人修羅×まどマギ まどマギにメガテン足して世界再構築 作:チャーシュー麺愉悦部
厳戒態勢とも言える状況である南凪港の埠頭。
倉庫街には日本の指定暴力団の幹部を乗せた車両が次々と入っていく。
「カシラ、ご足労お疲れ様です」
先に到着していた組員達がお辞儀をし、若頭が乗る後部座席のドアを開ける。
「今夜の取引は大規模になる。末端の兵隊にやらせるわけにはいかねぇ」
分解して小さい規模でしか運べなかった武器密輸も港を拠点にすれば大量に手に入るのだろう。
「港の周囲はどうだ?」
「三合会の兵隊が警備してます。全員チャカでなく、輸送した品で武装してる物々しさですぜ」
「今夜は中国や世界の華僑社会を裏側から支配している一族の嫡男が視察にお越しになられる」
「だからカシラもお越しになられたのですね。先方に失礼のないように」
「そういうことだ。今夜は何が起こるか分からねぇ…警戒を怠るなよ」
組の若頭と組員が緊張した顔つきのまま港の倉庫街で一番大きい倉庫の中へと入っていく。
淀んだ空気が漂う南凪港の夜。
侵入者を生かして返す事はないだろう殺伐とした空気を肌で感じさせる程だ。
そんな恐ろしい場所の近くにいるのは倉庫街の周囲を覆うフェンスの外にいる美雨である。
「人の気配が大勢するヨ…しかも…全員殺気立てるネ」
恐らく経験した事がない騒動になる予感を彼女は感じており、対処出来るか不安になっていく。
「私は魔法少女…その気になれば固有魔法の事実偽装つかて包囲を突破するのは容易いけど…」
今の自分は何者であるのか?
そしてこの問題は魔法少女の使命なのかと彼女は迷う。
「私は蒼海幇の純美雨…魔法少女の純美雨として…来てはいないヨ」
たとえ悪者の人間が相手でも魔法を使うならば悪魔の如き弱肉強食の光景にしかなり得ない。
絶対者が弱者達に魔法という加害行為を行うも同然の有様だと生真面目な彼女は考えてしまう。
彼女が用いる固有魔法とは事実偽装。
直接人間を操る、もしくは危害を加える類の固有魔法ではない。
人間を騙す類の魔法であるが佐倉杏子の幻惑魔法と同じく加害行為としても利用出来てしまう。
困った事態になったなら魔法少女は人間社会に対して魔法を行使するのは仕方ない。
そんな理屈で正当化出来るのなら、あらゆる弊害が生まれる事ぐらい美雨も理解している。
だからこそ加害行為の前例を生み出す最初の魔法少女になるわけにはいかないと腹を括るのだ。
「死ぬかもしれない…それでも私は私の道を行く…蒼海幇に入ると決めた時から覚悟してたヨ」
意を決した少女がフェンスを大きく跳躍して中に侵入する。
そんな彼女に追いつこうと何人かの若い蒼海幇の男達が武器を片手に走ってくるようだ。
「美雨を見かけた時のあいつの表情…やっぱりこういう事だったのか」
「独りで無茶ばかりしやがって!俺達はこの街を守る蒼海幇の仲間達だろ!」
中国拳法の白蝋棍を杖の代わりにしている青年も遅れてやってくる。
「おい…お前まで来る事なかったのに…まだ本調子じゃないんだろ?」
「構わないでくれ…俺が生きていられたのは美雨が俺の命を優先してくれたからだ!」
彼は美雨に命を救われた人物であり、過去の美雨拉致事件の際に刺された被害者であろう。
「俺は絶対に美雨を見捨てない…俺にとっては命の恩人だからだ!」
「そうだ!美雨はいつだってこの街と蒼海幇のために命がけで戦ってくれる…俺達の恩人だ!」
「俺達蒼海幇にとって大切な人間を絶対に死なせるもんかよ!!」
男達も覚悟を決めてフェンスを登っていく。
心が恩の鎖に繋がれている存在は尚紀だけではなかったようだ。
♦
コンテナ街とも言えるコンテナヤードから離れた位置にある倉庫街。
ここでは現在、卸した商品の商品説明会のような雰囲気に包まれている。
「凄い品々だな…これなら戦争が出来るぜ」
95式自動歩槍、67式汎用機関銃といった中国人民解放軍で使われるような銃の数々。
目を引くのは中国軍の新型重機関銃の14.5mm3銃身ガトリング機関銃であろう。
「香港が中国に返還されて以来、香港黒社会と中国は蜜月関係ってのも頷ける光景だな」
三合会の者から商品説明を受けている日本のヤクザ構成員達。
二階の事務所内では幹部が集まり商談の席が設けられているようだ。
会合の奥の席に座っている人物こそが李家の嫡男である李王虎。
値段をふっかけられた日本のヤクザ達も顔をしかめている。
それでもこれだけの規模の銃が手に入れられる機会など無かったためか渋々頷く有様だ。
その時、王虎の横にいる秘書と思われる存在の携帯が鳴り響く。
「
「
「
「
「
「
「
「
不穏な空気を出し始めた王虎に対してヤクザの幹部が質問してくる。
「どうかしましたか?まさか…取引がサツに…?」
「心配するナ。面白い余興が舞い込んできタ」
時間は少し遡り、コンテナヤードの通りを巡回している武装マフィア構成員達に移る。
見つかれば銃撃戦となる光景に対し、不殺を貫く魔法少女は自分の矜持に縛られている。
彼女にとっては極めて不利な状況となるが周囲を警戒しながらコンテナの上を跳躍していく。
隠密に徹しながら倉庫街を目指す彼女だったが銃声が響きだす。
(何ネ!?)
銃声がする方に振り向くと男達の騒ぎを耳にする。
(まさか…私の他にも誰かがチャイニーズマフィアの領域に攻め込んでいるのカ!?)
