絶剣の軌跡   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


依頼

―――七耀歴1204年7月24日

 

帝都ヘイムダルの帝都駅前にて。

 

リィン達は鉄道憲兵隊指令所のブリーフィングルームで、帝都知事でありトールズ士官学院の三人いる常任理事の一人でもあり、緑髪の眼鏡の少年―――マキアスの父親でもあるカール・レーグニッツから今回の特別実習の内容を説明し、夏至祭の準備で立ち去った後、同席していたクレアによって駅の出口まで案内されていた。

 

「それでは、私の方はこれで。三日間の特別実習、どうか頑張ってください」

「は、はい……」

「わざわざのお見送り、ありがとうございました。…………」

 

リィンのお礼の言葉を受けたクレアが踵を返して駅へと戻ろうとしたところで、リィンが思い出したようにクレアに話しかけた。

 

「そういえばクレア大尉。学院長から聞きましたが、クレア大尉もトールズの卒業生だったんですね」

「ええ!?」

「そ、そうだったんですか!?」

 

リィンの言葉にエリオットとアリサが驚愕してクレアを見やり、その反応にクレアは苦笑して振り返り、頬を掻きながら答えた。

 

「……はい。第216期生ですから、皆さんとは五年ほどの先輩ですね」

「そういえば、あの記者殿と同窓生と言っていましたね。もしや彼も……」

「はい。ルークも私と同じ、トールズの卒業生です」

 

ラウラの質問にもクレアは苦笑しながら答える。クレアと初対面であったマキアス、金髪の少年―――ユーシス、褐色の少年―――ガイウスと眼鏡を掛けた三つ編みの少女―――エマ、銀髪の少女―――フィーの反応はそこまで大きなものではなかったが、一度二人と会っていたアリサ、エリオット、ラウラは納得していた。

 

「そうだったんですか。それなら教えてくれても……」

 

「いや。流石にあの―――」

 

リ ィ ン さ ん?

 

リィンが()()()を話そうとした瞬間、クレアがにこやかな笑みを向けてリィンの名前を呼ぶ。その声と笑顔には謎の圧が存在しており、ついでにアリサとラウラの二人も冷めた視線をリィンに向けている。

 

「……すみません。何でもないです」

 

「そうですか」

 

リィンはその圧に屈して素直に引いた。クレアは軽く咳払いして、トールズの卒業生であることを明かさなかった理由を話し始めた。

 

「話さなかったのは特別実習で関わるにあたり、余計な情報を与えたくなかったからです。それに、卒業してそれぞれの進路に進んでしまったら断たれてしまう縁もありますから」

 

「あ……」

 

《トールズ士官学院》は他の士官学院とは違い、必ず軍に入るわけではない。仮に軍に入っても正規軍と領邦軍の二種類が存在するため、互いに敵対し対立する可能性もあるからだ。

 

「……ごめんなさい。少し不安になるような事を話してしまって」

 

微妙な空気となったことにクレアは申し訳なさそうに謝るも、リィンがすぐに取り繕った。

 

「いえ。ですが、全部が断たれてしまうわけではないですよね?」

 

「……そうですね。私にもそれぞれの道に進んでも繋がっている縁は確かにありますから」

 

「ルークさんのようにですね?」

 

「……彼とは腐れ縁です」

 

笑顔から一転、ちょっとだけつっけんどな態度で腐れ縁と言い切るクレアに、リィン達は内心で微笑んでしまう。

 

そこで、マキアスが思い出したように口を開いた。

 

「ひょっとして語り草の《氷の女王》―――」

 

その瞬間、クレアの例の笑顔がマキアスに突き刺さった。

 

「マキアスさん。口は災いの元という言葉をご存知でしょうか?」

 

そう語るクレアは笑顔のまま、声も先程と変わらないがそこには何人をも黙らせる圧が存在している。

 

《氷の女王》―――一切の慈悲を与えずに制裁を下し、目撃者を絶対零度を幻視させる笑顔で黙らせて従わせていた事から由来する異名だ。

 

……もっとも、その制裁対象は一人だけで、その目撃者も制裁に至った光景を忘れるよう念押ししただけだが。

 

「……え……あ、その………………はい」

 

当然、マキアスもその笑顔の圧に屈し、言葉を呑み込むのであった。

 

「では、今度こそ失礼しますね」

 

クレアはそう言って敬礼し、今度こそ駅へと戻っていくのであった。

 

