虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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16 フィナーレ/ルウィーを継ぐ者

 

「ホワイトハート……だと?」

 

 こちらを見降ろす彼女は、確かにそう口にした。

 熟れた鬼灯のような朱色の瞳に、斧と杖を足して二で割ったような奇妙な武器。白いプロセッサユニットに身を包み、背中には透き通る水色の翼。

 そして何よりも目を惹いたのは、腰までに届く空色の髪で。

 ……言われてみれば、ブラン、というかホワイトハートが順当に成長したようにも、見える。

 

「スタイルもいいよね。変身した私とまではいかにけど、大人っぽい感じ?」

「胸もあっちの方が断然大きいけど」

「お尻もあちらの方が魅力的ですわ」

 

 何なら性格まで大人しめだよね。ブランほどあれてなさそうっていうか、お淑やかっていうか。あれが大人の余裕ってやつなんかな。

 

「先にテメーらからブッ飛ばしてやろうか?」

 

 すいませんでした。

 

「……やっぱり、私の方が女神にふさわしいと思うけど?」

「そんなこと誰も言ってないでしょう? 自意識過剰にも程があるわ」

「あなたが自覚できてないだけでしょうに。かわいそうね、そんな頭もないなんて」

「言ってなさい。無駄口を叩いてる間に潰してあげるから」

 

 言葉を投げつけ合いながら、ブランとホワイトハートが睨み合う。

 いつ戦闘が始まってもおかしくないほどの緊迫感だった。それはネプテューヌ達も感じ取っているようで、それぞれ自分の獲物を構えながら、ホワイトハートのことを見上げている。

 そしてブランは、構えていたハンマーをホワイトハートへ――向けず、地面へと突き立てた。重たい音が、氷に包まれたルウィーの教会に響く。

 

「一つだけ、聞いておきたいのだけど」

 

 するとブランは、一度だけ周囲へと目を配りながら、

 

「どうして彼らにこんなことをしたの?」

 

 見渡す限りの氷塊。その中に閉じ込められているのは、氷漬けにされたルウィーの――彼女の、国民たち。

 確かにブランの言う通り、新しく女神になったとはいえ、国民を氷漬けにする必要なんてどこにもない。なのにどうしてそんな無意味なことを、それもここまで徹底的にやったんだろう。

 するとホワイトハートは、一瞬だけきょとんとした表情を浮かべたかと思うと、ああ、と思い出したように手を叩いて。

 

「あなたが望んだからよ」

 

 何でもないように、そう言い放った。

 

「……は?」

「だってあなた、言ってたじゃない。今の自分を変えたい、国をもっと良くしたいって。だからね、私がこの国を一から変えてあげようと思ったの」

 

 怒気を含んだブランの返答に、彼女は淡々と答え続ける。

 

「まずは女神を。次に、国民たちを生まれ変わらせるの。ああ、別に殺してはいないから安心して? ただ、ちょっと氷の中で眠らせて、記憶を書き換えるだけだから。この国の女神は私だっていうことにね」

 

 ……とりあえず、全員が殺された、っていうことではないみたい。そりゃまあ、国民がいなくなったらシェアもなくなるし、殺さないのは当然か。

 でも、記憶を書き換えるなんて、そんなこと。

 

「できるのよ。それが、私の力だから」

 

 すると、広げた両手をロムとラムの二人の頭へ乗せて。

 

「この二人にもそうしてあげたの。この国の本当の女神は誰か、この国を良くするにはどうすればいいのか。そうしたらこの子たち、喜んで国民たちを氷漬けにしてくれたわ。本当にいい子たちよね」

「――ッ、てめえ!」

 

 地面に突き立てたハンマーを蹴り上げて、ブランが跳躍。そのままホワイトハートへ向けて、構えた両腕を振り下ろす。ホワイトハートへと迫るハンマーは、交錯する二本の杖によって阻まれた。

 鈍い金属音。同時に、ブランの叫び声。

 

「お前らっ、何して……!」

 

 続く言葉は、二人の魔法の発動によって阻まれた。水色の光、おそらく氷の魔法。

 吹き飛ばされたブランをかろうじて受け止めると、体が冷たくなっていることに気が付いた。頬には白い結晶のようなものがついていて、それを袖で無理矢理落としながら、再びブランが頭上の三人を睨む。

 

「お姉ちゃんの邪魔をするやつなんて、何がなんでも許さないんだから!」

「……いますぐ、ここから消えてくれる?」

 

 駄目だ、本当に記憶そのものが書き換えられてるっぽい。

 

「っ、くそ……勝手に人の妹に手出ししやがって……!」

「あなたの妹じゃない。この子たちは、女神の妹でしょう? だから、今の姉は私なのよ」

 

 ……記憶を弄ったくせに、よくそこまで好き勝手言えるよね、ほんと。

 じゃあ聞くけどさ、あなたはその二人とどれだけ一緒の時を過ごしてきたの?

