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事の始まりは、ルウィーとの国交の断絶だった。
ベールの事件からしばらくの時が過ぎた、ある日のこと。突如としてブランとの通信が途絶え、その直後にルウィーそのものとの連絡が取れなくなったのだ。
その規模は徹底的なもので、国家間による通信から始まり、企業間の貿易や個人的な連絡も不可能に。また、ルウィー側からの連絡も今のところは無し。
これを見てプラネテューヌをはじめとした三国は、国民のルウィーへの渡航を全面的に禁止。ルウィー近辺に住んでいた国民にも国の内部へと避難するよう呼び掛けて、一時的な警戒態勢を敷くことに。
いきなりブランがそんなことをするなんて思えないけど、万が一に備えて各国家による戦力の収集も集まってる。アイエフが普段より忙しそうにしているのを見て、本当にまずい事態になっちゃうのかな、なんて思ってた。
何よりも心配なのは、プルルートとピーシェのこと。
二人とも、事件の起こる少し前からルウィーで調査をしてたから、今も連絡がついていない。元よりルウィーでの仕事は多かったけど、まさかこんな悪いタイミングで巻き込まれるなんて。
でもそれで分かったのは、連絡が取れないのはルウィーの国民じゃなくて、ルウィーの国土に居る人間だということ。EMPとかそういう電子ジャック的な機器が働いているのかも? もしそうだったとしても、何らかの通信手段は生き残ってるはずだけど。
でもプルルートもピーシェも強いから、よほどのことが無い限り大丈夫だって信じてる。けどやっぱり、どこか得体の知れない不安も少し。心配性なのかなって思うけど、いずれにせよ早く会いたいのは本当のこと。
そして少し時間が経って、ブランと連絡がつかなくなってから二日後のこと。
『こちらネプテューヌ! ネプギアと一緒に指定の位置に到着したよ!』
耳につけたネプギア特製の通信器から、そんな声が聞こえてきた。
『こっちもユニと一緒に到着したわ。ベールは?』
「ええ、こちらも問題ありませんわ。黒ネプちゃんと一緒にいますわよ」
ノワールの声に、俺を抱えてルウィーの上空を飛ぶベール――グリーンハートが答えた。
三手に別れてルウィーの動向を調査、異変の原因を解明する、三国家共同の作戦だった。発案者はまさかの俺。皆でどうするああする云々会議してると疲れてきちゃって、もうみんなで一回カチコミいったらどう? みたいなこと冗談で言ったらまさかの採用。
侵略行為になるんじゃないか、とか疑問あったけど、こんな事態だし仕方ないと思う。それにブランは話せばわかってくれる人だって信じてるから俺。
「それにしても、私と黒ネプちゃんを組ませてくれたネプテューヌには、感謝しないといけませんわね」
『基本的に二人一組で動いたほうがいいからね。黒い私がいてくれてよかったよ』
それ、言い方変えれば余りものってことだよね。
いやまあ、別にいいんだけどね。ベールも喜んでくれてるみたいだしさ。
ちなみに今は、俺とベールでルウィーを上空から偵察して、侵入経路を発見する段階。ネプテューヌとネプギア、ノワールとユニはそれぞれプラネテューヌ方面、ラステイション方面で待機してるから、それぞれが安全に侵入できるル―トを確保しないといけない。
手元の端末(これもネプギア特製)で地図を確認しながら、眼下に広がるルウィーの街並みを望むけど、基本的に建物とか地形は変わってない。至って普通のルウィーだ。
ただ、明らかな異常は。
「誰もいませんわね」
『どういうことですか?』
「ですから、国の中に人影が見当たりませんの」
歩いている人はおろか、建物の中にも誰もいないっぽい?
