反マスダイバー連合軍と、マスダイバーフォース及びその協力組織との戦いは、連合軍の勝利で幕を閉じた。
後に『アデレート攻防戦』と呼ばれる戦いであった。
その日以来、新型ブレイクデカールを用いたマスダイバーによる被害件数は激減し、散見することはあってもその数はごく少ないものに落ち着いた。
ーー同時に、何故か数百人近いダイバーのログデータが一斉削除されたようだが、運営側がマスダイバー達のIDを突き止め、なおかつ不正ツールの使用の証拠を掴んだと囁かれているものの、その真偽は定かではなかった。
その中には筆頭者であった『キバ』のデータも含まれており、これによってマスダイバーフォースは事実上壊滅、現在のGBNでマスダイバーと呼ばれている存在は、ほとんど見られなくなった。
アデレート攻防戦の立役者となったフォース・スピリッツのメンバー達も、何事も無かったかのようにGBNの日常を楽しんでいた。
ミッションクリアの後、フォースネストに帰還している最中、先頭にいるのは、ツルギのレイジングマスラオだ。
既にイフリート・エスパーダの修理は完了しているが、ツルギ自身としては、二機とも同じだけ戦えるように、時と状況に合わせて使い分けている。
「今回のミッション、そこまで難しいもんじゃ無かったな」
ツルギは誰と言わずに話を持ちかけ、最初に反応したのはミーシャだった。
「けっこう難しいミッションって噂になってましたけど、意外とスムーズにクリア出来ましたしね」
今回彼らが受けたミッションは『火星へ向かうイオク様のために』。
このミッションは護衛系のミッションであり、指定されたターゲットの撃墜を防ぎ、目標地点に到達すればクリア、と言うものだが、かなりの高難度のミッションであると噂されていた。
何せ護衛対象である『レギンレイズ【イオク機】』は、護衛対象であるにも関わらず自ら敵中のど真ん中へ突撃し、そのくせ戦闘能力はほぼ皆無に等しいため、一目でも放っていたら即座に撃墜され、ミッション失敗になるのだ。
そのため、レギンレイズを抑えるために一機分の戦力を割かなければならないのだが、出現する敵の数が多く、それも全てナノラミネートアーマーに守られているため、スムーズに敵に接近して打撃を叩き込んで数を減らせるかどうかに掛かっている。
余談だが、鉄血のオルフェンズーー否、歴代ガンダム作品屈指のヘイト役であるイオクをボコボコにするために、わざと撃墜しない程度にレギンレイズを痛めつけるフォースが続出し、『どうやってイオク様(笑)を料理するか』と言うスレッドがそこかしこに立ち上げられているのだとか。
それはともかく、ミッションをクリアしたフォース・スピリッツは、自分達のフォースネストに帰還し、備え付けの格納庫に入っていく。
レイジングマスラオ、ガンダムアスタロトリオート、ガンダムAGE-2 ヴィントフリューゲルが順番に入庫していき、次は姫武者頑駄無……と言うところで、ハルナは自分の背後に振り向く。
背後には、ユイのガンダムヘビーバスターがのろのろとした飛行で遅れている。
ガンダムヘビーバスターの機動性は高いものではないが、少なくとも標準レベルはある。
不自然に思ったハルナは姫武者頑駄無を反転させて、ユイに通信を繋ぐ。
「ユイちゃん、どうしたの?」
「……あぁ、どうしたのハルナ?」
モニターに映るユイの表情は、少し陰りがあるように見えた。
「なんか元気なさそうだから、どうしたのかなって」
「ん……とりあえず、帰還しましょう」
そう言うなりユイはガンダムヘビーバスターを加速させて、格納庫に入庫し、ハルナもそれに続く。
フォース・スピリッツのフォースネストは、男女に別けられた浴場と脱衣所、くつろぐための和室、ブリーフィングルーム、カタパルトデッキを主に区切られている。
全体的に"和"を思わせる雅な作りであり、各所に破魔を意味する赤い布飾りが施されている。
ツルギとミーシャはカタパルトデッキでガンプラの整備、サヤは一足先にログアウトしている。
ハルナとユイは和室で座り込みつつ、話し合う。
「それで、どうしたの?」
お茶を淹れながら、ハルナはユイに事情を訊く。
言葉を選ぶような間をおいてから、ユイは口を開いた。
「最近みんなと一緒に戦ってて思うんだけど……私、足手まといになってる気がするの」
声のトーンの落ちたユイの独白を聞いて、ハルナは語気を強くした。
「そんなことないよ!みんな、ユイちゃんのことを頼りにしてるんだよ?」
気遣いや世辞ではない、ハルナの本心だった。
事実、ユイはメンバー達に幾度となく助けられているが、それと同じくらいユイもメンバー達を助けているのだ。
助けられることは足手まといなんかじゃない、とハルナは言う。
「私がそう言ったら、ハルナならそう答えてくれるって信じてた。……確かに、私の思い過ごしかもしれない。けど、それじゃぁ私自身が納得出来ないのよ」
こうしてハルナに事情を話しているのは、愚痴を洩らしているようなものだし、とユイは言葉を続ける。
「ごめんね、ハルナ。変なこと言っちゃって」
「…………」
ハルナは眉を顰めると、すぐさまコンソールパネルを呼び出し、そこからある特定のダイバーに繋ぐ。
「ハルナ?何してるの?」
「ちょっと待ってて」
数回のコール音の後に、その特定の相手が応じてくる。
『こんにちは、ハルナ。何かご用でしょうか?』
やはりと言うべきか、その相手とはミツキだった。
「こんにちはミツキくん。あのね、今ユイちゃんが困ってるみたいなの。何か解決策とか無いかな?」
「ちょっ、ちょっとハルナっ。何もミツキを巻き込まなくてもいいでしょ」
ユイは慌てて立ち上がってハルナの隣まで回ってくる。
『お困りですか?』
ミツキの視線が、ハルナの隣にいるユイに向けられる。
「あー、えーっと……ごめんなさい。私の話、聞いてくれる?」
申し訳なさげなユイを見て、ミツキは小さく笑いながら頷いた。
『ふふっ、構いませんよ。それで、どのようなお困りごとでしょうか?』
ユイが今の自分の心境を話し終えたところで、ミツキは頷いた。
『そうですね……ユイ、本日はまだお時間がありますか?』
「うぅん、今日はもう上がろうと思ってて……また明日でいいかしら?」
『では、また後ほどに連絡をお入れします。よろしいでしょうか?』
「うん、それでお願い」
『分かりました。また明日にお会いしましょう。では、失礼します』
また明日に、と言うことでミツキとの通信は終わる。
「ね?困った時はミツキくん、でしょ?」
何の悪気もなくそんなことを言い放つハルナ。
「あのね、ミツキだって便利屋じゃないんだから……」
ユイは片手を頭に置きながら溜息をつく。
ともかく、ユイの悩みの解決に繋がる手立てがあるのは間違いなさそうだ。
その日の晩に、ユイのダイバーギアにメールが届いた。