 

「残念ね。記憶を書き換えたんだから、この二人は私のことを、そこの元女神と同じくらいに……」

 

 違う。

 あなたはその二人のことを、どれくらい知ってるの?

 

「……私、が?」

 

 ロムはちょっと内気で控えめって言うか、大人しめなんだけど、やるときはきちんとやる子。

 ラムは活発で悪戯好きで、少しだけ生意気だけど、絶対に諦めない子。

 この長いゲイムギョウ界の生活の中で、俺は二人のことをこれくらいしか知らない。だから普段からちょっと距離を置かれているっていうか、関わりづらそうなのは仕方ない。

 それなのに、あなたは新しく女神になったからって、二人のことを妹って言えるの?

 

「あなた、一体何を……」

 

 妹のことだけじゃない。あなたは、ルウィーという国をどこまで知ってるの?

 他の国よりもとても寒くて、なんだか変なオブジェとかが多くて、教会がものすごく広くって、でも街の雰囲気はとっても緩やかで落ち着いて、国民はみんな優しくて、とってもあったかい心の持ち主で。

 それが、今は変わっちゃった。街には誰も居ないし、教会も氷のせいでいつもより狭くなってるし、国民はみんな氷漬けにされて冷たくなってる。

 つまりさ、何が言いたいかっていうと。

 

「みんなの知ってるルウィーを、勝手に変えないでよ」

 

 ロムとラムは国民を凍らせるなんて、そんなこと絶対にしない。

 街もあんなに寂しくない。ルウィーの人たちも、こんなところで寝てるはずがない。

 そして何より、ルウィーの女神はあなたじゃなくて、ブランなんだ。

 

「……ああ、そうだ。よく言ってくれたよ、黒い方」

 

 ぼそりと呟きながら、ブランが俺の肩を掴んだ。

 

「確かにそうだ、私は変わりたいって思ったよ。もっと国を豊かにしたい、国民を幸せにしたい、より良い女神になりたいって……情けない考えかもしれないけど、今の自分よりもっと良い自分があるはずだって。皆が本当に求めてる女神に変わりたいって、思ったんだよ」

 

 でも。

 

「それはな、私の夢なんだ! ルウィーの皆が望んでることじゃない! 今のルウィーが好きな人だっているし、今のままの私を認めてくれる奴もいる! だからなあ、私の大好きなルウィーを、勝手に好き勝手変えてんじゃねえぞ!」

 

 ネプテューヌは自由。ノワールは絶対。ベールは唯一。

 だったら、ブランは不変なんだ。

 変わらない者。変わらないことを択んだもの。ありのままのルウィーを継ぐ者。

 それが、ブラン――ホワイトハートという女神の、在り方なんだと、思う。

 

「……なあ黒い方。あいつ、この前のベールみたいにできるか?」

 

 この前の? ベールみたいに?

 ……ああ、そういうことか。それは分からないけど、できないって決まったわけじゃない。

 

「なら一緒に行くぞ。狙うのは、あの真ん中の野郎一人だ」

「でも、ロムとラムの二人は……」

「ちょっとー、さすがに私達のこと忘れてるとかないよねー?」

 

 …………あ。

 

「その顔、本気でやってたわね」

「まあ今のシーンの主役はブランでしたものね。口を出せなかったのも事実ですわ」

 

 そうなんだよな、正直俺も思わず口出しちゃってこれやべー、って思ったし。

 うわ今になってめっちゃ気になってきた。ブラン、怒ってないよね?