あるのは、空っぽになったルウィーの風景だけ。
「この調子でしたら、どこからでも侵入してもらって構いませんわ」
『にしても変だよね。新しく変な宗教でも始めたのかな?』
いや、そういうのやる人じゃないと思うけど……でもあの人、巨乳になるっつったら何でもしそうな雰囲気はするな……けどさすがに国民を巻き込んだりはしないと思うし……。
『確かに、完全に消えたとは考えにくいわね。もしかすると、どこか一ヶ所に集められているとか?』
『ネプギア、この前開発してた熱源探査のシステムとか持ってきてないの?』
『あ、そういえば積んでたかも。黒いお姉ちゃん、端末の中にそれっぽいのない?』
たまにそういう微妙な無茶言うよね、ネプギア。でもそういうところ、嫌いじゃないよ。
つっても俺はソフトもハードも知らないし、かといって適当に弄って壊すわけにも。
なんてことを考えながら、慎重かつ大胆にあーだこーだとを繰り返していると、ふと画面が真っ暗に。あ、やべ。もしかして壊した? いやでもなんか、レーダーっぽいグリッドは出てるけど。
「あ、たぶんそれだよ。射程二百キロの高精度熱源探査センサー!」
バカじゃないの?
『ひ、ひどいよ黒いお姉ちゃん! せっかく作ったのに!』
『凄いとは思うけど射程二百キロは過剰すぎると思うな。FPSだったら確実にチートだよ』
『……技術云々は置いといて。黒い方、ルウィーの国民がどこに行ったか探せる?』
ああうん、今やってる。多分カメラ通せば熱源拾えるんだよね?
『うん、それに建物越しにも感知できるようにしたから、ぐるっと回せば見つかるかも。あ、それとモードを心拍探査に切り替えたほうがいいかも。射程は変わらないけど、ただの熱源だとそこら辺の野良猫とかの熱も拾っちゃうから』
『……置いておくって言った手前聞きづらいけど、どうやって感知してるのよ、それ』
『それは……国家機密でいいですか?』
『私の知らないうちに私でも理解できない国家機密が増えていくの、何とも言えない気持ちだなあ』
多分ネプギアの技術力ってマトモに使えば、普通に戦争に勝てると思うんだよな。でもそんなことする理由も無いし、第一ネプギア本人がそうした闘争とか競争とかを望んでないから叶ってないだけで。
「どうです、黒ネプちゃん? 何か見えまして?」
あー……うん、見えた。ブワーッて集まってるところが、一ヶ所。
ええと、この反応と方角からして、ここからの距離を計算すると……。
「……教会?」
『え?』
「たぶん、ルウィーの教会に国民が集められてる?」
数からみてもそうみたい。不自然なくらいに反応が集中してる。
たぶん、みんながここに集まってるせいでルウィーの誰とも連絡が取れなくなったのかな。教会で何が行われているかは知らないけど、嫌な予感がする。
……もしかして、この中にプルルートとピーシェも?
『とにかく、そういうことなら早く教会に向かいましょう』
『そうね。何が動かれる前に手を打たないと』
「では私たちも地上に降りますわ。黒ネプちゃん、降下地点を探して下さる?」
ほいほい、ちょっと待ってて……って、あれ?
「どうかしましたの?」
いや、なんか変なところに反応があって……故障かな?