差出人は、ミツキからだ。
自宅で入浴を終えて部屋に戻ってきたユイは、メール着信の反応を見て、すぐにメール画面を開こうとして、一旦止まる。
踵を返してドアを潜り、向かいの相部屋になっているマイの部屋のドアに声を掛ける。
「お姉ちゃん、お風呂空いたからねー」
一拍の間を置いてから、「へいへーいぃ、分かったーぁ」と言う気怠げな声が返ってきた。
それだけ確認してからユイは自室に入り直し、改めてメールの内容を読み取る。
Mitsuki:このような時間に失礼します。先程の明日に関するご連絡です。ご紹介したいミッションがありますので、明日の14時に、GBNのエントランスロビーでお待ちしております。
内容を確認してから、ユイもすぐに返信する。
Yui:了解。また明日によろしくね。
返信を完了してから、就寝にはまだまだ早い時間なので、ユイは課題をこなすことにした。
翌日。
午後になってから、ユイはGBNにログインした。
いつもはマイと一緒なのだが、そのマイは「ごめーん、今日はお姉ちゃん"悪いこと"しに行くから、一人で頑張ってねー」と言ってさっさと出かけて行ってしまった。
悪いことをしに行くとは言っていたが、犯罪をするわけではないだろう。
どうせまた別の友人と遊びに行く約束でもしたのだと、ユイはそう決め付けて、ダイブする。
エントランスロビーには昨日のメールの通り、ミツキが待ってくれていた。
「ミツキ、こんにちは」
「こんにちはユイ。まだ14時の15分前ですが、早いですね」
「私はいつも15分前行動を心掛けているから。それで、紹介したいミッションって?」
訊ねるユイに、ミツキは背後のミッションカウンターを指す。
「難易度レベル5のミッションを開いてみてください。項目の中に、期間限定の『ミラーミッション』と言うものがあるはずです」
「ミラーミッション……鏡?」
「ミッションの詳細は、私の口からは話せません」
ミツキのニュアンスから鑑みても、知っているのを隠している、と言うよりは、本当に分からないから話せないのだろう。
実際に受けて、君の目で確かめろ、と言うことらしい。
「分かった。ありがとね、ミツキ」
「ミッション成功を、お祈りしておきますよ」
最後にそう交わしてから、ユイはミッションカウンターへ足を向けて、レベル5の項目を開く。
「(ミラーミッション、ミラーミッション……あった)」
その中から『ミラーミッション』と分類されているものを見つける。
それを選択しようとして指を伸ばそうとすると、ユイのものとは別の指が見えた。
「え?」
「ん?」
二人の声が重なる。
ユイの隣にいたのは、青い騎士のような軍服を纏った、ブロンドの髪を持つダイバー、フォース・ロイヤルナイツのリヒターだった。
「あなた、確かロイヤルナイツの……」
「そう言う君は、スピリッツのバスター使いか」
どうやら、リヒターもミラーミッションを受けようとしていたらしい。
「……どうぞ?」
ユイは一歩下がってリヒターにミラーミッションを譲ろうとするが、
「譲られても困る。僕は別のミッションを受けるさ」
リヒターも同じようにミラーミッションを譲ろうとする。
「「………………」」
お互い譲り合おうとして、意見がぶつかりあってしまっている。
双方とも、どうしたものかとその場で硬直してしまうが、受付嬢が助け舟を出してくれた。
「ミラーミッションは複数人での参加が可能です。違うフォースの者同士で共同戦線、ど言うのはいかがでしょう?」
助け舟を聞いて、ユイとリヒターは再度目を合わせる。
ミラーミッション参加者、二名。
ユイとリヒター、図らずも協力することになった二人。
そのためベース基地の格納庫には、異なる所属フォースのガンプラが同じチームとなって並んでいると言う、特殊な状態にあった。
ユイのガンダムヘビーバスターは勿論、そのひとつ奥にはリヒターのアレックスがあるのだが、その姿は以前までのものとは違っていた。
「……装備、増やしたのね」
ユイはリヒターの新たなアレックスを見上げる。
以前のアレックスに比べると、随分とマッシブな外観となり、右肩にはキャノンらしき砲門と、左肩にはミサイルポッドが取り付けられている。
チョバムアーマーを『アサルトシュラウド』に見立てた、宇宙世紀版デュエルガンダム、と言っただろう。
「さっさと出撃してくれ。悠長にお喋りしてられるほど、僕は暇じゃないんだ」
リヒターはキャットウォークを渡り、さっさとガンプラに乗り込んでしまう。
ユイもそれに続いてガンダムヘビーバスターに乗り込む。
「ユイ、ガンダムヘビーバスター、出るわ!」
「リヒター、『ブルシュヴァリエ』、行きます!」
ユイのガンダムヘビーバスターと、リヒターのアレックスーーブルシュヴァリエがカタパルトから打ち出され、ディメンション内の蒼空を翔ぶ。
ミラーミッション専用のエリアが点在するため、まずはそこまで移動するのだ。
その最中、ユイはコンソールパネルを開いて、今回のミラーミッションに関する情報を開く。
「フェイズ1〜5を順番に達成してミッションクリアか……フェイズの内容が直前にならないと分からないというのは、ちょっと面倒ね」
恐らく、ランダムで設定されるのだろう。
対策は出来ない、その場その場で対応するしかない。
「どうした、今になって怖気づいたのか?」
不意にリヒターからそんな通信が届き、ユイは側面に映るモニター越しの彼を睨む。
「はぁ?そんなわけないでしょ」
「だと、良いがな」
リヒターとの通信が切られる。
わざわざ嫌味を言うために通信回線を開いたと言うのか。
幸先の悪さを感じつつ、ユイはミラーミッションに臨む。
専用エリアに到達、ひとまず着陸するガンダムヘビーバスターとブルシュヴァリエ。
春の季節を思わせる、満開の桜が美しいエリアだ。
ミラーミッション、スタート。
同時にフェイズ1の内容が解禁される。
「さて、まずは……『NPD機の全機撃墜』か」
リヒターがフェイズ1の内容を読み取る。
すると、エリア内にティエレンタオツーやライブザクウォーリア、グレイズ改弍(流星号)と言った、ピンク色の機体ばかりが現れる。
「シンプルで助かるわね」
ガンダムヘビーバスターは350mmガンランチャーとダブルガトリングガンを構え、ブルシュヴァリエはビームライフルを構え直す。
「おい、ユイとか言ったな。僕の足手まといになるんじゃないぞ」
足手まとい。
リヒターのその言葉が、ユイの対抗心に火をつけた。
「その言葉、そのままお返しするわ」
わざと強気に言い返すユイ。
「フン……」
襲いかかるNPD機の群れに、両者は戦闘を開始する。
ユイとリヒターを見送ったミツキは、ベース基地内のフードショップの席に腰掛けて、コンソールパネルを打ち込んで頼まれた調べものをしていた。
「(さて、あの二人は自分の"影"に勝てるでしょうか?)」
