■
「ホワイトハート……だと?」
こちらを見降ろす彼女は、確かにそう口にした。
熟れた鬼灯のような朱色の瞳に、斧と杖を足して二で割ったような奇妙な武器。白いプロセッサユニットに身を包み、背中には透き通る水色の翼。
そして何よりも目を惹いたのは、腰までに届く空色の髪で。
……言われてみれば、ブラン、というかホワイトハートが順当に成長したようにも、見える。
「スタイルもいいよね。変身した私とまではいかにけど、大人っぽい感じ?」
「胸もあっちの方が断然大きいけど」
「お尻もあちらの方が魅力的ですわ」
何なら性格まで大人しめだよね。ブランほどあれてなさそうっていうか、お淑やかっていうか。あれが大人の余裕ってやつなんかな。
「先にテメーらからブッ飛ばしてやろうか?」
すいませんでした。
「……やっぱり、私の方が女神にふさわしいと思うけど?」
「そんなこと誰も言ってないでしょう? 自意識過剰にも程があるわ」
「あなたが自覚できてないだけでしょうに。かわいそうね、そんな頭もないなんて」
「言ってなさい。無駄口を叩いてる間に潰してあげるから」
言葉を投げつけ合いながら、ブランとホワイトハートが睨み合う。
いつ戦闘が始まってもおかしくないほどの緊迫感だった。それはネプテューヌ達も感じ取っているようで、それぞれ自分の獲物を構えながら、ホワイトハートのことを見上げている。
そしてブランは、構えていたハンマーをホワイトハートへ――向けず、地面へと突き立てた。重たい音が、氷に包まれたルウィーの教会に響く。
「一つだけ、聞いておきたいのだけど」
するとブランは、一度だけ周囲へと目を配りながら、
「どうして彼らにこんなことをしたの?」
見渡す限りの氷塊。その中に閉じ込められているのは、氷漬けにされたルウィーの――彼女の、国民たち。
確かにブランの言う通り、新しく女神になったとはいえ、国民を氷漬けにする必要なんてどこにもない。なのにどうしてそんな無意味なことを、それもここまで徹底的にやったんだろう。
するとホワイトハートは、一瞬だけきょとんとした表情を浮かべたかと思うと、ああ、と思い出したように手を叩いて。
「あなたが望んだからよ」
何でもないように、そう言い放った。
「……は?」
「だってあなた、言ってたじゃない。今の自分を変えたい、国をもっと良くしたいって。だからね、私がこの国を一から変えてあげようと思ったの」
怒気を含んだブランの返答に、彼女は淡々と答え続ける。
「まずは女神を。次に、国民たちを生まれ変わらせるの。ああ、別に殺してはいないから安心して? ただ、ちょっと氷の中で眠らせて、記憶を書き換えるだけだから。この国の女神は私だっていうことにね」
……とりあえず、全員が殺された、っていうことではないみたい。そりゃまあ、国民がいなくなったらシェアもなくなるし、殺さないのは当然か。
でも、記憶を書き換えるなんて、そんなこと。
「できるのよ。それが、私の力だから」
すると、広げた両手をロムとラムの二人の頭へ乗せて。
「この二人にもそうしてあげたの。この国の本当の女神は誰か、この国を良くするにはどうすればいいのか。そうしたらこの子たち、喜んで国民たちを氷漬けにしてくれたわ。本当にいい子たちよね」
「――ッ、てめえ!」
地面に突き立てたハンマーを蹴り上げて、ブランが跳躍。そのままホワイトハートへ向けて、構えた両腕を振り下ろす。ホワイトハートへと迫るハンマーは、交錯する二本の杖によって阻まれた。
鈍い金属音。同時に、ブランの叫び声。
「お前らっ、何して……!」
続く言葉は、二人の魔法の発動によって阻まれた。水色の光、おそらく氷の魔法。
吹き飛ばされたブランをかろうじて受け止めると、体が冷たくなっていることに気が付いた。頬には白い結晶のようなものがついていて、それを袖で無理矢理落としながら、再びブランが頭上の三人を睨む。
「お姉ちゃんの邪魔をするやつなんて、何がなんでも許さないんだから!」
「……いますぐ、ここから消えてくれる?」
駄目だ、本当に記憶そのものが書き換えられてるっぽい。
「っ、くそ……勝手に人の妹に手出ししやがって……!」
「あなたの妹じゃない。この子たちは、女神の妹でしょう? だから、今の姉は私なのよ」
……記憶を弄ったくせに、よくそこまで好き勝手言えるよね、ほんと。
じゃあ聞くけどさ、あなたはその二人とどれだけ一緒の時を過ごしてきたの?
