―――七耀歴1204年11月30日
温泉郷ユミル。シュバルツァー男爵邸にて。
ルーク、アルフィン皇女、トヴァルの三人はリィンの様子を見に彼が寝ている部屋へ訪れると、リィンは目を覚ましてエリゼに抱きつかれていた。
最初は水を差すものではないと見守っていたが、このままだといつまで経ってもこちらに気付きそうになかったので……
「クスクス……朝からお熱いですわね♪」
アルフィン皇女がからかいながら代表して二人の世界に踏み込んでいった。それで漸くリィンとエリゼはこちらに気付いた。
「ひ、姫様……」
「おはようございます。リィンさん、エリゼも」
顔を赤めて恥ずかしそうにしているエリゼに、アルフィン皇女は少し羨ましげに見つめながら挨拶する。続いてルークとトヴァルもリィン達に挨拶をする。
「よっ、お邪魔させてもらってるぜ」
「あれからずっと眠ったままだったから心配したが、どうやら大丈夫のようだな」
「アルフィン殿下、トヴァルさん、それにルークさんも……やっぱり、夢なんかじゃないんですね」
ルークとアルフィン皇女、トヴァルは、昨日のことを夢だと半ば疑っていたリィンの下に歩み寄っていく。
「ふふっ、もちろん現実ですわ。抱き締めたエリゼの感覚が何よりの証拠じゃありませんか?」
「も、もう……姫様!」
ちょっとおどけたように告げるアルフィン皇女に、エリゼは恥ずかしげに声を上げる。ユミルに向かう途中でも思ったが、やはり二人は仲良しのようだ。
「はは……」
「ま、目を覚まして何よりだ」
「一応、体の調子はどうだ?さっきも言ったが、あれから一晩眠っていたんだからな」
ルークの確認にリィンは改めて体の調子を確認してから告げる。
「ええ……とりあえず大事はないみたいです。お二人とも、助けていただいてありがとうございました」
「私からも改めてお礼を言わせてもらうわ」
「どういたしまして」
「ははっ。何にせよ、お嬢さんがたを泣かせずに済んでなによりさ」
ルークとトヴァルがリィンと机の上で寝そべっていたセリーヌのお礼を受け取っていると、リィンの義理の両親が部屋の扉の前に姿を現した。
「目を覚ましたか」
「!……父さん、母さんも……!」
「ふふ、お帰りなさい、リィン」
「色々と聞きたい事もあるだろうが、まずは軽く食事をとるといいだろう。“これから”の話はその後だ」
リィンの義父―――テオ男爵の音頭で一同は食堂で朝食を摂り、食事が終わってから改めて現在の帝国の状況が伝えられた。
「《貴族連合》によって、帝都はもちろん各地の主要都市も一月前から占領された状況にある。各地に配備されていた帝国正規軍も一部を除いて悉く退けられたそうだ。《機甲兵》と呼ばれる新しい兵器を駆使してな」
そして、ルークとトヴァルもオリヴァルト殿下の依頼でアルフィン皇女とエリゼを帝都から連れ出し、十日ほどかけてユミルへと到着したことをリィンに伝える。同時にテオ男爵から他の皇族の状況も伝えられる。
「そうですか……」
「だけど、油断は出来ない状況だ。《貴族連合》は確実に皇女殿下の行方を探しているだろうし、エリゼ嬢も一緒に行方を眩ませたんだ。潜伏場所の候補地として上がっているだろうな」
「だろうな。足取りは残さないように慎重に進んでいたが、確実とは言えないからな」
「もしそうならまずはコンタクトを取る筈だ。その時は上手く誤魔化し、かわしてみせるさ」
ルークとトヴァルの考察に、テオ男爵は同意しながら絶対にアルフィン皇女を匿ってみせると意気込みを露にする。そして、リィンが一番気にしていること―――トリスタ及びトールズ士官学院も《貴族連合》の手に陥ちた状況も伝えられた。
「……やっぱり……そうだったんですね……学院のみんなは……」
貴族連合に占領された事実に、ある程度予想していたリィンは悲痛な表情で顔を俯かせる。そんなリィンにルークが更なる情報を明かす。
「そんなお前に未確認も合わせて耳寄りな情報がある。どうやら結構な数の学院関係者が行方不明になっているんだ。その足取りを貴族連合は今も追っているそうだ。―――特に“赤い制服を着た学生”を」
「え……?」
ルークが明かした情報にリィンは緩慢な動作で顔を上げていく。そんなリィンを確認し、ルークは言葉を続けていく。
「これは未確認だが、トリスタに《紅い翼》―――巡洋艦カレイジャス号が現れたそうだ。例の《灰の騎神》が離脱して少しした後に。その上、トリスタから去っていく時、巨大な蒼の騎士人形に追いかけられたそうだ」