胸騒ぎが抑えられず、騒ぎが起こっているエリアに跳躍しながら駆けつける。
「
「ぐわーーーーっ!!!」
そこで見たのは足を撃ち抜かれ、悶え苦しみながら地面に転がる男達の姿である。
血みどろになっているのは美雨を助けるために駆けつけた蒼海幇の構成員達なのだ。
「
「
「
ロシア製の自動小銃を手に持つマフィア達が相手では分が悪過ぎるだろう。
激痛で地面をのたうち回る蒼海幇構成員達の頭が踏みつけられていく。
「畜生…拳銃どころか…自動小銃や散弾銃まで持ってるなんて聞いてねぇよ…」
「俺達…無謀過ぎたのか…?」
「諦めるな!!美雨だって独りで戦おうとしてるんだぞ!!武闘派蒼海幇の俺達が諦めるな!」
美雨に命を救われた男が気丈にも皆を奮い立たせようと叫ぶ。
だが彼を踏みつけているマフィアの1人が後頭部に銃口を向けていく。
絶体絶命の状態に追い込まれた現場に割って入ってくる存在が現れる。
「
仲間を守るために跳躍して現れ、独自の拳法を構える美雨ではあったが分が悪過ぎる。
1人なら余裕かもしれないが足元には足手纏いになった仲間達の命が転がっているのだ。
「
「
「
ゲラゲラと笑い出すマフィア達に対して睨み返す。
「
「
地面に踏みつけたままの蒼海幇メンバー達に銃口が向けられていく。
「
「
人質をとられては最後の抵抗手段である拳法さえ使えない。
身動き一つ許されない状況の中、マフィア構成員がスマホを使って状況を上に知らせる。
通話を終えた男が王虎の指示を手下共に伝える。
「
「
「
「くっ…!!」
なす術がない状態にまで追い込まれてしまった美雨。
助けに来たはずなのに彼女の命を危険に追い込んでしまう男達は辛そうな表情を浮かべていく。
「すまない…美雨…俺達はお前を救いたかったのに…」
「逆に美雨の足を引っ張っちまうなんて…」
「武闘派なんて言われても…何も役に立たなかった…」
悔しさで涙が出てくる仲間達の無念が心に響く美雨はついには両拳を下ろしてしまう。
「
彼女はまた暴力ではなく嘆願に縋ろうとしている。
かつての美雨拉致事件の誘拐犯達に行ったお願いと同じ事を繰り返してしまう。
その時の誘拐犯達の反応と同じ答えが返ってくるのは分かっていただろう。
嘲笑われながら蹴られて終わるしかないのだ。
美雨の足元に転がっている人物達が美雨のために動き、結果として武力で救っている。
正義をかけて戦う状況では話し合いをするべきだという意見が多い。
だが話し合いには克服出来ない弱点があり、話し合いが通用しない相手に対して弱過ぎたのだ。
「
太腿から大量の血を流す蒼海幇構成員達が無理やり起こされた末に連行されていく。
美雨も背中に銃を突きつけられながら歩かされていったようだ。
――平和とは、武を持ってしか守れない。
蒼海幇の長老の言葉通り、暴力世界で敵の慈悲を求めるなど役に立たない理想主義であった。
♦
「尚紀の奴…素直に従うフリをしてるのが声のトーンでバレバレだぜ…」
スマホの追跡アプリを使い、彼の行方を探すのは丈二である。
彼のスマホが収納された上着があるのは南凪路にある中国民族衣装を取り扱う店。
現場に到着したようだが問題が起こる。
「閉まってるのか…だが、ここからあいつのスマホの反応があるんだけどなぁ?」
閉店時間を迎えてシャッターが閉められる状況であるが店主と思われる男が声をかけてくる。
「おや?あんたはもしかして、うちに来た若い兄さんの関係者なのかい?」
「ここにうちの探偵が来ていたのか?」
「ああ、うちで民族衣装を買ったかと思えば、奥で着替えて服を預かっといてくれときた」
「あいつまさか…何か他にも言っていなかったか?」
「今夜は埠頭が修羅場と化す、絶対に近寄るなって…去り際に言ってたよ」
その言葉だけで嫌な予感は十分的中したと丈二は悟るだろう。
「尚紀…情に負けて判断を誤ったら、お前だけでなく大勢の人間が危険に晒されるんだぞ…」
大人のように見えて少年のような青臭さも残っている部下に対して指導不足だったと痛感する。
どうしようかと考えていた時、声をかけてくる存在がいたようだ。
<<その話、詳しく聞かせてもらえないでしょうか!>>
突然の大声に反応して振り向くと、そこに現れていたのは怪しい一団。
「ヒィ!?」
「なっ…なんだよお前ら!?」
丈二と店主の前にいたのは黒鴉めいた仮面や白い一つ目雑面布で目元を覆う少女達。
黒や白のスカーフマスクで口元を覆い身元を隠す和装姿の魔法少女集団だ。
中央に立つ魔法少女が丈二の前に歩み寄ってくる。
「私達はこの国を影から守る者達としか言えません」
「頭のイカレたコスプレ少女軍団…って訳でもなさそうだな…?」
「今夜、神浜の埠頭で何が起こるのか…嘉嶋さんの上司の方なら存じ上げるはずです」
その声は尚紀なら何処かで聞いた事があるはず。
紫色をした和風ドレス衣装を思わせる服を纏う少女は時女静香だと思われる。
「尚紀を知っているのか?」
「はい。私達はあの方を守護する必要もあります。あの方は日の本にとって重要な御方なので」
「どんな連中と関わってるんだよ…尚紀の奴?」
「お願いします!どうか情報を提供してもらえないでしょうか?」
腕を組みながらしばしの沈黙。
打開案も浮かばなかったのか、疑いながらも真剣な眼差しを向けてくる。
「俺は情報を売る業務をこなす探偵だ。情報料を請求してもいいのか?」
「えっ?わ、私…お小遣い少ないから…どれぐらいかかります?」
「尚紀を無事連れ戻す…それが情報料金だ」
所長として1人の友人として尚紀を心配する思いを託す。
それが料金だと言われた気がした静香は覆面の後ろ側で笑顔を浮かべたようだ。
「…はい!必ずその情報料金を支払ってみせます!時女一族の名にかけて!!」
いきなり身元をばらす迂闊っぷりを見せられた時女一族の少女達が慌ててしまう。
「ちょっと静香!?仮面まで身に着けて偽装しているのに!それ言っちゃダメですよ!」
白い一つ目雑面布で頭部を隠す魔法少女が静香に歩み寄ってたしなめてくる。
クラシカルな和風ドレス衣装を纏う少女は声から察するに土岐すなおだと思われる。
「尚紀さんの上司なら探偵さんだね!私達は正義の探偵に味方する存在だから任せてよぉ!」
岡っ引きめいた魔法少女衣装の頭部を黒鴉めいた仮面で隠すのは広江ちはるであろう。
本来ならこんな怪しいコスプレ集団を信じる大人などいないはず。
ましてや完全武装の暴力団の根城に送るわけがない。
それでも魔法少女に襲われた経験がある丈二ならば彼女達が只者ではないのだと判るだろう。
丈二から情報を得た静香達は急ぎ埠頭に向かっていく。
一方、場所は代わり南凪港の倉庫街では見世物ショーが始まっている。
「ぐはっ!!」
武器密輸の取引が行われていた大きな倉庫に放り込まれて地面に倒れ込む男達。
美雨は両手を上げながらゆっくりと地面に跪く。
周りは拳銃で武装した日本のヤクザと自動小銃を装備したマフィア構成員が大量にいる。
倉庫の二階事務所の鉄板通路を歩く靴の音が倉庫内に響く。
美雨達がよく見える場所で立ち止まった人物に対して美雨が吠える。
「
黒い中国古風スーツを身に纏うのは短髪オールバックの黒髪青年である。
「…完全な発音だナ。同郷の者カ?」
「日本語喋れるカ…名を名乗るネ!!」
「俺は李王虎」
「李王虎…?その名前…香港で聞いた事が…」
「紅幇の三合会に在籍してはいるガ…黒社会や世界中の華僑社会を裏で支配する李家の嫡男ダ」
三合会という香港巨大マフィアの名を香港で生きてきた美雨が知らないはずがない。
そして李家という巨大な中華一族の名も父から聞いたことがあるようだ。
「問おウ。何故、こんな無謀な真似をしに来タ?」
「この街を…お前達みたいなマフィアから守るために来たネ!!」
「ほう?大した自信だガ…それハ、そこに転がる男達も同じ気持ちだったのカ?」
マフィアの1人が倒れた蒼海幇の男の1人を掴み、頭部を王虎に向けさせる。
義侠心に熱い蒼海幇メンバーの男達ではあるが、彼らはまだ若い。
我が身可愛さが出てしまうのか怯え切った表情を浮かべてしまう。
「お…俺はただ…美雨が無事だったら…それで良かった」
「そうだよ…俺達は無茶な行動しやがった美雨が心配だっただけで…」
「こんな武装した連中を相手にする気なんて…なかった…」
完全武装したマフィアとヤクザ、そして三合会の名。
そして李家の名を出された蒼海幇の若者達は怯えたまま保身の言葉を零していく。
「他の連中はこう言っているのだガ?」
「くっ…」
「どうやらお前はこの者達を自分の武侠精神の巻き添えにしているようだナ?」
「み…みんな…すまないネ…。私のせいでこんな事に…」
義侠心に支配され、仲間達まで巻き添えにしてしまった事を今更ながらに悔やむ。
だが抗えない現実でも仁義の心を捨てなかった勇気ある者が吼えてくれる。
「謝るんじゃねぇ!!お前は間違ってなんていないぞ…美雨!!」
声を張り上げたのは地面に倒れ込み、銃口を頭部に向けられている人物。
かつては美雨に命を救われた男の姿であろう。
「俺達の世代は争いごとなんて本当は嫌だ…平穏でいたい。でもな…蒼海幇は蒼海幇だ」
「お…お前…もう強がるのはやめるネ!!」
「この街を命がけで守り抜いてきた人達の…魂を背負う存在なんだよ!!」
「あの時に救われた命が無駄になるヨ!!」
「聞けよッ!!!」
絶望の中から生まれた力強い魂の叫びを聞かされた美雨は口を閉ざしてしまう。
「これだけの連中だ…美雨も俺達も…駄目なのかもしれない」
「本当に……すまないネ」
「それでも理不尽に立ち向かう意思を次の世代にもその次の世代にも示さなければいけない!」
「意思を…示す…」
「俺達は戦後の地域住民を守り抜く魂を背負う…蒼海幇なんだ!!」
一世、二世、そして彼ら達三世に継がれるべき魂の意思があると男は叫ぶ。
皆を奮い立たせ、戦う勇気を与え続けるために不可欠な希望を残そうとする。
祖父の代から希望を残し続けたからこそ、今まで皆がついてきてくれたと叫ぶのだ。
「……フン」
聞き苦しい茶番劇に顔をしかめた王虎は銃口を向けているマフィア構成員に視線を向ける。
「誰かがやらなきゃ犠牲が出る!保身に走らず戦った人達の血と魂を継ぐのが俺達なんだ!!」
魂の叫びを上げる熱い男を見つめる王虎は片手を持ち上げていく。
「だからこそ!命がけでも戦う意思を示し続けるんだ!
