虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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14 彼女の最後の夢とはなにか

 

 ――気が付けば、体が地面に叩きつけられていた。

 

 ……なんで? いや、何があった?

 確かベールが中ベールに襲われそうだったから、急いで助けに行こうとしたのは覚えてる。盾もちゃんと展開して、プロセッサユニットも装着して、万全の態勢で迎撃したはず。それなのに。

 結論から言えば、間に合ったんだと思う。ベールを後ろへと突き飛ばして、変わりに俺が中ベールの攻撃を受けたんだ。盾に伝わる衝撃も、金属がぶつかり合う音も、ちゃんと覚えてる。

 じゃあ、なんで俺は倒れてるんだ?

 ……もしかして、単純に力で押し負けたって、こと?

 

「っ!」

 

 すぐさま仰向けに体を向けて、盾を正面に。

 次の瞬間、中ベールの振り下ろす槍が盾を貫通して、俺の頬を切り裂いた。

 ……え、この盾って壊れるの!? そんなの聞いてないんだけど!

 いや、壊れない保証なんてどこにもなかったけどさ! それにしてもだよ!

 でも。

 

「捕まえたっ!」

 

 血の付いた切っ先を盾とは反対の手で掴み、そのまま両足にプロセッサユニットを接続。地面を勢いよく蹴りつけて、中ベールの背面へ回り込むように跳び上がる。

 これで、何とか足止めを――

 

「甘いですわ」

 

 ぼそり、と呟いたかと思うと、中ベールが盾に突き刺さったままの槍を、強引に自分の方へと引き寄せた。それに釣られて俺の体も持っていかれて、もう一度地面へと叩きつけられる。

 頭に衝撃、それに次いで全身に重い痛み。受け身すら取れなかった。

 槍も無理やり引き抜かれたし。ああくそ、力の差が出すぎだよこれ。弄ばれてる。

 立ち上がるのも難しい。けれど、なんとかして体を持ち上げようとしたその時、何かが俺の真上をひらりと舞った。

 ……まずい!

 

「まったく、中くらいのお姉さまはせっかちなんですから」

 

 宙を跳ぶ小ベールが、中ベールと同じように右手へ黄金の槍を握る。

 その切っ先が向かうのは、彼女を見上げる本物のベールで。

 

「逃げてッ!」

「はあ……」

 

 え、そこで生返事!? 生命(いのち)の危機が来てるのに!?

 頼むよマジで! 紅茶の飲みすぎで頭緩くなったんか!?

 

「お別れですわ、お姉さま」

 

 駄目だ、今からじゃ間に合わない。それ以前に、体が言う事を聞いてくれない。

 頼むベール、お願いだから、逃げて――

 

「逃げる必要が、どこにあるのでしょうか」

 

 がぎん、と。

 身動き一つせず、虚空から取り出したベールの槍が、小ベールの槍を受け止めた。

 ……え、どゆこと?

 

「二人とも、反抗期には少し早すぎませんこと?」

 

 ため息をひとつ、そのままベールが小ベールを吹き飛ばす。小ベールも一瞬だけ驚いたような声を上げたけど、ちゃんと体勢を立て直して、地面に着地。それが丁度、中ベールのいる位置だった。

 二人のベールと一人のベールが睨み合う。片方は完全にやる気の眼だけど、対するベールはどこか平坦な、冷め切った眼をしていた。

 そうしてもう一度ため息を吐いてから、ベールが呆れたように口を開く。

 

「まず一つ。二人とも、敵意を隠すのが下手すぎですわ。どれくらいかというと、ここに来てからずっと私のことを狙っているのが丸わかりなほど。バレバレすぎて、こっちが恥ずかしかったですわよ」

 

 ……は?

 そんなこと、一言も聞いてないんだけど? え、なに? ドッキリなの?

 皆も何も言わないし。もしかして分かってなかったのって、俺だけ?