 

「……お前ら、緊張感とかないのかよ」

「何言ってるの? シリアスブレイカーの私の前で、鬱展開なんて許さないんだから!」

 

 いや、今のはシリアスブレイカーっていうか、雰囲気そのものを滅茶苦茶にしたっていうか。

 ……まあ、そうだよな。こんなシリアス、みんな望んでないよな。

 もっとユルくいこうよ、ユルく。ふわっとした感じでロムとラムを正気にさせて、ふわっとした感じであいつをぶっ飛ばして、いつものふわっとしたルウィーに戻そうよ。

 それが、このゲイムギョウ界における、変わらない日常なんだからさ。

 

「ベールの時みたいに、こいつは私の国の問題だって言いたいが……」

 

 相手は三人だし、それにロムとラムに乱暴なことはできないし。

 

「ロムの相手は私とネプギアが!」

「ラムも私達が足止めしておくわ!」

 

 そっか、それなら。

 

「じゃあ私はハブられちゃったし、ここに入っちゃおっかな!」

「そういうのはノワールの特権だと思ってたけど」

「分かってないなー、ノワールはボッチになってもこうやって自分で入ってこないんだよ」

 

 言い方がアレだけどすごい理解できるのが悲しいな。

 あ、やめてノワール、睨まないで。俺は何も悪くないから……やるならネプテューヌの方を。

 

「女神でもないあなたが、私に勝てるとでも?」

「そうだな、確かに今の私は女神じゃない」

 

 けどな、とハンマーを勢いよく蹴り上げて――

 

「私はブランだ。それは、何も変わらない」

 

 その言葉と同時に、戦闘が始まった。

 

 

 地面を蹴って跳び上がり、ホワイトハートの目の前へ。すぐさま斧だか杖だか、結局よく分かんない得物を右側から振りぬかれて、それを盾で受け止める。予想以上に勢いが強くて、腕が腹にめり込んだけれど、これで隙は作れたはず。

 落ちる最中に見えたのは、俺に続いてハンマーを振り下ろそうとするブランと、更にその上から女神化したと同時に、剣を構えるパープルハート。二人の同時攻撃に、けれどホワイトハートは一瞥するだけ。

 そして、放たれた二人の攻撃が――見えない何かによって、妨げられた。

 

「なっ……!」

 

 ブランの驚くような声が、氷の魔法によってかき消される。

 猛吹雪を一点に集中した、レーザーみたいな凍結魔法。瞬間的にハンマーの柄で防御はできたらしく、ブランの体が再び凍ることはなかった。けれど勢いは殺せなくて、そのまま地面に落ちてくる。

 既に着地を終え、軋む足を動かしながら、ブランをすんでのところで受け止めた。

 

「……っ、くそ! 何なんだよあいつ! 変な魔法使ってきやがって!」

 

 ちょっ、それ俺! 台パンするな! いや、確かにアレはうざいけどさ!

 地面に落ちた俺達にホワイトハートは目を向けることすらせずに、宙を跳ぶネプテューヌへと先程のレーザーを放つ。数は、四。射出点はホワイトハートの頭上にひとつと、足元に三角形を描くように三つ。

 避けるのはあまり苦戦してないけど、その魔法のせいで距離を置くしかないみたい。厄介な魔法だ。

 それに、何か変な防御魔法も使ってた気がする。二人の攻撃が当たった瞬間、一瞬だけその輪郭が見えたけど、あれはホワイトハートを包む球体状になってる。だから、裏に回っても駄目。

 つまり、なんとかしてあの防壁を正面から壊さないといけないけど、レーザーがそれを邪魔してくる。

 ……最近のRPGのラスボスでも、もうちょっと優しいと思うんだけどなあ。

 

「愚痴ってる暇あるなら、早く立てよ……」

 

 そうだ、まだ無理って決まったわけじゃない。試行錯誤を重ねるのも、RPGの定石。

 プロセッサユニットを接続。左腕にシェアエネルギーを纏わせて、背中には三枚の片翼。

 そういえば、この形態の正式名称、まだ決めてなかったな。ここは安直だけどベールフォームでいっか。

 足首を女神化させてしっかりと踏み込んでから、盾を弓へと変形させる。そうして、シェアエネルギーの弦に槍を番えて、勢いよく引き絞ってから、まずは一発目。

 衝撃波を纏いながら飛んでいった槍は、ホワイトハートの眼前まで迫り――

 

「ふん」

 

 ばいん、と。

 情けない音を立てて、障壁に阻まれてしまった。

 これ駄目なのかあ。前のステージで手に入れた新要素は次のボスで有効だって思ったんだけど、現実はそんなに緩くないか。というより俺、これ封じられるともう遠距離攻撃できる手段持ってないんだよね。