――それが俺達人間の…魂の誇りなんだぁーーッ!!!
片手が下ろされた瞬間、銃声が鳴り響く。
ライフル弾によって頭部の中身を地面に撒き散らしながら倒れ込む男が生まれるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
――今まで運が良かっただけなんだよ。
――お前は誰かを守れない日が必ず訪れる。
――圧倒的暴力を前にしても不殺を貫きたい信念によって大切な人達が殺される。
「あ…あぁ…あぁぁぁぁ~~~……ッッ!!!!」
苦悶に満ちた表情をする美雨の脳裏に尚紀から言われた言葉が頭を過る。
それさえもかき消す程の激情まで噴き上がっていく。
「弱くても理不尽に抗う意思を示すカ……やってみロ」
右手をかざす王虎の意志を受け取った者が引き金を引く。
「畜生!!俺達が死んでも…蒼海幇の魂は絶対に死なない!!!」
また1人、頭部を撃ち抜かれて中身を撒き散らす。
「父さん!!母さん!!俺…あんた達の子供に産まれて良かった!!戦う意思を継げた!!」
また1人、頭部を撃ち抜かれて中身を撒き散らす。
「有難う!!俺は人間の誇りを忘れたまま死なずに済んだ!!お前は最高の蒼海幇だ!!」
次々と頭部を撃ち抜かれた事で辺り一面が血の海と化し、蒼海幇の男達の半数が殺される。
「これが現実ダ、理想主義者共」
次の男を殺そうとした時だった。
「
眩い光が美雨の左手から放たれるた事で王虎を含むマフィア達の目が眩み、腕で光を遮る。
立ち上がる美雨の左手には自分の魂が輝くソウルジェムの眩い光が放たれ続ける。
その光の力強さは彼女の激情である憤怒の光そのもの。
光の中から現れたのは魔法少女としての純美雨の姿なのだ。
「ま…魔法少女!?」
中国黒社会の世界で絶対者として君臨したチェンシーと同じく魔法少女が目の前にいる。
気がつくのが遅かったと王虎も焦りを浮かべてしまう。
魔法少女衣装の長い袖から伸びたのは彼女の魔法武器である鋭い鉤爪。
「許さない…許さないヨ……お前達ぃぃぃーーーッッ!!!」
その瞳は殺意で塗り潰されていく。
人間にとっては絶対者である魔法少女の殺戮劇が始まろうとしている。
王虎の横にいた秘書が叫んだ事でマフィア達が彼女に銃を向けていく。
「か、カシラ!?これは一体…俺達はどうすれば!?」
「馬鹿野郎!!こんな時のために用意した備えだろ!!」
ヤクザの若頭に怒鳴られた組員は慌てながらスマホを取り出して何処かに連絡をとる。
まさに一瞬即発の中、美雨の固有魔法である事実偽装を用いた殺戮劇が始まるのか?
それは彼女が自分に掲げた不殺の信念を捨てる行為であったはず。
「…どうした?魔法少女の力を行使しないのカ?」
動かない美雨に対して王虎が問いかけてくる。
鉤爪を握り締める両手が震えているのが彼には見えているようだ。
彼女のソウルジェムの中で憤怒と理性がせめぎ合う。
眉間にシワを寄り切らせながらも目を瞑り、自分の心に問いかけ続ける。
――不殺の信念か、自分が大切に思う人達の命か、自分の心に問い続けろ。
「お前達の命を救えなかた…でも私は…蒼海幇の人々が継いできた…誇りを受け継ぐネ!!」
目がカッと開いた美雨はあろうことか両手の鉤爪を外しながら投げ捨ててしまう。
彼女が構えるのは蒼碧拳であり、人間として生きた時代から育んできた理不尽への抵抗手段だ。
「貴様!!人間を相手に何故魔法少女として魔法を使わなイ!?お前は絶対者のはずダ!!」
「たとえ弱くても…魂を示し続けた仲間がいたネ!私も人間だた頃から気持ちは同じヨ!!」
「魂だト!?」
「だからこそ…私は弱い人間のままでも、お前達の理不尽と戦うヨ!!」
「俺をとことん舐め腐るようだナ!!」
「私は人間である純美雨ネ!!私の拳法は弱くても…守りたいものがあるから学んだヨ!!」
――魔法少女の魔法だけで世の中回せるなら…私は
その言葉を聞いた王虎の脳裏に浮かぶ記憶がある。
あれは日本でのビジネス活動の会合を開くために日本に赴いていた頃。
かつてのチェンシーと語り合った光景が浮かんでしまう。
「お前は何故、拳法を磨き続けル?魔法の力があるならそれだけでいいはずダ」
周りに日本人がいるため母国語を封印したまま会話を続ける。
「拳法は…私にとって、かけがえのないものだからだ」
「かけがえのないもノ?」
「私の父と母の魂が…私の拳法に宿っている」
「父と母の魂……」
「皆のためにあれと願った父と母は…拳法の知識を世のために役立てようとした」
「だガ、お前の両親は不殺の精神によって殺されタ」
「だからこそ継ぎたい。両親が生きた証である拳法を…あの人達が生きた魂を忘れないために」
――それが私の…憎しみの糧となる。
魔法少女でありながらも拳法家としての自分を捨てなかった愛する人の姿が美雨と重なる。
だからこそ同じ拳法家として血がたぎるのだ。
「
「
「
主の怒声が倉庫に響いた事でマフィア構成員や日本のヤクザ達も彼の命令に従っていく。
手すりを飛び越え、一階に着地した男の顔はマフィア首領の表情ではない。
1人の拳法家としての面構えをした猛者が不敵な笑みを浮かべる。
「もう人質は必要無イ。俺が直々にお前達を殺してやろウ」
中国古風スーツの上着を脱ぎ捨てた王虎は両足を開き、腰を落としながら両腕を構える。
猛虎のように鋭い爪を模した構えは黒虎拳と呼ばれる中国武術であろう。
黒社会の武術の世界においてはチェンシーと共に黒き龍虎と呼ばれた存在こそ李王虎なのだ。
「…行くゾ、美雨。貴様の甘さが全てを犠牲にしている事を教えてやル」
互いが足を擦り寄せ、間合いに近づいていく。
「やっちまえ…美雨!!あいつらの仇を討ってくれ!!」
「今のお前が何者なのかは判らない!それでも…あいつらの魂を守ろうとしてくれてる!!」
「弱者であっても最後まで意思を譲らず…妥協しなかった仲間達がお前と共にいる!!」
「…私は今日ほど蒼海幇の一員として誇らしい日はなかたネ!絶対…忘れない!!」
互いの腕が接触出来る距離となった事で激しい攻防が繰り広げられていった。
♦
悲劇が行われようとしている倉庫の外では未だに多くのマフィア構成員達が巡回を繰り返す。
その上空を飛んでいるのは複数の小さな飛行物体であり、黒い紙で折られた折り紙カラス。
埠頭の外にある無人の駐車場内では時女一族の魔法少女達が潜伏中である。
白い一つ目雑面布を身に纏う魔法少女が固有魔法を駆使して埠頭内を偵察している。
まるで特殊部隊のドローン偵察ともいえる光景であろう。
「敵兵の位置と巡回コースを把握出来ました」
「敵兵の装備の種類は?」
「装備はAK47S、USSRKS23散弾銃、トラップの類は見えませんね」