 つ、次からはちゃんと見るようにしよう……恥ずかしくなってきた……。

 

「そして二つ。攻撃を仕掛けてくるタイミングが迂闊すぎますわ。どうしてこれだけの女神が揃っている場面で実行しようとしたんですの? 確かに隙を晒したかもしれませんが、それにしたって無謀すぎますわ」

 

 ほら、とベールが手で示した先には、既に戦闘態勢に入っている皆の姿が。

 女神化はしてないっぽいけど、それぞれ武器を持って、小ベールと中ベールのことを囲んでいる。

 

「……やっぱり、何かやらかす気がしたのよ。こんなに早いとは思わなかったけど」

「起きたものは仕方ないでしょ。ユニ、もしどっちかが逃げ出したら足止めは頼むわ」

「うん、任せてお姉ちゃん」

「じゃあ私はユニちゃんの護衛するね。近距離戦は任せて!」

「おお、やる気だねネプギア! って、あれ? これだと私ボッチにならない?」

「じゃあネプちゃんの護衛は私達がやるー!」

「死んじゃっても、生き返らせてあげるからね……?」

「いや、死にたくはないかな……まあ、こんだけいれば大丈夫だと思うけどね」

 

 え、なに? もしかして何も準備できてないの、マジで俺だけ?

 いや確かにブランが怪しいって言ってから警戒はしてたけどさ、そこまで用意する?

 でも悲しいかな、準備をしてないから俺はこんだけやられてるわけで。

 ……次からはちゃんと迎撃できるようにしておきます、はい。

 なんて一人反省会をしていると、ベールは俺の前へ槍の先を差し出して。

 

「皆さま、手出しは無用ですわ。これは私の国の問題ですもの」

 

 え。

 

「でも、逃げられたら……」

「私を倒さずしてこの国の女神になれるとは、あちらも思っていませんでしょう」

 

 ……もしかして、怒ってる?

 

「かもしれませんわね。どうやら、私が一人で国を治められない軟弱女神と見られたようで」

 

 ああ、それは俺もキレるわ。ベールはな、このリーンボックスの女神なんだぞ。女神候補生がいないからってなんだよ。逆に女神候補生がいたらちゃんとした女神なのか? 妹に仕事全部押し付ける女神だっているんだぞ。あまりナメるなよ?

 

「ん? 今馬鹿にした? ねえ黒い私、今心の中で私のこと馬鹿にしなかった?」

「いや全然そんなことないですけど」

「めっちゃ早口じゃん! そういう時の黒い私って図星だからね!」

 

 だ、だって……。

 

「……でも、一人で辛かったのは、本当のことではありませんの?」

 

 敵意はなかった。含みのない純粋な疑問が、中ベールから投げられる。

 

「私たちには分かりますのよ、お姉さま。誰かに縋ることもできず、誰かに褒められもせず、一人で全てを背負うしかなかったあなたの苦しみが。あなたの本当の望みが」

「……寄り添って、ほしかったんですよね? 心を許せる誰かが、お姉さまの悲しみを受け止めてくれる誰かが、必要だったんですわ。だから、私たちはここにいますの」

「ですからお姉さま、もうお休みになってくださいな」

「あなたが女神である必要は、一人である必要は、どこにも――」

 

「違うよ」

 

 ……それだけは、違うんだ。間違ってる。意味がないんだよ。

 

「黒ネプちゃん? あなた、怪我は……」

 

 ううん、大丈夫。そんなこと、今は関係ないよ。

 厚かましいかもしれないし、俺が言えることじゃないかもしれない。

 でもね、勘違いしてる輩にははっきり言ってやらないと。

 

「……ベールは、君たちが思ってるよりも強いひとだよ」

 

 もしかするとそれは、俺の想像を遥かに超えてしまうくらいに。

 

「確かに妹も跡継ぎもいない。でも、だからこそ女神としての在り方を全うしてる。一人だけっていう不安なんて吹き飛ばして、国のみんなを導ける。それだけの力が彼女にはある」

 

 ……ネプテューヌが自由、ノワールが絶対なら、ベールは唯一なんだと思う。

 でも、それは寂しいって意味じゃない。たった一人でも、このリーンボックスの女神としていられるっていう、強い意味。

 