ルウィーの国民は教会にいるはずなのに、街の外れの方に、ひとつだけ。
『何回もテストはしたから、不具合はないと思うけど……』
だとしたら、今のルウィーについて何か知ってる人なのかな。
もしそうじゃなくても、この事件の手がかりが見つかるかもしれない。
いずれにせよ接触するべきだと思うけど、どうしよう。
『私は賛成よ。あなた達なら何かあっても対応はできると思うし』
『私も! 回収できるイベントはできるだけ回収したほうがいいしね!』
信頼してくれるのは嬉しいけど、なんかちょっとむずがゆいな。
まあ、危なかったらすぐにみんなを呼ぶから、大丈夫かな。
「では黒ネプちゃん、ルートの指示をしてくださる?」
かくして。
■
「このあたり、かな」
ルウィーの都市部の外れ、薄暗い路地裏にて。
華やかな中心部とは違って陽の光も届きにくい、黒く冷たい場所だった。建物の壁によって造られた小道は迷路のように入り組んでいて、広さは俺とベールがギリギリ並んで通れるほど。
ゲームではいわゆる普通っていうか、ルウィーっていう街の一面しか見られなかったから、わざわざこういう場所に来ることもなくて、どこか新鮮さを感じていた。
「本当にこんな場所に誰かいますの?」
反応は確かにある。だから、このまままっすぐ行けば誰かに会うはず。
そこで、今のルウィーについて何か聞ければいいけど。
「こういう場合、ラスボスとの初エンカウントが定石ではなくて?」
あ、むちゃくちゃ分かる。負けイベになるやつね。
最近は冗長だって理解してくれたのか、そういう負けイベって少なくなってきた気がするけど。でも、ラスボスの魅力を引き立てるのに負けイベって必要だとも思う。
アレだよ、むやみやたらに勝てそうな雰囲気とか作らずに、二ターンくらいでこっちを全滅させてくるくらいの強さが丁度いいって言うか。
「でも、それではゲーム上で目指す強さの基準が高くなりすぎではなくて?」
そっか、その全滅に耐えられるくらいには強くならないといけないのか。そうした指標の意味もあるんだ。全く考えたことなかったなあ、それは。
さすがベール。よく考えてる。
「当然ですわ。守護女神たるもの、ゲームについての理解は深くなければ……」
ぎゅむ、と。
得意げに語るベールの脚が、何か生々しいものを踏みつけたのは、その時だった。
「……黒ネプちゃん、反応の確認をしてくださる?」
あ、そういえば全くしてなかった。えっと、どれどれ……?
反応を見る限り、距離は…………ゼロ、っていうか、俺達の真下?
「………………」
「………………」
一度だけ互いに目を合わせて、恐る恐る地面へ視線を向ける。
そこに居たのは、ぼろぼろになった布で体を纏う、一人の少女だった。髪は栗色で、瞳の色は空色。身長は俺と同じくらいかな、雰囲気はどこか物静かな感じ。
ってか滅茶苦茶ブランに似てるな。服さえそろえればブランじゃない? てかさ、ルウィーにも女神に激似の一般人って居たんだ。これならセンシティブなファンアート貰っても大丈夫だね。
「いえ、黒ネプちゃん……多分、これ」
え? なに?
「……気づいたなら、さっさとその足をどけやがれ!」
うわあ、ご本人だった! 激似の一般人とかコスプレイヤーじゃなかった!
「こんなに似た奴がいてたまるか! あとなんだセンシティブなファンアートって! つーか仮に似たような一般人がいたとしても、そいつに迷惑がかかるだろうが!」
「本当にすいませんでした」
「申し訳ありませんわ、ブラン。あまりにも小さいから気づかなくて……」
「んだと!? この状況で煽るとはいい度胸じゃねえか! ええ、やるか!?」
「私達としては、あなたがこんな場所で寝ているこの状況に説明が欲しいですわ」
