ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツ   作:さくらおにぎり

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 ※今回の話に、どっかの西住さんみたいなキャラが登場します。
 しかも、とんでもないHENTAIです。
 ですが、そこはやっぱり気にしないでくださいお願いします。


15話 感情と期待に揺れる想い

 ユイがリヒターと共にミラーミッションをクリアしてから数日が過ぎた。

 その日以来、ユイは「自分がフォースの足手まといになっているかもしれない」等と言う疑念を己の手で晴らし、これまで以上にGBNやガンプラ製作を楽しんで取り組んでいた。

 これはフォース・スピリッツの中でもマイのみが知るところではあるが、実家の道場に自主的に足を運び、一人静かに弓を引くことが増えたと言う。

 元の弓道部に戻るかどうかは分からなかったが、少なくともユイが以前のように自棄を起こすようなことはないはずだ、とも言う。

 

 

 

 シチュエーションバトル『暁の空へ』

『SEED』の世界観における中立国である『オーブ』の領土内で繰り広げられるバトルで、オーブ軍シナリオと地球連合軍シナリオの二つに分かれる。

 オーブ軍シナリオのクリア条件は『アークエンジェルとクサナギ(オーブ軍艦)の発進完了』

 地球連合軍シナリオのクリア条件は『アークエンジェルかクサナギの撃沈』

 ただし、発進のためのマスドライバーを破壊してしまうと強制的にドローになってしまうと言う特殊な条件も含まれているので、考え無しに攻撃を行うと即座に引き分けで終わってしまう。

 フォース・スピリッツはオーブ軍シナリオに当たるため、海から上陸してくる相手フォースから二艦を守り抜く必要があるのだ。

 今回の構成メンバーは、ツルギ、ハルナ、ユイ、マイ、サヤ。

 

 開始から五分が経過したところで、アークエンジェルが先に離陸を開始した。

 後少しでクサナギも離陸を開始するだろう。

 

『くそっ、アークエンジェルを逃した!』

 

 海岸線で支援砲撃を行っていたジムキャノンⅡは、白亜の戦艦が空へ消えていくのを見送ってしまう。

 

『だったら、クサナギを落とせばいいんだよ!』

 

 ウイングガンダムはバードモードへと変形し、残るクサナギを破壊すべく回り込もうとするが、

 

「悪いがここは通行止めだ。他所に行くんだな」

 

 フライヤーフォームのガンダムAGE-2 ヴィントフリューゲルが立ち塞がり、フリューゲルカノンでウイングガンダムを迎撃するサヤ。

 その表情は、大分余裕を保っている。

 

 

 

 もう一方の主戦場である海岸線では、ツルギとハルナが連携を取り、その二人を後ろから的確に援護射撃を敢行するユイの三人で戦線を支えていた。

 ツルギのレイジングマスラオは、『ハワード』『ダリル』の両方を抜き放っての二刀流で、エース機だろう眼前のギラーガと打ち合っていた。

 

『グッ、しぶとい奴め……!』

 

「諦めが悪いのが、取り柄なんでな!」

 

 赤い機体同士が鎬を削り合うその側面を、ハルナの姫武者頑駄無は火糸薙刀を振るい、それをシールドではじき返すグレイズ。

 すかさず反撃にバトルブレードを振り下ろすグレイズだが、姫武者頑駄無は火糸薙刀を弾かれた勢いを利用してバック転、その途中で火糸薙刀を地面に突き刺して重心の軸とし、ポールダンスのように身を翻し、隙を見せたグレイズを蹴り飛ばす。

 

『このっ、ちょこまかと……』

 

 どうにか姿勢を崩さぬように保つグレイズだが、

 

「はいはい、ご苦労さまでーす」

 

 いつの間に近づいていたのか、マイのハンブラビの腕部クローが振り抜かれ、体勢を立て直そうとしたグレイズの脇からコクピットを抉った。

 

 グレイズ、撃墜。

 

「あれ、マイちゃん?ユイちゃんの援護しなくていいの?」

 

 火糸薙刀を納め、雷振火音を構え直しつつ、ハルナはマイと回線をつなぐ。

 

「あっちは一人でも大丈夫っしょ」

 

 そう返しつつも、マイはハンブラビを変形させて、敵陣の後方にいるジムキャノンⅡと、それに随伴しているジンクスへ迫る。

 

 

 

 ガンダムヘビーバスターのダブルガトリングガンが轟音を上げながら放たれ、銃弾の嵐を巻き起こす。

 まともに喰らえば数秒で蜂の巣にされるだろう弾幕を、シールで身を守りながら必死に潜り抜けようとするジェスタ。

 ビームライフルはとっくの昔に破壊されており、ハンドグレネードではガンダムヘビーバスターに有効打を与えられない。

 故にビームサーベルを抜き放ち、接近を試みようとしているジェスタだが、ミサイルとガトリングの波状攻撃の前に踏み込めないでいた。

 

『こうなれば……』

 

 ジェスタは一度距離を取るために後退し、サイドスカートにあるハンドグレネードをマウントした状態のままで発射、それらはガンダムヘビーバスターへ向かわずにすぐに地面に炸裂し、爆煙と砂埃を巻き上げて視界を遮る。

 すると、警戒しているのかダブルガトリングガンの弾幕が止まる。

 しめた、とジェスタはその場から迂回しつつ煙の中を突き進む。

 シールドを前面に構えつつ、ビームサーベルを腰溜めに備えて煙を突っ切れば、

 

 弓ーーアルクフレッシュの弦を引き絞るガンダムヘビーバスターと正面から向き合っていた。

 

 当然、鏃の切っ先はジェスタに向けられている。

 ならばこのままシールドの防御力に任せて強引に接近しようとするが、

 

「射ち抜くッ!」

 

 放たれた光速の矢は、ジェスタの堅固なシールドごとバイタルバートを貫いた。

 

 ジェスタ、撃墜。

 

 それと同時に、クサナギが発進され、その後にオーブのマスドライバーと司令部が爆発に呑み込まれた。

 

『Battle ended. Winner. Spirits!!』

 

 勝利条件を達成したのは、フォース・スピリッツだ。

 

 

 

 

 

 フォースバトルを終えたツルギ達は、今日のGBNでのプレイは上がりにしてログアウト、リアルの方に戻って来た。

 

「ねぇツルギくん」

 

 ツルギはヘッドギアを外しながら、隣にいたハルナからの声に振り向く。

 

「ん、どうしたハルナ」

 

「今日の夕方から、神社のお祭りがあるって知ってるよね?良かったら、一緒に行こうよ」

 

「あぁ、いいぜ」

 

 ツルギが頷くのを確認してから、ハルナはユイとマイ、サヤも誘ってみた。

 

「ユイちゃんとマイちゃん、サヤ先輩はどうしますか?」

 

 まず最初にユイが反応してくれた。

 

「いいわよ。お姉ちゃんは?」

 

 その次にマイ。

 

「ほいほい、マイちゃんも行こっかなー」

 

 最後にサヤ。

 

「なら、ここは便乗して俺も行こうか」

 

 この場にいる全員で、神社の祭りに行く運びとなった。

 

 

 

 

 

 日の沈みの遅い八月は、19時を過ぎてもまだ薄っすらと日の光が差し込んでいる。

 一度帰宅したツルギと浴衣姿のハルナは、夕暮れ時の中、近所の神社へと徒歩で向かっている最中だ。

 

「ミハイルくんも参加するって言ってたけど、なんか準備があるから先に行ってるって」

 

 ハルナはケータイのメールの文面を見ながら、ツルギにその旨を伝える。

 

 実のところ、ここ二日ほどミハイルことミーシャは、GBNにログインしていなかった。

 リアルの方で用事があるのだろうと思っていたが、今日の祭りに参加出来る程度には予定を合わせてくれた。

 

「準備?何か露店でもやるのか?」

 

 ツルギは疑問符を浮かべた。

 ここ二日ほどGBNにログイン出来なかった理由がそれだろうか。

 

「何するかは聞いてないけど、行ったら分かるでしょ」

 

 ハルナが言うように、ミハイルが祭りで何をするのかは知らないか、ともかく先に行っていることは確からしい。

 