「それは誰にでもできることじゃない。少なくとも、君たちにできることじゃない。これは、ベールがベールっていう女神だからこそ、できることなんだと思う」

 

 結局さ、何が言いたいかってのは。

 

「例えその不安や寂しさを預けられる人ができたとしても、ベールが女神を止めることなんて、絶対にあり得ないよ」

 

 ええっと、あとは、うーんと。

 

「……黒ネプちゃん、もうよしてくださいな。聞いててこっちが恥ずかしくなってしまいますわ」

 

 なんて苦笑を浮かべながらのベールの声に、そこで初めて自分が熱弁していることに気が付いた。

 あ、ごめん! もしかして喋りすぎた!? 元々がオタクだからその、話を始めると長くなっちゃって! 何事も全力プレゼンっていうか、話しすぎちゃうって言うか!

 

「問題ありませんわ。黒ネプちゃんの言ってくれたことは、全て本当のことですもの」

 

 そうなの? よかった、解釈一致です。

 一人で胸を撫で下ろす俺の隣で、ベールは改めて二人のベールへ向き直って。

 

「言い忘れましたが、三つ。確かに私は一人ですわ。何度も不安になったり、寂しくなったこともありました。でも、だからと言って退くわけにはゆきませんの。なんて言ったって、このリーンボックスの女神は――」

 

 光。淡い緑の輝きと共に、俺の目の前に現れたのは。

 

「このグリーンハート、ただ一人しかいませんもの」

 

 ……綺麗、だった。

 完成された女体美って言えばいいのかな。豊かさを象徴するようなその体を包むのは、純白に染まるプロセッサユニット。背負うのは薄い桃色に染まった三対の翼で。その中央に尾を引くように、纏められた緑の髪が揺れている。

 佇まいは雄大というか、優しく包み込むような、悠然としたさま。

 それこそ、女神のような。全てを包み込むような、慈愛に満ちた在り方だった。

 

「さ、黒ネプちゃん。あなたも一緒に」

 

 ……え、あ、はい! 分かりました!

 いけない、こんな状況で見惚れてたなんて、口が裂けても言えない。

 でもいいのかな。これはベールの国の問題って言ってたけど、俺が割り込んでも。

 

「あれだけ言ってくれたんですもの。その覚悟はお在りですわよね」

 

 そ、それはそうだけど……。

 ちらり。

 

「いけー、黒い私! ぶっ飛ばしちゃえー!」

「黒いお姉ちゃん、私も応援するから! 頑張ってね!」

 

 え、そんな応援ムードなの? プロレスとかそういうノリなのか、これ。

 他の皆も黙ってるけど、なんか俺に任せるみたいな感じだし。

 ……でも、それなら。ベールがそうやって言ってくれるなら。

 

「いいよ」

 

 ――プロセッサユニット、再接続。

 シェアエネルギーも充填完了。シールドの損傷部分も修復して、準備万端。

 ……よかった、エネルギー回せば直るんだ。ぶっつけ本番で成功してよかった。

 さて。

 

「行きますわよ!」

 

 そうやって飛んでいくベールの後に続いて、地面を蹴った。

 最初にベールと中ベールが衝突、そのまま二人が上空へと舞い上がる。

 となると小ベールは俺か。どうやら本格的に全部を任せてくれるらしい。

 そのまま正面から盾で殴りつけると、小ベールはすぐさま槍を構え、俺の攻撃を受け止めた。

 

「……どうして、ですの?」

 

 それは、何が?

