虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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19 ラステイション大戦・序章

 

 ▼ ラステイション大戦・序章

 

 

「……ネプテューヌ?」

「うん! ネプテューヌ!」

 

 アイリスハートの訝し気な視線に、彼女(ネプテューヌ)はにっこりと笑いながら、そう答えた。

 ……ネプテューヌ(大人)。

 デカい方のネプ子。次元の旅人。でっかいねぷっち。Adult Neptunia。

 同じネプテューヌはネプテューヌでも、こっちは女神じゃない方のネプテューヌ。言い換えるならプルルートが女神として存在している次元における、人間としてのネプテューヌ。

 クロワールっていうイストワールがグレたような奴を引き連れていて、彼女の能力で様々な次元を渡り歩く、旅人。性格は大人になったからマシとかは全然なくて、むしろ色々な次元を旅しているせいで常識がログアウトしているっていうか、でもそこが良い所っていうか。

 にしてもまさか、こんなところにまで通りすがるなんて思ってもなかったけど。

 それよりも、彼女はどの時間軸の大ネプなんだ? 本編以前? それとも本編とは全く関係ナシの感じ? いや、でもそれだと神次元のクロワールも複数存在することになるし。

 でも「大ネプは複数存在します!」って言われたら「まあ大ネプだしな……」ってなる。

 ……とにかく。

 

「ねぷちゃんの知り合い?」

「違います」

 

 説明するの面倒だし、とりあえず無関係を装っておくか。

 なんて責任を押し付けると、それに気が付いたのかネプテューヌはこちらを振り向いてから、思いっきり目を見開いて。

 

「……ん? あれ? あれれ?」

 

 ちょっ。

 

「すごい! この子、子どもの頃の私とそっくり! ねえ、名前はなんていうの?」

 

 なるほど、本編とかそういうの全く関係ない感じね。言っちゃえば野良の大ネプか。いや何言ってんだろ俺。そもそもネプテューヌって野良では?

 というより、そろそろ抱き着くのをやめてもらえると……。

 

「……その子の名前は、ネプテューヌ」

 

 呟いたアイリスハートの一言に、ネプテューヌが振り向いた。

 

「ネプテューヌ? それって……」

「そう。あなたと同じ名前」

「同じなんだ! すごい偶然! これはもう、運命を感じざるを得ないね!」

 

 なんてことを言い始めた彼女へ、アイリスハートは剣の切っ先を向けながら。

 

「あなた、何者?」

 

 ……あれ? これ、やばいかも?

 俺が説明を放棄した故に、とんでもないことになってきたぞ。

 くそ、責任を分散しようとしたら倍になって返ってきやがった。でもいきなり通りすがってきたネプテューヌにも問題はあるよね? おいどうなんだそこんところ。

 いや、んなこと言ってる場合じゃないな。何とかして止めないと。

 つっても、なんて説明したら……。

 

「私? だから、私はネプテューヌだよ。それ以上でもそれ以下でもないったら」

 

 そこでようやく、ネプテューヌは俺の体を地面に下ろして。

 

「少なくとも、私はあなた達の敵にはならないし、助けを求めてる人の力になりたい、って思ってるよ。きっとそれが、私がここに辿り着いた意味になるって、信じてるから」

「俺はそう思ってねーけどな。面白けりゃなんでもいいし」

「あーもう、せっかく決めたんだから口出ししちゃダメだよ、クロちゃん」

 

 なんて、あーだこーだと言い合いしてる二人から、アイリスハートが剣を下ろす。

 敵意はもうなかった。鬼灯色の瞳にはどこか懐かしむような色が灯っている。

 

「あ、この子はクロちゃん。ほんとはクロワールっていうんだけど、長いから私はクロちゃんって呼んでるの。ほら、クロちゃんも自己紹介して」

「うるせーな、いいだろんなもん。どうせすぐに行っちまうんだから」

「そういうことじゃなくて。挨拶って以外と大事なんだよ?」

 

 あの……だから、そういう話をしている場合じゃなくてですね。

 えーと、その……プルルートさん? あなたからもその、何か言ってもらっても?

 

「同じね」

 

 はい?