 商店街を通り抜け、山道に入る少し手前辺りまで来たところで、提灯の赤い光や露店の煙などが見えてくる。

 その石段の近くに、イチノセ姉妹とサヤが先に待ってくれていた。

 

「ん、二人とも来たか」

 

 サヤがやって来たツルギとハルナの方に向く。

 

「すいませんサヤ先輩、待たせましたか」

 

 ツルギが軽く頭を下げようとして、サヤに「謝られるほど待ってないさ」と遮られた。

 

「それじゃ、ミハイルが何をしてるか見に行こうか」

 

 サヤの主導の元、フォース・スピリッツの面々は石段を登り始めた。

 

 

 

 

 

 境内では所狭しと露店が立ち並び、その隙間を縫うように住民達が賑わう。

 ソースや香辛料が焼き焦げる匂いが立ち込める中、ツルギ達は露店を見て回ってはミハイルの姿を探している。

 しかし、露店と言える露店を全て回っても、彼の姿は見当たらない。

 

「ミハイルの奴、どこで何やってんだ?」

 

 ツルギはキョロキョロと辺りを見回しながらぼやく。

 ひょっとすると今は休憩時間をもらっていて、神社から離れているのかもしれない。

 

「むぁむぁ、ゆっふいむぃふぇまふぁおうお」

 

 その隣で、ハルナが焼きそばやたこ焼きを頬張っている。

 ゆっくり見て回ろうよ、と言いたいようだが、口の中にたくさん詰まっているせいで喋れていない。

 

「食べながら歩きながら喋らないの。って言うかハルナったら器用ね」

 

 食べながら歩きながら喋ろうとするハルナを見て呆れるのはユイ。

 

「ふむ、せめて何をするのかを教えてくれれば分かりやすいんだがなぁ」

 

 サヤは腕を組んで一息つく。

 何の露店をするのか分からないので、どこで待てばいいのかも分からない。

 ちなみにマイはいつの間にか雑踏の中に消えてしまったが、マイが団体行動を乱すのはいつものことなので、妹のユイですら気にしていないのが現状である。

 

 ともかく歩いて見て回る他に手段が無い、

 

 かと思いきや、それは意外な形で解決することになる。

 

 ドンドンカッカッ、と規則と不規則が織り交ざったリズムで鼓音が聞こえてくるのを耳にして、サヤはふと思い出した。

 

「(……そういえば、今年の祭りは和太鼓の奏者が急用で出れなくなったとか聞いたが、大丈夫なのか?)」

 

 ご近所同士の会話から、祭りの事情を断片的ながら知り得ていたサヤ。

 毎年、同じ奏者が櫓に登るので何となくながら顔は覚えているので、今年はどうなのかとサヤは櫓の天辺を見上げる。

 

 二人いる和太鼓の奏者の内、一人は毎年恒例ーーサヤが覚えている限りで7、8年近くこの櫓に登っている、所謂『ちょいワル親父』な雰囲気の男性だ。とは言っても、まだおやじと呼ぶには若く見えるため、せいぜい30代前半か。

 

 そしてもう一人は、向かい合っているちょいワル親父と比べても随分と小柄で色白で、見覚えのあるーー

 

「ん?」

 

 と言うより、見覚えがあるどころではなかった。

 

「あの櫓にいるの、ミハイルじゃないのか?」

 

「「「え?」」」

 

 そのサヤの一言で全員が櫓の上へ視線を向ける。

 

 見上げた視線の先には、踏み台に足を乗せつつも一生懸命に和太鼓を叩く、サラシを巻いて法被を羽織ったミハイルの姿があった。

 

「……あー、ありゃミハイルですね、間違いない」

 

 ツルギは確認するように頷く。

 

「へぇー、ミハイルくんって、和太鼓演奏出来たんだ」

 

 なんか意外、と呟くのはハルナ。

 

「でも、どうしてミハイルが和太鼓を演奏してるの?」

 

 ミハイルが和太鼓を叩いているのは分かったが、それは何故なのかとユイが言う。

 

「なるほどな、今年はミハイルが代役と言うわけか」

 

 それに答えるようにサヤが説明する。

 

「毎年決まった人があの櫓に登るんだが、今年は欠員が出たらしい。それでその代役に、ミハイルが志望したんだろうな」

 

 ここ二日ほど姿が見えなかったのは、演奏の練習をしていたからだな、と付け足す。

 

「ってことはミハイルは、わざわざ町内会に顔を出しに行ってたってわけですか」

 

 ツルギはサヤの顔と櫓の上へを見比べる。

 

「そうじゃなきゃ、全くの素人に和太鼓なんて叩かせないだろう。……その割には、よく頑張ってるな」

 

 二日ほどしか時間が無かっただろうに、ミハイルは躓くようなこともなく、向かいにいる男と合わせて打ち鳴らしている。

 相当集中しているらしく、下から見上げているツルギ達のことに気付いていないようだ。

 

「あら、今年はミーシャくんが演奏しているのですね?」

 

 ふと、ツルギとハルナにとって聞き覚えのある声が届く。

 車椅子を滑らかに運転しつつ、櫓の天辺がよく見上げられる位置にいるのは、フォース・フラワーズの一人、ミスズだった。

 彼女のリアルでの姿を知っているのは、ツルギとハルナの二人だけだ。

 

「あれ、ミスズさん?こんばんは」

 

 最初にハルナが小さく頭を下げて、それを見てすぐにツルギも倣うように会釈する。

 ユイはリアルのミスズを知らなかったが、その声色や物腰からフォースフェスで手を取り合った女性ダイバーだと気付いたらしく、完全に初対面なのはサヤだけだが、後輩達が顔見知りらしいので特に口を挟むこともしない。

 

「こんばんは、フォース・スピリッツの皆様。今日は、ミーシャくんの応援でしょうか?」

 

 ミスズは彼らと、櫓の上にいるミハイルを見比べる。

 

「まぁ、そんなところですかね?」

 

 ツルギが言葉を濁しつつ答えた。

 正確には、ミハイルが和太鼓を打つなんて知らなかったので、応援をしに来たつもりでは無かったのだが。

 

 

 

 

 

「あそこにいるのは……み〜ちゃん?」

 

 そのミハイルを見守るのは、ツルギ達だけではなかったが。

 

 

 

 

 

 

 日の光も完全に沈み、辺りの景色が藍色に染まり切る中、祭りも終わりが近付いていた。

 和太鼓の演奏を終え、汗だくになって櫓を降りてきたミハイルをツルギ達が出迎える。

 

「よぅ、お疲れさん」

 

 最初にツルギが声を掛けてやる。

 

「あっ、皆さんこんばんはっ。ボクの演奏、見てくれました?」

 

 ミハイルの表情にやり遂げたような達成感が見て取れる。

 

「うんうん、ちゃんと見てたよ」

 

 はいこれどうぞ、とハルナは先程露店から購入した冷たいボトルのお茶をミハイルに差し出してやる。

 

「ありがとうございます、いただきまーす」

 

 受け取るや否や、ミハイルは早速喉を鳴らしながら一気に飲み付いていく。

 途中で休憩も挟んでいたが、気温の高さと和太鼓を打つと言う運動、加えて緊張もあっただろう。

 一息で500mmリットルの半分を飲み干してから、ミハイルはボトルの口を離して一息つく。

 

「ん?なんだ、坊主の友達か?」

 

 すると、櫓の反対方向から降りてきた、もう一人の奏者、ちょいワル親父が姿を現した。

 よくよく見れば、筋骨隆々、とはいかないが、極限まで無駄を取り除いた、鋼のごとく鍛え抜かれた肉体の持ち主だ。

 背丈はツルギやサヤと同じくらいだが、相応の経験と年齢を重ねた者だけが持つ、凄味のような雰囲気がある。

 

「そうなんです。同じ学校の高等部の先輩達で、よく一緒にGBNをやってます」

 

 ミハイルがちょいワル親父とツルギ達を見比べながら、ちょいワル親父にツルギ達のことを説明する。

 GBNと聞いて、ちょいワル親父は少しばかり懐かしむような顔を見せた。

 

「ほぉ、GBNか。俺も学生の頃はバカみてぇにやってたなぁ」

 

 そのちょいワル親父の元に歩み寄る(車椅子での移動)のはミスズ。

 