呆れたように言うベールに、ブランはすんと怒りを収めると、よろよろとした様子で体を起こす。そうして、一旦立ち上がったかと思うと、すぐにふらついて、俺の方へと体を預けてしまった。
ええと、割と大丈夫じゃなさそう? もしかしてベールのアレがとどめになったりした? あの人ヒールだもんね。ヒールって踏まれるとガチで痛いもんな。
「別にあいつに足蹴にされたことは関係ねえよ……」
って、ことは。
「……教会から追い出されたの」
「どういうことですの?」
ゆっくり壁際に腰を下ろすブランへ、間髪入れずにベールが問いかける。
「だから、そのままの意味。教会から追い出されて、ここまで逃げてきたの」
「そんなはずがありませんわ。教会から女神であるあなたを追い出す事ができるなんて、たとえ教祖であってもできませんわよ? それこそ、急に新たなルウィーの女神が表れるくらいでないと、あなたが追い出されることなんて……」
そこで、はたと気づいたように、ベールが言葉を止めた。
「……まさか」
「そういうことよ。自分で言うのが癪だから、理解してくれて助かるわ」
「転換期はまだ先ですわよね? そんな、急に新たな女神が表れるなんてこと……」
「あなた、この前自分の身に起こったことを覚えてないの?」
そこで初めて、ブランが俺の方へと視線を向ける。
「念のために聞いておくけど、あなたは何も知らないのね?」
うん、ぜんぜん知らなかった。
予測できてたなら、すぐプルルートとピーシェに帰るように連絡するし、第一ブランに伝えるし。
「とにかく、ネプテューヌ達に連絡しないことには始まりませんわね」
「そこのところ、詳しく話してくれる? 今、ルウィーの外はどうなってるの?」
通信機で連絡するベールの代わりに、ブランに説明してから、しばらく。
「……教会に国民が? どういうこと?」
あれ、そこは知らなかったんだ。
「知らないわ。私が理解できてるのは、この国に新たな女神が起こったということだけ」
……そういえば、ロムとラムは? 追い出されたっていうなら、一緒に……
「あの子たちは新しい女神側に着いたわ。まるで私のことなんて忘れてるみたいに。いえ……本当に忘れたんでしょうね。あの子たちは、この国の女神の妹だから。女神でない私なんて気に掛けないのも当然」
「そうやってすぐ卑屈になるの、あなたの悪い癖ですわよ」
いつの間に用意していたのか、ブラン用の通信器を投げ渡しながら、ベールが告げた。
「どこの馬の骨とも知らない女神に国を乗っ取られても、何もしないつもりですの?」
「国民が、そうした変容を望んでるのなら。私は居座るべきではない」
「……私の知るブランは、もう少し強情で、生意気な女神だったはずですわ」
するとベールは急に変身して、ふわりと俺達の上空に浮かび上がって。
「一度、黒ネプちゃんと話して頭を冷やしたほうがよろしくてよ」
……え?
いや、急に俺に振られても……え、ガチで言ってる? ほんとに行っちゃうの?
今はそういうことしてる場合じゃないっていうか、割と緊急事態だし余裕もないはずっていうか………
あーっ! ほんとに行きやがったあの人! マジかよ! うそだろ!?
ゲイムギョウ界、無茶振ってくる奴多すぎだろ! 俺みたいな陰気な奴には過酷すぎるんだよ!
「……ごめんなさい、あなたまで巻き込んでしまって」
ほんとにね。でもまあ責める気はないって言うか、責められる状況じゃないっていうか。
ぼろぼろの布をフードみたいに頭にかぶりなおして、ブランが立ち上がる。
「あなたは、どうするつもり?」
んー、とりあえずベールと同じように、ネプテューヌと合流しなくちゃなあ。
そういえば教会の様子はどうだった? なんか魔物とか、そういうので警備固めたりとかしてた?
