絶剣の軌跡   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


兄妹

―――七耀歴1204年8月15日

 

夏至祭も初日以外は無事に終わり、またいつもの日々に戻って幾ばくか過ぎた日の夜。

 

「ミハイルさん、どうもお久しぶりです。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

 

たまたま立ち寄ったバーに居た知り合いに、ルークは少し丁寧な感じで挨拶をかける。

 

「……そうだな。確かに久しぶりだな、バーテル」

 

今日は非番であっただろう。こちらに気づいた私服姿のミハイルも厳しめな表情で挨拶を返す。これがデフォルトの表情なのでルークは特に気にせずにそのままカウンターの隣の席に座り、少しきつめのお酒を注文する。

 

「それを選ぶか。君と酒席をするのは初めてだが、それなりに強いようだな」

「まぁ、そこそこは。あの蟒蛇には全く敵いませんが」

 

ルークが遠い目となって告げた言葉に、ミハイルはどこか同情するいうな表情となった。

 

「……蟒蛇(ハントエルガー)か。確かにあれの酒への強さは怪物の域なのだろうな……相手にトラウマを与えるレベルで」

「……まさか付き合ったんですか?」

「いや。件の二日酔いの件で小言を言った際、クレアが突然『笑顔でグラスにお酒を注がないでください!!』と叫んだのだ。詳しく聞けば、酔い潰れてから目を覚ました途端、全く顔を赤めていないハントエルガーはクレアのグラスにワインを注いだそうだ。それもアルコールの度数が高いやつを」

 

ミハイルが頭を振りながら明かした事実にルークは思わず絶句した。ルークが聞いていた話では『酔い潰された()()』としか聞いていなかったので、予想を越える鬼の所業を敢行していたとは夢にも思っていなかったからだ。

 

「……俺の友人がすいません。そりゃ長々と説教しますよ。後、アイツは全く懲りてません」

「……そうか」

「俺もソフィーヤの底無しぶりには戦慄したし、去年クレアを除く三人で飲んだ酒代もヴァンと二人で出しあって何とか払えたくらいでしたから」

「……いくら支払う羽目になったのだ?」

「一人二十五万相当。二人で五十万だ。おかげでしばらくはお金のやりくりに苦労する羽目になりました」

「……私も蟒蛇に遭遇しないよう気をつけないとな」

 

若干危機感を滲ませてミハイルはそう呟くも、将来『……甘くみていた。そして、クレアもきっとこんな気持ちだったのだろうな』と口にすることになるとは、その時のミハイルは思いもしなかった。

 

「いざという時は七耀教会に依頼してください。服用すれば一切酔わなくなる薬の調合をしてもらえますから。材料は自前となりますが」

 

ルークはそう言ってカウンターに置かれた自身の酒を一口あおる。その薬の存在はクレアにも教えていることだ。この件に関してはクレアから割と本気で感謝された。

 

ルーク自身としては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にその薬を作ってもらいたいところではあったが。

 

「……覚えておこう……それと他の隊員達から聞いたぞ。()()クレアに対して不埒な行為をしたそうだな?」

「……はい」

 

ミハイルの質問にルークは素直に答える。下手な誤魔化しは逆効果だと既に理解しているからだ。

 

「……何故会う度にそんな事が起きるのだ」

「俺が聞きたいくらいです」

 

こればかりはルークも本気で疑問に思っている。一体何の因果で毎回あんな事が起きるのかと。

 

ちなみに過去最大の制裁はグーで顔を殴り飛ばされた後、改造された導力銃をこれでもかと言うくらいに叩き込まれ、止めに手近にあった鈍器で頭を何度も叩かれて物理的に記憶を抹消されたことだ。室内でなければアーツも追加されていたことは想像に難くなく、あの時は本気で死を覚悟した程であった。その介(?)あって制裁前の出来事はルークの記憶の中からは抹消された。

 

制裁理由は闇の中であるが、ここでは顔と下半身、制裁直前の気が動転したルークの「……いい臭いだった」とガレリア要塞にある列車砲のごとき失言があったとだけ明記しておこう。

 

ついでに『二世』は後日、転入してきた水色の髪の少女に背後からの突然の飛び付かれて前のめりに倒れ、世話話をしていた眼鏡の少女の胸に顔を埋めるという珍事をやってしまっている。その後の制裁で集団リンチに近い目にも。

 

「妹さんは息災ですか?」

 

露骨な話題の逸らしではあったが、ミハイルは溜め息を吐きながらも答えてくれた。

 

「……ああ。手紙でのやり取りだが元気に過ごしているそうだ。……手紙にはエミルの墓に花が既に添えられていたと書いてあった」

「そうですか……」

 

その花が誰が添えたのか考えるまでもない。エミルは―――クレアの実の弟なのだから。

 

「……相変わらず微妙な関係なんですね」

 

ルークはどこか複雑そうに呟く。

 

八、九年前、クレアは当時珍しかった導力車同士の衝突事故で両親と弟を亡くしている。クレアもその事故に巻き込まれたが、重傷を負いながらも奇跡的に生き延びた。事故を起こした犯人が逃亡して事故が未解決となる中、クレアはミハイルの父―――叔父一家に引き取られた。

 

そして、クレアの実家は今も有名な楽器メーカー《リーヴェルト社》であり、会社も社長であったクレアの父が死に、副社長だった叔父が継いだのだ。

 

