…神浜の若者の間で薬物乱用者の数が急増してるんだよ」
「そんな…みんな判ってる筈なのに…どうして手を出すの?」
薬物乱用者が続出しているだけの状況ではないと教師は語っていく。
最近は組織的なアジア系強盗団による貴金属店などの襲撃も頻繁に起きているようだ。
「全く…物騒な世の中になってしまったものだよ」
「犯罪者を許さない社会にしたいです先生!ダメゼッタイ!ストップ薬物乱用!窃盗もダメ!」
中学3年の美凪ささらは後輩に負けまいと街行く人達に声を張り上げていく姿を続けていった。
欧米などの先進国と比べ、格段に麻薬と縁遠いはずの日本。
だが一方で薬物依存者の再犯の多さや、社会復帰などで課題があるとの声が上がっていた。
……………。
ここは南凪自由学園。
夏休みに入る前の頃のことである。
学校も終わり生徒たちが下校していく光景の中、1人だけ呼び止められる人物がいる。
学校の裏側に連れて行かれる女子生徒の姿がそこにはあった。
「この子が、家の両親の事で悩んでいる子?」
「そうなんですよ先輩」
「あの…私に何か、用事があるんですか?」
「あのさ、家の事で悩んでたって子供の俺達じゃ大人の世界に口出し出来ないよね?」
「それは…そうですけど」
「こういう時は辛いことを忘れさせてくれる、お手軽な流行り物があるんだ」
男子学生のポケットから取り出したのは小さい袋に詰められた白い粉。
「あんた悩んでたじゃん?あたしも心配してあげたんだし、これ利用して嫌な事忘れちゃいなよ」
「あの…これ、何なんですか?」
「南凪区の若者の間で今トレンドになっているオシャレ品さ」
「こんなの私…初めて見ました。どんなものなんですか?」
「体にいいし、悩み事まで忘れさせてくれて気分を高揚させてくれるんだ」
「抗鬱薬か…何かですか?そういうのって、先生から処方してもらうんじゃないですか?」
「学術研究のために中国から来日した医学留学生が作ってるんだよ」
「その外国の方は…信用していい人物なんですか?」
「研究者免許も取得している信頼出来る人で、無料で配っているらしくてね」
「これが今、この街の若者の間で大流行してるのよ。あんたにピッタリだと思ってね」
「そ…そうなんですか?」
好意を見せてくれているクラスメイトと先輩のようには感じる。
しかし、言い知れぬ不安を少女は感じてしまう。
「お父さんの浮気で毎日大喧嘩でしょ?部屋にいたって両親の罵声ばかりで辛いよね?」
「……………」
「ここはあんたを心配してくれる先輩の善意に甘えとこうよ…ね?」
学校の裏で繰り広げられる怪しげな密談光景。
その光景を見つめる人物がいる。
望遠レンズ付きカメラを持った少女の姿が階段踊り場に存在していたようだ。
無数に撮影される写真の中には少女が怪しげな白い粉を受け取る写真が撮影されている。
撮影を終えカメラを下ろす少女は大きく溜息をつく。
「不味いね…コレ。観鳥さんのゴシップ新聞ネタの中でも最悪の部類になりそうだ…」
彼女は南凪自由学園新聞部に所属している中学3年生の観鳥令(みどりりょう)と呼ばれる人物。
社会の不正や社会問題を許さない、社会正義に燃える政治ジャーナリストの卵である。
撮影出来た画像を確認した彼女は急ぎ足で職員室に向けて走っていった。
……………。
欧米で大量に消費される麻薬の中ではヘロインが有名だ。
80年代になってからは、東南アジアのゴールデン・トライアングルで産出された品が出回る。
中国経由で運ばれるチャイナ・ホワイトという純度の高いヘロインだ。
現在、このチャイナ・ホワイトは全体の50~70パーセント以上を占めると言われている。
今までが3~4パーセントの純度しかなかったのに対し、40パーセントと抜群に高い。
国連の統計によると世界で麻薬患者は約5000万人、麻薬売人は100万人と発表されている。
毎年取引される額は5000億ドルにも達していた。
まさに巨大ビジネスである麻薬取引。
麻薬は各国のマフィアによって牛耳られていることは言うまでもなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
7月某日の夕方、南凪港。
1隻のコンテナ船が港に入っていく。
大型クレーンで積荷が降ろされていく光景を高級セダンの車内から見つめる中国人がいた。
「
運転手の男が後ろの若い青年に声をかける。
「
「
中国当局の締め付けが厳しくなり、日本でのビジネスが難しくなった青幇。
そこで龍頭が引き継ぐ話を持ち込み、仕事を引き継ぐ形となったと青年は語る。
以前まで神浜港を牛耳っていた者達の手柄を上手く手に入れられたというわけだ。
今回の仕事の規模は大きく、積み荷の総量は90tにも及ぶ規模となった。
「
「
話が終わり車が発進していく。
その光景をコンテナ街の隅に隠れながらカメラを用いて撮影していたのは尚紀である。