クレアが立ち去って数秒後、一部を除く一同は盛大に息を吐き出していた。

 

「はぁぁぁ…………」

「ま、また凄い圧を感じたよ……」

「笑顔で威圧するとは……やはり帝国の軍人は凄いのだな」

「いえ……あれは軍人とは無関係と思います」

「どうやら、レーグニッツが口にしようとした話題は地雷だったようだな。《氷の女王》……噂程度で耳に届いていたがな」

「ん。……確か、『スケベ大魔王』とセットだったと聞いた気がする。リィンが“二代目”だと知ったらどう反応するのか気になるところ」

「頼む、フィー。そのことはクレア大尉に絶対に言わないでくれ……」

「しかし、そんなことが語り草として残るほど、クレア大尉の学生時代に何があったんだ……?」

 

そんなことを議論する一同に……

 

「皆、世の中には知らないことが良いこともあるのよ?」

「うむ。むやみに詮索するのもどうかと思うが?」

 

()()()であるアリサとラウラがにこやかな笑顔を向けて話を打ち切るのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――七耀歴1204年7月25日

 

同じく、帝都ヘイムダルにて。

 

「ようやく到着かー……指定場所からはまだ少し遠いが……」

 

ソフィーヤ製サイドカー付きの導力バイクで漸く帝都入りしたルークは、昨日連絡を入れてきたクレアが指定した場所へと向かっていた。サイドカーには片手半剣(バスタードソード)を閉まったトランクケースが置かれている。

 

ちなみに、この導力バイクはハンドルのアクセルを入れるだけで簡単にスピードが出せる代物であり、ソフィーヤがデータ収集目的で譲渡したものだ。……代わりに月一でデータを渡すため、ルーレへ赴く必要が出来てしまった。導力バイク以上の妙ちくりんな乗り物を作ったにも関わらずだ。

 

本人曰く、『完全な試作機の上にデータが圧倒的に不足しているから実用化は大分先』と言っているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()はある意味実用化できるのではないかと思うのだが。

 

ちなみにソフィーヤは現在、人工知能《アステル》の開発を進めながら、噂が飛び交っている高度な人形兵器を無傷で鹵獲する為の装置を開発しようとしている最中である。

 

「指定場所が鉄道憲兵隊の指令所がある帝都駅とか……絶対に面倒ごとを押し付ける気満々だろ、アイツ」

 

まぁ、頼ってくれることは良いことではあるのだが。

 

ルークは内心でそう思いつつ、安全速度でバイクを走らせて駅前広場へと向かっていく。

 

道中、見慣れない乗り物で周囲の視線を集めていたルークは指定した時刻の二分前に帝都駅前の広場に到着した。

 

「……あ。導力バイクで来ること、説明してなかった」

 

ルークは思い出したように呟き、急いでプライベートチャンネルでクレアに連絡を取る。コールから数秒後、クレアはすぐに応じてくれた。

 

『……ルーク。今どこにいるのですか?』

 

クレアの声に若干の怒気が込もっている。完全に約束を忘れて遅れていると思われているようである。

 

「帝都駅前の広場。帝都にはソフィーヤが作った導力バイクという二輪の乗り物で来た」

『……そういうのは昨日の内に説明しておいて欲しいですね。エンゲルス中尉を向かわせますのでそこで待っていてください』

 

ルークの説明にクレアは呆れた声で返し、迎えを寄越すからそこで待っているように言われた。少しして、クレアと同じ軍服を着た男性が帝都駅の出入口から現れ、ルークへと近づいた。

 

「ルーク・バーテル殿ですね?鉄道憲兵隊所属、エンゲルス中尉です。案内しますのでどうぞ中へ」

「ああ。……ちなみにクレアは何と言っていたんだ?」

「『協力を要請した私の腐れ縁である白髪の残念記者の青年が、説明もなしに鉄道以外の移動手段で駅前広場に来ましたので、耳を引っ張る、もしくは襟首を掴んで引き摺ってでもいいのでこちらに連れて来てください』と。……正直、耳を疑いましたが」

「ホンっと、俺にだけは辛辣だなぁ……当然の事とはいえ」

 

相変わらず、自身にだけは気遣いを見せないクレアにルークは肩を落とす。……本人が自覚している通り、自業自得ではあるのだが。

 