「それって……」
「それじゃあ……VII組や、トールズのみんなは……」
「流石に確定は出来ないがな。だが、可能性は大いにあるだろう?」
「だな。それが事実なら、オリヴァルト殿下が行方不明なのは無事の裏返しとも取れるからな。《貴族連合》の手に落ちていたら“保護”したと伝えるだろうしな」
ルークがもたらした情報とトヴァルの考察により、リィンはもちろん、エリゼとアルフィン皇女の顔が綻んでいく。さらに加えて、セリーヌが使い魔としての繋がりからエマの無事を伝えたことでリィンの顔がさらに綻んでいく。
「まあ、最悪の結果ばかり考えても仕方がないということさ」
「今は彼らの無事を信じてみたらどうだ?お前がこうして無事だったようにな」
「……そうですね」
ルークとトヴァルの励ましにリィンは少し笑みを浮かべて頷く。そんなリィンにテオ男爵が声をかける。
「……いずれにせよ、本調子ではないだろう。しばらくの間は養生に専念するといい」
「折角ですから、郷のみんなに顔を見せてきたらどうですか?みんな、貴方のことをずっと心配していましたから」
リィンの養母―――ルシア夫人の言葉も受け、リィンは義両親の言葉に甘えることを決め、その場で解散となる。
男爵邸を後にしたルークはトヴァルと一緒に宿酒場《木霊亭》に赴き、今後について改めて相談していた。
「……今後の状況の為にもやはり動き回るしかないだろうな」
「だな。俺がここに残ってお前が動くのが現状における最善だろうな」
「確かに。万が一の場合を考えてそうするのが妥当かもな」
あれこれと話し合っていると、宿酒場に訪れたリィンに後ろから声を掛けられた。
「ここにいたんですね、お二人とも」
「ああ。今後の方針について少しな」
「そうですか。……改めて助けて頂いてありがとうございました。俺が彼処にいたと分かるなんて、さすがですね」
「……ああ、それなんだが」
「?」
トヴァルの言葉にリィンは少し疑問に感じていると、ルークが助けに来れた理由を語り始めていく。
「実は一昨日、トヴァルのARCUS宛にいきなり通信があったんだ。一方的にお前の場所をこと細かく教えてそのまま切れたんだよ」
「それで念のために調べにいったら案の定、本当にお前さんがいたわけだ」
「それは……かなり気になりますね」
ルークとトヴァルが明かした事実にリィンは神妙な面持ちで頷く。
「何処かで聞き覚えのある声だった気がするが……あんまし自信はねぇな」
「消去法で考えれば《結社》か《貴族連合》のどちらかなんだが……それ以外の可能性もなきにしもあらずだからな」
ルーク個人としては、消去法でおおよその当たりを付けているが憶測の域を出ないこともあり、
「ま、こっちに関してはこれ以上考えても仕方ないし、今はまさに起こってる内戦のほうが問題だろう」
トヴァルは謎の通信の議論を切り上げ、今起きている問題―――内戦についての話題へと変えようとする。
「確かに内戦もそうだが、俺個人としてはあいつの心労の方が心配だな。また一人で抱え込んでなきゃいいが……」
「あ……」
ルークのその言葉に、リィンはあの時の不可思議な現象を思い出す。厳密に言えば、その不可思議な現象で顕れた“映像”でクロウとクレア大尉が対峙していた光景を。
「そういえばルークはクレア大尉の依頼で調べもんをしてたんだったな」
リィンと同様に、思い出したようにトヴァルもルークに問いかける。ルークもトヴァルの言葉に頷き、その依頼について話し始める。
「ああ。《帝国解放戦線》のリーダーの正体の有力な候補者達の素性をな」
「それって……じゃあ、クレア大尉とルークさんは……」
「流石に確定はできなかったがな。だけど、《C》―――今は《蒼の騎士》と呼ばれているそいつの書類上の出身地は偽装だった。同時に本当の出身地は帝国に併合された地域と家族構成は調べられたが、それ以上は人数の多さから断念したけどな」
ルークが頭を掻きながら明かした事実に、リィンとトヴァルは思わず苦笑してしまう。
「いやはや、道理で鉄道憲兵隊の警備が妙に厳重だったわけだ。つまり、狙撃される可能性が既に浮上していたわけか」
「ああ。……もっとも、向こうはそれすら上回っていたようだがな」
「……ええ」
クレアとそれなりに親しかったリィンも複雑な表情で頷く。
「クレアにとって鉄血宰相は“恩人”だからな……潰れてなきゃいいが……」