 さてどうするか、なんてゆっくり思考できる時間なんて、与えてくれる訳もなくて。

 放たれたレーザーを見て、俺とブランがそれぞれ左右に逃げる。

 

「おいネプテューヌ、なんかないのかよ!」

「あったら使ってるわよ! 私だって、好きで逃げ回ってるわけじゃないの!」

 

 ごもっとも。

 ならどうするか……球体だから弱点っていうか、ウィークポイントもないだろうし。せめてブランのハンマーで思いっきり叩けたらいいんだけど、それはレーザーが邪魔してくる。

 …………詰んでないか、これ。

 

「ようやく分かったの? 私に抵抗しようだなんて、無駄なことだって」

 

 呆れたようにため息を吐きながら、ホワイトハートが片手にエネルギーを集め始める。

 

「さて、そろそろ国民の記憶も書き換えましょうか。あなた達に構ってるほど私もヒマじゃないの」

 

 え、今ここで!? さすがにナメてるだろ!

 ……いや、ほんとにナメてるんだろうな。実際、俺達は手も足も出せないし。

 

「あなたが望んだことよ。変わりゆくルウィーの景色を、黙って見てなさい、ブラン」

 

 ――させない!

 地面を蹴って、同時にプロセッサユニットを両足の膝まで纏わせる。そこで初めて、女神化できる部分が増えていることに気が付いた。いや、それはどうでもいいっていうか、僥倖。このまま突っ切る。

 もう一度、今度は両足で地面を踏み抜いて、上空へ跳躍。女神化できる部分が増えたせいで、いつもよりも勢いも高さも、上。そうしてホワイトハートの頭上へ舞い上がると、全身に広げていたシェアエネルギーを、盾に全て集束させる。

 もっと大きく、硬く、あとは分厚く、それに、ええっと……鋭く?

 ああもう、何でもいいから一発! 一発、ブチ込めるような何かを!

 

「とりゃあああっ!」

 

 落下と同時、両手で振り上げた盾を、球体状の防壁へ。

 そして――確かな手応え。同時に、ぱりん、と薄いガラスが弾けるような音。

 

「なっ……!?」

 

 やった? やった! 理屈はよくわからんが、通ったっぽい!

 驚いたままの表情で固まるホワイトハート、その額へと手を伸ばす。

 ベールの時と同じなら、触れれば吸収できるはず。だから、この手さえ届けば――。

 

「っ、させない!」

 

 叫び声と共に、全身に焼けるような熱さ。そして次の瞬間に、感覚が消し飛んでいく。

 それが、四方から放たれたレーザーによるものだということに気づいたとき、すでに自由落下が始まっていた。身動きが取れなくなった俺に、ホワイトハートが振り上げた斧から、渾身の一撃を放つ。

 そりゃもう、こんな小さな女の子の体から出ちゃいけないような、生々しい音が体の奥から響いてきて。

 周囲の景色が、ぎゅん、と引っ張られる。四肢が千切れそうなほどの、痛み。

 なんとか受け身を取ろうと、吹き飛ばされた方向へと顔を向けて――

 ――いや、まずいっ!

 プロセッサユニットを両手首と両足首に展開して、できるだけ威力を殺して、その人とぶつかった。

 地面を何度も転がる。体がばらばらになりそうだったけど、抱きしめたその人を手放さないように、無理やり耐えた。そうして、壁に撃ち付けられたところで、ようやく体が止まってくれる。

 ……五体満足で生きてるのが奇跡だよな、ほんと。腕も足も、心もぼろぼろだよ。

 って、違う! そうじゃなくて……

 

「だい、じょうぶ?」

「…………え?」

 

 掠れた声で腕の中のロムに聞くと、きょとんとした顔で返された。

 ……うん、まあ大丈夫ということにしておこう。問いかけが出来ればOKってどっかで読んだし。

 しっかしあのホワイトハート、吹っ飛ばした先にロムが居るとか関係なかったな。下手したら俺がロムを巻き込んで、そのまま大怪我だったのかもしれないのに。

 でも、結果的に無事でよかった。

 

「黒いお姉ちゃん、大丈夫!?」

「早くそこから離れてください! まだ、ロムは私達のことを……!」

 

 そうなんだよね、だからすぐに離れたいんだけど……いや、どうも体が言う事を聞いてくれない。

 ずるりずるりとロムが俺の腕から抜けて、駆け寄ってきたネプギアとユニを一瞥してから、もう一度俺へと視線を下ろす。あー、これ人質とかにされるのかな。それはちょっと、勘弁してほしいっていうか……。

 

「黒い、ネプテューヌさん?」

 

 ……お?