「いいえ、あそこにいるのは新しい女神と、ロムとラムだけだと思うわ」
そっか。ならまあ、何とかなるかもね。
じゃあ早く、ベールたちに追い付かないと。
「一人で行って。私は、ここに残る」
え。
でも、それだと……。
「……ああ、ごめんなさい。私はもう女神化できないの。だからもう空も飛べないし、あなたを運ぶこともできない」
いや、そういうことじゃなくて……ええっと。
……うん、そうだ。
「ならさ、一緒に歩こっか」
■
誰も居ないルウィーの街は、とても寂しかった。
ここ最近はご無沙汰してたけど、前はもっと活気があったっていうか、ほんわかしてたはず。街の人はみんなとっても優しくて、そうした空気に呑まれつつ、心行くまでのんびりできるところだった。
けど、今はそんな人は誰も居なくて、抜け殻になった建物が立ち並ぶだけ。あのメルヘンっていうか、いい意味で気の抜けた雰囲気なんてどこかに行ってしまって、静けさだけが街を支配していた。
……変わっちゃったなあ、ほんとに。
「夢、を」
唐突に切り出したブランに、そちらの方へと視線を向ける。
「この前のあなたの質問、自分を変えたい、って答えたはずだけど」
そうだね、いい女神になりたい、って言ってた。
国のため、妹のため、そして自分のために変わること……それが、ブランの掲げていた、夢。
でも。
「……こんなこと、私は望んでなかった」
フードの下、光を失った瞳で街並みを眺めながら、ブランは噛みしめるように呟いた。
……そりゃそうだよな。こんなに寂しいルウィーなんて、俺も見たくなかった。
この景色が、ブランの夢であるはずがない。そんなことは、分かり切ってる。
でも。
「新しい女神が起こったっていうことは、そういうこと。国民は私ではなく、あちらを択んだ」
それはつまり、国民が変容を望んだっていうこと。
でも、本当にルウィーの国民は、こんなことを望んだのかな?
「……どういうこと?」
根拠はないし、証拠なんてあるはずもない。
けど俺は、この街の人々が、こんな景色を択んだとは思えない。
「だから、まだ終わってないんだよ」
新しい女神が産まれたから、今まで女神だったブランはもうさようなら、なんて。
そんなに簡単に終わっていい話じゃないと思う。いや、終わらせちゃダメなんだ。絶対に。
本当にルウィーの国民は新しい女神を望んだの? 俺はそいつがどんな奴かも知らないけど、少なくともそんな簡単に国を乗っ取って、ブランに感謝もせずに教会から追い出す奴なんて、ロクな奴じゃないよ!
ブランも、自分を追っ払った奴の言いなりになって満足なの? そんな奴に、国を任せられるの?
「……あなた」
……あ。な、なんかめっちゃ説教っぽくなっちゃった。
いや違うんだよ、俺は別に説教垂れようとか叱ろうとか全然思ってなくて、ただ元気づけたいだけっていうか、ブランが落ち込んでたから激励になればいいかな、って思ってて。それにブランが女神を止めるのは本当に嫌だから、そのために応援したくて。
だから、その、つまり。
「私を、信じて」
確かに国民は、新たな女神を願ったのかもしれない。
でも、俺は――ブランがいい。この国の女神は、ブランでなくてはならないと、思ってるから。
独りよがりの我儘かもしれないけど……ブランは、応えてくれる?
「……そう、そうよ。そうだったわ。何を腑抜けていたのかしら、私は」
空色の瞳には、既に光が戻っていて。
「あなたのお陰で目が醒めたわ。ありがとう」
いや、お礼なんて。ちょっと出すぎた真似をしちゃっただけで。
勿体ないって言うか、それこそベールとかにそういう言葉はかけてあげたほうがいいっていうか。
それに結構無責任なこと言っちゃってるし、うう、どんどん悪い事してる気がしてきたぞ。
……いや、でも。信じてくれなんて言った手前、引けるわけないよなあ。
なら、ブランと一緒にとことんやってやる。行くとこまで、いかないと。
それに、プルルートとピーシェ二人も助けないとだしね。
「あ、おーい! 二人ともおそいよー!」
それから歩くことまたしばらく、遠くからそんな声と共に、ネプテューヌがこちらへ手を振っているのが見えた。その隣には心配そうな顔をしているネプギアとユニ、腕を組んで少し怒った様子のノワール。
その後ろでベールは、俺の隣のブランへ目をやったかと思うと、溜息をひとつ吐いた。
「まったく、びっくりしたよ。帰ってきたと思ったらベール一人だけだったもん」
「黒いお姉ちゃん、大丈夫だった? ブランさんも……」
「平気よ。ありがとね、ネプギア」
薄く笑って返すブランに、ネプギアもほっと胸を撫で下ろした。
「で、新しい女神がどうのって聞いたけど、本当なの?」
「ええ。ルウィーに新しい女神が起こった。だから、街もこんな有様になってる」
「じゃあブランさん、女神化もできなくなって……?」
「そうよ。でも、私が私なことは変わらないわ」
声をかけたノワールとユニの間を通り抜けて、ブランが進む。
「……やっぱり、黒ネプちゃんに任せて正解でしたわね」
「かもしれないわね。それとベール、あなたにも礼を言っておくわ」
一瞬だけきょとんと眼を丸くしたけど、ベールはおかしそうに、小さく笑みを溢していた。
そんな彼女にブランも少しだけむっ、としたけど、すぐに崩れた笑顔を見せる。
……………………。
「アツいな……」
「え、ルウィーだから寒くない? てか黒い私、半袖スカートで大丈夫なの?」
いや、ネプテューヌだけには言われたくないかな……。
というか聞きそびれたけど、今ってどういう状況なの?