「残念ね。記憶を書き換えたんだから、この二人は私のことを、そこの元女神と同じくらいに……」
違う。
あなたはその二人のことを、どれくらい知ってるの?
「……私、が?」
ロムはちょっと内気で控えめって言うか、大人しめなんだけど、やるときはきちんとやる子。
ラムは活発で悪戯好きで、少しだけ生意気だけど、絶対に諦めない子。
この長いゲイムギョウ界の生活の中で、俺は二人のことをこれくらいしか知らない。だから普段からちょっと距離を置かれているっていうか、関わりづらそうなのは仕方ない。
それなのに、あなたは新しく女神になったからって、二人のことを妹って言えるの?
「あなた、一体何を……」
妹のことだけじゃない。あなたは、ルウィーという国をどこまで知ってるの?
他の国よりもとても寒くて、なんだか変なオブジェとかが多くて、教会がものすごく広くって、でも街の雰囲気はとっても緩やかで落ち着いて、国民はみんな優しくて、とってもあったかい心の持ち主で。
それが、今は変わっちゃった。街には誰も居ないし、教会も氷のせいでいつもより狭くなってるし、国民はみんな氷漬けにされて冷たくなってる。
つまりさ、何が言いたいかっていうと。
「みんなの知ってるルウィーを、勝手に変えないでよ」
ロムとラムは国民を凍らせるなんて、そんなこと絶対にしない。
街もあんなに寂しくない。ルウィーの人たちも、こんなところで寝てるはずがない。
そして何より、ルウィーの女神はあなたじゃなくて、ブランなんだ。
「……ああ、そうだ。よく言ってくれたよ、黒い方」
ぼそりと呟きながら、ブランが俺の肩を掴んだ。
「確かにそうだ、私は変わりたいって思ったよ。もっと国を豊かにしたい、国民を幸せにしたい、より良い女神になりたいって……情けない考えかもしれないけど、今の自分よりもっと良い自分があるはずだって。皆が本当に求めてる女神に変わりたいって、思ったんだよ」
でも。
「それはな、私の夢なんだ! ルウィーの皆が望んでることじゃない! 今のルウィーが好きな人だっているし、今のままの私を認めてくれる奴もいる! だからなあ、私の大好きなルウィーを、勝手に好き勝手変えてんじゃねえぞ!」
ネプテューヌは自由。ノワールは絶対。ベールは唯一。
だったら、ブランは不変なんだ。
変わらない者。変わらないことを択んだもの。ありのままのルウィーを継ぐ者。
それが、ブラン――ホワイトハートという女神の、在り方なんだと、思う。
「……なあ黒い方。あいつ、この前のベールみたいにできるか?」
この前の? ベールみたいに?
……ああ、そういうことか。それは分からないけど、できないって決まったわけじゃない。
「なら一緒に行くぞ。狙うのは、あの真ん中の野郎一人だ」
「でも、ロムとラムの二人は……」
「ちょっとー、さすがに私達のこと忘れてるとかないよねー?」
…………あ。
「その顔、本気でやってたわね」
「まあ今のシーンの主役はブランでしたものね。口を出せなかったのも事実ですわ」
そうなんだよな、正直俺も思わず口出しちゃってこれやべー、って思ったし。
うわ今になってめっちゃ気になってきた。ブラン、怒ってないよね?