 

「もういいわ。敵じゃないって言うなら、味方としてキビキビ働いてもらうから」

「ありがとう、分かってもらえて嬉しいよ! えっと、あなたの名前は……」

「アイリスハート」

「……アイリス? あれ? どっかで聞いたことあるような?」

 

 んー? なんて言いながら考え込むけれど、結局思い当たる節は見当たらなかったらしい。まあいっか! なんて気持ちよく割り切りながら、次に彼女は空を仰いだ。

 

「それで? 私はどうすればいいのかな?」

 

 広がるラステイションの青空では、多数のブラックハートが俺達のことを見降ろしていた。でも、それだけ。攻撃も逃亡もしない。それは、何か指示を待っているようにも見えた。

 ……個体ごとに動けるってわけじゃないのかな。でも、さっき取り込んだブラックハートは抵抗してきたけど。じゃあ、ある程度の自己防衛機能はある感じ? うーん、わからん。

 いずれにしても不審な彼女たちと睨み合ってると、ふと間の抜けた電子音が響き始める。

 

「あれ? 誰かケータイ鳴ってるよ?」

「……俺だ」

「あ、キミ俺っ娘なんだ! 今時珍しいね~。やっぱりカッコいいものとか好きなの?」

 

 着信はネプテューヌからだった。ずいずい詰め寄ってきながら、妙なことを言ってくる大ネプを無視して、通話へ顔を出す。

 

「ネプテューヌ?」

「なーに?」

「そうじゃなくて」

 

 ……早くなんとかしないと面倒なことになりそうだな、これ。

 

『黒い私? どうしたの?』

「ごめん、なんでもない。大丈夫」

 

 正確には大丈夫ではないが、もうどうしようもないので割愛。

 

「そっちはどう?」

『ちょうどラステイションに着いたところよ。ごめんなさい、ノワールの偽物……にせもノワールを倒してたら、時間がかかって』

 

 今の言い直す必要あった?

 

『とにかく、これからネプギアと合流するわ。場所を教えてくれる?』

「ギルド。民間人を避難させて、ユニと一緒に護衛してる」

『ありがとう。すぐに向かうわ』

 

 そこで通話を切ると、すぐさまアイリスハートがこちらへ口を開いて。

 

「ねぷちゃん達は、ノワールちゃんを探して来たら?」

「え?」

「私達?」

 

 なんでまた。

 

「ねぷちゃん達が来てくれるなら、それで十分よ。だからノワールちゃんが無事かどうかの確認に手を回した方がいいわ。ユニちゃんもそう思うでしょ?」

「え? あ……はい。個人的にも、お姉ちゃんのことは気になるし……」

 

 少しだけ顔を曇らせながら、ユニはそう答えた。

 確かにそうだ。いずれにせよこの事件を解決するには、ノワールがいないと意味がない。今までがそうだったように、夢を見る本人がこの夢を否定しないといけないんだ。

 ……ほんとに残酷だよな。自分の理想を、自分で否定しないといけないなんて。

 

「よく分かんないけど、人探しだね! 任せてよ!」

「ちょっ」

 

 なんて言うと、大ネプは俺の体をひょいと持ち上げて、バイクの後方へ。

 

「じゃ、行ってきまーす! おゆはんまでには帰ってくるねー!」

 

 なんて緊張感のない掛け声とともに、ネプテューヌがバイクを走らせる。

 遠ざかっていくプルルートとユニは、ぽかんとした表情で俺達のことを見送っていた。

 

 

 次の会話があったのは、数分が経ったころだった。

 

「それにしてもあの二人、なんであんな顔してたんだろうね?」

「物分かりが良すぎるからじゃないかな」

 

 すごかったよな。指示されてから行動まで一分もかからなかったもん。さすがのプルルートもこれには驚きでしょ。あんな顔のアイリスハート、原作でも見たことなかったもん。

 いやまあ、行動に移すのが早いって言うのは、すごいありがたいことなんだけどさ。

 

「それで? どこから探せばいいのかな?」

「分かってないのに走り始めたのか……」

 

 思わず吐いた悪態は風の中に消えて、彼女の耳に届くことはなかった。

 