撮影した写真画像を確認しながら、彼は少し前の出来事を思い出す。
あれは東京の事務所での出来事だった。
「大きな仕事の依頼がきた…。本来これは探偵業がやるべき仕事ではないがな」
真剣な顔つきで尚紀と瑠偉に語る丈二の表情からして、並大抵の仕事ではないと判断する2人。
「行政の特別司法警察職員である麻薬Gメンがやるような案件だ」
「そんな内容をわざわざ民事を請け負う探偵に持ち込むか普通?一体誰が持ち込んだんだよ」
「それがな…故郷で世話になった事がある爺だったんだよ…」
「まさか…蒼海幇の長老だったのか?」
「あの爺さんと知り合いだったのかよ?」
「まぁな」
「学生時代に世話になった事もあるんだが内容が内容でな…断ろうかと思ったが…やる事にする」
それでも彼はやる決心をしたのには理由があった。
「俺の故郷に…中国マフィアが入り込んでやがる」
「穏やかな話じゃないな」
「そいつらは今、南凪港を拠点にしてあの街一帯に麻薬をばら撒いてやがる」
状況を説明された尚紀は一年前の南凪港での出来事を思い出す。
警察の介入によって事なきを得たかのように思えたのだが…そうではなかったようだ。
「だが、どうする?俺達はマルタ(麻薬Gメン)じゃない」
「尚紀の言う通りよ。司法警察職員のやるべき仕事に首を突っ込むの?」
「俺たち探偵は警察と違って捜査権など無いが…それでもやりようならある」
捜査令状を持たない民間立場であるが、私人として捜査機関への告発ならば出来る。
現行犯逮捕と同じく、現場で事が起こっている横で悠長に礼状を待つわけにもいかなかったのだ。
「ちょっと待って2人共。麻薬Gメンに任せたらどうなの?」
「そうだな…俺達は事務所引っ越しの宛さえまだ見つかっていないし、荷造りさえ出来ていない」
最もな意見を向けられる丈二だが、その表情から察するに決意は固い。
「腐り切った差別の街でも…俺の故郷だ」
「前から聞かされていたわ…。東側住民の丈二は西側から酷い差別を受けてきたと」
「クソッタレの西側連中でも、あいつらにだって家族や人生がある」
「この問題は西も東も関係ないと言いたいんだな…丈二」
丈二は神浜から逃げるように東京に上京した理由を語っていく。
東京で刑事を目指したのは、東住民というだけで西側から犯罪者扱いされてきたのが原因。
東側住民が刑事になれたなら、東住民の評判だって変わると信じたからだ。
刑事となり探偵となり、今は神浜市を助けたい。
丈二にとっては、今までの憎しみよりも大事なものがある。
「刑事やってて気がついたのは、憎しみなんかよりも大事なもんがあるってことだった」
――家族を犠牲にされて泣き叫ぶ被害者達の光景に、
丈二の固い決意を聞かされた尚紀と瑠偉も頷いてくれる。
「了解だ、ボス。大きな仕事になりそうだ」
「やれやれ、うちのボスは人情家ですこと」
こうして聖探偵事務所に舞い込んできた神浜案件が動き出したというわけだった。
……………。
白と青の線が入った黒いライダースジャケットの上着を着た尚紀は丈二の元に戻っていく。
有料パーキングエリアに停めてある業務用パネルバンの後部扉を開けて中に入った。
「よう、小型カメラの設置ご苦労さん。映像受信は良好だ」
内部は様々な電子機器が固定されており、椅子に座った丈二が複数モニターを監視中だ。
「怪しげな奴らが現れている。中国マフィアはまだ港を裏から占拠し続けているようだ」
「蒼海幇の情報は正しかったようだな」
尚紀は撮影したカメラを渡し、バンの右側に固定してあるソファーに座り込む。
「蒼海幇も連中との全面抗争は望んでいない」
「証拠だけを掴み、後はこの国の司法機関に任せたい考えなんだろ?」
「20年前よりも規模も縮小しちまったしなぁ…。武闘派の時代も終わりかもな」
前の運転席に座っていた瑠偉が後部に振り向いて口を開く。
「問題は違法収集証拠よ。刑事事件では使えないわ」
司法国家機関は違法盗撮・盗聴が証拠にならないようにしている。
国家冤罪に結びつく危険が大きいからだ。
丈二もそれは承知しているため蒼海幇に協力を得ている。
被害に合った海運会社の社長達は蒼海幇の組合にも入っているため、捜査協力を得られたようだ。
「許可を得ている私有地での合法的な証拠集め。これなら依頼人が責任を追求される心配はない」
「被害者達のご子息の安否も気になるが、見つけ出せるかは連中を吐かせる以外に無いだろうな」
「動きを見せるまでは…長丁場になりそうだ」
根気良く粘るしかないと判断した尚紀達は張り込み捜査を続けていくのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
香港は中国黒社会の首都と呼ばれ、諸問題の解決のため警察が三合会を利用していたといわれる。
三合会(サンホーフイ)とはどのようなマフィアなのだろうか?
