虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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11 夢の追い人

 

 あれから二年が経った。

 ……しょうがないだろ。本当にこの二年間、何もなかったんだもん。

 それに本編だと章を跨いだら十年経ってたことがあるんだぞ。二年なんてゲイムギョウ界じゃ誤差だ、誤差。気にしてたらシェアに体の半分を持っていかれて死ぬぞ。

 

 とにかく、この二年間はずっとピーシェと一緒にクエストをこなしたり、ネプテューヌと一緒にゲームしたり、たまにイストワールから回される女神の仕事を、プルルートと一緒にこなしたり。つまりはまあ、何の変哲もない平和な日常を過ごしていた。

 何だかんだで友達も増えた。各国の女神候補生とも顔を合わせたし、女神として仕事をする関係で前よりも他国へ行く機会が増えた。もっとも、まだ俺は飛べないから女神化できる誰かに運んでもらわないといけないけれど。

 その時にアイリスハートとよく組まされるのはなんでだろうね。新人だから二人で頑張れってことなのかな。ふざけんな……!

 

 そうやって仕事をしていると、俺も女神として信仰されるようになったらしい。

 らしい、って言うのは俺がシェアエネルギーの上昇を感じられていないってのと、展開できるプロセッサユニットの範囲が一向に増えないから。女神化のできる部位は、この前ネプテューヌと話したとき以来、何一つ変わっていない。でも国民の反応を見るに、ちゃんと俺も信仰自体はされてるらしい。うーん、なんでだろうね。

 信仰されてるってことは国民のみんなとも話す機会が増えてきた。というよりは、ネプテューヌと俺との区別がついてきた、って感じかな。

 びっくりされることはほとんどなくなった。代わりに自分で言うのも何だけど、結構かわいがられてるというか、学校に迷い込んだ猫みたいな扱いを受けるようになった。

 たぶん外見がネプテューヌと同じだから、みんなもそうした接し方の方が慣れてるんだろうけど、やっぱり微妙な気持ちになる。でもこうした国民との関わりと通して、やっぱりネプテューヌはみんなに大切にされているのがひしひしと実感できた。

 

 それと、ほんのちょっとだけど、俺自身のことも見てほしいな、なんて思ったり。

 ……所詮はなりそこないっていうか虚構なんだから、そういう在り方はダメなんだろうけど。

 

 一方で、マジェコンヌについての情報は何も得られていない。

 あの一件以来、各国の女神にも事情を話して協力してもらっているけれど、彼女はプラネテューヌどころか他の大陸でも姿を現していないみたいだ。四人の女神の監視を二年間もすり抜けるなんて相当だけど、彼女たちが目を光らせているお陰で目立った被害がないのも事実。

 でも、いつマジェコンヌが動くかなんてわからないし、やっぱりまだ危険だというのが現状。

 

 それに、彼女が言っていた夢の話もある。

 俺も個人的な聞き込みは続けているけれど、結果は何も出ず。原作にもそんな展開なかったから、アテになるものも何もない。正直なところ、手詰まりって感じだ。

 ……でも、ネプテューヌにあんなことを言った手前、頑張らなくちゃいけないし。こんなところで諦めて、彼女たちの夢を失わせるわけにはいかないし。

 もう少し、頑張らないとなぁ。

 

 

「……あなたも、働き者になったものね」

 

 仕事のために訪れたルウィーの教会で、ブランにそんなことを言われた。

 

「働き者?」

「少なくとも、あちらのネプテューヌよりは」

 

 ああ、まあ……うん、そうだね。確かに言われればそうだ。

 ネプテューヌ、仕事に関してはほんとにサボり気味だからなぁ。ネプギアもネプギアで甘やかしすぎる傾向にあるし。そのせいでまたネプテューヌのサボり度合いが深くなっちゃって、手が付けられないっていうのが現状かな。

 ……ブランが言うってことは俺が来る前からああだったのか。プラネテューヌという国、本当に大丈夫なのか? いや大丈夫じゃねえな。主にイストワールの胃が。

 

「初めて会った時は、いけすかない奴だと思っていたけど」

 

 いけすかないって……でも、そうなんだろうな。

 当時の俺は何も分かってなくて、ただ目の前の状況を受け入れることしかできなかったから。特にブランとはそのせいで一戦してしまったわけだし。そう言われるのも仕方ないか。

 

「でも、今は違う。あなたはきちんと、女神としての役割を果たしている」

 

 そ、そんな手放しに褒められても。俺は俺にできることをしてるだけだし。

 女神としての役割ってやつも、未だに曖昧だし……

 

「……そういう誠実さを、あちらのネプテューヌには見習ってほしいものね」

 

 あー…………

 でも、ネプテューヌはあれでいいんじゃないかな?