「とりあえず、教会に行けば何か分かるかも」

「教会? 教会って?」

「あそこの、一番大きいところ」

「あ、あれだね? よーし、じゃあ飛ばしちゃうよ!」

 

 そう言って再び、ネプテューヌがバイクの音を鳴り響かせる。

 ……それにしても。

 

「なーんも攻撃とかしてこないね、あの人たち」

 

 空に浮かぶブラックハートたちを眺めながら、ネプテューヌがそう言葉を漏らす。

 完全によそ見運転なのは、置いておくことにして。

 

「やっぱり、何かに従って動いてるのかも」

「命令してるリーダー格みたいな奴がいるってこと?」

 

 まあ、多分そうなんだろう。本体、って言えば分かりやすいのかな。

 つまりそいつを何とかすれば、この事件も集束するはず。

 

「そう簡単に行けばいいけどな」

 

 俺の思考にそうやって口を挟んだのは、クロワールだった。

 ……クロワール。

 諸悪の根源。歴史の編纂者。イストワールの成れ涯。くろっち。

 かつて女神であった、キセイジョウ・レイに力を与えた張本人で、Vの黒幕。そんでもって神次元のネプテューヌに捕まえられたあと、VⅡで大ネプと一緒に登場したけれど、やっぱり敵役みたいな感じ。物語めちゃくちゃにしたけど、結局はまた大ネプに捕まえられたんだっけ。

 つまるところ、こいつがいると必ずよくないことが起こる訳で。

 

「……おい、なんだよその目。俺、今回はなにもしてねーぞ?」

 

 ってことは、前科があるってわけだ。

 

「だから、なんでそんな疑り深いんだよ! この世界ではまだ何もしてねーっての!」

「本当?」

「本当だって! ったく、初対面のヤツにそんなこと言われるなんて、心外だぜ」

 

 どうだかなあ。

 ……正直、半信半疑っていうか。これから何かやらかすかも分からないし。

 そういう意味では悪いけど、ネプテューヌには表れてほしくなかったっていうか。

 

「大丈夫だよ。クロちゃんは確かに色々やんちゃなことするけど、今回は本当に何もしてないみたいだし。それに私も、ついさっきこの次元に来たばっかりだもん」

「うん。だから、クロちゃんと仲良くしてくれると嬉しいな。だって友達少ないんだもん」

「それはお前がひとつの場所に留まらねーからだろ」

 

 クロワールの言葉に「それもそっか」なんて笑いながら、ネプテューヌは返した。

 

「とにかく、俺はまだ何もしてねーからな! 証拠もねーのに疑うなよ!」

 

 んまあ、そう、ネプテューヌが言ってるならいいのかな……。

 じゃあさ。

 

「仮にクロワールが敵側に回ったとしたら、どう動く?」

 

 俺の問いかけに、クロワールは少しの時間を置いてから、答えてくれた。

 

「ま、正直なところあんまり状況が掴めてねーけどよ。とりあえず、こいつらのリーダーっていうか、親玉みたいなのが居るのは確定なんだろ?」

「みたいだね。親玉、っていうよりは母体みたいな感じかもしれないけど」

「だったら俺は、そいつがやられちまわねーように動くと思うぜ。簡単に邪魔はさせないように、たとえば近くにモンスターを配置させておくとか、そんな感じだな」

 

 なるほどなるほど。

 

「で? それを聞いて何になるってんだよ」

「同じ悪役の思考だから、参考になるかなって」

「お前、存外失礼なヤツだな……」

 

 でもまあ、そうか。ノワールを見つけてハイ終わり、なんて簡単にいくわけないよな。

 

「てか、敵にいねーのかよ。しつこい奴っていうか、一筋縄ではいかない面倒なやつ。俺だったら絶対、そいつに時間稼ぎさせるぜ? そこんとこ、どうなんだよ」

「んなこと言われたって、あっちの事情なんて分かるわけ……」

 

 …………あ。

 

「いたわ」

 

 おあつらえ向きっていうか、時間稼ぎにはもってこいな子が、一人。

 

「そいつに勝ったことは?」

「ない。てか、誰も勝てないかもしれない」

「それってほんとに大丈夫? 一度、帰って作戦とか立てたほうが……」

「大丈夫。次こそは、必ず」

 