ミラーミッションは、フェイズ1〜4は完全にランダムだが、実は最後のフェイズ5だけ、内容が共通している。
かつては自分もミラーミッションのお世話になった身だし、上位ランカーもこのミッションのおかげで強くなれたと、声を揃えている。
同時に「最後のフェイズで自分の"影"と戦った」とも言う。
それは、自分のシルエットを写す"鏡"のようなもの。
ミラー(鏡)ミッションとはよく名付けたものだ。
それから少しの時間が経ち、一度手を止めて飲み物でも頼もうかと背伸びをするミツキ。
しかし、その視界に見覚えのある姿を捉えた。
それは、リヒターと共に出撃したはずのユイだった。
何か忘れ物でもあったのだろうか。
「ユ、……」
ミツキはユイに声を掛けようとして、何故か踏み留まった。
ユイはミツキの声には気付かず、素通りしていく。
「(何だ……?この、"違和感"は)」
得体の知れない違和感。
今のユイから感じた何かを、ミツキはそう称した。
ユイのはずが、ユイでない。
いやしかし、とミツキはコンソールパネルを開き、フレンドリストからユイのフレンドデータを閲覧してみる。
ユイは現在、出撃中だった。
「何故……?」
今見たのは、ユイと似たようなアバターのダイバーだったのかもしれない。
そう考えるのが妥当だが、そう考えるほどにミツキの中の違和感は強まるばかり。
疑念を拭い切れないまま、ミツキは作業に戻った。
ところ戻ってミラーミッション。
NPD機の群れとの戦いが開始して五分が経過したところで、ユイとリヒターの様子に変化が表れた。
「クソっ、こんなはずじゃ……ッ!」
リヒターのブルシュヴァリエは苦戦していた。
ビームサーベルを振るっても、NPD機達は小馬鹿にするようにひらりひらりと躱し、隙を見せれば遠慮なく攻撃を叩き込んで来る。
頑強なチョバムアーマーに守られているブルシュヴァリエは、多少の攻撃を喰らったくらいで戦闘能力に支障はないが、「無駄に被弾している」と言う精神状態がリヒターの操縦を狂わせている。
一方のユイのガンダムヘビーバスターは、
「ま、カイドウ先生のアレに比べればマシかな……」
大した苦戦もなく、着々とNPD機を撃墜しつつあった。
カイドウの地獄の修練以上の苦難困難を体感したことのないユイにとっては「手間はかかるが大したことはない」程度のものだ。
撃墜スコアも、ユイとリヒターのものに差がつき始めている。
ひぃひぃ言いながらもリヒターが最後の一機を撃墜した。
フェイズ1、クリア。
フェイズのクリアによって、閉じられたゲートが開放され、その方向へ矢印マークが表示される。
ユイはガンダムヘビーバスターの火器類を収納すると、その場で立ち尽くしているリヒターのブルシュヴァリエに通信を繋ぐ。
「何してるの、置いて行くわよ?」
「……何でそんなに平気そうなんだ?」
ユイに聞かれないように小さく呟いたリヒターは、アームレイカーを握り直し、矢印の方向へ機体を向かわせる。
ゲートを潜り抜けると、眩しい日照りが差し込んだ。
夏を思わせる澄み切った青空に、燦々と太陽が自己主張している、荒れ果てた大地だった。
ユイとリヒターのコンソールに、『Get off.Gunpla』と言う表示が現れる。
ガンプラから降りろ、と言うらしい。
指示に従い、それぞれガンダムヘビーバスターとブルシュヴァリエから降りる。
すると、ユイとリヒターの乗機が消失し、代わりにエリアの奥から一機のNPDリーオーが現れる。
その手に握られた105mmライフルの銃口は、確実に二人を狙っている。
「「ま、まさか……」」
フェイズ2『あのリーオーを撃て』、スタート。
同時に、NPDリーオーは遠慮なくトリガーを引き、105mmライフルの銃弾が二人に襲い掛かる。
どうやら、ガンプラに乗らずにNPDリーオーを倒せ、と言うものらしい。
「ちょっ、ちょっ、無理無理ッ!こんなのどうやって倒すのよ!?」
ユイは声を裏返しながら必死で銃弾の雨から逃れようとする。
あんな十数mもある鋼鉄の巨人を、生身の人間がどう倒せと言うのか。
逃げ惑うしかないユイとは対照的に、リヒターは銃弾を避けながらも辺りを見回している。
「こう言うミッションは……」
探していた何かを見つけたのか、リヒターはその方向へ駆け出した。
彼が見つけたのは、砲撃を受けたのか不明だが、半壊したコンテナであり、その中に転がっている物を引っ張り出した。
リヒターが肩に担ぐのは、歩兵が装備するロケットランチャー、それもMSに対して有効打を与えられる、対MS砲だった。
「これでも喰らえ!」
リヒターしっかりとその場で踏ん張ると、ユイを狙っているNPDリーオーへ向けて、対MS砲を発射する。
放たれた弾頭はNPDリーオーの脇腹に着弾、通常のパンツァーファウストとは比べ物にならない爆発が巻き起こる。
「えっ、何なにっ、何が起きてっ……!?」
突然の爆発に怯えながら狼狽えるユイは、思わず尻餅をついてしまう。
さすがに一発程度では倒れないのか、NPDリーオーは体勢を崩しながらもリヒターに向き直る。
そのリヒターは撃ち終えた対MS砲を捨てながら、ユイに向かって叫ぶ。
「何か武器を探せッ!!」
それだけ言うと、リヒターはその場から駆け出してNPDリーオーからの射撃から逃れる。
「ぶ、武器って……?」
ユイは自分の周りを見回すと、すぐ側に拳大の手投げ爆弾のような物を見つけて、ようやく気付く。
このフェイズの突破口は、エリア内に隠された武器を見つけ出し、それでNPDリーオーを倒すようだ。
迷わずにそれを手に取って立ち上がると、リヒターを狙っていて背中がお留守になっているNPDリーオーに走り近付く。
「えぇいッ!」
全力投球されたそれは、NPDリーオーの膝辺りに炸裂しーー白灰色をした、トリモチのような粘着物質を撒き散らした。
粘着物質はNPDリーオーの膝に絡みつき、即座に硬化、関節が固まってしまったNPDリーオーはその動きをぎこちなくさせる。
「トリモチか、ありがたい」
動きの鈍ったNPDリーオーを見て、リヒターは別のコンテナから火炎瓶を取り出し、それを投げつけた。
発火物質と燃液がたっぷり詰まったそれがNPDリーオーの腹部に割れると、瞬く間にそこを燃やし始める。
装甲が燃えていることに驚いて鑪を踏むNPDリーオーだが、ユイが投げつけたトリモチのせいで膝が上手く可動せず、背中から倒れてしまう。
「こんのぉぉぉぉぉっ!!」
倒れたNPDリーオーに、ユイは円盤状のソレを投げ付けた。
NPDリーオーのカメラアイにそれが乗っ掛かると、即座にピピピッ、と何かを感知したような音を立てて、爆発を起こした。
センサー式の地雷だ。
ユイはそれを地雷と知らずに直接投げ付けたが、結果的にNPDリーオーのカメラアイを吹き飛ばす。