 だって急に彼女が大人しくなったら、国民のみんなもびっくりするし。何より、みんな寂しくなると思うんだよね。ああいうおちゃらけたっていうか、底なしの元気さがネプテューヌの長所でもあるわけだし、そこは大事にしてほしいな。

 まあ、彼女は落ち着くことも大事だとは思うけど。

 

「……あなたも、だいぶ毒されてるわね」

 

 毒って……いや、確かにそうだな。

 この二年間、ネプテューヌがいない生活なんて、あまり考えられなかったし。

 

「私も別にネプテューヌが嫌いというわけではないわ。彼女の活発な様は癪に障るときもあるけど、見ていて飽きないし。ただ私が言いたいのは、あなたとネプテューヌは本質的に違うということだけ。それだけの話よ」

 

 …………うーん、と? なんだろう、よく分かんない。

 そりゃ、(ネプテューヌ)とネプテューヌは違う存在なわけだし、それを理解した上で国民も信仰してくれているわけだし。そういった違いは受け入れているつもりだ。

 ブランの話って面白いんだけど、たまにすごく難しい時がある。

 

「きっと、それを理解したとき、あなたは初めてあなたになれるのでしょうね」

 

 俺が、俺に?

 ……やっぱり、分からないや。

 

「無理に理解しなくてもいいわ。それはそれであなたらしいもの」

「……いじわるしてる?」

「そうね、いじわるかも。あなたは弄んでいて楽しいから」

「むぅ」

 

 くすりと笑うブランに、なんだかむっとしてしまう。

 でもあれ? これってつまりブランに言葉責めされてるってわけでは? めちゃくちゃ貴重な体験だぞおい。今すぐこの感覚を全身に覚えさせなければ。

 まあブランみたいなこども女神にいじめられて喜ぶとか、そんなことないけど。

 

「うふぇへへ」

「……あなた、また何か変なこと考えてるでしょ」

 

 へ、変じゃないし……ゲイムギョウ界に住まう者として普通の感情だし……。

 

「まあ、その話は今は置いておくわ。それよりも今は――」

「おねえちゃーーーん!」

 

 ばん、と扉を開くと共に、そんな声が響き渡る。

 振り向いたその先に居たのは、ルウィーの女神候補生の一人、ラムで。

 

「……ちょっと、ラム。今は大事な話をして……」

「つかまえたーーっ!」

「ふぐっ!?」

 

 静かに言いつけようとしたブランの鳩尾に、彼女は物凄い勢いで突っ込んでいった。そのままどんがらがっしゃん、なんてめちゃくちゃな音を立てて、二人が地面へと寝転がる。さっき渡した書類が空中へぶちまけられて、ひらひらと舞っていた。

 …………。

 

「どゆこと?」

「あ~、ねぷちゃ~」

 

 思わず呟いた言葉に返ってきたのは、プルルートの間延びした声で。

 その彼女が手を引いているのは、ルウィーのもう一人の女神候補生の、ロムだった。

 どうやら三人で遊んでいたらしい。何となくそれは分かるが、しかしどうしてあんなことに。

 

「えっとね、さっきまでみんなで鬼ごっこしてたの」

「たのしかったねぇ~」

「そうしたら、ラムちゃんがお姉ちゃんと黒いネプテューヌさんも誘おうって」

「みんなであそぶとたのしいもんねぇ~」

 

 なるほどねぇ~。

 

「なるほどねぇ~じゃねえんだよッ!」

「あはは、お姉ちゃんが怒った! 次はお姉ちゃんが鬼だからね!」

「待てラムっ! ロムも一緒に逃げてんじゃねぇ!」

 

 どたばたと逃げ出すロムとラムに、ブランが目を赤く光らせて、声を上げた。

 そう、二年間の付き合いで気づいたんだけど、ブランって怒るとマジで目が紅くなるんだよ。どうなってるんだろうね。俺も最初はびっくりしたけどもう慣れた。ゲイムギョウ界、慣れるという感覚が非常に重要だ。