「恩人……?」
「あー、これ以上はノーコメントで。あいつの過去に関わることだしな」
思わず呟いしてしまった言葉に、ルークは下手を打ったような表情でリィンの疑問に答えないと告げる。リィンも安易に触れてはいけないものだとすぐに理解して素直に引き下がった。
「……話を戻すか」
トヴァルもその流れに便乗し、改めて本来の話題に話を戻していく。
「俺たち遊撃士協会も、俺たちなりに色々と動いてはいたが、帝国ギルドも本格的に分断されている状況なんだ」
「……やっぱり、かなり深刻なんですね」
「ああ……一般市民も巻き込まれているようだしな」
「戦況としては、《貴族連合》が完全に主導権を握っているが、正規軍も一部では今も激しく抵抗しているそうだ。鉄道憲兵隊と協力している師団もあるそうだ」
「そうですか……」
「それと、幾つかの猟兵団や《
「猟兵団に《身喰らう蛇》―――例の秘密結社ですか」
八月のガレリア要塞の時、その存在をサラから聞かれ、実際に《怪盗紳士》に会っているリィンの言葉にルークとトヴァルは頷いて肯定する。
「ああ、猟兵団については元々貴族派が運用していたがより大規模に雇い入れたらしい」
「《結社》はリベールの時のように色々と引っかき回すつもりだろうな。クロスベル方面にも一枚噛んでいるみたいだしな」
《結社》―――厳密には《白面》―――の悪辣さを知っているルークは微妙に呆れたような表情になる。リベールの《福音計画》の時は空の至宝《
「ふう、心配事が多すぎて胃に穴が開きそうになるぜ」
「……………………」
トヴァルが疲れたように呟くと、リィンは暗い顔で無言になる。そんなリィンにルークが励ますように言葉を送っていく。
「心配なのは分かるが、あまり焦るなよ。焦ってお前の身に何かあったら、それこそ彼等も苦しむからな。それに、生きていれば予想外のことも起きるしな」
「……そうですね……まるでルークさんはお兄さんですね」
「お兄さん、か……」
無理して笑顔を作るリィンの言葉に、ルークは少し苦笑してしまう。そのことにリィンが疑問に感じていることを察し、ルークは苦笑した理由を明かしていく。
「実は、血の繋がった兄弟はいないが弟分はいるからそう感じられてもおかしくはないと思ってついな」
「そうだったんですか。その弟分さんは?」
「リベールで遊撃士をやっている。素敵な彼女さんと一緒にな」
まるで太陽のような弟分の彼女の顔を思い出しながら、弟分の状況を伝える。彼女はヴァレリア湖畔に浮かんだ、二人きりの小舟の上でルークが明かした憶測も混じった“真実の一端”を聞いても、迷うどころか逆に振り切ったのだ。本当に弟分にはもったいない彼女である。……その弟分は形見の品を渡して彼女の前から消えるという馬鹿な行動を起こしていたが。
それはさておき、ルークは元気づける意味も込めて、弟分の事実を少しだけ明かした。
「……二年前まではその弟分は死んだと聞かされていたんだ。だから生きていたと知った時は驚いたし、何より嬉しかった。生きていてくれて良かったと」
顔を会わせて再会した時、弟分は最初は信じられないといった表情で呆然としたが、徐々にルークを認識すると涙ぐみながら抱きついてきたのも良い思い出だ。周りの生暖かい目があって少々恥ずかしくはあったが。
……抱擁が終わった後は、彼女を泣かせた罰で脳天に結構きつめの手刀を落としてやったが。
「あ……」
「だから、希望を簡単に捨てるなよ」
「……はい。本当に色々とありがとうございます、ルークさん」
ルークの励ましにリィンは心からお礼の言葉を伝える。
「せっかくだから温泉にでも行ってきたらどうだ?ゆっくり浸かれば、身体も心も芯からほぐれそうだしな」
「トヴァルさん……はは、そうですね」
微妙に蚊帳の外になっていたトヴァルの提案にリィンは素直に頷き、《木霊亭》を後にしていった。
その後、ルークとトヴァルは気分転換がてらにとりとめのない話題を続けていると―――
――ォォォォォォォォォォォォ……
遠くから何かの咆哮が郷全体に届くように響いてくるのであった。
《温泉郷》ユミルに危機が迫る。
ちなみに、咆哮が響く十数分前、露天の温泉に乾いた音と水飛沫の音が響いたのだが、それは当事者しか知りようがなかった。
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