トリモチのせいで上手く動けず、カメラアイも潰されたNPDリーオーは何も出来なくなっていく。
「もう一発だ……!」
また別のコンテナから対MS砲を取り出してきたリヒターは、動けないNPDリーオーの被弾した部位と同じ脇腹に撃ち込む。
脆い脇腹に同じ攻撃を二度も受けたNPDリーオーは、機体各所から黒煙を噴き出しながら沈黙した。
NPDリーオー、撃墜。
フェイズ2クリアと同時に次のゲートが開放、消失していたガンプラも再度出現する。
「はー、はー、はー……こ、怖かったぁ……」
安堵に息を吐き出しながら、腰が抜けたようにユイはその場で座り込む。
そんな彼女を、リヒターは対MS砲を捨てて見下ろす。
「なんだ、生身の対MS戦を経験してなかったのか?」
「わ、悪かったわね……」
今までそう言ったミッションを受けてこなかったユイにとって、今回のようなシチュエーションは地獄の修練以上の恐怖だった。
リヒターは呆れたように溜息をつくと、座り込んでいるユイに手を差し伸べる。
「立てるか?」
「……」
ユイは一瞬だけその差し伸べられた手を見つめて、すぐに自分で立ち上がった。
「お構いなく……一人で立てるわ」
何となく、ここで手を取ったら負けなような気がしたから。
「だったら行くぞ、まだ終わってないんだからな」
そんなユイを見て、リヒターは踵を返してブルシュヴァリエに乗り込む。
ユイもまたガンダムヘビーバスターに乗り込んで、小さく呟いた。
「ただの嫌味な奴じゃないのね……」
脳裏に、彼の差し伸べられた手を思い浮かべながら。
ゲートを潜り抜けた先は、秋を思わせる紅葉が舞い散るエリアであり、同時に、MSよりも大きなサイズの正四角形のブロックが不規則に並ぶエリアだった。
「次のフェイズは……」
コンソールを開いてフェイズ3の内容を調べるユイ。
フェイズ3『ブロックパズルを解け』、スタート。
「今度はパズルか……」
得意じゃないんだが、とぼやきながらもリヒターはブルシュヴァリエを上昇させてホバリング、並び立つブロック群を上から見て回る。
まずは全体の把握。
ブロックをどのように完成させればクリアとなるかの確認だ。
ブロックは迷路のようにひしめき合っており、その内の3つは赤いブロックが混じっている。
そして、赤いブロックと同じ色のパネルが三ケ所。
「……どうやら、赤いブロックを赤いパネルに乗せるようだな」
このパズルの解答方法をそう読み取るリヒター。
この迷路のようなブロックを動かして、赤いブロックをパネルまで押し上げるらしい。
「とは言うけど……」
ユイもガンダムヘビーバスターをホバリングさせて、ブロック図を見下ろす。
ただ闇雲にブロックをどかしていくだけでは、後々になって"詰む"ことになるだろう。
最初から最後までを考えながら、ブロックの入れ換えていく必要があるようだ。
「まずは……」
「待って、最初はこうの方が……」
「……そうか。なら、次は……」
ユイとリヒターは額を突き合わせながら、熟考に熟考を重ね、躓くことなく止まることなく、ブロックを動かしていく。
三枚目のパネルに赤いブロックが乗ると、カチリと言う音が鳴り、フェイズ4へのゲートが開かれる。
フェイズ3、クリア。
「ふー……何とかクリアね」
「慣れないが、意外と解けるものだな」
ユイとリヒターは一息ついてから、次のフェイズへ向かう。
思考を合わせていくにつれて、いつしか二人の中の"対抗心"が薄れていることへの自覚は、双方とも無かった。
フェイズ4は、谷底からスタートすると同時に、フェイズ2と同じようにガンプラから降りるよう指示が下される。
上空から雪が降ってくる辺り、冬を思わせるようだ。
「で、フェイズ4は……この谷を登るのか?」
ブルシュヴァリエから降りたリヒターは、谷の壁を見上げる。
フェイズ4『断崖を越えて』、スタート。
「ロッククライミング……じゃなくて、アスレチックみたいに進んでいくみたいね」
同じくガンダムヘビーバスターから降りたユイは、リヒターとは反対方向の緩やかな坂道を指す。
坂道の途中には、ちょうど山のアスレチックパークのように様々な設備が備えられており、あれらを乗り越えて行け、と言うことだろう。
「しかし生身の戦闘と言い、パズルと言い、これと言い……どうもガンプラバトルには関係がない気もするが」
リヒターはぼやきながらも、眼前のアスレチックに挑み掛かっていく。
「ミラーミッションって言う割には、全然"鏡"の要素が見えないわね……」
最終フェイズで何かあるのかもしれないが、そこに至るにはまず目の前の障害を乗り越えねばならない。
ユイもリヒターの後を追う。
しかし、思いの外ハードなアスレチックであり、これがリアルであるものだとしたら、途中で休憩を挟まなければならないほど疲労するだろう。
GBNでは体力的な負担は無いものの、だからこそなのか、当たり前のように危険な運動を強いられる。
かなりの高所まで登ってきた辺りで、問題が発生した。
平均台のように狭い道。
その両脇には流氷の河。
ユイとリヒターは、そこを通ろうとしていた。
が、
「……どうしたの?早く進みなさいよ」
道が狭まり始める地点で、何故かリヒターが足を止めていた。
ユイが早く進むように促すものの、その彼の足は震えていた。
「……す、すまん、さ、先に行ってくれ」
明らかに何かに怯えている様子。
ユイはその状況から、リヒターが何に怯えているのかを察した。
「もしかして、高所恐怖症?」
「うぐっ……」
痛い所を突かれた、とばかりリヒターが呻いた。
「わ、笑うなら笑ってくれっ」
「笑わないわよ。誰だって苦手なものはあるもの」
するとユイはリヒターの一歩前に立つと、彼に手を差し伸べる。
「手、繋いであげるから。一緒に行こう?」
フェイズ2の時と、立場が逆転していた。
「…………」
この一瞬、リヒターの中で葛藤が巻き起こる。
今ここで彼女の手を取ったら、情けない男だと思われるに違いない(無論、そんな事はないのだが)。
リヒターの男としてのプライドが"拒否"を叫ぶものの、もう一方で高所恐怖症のもう一人の弱気な自分が悲鳴を上げている。
やがて天秤は後者に傾き、リヒターは震えながらユイの手を取った。
ユイがリヒターをリードする形で、歩みを再開する。
が、
「あっ」
「なぁっ!?」
凍っていて滑りやすかったのか、ユイの左足が地面を踏み外し、その手を繋いでいるリヒターも巻き込んで転落、流氷の中へ飛び込んでしまう。
「あぶふあぁぁぁっ冷たぁっ!?やっ、ちょっ、助けっ……!」
GBN内では冷たさなど感じないはずなのだが、ユイはその場で手足をバタつかせる。
「……こんな浅い河でどうやって溺れるんだ?」
リヒターは尻餅こそ着いているものの、溺れているユイを見て目を丸くする。
「えっ、え、……あれ?」
我を取り戻したユイ。