 

「どうしたの、すごい怪我……って、わたし、なんで変身してるの?」

 

 ……これは、()()()

 

「ロム、あなた、私たちのこと分かる!?」

「う、うん……ユニちゃんに、ネプギアちゃん……」

「よかった、本当に戻ったんだ……でも、どうして……」

 

 なんでだろうね、って口を挟もうとした瞬間、頭が痛む。

 別の何かが、体の中に入ってくる感覚。でもそれは、ベールの時ほどの重たさじゃなくて、ほんのりと香る程度っていうか、うっすらとしか感じられない程度。けれど、それは確かに俺の中へと入っていった。

 ……もしかすると、ロムの記憶を改変していた力が、入ってきた?

 

「とにかく、黒いネプテューヌさん、かいふくしないと……!」

 

 当てられたロムの手が、ぽわ、と緑に光る。すぐさま暖かい、緩やかな力が流れてきて、全身の痛みが引いていく。すごいな回復魔法、なんだかんだ初めて受けたけど、こんな感じなんだ。

 でも、まだ本調子にはなれない、って感じかな。まあ受けたダメージが多いし、それは仕方ないのか。

 ふらつきながらも立ち上がると、ロムが俺の手を握ってくれた。

 

「……わたしが、やったの?」

 

 違う。ロムも、ラムも何も関係ない。いや、この怪我は本当にマジで関係ないけどさ。

 でも教えない方が、いいよね。うーん、これもエゴなのかな。だとしても、俺は自分を信じる。

 それで、この後の行動なんだけど――

 

「っ、黒いお姉ちゃん、ロムちゃん!」

 

 地面を這って向かってくるレーザーに、ロムがそのまま俺の手を引いて上空へと浮かび上がる。

 

「あなた、()()()()()()もできるの!? 本当に滅茶苦茶ね!」

 

 何に憤っているのかは知らないけど、でも今の行為があっちにとってマズいのは分かった。

 

「あのひと、だれ? ちょっとだけ、お姉ちゃんに似てるけど……」

 

 偽物だよ。あれはブランじゃない。ブランは、その下で戦ってる。

 あ、今ネプギアとユニが加勢にいった。この調子だと、ホワイトハートのことは任せられそう。

 

「ほんとだ……じゃあ、あそこで戦ってるのは、ラムちゃん……?」

 

 うん。ロムみたいに、記憶を書き換えられてる。

 変身してることも、俺も、ブランのことすらも忘れてるんだ。あのブランの偽物のせいで。

 

「……どうすれば、お姉ちゃんたちを助けられるの?」

 

 多分、ラムもロムと同じように記憶を取り戻せば、勝機が見えてくるはず。

 だから、まず俺をラムのところまで連れて行ってほしいかな。それから、あの偽物をブッ飛ばせばいい。

 

「うん、わかった。早く、あの偽物を、ぶっとばす!」

 

 ……ロムにこんなこと言わせて、後でブランに怒られないかな? 

 いや、非常事態だし仕方ないでしょ。それに、今はそんなことに気なんて使ってられないし。大丈夫……だよな? ブラン、怒るとマジで怖いからな……。

 なんて関係ないことを考えていると、すぐにラムとの戦闘の場に運ばれる。ノワールもベールも、傷つけないっていうか、ラムの相手には余裕があるみたいだけど、戦闘が長引いているせいで疲労してるみたい。

 よし、ならちょっと様子見しつつ、隙が出来たらラムのところへ……

 

「がんばって、黒いネプテューヌさん!」

 

 は? 

 いやちょっと、俺の話――――ああああっ、もう!

 

「何よ今の……って、黒い方!? 何やってるのよあなた!」

「さすがに受け止める余裕はありませんわよ! 自分で何とかしてくださいな!」

 

 いや俺だってまさかロムがやるとは思わなかったよ!

 ああこれ焦らせた!? 俺のせいなん!? ごめん、ごめんて!