「……お前ら、緊張感とかないのかよ」
「何言ってるの? シリアスブレイカーの私の前で、鬱展開なんて許さないんだから!」
いや、今のはシリアスブレイカーっていうか、雰囲気そのものを滅茶苦茶にしたっていうか。
……まあ、そうだよな。こんなシリアス、みんな望んでないよな。
もっとユルくいこうよ、ユルく。ふわっとした感じでロムとラムを正気にさせて、ふわっとした感じであいつをぶっ飛ばして、いつものふわっとしたルウィーに戻そうよ。
それが、このゲイムギョウ界における、変わらない日常なんだからさ。
「ベールの時みたいに、こいつは私の国の問題だって言いたいが……」
相手は三人だし、それにロムとラムに乱暴なことはできないし。
「ロムの相手は私とネプギアが!」
「ラムも私達が足止めしておくわ!」
そっか、それなら。
「じゃあ私はハブられちゃったし、ここに入っちゃおっかな!」
「そういうのはノワールの特権だと思ってたけど」
「分かってないなー、ノワールはボッチになってもこうやって自分で入ってこないんだよ」
言い方がアレだけどすごい理解できるのが悲しいな。
あ、やめてノワール、睨まないで。俺は何も悪くないから……やるならネプテューヌの方を。
「女神でもないあなたが、私に勝てるとでも?」
「そうだな、確かに今の私は女神じゃない」
けどな、とハンマーを勢いよく蹴り上げて――
「私はブランだ。それは、何も変わらない」
その言葉と同時に、戦闘が始まった。
■
地面を蹴って跳び上がり、ホワイトハートの目の前へ。すぐさま斧だか杖だか、結局よく分かんない得物を右側から振りぬかれて、それを盾で受け止める。予想以上に勢いが強くて、腕が腹にめり込んだけれど、これで隙は作れたはず。
落ちる最中に見えたのは、俺に続いてハンマーを振り下ろそうとするブランと、更にその上から女神化したと同時に、剣を構えるパープルハート。二人の同時攻撃に、けれどホワイトハートは一瞥するだけ。
そして、放たれた二人の攻撃が――見えない何かによって、妨げられた。
「なっ……!」
ブランの驚くような声が、氷の魔法によってかき消される。
猛吹雪を一点に集中した、レーザーみたいな凍結魔法。瞬間的にハンマーの柄で防御はできたらしく、ブランの体が再び凍ることはなかった。けれど勢いは殺せなくて、そのまま地面に落ちてくる。
既に着地を終え、軋む足を動かしながら、ブランをすんでのところで受け止めた。
「……っ、くそ! 何なんだよあいつ! 変な魔法使ってきやがって!」
ちょっ、それ俺! 台パンするな! いや、確かにアレはうざいけどさ!
地面に落ちた俺達にホワイトハートは目を向けることすらせずに、宙を跳ぶネプテューヌへと先程のレーザーを放つ。数は、四。射出点はホワイトハートの頭上にひとつと、足元に三角形を描くように三つ。
避けるのはあまり苦戦してないけど、その魔法のせいで距離を置くしかないみたい。厄介な魔法だ。
それに、何か変な防御魔法も使ってた気がする。二人の攻撃が当たった瞬間、一瞬だけその輪郭が見えたけど、あれはホワイトハートを包む球体状になってる。だから、裏に回っても駄目。
つまり、なんとかしてあの防壁を正面から壊さないといけないけど、レーザーがそれを邪魔してくる。
……最近のRPGのラスボスでも、もうちょっと優しいと思うんだけどなあ。
「愚痴ってる暇あるなら、早く立てよ……」
そうだ、まだ無理って決まったわけじゃない。試行錯誤を重ねるのも、RPGの定石。
プロセッサユニットを接続。左腕にシェアエネルギーを纏わせて、背中には三枚の片翼。
そういえば、この形態の正式名称、まだ決めてなかったな。ここは安直だけどベールフォームでいっか。
足首を女神化させてしっかりと踏み込んでから、盾を弓へと変形させる。そうして、シェアエネルギーの弦に槍を番えて、勢いよく引き絞ってから、まずは一発目。
衝撃波を纏いながら飛んでいった槍は、ホワイトハートの眼前まで迫り――
「ふん」
ばいん、と。
情けない音を立てて、障壁に阻まれてしまった。
これ駄目なのかあ。前のステージで手に入れた新要素は次のボスで有効だって思ったんだけど、現実はそんなに緩くないか。というより俺、これ封じられるともう遠距離攻撃できる手段持ってないんだよね。
さてどうするか、なんてゆっくり思考できる時間なんて、与えてくれる訳もなくて。
放たれたレーザーを見て、俺とブランがそれぞれ左右に逃げる。
「おいネプテューヌ、なんかないのかよ!」
「あったら使ってるわよ! 私だって、好きで逃げ回ってるわけじゃないの!」
ごもっとも。
ならどうするか……球体だから弱点っていうか、ウィークポイントもないだろうし。せめてブランのハンマーで思いっきり叩けたらいいんだけど、それはレーザーが邪魔してくる。
…………詰んでないか、これ。
「ようやく分かったの? 私に抵抗しようだなんて、無駄なことだって」
呆れたようにため息を吐きながら、ホワイトハートが片手にエネルギーを集め始める。
「さて、そろそろ国民の記憶も書き換えましょうか。あなた達に構ってるほど私もヒマじゃないの」
え、今ここで!? さすがにナメてるだろ!