 

「どうしてお姉さまは分かってくれませんの!? お姉さまの寂しさは本当のはず! 否定できるはずがありませんわ! だって、私たちはそれを誰よりも一番、理解できますもの! 私たちは、そういう存在なのですから!」

 

 押し返される。そのまま突き出された槍を間一髪で回避。肩が少し切り裂かれた気もするけど、それに構ってる暇はない。

 ……やっぱり、戦力差はあるなあ。でも、得物が得物だ。

 懐に入り、構えた盾で体を撃つ。そのまま吹き飛ばそうとしたけれど、すぐさま体勢を立て直されて、振りぬいた右腕を再び槍で受け止められた。

 

「私たちはお姉さまの夢の具現! お姉さまが望んだはずの、妹なんですのよ!? なのにどうして、お姉さまは私たちのことを受け入れてくださらないの!? 私たちが救ってあげるのに! 夢がやっと叶うのに! お姉さまを助けられるのは、私たちだけしかいないのに! どうして! どうして――」

 

 それはね。

 

「君たちが、夢だからだよ」

「……え?」

 

 そもそも、ベールの妹はベールじゃない。ベール以外の誰かにしかなれないんだ。

 だけど、君たちはベールの夢が具現化したものとして、彼女の前に現れた。

 

「夢は、夢なんだよ。それを、ベールは分かってるんだ」

「……それ、は」

「確かにベールは一人でいるのが寂しかったから、妹が欲しいって願ったのかも。でも、それだけ。ベールが見てるのは、妹たちに囲まれている夢じゃなくて、たった一人の女神でいる現在(いま)なんだ」

 

 たとえ、悲しみに暮れたとしても。寂しさに包まれたとしても。

 

「だから夢である君たちの言うことなんてこれっぽっちも受け入れないし、これからもベールは一人で、リーンボックスの女神として過ごすんだと思う」

 

 それは、その寂しさも悲しみも、全てを背負っていくということ。

 残酷だと思う。それでもベールはそれを選んだ。だから女神になったんだと思う。

 ……夢は、夢だからこそ、美しいのかもしれない。

 

「あ、あ……そう、でしたの? 私達では、お姉さまを救えない……?」

 

 それも違うよ。救えないんじゃない。

 ベールは最初から、救ってもらう必要なんて、なかったんだ。

 

「……そう、でしたの。私たちの勘違いでしたのね」

 

 敵意は既に消えていた。全てを悟ったようにして、小ベールが空を見上げる。

 その視線の先にあるのは、矛を振るいながら一人で戦い続ける、グリーンハートで。

 

「やっぱり、私のお姉さまは素晴らしいお方ですわ……」

 

 ふわり、と。

 そよ風に舞い上がる木の葉のように。小ベールの体が一瞬にして、静かに黒い煙へと変わる。

 何かを告げることすら、できなかった。それこそ、淡い夢のようで。

 

「あ」

 

 手を翳したその瞬間、小ベールだった黒い煙が、俺の体へと吸い込まれていく。

 そして、()()()()()()()()が、俺の体へと宿ったような気がした。

 ……んー? なんだ、これ。前はこんなのなかったのに。

 すごくもやもやしてる。でも、何か一つのきっかけがあれば、すぐに分かりそうなもの。

 駄目だ、すごい違和感。今は考えないようにして――

 

「くっ!」

 

 ずどん、なんて音が背後から聞こえてきて、思わずそちらへと体を向ける。

 土煙の中に居たのは、膝をつきながら、上空を仰ぐグリーンハートだった。

 

「その程度でしたの? この国の女神の力というのは」

 

 声のする方へと視線を向けると、そこに居たのは俺達を見降ろす中ベールで。

 ……え、なに? もしかしてベールも圧し負けてる感じ?

 

「認めたくはないですけど、そうらしいですわ。妙にこちらと相性が悪いといいますか……」

「それはそうですわ。だって、私はお姉さまの夢ですもの」

 

 中ベールの言葉に、マジェコンヌとの会話が頭をよぎる。

 

「私はお姉さまの夢の具現。お姉さまがその夢を諦めない限り、私を倒すことはできませんわよ」

 

 ――夢を自らの手で諦めさせる。それが何を意味するのか。

 

「本当に、戦いにくい相手ですわね」

「もういいではないですか、お姉さま。ゆっくりと、お休みになってくださいな」

「そういう訳にもいきませんわ。あなたのような者に、この国を任せるわけにはいきませんもの」

 