「ずっと黒いお姉ちゃん達を待ってたんだよ。その間も教会内で何か動きがあった様子はなかったけど」
「でも、どうやって侵入するかはまだ考えてないんです」
「仕方ないでしょ。この街に一番詳しい人が遅れてきたんだから、作戦も立てようがないわ」
あー、それは……まあ、仕方ないって言うか、しょうがないよね。
ってことは、目の前に見えるのがルウィーの教会なんだ。何回か来たことはあるけど、正門が閉じてるのは初めて見たから、全然気づかなかった。てか無茶苦茶デカいな正門。俺の三倍はあるぞこれ。
そもそも、ルウィーの教会ってデカいんだよね。教会っていうか城。姫が毎回攫われそうなデザインの。
「緊急事態に備えて、国民が全員避難できるようにしてあるの。広いのはそういう意味もあるのよ」
なるほど。確かに女神の傍に駆け込めれば、いくらかの危険は避けられるしね。
でも今回は逆手に取られたっていうか、利用されてるのかな?
「けど、結局どうするの? 肝心のブランが女神化できないんじゃ、作戦も何も……」
「……んなもん、必要ねえよ」
ばさり、と。
身に着けた布を、宙に放り投げて。
「私はブラン! この国、ルウィーの女神であるホワイトハートだぞ!」
びりびりと空気が震えるほどの声量で、ブランが叫ぶ。
それと同時、彼女の掲げた手のひらへ、光と共に巨大な白いハンマーが表れた。
「その私を教会から追い出すなんて、どういう了見してやがる!」
一度地面に叩きつけたそれを、片手で持ち直して背中の方へ。
がりがりと、ブランが歩くたびにハンマーの頭が地面を削るけど、そんなのお構いなしだった。
そして、ブランは閉ざされた正門の前に立ち、勢いよく息を吸い込んで――
「ここはなぁ、お前だけの国じゃねえんだぞッ!」
轟音。
振りぬいた巨大な槌が、教会の正門どころか、門そのものを吹き飛ばした。
そうして、おまけとでも言わんばかりに、もう一度地面にハンマーを叩きつけて。
「……行くぞ、お前ら」
かッ……カッコよ……!
いけない、惚れそうだった。いや多分惚れてもいいんだけど、そこはカップリングの問題というか、そもそも俺がブランに惚れていいのかどうかだって怪しいのに、でもあれめっちゃカッコよかったな……ブランってそういうところほんとズルいよな……女たらし……。
「黒いお姉ちゃん? 何してるの、早く行こうよ」
あっ、はい。すいませんでした。すぐに向かいます、はい。ごめん。
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「さっむ! なにこれ!? ブラン、この寒さどういうこと!?」
いやこれほんとに寒いな! これはさすがにちょっと説明ほしいね!