そうして普通に案内されたブリーフィングルームには、クレアとサラ―――《紫電(エクレール)》の異名を持つ元A級遊撃士がいた。

 

「あはは。どうも、ご無沙汰してます。取り敢えず、呼ばれた訳を聞かせてくれねぇか?」

 

ルークは愛想笑いしながら挨拶し、同時に呼び出した理由を問い掛けると、サラが嫌味を含んだ視線でクレアを見つめ始めた。

 

「へー?まだ話していなかったんだぁ?」

「内容が内容だけに通信で話すべきではなかっだけです。後、彼にそんな気遣いは必要ありませんので」

「……さっきの遠慮のない態度といい、あんたは知り合いに容赦がないのかしら?」

「知り合い、というより俺に対してですね……自業自得ですが」

「……一体あんた達の間に何があったのよ?」

「……………………」

「……ノーコメントで」

 

サラの疑問にクレアは無言を貫き、ルークはクレアの睨みを受けて答えなかった。言えば、もれなく導力銃の制裁コースだからだ。

 

「……そう」

 

サラも流石に触れてはいけない内容だと察して、敢えて追求はしなかった。

 

「では、そろそろ本題に入りましょうか。時間も有限ですしね」

 

そうしてクレアの音頭で今回呼び出された理由が説明され始めていく。

 

その内容は、先月現れたテロリストの手によってノルドで起こり始めた共和国との戦争。それは《かかし男(スケアクロウ)》の異名を持つレクター特務大尉によって回避されたが、そのテロリストが帝都の夏至祭初日に仕掛ける可能性が濃厚だというものだった。

 

「しかも、四月のケルディックの一件にもそのテロリストが関わっていた……か」

「はい。組織名も規模も不明ですが、彼らが明日からの夏至祭に何かしらの行動を起こすのは間違いないかと。もちろん、鉄道憲兵隊(T.M.P)帝都憲兵隊(H.M.P)も警備しますが、それでも死角は存在しますので……」

「それで“保険”付きでウチの生徒(VII組)に“遊撃”を頼もうという話になってるのよ。勿論、受ける受けないは本人達の判断に委ねるけどね」

「それでその“保険”が俺という訳か……」

 

クレアは口に出してこそないが、そのテロリストが()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。幾ら正規軍と領邦軍の関係はよろしくないとはいえ、皇族の警備に関わる情報は多少は共有すべきことだからだ。

 

だが、クレアは領邦軍の近衛部隊を全くアテにしておらず、こうして外部に協力を要請しているのは彼女なりに最善を取ろうとしているからだろう。

 

もしくは()()()()も加わった結果かもしれないが。

 

「取り敢えず話はわかった。殿下とは縁もあるし、その“保険”の役割、引き受けさせてもらうぜ」

 

その話をルークは快く引き受ける。殿下―――オリヴァルト・ライゼ・アルノール。またの名を《愛の演奏家》(自称)オリビエ・レンハイムとはリベールの一件以来親交があり、ARCUSをプレゼントしてくれた人物でもある。そのお礼を返す意味もあるが、後輩達の力になるというのも理由の一つである。

 

「協力ありがとうございます。ルーク」

「まあ、保険としては確かに頼もしいわね。リベール組から聞いた話だと、今は亡き《剣帝》と互角にやり合ったそうだしね。《絶剣》さん?」

「過剰評価だ。剣の腕はアイツの方が上だったし、最後は剣を粉砕されて負けたんだからな。後、勝手に付いた不相応な異名で呼ぶなよ」

 

サラの言葉にルークは溜め息と共にそう反論する。リベールのラヴェンヌ村の一件で本気で剣を交えたが、向こうは“本気”ではあったが“全開”ではなく、最後の打ち合いでは自身の剣を真っ二つに粉砕されて敗北を喫したのだ。

 

その事に《剣帝(レーヴェ)》は『……初めてこの剣に救われたな。もし剣が同じだったなら、結果は引き分けだっただろう』とぬかしていたが、その剣が普通でないことを見抜けなかった時点で負けたも同然だとルークは考えている。

 

浮遊都市(リベル=アーク)での戦いは()()の勝負なのでノーカンである。

 

ルークの異名―――《絶剣》もリベールの一件以後、いつの間にか勝手についていたものである。

 

その後、夜になるまで彼らが引き受けてくれた場合と引き受けなかった場合の作戦(プラン)を議論していくのであった。

 

 

 




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