構成組織のうちで有名なものとしては以下のようなものがある。
14K、潮幇(新義安の上部組織)、和字頭(和勝和の上部組織)等で構成されているようだ。
その影響力は香港を中心に世界中の華人社会にまで至る。
日本に浸食するチャイニーズ麻薬・覚醒剤。
それを製造、出荷する組織が大陸の黒社会ならば地域で販売するのが日本のヤクザである。
新興都市である神浜市という大きな市場に根を下ろしたい指定暴力団は数多い。
それらの幹部が今、香港の黒社会の代表である三合会へと接触を図っていた。
「これはこれは…よくぞ、おいでくださいました李王虎(リー・ワンフー)様」
神浜市某所の高級ホテル内に儲けられた秘密会合の場。
ここには日本の広域指定暴力団の幹部達が軒を連ねるように集まっている。
秘密会合の場に現れたのは、南凪港で見かけた若い青年である中国人。
中国黒社会を纏める一族である李家の嫡男と言われる男の存在に対し、全員が息を飲んだ。
「貴方様が…今回の日本でのビジネスの指揮を執るとお聞きして我々も是非協力を…」
「…世辞はイイ。要件だけヲ、俺は伝えル」
発音が少々おかしい片言の日本語であるが彼は日本語を理解し、喋る事も出来るようだ。
奥の席に座り、ビジネス談義となっていく光景が続く。
中国黒社会と日本のヤクザとの繋がりは深い。
日本人でなければ出来ない仕事を処理して手数料の一部を受け取っているに過ぎない関係。
それでも旨味はあまりにも大きいと言われている。
100人の密航を成功させると一度に2000万円が手に入る。
それを10回重ねれば2億円のビックビジネスだと言えば分かるだろう。
麻薬ビジネスと密航ビジネスは巨大ビジネス市場。
南凪港という黒社会拠点を中心にして日本全国の華人社会にビジネスの輪を広げる。
王虎の計画を暴力団幹部達も聞き入り、皆が承諾していった。
……………。
ビジネス談義を終えた彼は今、ホテル屋上の最高級フロアの一室にいる。
シャワーを浴び終えた筋肉質な裸体が濡れたまま部屋に出てくる。
股間にぶら下がっているのはもちろん男性器。
よく見れば皮が切除されている手術痕が見える。
これはユダヤ民族の男性が13歳の成人を迎えた時に受ける宗教的割礼痕だった。
横に一直線と連なる窓辺に立ち、この街の夜景を見つめる姿を見せる。
「
彼が口に出した人物の名とは、かつてのペンタグラムリーダーを務めた魔法少女の名前だ。
青幇の上部組織とも言える紅幇の重鎮として繋がりがあったのやもしれない。
「
目を瞑り、彼女と初めて出逢った日の事を思い返す。
李家の嫡男として産まれ、支配者としての人生を生きてきたが退屈していた人物がいた。
そんな人物として生きた李王虎が出会った人物とは、青幇に入ってきたチェンシーだった。
彼女は周りの者達とは違ったようだ。
己の力に絶対の自信を持ち、上の存在であろうが平伏さない。
彼の態度が気に入らないと食って掛かり、大騒動になりかけた。
そんな彼女の態度に興味を示し、散打を挑んだことが彼にはある。
彼女の実力は凄まじく、拳法においては絶対の自信を持っていた彼と互角に戦えたようだ。
もっとも彼女は人間のフリをして挑んだに過ぎない。
人間の技量の部分でのみ互角であったのは、彼自身も感じ取っていた。
それ以来、彼女に対して周りと同じ態度をしなくても構わないと許可を出す。
その上で互いが拳法の上では競い合い、ビジネスの上でも協力関係を築くことが出来た。
王虎にとっては、チェンシーは特別な存在だったようだ。
「
王虎がいくら彼女を特別扱いした上で対等な関係を築こうと望んでも、思いは伝わらない。
かつてのチェンシーが何を掲げて1・28事件テロを起こしたのかは言うまでもない。
魔法少女至上主義とも言える選民主義を掲げた者だった。
彼は右手を持ち上げ、握り締める。
拳は迷いを感じているかのように震えていた。
「
ユダヤである我々こそが、非ユダヤを支配出来る。
旧約聖書においては、唯一神から地上の支配権を与えられたのがゴイと呼ばれるユダヤ民族。
ゴイ(ユダヤ)である者達は非ユダヤであり異教徒達の事を複数形でこう呼ぶのだ。
差別語として知られるゴイム(非ユダヤ)である。
互いが選民思想故に相容れるはずがなかったのだが…彼の表情は重い。
「
例え異教徒であろうとも、救いの手を差し伸べるチャンスがあったかもしれない。
そう考えずにはいられない王虎には特別な思いがある。
彼女が生贄に選ばれたと聞かされた時も、1・28事件の映像を見ていた時も動揺した。