……いや、ほんとにナメてるんだろうな。実際、俺達は手も足も出せないし。
「あなたが望んだことよ。変わりゆくルウィーの景色を、黙って見てなさい、ブラン」
――させない!
地面を蹴って、同時にプロセッサユニットを両足の膝まで纏わせる。そこで初めて、女神化できる部分が増えていることに気が付いた。いや、それはどうでもいいっていうか、僥倖。このまま突っ切る。
もう一度、今度は両足で地面を踏み抜いて、上空へ跳躍。女神化できる部分が増えたせいで、いつもよりも勢いも高さも、上。そうしてホワイトハートの頭上へ舞い上がると、全身に広げていたシェアエネルギーを、盾に全て集束させる。
もっと大きく、硬く、あとは分厚く、それに、ええっと……鋭く?
ああもう、何でもいいから一発! 一発、ブチ込めるような何かを!
「とりゃあああっ!」
落下と同時、両手で振り上げた盾を、球体状の防壁へ。
そして――確かな手応え。同時に、ぱりん、と薄いガラスが弾けるような音。
「なっ……!?」
やった? やった! 理屈はよくわからんが、通ったっぽい!
驚いたままの表情で固まるホワイトハート、その額へと手を伸ばす。
ベールの時と同じなら、触れれば吸収できるはず。だから、この手さえ届けば――。
「っ、させない!」
叫び声と共に、全身に焼けるような熱さ。そして次の瞬間に、感覚が消し飛んでいく。
それが、四方から放たれたレーザーによるものだということに気づいたとき、すでに自由落下が始まっていた。身動きが取れなくなった俺に、ホワイトハートが振り上げた斧から、渾身の一撃を放つ。
そりゃもう、こんな小さな女の子の体から出ちゃいけないような、生々しい音が体の奥から響いてきて。
周囲の景色が、ぎゅん、と引っ張られる。四肢が千切れそうなほどの、痛み。
なんとか受け身を取ろうと、吹き飛ばされた方向へと顔を向けて――
――いや、まずいっ!
プロセッサユニットを両手首と両足首に展開して、できるだけ威力を殺して、その人とぶつかった。
地面を何度も転がる。体がばらばらになりそうだったけど、抱きしめたその人を手放さないように、無理やり耐えた。そうして、壁に撃ち付けられたところで、ようやく体が止まってくれる。
……五体満足で生きてるのが奇跡だよな、ほんと。腕も足も、心もぼろぼろだよ。
って、違う! そうじゃなくて……
「だい、じょうぶ?」
「…………え?」
掠れた声で腕の中のロムに聞くと、きょとんとした顔で返された。
……うん、まあ大丈夫ということにしておこう。問いかけが出来ればOKってどっかで読んだし。
しっかしあのホワイトハート、吹っ飛ばした先にロムが居るとか関係なかったな。下手したら俺がロムを巻き込んで、そのまま大怪我だったのかもしれないのに。
でも、結果的に無事でよかった。
「黒いお姉ちゃん、大丈夫!?」
「早くそこから離れてください! まだ、ロムは私達のことを……!」
そうなんだよね、だからすぐに離れたいんだけど……いや、どうも体が言う事を聞いてくれない。
ずるりずるりとロムが俺の腕から抜けて、駆け寄ってきたネプギアとユニを一瞥してから、もう一度俺へと視線を下ろす。あー、これ人質とかにされるのかな。それはちょっと、勘弁してほしいっていうか……。
「黒い、ネプテューヌさん?」
……お?