河の深さは、尻餅をついている彼女の腰ほどしか無かった。
「……ふっ」
「ちょっ、何よ!?泳げないくらいで笑わなくてもいいじゃないッ!」
「いや、そうじゃない。くくっ……さっきから、立場があべこべになってばかりだなと」
リヒターはここまでのやり取りを思い出しながら小さく笑う。
リヒターが苦戦したと思えば、ユイは生身の戦闘を体験してなかったり、意見が合ったと思えば、片や高所恐怖症、片やカナヅチで泳げなかったり、と言うことだ。
「……あぁ」
ユイもそれに気付いたらしく、腑に落ちるもの感じた。
先にリヒターが立ち上がり、ユイの手を取って引き上げてやる。
「あ、ありがと」
落ちてしまったものは仕方ないとして、先に進み直そうとする二人だが、コンソールパネルが何かを発してくる。
「『Water penalty』?……なっ!?」
リヒターはその内容を見て目を見開き、
「ふ、ふ……服を脱いで、一定時間焚き火に当たれって……!?」
ユイはコンソールパネルの矢印が示す、焚き火の洞窟へ目を向ける。
「しかも制限時間付きって……これ、二人一緒にやらなきゃアウト、ってことよね……」
これが一体どういうことなのか。
ここにいる二人の性別が、同じであれば何の問題もなかっただろう。
しかし、ユイは女で、リヒターは男、少なくともリヒターがリアルの自分に近いアバターだとすれば、年頃の男女が狭い空間で霰もない姿を晒すことになる。
そうなると、色々と問題があるわけで。
「「……」」
だが躊躇っている場合ではない、制限時間以内にウォーターペナルティを取り戻さなければ、ミッション失敗になってしまうのだ。
その上ミラーミッションは、リタイア、及び失敗すると一ヶ月の間通常のミッションすら受けられなくなってしまうという、嫌がらせかと思うようなペナルティまである。
意を決して、二人は焚き火の洞窟へ駆け込んだ。
「こっち向かないでよ」
「分かっている……」
現在、焚き火を間に挟む形でユイとリヒターは背中合わせに座っていた。
リヒターは既に服を脱いでおり、ユイはリヒターが背を向けているのを確かめてから弓道着を脱ぎ始める。
さすがに下着まで外すわけにはいかないが、それでも半裸を晒すことになる。
リヒターが何か間違いを犯すとは思いたくないが、躊躇いが無いわけではない。
こう言う時、GBNのリアルさを追求した世界を怨みたくなる。
脱ぎ終えた道着を吊るしておき、背中同士を向けて座る。
「「…………………………」」
沈黙。
と言うより、お互いこんな状態では気まずすぎて話し掛けられない。
もう少しだけ間が空いて少しは落ち着いたのか、ユイの方から話し掛けた。
「あの、さ……」
「……何だ」
「どうして、ミラーミッションを受けようと思ったって、訊いてもいいかしら?」
一体何を訊いているのかと、ユイ自身言ってから後悔したものの、リヒターは生真面目に答えてくれた。
「強くなりたいから……じゃ、理由にならないか?」
「それも、そうよね」
むしろそれ以外に何の理由があると言うのか。
特別な報酬を貰える訳でもないこのミラーミッションは、内容が分からないこともあって人気の無いミッションだ。
そんな旨味の薄いミッションを進んで受けたがるダイバーは、そうそういるものではないだろう。
「……僕は、ノエル姉様に追い付きたいんだ」
ふと、リヒターの方からその理由を話し始めた。
「ノエル姉様って、ロイヤルナイツのリーダー?」
ユイは脳裏に、黒金のνガンダムを操る金髪縦ロールのダイバーを思い浮かべる。
「あぁ。……まだ僕がロイヤルナイツに加入していなかった時、マスダイバーに初心者狩りされていた僕を助けてくれたのが、ノエル姉様だった」
過去を懐かしむように、しかし同時に過ちを悔やむように、リヒターはポツリポツリと続ける。
「ノエル姉様は厳しく、優しい人だ。仲間が苦戦していたら自らが盾になって守り、弱音を吐けば平手を打ってまで叱咤激励してくれる。……そんな人の隣に立ちたいって言う、憧れのようなものさ」
だけど、とリヒターは握り拳を震わせた。
「僕はそんな自分に酔っていたのかもしれない。酔っていたその時に、あのマスラオ……ツルギの奴に、文字通り殴り飛ばされた」
フリーバトルをしていた時に、エラーの影響でトレーニングモードに介入してしまい、そこにいたツルギをマスダイバーだと決めつけ、成敗してやろうとしたら逆に返り討ちにあった、その時だ。
「目が覚めた気分だった。その後で君達スピリッツとのフォースバトルで負けて、今まで以上に努力を重ねてきたつもりだったが……まだ、ノエル姉様には追い付けない。そんな時に、ミラーミッションと言うのを知って、受けようと思ったんだ」
語り終えたのか、リヒターは一息ついた。
「そう言う君はどうなんだ?言いたくないなら、それでもいいが」
「聞くだけ聞いて答えないのは、不公平でしょ」
一呼吸を入れ換えてから、今度はユイが語り始める。
「私ね、去年までGBNとか知らなくて、ずっと弓道一筋だったの。今の学校の部活も弓道部に入って、周りから期待されてたんだけど……」
そこから先はユイの声のトーンが落ちる。
「私のミスでウチの学校が負けて……部員のみんなは気にしないでって言ってくれたけど、私はそんな自分が許せなかった。けど、その日から……スランプに陥ったって言うのかな、何やっても上手く行かなくなって、自棄になって……結局、弓道部も辞めちゃった」
情けない話よ、とユイは自嘲した。
「そんな時に、私のお姉ちゃんがGBNに誘ってくれた。みんなとガンプラバトルをするのが楽しくて、……でも、いつからかそれだけじゃ満足出来なくなった。フォースのみんなが自分なりに強くなっているのを見て、私も足手まといにならないように強くならなきゃって思って……それで、知り合いにミラーミッションを教えてもらったの」
ユイの方も語り終えて、一息つく。
間を見計らってから、リヒターは口を開いた。
「そんなの、辛くないか?」
「え……?」
辛いかどうかを訊かれ、ユイ自身何を辛みに感じているのかが分からなかった。
「君が弓道を辞めたのは部員への自責の念で、今度はGBNで足手まといになりたくないために頑張って……なら、君のミスでスピリッツが負けたら、君はGBNも辞めるのか?」
「ッ……あなたに、私の何が分かるのよ!」
思わずユイは声を荒げた。
ただの顔見知りで、親しくもない相手が何を偉そうにとユイは苛立ちを覚えたが、構わずにリヒターは決定的な一言を突き付けた。
「君はどうしてGBNをしているんだ?」
リヒターはユイを問い詰めるつもりなどない。
ただ純粋に、ユイ自身の在り方を心配しただけだ。
「どうしてって……、……私、わた……あ、れ?」
ユイの声は途絶え始め、戸惑いに塗り潰された。
何で私GBNしてるんだっけ?