「あなた、お疲れ様ですわ」

 

「おぅ、今日もいい汗掻いたぜ」

 

 ちょいワル親父は、ミスズから差し出されたタオルを受け取る。

 他人同士のそれとは思えないほど慣れ親しんだ、友人同士のそれとも違った、一言で通じ合っているその様子を見て、ハルナはもしやと思って訊いてみる。

 

「あのー、もしかしてお二人って、ご夫婦だったりします?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 即答だ。答えたのはちょいワル親父の方。

 言葉にこそしなかったものの、ミハイルを除くツルギ達は内心で「意外」と思っていた。

 

 お上品で華奢な令嬢そのものであるミスズと、鍛え抜かれた筋肉を見せつける法被を着こなすこのちょいワル親父。

 

 そうだと言われなければ、このどう見ても釣り合って無さそうな二人が夫婦関係だと誰が気付くものか。

 どのような経緯の元、この二人が巡り合ったのかは想像出来ないが、人と人との出逢いとは分からないものだ。

 ミスズに目で諭され、ちょいワル親父は一歩前に出て名乗った。

 

「俺は『お祭男』の、『ナンブ・レンジ』だ。前に、俺の嫁さんと会ったらしいな」

 

「お祭男って、自分で言っちゃうんですか?」

 

「まぁな。何せ俺は、ここら一帯の祭りにゃ全部参加してるからな。んでもって必ず和太鼓を打つ。自他共に認めるって奴だ」

 

 夏祭りと言う限られた期間の中、和太鼓を打つために町内を駆け回ると言う、現代日本ではもはや絶滅したと言ってもいい、生粋のお祭り好きらしい。

 

「今年は、この神社担当の太鼓打ちが来れなくなったって聞いて焦ったが、このロシアの坊主がやらせてくださいって言ってきてな」

 

 なかなか見込みのある奴だったぞ、とレンジはクシャクシャとミハイルの頭を掴むように撫でてやる。

 そうこうしていると、神社の各所で店仕舞いや櫓の解体が行われていく。

 

「ほれ、後片付けは大人に任せて、ガキはお家に帰んな」

 

 レンジはトンッ、とミハイルの頭を撫でていた手で背中を軽く押してやる。

 

「とっとと……じゃぁレンジさん、今日はありがとうございました!」

 

 ミハイルは直立不動で深く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 神社のすぐ近くにある市民会館を更衣室として利用させてもらっているミハイル。

 すぐに着替えてくるからと、ツルギ達には玄関口で待ってもらい、ミハイルは小走りで仮の更衣室へ向かう。

 それを見送ってから、もう少しだけ待つ。

 

「そう言えば……」

 

 ふと、ハルナが話を持ち込んできた。

 

「ミハイルくんって、ちょっと前までロシアに住んでたんだよね?何で日本に来たのかな?」

 

 今まで誰も気にしていなかったことだが、そう言われればとツルギとユイは思い返した。

 

「生徒会の中で少しだけ聞きかじった程度のことなんだが……」

 

 ハルナの疑問に応じたのはサヤだった。

 

「ミハイルは、日露のハーフだろう?詳しい経緯がどうまでは聞けなかったが、日本人の父方の祖父母に引き取られたとか言っていたな」

 

「ようするに、ばいばいされちゃったってわけねぇ」

 

 茶化すような内容でも無かろうに、至極当たり前のように話に加わってきたのは、マイだった。

 

「お姉ちゃん……今までどこで何してたのよ?」

 

「んー?普通にお祭り楽しんでただけよ?はいこれユイちゃん、お土産」

 

 そう言ってマイが見せつけたのは、

 

「……はっ!?お、お姉ちゃん何それっ、金魚ぉ!?」

 

 ビニール袋に詰め込まれた、朱や黒の大群が所狭しと蠢いているそれだった。

 ユイは一瞬何かの見間違いかと思ったが、やはり紛うことなき、金魚だ。

 

「うげっ……マイおまっ、それ何匹すくったんだ!?」

 

 それを横から覗いたツルギは、思い切り眉間に皺を寄せた。

 

「えーっとねー、一回で50匹くらい?」

 

「わーっ、マイちゃんすっごいねー!」

 

 そんなデタラメなモノを見て喜ぶハルナはどうかしているだろう。

 

「……そんなに飼えるわけがないだろうし、後で野に返すんだぞ」

 

 さすがのサヤも嫌悪感のひとつやふたつを覚えたらしく、顔を引きつらせている。

 

「はーい。ちゃんと海に放り込んで、他の海洋生物の餌にしてあげまーす」

 

「いや待てちょっと待てお前鬼か!?」

 

 かなり酷いことを堂々と言い放つマイに慌ててツッコミを入れるツルギ。

 確かにそこらの川に返しても同じ結果だろうが、だとしてもいきなり海水にぶち込むことも無いだろう。

 

 そんな風に談笑をしている時だった。

 

「失礼。み〜ちゃ……ミハイル・ハヅキ・ストロガノフの友達か?」

 

 誰かがツルギ達に声を掛けてきた。

 プラチナブロンドの髪に、ミハイルと似たアイスブルーの瞳を持つ、長身の女性だった。

 サヤが一歩前に出て、進んで受け答えを買って出る。

 

「そうですが……あなたは、ミハイルのお知り合いですか?」

 

「そんなところだ。それで、ミハイルは今ここにいるのか?」

 

 どうやらこの女性、ミハイルの知り合いで、その彼に用があるようだ。

 

「えぇまぁ、着替え中ですからもう少し待ってもら……」

 

 サヤがそう言いかけたところで、館内の中から小走りで駆け寄ってくる足音が近付いてくる。

 

「すいません、お待たせしまし、……た?」

 

 ミハイルがスリッパからスニーカーに履き替えながら現れて、その女性と目が合った。

 

「……もしかして、ま〜しゃ姉?」

 

「……っ、久しぶりだね、み〜……ミハイル」

 

 この女性、時折ミハイルのことを「み〜ちゃん」と言いかけている辺り、彼とは親しい仲なのかもしれない。

 

「久しぶ……」

 

 ミハイルは慌てて姿勢を正して、言葉遣いも改めた。

 

「お久しぶりです、『マホ』姉さん」

 

「よしてくれ、そんな堅苦しいのは。昔と同じでいいよ」

 

 やはり、ミハイルとマホと言うらしい女性は親しい仲らしく、邪魔はすまいとツルギ達は少し距離を離す。

 

 だが、知り合い同士の久々の再会と言うには、少し陰りのあるものだった。

 

「あまり時間も無いからハッキリ言わせてもらう。ミハイル、"ロシアに帰ろう"」

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 ロシアに帰ろう。

 それを聞いたミハイルは、自分が何を言われたのかをすぐに理解出来なかったらしく、声を発するまでに数秒の時間を要した。

 

「…………待って、ま〜しゃ姉。今、「ロシアに帰ろう」って言ったの?」

 

「そうだ」

 

「……なんで?」

 

 知り合い同士の再会と言う暖かな出来事は、一瞬にして凍りついたかのような空気に入れ換わった。

 

「ロシアに帰ったら、ボクはまたあんな目に遭わされるんだよ?それを分かってて、ロシアに帰ろうって言うの?」

 

 ミハイルの声とは思えないほど低く、冷たい声色。

 言葉にせずとも感じ取れる「嫌だ」と言う拒絶の意志だ。

 

「ミハイル……あの女の家……ストロガノフと私は関係ないし、親族にたらい回しされる必要ももう無いんだ。学校も、ニッポン被れだと言うような輩などいないような場所を紹介してやれる」

 

 拒絶の意志が分からない相手では無いと分かっているようだが、マホもそう簡単に引き下がれないらしく、食い下がる。

 

「だから、帰ろう?叔父様や叔母も、喜んでくれるよ」

 

「あのね、ま〜しゃ姉。気持ちは嬉しいよ。嬉しいけど、ボクは今の日本にいたいんだ。……だから、帰らないよ」

 

 迎え入れてくれる場所も環境も整えられていると言われても尚、ミハイルの意志は変わらない。

 このままマホが折れるのを待つだけーーのはずだったが。

 

「……"み〜ちゃん"」

 