誰が死のうが何も感じない支配者としての人生を生きてきた筈なのに、胸が締め付けられた。
魔法少女としての彼女に差別されても、思想の上で相容れなくても、彼女を気に入っていた。
李王虎はチェンシーを愛していたのだ。
迷いを払うように放つ右拳。
空を切り裂き、衝撃が目の前に広がる巨大ガラスに放たれる。
「
窓に亀裂が入っていく。
「
――
巨大ガラスが無数の亀裂によって砕け散る音が響く。
「
ユダヤにとって死後の世界は存在しない。
旧約聖書を尊ぶユダヤ民族にとって、人間とは塵で出来た存在。
死ねば土に帰るだけだと考える宗教的思想を持つ。
だからこそ、ユダヤは世界一のリアリストとも言える。
理想を理想で終わらせず、生きているうちに実現させなければならないと考えるだろう。
ユダヤにとって宗教的であり文化的な地上の楽園を生み出そうと考える思想がある。
それこそが
――――――――――――――――――――――――――――――――
日本の中国黒社会、もしくは不良グループに属している者達の犯罪で共通している動機がある。
日本は刑も軽いし警官は殴らない上に発砲しない。
また日本人は防犯意識が薄いなどであった。
現在の南凪区では、中国黒社会の大物が訪れているという噂が飛び交う光景が続いている。
彼に貢ぎ物を渡し、組織に取り入ろうとする中国人犯罪グループの事件が横行しているようだ。
南凪路に向かう尚紀に声をかける人物が手を振ってくる。
「あっ!尚紀さーん!」
張り込みで神浜に滞在しているため、買い出しに訪れた尚紀に声をかけたのは広江ちはるである。
「またお前か…今は仕事で忙しい。探偵ごっこに付き合う暇はないんだ」
「私の尾行バレバレだったよぉ~。だからね、尾行するんじゃなくて傍にいる事にしたんだぁ」
「傍にいるだと…?」
「尚紀さんがどんな生き方してるのかなぁ~って、私は知りたくなったんだぁ」
ちはるは尚紀の事をろくに知らない立場である。
それなのに勧誘をしていくのは押し売りに思われても仕方ないと判断したようだ。
「お前は押し付けがましい静香やすなおに比べたら柔軟だな。相手の感情を考える想像力がある」
「探偵捜査は犯人の考えや感情を想像し、それによって相手の未来に先回りする」
「その通りだ。よく知っているな?」
「宿無し探偵等々力耕一から多くの探偵心得を学んだんだよ♪」
「そうか…だが付き纏うな。仕事中だって言ったの忘れたか?」
「えっ!?もしかして今…本職の探偵中!?うわーっ!うわーっ!私もお供したい!!」
「子供の遊びじゃないんだぞ」
「でもでも~どうしても付いて行きたい!!私…将来憧れの探偵になりたいの!」
子供のようにはしゃぎ出す彼女に溜息をつく彼の表情が変わる。
「えっ、ちょっと!」
何かに気が付いた彼に手を引かれ、2人は路地裏に隠れる。
視線を移す先にあるのはビル内の会社事務所前に駐車してあるミニバン車両。
ビルの周りには数人の男達が彷徨き、携帯電話を持ちながら辺りを警戒する素振りを見せた。
「な、なんなの…あの人達がどうかしたの?」
「東京を荒らす外国人の組織犯罪手口と似ている…緻密に役割を計算していやがる」
「もしかして…窃盗犯!?ど、どうしよう…警察に連絡しなきゃ!」
「車のナンバーを覚えていろ」
会社の現金や預金通帳など盗みとった品が入るバックを抱えながら出てくる者達。
ビルから急いで飛び出してくる者達とは、覆面を被った外国人だと思われる。
見張り役と共に急いでミニバンに乗り込み、急発進しようとした時だった。
「
運転手がアクセルを踏み込むが後輪は空回りし続ける。
一気に後部が持ち上げられ、窃盗犯達が慌てて後ろを振り向く。
「ここは駐禁だ。その上で窃盗罪など余罪の上乗せだな」
リヤバンパーを両手で持ち、車体を持ち上げていたのは尚紀である。
「てぇーへんだぁ!!天下の大通りで盗人共が現れたよーっ!!」
後ろを振り向けば、時代劇の岡っ引きが警察手帳の代わりに使っていた十手を持つ人物の姿。
逆の手には捕縄のようなワイヤーを持つちはるが声を張り上げる。
彼女の大声に反応したのはこの街の互助組織に属する者達だった。
「なんだ!?泥棒かよ!!」
「俺たち蒼海幇の縄張りでいい度胸しやがって!!」
大勢でミニバンを取り囲みドアを開け、中の窃盗犯たちを引きずり出して地面に押さえつける。
「神妙にしやがれってんだよぉーっ!!」
ちはるも入り込み、慣れた手付きでワイヤーを用いた拘束を行ってくれたようだ。
「見事な捕縄術だ。それも探偵ドラマでやってたのか?」
「えへへ♪これは私の趣味っていうか…探偵だけじゃなく、警察や時代劇も憧れなんです!」