 もう、迷わない。怖気づいたりも、甘やかすことも、しない。

 ただまっすぐ、彼女と向き合うから。

 

「行こう」

「……うん、分かったよ!」

 

 それ以上俺に何も聞かずに、ネプテューヌは強く頷いてくれた。

 ……やるしかないんだ。俺が。

 プルルートはああ言ってたけど、やっぱり二人が傷つくのは見てられない。我儘、なのかもしれない。それでも普段はいい子にしてたんだから、これくらい許してくれないかな。

 時間が解決してくれるわけでもない。かといって、他の誰かに頼むことなんて。

 これはきっと、俺にしかできないことなんだ。だから――。

 

「意気込んでるとこ悪いけどよ、後ろのアレはどうすんだ?」

「後ろ」

 

 って、――あ。

 

「ネプテューヌ、もっと速度出せる!?」

「え? 今でも結構出てると思うけど……」

「それじゃ足りないかも!」

 

 俺の叫び声に、思わずネプテューヌが振り向いた、その先には。

 こちらへ向かって空を駆ける、無数のブラックハートの姿があった。

 

「うわうわうわ! さっきまでじっとしてたじゃん、あの人たち!」

「ちょっ……おい! よそ見運転するな! ちゃんと走ってくれマジで!」

 

 慌て始めたネプテューヌの首を、無理やり前へと向かせる。

 

「すげーな、さっきまであんなに大人しかったのに、急に動き始めたぜ」

「ってことは、やっぱり教会にそのノワールちゃんが居るってことじゃないかな?」

 

 ああ、なるほど。そりゃ助かるな。これ以上ノワールを探さなくてもいいし。

 

「でもよ、あの量をどうにかできるのかよ?」

「…………どうしようね」

 

 俺の返答と同時に、背後の地面が爆ぜる。ブラックハートの攻撃によるものだった。

 

「ちょっと、案外マズいかも! このままじゃやられちゃうよ!」

 

 ネプテューヌ、なんとかならないの? アタックライドとかで。

 

「無理だよ! 私、AoEのスキルとか持ってないし! クロちゃん!」

「俺だってそんな都合のいいスキル持ってるわけねーだろ。面倒だしな」

「面倒で片付けていいレベルじゃないよ!」

 

 なんて会話をしてる間も、俺達の周囲がぽんぽん爆発していく。

 確かにこのままじゃヤバいかも。確実に攻撃の精度が上がってるし、あと割とネプテューヌの運転が荒いからすぐにコケてそのまま全滅みたいなのもあり得るし。

 ……そういや、免許とか持ってんのかな。取るにしたってどこで……。

 

「そ、そんなことは今よくない!? あんまりツッコまないでほしいんだけど!」

 

 え、マジで無免なの?

 

「それよりもまず、この状況をどうにかする方法を考えたほうがいいと思うんだけど!?」

 

 そりゃそうだ。んん、ちょっと不安だけど、一応案はあるっていうか。

 ネプテューヌと背中合わせになる感じで体を動かしつつ、左腕を空へ。白と緑に彩られたその腕は、俺の期待に応えるように、淡い光を放っていた。

 ……あの子は、どうやってたんだっけ? えーと、確か。

 そうだ、槍が要るんだった。

 

「来て」

 

 言葉が必要かどうかは分からないけど、呟いた俺の手のひらに、黄金の槍が表れた。

 その真ん中の部分を握りしめて、切っ先を天高くへと突き立てる。

 次の瞬間、ラステイションの空に、かつてのリーンボックスのような星が、瞬いた。

 

「おお! お前、なかなか派手なことするじゃねーか!」

 

 掲げた槍の切っ先を中心として、青空へいくつもの槍が表れる。

 

「おりゃっ」

 

 ゆっくりと腕を振り下ろす。それと同時、黄金の槍が雨のように放たれた。

 降り注ぐ黄金の嵐が、偽物のブラックハート達を襲う。後に残るのは、雲一つないラステイションの青空だけ。さっきまでの慌てようが嘘のように、二人は口を閉ざしてしまった。

 ……………………。

 