 不意にマホはミハイルをニックネームで呼ぶと、彼の背中に手を伸ばし、そのまま抱き込ませる。

 

「っぷ!?」

 

 その豊満な膨らみを、ミハイルの顔に押し付けるように。

 

「私なら、み〜ちゃんに何でもしてあげられるよ?」 

 

 さらに、ミハイルの耳元で甘く囁く。

 

「欲しいものがあるなら何だって買ってあげるし、してほしいことがあるなら、いつだっていつまでもしてあげられる……」

 

「……、……」

 

 ミハイルも抵抗するのだが、比較的小柄な中学生と成人女性とでは力が違う。

 その上に色仕掛けまで加わり、ミハイルの抵抗が弱まりかけていく。

 

「ちょ、ちょっとあのお姉さんヤバくない?あれ、すごい無理矢理っぽいけど……」

 

 ハルナがツルギに小声で話し掛ける。

 この状況、どう見てもミハイルの意志を無視している。

 さすがに見るに堪え兼ねて、ツルギは二人の元に駆け寄ると、力任せにミハイルをマホの抱擁から引き剥がす。

 

「色仕掛けで誤魔化すってのは、少しばかり狡いと思うんだがな。……それに引っ掛けられるミハイルもどうかと思うが」

 

 そのままミハイルを自分の後ろに下げさせた。

 

「……何だね君は?これは私とミハイルの問題だ、ぶ……」

 

「部外者は黙ってろ、か?」

 

 後少しで陥落出来たものを、とでも言いたげにツルギを睨むマホだが、ツルギはツルギの言葉がある。

 

「あんたが誰かは知らんが、後輩が色仕掛けで誘拐されてるのを見て黙ってられるほど俺達は"部外者"じゃないんでな」

 

「誘拐だと?戯けたことを抜かすな、私はミハイルを安全で安心出来る環境に移動させたいだけだ」

 

「どの口が言ってやがる。本人の意志を色仕掛けで有耶無耶にしようとしてた奴が、よくまぁそんなペラペラと口から出任せを言えたもんだな」

 

「さっきから聞けば色仕掛け色仕掛けと……下衆の分際がミハイルに近付くなッ、消えろ!!」

 

「……とりあえず、あんたが人の話を聞かないってのはよく分かった」

 

 嘲笑ではない、呆れによってツルギは溜息を吐いた。

 

 焦っているのもあるだろうがこの女、"危険"だ。

 

 このままでは喧嘩ーーそれも大怪我になるほどのソレになりかねないと判断し、サヤも諍いに加わる。

 

「双方とも落ち着いてくれ。まずは、ミハイル本人の意志確認をすべきだろう」

 

 サヤは、ツルギが下げさせていたミハイルを一歩前に出させる。

 マホを落ち着か(黙ら)せるには、ミハイルを見せるしかない。

 サヤは努めて冷静さを保ちながら、彼に問い掛ける。

 

「まず、ミハイル。君は、ロシアに……と言うより、彼女の元に行きたいか?」

 

「いいえ」

 

 即答。

 これだけで話は着くはずだったが、マホは余計に拗らせようとする。

 

「騙されるなミハイルッ。……そうかっ、脅されているんだな!?弱みを握って人を従わせるような奴等の元にいる必要はないんだぞ!」

 

 途轍もない勘違いだった。

 しかも、その考えを改めるつもりもないようだ。

 

「……なぁミハイル。彼女はこんな事を言ってるが、俺達はそんなひどい奴等だったか?」

 

 酷い言われようであるが、サヤは無視するようにミハイルに問い掛けた。

 

「そんなことありません。GBN初心者だったボクにもよくしてくれて、みんないい人達です」

 

 ミハイルの言葉に澱みはない、脅されて喋らされているとは思えないほど流暢なものだ。

 

「何だと……まさか、薬物による洗脳か!?貴様らっ、それでも同じ人間のつもりか!?」 

 

 だと言うのに、マホはさらに話を如何にも深刻なものであるかのように捻じ曲げていく。

 いよいよ聞くだけに徹し切れなくなって、ユイも加わりだす。

 

「ちょっとあんたね、誤解勘違いもいい加減にしなさ……」

 

「ファーッハッハッハッ!!」

 

 が、突然マイが高笑いをあげた。

 

「その通り!ミハイルは我々秘密結社『ゾッタン・アルカネーン』によって洗脳させてもらった!今や彼は、我々の手足となって働いてくれており、絶対の忠誠を誓うようにもなっているのだ!」

 

 よく分からない中学二年生なポーズを決めながら、やたらと滑舌よくデタラメを放つマイ。

 

「彼を返してほしくばっ、我ら『魂の五人衆』を倒してみるがいい!出来るものならなぁ!ファアーッハッハッハッハッハーッ!!」

 

「「「「「………………」」」」」

 

 こいつ、アホだろ。

 マイとマホ以外の五人が言葉無しにそう思った。

 

 こんな白々しく大根臭い芝居を見れば、TVの中のヒーローを信じている幼児でも無ければ嘘ーーと言うか、ただのアホだと分かるはずだろう。

 

「ッ……いいだろう、なら今ここで全員殺すッ!!」

 

 しかし、それ以上のマホ……基、アホがここにいた。

 目は血走って殺意と憎悪にまみれており、最初にツルギを殺そうと飛びかかる。

 が、

 

「よっと」

 

 ツルギは素早くマホの腕を掴みながら身を往なすと、飛び掛かってきた勢いを逆利用させながら足を掛けて地面に転がしてやる。

 

「あのな、あんなもん嘘だって気付け」

 

「ぐっ……み、ミハイルを返せぇッ!!」

 

 起き上がろうとするマホだが、

 

「おら悪ガキ共!ちったぁご近所のことも考えやがれ!」

 

 その怒鳴り声と共に現れたのは、車椅子に乗ったミスズを押している、レンジだった。

 

「全くあなた達は……何をそんなに騒ぎ立てているのですか」

 

 ミスズも心底呆れたとでも言うような顔をしている。

 

 

 

 大人がやって来たことで、マホは我が意を得たりとばかり事情(全て本人の勘違い)を話し、その後でツルギ達の方も事情(ありのままの状況)を話す。

 双方の言い分を聞き終えたところで、レンジとミスズは脱力した。

 

「……つまりはアレか?このブロンドの嬢ちゃんが、ロシアの坊主を母国に連れ出そうとして、それが強引な手段だったからお前さんらが介入した結果、ちんちくりんなニチアサごっこに発展したってか」

 

「子どもの喧嘩にもなりませんわねぇ……」

 

 頭が痛い、とでも言いたげに片手で顔を押さえる二人。

 ちなみにマホの、いかにも自分とミハイルが一方的な被害者であるかのような物言いは全て切り捨てている。

 第四者の視点ですら、「マホが暴走したせいでこうなった」と見えるのだ。

 なおもマホがありもしないことを口走ろうとするが、それを遮るようにレンジが助け舟(妥協案?)を出した。

 

「誰がどう言っても、このブロンドの嬢ちゃんは聞かねぇだろう。だったら、何でもいいから勝負事で決めればいいだろうが」

 

「勝負事……」

 

 マホは考え込む。

 つまり、勝てば己が意を押し通すことが出来て、負ければ相手の思うがままにされる、と言うことだ。大分何かおかしいが。

 

「いいだろう」

 

 ようするに勝てばいいと理解したらしく、マホは納得したように頷いた。

 

「良いわけあるか。完っ全に本人の意志を無視しまくってるだろうが」

 

 しかし、ツルギは納得するはずもなかった。

 

「……わかったよ、ま〜しゃ姉」

 

 が、当人のミハイルはそれで納得していた。

 

「おい待てミハイル、お前正気か?誰が何で勝負するか知らんが、自分の人生、棒に振るかもしれないんだぞ?」

 

 慌ててツルギはミハイルを引き留めようとするが、ミハイルは確固としてマホに向き直る。

 

「明日の午前中にガンプラバトルで、ボクと勝負しよう。ま〜しゃ姉が勝ったら、ボクはロシアに帰る。ボクが勝てば、ロシアには帰らない。……それでいい?」

 

 自らが勝負に出るミハイル。

 条件は至ってシンプル、ガンプラバトルで勝敗を決めると言うものだ。

 

「分かった」

 