「どうしたの、すごい怪我……って、わたし、なんで変身してるの?」
……これは、
「ロム、あなた、私たちのこと分かる!?」
「う、うん……ユニちゃんに、ネプギアちゃん……」
「よかった、本当に戻ったんだ……でも、どうして……」
なんでだろうね、って口を挟もうとした瞬間、頭が痛む。
別の何かが、体の中に入ってくる感覚。でもそれは、ベールの時ほどの重たさじゃなくて、ほんのりと香る程度っていうか、うっすらとしか感じられない程度。けれど、それは確かに俺の中へと入っていった。
……もしかすると、ロムの記憶を改変していた力が、入ってきた?
「とにかく、黒いネプテューヌさん、かいふくしないと……!」
当てられたロムの手が、ぽわ、と緑に光る。すぐさま暖かい、緩やかな力が流れてきて、全身の痛みが引いていく。すごいな回復魔法、なんだかんだ初めて受けたけど、こんな感じなんだ。
でも、まだ本調子にはなれない、って感じかな。まあ受けたダメージが多いし、それは仕方ないのか。
ふらつきながらも立ち上がると、ロムが俺の手を握ってくれた。
「……わたしが、やったの?」
違う。ロムも、ラムも何も関係ない。いや、この怪我は本当にマジで関係ないけどさ。
でも教えない方が、いいよね。うーん、これもエゴなのかな。だとしても、俺は自分を信じる。
それで、この後の行動なんだけど――
「っ、黒いお姉ちゃん、ロムちゃん!」
地面を這って向かってくるレーザーに、ロムがそのまま俺の手を引いて上空へと浮かび上がる。
「あなた、
何に憤っているのかは知らないけど、でも今の行為があっちにとってマズいのは分かった。
「あのひと、だれ? ちょっとだけ、お姉ちゃんに似てるけど……」
偽物だよ。あれはブランじゃない。ブランは、その下で戦ってる。
あ、今ネプギアとユニが加勢にいった。この調子だと、ホワイトハートのことは任せられそう。
「ほんとだ……じゃあ、あそこで戦ってるのは、ラムちゃん……?」
うん。ロムみたいに、記憶を書き換えられてる。
変身してることも、俺も、ブランのことすらも忘れてるんだ。あのブランの偽物のせいで。
「……どうすれば、お姉ちゃんたちを助けられるの?」
多分、ラムもロムと同じように記憶を取り戻せば、勝機が見えてくるはず。
だから、まず俺をラムのところまで連れて行ってほしいかな。それから、あの偽物をブッ飛ばせばいい。
「うん、わかった。早く、あの偽物を、ぶっとばす!」
……ロムにこんなこと言わせて、後でブランに怒られないかな?
いや、非常事態だし仕方ないでしょ。それに、今はそんなことに気なんて使ってられないし。大丈夫……だよな? ブラン、怒るとマジで怖いからな……。
なんて関係ないことを考えていると、すぐにラムとの戦闘の場に運ばれる。ノワールもベールも、傷つけないっていうか、ラムの相手には余裕があるみたいだけど、戦闘が長引いているせいで疲労してるみたい。
よし、ならちょっと様子見しつつ、隙が出来たらラムのところへ……
「がんばって、黒いネプテューヌさん!」
は?
いやちょっと、俺の話――――ああああっ、もう!
「何よ今の……って、黒い方!? 何やってるのよあなた!」
「さすがに受け止める余裕はありませんわよ! 自分で何とかしてくださいな!」
いや俺だってまさかロムがやるとは思わなかったよ!
ああこれ焦らせた!? 俺のせいなん!? ごめん、ごめんて!
……いや、もうやるしかない! 無理やりにでもラムの方に!