 って、そんなこと考えてる場合じゃなくて。

 

「仕事はこれで大丈夫?」

「ああ、報告ありがとな。お陰で二人に説教する時間ができた」

 

 それならよかった。これで胸を張ってプラネテューヌに帰れるな。

 あーでも、もうちょっと聞きたいことが……いやでも、ブランは今忙しそうだし……それに個人的な用事だから、引き留めるのもなぁ。でも、割かし重要なことだし、後に伸ばすのも……。

 うーん、うーん……。

 

「……言いたいことがあるならさっさとしろよ! ウジウジしてんじゃねえ!」

「ごめんなさい!」

 

 ガチギレされた。まじでごめん。

 それじゃあ、えっと……

 

「――ブランの夢って、なに?」

 

 そう問いかけると、なんだか急に周りが静かになったように思えて。

 さっきまでプリプリ怒っていたブランも、急に冷めたような表情になってしまった。

 え、なんだろうこの空気。もしかして聞いちゃダメなこと聞いちゃった感じなのか?

 助けを求めるようにプルルートの方を見るけれど、彼女もわけが分からないようにこてん、と首を傾げるだけ。それは俺と同じ感情なのか、それとも俺に対する感情なのか。

 うう、なんかダメっぽい。聞くんじゃなかったかも。

 

「呆れた。まさか、そんなこと聞いてくるなんて」

 

 はぁ、とため息を吐いてからの、ブランの言葉。

 

「私は女神よ。だから私にとって夢は持つものではなく、与えるものなの。だから夢を見ることなんてない。そんなものを持たなくてもいいような、そんな存在でなければいけない」

 

 女神は夢を見ない。夢を見るということは、自分が不完全だということを表しているから。そんな不完全な存在は、女神になれない。女神は、完全な存在でなくてはならない。

 

「だから、私には夢がないの」

 

 ……ちがう。嘘だ。

 本当は、夢を見たい自分を抑え込んでるだけ。女神という立場に縛られてるだけ。

 そんなことは、ブランの悲しそうな、耐えきれないような表情を見れば嫌でも理解できた。

 

「……じゃあさ、ブランはどんな女神になりたいの?」

 

 聞き方を変えると、ブランはまた面倒くさそうに頭を押さえた。

 

「あなた、今までの話を聞いていたの?」

「聞いてた。それでも、ブランのことが聴きたい」

 

 すると彼女は、一度だけこちらを睨みつけながら、  

 

「今よりもっと変わりたい。優秀な女神になりたい。私にあるのはそれだけよ」

 

 そう、言い切った。

 

「情けない話になったけれど、これで満足かしら」

 

 うーん、今の自分に何か不満があるのかな。別に女神としてはちゃんとしてるし、国民からの信頼も厚いし。二人の妹ともちゃんと向き合ってるし、いい女神だと思うんだけど。

 ……あ。

 

「もしかして、胸とか」

「……あなたは、そういう話をしない人だと思ってたけど」

 

 うう、ごめんなさい。でもそれしか思いつかなかったんだもん。

 

「でも正直に言えばそうなるわ。とにかく、今よりも良い女神になりたい。それは国のためでもあるし、妹のためでもあるし、そして私のためでもある。今の自分から変わること……もしかしたらこれが、私が掲げる夢なのかもしれないわ」

 

 欠点を埋めるんじゃなくて、より高みを目指すってことか。それならさっきのブランの話とも矛盾しないし、納得できる。やっぱり意識が高いなぁ、ブランは。

 

「それで、いきなりこんな話をしたのはどういうこと?」

「え? あっ、えっと、それは……」

 

 あーっと、えーっと、その。

 

「ち、力になれたらいいかな、って……」

「…………そう」

「ブランは一人で大変そうだし、これからもっと仲良くしたい、し……」

「…………ふぅん」

「それで、その…………なんていうか……」

「…………」

 

 うわあ、ダメだ! もっと練習しとくんだった! 絶対に怪しまれてる! ってかバレバレすぎて失望してる感じの視線だし! 「マジかこいつ……?」みたいに引いてるし、ブラン!