 ようやく、本当にようやくマホも納得したようだ。

 

「なら、明日の午前に、GBNで待っている。……逃げるんじゃないぞ」

 

 それだけ言い残してから、マホは踵を返してその場を去っていった。 

 

 マホを見送ってしまってから、ミハイルを除く一同は頭を抱えた。

 

「本当に良かったのか、ミハイル。今ならまだ……」

 

 サヤはミハイルの身を案じるが、彼はそれを良しとしなかった。

 

「いいんです」

 

 それに、とミハイルは言葉を続ける。

 

「負けてロシアに帰ることになっても、ま〜しゃ姉が一緒ならそれでもいいかなって思うんです」

 

 が、それは正気を疑うような内容だった。

 

「全然良くないわよっ。あの人のどこが良いのか知らないけど、絶対付いていったらダメよっ」

 

 ユイは声を尖らせて警告を促す。

 ツルギ達にとってマホは初対面だが、先程のやり取りを見るだけでも危険な、と言うより、

 

 狂っている。

 

 そうとしか思えないような人間だった。

 それを目の当たりにしても尚、ミハイルはブレなかった。

 

「まーしゃ姉は、そう言う思い込みがちな所もあるんですけど、ほんとはすごく優しいんです。……好きに、なっちゃうくらい」

 

 薄く赤面しつつ、爆弾発言。

 

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

「キャー、ノロケ話だわー」

 

 ツルギ、ハルナ、ユイ、サヤは驚愕し、マイは棒読みで黄色い声を上げる。

 

「……驚きますよね。ボクの初恋の人が、8つも歳上の人だなんて」

 

「そりゃ驚くわ、別の意味でな」

 

 思い切り眉間をしかめるツルギ。

 どういうことだろう、マホのあの気狂いがミハイルにも感染ったとでも言うのか。

 ツルギは切羽詰まったようにミハイルの両肩に手を置く。

 

「いいかミハイル落ち着けよお前の初恋の相手とやらは相手の意見を無視して色仕掛けで有耶無耶にしようとする奴だぞあぁひょっとして子どもの頃の話かそりゃお前アレだ友情なのか恋愛感情なのかの区別が付いてないとかそう言うヤツだな落ち着け考え直すんだまだ時間はあるんだ俺からも言わせてくれ"アレ"だけはやめとけ絶対後悔するぞ口酸っぱく言うようで悪いがお前のためを思って言ってるんだぞ決してあのショタコンいやいやマホさんのことを悪く言うつもりなんかないからな分かったなミハイル」

 

 思わず250文字近く息継ぎなしで物凄い早口で言ってのけるツルギ。さり気無くとんでもなく失礼なことも言っているが、ミハイルは知って知らずか怒らない。

 

「えーっと、落ち着くべきなのはツルギさんだと思うんですけど……」

 

 お言葉ごもっとも。

 

 ともかく、決めてしまったものは仕方無いとして、ミハイルは明日のマホとのバトルに臨む体勢だ。

 本人がそう言うのであれば止めるべくもない、とツルギ達も状況を呑み込む。

 

 

 

 

 

 何だか妙なことになってしまった。

 そんな空気が流れている中、レンジはミスズの乗る車椅子を押しながらその場を後にしていった。

 

「よろしかったのですか?あんな無責任なことを言って」

 

 ミスズはシートの上から背後を見上げる。

 

「あぁでも言わなきゃ収拾が付きそうも無かっただろうよ。それに、具体的な解決策も見つかったそうだしな」

 

 レンジはミスズごと車椅子を持ち上げ、しっかり抱えると、ゆっくり石段を降りていく。

 

「……まさかとは思いますけど、子どもの喧嘩に首を突っ込むおつもり?」

 

「なぁんですぐ見抜かれちまうんだかなぁ」

 

 参った参った、とレンジは軽く笑う。

 

「別に喧嘩の仲裁をするわけじゃねぇさ。ただ……」

 

「ただ……なんですの?」

 

「お前なら知ってるだろう、あの五年前と同じような、新型ブレイクデカールを」

 

 レンジの声のトーンが低くなる。

 

「えぇ。いつの時代も、汚職や不正は絶えませんもの。……この間の反マスダイバー連合軍の件で、てっきり消滅したものと思っていましたが……」

 

 ミスズの目が細まる。

 

「どうやら、まだ生きているようですわね」

 

「……俺の、思い過ごしでありゃぁいいんだがな」

 

 石段を下り終えると、レンジは車椅子とミスズを下ろし、アスファルトの上に車輪を転がす。

 

「明日の朝、ちょいと私用で出掛ける。それだけ伝えといてくれるか」

 

「分かりました。……お節介も、程々に」

 

 

 

 

 

 ミハイルと勝負を託つけたマホは、予約していたビジネスホテルに戻って来ていた。

 借部屋の中には、まるで引っ越しでもするかのような、旅行と呼ぶには少し怪しい量の荷物がベッド脇に寄せられている。

 シャワーを浴び終え、後は寝るだけと言う状況。

 安くはないが上質とも言い難い、そこそこの寝心地のシーツの上にマホは背中を預ける。

 

「……み〜ちゃん」

 

 彼の愛称を口にしてみた。

 そして、

 

「み〜ちゃん!み〜ちゃんみ〜ちゃんみ〜ちゃんンンンンンァッ!!」

 

 突如、悶え苦しむーーと言うにはあまりにも的はずれな、むしろ痛みに快楽を覚えているかのように、クネクネと身体を捻りながらシーツの上をゴロゴロと右往左往し始めた。

 

「あの頃から変わっていないッ!記憶のままッ!何もかもッ!あの瞳ッ!あの肌ッ!あの輪郭ッ!あの髪ッ!あの可愛さッ!同じ人間とは思えないッ!天の子ッ!神の子ッ!奇跡の子ッ!生きる糧ッ!命の糧はみ〜ちゃんにあるッ!!」

 

 こうしてはいられない、とマホは飛び起きるとベッド脇に置いているスーツケースのひとつを開けると、その中から音楽メディアとそれに接続されたヘッドホンを取り出し、再生する。

 

 ヘッドホンのスピーカーから流れるのは、つい先程に録音していたミハイルの肉声。

 彼の声が聴覚に届く都度、鼓膜が舐め回わされ、脳髄が麻痺し、違法ドラッグにも似た快楽が血液を沸騰させる。

 

「ふっ、ふふっ、ふはははっ、じゅふふっ、じゅふふふふふはははははッ!」

 

 これだけでは足りない。

 さらにスーツケースの中に手を突っ込むと、今度は数冊のアルバムの内の一冊を取り出した。

 表紙に『み〜ちゃん日記7〜8』と描かれたその中には、7歳から8歳頃のミハイルの様子が写された写真がこれでもかと挿し込まれている。

 

「はハァ……ンッフゥ……ッ」

 

 熱の篭った吐息と共に唾液が垂れ流しになる。

 これを見てもまだ足りない。

 枕元にあるケータイを手に取り、写真や動画のギャラリーのアプリを開く。

 ありとあらゆる方向から連写された、法被姿のミハイルの画像が数百枚ほど。

 汗に濡れた髪、サラシに包まれた雪のような肌、、和太鼓を打つために力んだ筋肉、法被の開いた胸元ーー

 

「アっひゃぁァぁァぁッ!み〜ちゃんッ、好き!すきすきすきすきすきスキスキスキスキスキしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきッ!ギひゅっ、ひュひゅヒゅっ、びゅフぁッ!あビャババババばはぁはぁンッ!」

 

 ベッドの上で陸に打ち上げられた魚のごとくのたうち回る。

 壁越しに隣の部屋に声や音がだだ漏れになっているが、そんなことは瑣末ごとの「さ」の字の綴りの「S」を発音するための空気にもならない。

 どうやら今夜は眠れそうにないようだ。

 眠る必要はないと決め込むと同時に、マホは服を脱ぎ捨てて、

 

 

 

 

 

 ーーこれ以上は全年齢的に危険なので割愛させていただくーー

 

 

 

 

 