「なによあいつ、ただのマトじゃない! 撃ち落としてあげる!」
その言葉にすぐさま盾を展開、自分の前に。
次々と飛んでくる氷の破片を受け止めながら、だんだんとラムの方へ。
いける、多分いけるはず。ここでいけなかったら、勇気を出してくれたロムに顔が立たない。
だから――何としてでも届かせる!
「ちょっと、止まってよ! そうじゃないと、ぶつかっちゃうわよ!?」
なんて叫ぶラムの頭に、ぽん、と。
手を触れたその瞬間、また体の中に何かが入り込んでくる。それはロムの時と同じように、少しだけ薄いものだけど、歪な感覚。体というか心の中でくすぶるそれは、やがて俺に馴染んでくれた。
……いける。ベールの時で分かったけど、これくらいの量なら、たぶん。
「いたた……あれ? 黒いネプテューヌちゃん? どうして?」
ああ、いやちょっとね。頭にいらないものがついてたから、払ってあげたっていうか。
「ふーん、って、ええ?! 私、なんで変身してるの!?」
「ラムちゃん!」
驚くラムの元へ、上からロムが降りてくる。
「あれ、ロムちゃんも変身してる? どういうこと?」
「わかんない……でも、お姉ちゃんが大変なの!」
「お姉ちゃんが? じゃあ、助けに行かないと! いくよ、ロムちゃん!」
は、話がポンポン進んでいく……いや、ありがたいことなんだけどさ。
なんて飛んでいく二人を思わず眺めていると、後ろからぐい、と足を押し付けられた。
「……あなたね、そういうのはもっと早くやりなさいよ」
いや、ごめんて……知らなかったもん……。
というか足が出てるってことは多分、ガチで怒ってるよね? ほんとすいません……。
「私たちは少し疲れましたわ。こういった戦い方には慣れていませんですし」
「それに、あとはブランと、あなたの問題でしょ。だったら私達は何も手出ししないわよ」
そっか。なら、頑張ってくる。出来る限りでやってみるよ。
……見送ってくれてる、って解釈でいいんだよね?
「気にしてるくらいだったらさっさと行きなさい!」
はい、行ってきます! 今すぐに!
■
地面を蹴り上げて、一度空中に跳び出すと、眼下にホワイトハートとブランの対峙が見えた。
一応、障壁は割ったはずだよね? だから何かしら攻撃が通ってもいいはずだけど……駄目だ、ピンピンしとるわあいつ、もしかして素で防御力高いとか? 何も、そこまで再現しなくても。
いや、いや。考えてる場合じゃない。早くあいつを倒さないと。
重力に従うと同時、右手に構えた盾を地面へ向けて、膝立ちのままで着地。
……ほんとにヒザに悪いな、これ。次からはやめておこう。
「黒いの……! それに、ロムとラムも!」
「もう大丈夫よ、お姉ちゃん!」
「あんな偽物、はやくぶっとばしちゃお……!」
……違うんすよ……咄嗟に俺が口走っちゃって……だからそんなに睨まないで……。
いやこの際、後でお叱りでもなんでも受けるから、今はそうじゃなくて。
「……お姉ちゃんも、変身しよ?」
「そうよ! 変身すれば、あんな偽物すぐにやっつけちゃうでしょ?」
「それは……」
そうだよ、変身すればいいじゃん。
「……ロムとラムは知らないだろうけど、今の私は変身できなくて」
どうして? だって、ロムとラムの記憶が戻ったんでしょ?
つまり女神であるブランを知っているルウィーの国民が、この世界に戻ってきたってワケで。
それなら、たぶん。
「シェアエネルギーが回復してる……? これなら……!」
さあ、一緒に声を重ねて!