地面に広げた埠頭内全体図に印をつけていく。
「みんな、出来るだけ敵がいない通路と適度に遮蔽物がある場所を把握して」
周りの和装魔法少女達を見れば完全武装ともいえる装備を纏う。
腕や太腿に固定したクナイ、手裏剣や鎖鎌、鳥の子で武装した姿は忍者集団に見える程だ。
「静香…本当に魔法を行使せずに制圧するつもりかい?」
「ええ、そのつもりよ」
「たしか…時女一族はヤタガラス傘下の組織として戦闘訓練を受けたって聞いてるけどさぁ?」
鴉めいた仮面を身に着け、セミロングの黒髪をした赤い魔法少女が静香に問いかける。
燃え上る和装ドレスとも言える見た目の衣装を纏うのは南津涼子であろう。
「私達は司法機関の人間ではないわ。それにこれは…ヤタガラスからの密命でもない」
「つまり、一族の信条を貫きたい静香の独断行為ってわけだね」
「事は公にせず、外つ国の者達を殺さず制圧した後は警察に任せるわ」
「やれやれ、今の時女一族の中心人物はお優しいことで」
「いけない事かしら?」
時女一族の時期長とも言える静香のやり方を見せられた涼子は嬉しそうに微笑む。
「悪人でも命を大事にしてやるのも大切さ。殺生を繰り返す人だからこそ罪深さを知るべきだ」
「フフ、そんな甘い静香だからこそ皆が慕うのよ、涼子さん」
静香の横に立つすなおも嬉しそうな表情を静香に向ける。
「日の本を守る使命があろうとも…人殺しなんて、みんな
喜んでいた表情が曇っていく彼女は
戦闘に向かうため静香は背負っている黒革の竹刀ケースを開く。
中から取り出したのは静香の魔法武器ではないが幼少期から使ってきた打刀であろう。
「人間を相手に魔法を使うのは神子柴様とヤタガラスの許可がなければ許されないわ」
「魔法少女も人間社会を蔑ろにする者であってはならない。それが時女の矜持ですね、静香」
「徹底した管理体制が敷かれてるってわけだね?そうでなければ魔法少女は社会脅威となる」
「私達なら大丈夫!行こうみんな!時女一族の力を見せつけるよぉ!!」
静かに、密かに、闇に紛れながら忍ぶ者達が動き始める中、舞台は倉庫へと戻る。
「ガハッ!!」
掌打を胸部に浴びた美雨が後方に大きく突き飛ばされながら倒れ込む。
「くっ…まだヨ!!」
ボロボロの魔法少女衣装となっている美雨が苦悶の表情を浮かべながら立ち上がる。
彼女の美しい顔も体も無残な痣だらけであり、王虎の実力が刻み込まれているようだ。
「俺の鉄掌を受け続けられるカ。魔法少女は痛覚に鈍いという彼女の話は本当だったナ」
まるでメイスで殴られるかの如き一撃の数々が美雨の体を打ちのめす。
黒虎拳は敵を破壊する頑丈な手、敵の効果的な攻撃を防ぐ強靭な前腕を作ることにある。
素手とはいえ魔法少女の一撃さえも受け止める剛腕防御が美雨の拳を受け止める。
鈍い痛覚の上から痛みを与えられる攻撃の数々は人間であろうが侮れない。
「だがお前のクンフーは脇が甘イ。痛みから逃げた者二、本物の武は身に着けられないゾ」
「それでも!!私は負けないネ!!」
彼が歩み寄り、互いの間合いに入った事で構え直した両者が動く。
彼女の左突きを横に躱す相手に左裏拳を狙う。
身を低めて避けられ、続く左右連続突きを捌かれ、尚も左右裏拳と連続攻撃を放つ。
後ろに下がり続ける相手に対し、下段、中段回し蹴り、続く踏み込み蹴りを行う。
王虎は横にステップして避けながら右頂肘を打つ。
肘を喰らって怯む彼女の顔に右裏拳を打ち込む。
のけぞった彼女の脇腹に獰猛な虎の猛撃が放たれるのだ。
「ぐあぁぁぁーーっ!!!!」
右脇腹をえぐるように掴みあげるのは猛虎の爪とも言える左爪撃であり、激痛で叫び出す。
彼女に対してさらに頭突きを放ち、鼻血を撒き散らして下がる彼女の側頭部に旋風脚が決まる。
きりもみしながら飛んでいき、地面に倒れ込んでしまう美雨のために叫ぶ男達がいる。
「立て……美雨!!お願いだから立つんだーっ!!」
地面に押し倒されたまま声援を送る仲間達の叫びに突き動かされる彼女は立ち上がっていく。
「ハァァーーーッッ!!」
美雨は走り込みからの二起脚を狙う。
下から迫る連続蹴りを捌く王虎に続けて旋風脚を放つがスウェーバックで避けられる。
着地と同時に前蹴りからの連続突きを放ち続ける。
果敢に攻め抜く美雨の連続攻撃を難なく捌ける聴勁技術は極まった領域と言えるだろう。
武術だけなら黒社会の黒龍として恐れられたチェンシーと並ぶ程の男が相手なのだ。
「つまらん戦いダ。お前は本当に魔法少女なのカ?」
「黙るネ!!」
攻撃を防ぐ王虎の右手首を掴み、片腕で放つ連続右突き。
相手が左手で捌く隙をつき、左手首も掴む。
相手の両手を交差させて動きを封じるが、相手が押し返し、美雨も押し返そうと動くが罠だ。
「くぅ!?」
体重が前に傾いていた足を蹴り込まれ、一回転しながら俯向けに倒れそうになる。
だが美雨は踏ん張るかのように片手を地面につき、体勢を留める。
顔を向けた時、相手の下段回し蹴りが右頬に迫ってきた事で鈍い音が倉庫内に響くだろう。
「あっ…あぁ……」
脳震盪が起きて視界が朦朧としていくが、それで許してくれる王虎ではない。
「あがぁッ!!!」
仰向けに倒れた彼女のみぞおちに放たれるのは強烈な下段踵蹴りである。
「お前は魔法少女ダ…魔法を使エ!そして人間である俺を殺してみロ!」
魔法少女である事を否定するかの如く、人間としての戦いを続ける美雨。
彼女の矜持そのものが不快過ぎたのか、苛立ちを爆発させながら蹴り込み続ける。
「人間には抗えない魔法の暴力を使っテ…弱者を踏み潰セ!!」
「ガハァ!!だ…黙るネ!!」
「圧倒的暴力で敵を蹂躙しロ!!俺達のようにナァ!!」
蹴り込んだ右足を彼女にねじ込み、さらに蹴り込む。
「魔法という
「悪者と…決めた相手を…?」
「力で悪者を倒す正義のヒーローなのだと酔いしれロ!!」
「グフッ!!正義の…ヒーローだと…酔いしれる…?」
「正義とハ、
王虎が叫ぶ理屈は後の神浜魔法少女社会にもたらされる現象を生むだろう。
そんな中、彼女の両手が蹴り足を掴んで受け止める。
「断るヨ…私は弱者で…十分ネ」
「貴様……まだ言うカ!?」
「力を持つ魔法少女として…何も考えずに敵を倒す……さぞ気持ちいいヨ」
「…そうだろうナ」
「でも、その後の私は……正義に酔う血塗れの加害者となるヨ!!」
「チッ…ここまでされテ、まだ弱者でいたいのカ?」
力強き正義の味方、悪者をやっつけていく正義のヒーローやヒロイン。
魔法少女の好きそうな分かりやすい概念であるが、彼女はそれに手を出そうとはしない。
正義を望む気持ちの弊害を美雨は理解し始めているからだろう。
「それが余りにも危険だと分かたからネ…
――だから私は…守るべき人間を…仲間達を……死なせたヨ!!