「なんとかなったね」

「お前、そんなことできるなら最初からやれよな」

「そうだよ! 私もこんなに焦る必要なかったのに!」

 

 いや、俺だってまさか、ここまで再現できるとは思わなくて。

 ヤバいなこれ。その気になればあの時のベールみたいに、簡単に国の一つも滅ぼせるんじゃないの? うわ、急に怖くなってきた。誰か俺を封印してくれ。

 ……まあでも、モノも力も使いよう、ってどこかの誰かが言ってた気がするし。

 少なくともこういう自覚があるってことは、大丈夫なはず。

 ……さて。

 

「行こう」

 

 俺の言葉にネプテューヌは無言で頷いて、バイクを走らせてくれた。

 

 

 やがて辿り着いたラステイションの教会、正面玄関の前にて。

 

「とっ」

 

 振り下ろした剣がブラックハートへ触れると、一瞬にして彼女の体が塵へと返る。続く後方からの攻撃を体を伏せることで回避して、刺突。零れ落ちてくる黒い砂を振り払いながら、横に一閃。地面に広がった塵を振り払いながら、すぐさまネプテューヌの援護に向かう。

 

「うわ、やばいやばい! あ、これ死んじゃ――」

 

 叫ぶ彼女へ覆いかぶさるブラックハートの背中へ、剣を突き立てる。

 掲げられた剣はさらさらと崩れ落ちて、ネプテューヌの髪へと降りかかった。

 

「……大丈夫?」

「あ、ありがとー……もう少しでやられちゃうとこだったよ」

 

 服に着いた汚れを叩き落としながら、ネプテューヌが地面に落とした双剣を拾い上げた。

 あ、俺も今のうちにアナザーエネルギー回収しとこう。後で役立つかもしれないし。

 

「にしてもやっぱ、一筋縄ではいかないね」

 

 そりゃまあ、本丸を丸裸にするわけがないよな。

 でも、これだけ警備が厚いってことは、つまり。

 

「この先に、お前らの探してる奴がいる、ってことだろ?」

 

 囮だとか誘導作戦とか、そういうことは考えたくないけど。

 とにかく、進むしかない。

 ……けど、さ。

 

「三人でこれって、ちょっと厳しくないかな!」

 

 すぐさま補充されてくるブラックハートへ向けて、ネプテューヌが両手の剣を構える。

 なんたってこのブラックハート、無限湧きみたいだからなあ。切っても切ってもキリがない。あれだ、もう少しで拠点が制圧できそうなのに、敵のリス地がめちゃくちゃ近い感じ。

 ……打開差っていうか、奥の手はあるんだけど、まだ出すべきじゃないだろうしなあ。

 さてどうしようか、なんて思案しているうちに、次の攻撃が迫ってくる。襲い掛かる刃を左腕の義手で防ぎつつ、ブラックハートをそのまま切り伏せる。すぐさまネプテューヌの元へと跳んで、一閃。そのまま背中合わせになりつつ、再び言葉を交わす。

 

「私、ちょっと足手まといかな!?」

「……ノーコメントで」

 

 仕方ないっていうか、逆にやられてないだけマシっていうか。

 切り払ったブラックハート達からちょこちょこアナザーエネルギーを回収しつつ、ネプテューヌを手を取った。

 

「そもそも数が足りてねーんだよ。割と無謀だぜ、お前らであいつらに挑むの」

 

 だよなあ。やるしかない、って言ったはいいけど、何事にも限界はあるっていうか。

 

「せめて、ここで足止めしてくれる人がいてくれればいいのにね!」

 

 や、無理じゃないかな、それは。

 いくらなんでも、そんな都合のいいこと、ネプテューヌじゃあるまいし。

 ……あれ?