 吐き捨てて、グリーンハートが再び矛を構える。

 それに対する中ベールは、手に持った金の槍を天へと掲げて。

 

「仕方ありませんわね……本当は、このような野蛮な手は使いたくなかったのですが」

 

 ――はじめは、星空が煌めいたのかと思った。

 中ベールを中心として、リーンボックスの上空にいくつもの輝きが現れる。遠くからでも視認できるほどの、黄金の光。それが星などではなく、虚空より現れた無数の槍だと気が付いたとき、既にその数は数百、下手したら数千本までに達していた。

 

「うわ、さすがにアレはヤバくない!? AoEにも程があるでしょ!」

「っ、全員固まれ! ベールもだ! 女神化して全部叩き落すぞ!」

 

 ブランたちが慌ててるあたり、相当な技らしい。いやまあ、そうだよな。あれだけの数になると、なんだか逆に落ち着いちゃうよね。

 でもまずい状況には変わりないしなあ。どうするよ、ベール。

 

「……あれを撃たれる前に、何とかして防御をしなければ」

「あら、そんな必要はありませんわよ? だって、標的は皆様ではありませんもの」

 

 すると中ベールは、柔らかな笑みを浮かべて。

 

「治める国がなくなれば、お姉さまも女神である必要はなくなりますわよね?」

「っ……あなた、まさか!」

 

 ……もしかして、()()()

 

「お姉さま一人で、守り切れますかしら」

 

 まずい、まずいまずいまずい!

 いくらなんでも、そんな方法取ってくるなんて思わないだろ! 確かに国がなくなれば女神は要らなくなるけど! さすがに最終手段すぎないかな、それは!

 ……いや、本当にそうなんだ。これ以上の戦いは中ベールにとっても不毛なんだ。だからあえて、勝負を決めるために最後まで取っておいたんだ。絶対にベールを女神の座から下ろすために。

 だから、あの攻撃さえ無力化すれば、この戦いはベールが勝ったようなもの。

 でも。

 

「くっ……いくらなんでも、あれだけの数は……!」

 

 たとえこの場にいる全員で迎撃しても、絶対に防ぎきれない。

 何かないのか。アレだ、飛び道具とかで中ベールの注意を逸らすとかでもいい。

 とにかくあの攻撃を撃たせないようにしないと、勝ち目がなくなっちゃう。

 でも、そんなこと。

 

 ……ああ、もうっ! 何もできないのかよ! こんな時に限って、俺はっ!

 女神としてもちゃんとできない! 女神化すらロクにできない! 空も満足に飛べやしない!

 分かってるよ、分かってる! 俺がただ、女神の真似事をしてる空っぽの存在なんて! どうしたって女神になれない、成り損ないだなんて、俺が一番分かってるんだ!

 でも、決めたんだよ! あの日、約束したんだ! ネプテューヌは信じてくれたんだ!

 それに応えたいんだよ! 女神の真似をする俺じゃなくて、女神である俺として!

 

 だから、せめて!

 誰かの夢くらい、守らせてくれよっ!

 

「っ……!?」

 

 どくん、と。

 一瞬だったけど、何かが俺の中で蠢いた気がした。

 それが、小ベールを取り込んだ時に感じた違和感だと理解するのに、そこまで時間はかからなかった。俺ではない何か。俺の意思に応えてくれようとした、何か。

 ……正直、無謀だと思う。こんな得体の知れない力に身を預けるなんて。ネプテューヌに履き違えるな、なんて言われたのに、またやっちゃったかもしれない。

 でも、それで誰か夢を守れるなら。

 

「ベールっ! その武器、貸してっ!」

 

 たぶん、きっかけはそれなんだと思う。誰かの想いを、シェアエネルギーを継ぐこと。

 あの日、ネプテューヌが信じてくれた時から、何となく分かってた気がする。

 

「黒ネプちゃん? どういうことですの?」

「いいから、ベール!」

 

 俺も上手く言えないんだ。それでも、絶対に守って見せる。

 このリーンボックスを。そして、ベールの夢を。 

 だから、さ。

 

「信じてっ!」

 

 ……放たれた槍は、ちょうど俺の目の前の地面に突き刺さった。

 シェアエネルギーによって形作られた、白と緑の矛。俺の体よりも大きなそれを左手で引き抜いた。直後、体に大きな力が流れ込んでくる。温かくて優しい、柔らかな力。

 これなら、いける。ベールが俺を信じてくれたんだ、それにちゃんと応えないと。

 ――さあ!