彼女の目から自責の念が形となった雫が零れ落ちていく。
武侠精神という正義に巻き込まれた仲間達の尊い命はもう帰ってこないからだ。
「ならバ…もう一度問おウ」
興冷めしたのか彼の視線が移動していく。
視線が向けられる先は美雨のソウルジェムが輝く胸元だ。
「お前ハ…何者ダ?魔法少女カ…?正義の味方カ…?それとモ…」
乱れた呼吸のまま大きく息を吸い込む。
最後になるかもしれないため、過ちを犯した果てに自分が理解した考えを言い放つ。
「私は
正義を愛する仲間と連帯して人々を救いたい。
その気持ちだけを信じて動いた果てに仲間を守れなかった弱者こそが今の純美雨の現実である。
「私達に必要だたのは…自分の価値観だけの都合のいい正義じゃない!!」
――
――人間としての団結を…それを目指す善行だけで良かたヨ!!!
彼女は自分が強者である魔法少女ではなく、無力階級である人間に過ぎないと認めてしまう。
「そうカ…ならば弱者らしク……俺に殺されロォーーッッ!!」
ならば今の彼女はどう見えるだろうか?
魔法少女の虐殺者と呼ばれる人間の守護者にとっては、こう見えるかもしれない。
命を懸けてでも
掴まれた足を強引に持ち上げ、胸元のソウルジェムを砕く一撃を放つ、その時だった。
「な…なんだっ!?」
突然倉庫内が停電し、辺り一帯は暗闇に包まれる。
その隙をつき、美雨の蹴り上げた足によって王虎は蹴り飛ばされる。
倉庫内を踏みしめる音が響き、その音は力強き龍の鼓動となっていく。
「ぐはっ!!?」
「な、なんだ!?ゴハァッ!!?」
舞うのは龍風であり、近寄らば雷で引き裂く龍の爪が唸りを上げていく。
「大変だ!!誰かが発電機を壊してやがる!!電気がつか…ごぶっ!?」
その身に憤怒を宿し、荒神ともなりえる者の胸の内には龍の逆鱗が宿る。
その者こそが人間の守護者と呼ばれる者の姿なのだ。
「
手元にある小さな明かりで予備電源を作動させ、倉庫内に明かりを灯す。
倉庫中央に立っていた人物とは意外な存在なのだ。
「な…何者ネ…?」
修羅場に現れたのは舞台役者みたいな姿をした存在。
その者の周りには銃を持ったマフィア構成員やヤクザ達が倒れ込む。
「まさカ…生きていたのカ!?」
驚愕したまま口を開く王虎が現れた存在に釘付けとなってしまう。
まるで中国四川省の川劇舞台役者のような禍々しい姿。
変面衣装と呼ばれる豪華変面衣装を纏うその姿を表現するなら漆黒の龍であろう。
三匹の白龍が舞う漆黒のマントを背中に纏い、漆黒の川劇衣装用帽子を被り、お面を纏う。
かつての東京に現れた存在が王虎に振り向く時がくるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
倉庫街を巡回し続ける武装した巡回兵達。
コンテナ街を4人組で巡回しているマフィア構成員達が人の気配を感じ取って振り向く。
そこに立っていたのは忍者めいた少女なのだ。
「
彼女に銃を向けようとした4人組の頭上を舞うのは緑の和装姿をした2人の魔法少女の影。
「
突如仕掛けられたアンブッシュ攻撃によって地面に押し倒され、当身で昏倒させられる。
残りの2人が銃を向けようとした時には既に静香は2人の目前で立つ。
「はぁっ!!!」
左手に持つ打刀の抜刀と同時に刀の頭でみぞおちを突く。
刀を抜き終えた勢いでもう1人には唐竹割りの一撃を放つ。
刃は返されているが鋭く重い刀で頭部を打ち付けられた男も昏倒するだろう。
「
騒ぎが聞こえて駆けつけた2人に音もなくクナイが刺さり、地面に倒れてのたうち回る。
緑の和装魔法少女達がクナイダート投擲を行っていたようだ。
「
コンテナの上から飛び降りたのは腕に覚えがあると思われる黒のカンフー服を身に纏う男。
「
右手に青竜刀を握る男が演舞を行うかのように刀を振り回して構えてくる。
「2人とも、手を出さないで」
仲間の魔法少女達を下がらせた静香は正眼の構えで迎え撃つ。
「
互いが斬撃を打ち合い、振り抜く袈裟斬りを静香は身を回転させながら奥に移動して回避する。
続く斬撃応酬から繰り出される男の後ろ回し蹴りが迫る。
彼女は後方に身を横倒しにしながらの跳躍回避によって避け切る。
静香は納刀して居合の構えを行う中、敵が突撃してくるだろう。
「
走りながら体勢を大きく回転させ、勢いのまま袈裟斬りを仕掛けるのだが遅過ぎるのだ。
「
いつ抜いたのか判らない刃の先端が男の首に向けられており、無慈悲な一撃が与えられる。
「せいっ!!」
刃を向けて止めた男の股間に目掛けて右足が蹴り上がる。
男は金的攻撃を浴びて悶絶しながら泡を吹いて倒れ込んだようだ。
<すなお、ちゃる、涼子、そっちの状況は?>
リーダーである静香が念話を送りながら仲間達の状況を確認していく。
<大丈夫、こちら側は制圧済みよ>
<こんな事もあろうかと!友達と一緒に逮捕術を勉強しておいて良かったよぉ~!>
<善人なほもって往生をとぐ、いはんや悪人をや。警察に掴まって人生やり直すんだねぇ>
埠頭の状況はマフィア側に不利となっていくのだが、トラブルが発生してしまう。
<大変です!!埠頭に入っていく無数の黒いベンツが見えます!!>
<敵の増援!?>
空から監視している魔法少女の念話によって状況が不利になったと知る時女一族。
埠頭の倉庫街に向けて走行してくるのは日本のヤクザベンツ車両の数々。
取引の際に向こう側が仕掛けてきた時の保険として武装させた兵隊を隠していたようだ。
そんな侵入者達に視線を向ける人物が潜んでいる。
「若者達の未来と、街の秩序……」
埠頭で一番大きな建物と言えるだろうガントリークレーンの上で港を観察するのは老人の姿。
「それらを天秤にかけた時…ワシはいつも迷う。若者達を死なせたくないとな…」
老人の右手に握られているのは青龍偃月刀と呼ばれる武器。
「じゃが、武を持ってしか平和は守れない。これが現実…理想を掲げても抗えない現実じゃ」
細目が開かれた老人の体から放たれたのは煙幕のような濃霧である。
「な…なに!?この凄まじい魔力は!!?」
魔法少女を遥かに超える存在が港にいると感じ取った静香達が魔力の出所に振り向く。
魔力によって生み出された濃霧が辺りを漂う世界はまるで雲龍の結界世界であろう。
雲海の如き埠頭の空から跳躍して現れた存在が仕掛けてくる。
「なんだ!?突然酷い霧がコンテナ街に表れやがったぞ!?」
結界世界に飲み込まれて視界が酷くなり、列に乱れが生じるヤクザベンツ車両。
そして後方から迫るのは馬の蹄が大地を踏みしめる勇ましき音。
後ろのベンツから身を乗り出して後ろを振り向くヤクザが目にした恐ろしき存在が迫りくる。
「う……嘘だろぉぉーーッ!!?」
鈍化した世界。
霧を掻き分け表れたのは赤兎馬に跨る武将であり、青龍偃月刀の一撃が迫る。
「ウワァァーーーッッ!!?」
回転戦斧の如き一撃が次々とヤクザベンツを真っ二つに両断していく。
速度を緩めず車列を超えて走り、偃月刀の刃を地面に滑らせ火花と共に半回転した馬が止まる。