 

「ちょっと私、なんかまたケータイ鳴ってない!?」

「ああもう、なんでこんな時に!」

 

 横から飛んでくるブラックハートを薙ぎながら、片手で携帯を手に取った。

 

「もしもし!? 今ちょっと忙しいんで後にしてもらえますか!?」

「あら、随分と大変なご様子ですわね」

 

 なんて、緊張感のない声で返してきたのは。

 

「……ベール?」

「ええ」

 

 少し得意げな声色になって、ベールはそう答えた。

 

「今、どこにいますの?」

「えっと……ラステイションの教会前だけど」

「らしいですわよ、ブラン」

 

 それだけ告げて、ぷつり、と通話が切れる。

 大地を揺るがすほどの轟音が鳴り響いたのは、その直後だった。

 

「うわわっ、今度は何!?」

「っ、ネプテューヌ、伏せて!」

 

 困惑するネプテューヌの前に立って、右腕へ盾を展開。数歩先すらも見えないほどの砂煙が巻き上がり、そしてそれを振り払うのは、一振りの巨大な斧で。

 

「……無事か?」

 

 気だるそうに戦斧を担ぎなおしたブラン――ホワイトハートが、俺達へそう呟いた。

 

「ブラン、どうして」

「プルルートに言われてな。万が一の時に、お前たちの護衛をしてやれって」

 

 そう答えたホワイトハートの両隣へ、二つの人影が舞い降りる。

 

「私達もいるよ!」

「ここはまかせて、黒いねぷちゃん!」

 

 ロム、ラム。

 そっか、二人も来てくれたんだ。頼もしいな。

 

「……やっぱり、女神様には祈ってみるもんだね」

 

 ぽつりと呟いたネプテューヌに、ブランが視線を送る。

 

「話は少し聞いたが、本当に似てるんだな」

「え? 私?」

 

 それに答えることはせず、ブランが身の丈以上ある得物を、構え直す。

 

「貸し借りで勘定する気はないけどよ、お前には色々世話になったからな」

「そんなこと」

「だから、行ってこい。ここは私達が食い止める」

「……ありがとう!」

 

 言葉でしか伝えられないのが、もどかしかった。

 今度また、遊びに行くから。その時はまた、よろしくね。

 

「さあ来い、偽物ども! ここから先は誰ひとり通らせねえぞ!」

 

 そんな彼女の叫びを背中に受けて、俺達は教会の中へと足を踏み入れた。

 

 

 教会の中は不気味なほどに静かで、どこか空虚な雰囲気が漂っていた。

 いつも働いていた職員さんたちもどこかに消えてしまっていて、空っぽのまま。そういえばついぞケイさんに会うことはなかったけど、あの人はいまどうしてるんだろう。ちゃんと他の人と一緒に避難してるのかな。それとも、いつも通り仕事を探して、偶然ラステイションにいなかったりして。いやそれ教祖としてどうなんだ。ノワールもガチで困ってたけど。

 ……まあ、こんな話は全部が終わった後、二人で話し合ってもらうことにして。

 そのためにもまずは、ノワールを助け出さなくちゃ。

 

「たのもー!」

「たのもーっ!」

 

 なんて、ネプテューヌと一緒に声を上げながら、謁見の間の扉を開く。

 果たして、というかやっぱりその先には、ブラックハートの姿と。

 

「ぢゅっ!? やばいっちゅ、もうあいつらきたっちゅよ!?」

 

 焦りながらこちらへ視線を送る、ワレチューの姿があった。

 ……そういやいたな、こいつ。今まで何してたかはさっぱりだけど。

 少なくとも、いつも通りマジェコンヌの手伝いはしてたらしい。

 ここに居るのが、何よりの証拠だった。

 

「遅かったじゃない」

 

 慌て始めるワレチューをよそに、ブラックハートが俺達へ向けて告げる。

 あれは ……本物? 偽物?

 

「さあ? でも、私のこの思いも、彼女の望みも本物よ」

「そういうこと言うのって、大抵偽物の方だよね」

 

 偽物やろなあ。

 

「とっととノワールを出せ」

「あら、ちゃんとここにいるじゃない」

「……どういうこと?」

「ん? ああなるほど、そういうことかよ。考えたな、お前も」

 

 困惑している俺達をよそに、クロワールだけがそうやって手を叩く。

 

「クロワール」

「あれ、重なってるぜ」

 

 聞き返す前に、なんとなく意味は理解できた。

 つまり。

 

「乗っ取られてる、ってこと?」

「みてーだな。女神の真核って言えばいいのか? あいつ、ありえないくらい重なってるぜ。いや、むしろあいつの中から核が増え続けてるって感じだな。おー、気持ちわりー」

 

 後半は何言ってるか分からなかったけど、とにかく本物のノワールと偽物のノワールが一緒になってる、っていうのは分かった。分かっただけで、解決方法はまだないけど。

 すると、会話を続ける俺達へ向けて、ブラックハートはふわりと浮かび上がって。

 

「目障りね、その羽虫」

 

 ずるり、ずるりという音を立てながら――って、うわうわうわうわ!