「どうして教会の領地だけこんなに気温が低いのよ……」
「何かの魔法なのかな。それにしたって、この寒さは……」
「少し、異常だよね……うう、指先の感覚がなくなってきた……」
「大丈夫ですわ! ネプギアちゃんとユニちゃんは、私があっためて差し上げますから!」
「あっ、ずるいそれ! ノワール、私たちもアレやろ!」
「勝手に……って聞いたならせめて人の話を聞きなさいよ! ああ鬱陶しい!」
……一気に雰囲気は緩くなったけど、この寒さは割とマジで馬鹿にならないんだよな。
雪が降りそうってわけでもないし、となると魔法くらいしか心当たりはないけど、こんなに広範囲で、しかも強力な魔法なんて見たことないし。本当、どういうことなんだろうね。
ブラン、そこのところ、何か思いつくものとかあるの?
「…………な、に」
いや、だからこの寒さの原因を……。
「しっ、ししし、しら、しらない……けど、っ、どどどどど」
「みんなやべえっ! ブランがメチャクチャ震えてる! 何か着るモンない!!??」
あっダメだ、こいつら全員露出度高いから羽織るモンとかいう概念ない! いや俺もそうなんだけどさ! いやもう全員で囲め囲め! 人肌であっためるしかねえぞ! なんかエロい妄想とかしとけ!
なんて、わたわたしながらブランを囲んであっためること、しばらく。
「どういうことだよ、この寒さは……!」
「そのくだり、私が一回やったよね? てかブランが知らないならみんな知らないと思うよ……」
「とにかく、原因を突きとめるまでは何も分かりませんわ。すぐに教会の中に入らないと」
「そ、そうですね……じゃあこのまま……」
このまま……このままか……締まらないな……いやでもこれくらいユルい方が安心するな……。
集団でもぞもぞと動きながら、ようやく教会の扉の前へ。震えた手のブランが、扉をゆっくりと開くと、そこには。
「…………は」
教会の謁見の間、そこを埋め尽くしているのは、氷の塊だった。
部屋そのものが凍り付いているというわけじゃない。いくつにも積まれた氷塊が、四方の壁を覆ってるって言う感じ。例えるなら氷の洞窟――ってよりは、なんていうか、肉を保存するところっていうか……。
「ひっ!」
「ゆ、ユニちゃん!? どうしたの、そんな声……出し、て」
ネプギアの悲鳴が響き渡った、その直後。
ふと近づいた一つの氷塊の中の、うつろな
「まさか……これ、全部……」
……人、だ。
これ全部、氷漬けにされた人なんだ。
「二人とも、こちらへ。私の影に隠れていてくださいな」
「……冗談にならないわよ、これ」
「寒さの原因もこれみたいだね。でも、なんでこんなこと……」
……そういえば、プルルートと、ピーシェ、は?
まさか、この中に……っ!
「いずれにせよ、本人に聞くしかねえだろ」
そう、ブランが見上げた、その先。
凍てついた空間の中心漂うのは、一人の女性だった。
髪の色はブランの瞳と同じような、透き通る空色。違うのは、それが背中までに伸びるほどに長いこと。身に纏うのは少しの青みがかかったプロセッサユニットで、背中には四角い透明の翼。手に持つのは杖とも斧とも取れるような、白い武器。
そして、その両脇に、控える様に飛んでいるのは。
「お姉ちゃん、新しい人が来たよ?」
「どうする? やっちゃう? やっていいでしょ、ねえ?」
「ロム……ラム……!」
今にもこちらへ襲い掛からんとする彼女たちを、その人は片手で制した。
そして、ブランの前へふわりと舞い降りると、彼女はゆっくりと頭を下げて。
「ごきげんよう、過去の女神」
……誰?
「私? 私は……女神」
「このルウィーの守護女神――ホワイトハートよ」
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