『変身!』
放たれた光は白いプロセッサユニットへと形を変えて、俺の右半身へと収束していく。背中にはブランの物と同じ、四角い透明の片翼。髪の色も右半分が空色になって、右の瞳が赤色に染まる。
得物はブランと同じ大きなハルバード。ずしんと重たい音を立てながら、地面に突き立てた。
隣にはいつも通りに変身したブランの姿。そして俺達が対峙するのは、偽りのホワイトハート。
そして、ここには俺が居て。
「ホワイトハートが三人。粋な計らいでしょ?」
………………あれ。
な、なんで二人ともそんな目で見てくるのさ。たまにはいいじゃん、通りすがりの真似したってさ。
「前々から思ってたけどよ、お前ってほんとにキャラがブレブレだよな」
やめろッ! 微妙に気にしてることピンポイントで指摘しないでっ!
……いや、もうブレるのがデフォのキャラで行こうかな。その方が面白そうだし。
「よく分からないけど、変身したところで私に勝てると思ってるの?」
うん、思ってる。
もしかすると、君ってこういうのに弱いでしょ。
「なに……?」
訝しむホワイトハートに見せつけるように、大きな斧を掲げる。それと同時に、左手に盾を。
すると俺の持っていた盾は、ひとりでにふわりと浮かび始めて、中央から二つに割れた。まるで弧を描くように変形したその盾は、ハルバードの刃が着いてないほうに、がちゃり、と合体。
大鎌、でいいのかな。ぶんぶんと振り回すと、重さのバランスが合い始めたのか、割と手に馴染む。
……重要なのは、刃の部分に盾が使われてること。さっきの障壁を壊したこともあって、多分俺のシェアエネルギーは、あのホワイトハートに何らかの影響を与えるんだと、思う。
だから俺が道を切り拓いて、トドメはブランが。
「……ああ、いいぜ。乗ってやるよ」
ブランと顔を合わせて頷いた次の瞬間、目の前に吹雪が迫る。
さっきまで放たれていた細いレーザーとは全然違う、津波みたいな光線。
でも、きっと、
地面から這うように、大鎌を掬い上げると、放たれた斬撃が吹雪を真っ二つに割った。
開いた道をそのまま駆けて、続いて襲い来る細いレーザーを鎌の刃で防ぐ。二撃、三撃目は左右に移動することで回避。四撃目を跳躍して躱し、そのままホワイトハートの前に。これで、三度目。
すぐさま彼女が手を翳すと、そのままホワイトハートを包み込むように、透明な障壁が築かれる。
「だりゃああああっ!」
ぶん! と勢いよく鎌を振りかざすと、その刃が障壁へと突き刺さり――ホワイトハートの目と鼻の先で、止まる。にやりとした彼女の笑み。すぐさま、レーザーの銃口がこちらへ向けられた。
……届かない? いや、違う――
「届かせるんだよッ!」
上空から響く声に、ホワイトハートが目を見開いた。
そのまま上から降ってくるブランが、握った斧を勢いよく振り下ろす。その先にあるのは、障壁に突き刺さったままの、俺の大鎌。がぎん、という音と共に、ブランの斧が、俺の鎌を上から圧しつける。
体が吹き飛ばされそうになるほどの、衝撃。それと同時に響き渡るのは、薄いガラスの割れる音。
そして。
「…………どう、して」
ブランの放った斬撃が、ホワイトハートの体を、薙いだ。
左肩から右の腰にかけての袈裟斬り。傷口から黒い粒子をまき散らしながら、地面へと落ちた。
「変わりたいって願ったのは、あなたじゃない……今の自分を嫌っているのも、本当のことなのに。だから私は、あなたを救おうとして……あなたの夢を。叶えてあげたかっただけなのに……」
縋るように手を伸ばす彼女の傍で、変身を解きながら、ブランが一言。
「私の夢は、私だけのものよ。勝手に叶えないでくれる?」
言い放った言葉に、ホワイトハートが目を見開いた。
「……それでは、あなたはその夢を叶えたまま、一生変わらないでいるつもりなの?」
「それが皆の望むことならね。わざわざ、皆の好きなルウィーを変える必要なんて、どこにもないもの」
「でも、それは縛られているということではないの? もっと、自由に生きたいとは思わないの?」
「さあね。少なくとも、私は縛られているとは思っていないわ。だって」