 翌日の午前。

 ツルギ達はGBNにログインし、エントランスロビーでマホを待っていた。

 ここにいるのはミハイルことミーシャはもちろん、ツルギ、ハルナ、ユイ、サヤの五人だけ。

 例によって例のごとくマイは不在、ヤイコもここしばらくはログデータの更新が見られていない。

 ミーシャはマホに対して「午前中に」としか時間帯を伝えていないので、具体的に何時にどこでとは決めていなかった。

 なので、もうしばらくは暇を持て余すことになるのだがーー

 

「おやおやこれはこれは、皆さんお揃いではあーりませんか?」

 

 胡散臭さ1.3倍増のこの男、カゲトラが現れた。

 

「おぅカゲトラ、相変わらず毎日楽しそうだな」

 

 ツルギは挨拶がてら、若干の皮肉を混ぜつつ声を返す。

 

「フッ、同じ一日と言うのは存在しない。ならば、その日その日を楽しまなければならないのだ」

 

 珍しく、本当に珍しくまともなことを言うカゲトラだが、彼の場合は「楽しまなければならない」のではなく、「楽しみたいことは死ぬほどあるのだが時間は限られている」のだろうが。

 

「挨拶はこんなところにして、み〜ちゃんよ」

 

 カゲトラはミーシャに目を向ける。

 

「はい?」

 

「先程、『マホ・スーシィブァカ』と言う人物からメッセージを預かった。み〜ちゃん宛だそうだ」

 

 そう言うとカゲトラはコンソールパネルを開き、メールをミーシャに送信する。

 早速それを開いてみるミーシャ。

 

『ノース・エリア、雪山の山頂付近にて待つ』

 

 マホがどうやってカゲトラと接触したのかは不明だが、ともかく彼女はそこで待っているらしい。

 

 

 

 

 

 出撃準備を整え、ミーシャのガンダムアスタロトリオートがカタパルトに乗せられる。

 今回のこの機体の装備は、恐らくマホとの一対一のバトルになるだろうと想定し、射撃武装には取り回しやすいサブマシンガンを右手に持たせ、左腕にはグリップアームを保持する形で装備されたシールド。

 左サイドスカートにはグレイズ用のバトルアックスを、バックパックにはパイルハンマーをマウント。

 一対一のバトルであれば、滑腔砲のような大型の火器は必要ないし、むしろ取り回しが良くないので邪魔になる。

 

「ミーシャ、ガンダムアスタロトリオート、行きます!」

 

 電磁加速されるリニアカタパルトに打ち出され、ガンダムアスタロトリオートは蒼空を駆ける。

 その後ろから続くように、人員輸送のトランスポーターも発進する。

 トランスポーターの搭乗員は、カゲトラを含むフォース・スピリッツの面々。 

 彼らはミーシャにもマホにも加勢しない、単なる見届け人だ。

 

 

 

 ガンダムアスタロトリオートとトランスポーターが出撃してから数分、ベースエリアの北方方面、ノース・エリアに到達する。

 辺り一面の銀世界。

 バトルフィールドの境界に突入すると、すぐ目の前に雪山が見えてきた。

 その雪山の山頂付近の広い山道に、ガンプラの反応が一機確認できた。

 トランスポーターはそこから少し離れた場所に着陸し、ガンダムアスタロトリオートは山道に着陸する。

 

『待っていたよ、ミハイル……いや、今はミーシャか(13時間16分38秒ぶりだねみ〜ちゃん!あぁッその真剣な顔も可愛くて堪らない早くこんな茶番を終わらせてお持ち帰りしなくちゃハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ)』

 

 ガンダムアスタロトリオートの目の前にいるのは、SDガンダムのガンプラだった。

 それは、SDの『クロスボーンガンダムX1』。

 身を包むのは、自作したのだろう黒灰色のマント『A.B.Cマント』。

 

「……うん、お待たせ、まーしゃ姉」

 

 ミーシャは緊張を滾らせつつ、ガンダムアスタロトリオートを構えさせる。

 クロスボーンガンダムX1は、首から下がA.B.Cマントに覆われており、どのような武装を仕込んでいるのかが見えない。

 

 ………………

 

『(さぁさぁさぁさぁみ〜ちゃん!私に思い切りぶつかって来るがいい!あ、もちろん私の胸に抱きつきに来るならいつでも大歓迎だよ)』

 

 …………

 

『(ん?あれかな、焦らしプレイってことかな?み〜ちゃんってばいつの間にそんなオトナのアソビを覚えたんだ?じゅふふふふふっ)』

 

 ……

 

『(あぁもぉ落ち着きを保とうとしている凛々しいみ〜ちゃんを想像するだけでゾクゾクするゥッ!おっといかんいかん今はみ〜ちゃんがイメージしているお姉さんを演じなくては)』

 

 沈黙(片一方は随分と興奮していたが)の後、ガンダムアスタロトリオートが先手を取った。

 構えたサブマシンガンのトリガーを引き、90mmの銃弾が放たれるが、クロスボーンガンダムX1はその場から跳躍して銃弾を回避、背部の四基のフレキシブルスラスターを点火させ、一気にガンダムアスタロトリオートへ接近する。

 ミーシャは慌てずにサブマシンガンを納め、バトルアックスを抜き放って迎撃しようとするが、ガンダムアスタロトリオートがバトルアックスを振りかぶった瞬間、クロスボーンガンダムX1は即座にカーブを掛け、フェイントの要領で空振りさせる。

 そしてその隙を見逃すマホではない、マントの下から現れたのは、クロスボーンガンダムのメイン武装である『ザンバスター』だが、その銃口の先端にはコルクのようなものーーグレネードランチャーが外付けされている。

 ザンバスターのトリガーと連動しているそれを発射、隙を晒してしまっているガンダムアスタロトリオートは、咄嗟に右肩の装甲でグレネードランチャーの弾頭を受ける。

 ナノラミネートアーマーによってそれは大したダメージも無く防がれるーーはずだったが、グレネードランチャーの弾頭は炸裂すると共に、油に火を点けるがごとくガンダムアスタロトリオートの右肩装甲を燃え上がらせる。

 

「ナパーム弾!?」

 

 火薬の爆発による衝撃ではない、超高温の炎熱による燃焼は、鉄壁を誇るナノラミネートアーマーの弱点のひとつだ。

 対ビームコーティングのように塗膜表面で拡散せず、断続的に高熱を浴びせ続けるのだ、このまま放置すればガンダムアスタロトリオートは機体の右半分が使い物にならなくなってしまう。

 

「くっ」

 

 已む無くミーシャは右のアームレイカーを入力、右肩装甲をフレームから切り離す。

 こんな序盤で装甲を失ってしまったのは痛いが、致し方ないとしてミーシャは意識を切り換え、バトルアックスとシールドを油断なく構えつつ、着地したクロスボーンガンダムX1へ肉迫する。

 振り抜かれるバトルアックスに対してクロスボーンガンダムX1は、反り返った刀のようなブレードを抜刀しており、抜き放ちざまにバトルアックスと衝突させる。

 甲高い金属音が響き、斧刃と刀刃との間に火花が散る。

 斧と刀の鍔迫り合いは、互角ーーというよりは、クロスボーンガンダムX1がわざと受けているようにも見える。

 小柄なSDガンダムが、重武装を使いこなせるガンダムフレームの機体の質量打撃を軽々と抑えているのだ。

 不意にクロスボーンガンダムX1は刀の握る力を僅かに逸し、バトルアックスを受け流がしながら身を翻す。

 空振りしてしまったガンダムアスタロトリオートの左から刀を振り下ろすクロスボーンガンダムX1。

 ミーシャは慌てずに左手に装備させたシールドで防ごうとする。

 

 しかし、刀の刃がシールドに触れた瞬間、紙をちぎるかのようにシールドごとガンダムアスタロトリオートの左腕が断ち斬られた。

 

「ッ!?」

 

 ミーシャが戦慄すると同時に、駆動油を垂らしながらガンダムアスタロトリオートの左腕が積雪に埋まる。

 

 

 

 

 

「何だあの刀っ……盾ごと腕を斬っただと!?」 

 

 トランスポーターのモニター越しに戦況を見ている中、ツルギはクロスボーンガンダムX1の持つ刀の斬れ味に驚愕する。

 

「まさかあれは……『γナノラミネートソード』か!」

 

 サヤが目を見開く。

 その単語を聞いて理解出来たのはハルナだけだった。

 