 

「変身っ!」

 

 張り上げた声と共に、左腕が光を放ち始める。その輝きはだんだんと収束していって、俺の腕を包む白いプロセッサユニットへと形を変えた。

 背中にはベールのものを模した、けれど片方だけの翼。結局飛べないのは、やっぱり俺が真似事をしてるだけだからなのかな。

 髪も左半分だけが緑色に染まり始めて、ベールと同じように後ろで纏められる。

 最後に左の瞳を緑色に光らせてから、変身完了。

 ちょっと不格好かもしれないけど、これくらいがちょうどいいのかな。

 

「……どういう、こと?」

 

 聞こえてきたブランの声に、少しだけ考える。

 うーん。

 

「フォームチェンジ?」

 

 ネプテューヌ、ベールフォームみたいな。

 合体ってよりは、半分だけ浸食されてるみたいな感じだけど。

 

「なにそれずるい! かっこいい! 私もやりたい!」

 

 いや、ネプテューヌは基本フォームだから……最終回が一番映えるから……。

 

「……それで? 一発芸は終わりですの?」

 

 いや、まだ。大事なことが残ってる。

 ベールの夢を守るっていう、俺がやらなきゃいけないことが。

 

「そんな小さな盾で? 私の攻撃を防げると、本気で思ってらっしゃるの?」

 

 うん。

 

「ベールが信じてくれたから」

 

 がこん、と。

 右手で構えた盾が中央から二つに別れ、Vの字を描くように展開。

 そして別れた両端を結ぶように、シェアエネルギーの弦が張られていく。

 ベールから借りた槍を番えると、ぐぐぐ、と確実な手応えが伝わってきて。

 ……いける。

 これなら、()()()

 

「そんな……あなた! もう一人の私を、取り込んだというの!?」

 

 頭上の槍が一斉にこちらを向いた。そして、ベールが腕を振り下ろす。

 だけど、もう――

 

「遅いっ!」

 

 閃光と共に、衝撃。地面に足がめり込んで、ひどい痛みを放ち始めた。

 迫りくる無数の槍に対するのは、俺の放った唯一の矛。こうして見るとかなり心もとないな。盾が弓になるのも驚いたけど、こんなに戦力差があったなんて。

 それでも。

 

「届けえぇぇええっ!」

 

 降り注ぐ黄金の雨をすり抜けて、緑色の矢が空を駆ける。

 そしてその切っ先は――中ベールの肩を、掠っただけだった。

 

「……残念でしたわね。所詮はただの子供騙し。やはりあなたは、出来損ないですわ」

 

 その通り。俺が中ベールを倒せるなんて、これっぽっちも思ってない。

 でも、ベールならきっと。

 

「――まさか!」

 

 驚いた中ベールの、その背後。

 太陽を背に佇むのは、三対の翼を背負う女神で。

 

「ええ、そうですわね。信じられたのなら――私が、女神として応えなければ!」

 

 俺の放った矛を受け止めて、ベールが空を駆ける。

 そして。

 

「……そん、な」

 

 掠れた、消え入ってしまいそうな声が、中ベールの口から紡がれる。

 貫かれたその体からは、薄暗い靄が噴き出していた。

 

「これなら、お姉さまに勝てると思ったのですが……やはり、姉に勝る妹はいないということですのね」

 

 零れ落ちる砂のように、中ベールの体が崩れてゆく。

 それと同時、もはや俺の眼前にまで迫っていた無数の槍も、徐々に塵となって消えていった。

 差し出した手のひらに舞い落ちた塵は、まるで雪が解けるようにして、俺の体の中へ。

 ――また、別の何かが入ってきた。けどそれは、既に俺の中にあるもの。

 それはおそらく、中ベールの残した、ベールを救うための力だったのかもしれない。

 