腹の底は鉛を詰め込まれたように重いのに、頭の天辺だけが頭蓋骨を失ったかのように軽い。
糸の代わりに鎖で繋がれた凧のようなもの。
凧そのものは風に乗って飛ぼうと翻るものの、鎖が重いせいで飛べない。
バタバタと凧が風によって暴れるだけで、鎖は微動だにしない。
つまり、凧は空に揚がらない。
それが、今のユイそのものだった。
「なら、思い出せばいい」
リヒターの声によって、ユイの意識が引き戻される。
「鏡のように、「自分で自分を見ろ」と言うことを伝えたいんだろう。僕も君に腹の内を話して、自分が何故GBNをしているのかを思い出した。……このミラーミッションを考えた人間は、とんだ食わせ者らしいな」
「自分で自分を見ろ……」
その意味を噛み締めるように反芻するユイ。
………………
…………
……
再びの沈黙。
すると、ウォーターペナルティが終了したらしいブザーが鳴った。
「ん、終わったか」
ようやくこの気まずい状態から解放される、とリヒターは立ち上がって振り向いてーー
「なっ」
「えっ」
リヒターと同じように立ち上がって振り向いたユイと、正面から向き合ってしまう。
お互い、下着しか付けていない状態で。
「なっ、なななっ、なんっ、でっ……」
「いやっ、その、なんだ……君って、スタイル良いんだな……」
苦し紛れにそんなことを言いながら目を逸らそうとするリヒター。
「こっ、こっ、こっ、ちっ、ッ……」
が、ユイにそんな言い訳が通じるはずもなくーー
「こっち向かないでって言ったでしょぉぉぉぉぉッ!!」
デスティニーガンダムを戦闘不能に追い込んだインフィニットジャスティスガンダムの如き"蹴り"が、リヒターの顔面に叩き込まれた。
「バカッ、バカッ、バカッ、バカッ、エッチッ、スケベッ、変態ッ、もう信っじらんないッ!」
「す、すまん、返す言葉もない……」
お互い道着と軍服を着直してもなお、ユイはお冠で、リヒターは平謝りするしかない。
もう少しユイの蹴りが強ければそのままプレイヤーキルされていただろう。
元々気まずかった状態が余計に拗れてしまったまま、二人はフェイズ4をクリア、再度出現したガンダムヘビーバスターとブルシュヴァリエに乗り直す。
「本当に申し訳ない……償えることなら、何だってする」
モニター越しのリヒターはなおも頭を下げている。
怒るだけ怒って少しは落ち着いたか、ユイは大きく溜息を吐き出した。
「……もういいわよ。わざとじゃないんでしょう?」
許してはないけどね、と言い残してユイは先に進む。
「次で最終フェイズなんだから、気を引き締めなさいよ」
「あぁ……」
ゲートを潜り抜けた先。
オーロラの掛かった夜空の下に、荒れ果てた岩山が広がる、幻想的な世界だ。
最終フェイズ『Mirrors』スタート。
「このミッションで学んだことを活かして戦うバトル、ね……」
ユイは解放された最終フェイズの内容を読み取る。
「相手は?」
リヒターはブルシュヴァリエに油断なく身構えさせて臨戦態勢を整える。
………………
…………
……
しかし、待てど暮せどエネミーは一向に出現しない。
「……来ないわね」
ユイは少しだけ警戒を緩める。
「探してみるか?」
リヒターはターゲットの索敵を行うべきと進言する。
向こうから現れるのではなく、こちらから探し出せと言うものかもしれない。
ユイもそれに頷き、その場から移動を始める。
目視とレーダーの反応を見比べつつ歩行する二機。
しかし、ほんの数mを進み始めたところでセンサーが反応を示した。
方向は前方、この岩山を登った先のようだ。
ユイとリヒターはモニター越しに顔を見合わせると、二機同時にその場で上昇、岩山を一気に飛び越える。
その先に見えたのは、花畑が燃えている様。
色とりどりの花が次々に灰になっていくその中で横たわるのは、
漆黒のガンダムヘビーバスターと、漆黒のブルシュヴァリエ。
そしてーー燃える花畑の中に直立する、
「紅い……『レギンレイズジュリア』……?」
リヒターがそう口にした。
『鉄血のオルフェンズ』に登場する、レギンレイズフレームのMSのそれだが、カラーリングは本来の深緑ではなく、血を塗りたくったような紅色だった。
手にした得物はジュリアンソードではなく、肉厚のバスターソードが一丁。
よく見ればマニュピレーターも通常の五本指のモノに取り替えられており、人型とはやや離れたフォルムを持つことも相まって、『アルケーガンダム』を思わせる外観だ。
二人に気付いたらしいレギンレイズジュリアは、構えないままに向き直る。
不意にユイのコンソールが個人回線の着信を告げた。
個人回線とは、フレンド登録したダイバーに対して個人的に通信を繋ぐことが出来るシステムだ。
リヒターとフレンド登録を交換した覚えはない。
誰からの個人回線なのかと、ユイは開いてみた。
『ハロハロー♪初めまして。もう一人のわ・た・し♪』
「ッッッッッッッッッッ!!??」
言葉にすることすら出来ないような不気味さが、ユイの足の裏から頭髪の旋毛の根本の、全身の至るところに鳥肌と言う蟲が涌いた。
コンソールのモニターに映し出している、相手ダイバーの姿。
その声、その髪、その顔、
その、瞳。
全て何もかもが、鏡に写った自分の姿だった。
唯一違うとすれば、表情。
ユイの表情は、驚愕と不気味さに歪んだものだと言うのに、目の前にいる少女はニタニタと笑っている。
「だっ、だ、誰、なの……?」
しゃがれた声で、そう聞き返すのが精一杯だった。
『誰ってひっどいわねー、私は、"私"よ。私はあなたであって、あなたは私でもある』
「い、意味が分からないわ……ッ!」
『分かんない?このミッションは、"ミラー"ミッション。鏡に写った自分と戦うミッションよ』
ニタニタといやらしいーーしかし狂気染みた笑顔は、ユイの思考を掻き乱す。
グチャグチャになる頭の中を吐き出すように、ユイは叫んだ。
「だったらっ、そのガンプラは何よッ!?」
ガンダムヘビーバスターの指が、レギンレイズジュリアを指す。
「鏡に写った自分だって言うならっ、私と同じヘビーバスターに乗ってるべきじゃないのッ!?」
「落ち着けユイ!」
不意にリヒターの通信が割り込んで来た。
「誰と通信しているのか知らないが、そいつの言葉に耳を傾けるな!」
ブルシュヴァリエがガンダムヘビーバスターを守るように立つ。
「っ……そうね、その通りだわ」
ユイは頭を振って無理矢理正気を取り戻し、ガンダムヘビーバスターはダブルガトリングガンを構える。
「私の邪魔を……するなぁっ!!」
瞬間、ガンダムヘビーバスターは回り込みながらダブルガトリングガンを撃ち出す。
その動きと合わせるように、ブルシュヴァリエはシールドを油断なく構えつつビームライフルを放つ。
銃弾とビームがレギンレイズジュリアを挟み込もうと迫るが、着弾する寸前でその姿が"消えた"。
「なっ……!?」
どこに消えた、とユイが動揺するが
「上だっ」
リヒターの声を聞いて反射的に上を見上げる。