「ちくしょう!!何がどうなってやがるんだぁ!?」
「狼狽えるんじゃねぇ!!俺達はカシラをお助けに…」
切断された車両から出てきたヤクザ達の前方から歩み寄ってくるのは恐ろしき人影。
「う…嘘だ…あんな存在が…現実にいるわけが……」
「おい!?突然妙な空間になっちまったここで…何を見たんだよ!!」
「あの姿は…教養がねぇ俺だって…歴史の本や漫画で知ってる!!」
風に靡く美しき美髯公(びぜんこう)の髭と義の刃を持つ武神の姿が降臨する。
「ここは通さん。我が青龍偃月刀…恐れぬならば、かかってくるがいい!!」
「あれは…あれはまるで……
惨劇が終われば霧が晴れていき、結界が解かれていく。
静香達が駆けつけた時には全てのヤクザ構成員が両断されて絶命した光景を目にするだろう。
「酷い…何も殺す必要なんてないのに…」
「静香…人殺しなんて誰でも嫌です」
「当たり前よ!なのに…どうして…」
「でもね…それを行わなければ守れない秩序もあるんですよ…」
「犯罪者は更生出来ない存在って言いたいのかよ…すなお?」
「出来る者もいれば、出来ない者もいる。そして出来ない者達が…守るべき人間を殺す」
「そんなのってないよぉ!全体の秩序を優先するからって…人間として間違ってる!!」
クレーンの上で佇む馬に跨る武将は彼女達を見下ろしながらこう呟いてしまう。
「人を殺すのは人殺しだけで十分…秩序を維持するというのは…時に人を殺さねばならん」
それもまた地域主権という国益には必要であり、だからこそ死刑執行を行う刑務官がいる。
「どうか…その者達の苦悩を考えてあげる時間を作って欲しい」
――その者達を
♦
解放された仲間達の元に体を引きずり向かう美雨は状況に対して混乱している。
(あの2人…知り合いネ?なら、どうして仲間同士で争うヨ…?)
仲間達に回復魔法をかけながら謎の存在に視線を向け続ける。
微動だにしない川劇舞台役者のような姿をした人物に対して王虎が問いかけていく。
「
川劇舞台役者は何も答えず、それに対して罵倒してくる。
「
どうやら王虎はかつて生きていた魔法少女と勘違いしているようだ。
チェンシーと彼は身長的にはほぼ変わらない。
筋肉質だが細い体型をしていたため、男なのか女なのかも判断出来ない。
怪しい態度を示す人物に疑問を感じた王虎は前に歩み出る。
「…お前、本当にチェンシーカ?」
川劇舞台役者も前に踏み出て散打を行う間合いとなり、川劇舞台役者が抱拳礼を行う。
「…いいだろウ。お前が何者なのかハ、拳で語り合えば判ル」
王虎も抱拳礼を行い、互いが足を開き、腰を落として両腕を構える。
互いが拳法家ならば互いの技を尽くし、相手を殺す事になろうが恨み合いは無し。
彼は悪魔の力を行使せず、王虎は生き残ったマフィアの力を行使しない。
これは拳法家同士が行う平等の戦いとなるだろう。
龍と虎、2人の門、正々堂々戦い合う光景はまさに
「
虎爪となる爪撃、貫手、急所打ちが連続で繰り出される。
両腕で捌き、顔の急所の勁中打ちを身を引くめながら避ける舞台役者。
だが猛虎の連続攻撃は止まらない。
爪撃によって川劇舞台衣装の袖が破れながらも攻撃を捌き、避け、有効打を与えない。
「
大きく跳躍して放つ爪撃に対して後方ブリッジを行う一回転移動で避ける。
跳躍して大きく飛び越えた相手がバク転を繰り返しながら月面宙返り。
着地と同時に向かい合った両雄の拳打の応酬が始まっていく。
反撃を許さない連続攻撃を繰り出す中でも王虎は舞台役者の変化に気がついてきている。
相手の攻撃を防ぐ腕で顔が覆われた一瞬で川劇に使われるお面の種類が次々と変わっていく。
(戦いの最中二、こんなふざけた芸当が出来たのはただ1人…本当にチェンシーなのカ!?)
後方に下がりながら両腕の手首、肘を使って打撃を捌き続ける両雄であるが王虎が仕掛ける。
「
鈍化した世界。
伸ばされる右虎爪に対してその手を掴み、親指を捻じりあげる。
「
左突きで反撃するが捌かれる。
続く左肘打ちを避けながら繰り返されていく擒拿術と呼ばれる関節技の数々が決まっていく。
王虎の腕を掴んで捉え、梃子の原理を用いた技法で捻じり上げる。
関節を返すかの如く体を一回転させる跳躍によって技を抜ける王虎。
手を広げた爪撃故に達人ならば指を狙えるかの如く、虎爪を掴んでは捻じり上げていく。
「
金的を狙う殴打を飛び上がり、蹴り足を大きく横に回転させるバタフライツイスト回避を行う。
猛虎が踏み込む瞬間に飛び上がり、後ろ回し蹴りのフェイントから続く逆足の飛び蹴りが迫る。
蹴り技のガイバーキックを浴びた王虎は堪えきれずに倒れ込む。
両腕を広げるように動かして演舞するその姿はまるで武術映画のスターを思わせる程の光景だ。
「
立ち上がり、なおも攻め込む虎爪の一撃を上半身で避け、回避と同時に突きを打ち込む。
怯む相手に左右から顔面殴打していく。
電光・活殺・秘中と上半身の急所にも突きを打ち込み続ける。
ステップからの踏み込み蹴りを王虎は捌くが、片足状態で続く連続蹴りが繰り出される。
体を回転させた連続回し蹴りを捌き続けたが、下から迫る蹴り足には反応しきれない。
側踢腿の真上蹴りを捌ききれずに顎が強打される。
仰け反る相手に放たれる一撃とは、チェンシーが得意とした崩拳の一撃。
「
みぞおちに決まった強烈な一撃で大きく突き飛ばされながら倒れ込む。
立ち上がろうとする意思を示すが、吐瀉物を撒き散らして咳き込みながらも問いかけてくる。
「
息を整え直して顔を上げる王虎の表情には疑いの感情が消えている。
「
足に力が入らず立ち上がれない王虎を黙して見下ろすままの舞台役者。
「
愛する人に対する気持ちを伝える言葉は届かない。
チェンシーのフリをした人物は踵を返して美雨の元に向かうからだ。
「
歩み寄ってきた謎の存在に対して美雨を含む蒼海幇の若者達は戦慄した表情を浮かべてしまう。
「…何者ネ?どうして私達を助けるカ…?」
彼女達の疑問に対して彼は右手でお面を掴む。
「恩人を救うのに理由がいるか?」
お面で覆われた奥にはライバルであり目標と決めた見知った人物の顔がある。
それを見た美雨の表情が和らぎながら笑顔となっていく。
「貴様……やはりチェンシーではなかったカ!!?」
ふらつきながら立ち上がり、愛した人を侮辱するかの如き振る舞いをした男に罵声を浴びせる。
「顔を見せロ!!貴様は絶対に生かしておかなイ!!死ぬまで俺が追いかけてやル!!」
チェンシーの真似を続けた男に向けての激しい憎悪。
同じ男として、その気持ちの正体が何なのかぐらいは分かるからこそ伝えてくれる。
「……チェンシーなら死んだ。俺が殺した」
「な…二…?ならお前ハ…まさカ…!?」
後ろを振り向いた彼の顔を見た王虎は驚愕してしまう。
1・28事件の時にチェンシーと戦った悪魔の顔と瓜二つだからだろう。
「俺の名は嘉嶋尚紀。そして、悪魔としてはこう呼ばれる…人修羅とな」