 た、頼むから見逃して……おねがい……。

 

「……まあ、あなたには何を言っても無駄だから、必要以上には言わないけど」

「へ?」

「どうしても一人で背負えなくなったら、私たちは必ずあなたの力になるわ」

 

 見透かされてるのか、同情されてるのか。

 たぶん、俺が一人で何かしようってことはバレちゃったんだろうな。そしてその上で、そんな言葉をかけてくれてる。そういうところだぞ、ブラン。やっぱりルウィーなんだよな。

 

「……話は終わりでいいかしら? 私、ロムとラムの説教をしないといけないんだけど」

「ああ……頑張って……」

 

 ぶるぶると震えながら部屋を出ていくブランに、そんな声を送って見送った。

 ブランも大変だなぁ。妹が二人って、考えるだけで忙しそうだ。

 なんてことを考えていると、今まで退屈そうにしていたプルルートが、俺のことを見上げて問いかけた。

 

「ねぷちゃ~、次はどっちにいくの~?」

 

 次は……そうだなぁ。同じ陸続きだし、ラステイションで。

 それにリーンボックスに行くには、ちょっと覚悟が必要だし。

 

「うん、わかった~! それじゃあ~、へんし~ん!」

 

 にぱ、と微笑んだまま、プルルートは眩い光に包まれて。

 

「それじゃあ、一緒にイきましょうねぇ、ねぷちゃん」

 

 ……ほんとに何とかならねえかな、これ!

 

 

「……その、どうしたんですか、黒ネプテューヌさん?」

 

 いや、まあ、その……プルルートが、うん。

 

「プルルート? プルルートちゃんが何か?」

 

 ああそっか、ユニはまだ知らないんだっけ。ってことは幸せなんだね。でも覚悟しとけよ。絶対にセクハラされるからな。その幸福は永遠ではない。絶望によって終焉を迎えるのだから。

 

「どういうことですか……」

「ねぷちゃ~、何のおはなししてるの~?」

 

 全てのものに終焉は必ず訪れるっていう話だよ。

 

「はあ……よく分かりませんけど、とりあえず報告書の方を受け取りますね」

 

 そうだそうだ、忘れてた。別にユニに哲学めいた話をするためだけにラステイションに来たわけじゃないんだ。いやまあ、そのためだけに来てもいいんだけどね。

 

「普通に迷惑ですからやめてくださいね」

 

 なんてにっこりした笑顔を浮かべながら、ユニは俺の差し出した書類を受け取ってくれた。

 ユニ。ユニちゃん。ゆにっち。Uni。うに。いや、うにじゃないわ。

 ラステイションの女神、ノワールの妹。女神になった際の名前はブラックシスター。

 あと特徴なのは……変身すると胸が小さくなるとか? マジでなんでだろうね。かわいそう。

 

「……あの、何を考えてるんですか?」

 

 あっいや、違うんです。別に胸が意外とデカいなとか、そういうのじゃなくて。

 そうだよなプルルート! あれ、いねえ!? どっか行っちゃった!

 

「はぁ……プルルートさんは今さっき、ピーシェさんを迎えに行きましたよ」

 

 え? 何でピーシェが……って、そう言えば用事でラステイションに行ってるとか言ってたな。なんの用事かは知らないけど。

 それにしたってだよ。やっぱりプルルートはピーシェの方が好きなのかなぁ。いや別に、嫉妬してるとかそういうわけじゃないけど、なんというかこう……寂しいな、って。

 

「……やっぱり、慣れないなぁ」

 

 ……え?

 

「えっ、あ、口に出て……? ご、ごめんなさい!」

 

 そ、そんな急に頭を下げなくても……えっマジで何だ!? どういうこと!? もしかして俺、メチャクチャ怖がられてるとかそういうのか!? やめてやめて! 怖くないから!