「……お姉さま、私には分かりますわ。あなたが本当に寂しかったことも、誰かに寄り添ってほしかったということも……そして私たちが、お姉さまを救いたいと思っていたのも、本当のことですの……」

 

 ほとんど崩れかけている中ベールの右手が、グリーンハートの頬に伸びる。

 触れそうになった指先は、風に攫われて、リーンボックスの空へと消えていった。

 

「でも……もう、私たちは必要ありませんわよね?」

 

 すると中ベールは、どうしてか俺の方へと視線を向けた。

 ……なんでだろう? その瞳は、何を意味してるんだろう。

 

「あなたの妹になれて、幸せでしたわ。お姉さま、どうかお幸せに――」

 

 柔らかな笑みを浮かべたまま、塵となって、消えた。

 

 

 こうして、ベールの妹が起こした事件は、静かに幕を閉じた。

 実際リーンボックスに直接的な被害はなかったし、あまり大きな騒ぎにはならなかったみたい。でもベールの妹がいなくなったことに、国民のみんなは少し残念に思ってたとか。

 ベールもベールでちゃんとけじめはつけてるらしくて、あれ以来変わらずに振る舞っている。前よりも少し考え事をするような姿を見ることが増えたのは、たぶん俺の気のせいなんだろう。

 ……そう、ただの気のせいだ。

 

 とにもかくにも、またいつも通りのゲイムギョウ界に戻ったわけだ。

 ネプテューヌは仕事をサボるし、ネプギアはネプテューヌを甘やかしすぎるし。プルルートとピーシェは、この前から言ってたルウィーの異変について調査してる。

 あ、俺はなんかベールの妹の件もあって、危険だからあえて近づくなって言われた。ほんとは二人と一緒に仕事したいんだけど、そう言われたなら仕方ない。

 ノワールはいつも通り仕事に追われてて、俺が遊びにいくとなんでこんな忙しい時に、ってうんたらかんたら怒りながら、この前みたいに簡単な仕事を任せてくれる。一応、それだけの信頼は得られてるってことなのかな。うん、そういうことにしておこう。

 ブランはさっきの通り、そもそも俺がルウィーに近づくのを禁止してるから、しばらく遊びに行ってない。でも当然仲が悪くなったとかでもないし、みんなで集まった時は普通に話をしたりするよ。

 そして、ベールはというと。

 

「ほら、黒ネプちゃん? あーん、ですわ」

 

 言われて、呆けたように開かれた口の中に、ショートケーキが詰め込まれた。

 いや一口が多いのよ。お陰で口の周りクリームついちゃったし。

 

「あら、それはいけませんわね……少し、こちらを向いてくださいな」

 

 はいはいなんですか、なんて顔をベールの方へと向けると、彼女は指先で俺の頬に触れて。

 

「ん」

 

 ……いや、普通に拭いてくれればいいのに。

 わざわざそんな、安っぽいラブコメみたいな。

 

「安っぽいとは失礼ですわね。これも、妹への可愛がりの一環として受け止めてほしいですわ」

 

 妹。

 そう。ベールは確かに、俺の事をそう呼んだ。

 もちろんそれが本気じゃないことは、ベール自身が一番分かってる。

 だからこれは、俺とベールとの遊びなんだ。言い方がちょっとアレだったけど、まあそういうこと。

 それで、どうしてこんなことになったかというと。

 

『そういえば黒ネプちゃん、あの時、私のプロセッサユニットを装備していましたわよね』

 

 だよね。俺もびっくりした。言い出したのは俺だけど、まさかあんなことになるなんて。

 詳しい事情はブランやイストワールでもよく分かってないっぽい。ということは、想いの力がどうとかの限定フォームみたいなものなのかな。まあ普通にあんなことができたら変だしな。

 

『ですわよね。でも黒ネプちゃん、もう一回試してくれませんこと?』

 

 え、なんで?