「趣味が高じて逮捕術にも精通しているのか?将来は立派な探偵になれるだろうな」
「本当!?本職の探偵さんからお墨付き貰っちゃったよ~♪」
拘束されて並べられた窃盗犯の1人に尚紀は近づく。
「
「
「
「
「
胸ぐらを捕まれ脅された1人が立たされ、彼に無理やり歩かされる。
「ちはる、今日はもう帰れ。これからこの街は騒がしくなってくるだろうからな」
そう言い残し、彼は上との繋がりを吐かせるために連行していく。
見送るちはるは心配そうな顔つきだ。
「大変だよぉ…外国人犯罪グループがこの街で暗躍してるなんて!」
彼女は日の本を影から守る一族に属する者。
ちはるも残りの窃盗犯達を住民達に任せ、急いで水徳寺に向けて走っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
組織性の高いグループでは首領は犯行現場に立ち会わない。
犯行日時や場所、被害品の本国への郵送に収益の配分や上納金額準備など事務的な事が殆どだ。
また日本人共犯者のスカウト等の準備も首領には必要であった。
時刻は夜となった南凪区ベイエリア。
繁華街を歩く夏休みに入ったばかりの学生達に声をかける外国人グループが見える。
その光景に向けて物陰からシャッターをきり続ける人物とは観鳥令だ。
カメラを持つ左手の中指にはソウルジェム指輪も見えるため、彼女も魔法少女なのだろう。
「アイツら、お前の固有魔法の網に引かかた連中ネ、令?」
突然の声掛けにビックリして後ろを振り向く。
「うわっ!?仕事中にいきなり声をかけられると観鳥さんもビックリするよ…美雨さん」
パーカーに長い後ろ髪を収め、ジーンズとシューズを履いた姿の美雨も隠れて様子を伺う。
「すまないネ。でも撮影中だろうが敵は容赦しないヨ、警戒怠るよくないネ」
「肝に銘じておくよ。仰る通り、観鳥さんの固有魔法である確実撮影に引っかかった連中だね」
彼女は南凪自由学園の魔法少女。
シャッターチャンスを逃さないようにしたいという願いによって契約した人物。
彼女の固有魔法は事件捜査においては強力な力を示すだろう。
そのため学校生活において観鳥令は周りから恐れられている人物でもあった。
「アイツら、日本人の学生使て麻薬売買している外国人グループかもしれないネ」
「うちの学校でも麻薬ビジネスの配達人がいるんだ。決定的瞬間を抑え込んで警察に告発したい」
「ゴシップ記事を書く新聞部にしては、身の程を知らない危険な行為ヨ?」
「観鳥さんは善悪にこだわらない社会の真実だけを切り取り、新聞に掲載する」
「日本人は平和ボケし過ぎてる。自分だけは大丈夫だなんて思うな…お前の口癖ネ」
「人は無根拠な世界だけを見たがる悪癖がある。だからこそ、警鈴を与えたいのさ」
「それが日本人達の危機意識を高めてくれると信じてるネ?」
「観鳥さんの記事が社会を救うんじゃない、真実に気がついた民衆達が救うんだ」
「令の記者魂に裏付けられたジャーナリズム哲学は私も好きネ」
視線を犯行グループに戻す。
何かを渡された学生達から離れていく外国人グループが去って行く。
上着のパーカーを目深く被った2人は静かに後をつけていくのだ。
彼女達がやってきたのは南凪路の中華街とほど近い無人の雑居ビル。
「恐らくここが連中の根城ネ。中に入り込んで行くヨ」
「観鳥さんは向かいのビルから中を撮影しようと思うけど、美雨さんはどうするんだい?」
「乗り込んで打ちのめすネ。この街で暗躍するチャイニーズマフィアとの繋がり吐かせるヨ」
彼女の愛用品である指ぬきの黒革手袋をギュッと両手に嵌め込む。
「お前は手を出さなくていいヨ。相手は人間、魔法少女の魔法の力使たら殺してしまうネ」
「観鳥さんは魔法の力が使えないならか弱い女の子だよ。ここは荒ごと好きな美雨さんに任せる」
スカーフとパーカーで頭部を隠した美雨が雑居ビル内に入っていく。
令は向かいのビルの非常階段に向けて走っていった。
薄暗い雑居ビル内は半ば廃墟化しており、壁には至る所に中国語の落書きが刻まれている。
空き缶や煙草の吸殻が散乱した階段を登り、人の気配がする上の階に進む。
(…いるネ)
廊下の角から向こう側を確認し、見張りをしている2人の男を見つけたようだ。
「
「
美雨は静かに聞き耳を立て続ける。
話の内容とは今夜の取引内容についてだ。
日本のヤクザも大勢集まる規模の武器密輸が行われるという内容。
中でも彼女が気になったのは、李家の嫡男が視察に来るという情報だった。