 

「いえ、その……やっぱりまだ、黒いネプテューヌさんが慣れなくて……」

 

 慣れないって……ああ、もしかしてネプテューヌと同じ姿だから、ってことか。

 二年って長いように見えて、実はそうでもないからなぁ。うちの国でも未だにどっちか分かんないっていう人もいるし。自分では結構違うと思うけど、やっぱり判別がつかない人はつかない。

 それにユニとは特別頻繁に顔を合わせるってわけじゃないし。ロムとラムもそんな感じだったかな。女神候補生、絡む機会があんまりない。別の部活の後輩みたいなポジションなんだよな。

 だからまあ、そう思われるのも仕方ないっちゃ仕方ない。

 

「……ネプテューヌさんはいつも活発で、たまにうるさいくらいに元気なんですけど、黒ネプテューヌさんは物静かで……えっと、別にその貶してるわけじゃなくて、何って言うか……」

 

 別にそこまで落ち込むことではないと思うけどなぁ。俺が勝手にネプテューヌに似ちゃったんだし。いやほんと、なんでだろうね。バグで生成されたのかな? パッチ当てられたら死にそう。

 

「ごめんなさい……しかも私、本人の前でこんな話……」

 

 うーん、だからそんなにしょんぼりしなくても……でも、慣れってこっちが言ってどうにかなるもんじゃないしなあ。だから、これはユニ自身で解決してもらわないと。

 俺も出来る限りの努力はもちろんするし、こっちからも頑張って近づいていくけど。

 自分のペースでやるのが一番だよ、そういうの。

 

「……ありがとうございます」

 

 ……なんか説教って言うか、すごい上から目線になった気がするな。めちゃくちゃ偉そう。いや女神だから偉いのか? だとしてもユニにそんな態度なんて取りたくないし。

 と、とにかく俺はいつでも大丈夫だから! 何が!? いや知らないけど!

 

「は、はい! 私も頑張りますから!」

 

 よし、この話やめよっか! 終わりだ終わり! 

 あ、そういえばノワールはどこ? また仕事でどっか行ってんの?

 

「お姉ちゃんは……はい、そうです。マジェコンヌに関係してる件は、全て私が」

 

 やっぱりそっか。

 ノワールはこの件にあんまり関わっていなくて、主な管理はユニに任せているらしい。でも報告書とかには目を通してくれているし、それがノワールのやり方ならいいのかな。

 でも、ユニ自身はちょっと納得がいっていないようで。

 

「……私、信頼されてないんでしょうか」

 

 それは絶対に違うと思う。仕事の一つを任されているんだし、信頼がないなんてことはない。

 でもまあ、言いたいことは何となくわかるな。正直この仕事、マジェコンヌが現れないせいで定期報告みたいになってるし。こういうと怒られるかもしれないけど、雑用みたいな感じだし。

 

「私じゃなくてもいいんじゃないかな、って思うんです。私はお姉ちゃんみたいになりたいのに、国をちゃんと治められる女神になりたいのに……」

 

 憧れと呼ぶにはひどく昏い。その虚ろな瞳は、羨望のものと呼ぶにはあまりにも黒く、沈んだもの。指先であとを一つ押せば、ぐちゃぐちゃになってしまいそうな、そんな感情だった。

 

「……って、ごめんなさい。私また一人で話しちゃいましたね」

 

 すぐにぱっとした明るい表情で、ユニはそう言った。

 

「じゃあ報告書、ちゃんと受け取りましたから。ありがとうございました」

 

 ぺこりと綺麗なお辞儀をしてから、ふと気になって彼女に問いかける。

 

「そういえば、ピーシェはどこ?」

「ピーシェさん……おそらくギルドの方にいるんじゃないでしょうか?」

 

 あーなるほど、ギルドね……ラステイションのギルド……そうね……。

 ………………。

 

「……送っていきましょうか?」

「おねがいします」

 

 

 そんなこんなで、ユニに見送られてたどり着いた、ラステイションのギルドにて。

 

「あ、ねぷちゃ~!」

 

 真っ先に俺に気づいてくれたプルルートの呼び声で、その近くで話をしている二人もこちらへ視線を向ける。片方はクエストを終わらせたらしいピーシェで、もう一人は……

 

「……ノワール?」

「なんでそこで疑問符を浮かべるのよ。私の国なんだから居てもいいでしょ」

 

 思わず首を傾げると、ノワールはプリプリ怒りながらそんなことを言ってきた。

 いやちょっと、珍しい組み合わせだったから……って、ほんとに珍しいね。どうしたの?