悪魔の通り名を聞いた王虎の全身が震え上がっていく。
憎き仇のはずなのにユダヤであり秘密結社にも所属している彼は心が束縛されてしまう。
彼の体と心を束縛するのは宗教的戒律でもあるグノーシス主義なのだ。
――イルミナティを啓蒙の光で照らす大いなる神に逆らってはならない。
跪き、両手を前に伸ばしながら頭を地面に打ちつける。
まるでその様子は中国で言えば皇帝権威に跪く三跪九叩頭の礼を思わせるだろう。
「神ヨ…申し訳ありませン…。貴方様とは露知らズ…無礼な真似をいたしましタ…」
突然の豹変ぶりに対して怪訝な表情を見せる尚紀と美雨達。
三合会は洪門天地会と呼ばれる秘密結社に属する存在である。
洪門天地会はチャイニーズフリーメイソンと呼ばれる説があるようだ。
洪門天地会と深く結びつくのが欧米裏権力と言われ、ユダヤとの繋がりが大きい。
そしてそれらはユダヤに擬態したカナン族へと至るのだろう。
カナンの民が崇めるのは大魔王ルシファーとバアル神、そして神の敵対者のサタンなのだ。
「俺を神様扱いするな…さらに不快にさせたいのか?」
「貴方様に逆らう意思ハ…俺にはありませン!!どうか…無礼をお許しくださイ!!」
「…二度とこの街に手を出すな。そして、この港企業から攫った子供達を解放しろ」
「……仰せのまま二」
状況が飲み込めない美雨が尚紀に近寄ってくる。
「ナオキ…これはどういうことネ?ナオキが神様て…?」
「さぁな。俺も神として扱われだして迷惑してるんだがな」
「フフ♪ナオキが神様なら、私達の長だて…神様に違いないネ」
安堵の表情を皆が浮かべていたのだが状況は一変する。
<<ざっけんなコラーッ!!おどれら…生かして返さねぇぞぉ!!>>
叫び声がした二階に皆が振り向くと、そこには日本のヤクザである若頭と組員が立つ。
「……不味いネ」
若頭が両手で構えているのは14.5mm3銃身ガトリング機関銃。
組員は給弾ベルトから繋がる弾薬箱を両手に持ち、いつでも放てる構えである。
「死に晒せぇ!!ど腐れ共がぁぁぁーーっ!!!」
3銃身バレルが回転し、一気にマズルフラッシュと薬莢をばら撒く猛火が噴き上がる。
だが狙いは滅茶苦茶に撃ちまくる様は乱心状態とも言える光景だろう。
「動ける奴らは外に逃げろ!!」
動ける者達が走りながら逃げていく。
尚紀と美雨は足を傷つけられた蒼海幇の若者達に肩を貸しながら外に向かって走る。
弾の威力は壁を貫通し、電気設備を撃ち抜き大きく発火させてしまう。
保管してあった武器商品である弾薬の山にまで撃ち込まれ、火薬が大きく爆発してゆく。
火災が一気に広がってしまい、倉庫は火の海となってしまうのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
遠くには夜の埠頭まで走行してくる警察車両の列がもたらす光が見える。
裁判所から令状を取得出来たこともあり、重い腰を上げたようだ。
迎え入れるかのように御用と書かれた赤提灯を誘導灯代わりに振り回すのはちはるであろう。
「御用だ!御用だ!旦那方こっちだよぉ!!」
「おいおい!あたしらも見つかると不味いんだって…ちはる!」
「ぶ~!!せっかく岡っ引きごっこが白熱してきたのに~酷いよ涼子ちゃん!」
「いいから、あたしらも静香達と合流するぞ」
静香達と合流するため2人はコンテナの上から飛び降り、辺りを見回すが異変に気が付く。
「えっ…あの黒煙って…?」
「おいおい…今夜は仏滅かよ…?」
倉庫街の方から立ち上る火事の黒煙。
現場は既に業火が広がっており、辺りの倉庫にまで引火していく有様だ。
「くそっ!!滅茶苦茶しやがって…」
倉庫から飛び出した尚紀と美雨が外に現れた事で出迎えてくれる人物達と出くわす。
「嘉嶋さん!!こちらです!!」
見えたのは静香とすなおらしき人物であるが、尚紀は怪訝な顔つきで質問してくる。
「お前ら…なんだよその姿は?忍者のコスプレか何かか?」
「それ…その姿の嘉嶋さんが私達に言うんですか?」
自分の衣装姿を見た彼は静香と共に苦笑してしまい、顔を覆う仮面や帽子を脱ぐ。
「怪我人をこちらに!警察に見つかると蒼海幇の方々も不都合があるかと思います!」
「コイツらもナオキの知り合いの魔法少女達ネ?なら…仲間を任せるヨ」
すなお達に蒼海幇構成員達を預けた美雨はふらつく体を引きずりながら走り出す。
「おい!!その体で何処に行く気だよ!」
「やられたままで…終わらせたくないネ!」
その言葉が意味の意味ならば分かるはず。
尚紀はそれ以上は引き留めず、彼女の走り去る姿を見送る事しか出来なかったようだ。
一方、炎上する倉庫から飛び出して埠頭の海沿いを走るのは王虎であろう。
「
接岸しているモーターボートを使って沿岸まで逃げ、停泊させた巨大クルーザーに向かう。
巨大クルーザーはもしもの時の脱出手段であったようだが追手が現れる。
「ハァ!ハァ!待つネ!!」
後ろを振り向けば傷ついた体のまま追いついてきた美雨が立っている。
「ハァ…ハァ…わざわざ俺に殺されにきたカ…?」
「お前は蒼海幇の仲間達を殺した許せない存在ヨ…絶対に逃さないネ!!」
最後の力を振り絞り、構えるのは蒼碧拳である。
「しつこい女ダ…そこまで死にたいのなラ、海の藻屑にしてやろウ!!」
彼もまた黒虎拳の構えを見せる。
魔法少女としての力を自らの行持で縛る故に実力的には劣る美雨。
それでも彼女には拳法家としての意地があるが、このまま戦えば敗北するだけだろう。
<…痛みを思い出せ、美雨>
突然の念話に戸惑いながらも念話を返す。
<その声はナオキ!?お前も魔法少女と同じように念話を使えるネ!?>
<聞け。いいか…魔法少女はインキュベーターに奪われた痛覚を取り戻せる>
<痛みを…取り戻せる?>
<拳法家として精進してきた自分を思い出せ。他人の何百倍もの痛みと向き合ってきたはずだ>
襟元のソウルジェムに片手を当てながら小さな頃を思い出す。
香港時代の彼女は蒼碧拳を指導する武術館に入門してから厳しい鍛錬日々を送り続けた者。
股割り柔軟の痛み、稽古中の突き指や骨折、打撲や裂傷を繰り返す。
酷い時には蹴りを浴びた衝撃で鼓膜も破れる。
人の何倍もの過酷さと向き合ってでも守りたい人達のために貫いた痛みを背負う人生がある。
魔法少女になろうとも、記憶の中から消え去ることなど出来ない。
<痛みを思い出し、イメージしろ。肌に痛みを通わせるイメージだ>
<フフ…修行の日々で私が受けた痛みの数々……忘れられるわけないネ>
手を当てたソウルジェムが反応するかのように淡く光る。
「ゆくゾォ!!」
先に仕掛けた王虎に向き直り、互いが激しい攻防を繰り広げる。
「くっ!!」
相手の一撃一撃を浴びた時の痛みが格段に上がっている。
普通の女子学生として生きてきた者なら痛みで泣き出す程だが、彼女の顔には笑みが浮かぶ。
「懐かしいネ!!拳法家の私は…この痛みと共に…強くなたヨ!!」
苦痛を乗り越えてきた彼女の鋼の精神が痛みを凌駕するかのように怯まない。