するとブランは、笑顔で駆け寄ってくるロムとラムの二人を見つめながら、
「あの子たちみたいに、私に笑顔を向けてくれる人がたくさんいるもの。だったら、私は皆が笑ってくれる今を変えたくはない。変わることのない平穏な日常を守りたいって、そう思えるの」
柔らかな笑みを浮かべて、そう答えた。
「……そう。あなたは、夢を夢として抱ける人だったのね」
四肢はもうほとんど崩れ落ちている。黒い粒子に包まれながら、ホワイトハートは呟いた。
夢を夢として抱く。それはとても残酷な選択だけど、変わらない今を守るために必要なこと。
……やっぱり、夢は夢だからこそ美しいのかも、しれない。
「さようなら、ルウィーの女神様。どうか、変わることのない、静かで平穏な日々を」
その言葉を残して、ホワイトハートは黒い粒子となって、消えた。
それと同時、体の中にさっきよりも濃い力が流れてくる。
心の中で違和感と共に暴れていたそれは、しばらくすれば馴染んでくれた。
「お姉ちゃん、かっこよかったわ!」
「ありがとう」
「やっぱり、お姉ちゃんが偽物をぶっとばしてくれた……!」
「……黒いの、後でちょっと話をしましょうか」
え、いや、この流れでですか……まあ、ああいった手前、逃げるわけにもいかないけどさ。
「そういえば、この凍らされた人たちはどうするの?」
「ロムとラムがやったんだから、元通りにもできるでしょ」
「みたいですわね。でも、さすがにこの量をあの子たちに任せるのは酷ではなくて?」
「見たところ凍らされているっていうより、氷で包まれてるって感じです。時間をかけて周囲の氷を砕けば、私達でも助けられるかもしれません」
「なら早く手伝いましょ。いつ手遅れになるかも分かんないんだし」
そうだね、じゃあ手分けして、みたいな話の流れの中で、ふと何かを忘れていることを思い出す。
とても大事なことだと思う。忘れちゃいけない何か。そうした思考が頭の中を過ぎった瞬間、急に心の中にもやもやとした感情が湧いてくる。不安や焦燥というよりは、明らかな違和感。
そうして、心の靄が晴れたその瞬間、俺は思わず口を開いて。
「そういえば、ピーシェとプルルートは――」
続く言葉をかき消したのは、教会を揺るがすほどの轟音だった。
天井が割れて、その先から何かが落ちてくる。人影だったと思う。そして、あの高さから落ちてもその人影はなお、すぐに立ち上がる。煙が晴れた先に立っていたのは、淡い紫の髪を揺らす、その人で。
「プルルート!」
名前を呼ぶと、プルルート――否、アイリスハートは、その瞳を俺へと向けた。
「あら、ねぷちゃん。久しぶりねえ」
「久しぶりっていうか、今までどこに……」
「ずっとルウィーにいたわよ? それで、あいつと遊んでたのよ」
あいつ? と首を傾げると、プルルートが握る剣の先を、穴の開いた天井へと向ける。
指し示された方へと目を向けたその瞬間――俺は、言葉を失った。
「……う、そ」
ルウィーの空に浮かんでいるのは、一人の女性だった。
髪の色は太陽を閉じ込めたかのような、輝く黄金。身に纏うのは、虎の爪のような手甲が特徴のプロセッサユニット。目を惹くのはとんでもなく大きな胸で、いや、それよりも、橙色の瞳の中央、その瞳孔が明らかに、電源マークを模した女神の、もので。それは、彼女が女神であることを確かに示していて。
どうして? いや、なんで? プルルートと同じ? でも、シェアクリスタルはどうやって?
疑問の渦に巻き込まれる。溺れる俺を救い上げたのは、アイリスハートの言葉だった。
「よければ名前を聞かせてくれるかしら? これだけヤり合えたの、あなたが初めてだもの」
……駄目、だ。聞きたくない。聞いちゃいけない。だってそれ聞いたら、彼女が女神になってしまったことを、認めることになっちゃうから。
それでも、宙に浮かぶ彼女は、とても純粋に目を輝かせて、こくりと頷いてから。
「私はイエローハート! 新しい女神だよっ!」
声を高らかに、イエローハート――ピーシェは、そう答えた。
■
運命は、変わらない。変えられない。変わることは、決してない。