 

「ねぷてぬがここに来てから、モンスターが異常発生したことがあったでしょ? 最近はめっきりなくなったけど。でもまた再発するかもしれないし、その調査をこの国の女神から依頼されてたんだ」

「ピーシェは当事者というか、かなり特殊な例を経験した人間だし。同じような事態になっても、何とかなると思って。それにいざとなれば黒い方のネプテューヌにも連絡できるし、そういった意味も含めて彼女には個人的に依頼してるの」

 

 ああなるほど、そういうことね。だいたい分かった。

 でも、その時の原因って結局何だったんだろう。たぶん俺が関係はしてるんだろうけど、どんな感じで関係してるのかは不明なままだし。でも俺が関係してるってことは、少なからずマジェコンヌも関係してると思うんだよな。ってことは、やっぱりまだ分からないわけで。

 うーん、全ての出来事が彼女に集束してる。そして彼女は未だに姿を表さないまま。

 なるほど、やっぱりよく考えてる。そりゃ迂闊に姿を出せないわけだ。

 

「それについては今まで通り、待つ姿勢を取るしかないわね。それにいつ彼女が現れてもいいよう、この件はユニに任せてあるし。あの子ならきっと、どんな事態にも対応してくれるだろうから」

 

 ……やっぱり信頼してるじゃん。

 

「それはそうよ。私の自慢の妹なんだから。こんなことあの子にしか頼めないわ」

 

 アツいな……ナチュラルに関係性の強さを増している……。やっぱりノワユニなんだよね。

 たぶんネプテューヌという作品の中で一番重いカップリングだと思う。

 

「またどうせ変なことを……とにかく、あなた達はもう帰るんでしょ?」

 

 あ、でもせっかくノワールに会えたのなら、一つ聞きたいことが。

 

「聞きたいこと? ……何よ、そんな改まって」

 

 うーん別に、結構自然体に考えて答えてもらっていんだけど、

 

「ノワールの夢って、なに?」

 

 なんてブランと同じ質問を投げてみると、また同じような静寂。うう、やっぱり女神に対しては変な質問だったのかな。でもマジェコンヌの目的がそれだから、何かしらの手がかりというか、彼女が狙う何かがあるはずだけど。

 でもノワールはしばらく考えたあと、やっぱり肩をすくめて答えた。

 

「ごめんなさい、思いつかないわ。眠ってる時の夢は勿論見るけど、あなたの言いたいことはそうではないんでしょ? だったらそうね、私……っていうか、女神に夢っていうのはないのかも」

 

 ……やっぱりか。ブランもそう言ってたな。

 じゃあ、ノワールはどんな女神になりたいの?

 

「それは、今よりもより良い女神になりたいけど……実は、今でも割と満足しているのかもしれないわ。私は私に出来ることをしているだけ。それだけで充分なのかも」

 

 そこはブランとは違うんだ。今のままの自分を受け入れられる。それって簡単そうに見えて、とても難しいことだと思う。やっぱり、女神っていうのはみんなすごいんだなぁ。

 

「もしかすると私の夢は、女神を辞めた時に初めて見つかるのかもね」

 

 ……それって、もしかして。

 

「あれ、でんわ~?」

 

 ぴこん、と鳴り響くのは三つの通知音。それに気づいて携帯を取り出すと、プルルートとノワールも同じように、それぞれの携帯を取り出した。

 

「ほんとだ、女神の連絡網に何か来てるわね」

 

 女神の連絡網。言っちゃえば各国の女神全員が要れている無料通話アプリのチャット機能。ゲームをするときにすごい便利な感じのアレだ。俺もこれを知ってからは、何度かお世話になっている。いやほんとこれすごいよ、携帯でもPCでもどっちでも使えるもん。

 今更だけど参加者全員が女神のサーバー、やばいな。運営もこんな鯖立てられるなんて思っても無かったろうに。でもチャットしてるのネプテューヌだけなんだよな。基本みんなROM専だし。

 それで、一体何だろう。大抵こういう時って、ネプテューヌが何か変なこと書いてるんだけど。

 

「……ベールさんからだよ」

 

 プルルートと一緒に画面を眺めているピーシェが、そう言った。

 ああ、ベールか。ベールも割と自分からチャットする方なんだよな。それでネプテューヌが反応して、って感じで。ブランとノワールがそれに突っ込む、みたいなのがこのサーバーの流れかな。

 

「またどうせ、くだらないことでも書いてるんでしょ」

 

 それにいつも返すノワールもノワールだけど、言ったら絶対キレるから言わないでおこう。

 それで、ベールさんはなんて…………うん? うん!?

 

 

『聞いてくださいな皆様! ついに、私の夢であった、妹ができましたの!』

 

 

 


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