上空からバスターソードを振り下ろすレギンレイズジュリアに対し、ガンダムヘビーバスターはその場から跳躍して距離を取り、0.5秒前までガンダムヘビーバスターがいた地点にバスターソードの切っ先が叩き付けられた。
「っ……」
着地と同時にバックホバーしつつ、さらに距離を離す。
「(あの機体もナノラミネートアーマー持ちなら、ビーム射撃は通らないはず……)」
意図的に呼吸を行って憤りを抑えるユイ。
ナノラミネートアーマーの射撃耐性の高さは、ガンダムアスタロトリオートを見て思い知っている。
ユイだけならば決め手に欠けるために撃破は困難だろうが、今はリヒターのブルシュヴァリエがいる。
「僕が近接攻撃を仕掛ける、援護を頼む!」
リヒターもナノラミネートアーマーの事は知っているようで、ブルシュヴァリエにビームライフルを納めさせてバックパックからビームサーベルを抜刀、レギンレイズジュリアへ突撃する。
レギンレイズジュリアはバスターソードを地面から引き抜いて、ブルシュヴァリエからのビームサーベルを刀身で受け止める。
ブルシュヴァリエは一度ビームサーベルを弾き引いて、再度突き出しながら突進するが、その寸前にレギンレイズジュリアがまた"消える"。
正確には、目視では認識し切れないような速さで飛び上がっただけだ。
また上か、とリヒターは上空を見上げるも、そこにレギンレイズジュリアの姿はない。
「!?」
不意にリヒターの左からアラートが鳴り響き、リヒターは咄嗟にブルシュヴァリエのシールドで身を守る。
ほんのゼロコンマ秒の差だった。
ブルシュヴァリエのシールドに、レギンレイズジュリアの脚部ブレードが襲い掛かり、ギャリギャリと耳障りな音を立てながらそれを斬り裂いた。
もうほんの少しだけでも反応が遅れていたら、チョバムアーマーもろともボディを斬り裂かれていただろう。
「ぐっ、くそっ!」
リヒターは素早く左のアームレイカーを操作、ブルシュヴァリエは使い物にならなくなったシールドを捨てると同時に、ビームサーベルを振るうものの、既にレギンレイズジュリアはビームサーベルの間合いから離れてしまっている。
リヒターがレギンレイズジュリアの相手をしていた内に、ガンダムヘビーバスターはダブルガトリングガンを納め、代わりに対装甲散弾砲を組み上げていた。
「そこぉッ!」
レギンレイズジュリアの背後へ向けて発射した。
ナノラミネートアーマーに守られていない、スラスター群を破壊するための攻撃。
しかも相手は背を向けているのだ、完全に防ぐことは出来ないはずだとユイは見込んでいた。
だがレギンレイズジュリアの反応は恐ろしく速く、振り向くと同時にバスターソードを寝かせて構え、センサー類などの部位を守る。
それ以外の装甲部はナノラミネートアーマーによって弾かれる。
「強い……一筋縄じゃいかないわね」
幾分か冷静さが戻りつつあるユイは、対装甲散弾砲を切り離して、350mmガンランチャーで迎撃する。
レギンレイズジュリアはまたも垂直に飛び上がって散弾を避け、そのまま急降下しながらガンダムヘビーバスターの側面に回り込んでくる。
「(速いッ)」
回避するか、アーマーシュナイダーで自衛するか。
一瞬の判断、ユイは後者を選択し、94mm高エネルギー集束火線ライフルを手放してアーマーシュナイダーを抜き放ち様にレギンレイズジュリアに振るう。
瞬間、バスターソードの切っ先とアーマーシュナイダーの刀身が激突するーーが、あまりにも質量が違いすぎるせいで、ガンダムヘビーバスターの左手からアーマーシュナイダーが吹き飛ぶ。
「ッ!」
唯一の近接武器を失った。
戻りつつあった冷静さが途端に焦燥にひっくり返る。
「ユイッ!」
続けざまに脚部ブレードを蹴り抜こうとしたレギンレイズジュリアを、リヒターのブルシュヴァリエが重装甲による体当たりで弾き飛ばす。
一瞬体勢を崩したレギンレイズジュリアだが、バスターソードを地面に突き刺し、それを軸にするようにしてバック転、二機との距離を開ける。
ブルシュヴァリエは左腕のガトリング砲で牽制しながらも、右手のビームサーベルをガンダムヘビーバスターに差し出す。
「バスターにも使えるはずだ、使え」
「ありがと」
ユイは短く感謝しながらも、ガンダムヘビーバスターは左手にビームサーベルを受け取る。
それを確認してから、ブルシュヴァリエはもう片方のビームサーベルを抜き放ち、さらにショルダーキャノンをレギンレイズジュリアに撃ち込む。
大口径の砲弾が灰になった花畑に炸裂し、爆煙を立ち上げる。
「僕が右から仕掛ける、左から頼む」
「了解」
リヒターが呼び掛け、ユイがそれに応じ、ブルシュヴァリエとガンダムヘビーバスターは左右からレギンレイズジュリアを挟み込むように機動する。
その最中にもガンダムヘビーバスターはダブルガトリングガンを速射、レギンレイズジュリアを牽制する。
対するレギンレイズジュリアは、銃弾を回避しながらもバスターソードの刀身の背からトリガーを引き出し、開いた刀身からレールガンを撃ち返す。
ダブルガトリングガンとバスターソードライフルの応酬の中、ブルシュヴァリエはレギンレイズジュリアの背後へ肉迫する。
レギンレイズジュリアはガンダムヘビーバスターに意識を傾けながらも、脚部ブレードで背後のブルシュヴァリエに振るう。
だが、それはリヒターの狙いだった。
寸前、ブルシュヴァリエはビームサーベルを手放し、左肩のチョバムアーマーで脚部ブレードを受けた。
チョバムアーマーが斬り裂かれるが、リヒターは構わずにアームレイカーを押し出し、そのままレギンレイズジュリアの右脚を抱き込むように掴んだ。
「捕まえたぞっ……今だユイッ!」
さらにブルシュヴァリエは加速し、ガンダムヘビーバスターに近付けるようにレギンレイズジュリアを押し込む。
トドメを刺せ、と言うことだ。
それを察し取ったユイはダブルガトリングガンを捨てて、ビームサーベルを両手で握り直し、レギンレイズジュリアへ迫る。
「これでッ!」
しかしレギンレイズジュリアは、右脚を組み付いているブルシュヴァリエーーチョバムアーマーで大幅に重量が増しているそれごと持ち上げ、そのままガンダムヘビーバスターを蹴り付けた。
「があぁっ!?」
「うぐっ、ぁッ!?」
ブルシュヴァリエ"で"蹴りつけられたガンダムヘビーバスターは吹き飛ばされ、脚に組み付いていたブルシュヴァリエも振り解かれた。
花畑を踏みつぶしながら倒れる二機。
「くっ、なんてガンプラだ……」
リヒターは歯噛みしながらもブルシュヴァリエを起き上がらせようとするがーーすぐさまレギンレイズジュリアに蹴り飛ばされた。
「ぐあっ!?」
レギンレイズジュリアの狙いは、ガンダムヘビーバスターだった。
「まずっ……!?」
ユイも急いでガンダムヘビーバスターを起き上がらせようとするが、レギンレイズジュリアは逃がすものかと言わんばかりに、バスターソードを振り降ろした。