 ……いや、もうやるしかない! 無理やりにでもラムの方に!

 

「なによあいつ、ただのマトじゃない! 撃ち落としてあげる!」

 

 その言葉にすぐさま盾を展開、自分の前に。

 次々と飛んでくる氷の破片を受け止めながら、だんだんとラムの方へ。

 いける、多分いけるはず。ここでいけなかったら、勇気を出してくれたロムに顔が立たない。

 だから――何としてでも届かせる!

 

「ちょっと、止まってよ! そうじゃないと、ぶつかっちゃうわよ!?」

 

 なんて叫ぶラムの頭に、ぽん、と。

 手を触れたその瞬間、また体の中に何かが入り込んでくる。それはロムの時と同じように、少しだけ薄いものだけど、歪な感覚。体というか心の中でくすぶるそれは、やがて俺に馴染んでくれた。

 ……いける。ベールの時で分かったけど、これくらいの量なら、たぶん。

 

「いたた……あれ? 黒いネプテューヌちゃん? どうして?」

 

 ああ、いやちょっとね。頭にいらないものがついてたから、払ってあげたっていうか。

 

「ふーん、って、ええ?! 私、なんで変身してるの!?」

「ラムちゃん!」

 

 驚くラムの元へ、上からロムが降りてくる。

 

「あれ、ロムちゃんも変身してる? どういうこと?」

「わかんない……でも、お姉ちゃんが大変なの!」

「お姉ちゃんが? じゃあ、助けに行かないと! いくよ、ロムちゃん!」

 

 は、話がポンポン進んでいく……いや、ありがたいことなんだけどさ。

 なんて飛んでいく二人を思わず眺めていると、後ろからぐい、と足を押し付けられた。

 

「……あなたね、そういうのはもっと早くやりなさいよ」

 

 いや、ごめんて……知らなかったもん……。

 というか足が出てるってことは多分、ガチで怒ってるよね? ほんとすいません……。

 

「私たちは少し疲れましたわ。こういった戦い方には慣れていませんですし」

「それに、あとはブランと、あなたの問題でしょ。だったら私達は何も手出ししないわよ」

 

 そっか。なら、頑張ってくる。出来る限りでやってみるよ。

 ……見送ってくれてる、って解釈でいいんだよね?

 

「気にしてるくらいだったらさっさと行きなさい!」

 

 はい、行ってきます! 今すぐに!

 

 

 地面を蹴り上げて、一度空中に跳び出すと、眼下にホワイトハートとブランの対峙が見えた。

 一応、障壁は割ったはずだよね? だから何かしら攻撃が通ってもいいはずだけど……駄目だ、ピンピンしとるわあいつ、もしかして素で防御力高いとか? 何も、そこまで再現しなくても。

 いや、いや。考えてる場合じゃない。早くあいつを倒さないと。

 重力に従うと同時、右手に構えた盾を地面へ向けて、膝立ちのままで着地。

 ……ほんとにヒザに悪いな、これ。次からはやめておこう。

 

「黒いの……! それに、ロムとラムも!」

「もう大丈夫よ、お姉ちゃん!」

「あんな偽物、はやくぶっとばしちゃお……!」

 

 ……違うんすよ……咄嗟に俺が口走っちゃって……だからそんなに睨まないで……。

 いやこの際、後でお叱りでもなんでも受けるから、今はそうじゃなくて。

 

「……お姉ちゃんも、変身しよ?」

「そうよ! 変身すれば、あんな偽物すぐにやっつけちゃうでしょ?」

「それは……」

 

 そうだよ、変身すればいいじゃん。

 

「……ロムとラムは知らないだろうけど、今の私は変身できなくて」

 

 どうして? だって、ロムとラムの記憶が戻ったんでしょ?

 つまり女神であるブランを知っているルウィーの国民が、この世界に戻ってきたってワケで。

 それなら、たぶん。

 

「シェアエネルギーが回復してる……? これなら……!」

 

 さあ、一緒に声を重ねて!