 

『いえ、ただの興味ですわ。それに私は当事者なのですから、頼んでもよろしくいのではなくて?』

 

 まあいいけどさ。でもあんまり期待しないでね。

 そんな簡単に他の女神のプロセッサユニットが装着できるなんて、明らかにおかしいし。

 でもとりあえずやってみるか。いつもの調子で変身を――

 

『あ』

『あら』

 

 …………。

 

『できちゃった』

『できちゃいましたわね』

 

 え、できんの!? これ限定フォームじゃなくて恒常のフォームなのかよ!

 それにちゃっかり矛も生み出せてるし! これアレだ、ベールに借りなくても弓使えるわ!

 

『詳しいことはよく分かりませんが……あの子たちを吸収したから、なのでしょうか』

 

 ……多分、そうなんだと思う。ベールの夢を守る力が、俺に備わったって言うか。

 シェアエネルギーとか、そういうのはあんまり関係してない気がする。

 

『でもこれで、黒ネプちゃんがいつでも私のプロセッサユニットを装備できることが証明されましたわ』

 

 うん。

 

『ということは、黒ネプちゃんは私の妹であることも、同時に証明されましたわね』

 

 ……うん?

 

『さあ、ということで存分に可愛がってさしあげますわ! とりあえずまずはリーンボックスに来てくださいな! 美味しい紅茶とケーキでたっぷりもてなして差し上げますから! さあ、さあ!』

 

 なんて強引にリーンボックスへと連行されたのが、一ヵ月前くらいの出来事で。

 それからたびたび、俺はベールの妹をさせられることになった。なっちゃった。なってしまった。週四くらいで。本当、どうしてだろうね。今思い返しても、何も分かんないや。

 

「あら、難しい顔をしてどうしましたの? 黒ネプちゃん」

 

 なんでもないよ。今の自分の境遇について考えてただけ。

 もっと正確に言うなら、考えた果てに諦めに辿り着いたというか。

 

「……嫌、でしたの? 私の妹というのは、やっぱり」

 

 いや、そういうことじゃないよ。

 どっちかっていうとさ。

 

「俺でいいの?」

 

 なんていうか、その、アレだ。

 ……俺みたいな奴より、もっと可愛がりのある人がいると思うんだよ。例えば、ネプギアとかさ。

 それなのに、どうしてベールは俺を選んだんだろう。確かにベールのプロセッサユニットを継いではいるけど、言ってしまえばそれだけなんだし。俺なんかを可愛がっても、意味ないと思うんだけどなあ。

 

「なるほど、確かに黒ネプちゃんからすればそう思えるのかもしれませんわね」

 

 ……ってことは、ベールはそう思ってないってこと?

 

「もちろんですわ。ですから、これは私なりのお礼として受け取ってくださいな」

 

 お礼?

 

「ええ。あなたが居なければこのリーンボックスは消えて、私は女神を続けられませんでしたもの」

 

 それは……そうなのかなあ。

 俺がやったことなんて、ベールの覚悟に比べれば本当にちっちゃなことだと思うけど。

 

「……思うに、黒ネプちゃんは控えめすぎませんこと?」

 

 え、控えめ? 何の話? もしかして胸とかの話してる?

 いやだって仕方ないじゃん。ネプテューヌがアレなんだし。あ、でも変身したらデカくなるよ。

 

「そういうことではありませんが……まあ、黒ネプちゃんらしいといえば、そうですわね」

 

 ……よく、分からない。なんだろう、俺には一生分からないような気がする。

 もしくはそれを理解したら、俺は俺でなくなってしまうというか。

 

「ただ一つ言えるとすれば……もう、私は一人ではない、ということですわ」

 

 結局それを理解することはできなかったけど、それ以上は考えないことにした。

 

「はい、黒ネプちゃん、あーん」

 

 幸せそうなベールを見ることができれば、それだけでよかった。

 ……やっぱり、一口がデカいんだって! 

 

 




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