この街を荒らしている犯行グループのボスは上納金を片手にその人物と接触を図りたいようだ。
<<
2人の男が美雨の声がした方に振り向いた時にはもう遅い。
「
事務所として機能していた廃墟の一室から聞こえる叫び声。
上納金を数えていたボスと思われる丸いサングラスをかけた痩せ男が扉の向こうに大声を放つのだが…。
「
見張りをしていた男の1人が扉ごと蹴り込まれ事務所内に倒れ込む。
扉の入り口から入ってきたのは、頭部を覆い隠す小柄な少女。
「
覆面で覆われた裏側には怒りの表情を隠し持つ美雨が威圧的に中に入り込む。
「
「
「
美雨は抱拳礼を行った後に独自の拳法の構えを行う。
「
事務所内にいた中国拳法に覚えのある男達が一斉に襲いかかってくる。
「かかてくるネ!!」
左回し蹴りを右腕で止め、連続の右横蹴りを後方に身を回転させながら回避移動。
左突きを止め、彼女の前蹴りを相手は払い、続く左裏拳を身を引くめて避ける。
右手刀を彼女に打ち込むが右腕で捌くと同時に掴み、右膝関節を蹴り込む。
「食らうネ!!」
体勢が崩れた相手の後ろ首に右膝裏を絡めつけ、垂れ下がる蛍光灯を掴みながらの跳躍攻撃。
「
飛び上がりながら左踵を顔面に打ち込み、1人を倒す。
「
続く相手の左右突きを払い、右肘を左腕で止めたが背後から別の男の飛び蹴りが迫る。
「チッ!」
飛び込み蹴りを放つ背後の一撃を身を回転させて避け、勢いのまま後ろ蹴りを放つ。
「
背後の男を蹴り飛ばすが、即座に向き直る。
突きに対し身を低めて避け、右鉤突きを左腕で止め、前蹴りを男に放つ。
後ずさる男が右突きを放つ瞬間両手で掴み、体勢を一回転させながら逆関節を決める。
「ハアァーッ!!」
そのまま一気に足首を蹴り込み、男は一回転しながら地面に倒れ込む。
「
トドメの踵蹴りを頭部に放つ彼女の背後から迫るのは、消防斧を持った男の一撃が迫る。
だが心配する事はない。
美雨には頼りになる守護者が外に控えていたのだ。
「
突然窓が割れ、外から飛来した大きなゴム弾めいた飛び道具が直撃して男は弾き飛ばされる。
割れた窓の方を彼女は振り向くと、向かいビルの非常階段踊り場にいたのは魔法少女の姿。
アンティーク調の模様が入ったバズーカを構えた観鳥令の援護射撃だった。
<誓って殺しはやってません。これでいいんだろ、美雨さん?>
念話を送り、微笑みながら親指を立てるサムズアップを見せてくる。
遠くからでも分かる彼女の表情を見た美雨も外に向けて頷く姿を返してくれた。
<それでいいネ。魔法少女は人殺しの外道に堕ちるべきじゃないヨ。夢と希望を叶える存在ネ>
残ったボスに振り向くが、現場にはいない。
<非常階段だ!!>
窓に駆け寄り下を見ると、非常階段を使って脱出していたボスがいた。
「逃さないヨ!!」
割れた窓から一気に地上に飛び降り、着地と同時に小さくなっていく悪党の背中を追いかける。
逃げる方角は神浜中華街である南凪路方面。
おそらくは新華僑達に匿って貰う魂胆なのだろう。
中華街で始まる魔法少女と悪党とのチェイスバトルが開始されていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
犯罪グループ首領のビルに向かおうと歩く尚紀と、顔面痣だらけとなった窃盗犯が道を進んで行く。
「
「
不意に美雨の魔力と大東区で感じたことがある魔法少女の魔力の気配を感じる。
ビルの前に来るとそこに立っていた人物とは美雨の仲間である観鳥令だった。
「あ…お兄さんはもしかして、美雨さんが言ってた…めっぽう強いっていう東京の人?」
「お前は美雨の友人か何かか?」
「観鳥令。こう見えて学生新聞の記者さ」
「美雨は一緒じゃないのか?」
「それが…お兄さんが連れてる怪しげな外国人のボスだと思う人物を追っていったんだ」
一足遅かったのだと分かった尚紀は忌々しい表情を浮かべながら舌打ちを行う。
「あいつ…先走りしやがって。何処に向かった?」
「南凪路だよ。美雨さん…独りで抱え込む悪い癖があるから…観鳥さんも心配でね」
「こいつを任せる。煮るなり焼くなり好きにしろ」
窃盗犯を突き飛ばし、力強く地面を踏みしめながら美雨の後を追う。
残された哀れな男を見つめる令の表情は…不気味な程にこやかな笑顔を向けてくる。
「さーて、観鳥さんは~…おじさんをどうしちゃおっかなー♪」
「
冷や汗が出まくる男は感じているようだ。
とても怖い女に捕まったのだと。
……………。
現在の場所は南凪路。
時刻は19時を超えており夏の太陽も沈みきる夜の帳が下りる頃。
「待つネ!!観念するヨ!!!」