「こいツ…!?動きがさっきよりも良くなっテ!?」
痛みに対する懐かしい恐怖心が肌感覚を鋭敏にさせる。
彼女の聴勁が面白いぐらいに相手を感じ取り、守りを鉄壁に変える。
「ガハッ!!」
掌打を浴びた王虎が地面に倒れ込んで血反吐を吐き、見下ろす彼女に向き直る。
美雨は両腕で舞うように演舞を行い、足を開きながら腰を落とす。
油断無きよう開いた両手で構えを行い、いつでも迎え撃てる状態を崩さない。
「フッ…つくづく俺ハ、魔法少女の拳法家と縁があル!!」
起き上がった彼も両腕を使って直線的な演舞を行う。
足を開きながら腰を落とし、両拳を裏返して構える。
「「ハァァァァァッッ!!!」」
ワンインチ距離で互いの拳打が高速で交差していく。
肘、前腕を匠に使って捌き、受け止め、伸びてくる虎爪が彼女の背中を掴む。
体を一回転させて振りほどき、勢いのまま下段突きを放つが王虎に捌かれる。
「
腹部に正拳突きを浴びて怯んだ彼女に前掃腿を仕掛ける。
跳躍して避ける相手に対して起き上がりから放つ回し蹴りを行う。
強烈な蹴りを両腕と止め、互いの拳と腕の攻防が複雑に絡み合う。
互いのクンフーが唸りを上げるが如く、攻防速度がどんどん増す。
斧刃脚を左膝裏に受け、体勢が崩れた彼女の首を両腕でフェイスロックしてくる。
右踵を大きく後ろに蹴り上げ、彼女の顔面に踵蹴りを打ち込む。
「ぐっ!!!」
振りほどいて後退る彼女に目掛けて右手刀を放つが反応された事で受け止められる。
王虎の左突きをサイドに回り込み、右手刀を彼の首に打ち込む。
「チィ!!!」
怯みながらも彼女に向けて右突きを放つ。
「甘いネ!!!」
横に滑り込みながら右肘を打つ。
「がっ!!」
左肘を脇腹に、続いて起き上がりの掌打が王虎の顎を打ち上げる。
「ハイィィィィーーッッ!!!」
鈍化した世界。
体を大きく回転させていき、後ろに後退る王虎に目掛けて跳躍。
左側頭部に大きく決まった旋風脚によって彼の体は海の中へと蹴り飛ばされていくのだ。
「ハァ…ハァ…」
満身創痍の姿だが美雨の表情は揺るがぬ信念によって支えられており、勝利の言葉を叫ぶ。
「先の負けは……返したネ!!」
水面から飛び出し、咳込みながら彼女を睨みつける王虎だったが自分を呼ぶ声に振り向く。
「
モーターボートを動かして現れた秘書に手を伸ばされた彼はボートの上に引き上げられる。
魔法の攻撃でボートごと両断する事も出来るが彼女は人間として最後まで相手と向き合う。
「蒼海幇の純美雨……お前の名も覚えておク。やられたラ、俺は必ずやり返ス」
「私だけを狙うヨ。逃げも隠れもしない…それが、蒼海幇の純美雨の生き様ネ」
最後まで睨み合いながらも王虎を乗せたボートは沿岸に向けて海を走行していく。
「…ナオキ、ありがとうネ。私だけだたらきと…多くのモノをうしなたヨ…」
最後の力を使い果たした美雨は後ろに倒れ込んで気絶する。
そんな彼女を片腕で受け止めた人物とは彼女に本物の武を取り戻させた尚紀であろう。
「拳法家としての行持…拝見させてもらった。お前は誇り高い人間だった」
巨大クルーザーに向かうボートの中では苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる王虎がいる。
「
武侠の世界に生きる拳法家魔法少女と戦った事で嫌でもチェンシーの姿が頭を過る。
「
――
再戦を望みたいが、それも叶わぬ事を彼は知っている。
王虎は世界がもう直ぐ終わる事を知っている数少ない人物だからであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
8月を迎える前に起きてしまった神浜港での惨劇事件。
亡くなった犠牲者は若い男性が4人。
地元の互助組織に関わっていた人物なのではないかというニュース報道が続く。
その鮮烈したニュース内容は全国テレビやネットニュースで流れ続けていくのだ。
騒動が起きた次の日、再び南凪路を目指しながら長老の武術館の前にたどり着く。
「マスターはいるか?」
中を見渡せば待っていたかのように佇む長老の姿が出迎えてくれる。
「少し外を歩かないか?積もる話があるんじゃよ…尚紀君」
南凪路から出て、海沿いの通りを歩きながら会話を続けていく。
「そうか…あの事件で亡くなった4人の葬儀の日取りが決まったか」
「犠牲者を出してしまったのは…組織の人間に血を流させたくないと考えたワシの責任じゃ」
「マスター……」
「お前さん達や警察に任せてしまえばいいと…保身に走ったワシの責任なのじゃよ」
「自分を責めるな。それより…神浜湾海運会社の誘拐されていた子供達はどうなった?」
「神浜郊外に拉致されていたのを解放され、家族の元に帰ってきた」
「そうか…これで南凪港はマフィアの手から救われたも同然だな」
街の問題が解決したのはいいが、2人の表情は重苦しい顔つきである。
長い沈黙が続いたが、聞きたい事があった尚紀の方から口を開く。
「……美雨は?」
「……亡くなった構成員達の家族の元に行った」
騒動に巻き込んだのは自分のせいだと包み隠さず打ち明けに向かった美雨。
責任感が誰よりも強い彼女だからこそ、自分の罪を告白しにいく。
守れなかった人間の少女の事を両親に打ち明けた嘉嶋尚紀と同じ覚悟を示すのだ。
「両手を地面について謝りたいと言っておったよ…」
「…これから蒼海幇はどう生きていく?」
「昨日の惨劇でな、蒼海幇の空気が変わったように感じるのじゃ」
「空気が変わった?」
「構成員の中でも争い事を嫌う3世の若者達がワシの武術館に押しかけて来てな」
「何でまた突然そんなことになる?」
「強くなりたい!皆を守る力が欲しい!そう言って…内弟子になると言ってきおった」
「もう皆に知れ渡ってしまったんだな…。仲間達が抵抗も出来ず…無残に殺されたことが」
「ワシは勘違いをしておった。蒼海幇の未来を決めるのは…ワシではなかった」
――未来ある若者達が決めるべきだったのじゃよ。
尚紀に向き直った長老の細目が開き、笑みを浮かべてくる。
蒼海幇の長という重荷から解放されたようにも感じさせる清々しい表情をしてくれたようだ。
「あの子達の中にも…ワシと共にこの街を守り抜いた者達の魂が継がれている…そう感じた」
「そうか…あんたが蒼海幇のリーダーを引退する日も近そうだな」
「悲観はない、むしろ嬉しい。継がれていく魂があるのだと分かったことが…嬉しかった」
「お前達蒼海幇が継いでいく……
ふと立ち止まる長老が尚紀のためにこんな話を持ち出してくれる。
「ど忘れしておったわ。蒼海幇の朋友とも言える君に伝えようと思っとったことがあった」
「なんだよ?」
いつもの態度に戻り、長い髭を右手で撫でながら語ってくれる。
それこそが尚紀がこの街で探し続けたものであろう。
蒼海幇を代表して感謝を込めるかのように用意してくれた品とは新たなる事務所物件であった。
読んで頂き、有難うございます。