「サヤ先輩、それは一体?」

 

 ユイがそれが何なのかを訊ねる。

 

「端的に言えば、『ナノラミネートアーマーを破壊するための武器』だ。ミーシャのアスタロトとの相性は最悪だぞ……!」

 

 圧縮したエイハブ粒子を刀身に送り込むことで『γナノラミネート反応』と言う特異反応を発生させ、それは『ナノラミネート構造を破壊する』と言う効果を齎す。

 その高い防御力から、ナノラミネートアーマーを持つガンプラは世界的に使用率が高いものの、このような弱点も存在する。

 しかし、γナノラミネート反応を持つ武装は、ガンダムアスタロトオリジン以外を除いて原点作品には登場しないため、他作品の機体に同様の武装を持たせるには、極めて高い完成度が必要になる。

 それを実現出来る時点で、マホのガンプラ製作技術の高さは想像するに容易いだろう。

 

「ナパームを仕込んだグレネードに、γナノラミネートソード……あれ、明らかにミーシャくんに対策立てまくっていますよね?」

 

 ハルナが目を細めながら、γナノラミネートソードを振るうクロスボーンガンダムX1を見る。

 どちらもナノラミネートアーマーを破壊、もしくは大きくダメージを与える攻撃手段だ。

 ミーシャがガンダムフレームのガンプラを使うと分かっていたからこその武装。

 そこまでしてミーシャを取り戻したいと言うマホの執念。

 

 ーーその理由の大半が、アレでソレでナニなことだとミーシャが知れば、百年の恋も冷めるというものだろう。

 

 

 

 

 

 機体性能、武装特性、操縦技術、何を取ってもマホの方が遥かに上。

 ミーシャのガンダムアスタロトリオートは、何度もγナノラミネートソードで斬りつけられ、その装甲の半分以上を破壊されていた。

 

「強い……これが、まーしゃ姉の実力……」

 

 ミーシャは歯噛みしながらクロスボーンガンダムX1を睨む。

 

『もう分かっただろう、ミーシャ。これ以上戦う必要はないんだ(ふふふふふっ、み〜ちゃんに見下ろしてもらうのもいいがこうして見上げてもらうのも悪くないッ!いやむしろ最高ッ、何をしてもされてもみ〜ちゃんは最高に可愛いぃぃぃっひィーーーーーッ!!)』

 

「でも……まだボクは負けてない!」

 

 ガンダムアスタロトリオートは再び立ち上がり、バトルアックスを捨ててパイルハンマーを抜き放つ。

 

「ボクはまだ、フォース・スピリッツの皆といたいんだ!」

 

『……(あっひゃぁぁぁぁぁッ!諦めずに立ち向かおうとするみ〜ちゃん!可愛いッ、可愛すぎるッ!、犯罪ッ、いやむしろ性犯罪レベルだろうこの可愛さッ!)』

 

 今にも欲望が口から漏れてしまうのを懸命に堪えながら、マホはアームレイカーを握り直して、向かってくるガンダムアスタロトリオートを見据える。

 

 

 

 ーーしかし、事態は急転する。

 

 

 

 ガンダムアスタロトリオートがパイルハンマーを振り抜こうとした時、両者のコンソールパネルが多数のアラートを告げた。

 

「っ、アラート!?」

 

『(何だ一体どこのバカだっ、私とみ〜ちゃんの邪魔をするようなゴミクズ以下のクダルは!?殺すッ!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!グッチョングッチョンにしてぶっ殺すッ!!)』

 

 すると、突如積雪の下からいくつもの"何か"が突き破って現れた。

 

 新型ブレイクデカールの影響を受けているのだろう、侵食が進んだ末にもはや元が何だったのかすら分からないようなガンプラだ。

 それらは、ミーシャとマホの二人を取り囲み、各々がライフルやビームサーベルを抜いて迫ってくる。

 

「ま〜しゃ姉、これは……」

 

『何だっ、こいつらは……!(いや待てこれはむしろチャンスか?み〜ちゃんが苦戦しているところに私が助ければみ〜ちゃんの好感度はうなぎのぼり間違いなしッ!「ありがとう、ま〜しゃ姉」なんて言われた時には……グッ、ドゥフッ、ドゥフフフフフフフフフフッ、ダメだ顔が戻らんッ!こんなだらしない顔をみ〜ちゃんに見せては引かれてしまう!)』

 

 こんな緊急事態でさえ煩悩にまみれているマホは、もうどうにもならないだろう。

 

 

 

 

 

 正体不明の侵食ガンプラの群れが二機を取り囲む様子は、トランスポーターのモニターからも見えていた。

 

「あれは……新型ブレイクデカールか!?」

 

 サヤはモニター越しに見える状況を見て目を見開く。

 

「勝負とか言ってる場合じゃないよっ、早く助けに行かなきゃ!」

 

 ハルナは慌ててトランスポーターを降りようとするが、ユイにそれを制止される。

 

「待ちなさいハルナっ、私達はガンプラに乗って来てないのよ!生身で戦うにしたって、あんなところに突っ込んだら無事じゃすまないわ!」

 

「……そうだったっ」

 

 ガンプラに乗って出撃していないことを思い出し、ハルナは足を止めた。

 まだ冷静さを保っていたツルギはサヤに問い掛ける。

 

「サヤ先輩、この機体で援護射撃は出来ますか?」

 

 対するサヤは歯噛みするように応える。

 

「……無理だな。この機体にあるのは自衛用の対空機銃だけだ、対MS戦の援護射撃が出来るような代物じゃない。悪いが、俺達に出来ることはなさそうだ」

 

 あの二人がどうにか切り抜けるしかない、とサヤがそう続けかけたところで、

 

「その心配は要らんよ」

 

 今の今まで黙りを決め込んでいた、カゲトラが口を開いた。

 

「このような事態も想定しておけと、准将からの教訓だ。……ほれ、あそこだ」

 

 カゲトラが指す方向。

 遥か彼方から、オレンジ色の何かが雪風を斬り裂いて来るのが見えてきた。

 

 

 

 

 パイルハンマーが敵機を砕き、γナノラミネートソードが斬り裂いていく。

 

『ちぃっ、数が多いな……!(えぇい邪魔をするなっ、私はみ〜ちゃんをお持ち帰りせねばならんのだ!ゴミクズ以下のクダルの分際が私とみ〜ちゃんの愛の巣を踏み荒らすなッ!)』

 

 さすがのマホも苛立ちを隠せず(邪な下心だけはしっかり隠せているようだが)、γナノラミネートソードの斬れ味も鈍くなってきている。

 

 侵食されたガンプラの群れの一機が、クロスボーンガンダムX1の背後から攻撃を仕掛けようとしているのを、ミーシャの視界が捉えた。

 マホは眼前の敵を倒すことに精一杯で、その背後に気付いていない。

 

「ま〜しゃ姉ッ!」

 

 ミーシャはアームレイカーを全力で押し上げてガンダムアスタロトリオートを加速させ、そのままクロスボーンガンダムX1を突き飛ばそうとーーするが、不意にクロスボーンガンダムX1はその場から跳躍して離脱してしまった。

 

「え」

 

 瞬間、本来マホを狙っていたはずの敵機のビームサーベルが、ガンダムアスタロトリオートのバックパックを斬り裂いた。

 

「うっそぉッ!?」

 

 マホを助けるはずが、何故か自滅してしまったミーシャ。

 スラスターがビーム刃に焼き斬られ、爆発する。

 

『み〜ちゃんっ!?(しまったっ、せっかくみ〜ちゃんが助けてくれるところだったのに思わず避けてしまった!くそっ、なんて勿体無いことを!)』

 

 マホの煩悩はともかく、バックパックを失ってしまったガンダムアスタロトリオートは本来の推進力を得ることが出来なくなってしまった。

 爆風に吹き飛ばされたガンダムアスタロトリオートは積雪の上を転がり、体勢を崩したところに侵食ガンプラが団子状になって迫ってくる。

 自業自得だ、とミーシャは思った。

 マホくらいの実力者なら、他人の助けなど無くとも自分で対処出来たはずだった。

 勝手に助けようとして、勝手に自滅した。

 吹き飛ばされた拍子にパイルハンマーも落としてしまった、今のガンダムアスタロトリオートは丸腰だ。

 ミーシャの脳裏に諦めが過りかけてーー

 