全力で走る彼女は呼吸の邪魔になるスカーフを外している姿のまま街を駆け抜ける。
「
上納金が入ったアルミケースを左手で持つボスが息を切らせながら走り続ける。
南凪路は道路にはみ出している屋台も多く、仕事帰りや観光客を相手に今日も盛況だ。
賑わいの中に突撃していく慌ただしい2人を見て、慌てた表情を浮かべる観光客達を超えていく。
「
道行く通行人を片手で払い飛ばし、進行の障害物を産み出していく。
「無関係な人を使うの良くないネ!」
障害物とされた人々の中に向けて彼女は迷いなく突撃を行う。
左右に避け、真ん中の人物に向けて跳躍して両肩を掴み、倒立からの一回転着地で超えていく。
走るボスは横に見えた建設中ガードフェンスに飛び移り、向こう側へと移動。
「大人しくするヨ!!」
「
大きく跳躍して向こう側に着地した彼女は追跡の手を緩めない。
工事現場の足場工事に使われる骨組みが纏められたものを見つけ、ボスは支え棒を蹴り倒す。
次々と荷崩れした骨組みの山に対し、美雨は大きく跳躍。
前転着地した美雨は走り続ける姿を崩さない。
「
通路の横で足場の骨組みが組まれていた端を掴み、力任せに通路に目掛けて倒し込む。
頭上から骨組みがばら撒かれた光景を見上げた彼女は大きく跳躍を行う。
「ヤッ!!!」
鈍化した世界。
後方バク転中に足先を水平にし、落下する骨組みの隙間を潜り抜けるバク転着地を見せた。
「
大通りに出たボスは店の看板や椅子を彼女に目掛けて投げつけていく。
加速のまま飛び前宙を繰り返し、足元に投げつけられる障害物を飛び超える。
埒が明かない状況であったが、ここは彼女のホームグラウンド。
彼女の味方をする者が現れるのだ。
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前の方から聞こえた声に反応し、投げ渡された品を右手でナイスキャッチ。
「
投げ渡されたのは出来たて熱々のパンダまん。
火傷に苦しみ動きが止まった相手に向けて、彼女は右肘を振りかぶる。
「チェーストォォ!!」
「
右肘鉄を顔面に受けたボスはついに仰向けになりながら地面に倒れ込む。
弾みで空に投げてしまったパンダまんが遅れて落ちてきたが、美雨が右手でキャッチ。
「ハァ…ハァ…。今はパンダまんより飲茶が飲みた……熱いヨ!!?」
慌てて両手でパンダまんを支え直し、食い物を粗末にするわけにもいかず悪党の口にねじ込む。
(哦哦哦哦哦!!哦哦哦哦哦!!!)
口の中が大火傷中のボスの呻き声が続いていくのだが、静かになってくれたようだ。
「ホッホッホ。チェイスバトルを制したのは、うちの美雨じゃったのぉ」
後ろに両手を組んで歩いてきたのは蒼海幇の長である長老であった。
「こいつがこの辺を荒らし回っておる窃盗犯グループのリーダーじゃな?」
「今から尋問するネ」
灼熱地獄の夢を見ているような苦悶の表情をした悪党に対し、さらに往復ビンタを美雨は行う。
悪党の首領は無理やり起こされ正座させられる始末。
「
「お前が知てることを全部吐くネ。それとも…もとパンダまん食いたいカ?」
絶対に逃げられない状況に追い込まれたため、渋々全ての情報を美雨に伝えていくのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
遅れてやってきた尚紀が長老に声をかけてくる。
「マスター!美雨は何処に行った?」
彼に振り向く長老だったが、答えを返すかのようにして首を横に振る。
「タッチの差じゃ。今しがた南凪港に向けて走っていきおった…ワシの制止も聞かずにのぉ」
「コイツから何を聞き出したんだ?」
地面に倒れていたのは、用済みとなったため美雨にどつかれて失神した哀れな人物。
長老から事情の説明を受け、彼の表情も厳しくなる。
「馬鹿野郎!!いくらなんでも不殺を貫く美雨1人でどうにか出来る状況じゃねーだろ!?」
「判っておる。ここは警察に任せるべきだと言ったのじゃが…あの子の悪い癖じゃ」
「…蒼海幇は動かないのか?」
「皆に知らせれば…血の気の多い連中が武器を片手に港に集合するが…血の海となる」
「…たしかにな」
「ワシらも武闘派と呼ばれたのは2世までだと語ったことがあるじゃろう」
「ああ。3世の世代は争い事を嫌い平穏を好むと聞いている」
「ワシは若者達をこれまで通り争い事に巻き込むべきか…迷うのじゃ」
「この街の長として、これ以上暴力の道を突き進むのはイヤになったか?」
「美雨のような若者がまた犠牲となっていく…あの頃の時代もそうじゃった」
目を瞑り、蒼海幇の歴史を振り返る長老の表情は苦悶に満ちている。