肉厚の剣刃はガンダムヘビーバスターのボディに叩き付けられーーPS装甲の恩恵によってバイタルバートを砕き割られることはなかったが、その衝撃までは殺しきれず、コクピット内へ"破壊"が注ぎ込まれた。
「いっ、やあああああァァァァァ!?」
バスターソードに叩き付けられた衝撃がコンソールを粉々に吹き飛ばし、電線類がちぎれ漏電する。
衝撃による震動、破片による裂傷、漏電による感電が、一斉にユイに襲い掛かった。
それらは全て感じないはずのダメージのはずが、むしろ脳が想像通りのダメージをそのまま受け入れてしまうため、ユイはコクピット内に身体を打ち付けられて骨折し、金属片に全身をズタズタにされ、電流が骨の内側から焼き切られていく。
これをリアルで受けようものなら、まず死んでいるだろう。
そんなダメージを受けても意識が生きているので、ある意味でリアルよりも苦痛を感じてしまい、ユイはコクピット内で横たわってしまう。
同時にガンダムヘビーバスターもPSダウンを起こし、菫色の装甲が元のダークグレーに戻っていく。
仰向けに倒れたままのガンダムヘビーバスターに、レギンレイズジュリアはバスターソードを逆手に握り直し、その切っ先をへしゃげたバイタルバートに向ける。
ほとんど割れて使い物にならないモニターから、その光景だけを映し出しーーユイにはそれが紅い悪魔のように見えた。
「……た、す、け、」
声帯すらも電流で焼き切られた(と思い込んでいる)ユイは、半ば無意識の内に声を発していた。
「助け、て……」
レギンレイズジュリアが右腕を振り上げ、バスターソードを振り下ろそうとしーー
「お姉、ちゃ、ん……」
その一瞬だけ、時が止まったのかもしれない。
レギンレイズジュリアは振り下ろそうとしたバスターソードを引っ込めると、即座に回れ右をしてどこかへ飛び去っていった。
「え……」
ユイはどうにか起き上がって、ほとんど使い物にならないモニター越しに、飛び去っていったレギンレイズジュリアを見る。
「逃げ、た……?」
蹴り飛ばされて起き上がったリヒターは、ブルシュヴァリエにPSダウンを起こしたガンダムヘビーバスターを抱き起こす。
「……見逃してくれた、の方が正しいかも」
正気を取り戻したユイは、アームレイカーを握り直す。
同時に、最初フェイズをクリアしたことをコンソールが告げてきた。
解放されたゴールゲートを潜れば、帰還できるようだ。
ともかく、これにてミラーミッションはクリアだ。
ベース基地に帰還し、クリア報酬のバッジだけ受け取ったユイとリヒターは、格納庫で搭乗機の整備に取り掛かっていた。
ブルシュヴァリエはシールドやチョバムアーマーを破損した程度であり、ガンダムヘビーバスターも胴体部装甲がややへしゃげただけだったので、どちらもそれほど手間を掛けることもなく終わりそうだ。
「結局、あのレギンレイズジュリアは何だったんだろうな?」
ブルシュヴァリエを整備しているリヒターは、隣でガンダムヘビーバスターを整備しているユイに声を掛けた。
「……おかしいのよ」
ユイは視線をガンダムヘビーバスターに切らないままに応じる。
「だって、"もう一人の私"がいたのに、"もう一人のリヒター"がいなかったじゃない」
「それは……確かにそうだな」
あのレギンレイズジュリアが"もう一人のユイ"だとすれば、リヒターにも"もう一人のリヒター"がいるべきはずなのだ。
「その前に、黒いヘビーバスターとブルシュヴァリエがいたのに、あの紅いガンプラーーレギンレイズジュリアが既に倒していたし……多分、あの黒いのが私達の本来の相手だったんだと思う」
だとすれば……
「だったら、あのレギンレイズジュリアは何だ?」
突然乱入したのだろうが、ユイにトドメを刺そうとした寸前で勝手に逃げたのだ、リヒターでなくとも疑問を覚える。
「そんなの私が聞きたいわ……」
それよりも、とユイの視線がリヒターと合う。
「さっき、「どうしてGBNをしているんだ?」って聞いたわよね。その事なんだけど……」
その表情は、少しだけ垢が抜けたようだった。
「私、皆と一緒にするガンプラバトルが楽しいから、GBNしてるんだったの。……ほんと、何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう」
「僕も同じだ」
リヒターも、ユイと同じような表情を浮かべている。
「ノエル姉様の隣に立ちたいと言うのはもちろんだ。だが、それよりも僕がGBNをしているのは、ガンプラバトルが好きだからだ」
だからこそ、と不意にリヒターの表情が真剣味を帯びる。
「この間の新型ブレイクデカールのようなことを、許してはおけない」
「……そうね」
ユイもまた、そのリヒターの意志に頷く。
新型ブレイクデカールは、きっとまだどこかで生きている。
突き止めることは出来ないが、それに負けないためには、力が必要だ。
『大切なものを守るための力』を得るための力。
それが、ミラーミッションを通じてユイとリヒターが手に入れたものだった。
ーー一抹の疑念は晴れないままに、ではあったが。
肉厚の剣刃が、侵食されてほとんど原型を残していないパラス・アテネを斬り裂き、その動力部にバスターソードライフルを撃ち込んで爆散させた。
それは、血のように紅いレギンレイズジュリアの改造機ーー機体銘を『レギンレイズギルティ』と言う。
爆ぜ散ったパラス・アテネの周囲には、同じように爆発四散したガンプラの残骸が死屍累々と重なっている。
「これで7681機目……いい加減嫌になるわね」
周囲に敵対反応が見当たらないことを確認してから、機体をホバリングさせて、そのダイバーはコクピットハッチを開けて外に出る。
軽く背伸びをすると、左側頭部に結っていたベージュ色の髪を解き、背中に下ろす。
「……"あたし"も甘いったらないわー」
お姉ちゃん、なんて言葉に躊躇してしまった自分に腹が立つ。
これも全て、大切なものを守るためだと言うのに。
コンソールを操作し、誰かと通話する。
「……はろはろー、あたしよ。予定通り、ミラーミッションのサーバーにいた連中は全部殺っといたから。あー、一般ダイバーを二人ほど見逃しちゃったけど、まぁ問題ないわ。……ん、じゃぁあたしもいっぺん帰るから。そんじゃねー」
通話を切ると、レギンレイズギルティに乗り込み直し、その場を後にしていった。
【次回予告】
ハルナ「ねぇねぇツルギくん、今日の夕方から、隣町の神社でお祭りがあるんだって。一緒に行こうよ」
ツルギ「おぅ、行くか」
ユイ「あ、じゃぁ私も行こうかな。お姉ちゃんはどう?」
マイ「んじゃせっかくだし、あたしも行こっかなー」
サヤ「……そう言えば、今日の祭りの和太鼓の奏者が足りないとか言っていた気がするが、大丈夫だろうか?」
ツルギ「次回、ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツ
『感情と期待の狭間で』」
ミーシャ「あの、ボクがやってもいいですか?」