―――日が沈んだ帝都の夜。
その聖アストライア女学院の門前で、オリヴァルト殿下の腹違いの妹であるアルフィン皇女から食事の招待を受けたVII組一同はリィンの義理の妹であるエリゼに見送りを受けていたのだが……
「見送り、ありがとうな。しかしまさか、エリゼが皇女殿下の友達とは思わなかったよ」
「…………」
(……視線が痛い)
リィンはエリゼから冷めきった無言の視線を一身に受けていた。
その理由はリィンがアルフィン皇女からマーテル公園のクリスタルガーデンで行う、帝都庁主催の園遊会のダンスのパートナーに誘われたからだ。厳密に言えばその時のやり取りだが。
アルフィン皇女がリィンにダンスを頼んだ際―――
『駄目ですよアルフィン殿下。リィンと踊ったら大変なことになる可能性があるんですから』
『その通りです殿下。リィンとのダンスは辱しめを受ける可能性が高いので再考すべきかと』
被害者のアリサとラウラが真っ先に考え直すように進言してきたのだ。それも極めて冷静かつ冷たい声色で。
『……ふむ。確かにその可能性は濃厚だな』
『……すまないリィン。弁護できないし、するつもりもない』
『……スケベ大魔王二世の餌食になるかも』
ユーシスもアリサとラウラの意見に深く頷いて同意し、マキアスは眼鏡を上げて弁護できないことを一応リィンに謝る。フィーも不名誉なあだ名で同意している。
『!?……兄様?一体どういうことなのですか?』
『待ってくれエリゼ。これは誤解なんだ』
エリゼの侮蔑の視線がリィンに突き刺さり、リィンは誤解だと弁明するもエリゼの表情は変わらない。
『話を聞いた限りでは、全部事故だと聞いている。決して故意ではないと断言できるのだが?』
ガイウスが唯一フォローを入れるが、全くフォローになっていない。
『つまり、それは実際に起きていたということだね?』
『……はい』
『フフ、凄く興味深いですわね♪』
『姫様!?』
オリヴァルト殿下の言葉にエリオットが肯定し、アルフィン皇女が楽しげに興味を示し、エリゼはその事に驚愕した。
そんな見事にカオスとなった為、ダンスの誘い自体はなくなったのだが、代わりにリィンの評価が大きく傾くこととなった。
ちなみに最新のやらかしは学院での模擬戦で銀髪少女のスカートの中に顔が嵌まってしまったことだ。その結果、一時的に本気で手を取り合った青髪少女と銀髪少女にリィンはコンビを組んでいたマキアス共々叩きのめされる羽目となった。
「兄様。くれぐれも節度を保った生活を送ってください―――それでは皆さん、お気をつけてお帰りくださいませ」
エリゼはそう言って制服のスカートの裾を掴んで優雅に一礼し、校舎へと戻っていった。
「あはは……」
「彼女の言う通り、節度を保った生活を送ってもらいたいものだな」
「そうね。これ以上、
「ん。激しく同意」
被害者であるラウラとアリサ、フィーの冷たい視線が突き刺さる中、リィンは誤魔化すように口を開く。
「と、とにかく改めて気が引き締まったな。それ以外にも気になる情報を教えてくれたし」
「きゃっ!?」
「ごへっ!?」
「……へ?」
苦し紛れの誤魔化しではあったが、事実でもあるリィンの言葉に一同は頷いた。
「そうね……私たちの親兄弟、関係者たちの思惑……」
「フン、それについてはキナ臭いとしか思えんがな」
「……確かに」
スパパパパパパパパパパンッ!!
常任理事であるアリサの母親―――イリーナ・ラインフォルトとユーシスの兄―――ルーファス・アルバレア、カール・レーグニッツ帝都知事が特別実習を決めていたことに身内の三人は何かしらの思惑を疑っていく。
「それに、サラ教官の経歴もちょっと驚きだったよね」
同席していたオリヴァルト殿下から語られたサラの経歴―――最年少でA級遊撃士となった人物《紫電のバレスタイン》であったことにも一同は少なからず驚いていた。
スパパパパパパパパパパンッ!!
「……サラさん。先に行っててください」
ゴッ!ゴッ!ゴッ!
「……わ、分かったわ」
ゴッ!ゴッ!ゴッ!