どれだけの血が流され、尊い命が犠牲となり家族を泣かせたのかは言うまでもない。
「前に話した償いの道に反する…そう考えているのか?」
「そうじゃ。もう若者達を血で血を洗う世界に巻き込みたくない。血塗れになっていいのは…」
「俺達みたいな人殺しだけで十分…だろ?」
踵を返し、南凪港に向けて尚紀も走っていく。
途中、ライダースジャケットの上着の内ポケットに入れていたスマホが鳴り出す。
通話ボタンをスライドさせれば、張り込み捜査を続けていた丈二の声が聞こえてくる。
「尚紀か?港で動きがあったんだが…不味いぞ。本国から兵隊まで連れてきていたようだ」
「どんな状況だ?」
「監視映像から見るに、腰道具(拳銃)どころじゃない…散弾銃やロシア製短機関銃も見える」
「余程の大物を守る警備体制ってわけかよ…」
「こいつはマルタでどうにか出来る状況じゃねぇ。都道府県警察本部に連絡するべきだ」
「特殊急襲部隊を向かわせるつもりか?あそこには今…俺の知り合いが飛び込んでいるんだ」
銃撃戦になれば美雨まで巻き込まれると考える尚紀の声にも焦りの色が浮かぶ。
そんな態度の尚紀に向けて、探偵事務所所長である丈二は釘を刺してくる。
「尚紀…いいか、俺達は探偵だ!情報を売るのが仕事であり、それ以上の事は範疇外だ!」
「だが…!」
「物事を弁えないと…大勢の人間が生きるか死ぬかの鉄火場に巻き込まれるんだよ!」
丈二の判断は正しい。
それでも尚紀には抑え込めない正義感が沸き起こり続けてしまう。
探偵の世界で生きようとも、まだ青臭さが残っている。
自分を客観的に見てくれる丈二の言葉に論され、己の判断に疑いを向けていく。
「思い上がりなのか…?俺が世話になった連中に肩入れするのは…?」
かつて自分を救ってくれた人々に対し、炎を運ぶ者となってしまった苦い記憶が蘇っていく。
(俺が美雨達を大事に思えば思うほど…あいつらを炎で焼く日がくるのか?)
握り込んだ拳が震え続ける。
彼は決断するかのようにして、低い声を丈二に伝えてくる。
「…判った。引き続き探偵として情報を追う。物事を弁えない行動はしない」
「…ここは警察に任せろ。これだけの状況証拠があるのに動かない警察など税金泥棒共だ」
「通報は任せるよ…」
スマホの通話を終えた彼は静かに街を歩き続ける。
頭の中では理解していた。
これ以上誰かと深い関係になるべきではないということが。
だからこそ最後の家族と呼べるだろう杏子から距離をおき、今でも東京で独り生きている。
それでも、心の中に宿る逆鱗が咆哮を上げるかのような熱い感情が迸る。
「俺の心が叫び続ける…叫び続けるんだよ…救いたいとな」
東京に旅立ってからも佐倉一家に手を差し伸べてきた彼の善意は、
恩によって彼の心は鎖のように拘束されてしまう。
放任主義と呼べる薄情な選択の自由よりも、皆の幸福を願うたった1つの秩序を望んでしまう。
美雨や長老達が築き上げてきた蒼海幇から与えられた恩もまた、彼の心を縛り上げた。
不意に視線が何処かに向けられる。
もう閉店間際になっていた中国の民族衣装を取り扱う店がそこにはあった。
おもむろに店内に入り、品を流し目で見つめていく光景が続いていく。
店の奥で見つけた品を見た彼の顔つきが変わっていく。
その表情は決断したかのような迷いの無さを感じさせる程であった。
「…店主はいるか?こいつを買わせて貰う」
「
「クレジットで支払えるか?」
支払いを済ませ、彼は店の奥にある更衣室に品を持っていく。
暫くして、更衣室から出てきた尚紀の姿を見た店主が慌てだす。
「お、おい、若い兄さん…何考えてるんだい!?」
「俺の服を預かっておいてくれないか?礼は弾む」
恩の鎖で心を縛られた者は振り向きもせず、店から出て行ってしまったようだった。
……………。
古代シュメール神話の最高神であるエンリル、エンキを紋章として掲げるのが世界最高権威達。
その中でも特徴的なのが英国王室の紋章だろう。
エンリルを模した獅子、隣にいるエンキを模したユニコーン。
だが見て欲しい。
ユニコーンの首には王冠が首輪として固定され、鎖で地面に固定されているのだ。
自由を司るエンキを支配するのは秩序であるエンリルである事を示していると言われている。
英国は秩序たる獅子の国なのだと表現しているものなのだろう。
これからもエンキの紋章たるユニコーンは、英国王室の紋章として鎖に繋がれ続けるだろう。
恩という鎖に繋がれた新たなるエンキと呼ばれし一角獣の悪魔…人修羅のように。
読んで頂き、有難うございます。