 

『変身!』

 

 放たれた光は白いプロセッサユニットへと形を変えて、俺の右半身へと収束していく。背中にはブランの物と同じ、四角い透明の片翼。髪の色も右半分が空色になって、右の瞳が赤色に染まる。

 得物はブランと同じ大きなハルバード。ずしんと重たい音を立てながら、地面に突き立てた。

 隣にはいつも通りに変身したブランの姿。そして俺達が対峙するのは、偽りのホワイトハート。

 そして、ここには俺が居て。

 

「ホワイトハートが三人。粋な計らいでしょ?」

 

 ………………あれ。

 な、なんで二人ともそんな目で見てくるのさ。たまにはいいじゃん、通りすがりの真似したってさ。

 

「前々から思ってたけどよ、お前ってほんとにキャラがブレブレだよな」

 

 やめろッ! 微妙に気にしてることピンポイントで指摘しないでっ!

 ……いや、もうブレるのがデフォのキャラで行こうかな。その方が面白そうだし。

 

「よく分からないけど、変身したところで私に勝てると思ってるの?」

 

 うん、思ってる。

 もしかすると、君ってこういうのに弱いでしょ。

 

「なに……?」

 

 訝しむホワイトハートに見せつけるように、大きな斧を掲げる。それと同時に、左手に盾を。

 すると俺の持っていた盾は、ひとりでにふわりと浮かび始めて、中央から二つに割れた。まるで弧を描くように変形したその盾は、ハルバードの刃が着いてないほうに、がちゃり、と合体。

 大鎌、でいいのかな。ぶんぶんと振り回すと、重さのバランスが合い始めたのか、割と手に馴染む。

 ……重要なのは、刃の部分に盾が使われてること。さっきの障壁を壊したこともあって、多分俺のシェアエネルギーは、あのホワイトハートに何らかの影響を与えるんだと、思う。

 だから俺が道を切り拓いて、トドメはブランが。

 

「……ああ、いいぜ。乗ってやるよ」

 

 ブランと顔を合わせて頷いた次の瞬間、目の前に吹雪が迫る。

 さっきまで放たれていた細いレーザーとは全然違う、津波みたいな光線。

 でも、きっと、()()()

 地面から這うように、大鎌を掬い上げると、放たれた斬撃が吹雪を真っ二つに割った。

 開いた道をそのまま駆けて、続いて襲い来る細いレーザーを鎌の刃で防ぐ。二撃、三撃目は左右に移動することで回避。四撃目を跳躍して躱し、そのままホワイトハートの前に。これで、三度目。

 すぐさま彼女が手を翳すと、そのままホワイトハートを包み込むように、透明な障壁が築かれる。

 

「だりゃああああっ!」

 

 ぶん! と勢いよく鎌を振りかざすと、その刃が障壁へと突き刺さり――ホワイトハートの目と鼻の先で、止まる。にやりとした彼女の笑み。すぐさま、レーザーの銃口がこちらへ向けられた。

 ……届かない? いや、違う――

 

「届かせるんだよッ!」

 

 上空から響く声に、ホワイトハートが目を見開いた。

 そのまま上から降ってくるブランが、握った斧を勢いよく振り下ろす。その先にあるのは、障壁に突き刺さったままの、俺の大鎌。がぎん、という音と共に、ブランの斧が、俺の鎌を上から圧しつける。

 体が吹き飛ばされそうになるほどの、衝撃。それと同時に響き渡るのは、薄いガラスの割れる音。

 そして。

 

「…………どう、して」

 

 ブランの放った斬撃が、ホワイトハートの体を、薙いだ。

 左肩から右の腰にかけての袈裟斬り。傷口から黒い粒子をまき散らしながら、地面へと落ちた。

 

「変わりたいって願ったのは、あなたじゃない……今の自分を嫌っているのも、本当のことなのに。だから私は、あなたを救おうとして……あなたの夢を。叶えてあげたかっただけなのに……」

 

 縋るように手を伸ばす彼女の傍で、変身を解きながら、ブランが一言。

 

「私の夢は、私だけのものよ。勝手に叶えないでくれる?」

 

 言い放った言葉に、ホワイトハートが目を見開いた。

 

「……それでは、あなたはその夢を叶えたまま、一生変わらないでいるつもりなの?」

「それが皆の望むことならね。わざわざ、皆の好きなルウィーを変える必要なんて、どこにもないもの」

「でも、それは縛られているということではないの? もっと、自由に生きたいとは思わないの?」

「さあね。少なくとも、私は縛られているとは思っていないわ。だって」

 

 するとブランは、笑顔で駆け寄ってくるロムとラムの二人を見つめながら、

 