だが、一人生き残ったクレアが父親の遺品を整理している際、ぼんやりと眺めていた帳簿の所々で不自然な売上を見つけたのだ。その意味を理解しつつ他の帳簿も確認した結果、それは叔父が父に隠して、外国で作った大量生産品を同じ国内産と偽って販売し、一方で作らせた名匠(マイストロ)の贋作を本物として富裕層に売りつけるいった詐欺そのものと言える方法で得た利益であった事に気づいてしまったのだ。同時にその叔父の不正をクレアの父が気づいて正そうとした矢先に“事故”が起きたことも。

 

その事をクレアが叔父に問い質したら、驚きつつもあっさり認めたのだ。同時に自分には貴族の後ろ楯があり、証拠もないから騒いでも無駄だと言うことを。

 

実の家族を失い、“家族”よりも富を優先した叔父のその姿に、クレアは失意と哀しみに陥った。そんなクレアの元にオズボーン宰相が訪ねて来たのだ。士官学院時代の友人であった父の娘であるクレアに会いに。

 

オズボーン宰相は何故か“事故”の真相を全て知っていた。オズボーン宰相は真相に気づいていたクレアに驚きつつも、自らの手で裁くつもりだった“事故”を、『統合的共感覚』と名付けた全体と部分を瞬時に把握する能力に目覚めたクレアにそれを活かす形で家族の仇を取るつもりはないかとクレアに提案したのだ。

 

そして、クレアは畏れ、迷い、悩んだ末にその提案を呑んだ。その後はオズボーン宰相のアドバイスに従いつつ、叔父の罪を立証するあらゆる決定的な証拠を沢山集め、後ろ楯も失った叔父に法の裁きを下したのだ。―――極刑という一切の慈悲を与えない法の裁きを。

 

その後、仇を討った代償として“家族”と“故郷”を失ったクレアは会社の経営権を古株の社員―――モーガンに譲渡して、自身はオズボーン宰相の勧めで《トールズ士官学院》に入学したのだ。

 

これは全部、学生時代、クレア自身の口から聞いたことだ―――ルーク自身の過去が明らかとなった後に。

 

「……ああ。私としては、これ以上過去に囚われてほしくはないのだが……」

「……まだ難しいでしょうね。あいつは本当に優しいやつだから」

「ああ……当時は私もクレアに罵声を浴びせたし、父を極刑に追いやったことにまったく憎悪がないと言えば嘘になるが……時折考えてしまうのだ。何故気付いてやれなかったのだと」

「……珍しいですね。そんな事を口に出すなんて」

「確かにな。少し酒にあてられたかもな……その意味では君達のような友人が出来たことは嬉しく思っている」

「嬉しい言葉ですね。もっとも、俺に関しては腐れ縁と切り捨てられていますが」

「だが、気を使わないという意味では君も立派な友人だろう。―――それと君の不埒な行為は別問題だが」

「ですよねー」

 

再び険しい目付きを向けたミハイルにルークは力なく返す。しばしの沈黙の後、ミハイルが再び口を開く。

 

「……バーテル。君も過去―――」

「ミハイルさん」

 

ミハイルの告げようとした言葉をルークが有無を言わさずに遮る。―――いつになく真剣な雰囲気で。

 

「これは俺自身がつけるべき“ケジメ”なんです。あの日、恐怖から一切省みずに真っ先に逃げ出し、黙りを決め込んだ事に対する……ね」

「…………」

 

ルークの言葉にミハイルは何も言えずに黙る。ミハイルは軍人である故、ルークの過去をある程度把握しているからだ。―――隠蔽の為に生き残った者達には“全員死亡した”という()を伝えられていたことも。

 

「確かに俺も過去に囚われている……いや、むしろ身勝手な理屈で自己完結しようとしているロクでもない男でしょうね」

「…………」

「ですが、自分なりの“真実”を掴まなければ俺は本当の意味で前に進めないんです。あの日が起きた最後のピースが分からない限りは」

「最後のピース……」

「ええ。近代の国家体制、利益(メリット)危険(リスク)の天秤……後がない程に追い詰められ、実行役を紹介され、場所を掲示されたとして……貴方は実行しますか?」

 

ルークの質問にミハイルは目を瞑って思考し、結論に至ったように口を開いた。

 

「……あまりにも危険過ぎる。少なくとも内輪揉めが起きる筈だ」

「ええ。普通なら理性が待ったをかける筈です。ですが、実際には実行されている……()()()()()()()

 

そう、ルークの過去に起因するあの“事件”はいくら追い詰められていたとはいえ、手段を提供され、場所を囁かれたとはいえ、決行するにはあと一押しが足りないのだ。その最後の“一押し”をルークは未だに掴めていない。

 

囁やいた人物も掲示した以上のことはしなかったようだ。お得意の暗示と記憶操作も施していたらそこで全部解決していたのだが。

 

「……言われてみれば確かに奇妙ではなるな。普通なら“魔が差した”と考えるのが普通だが……」

「「…………」」

「……ここまでにしときましょう。今日は純粋に酒を飲みに来たんですから」

「……そうだな」

 

なんとも微妙な雰囲気となりながらもルークとミハイルは気分を切り替え、純粋に酒の香りと味を楽しむのであった。

 

一方―――

 

『……明日の夜、久々に一緒に飲まない?』

「お断りします。今は忙しい時期ですので」

『……じゃあ、落ち着いたら二人で飲もう!ガールズトークに花を咲かせながら!!』

「ですからお断り―――」

『それじゃ、楽しみにしてるね!!』

 

プツ ツー、ツー、ツー……

 

「…………教会に薬の調合を依頼しておかないと……」

 

ソフィーヤが実験で作った超遠隔導力波による通話を一方的に終わらされたクレアは、命の危険を感じて以前ルークから聞いた薬の調達の手段に全力で頭を回すのであった。

 

 

 




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