 突如、ガンダムアスタロトリオートに迫っていた侵食ガンプラの群れが爆散した。

 それは、ガンプラによる砲撃。

 倒れたガンダムアスタロトリオートを守るように、そのガンプラは着地する。

 

 

 

「オレンジ色の……『ケンプファー』?」

 

 

 

 原典機の青色ではなく、派手なオレンジ色。

 原型の面影を強く残した外観だが、よく見れば要所要所に作り込まれた跡が見える。

 複合武装『スピニングブラスター』、それと同じ物がもう2つバックパックに懸架されている。

 

『無事かっ、ロシアの坊主!』

 

 ケンプファーのダイバーだろう声が届き、その声に聞き覚えのあるものに気付くミーシャ。

 

「その声……もしかして、レンジさん!?」

 

 何故彼がここにいるのかと驚くミーシャだが、ケンプファーのダイバー、基、レンジは苦戦しているマホのクロスボーンガンダムX1にも広域通信で繋ぐ。

 

『そっちのクロスボーンはブロンドの嬢ちゃんだな?』

 

『あなたは、昨日の……』

 

 なまくらになってしまったγナノラミネートソードを捨てて、ビームザンバーで戦っていたマホは、現れたレンジのケンプファーを視認する。

 

『嬢ちゃんはロシアの坊主を連れて離脱しろ、こいつは俺の仕事だ』

 

 そう言うなり、法被姿のダイバー ーーレンジはアームレイカーを一気に押し上げて、急激に機体を加速させる。

 

 機体銘『ファストゥス』。

 ラテン語で『祭』を意味する闘士(ケンプファー)が戦場に身を躍らせた。

 

 

 

 まだ数十機はいるだろう侵食ガンプラの群れの中に突っ込んでは、スピニングブラスターの火器を乱射しまくるその様子は、ツルギ達にも見えている。

 その派手なオレンジ色を見た瞬間、サヤは驚愕した。

 

「まさか、あのケンプファーは……!?」

 

 思わずモニターを拡大させ、表示されている『ファストゥス』と言う機体銘を目にして、驚愕が確信に変わった。

 

「間違いないっ……アレは、『"鼓響"のレンジ』だ!」

 

「知ってるんですか?」

 

 ツルギは驚愕するサヤに問い掛けた。

 

「かつて、第4、5、6回のフォーストーナメントで三連覇を成し遂げたフォース『ファイアワークス』を率い、三年連続でワールドランク1位を保持し続けた、伝説のダイバーだ。何年も前に引退したとは聞いたが……」

 

 夢にも見なかった機体だ、とサヤは声を震わせる。

 

 

 

 

 

 弾を撃ち尽くしたスピニングブラスターを捨てるファストゥス。

 

『数だけはいっちょ前だな……なら、派手に行くかァ!』

 

 レンジは武装フォルダを開き、『SPECIAL MOVE』と言うコマンドを選択した。

 左右の脚部にマウントさせていた長柄のブレードを抜き放つと、刀身に花火に似た幻想的な輝きを放つ。

 

「あれは……?」

 

 ミーシャはマホのクロスボーンガンダムX1に支えられながら、その輝きに目を奪われる。

 対する侵食ガンプラの群れも、その輝きを前にたじろぐように一歩下がる。

 

『受けてみなぁ、お祭り男の奥義……』

 

 ファストゥスは左右のブレードを上段に振り上げーー

 

『『打チ鳴ラス享楽ノ鼓動』ッ!!』

 

 太鼓を打つ要領でその必殺技『打チ鳴ラス享楽ノ鼓動』を積雪に打ち付けると、オレンジ色の爆焔が地面を波打ち、前方一帯を呑み込んだ。

 

 

 

 爆煙が晴れると、雪解けによって元の地面が露わになった山道に、堂々たる姿で立つファストゥスだけが残っていた。

 

『これで相手が雑魚じゃなきゃ、良かったんだがな』

 

 虚しさを残すかのように呟くと、ファストゥスはブレードを納め、捨てていたスピニングブラスターを回収すると、後方に退避していたガンダムアスタロトリオートとクロスボーンガンダムX1の元に歩み寄る。

 

『悪ぃな、勝負に水を差すような真似しちまって』

 

 広域回線越しに勝手な介入を敢行したことを謝るレンジだが、すぐにミーシャが感謝で応じた。

 

「いえ、そんなこと。危ないところをありがとうございます、レンジさん」

 

『私からも、礼を言わせてください』

 

 ミーシャの後に続くように、マホも感謝を告げる。

 

『まぁそれならいいが……お前さんら、勝負はどうすんだ?』

 

 あの侵食ガンプラの群れが出現したことで、肝心の勝負は有耶無耶になってしまったのだ。

 ミーシャはまだこれからと意気込もうとするが、

 

『いえ、もうその必要もありません』

 

 マホがそれを遮った。

 

『ミーシャ、もう一度訊きたい。私といっしょに来るか?』

 

 再度の問い。

 ミーシャは迷い無く、

 

「うぅん。ボクは日本にいる」

 

 と、答えた。

 

『……そうか』

 

 昨日までの強引さとは打って変わった落ち着きぶりを見せるマホ。一晩で何があったのだろうか。

 クロスボーンガンダムX1はその場で踵を返し、

 

『Миша, приходи ко мне как-нибудь. Я буду ждать вечно』

 

 とだけ言い残して、雪山から飛び去った。

 

「え……」

 

 ミーシャはそれを見送ってしまう。

 

『今のは、ロシア語か?ロシアの坊主がどうこうと言うのは分かるが……』

 

 レンジのファストゥスも、もう見えなくなったクロスボーンガンダムX1の背中を見送る。

 

 

 

 

 

 トランスポーターの中でその通信を傍受していたスピリッツの面々だが、マホが最後に何を言ったのか分からないものがほとんどだった。

 唯一、それが分かるのは……

 

「ふむ、和訳が必要か?」

 

 もちろんこの男カゲトラだった。

 

「カゲトラ、今の何て言ったんだ?」

 

 ツルギはカゲトラに向き直る。」

 

「あぁ、今のはな、「ミーシャ、いつか私を迎えに来て。ずっと待っ……」」

 

『わーっ!わーっ!カゲトラさん言わないでっ、和訳しないでッ!』

 

 何故かミーシャは大声で通信に割り込んでそれを遮る。

 

 

 

 

 

 なおも和訳しようとするカゲトラを必死に止めさせようとするミーシャを見やりつつ、レンジのファストゥスは前傾姿勢を取り、ロケットのように加速して雪山から去る。

 

 急速に下山するレンジのコンソールに、リアル世界からの通信が届き、レンジはそれに応じる。

 

『あなた、今よろしいでしょうか?』

 

 ミスズのダイバーギアからのものだ。

 

「おぅ、今帰るところだ。どうした?」

 

『でしたら、可能な限り早く出勤をお願い致します。あなた無しでは仕事が回らなくて回らなくて……』

 

 これでは私が過労死します、と言うミスズの声に疲労感が含まれている。

 

「はぁ?ったく、俺やミスズが不在の時の動き方も教えただろうに。分かった、すぐに戻る」

 

 しゃーねぇな、とレンジは溜息を吐きながら通信を切り、ファストゥスをさらに加速させた。

 

 

 

 

 

「ロシア語が分かるってことは、カゲトラ。お前何ヶ国語話せるんだ?」

 

「フッ、今日まで世界で日常的に使われている言語なら全て翻訳可能だ」

 

「お前ほんと何者なんだ」

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 ハルナ「ミーシャくんがロシアに帰らなくて、ほんとに良かったよ」

 

 ユイ「もし帰ったりしたら、きっとミーシャは廃人になってたわね……」

 

 ミーシャ「何の話ですか?」

 

 ツルギ「ミーシャは知らなくてよろしい」

 

 サヤ「しかし……新型ブレイクデカールの脅威は未だ止まず、か」

 

 ツルギ「次回、ガンダムビルドダイバーズ・スピリッツ

 

 『風雷の剣』」

 

 サヤ「剣は剣でも、クサナギ・ツルギのことじゃないぞ」 

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