「あの子たちみたいに、私に笑顔を向けてくれる人がたくさんいるもの。だったら、私は皆が笑ってくれる今を変えたくはない。変わることのない平穏な日常を守りたいって、そう思えるの」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、そう答えた。

 

「……そう。あなたは、夢を夢として抱ける人だったのね」

 

 四肢はもうほとんど崩れ落ちている。黒い粒子に包まれながら、ホワイトハートは呟いた。

 夢を夢として抱く。それはとても残酷な選択だけど、変わらない今を守るために必要なこと。

 ……やっぱり、夢は夢だからこそ美しいのかも、しれない。

 

「さようなら、ルウィーの女神様。どうか、変わることのない、静かで平穏な日々を」

 

 その言葉を残して、ホワイトハートは黒い粒子となって、消えた。

 それと同時、体の中にさっきよりも濃い力が流れてくる。

 心の中で違和感と共に暴れていたそれは、しばらくすれば馴染んでくれた。

 

「お姉ちゃん、かっこよかったわ!」

「ありがとう」

「やっぱり、お姉ちゃんが偽物をぶっとばしてくれた……!」

「……黒いの、後でちょっと話をしましょうか」

 

 え、いや、この流れでですか……まあ、ああいった手前、逃げるわけにもいかないけどさ。

 

「そういえば、この凍らされた人たちはどうするの?」

「ロムとラムがやったんだから、元通りにもできるでしょ」

「みたいですわね。でも、さすがにこの量をあの子たちに任せるのは酷ではなくて?」

「見たところ凍らされているっていうより、氷で包まれてるって感じです。時間をかけて周囲の氷を砕けば、私達でも助けられるかもしれません」

「なら早く手伝いましょ。いつ手遅れになるかも分かんないんだし」

 

 そうだね、じゃあ手分けして、みたいな話の流れの中で、ふと何かを忘れていることを思い出す。

 とても大事なことだと思う。忘れちゃいけない何か。そうした思考が頭の中を過ぎった瞬間、急に心の中にもやもやとした感情が湧いてくる。不安や焦燥というよりは、明らかな違和感。

 そうして、心の靄が晴れたその瞬間、俺は思わず口を開いて。

 

「そういえば、ピーシェとプルルートは――」

 

 続く言葉をかき消したのは、教会を揺るがすほどの轟音だった。

 天井が割れて、その先から何かが落ちてくる。人影だったと思う。そして、あの高さから落ちてもその人影はなお、すぐに立ち上がる。煙が晴れた先に立っていたのは、淡い紫の髪を揺らす、その人で。

 

「プルルート!」

 

 名前を呼ぶと、プルルート――否、アイリスハートは、その瞳を俺へと向けた。

 

「あら、ねぷちゃん。久しぶりねえ」

「久しぶりっていうか、今までどこに……」

「ずっとルウィーにいたわよ? それで、あいつと遊んでたのよ」

 

 あいつ? と首を傾げると、プルルートが握る剣の先を、穴の開いた天井へと向ける。

 指し示された方へと目を向けたその瞬間――俺は、言葉を失った。

 

「……う、そ」

 

 ルウィーの空に浮かんでいるのは、一人の女性だった。

 髪の色は太陽を閉じ込めたかのような、輝く黄金。身に纏うのは、虎の爪のような手甲が特徴のプロセッサユニット。目を惹くのはとんでもなく大きな胸で、いや、それよりも、橙色の瞳の中央、その瞳孔が明らかに、電源マークを模した女神の、もので。それは、彼女が女神であることを確かに示していて。

 どうして? いや、なんで? プルルートと同じ? でも、シェアクリスタルはどうやって?

 疑問の渦に巻き込まれる。溺れる俺を救い上げたのは、アイリスハートの言葉だった。

 

「よければ名前を聞かせてくれるかしら? これだけヤり合えたの、あなたが初めてだもの」

 

 ……駄目、だ。聞きたくない。聞いちゃいけない。だってそれ聞いたら、彼女が女神になってしまったことを、認めることになっちゃうから。

 それでも、宙に浮かぶ彼女は、とても純粋に目を輝かせて、こくりと頷いてから。

 

「私はイエローハート! 新しい女神だよっ!」

 

 声を高らかに、イエローハート――ピーシェは、そう答えた。

 

 

 




運命は、変わらない。変えられない。変わることは、決してない。
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