「うむ。A級遊撃士といえば実質上の最高ランクの筈だ。当然、フィーは知っていたのだな?」
「ん……
「そ、そうなのか……」
コキャ。カクン。
「―――ふふっ。そんなこともあったわね~」
リィン達が話し込んでいると、噂の人物―――サラの声が聞こえ、いつの間のか後ろに佇んでいた。
「サ、サラ教官!?」
「い、いつの間に……」
「私の過去がバレちゃったわねぇ~。おかげでミステリアスなお姉さんの魅力が少し減っちゃったわぁ~」
サラは軽い感じでそう口にするも……
「いえ。そういう魅力は最初からありませんでした」
「むしろ、だらしない印象が教官だと言えるくらいだ」
「ん。それにサラ、図々しすぎ」
「なんですってぇ~?」
マキアス、ユーシス、フィーの辛辣な言葉に、サラは眉を顰めるも教え子達の追撃は止まらない。
「それに関してはサラ教官の自業自得ではないかと……」
「文句がおありでしたら、普段の生活態度を改善すべきかと」
「少なくとも昼間からの酒盛りは直すべきだと思います」
「ほんっと、好き勝手言ってくれるわねぇ~!?」
本当に辛辣な評価がサラに下される中、新たな人物が上り坂から姿を現す。
「……クスクス。皆さん、こんばんは」
上り坂から姿を現した人物―――クレアはにこやかな笑顔でサラの隣に並び立ち、リィン達に挨拶をする。―――頬に大量の紅葉を咲かせてのびているルークを引き摺った状態で。
「……えっと、クレア大尉?その人は―――」
「彼は
「え、ええ……」
エマの戸惑った質問に、クレアがあの笑顔で告げた確認に、サラは気まずそうに目を逸らして同意する。
(こ、これって多分……)
(ああ……また、何だろうな……)
エリオットとリィンが察した通り、ルークがのびているのは
幸い開帳することはなかったが、ルークはクレアから往復ビンタの後、銃床で後頭部を殴られまくり、最後に絞め落とされるという制裁を貰うこととなった。
「そ、それにしても珍しい組み合わせですよね?どうして二人がこちらに?」
エマが場の空気を誤魔化すのと同時に、一同が気になっていたことを代表して問いかける。その問いはどこか不満そうに見えるサラが答えた。
「あたしの本意じゃないけどね。―――代わりに、このお姉さんたちのわ……要請に協力することになりそうだし」
本当は悪巧みと言いたいサラではあったが、先程の負い目があって要請と言い直して教え子達に伝える。
「要請……?」
「はい。《VII組》の皆さんに協力して頂きたい事がありまして」
クレアがそう口にした直後、坂を降りた先の向こう側からTMP所有の車両が三台到着する。
「さあ、どうぞお乗りください。ヘイムダル中央駅の指令所にて事情を説明させて頂きます」
そうしてリィン達はTMPの車に乗ってヘイムダル中央駅へと向かうことになるのであった。
ちなみにルークは荷物扱いで車に乗せられた。
―――――――――――――――――――――
―――同日22時30分
ヘイムダル中央駅のTMPの指令所のブリーフィングルームにて。
クレアからの要請―――TMPとHMPの警備の“遊軍”として参加して欲しいという要請を快く引き受けたリィン達はクレアから巡回ルートの説明を受けていた。
「―――以上となります。ここまでで質問はおありでしょうか?」
「いえ、大丈夫です」
「はい。私も大丈夫です」
「……なあ、クレア。昼頃に議論していた内容よりも俺の巡回範囲が広がった気が―――」
「何か文句でも?」
「……いえ、何でもないです」
ルークの見事なまでにクレアに敷かれている姿に、VII組一同とサラは思わず微妙な顔となってしまう。
(あはは……)
(話を聞いた限り、彼はクレア大尉の知り合いらしいが……)
(大尉は知り合いに遠慮がないのでしょうか……?)
(いえ。この人だけに遠慮がないだけでしょ)
(うむ。私も同意見だ)
(正直、頼りになるのか?オリヴァルト殿下の話もあったとはいえ)
(二年前の《リベール事変》の解決に貢献し、それを期に《絶剣》の異名が広がった噂の人物……)
(……本当に当人なのか疑わしいところ)
(でも、間違いなく相応の実力はあると思うよ)
(……そうだな。四月の特別実習、我等四人がかりで何とか撃退できた巨大な魔獣を一撃で沈めたのだからな)
(一撃か……)
(実物を見てないけどそれが本当なら、サラ以上かも。そして―――)
「皆さん。こそこそ話しているようですが、何か気になることがおありでしょうか?」
声を潜めて話し合っていたリィン達にクレアが話しかける。クレアの疑問にフィーが答えた。
「……ひょっとしてその人が『スケベ大魔王一世』?」
……とてつもない爆弾発言で。
その瞬間、空気が凍り、ブリーフィングルームが冷え込んだ。ニッコリと笑みを浮かべるクレアを中心に。
「……ええ。彼が『スケベ大魔王』です。ですが『一世』とはどういう事でしょうか?ひょっとして『二世』がおられるのでしょうか?」
「『二世』はそこ」
フィーはそう言って、無慈悲にリィンを指差した。
「……リィンさん?」
「待ってくださいクレア大尉。これには深い訳が―――」
「現在、判明している被害者は三名です」
「被告人は全て事故、不可抗力と申し、謝罪はしていますが有効な措置は?」
「悲しいことに本人に解決能力は有りません。なので、直接身体に教え込むのが一番です」
「ん。慈悲は与えない」
「…………」
「諦めろリィン。それで関係が瓦解しないなら甘んじて受け入れるべきだ」
「……はい」
無慈悲な判決に項垂れるリィンに、ルークは達観した表情で慰めるのであった。
「それに、なんだかんだで後ろを引かないしな」
「ルークがそれを言いますか?」
「……すいませんでした」
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