 

「キモ!」

「え、キモっ!」

「な? 気持ちわりーだろ?」

 

 なんていうか、細かく形容したら怒られるというか、色んなところから叱られを受けそうというか。とにかく、割とグロテスクな方法を取りながら、ブラックハートはどんどん分裂を続けていく。そうして俺達をぐるっと取り囲んだところで、もう一回彼女が口を開いた。

 

「ねえ、私いますごい機嫌が悪いんだけど。あいつら、始末してもいいわよね」

「まだ待つっちゅよ。あんた、まだ完成形じゃないっちゅからね!?」

「構わないわよ! あんな出来損ないと人間くらい、なんてことないわ!」

「あーダメっちゅ! 頼むから言う事聞くっちゅよ!」

 

 ……なんだかあっちもあっちで大変そうだな。

 なんて呑気なことを考えつつ、右手に剣、左手に盾を展開。向かってきたブラックハートの剣を受け止めつつ、背後から強襲してくるもう一体を剣で相殺。そのまま跳躍して回避しようとすると、ブラックハートの背中から、もう一人のブラックハートが()()()()()

 ……やっぱそれ、キモいな。

 ブラックハートの体で、ノワールの形でそんな気味悪いこと、しないでほしい。

 

「よッ」

 

 追加されたブラックハートを切り伏せると、既に本体は遠くへ離れていた。彼我の距離は二十メートルほど。その間には隙間を埋め尽くすほどのブラックハート達がこちらへ剣を構えていた。おまけにあっちは空、こっちは陸。うーん、位置的有利取られたな、これ。

 

「どうするの、あれ」

 

 向かってくるブラックハート達を拳銃で牽制しながら、ネプテューヌが聞いてきた。

 でも今見た感じ、本体以外のブラックハート達は分裂しないみたいだ。

 だからつまり、本体さえ倒してしまえば、あとは消化試合になるはず。

 

「だからその、本体を倒す手段はどうするんだよ」

 

 んー、まあ。

 

「ゴリ押しで」

 

 答えると同時、変形させた盾を右手の剣と合体させる。

 ベールの場合は弓。ブランの場合は鎌。

 そして、ノワールの場合は――杖?

 

「ふむ」

 

 棒状に展開した盾の先に、ナギナタみたいにノワールの剣が付いただけ。くるくると試しに回してみると、重さはあまり感じられなかった。それと同時に、頼りなさも少し。

 ……前の二人にくらべると、ちょっとしょうもなくない?

 案外楽しみにしてたのに。もうちょっと格好よくならなかったのかな。

 どうやって決めてるのか分かんないけど、もう少し想像力働かせてくれよ、俺。

 

「行け」

 

 その一言と同時に、周囲のブラックハートが襲い掛かってくる。

 とりあえず一番近いところから処理していくために、手にした杖を振り抜こうとして。

 

「お」

 

 ゔん、と。

 宙を駆ける剣閃は、いくつにも分裂して、ブラックハート達を切り裂いていった。

 

「なっ……!」

 

 舞い落ちる塵の向こう、困惑する彼女の表情すらも、今の俺には関係なくて。

 あ…………。

 

「あ?」

 

 アタックライドだ!

 

「は?」

 

 え、これって大ネプだから? ここでそれ回収するんだ! はー、すっごいね! やっぱやるな、俺! ここでそれ絡めてくるのは流石だわ! 信じられるのは自分だけだなもう!

 まあ、使い方は――大体、わかった。

 

「……っ、なんなのよ、それっ!」

 

 余裕なくなってるな。そりゃそうか。これ、割とチートだもんな。

 振った時に出てくる剣閃にもブラックハートの剣の特性が付与されてるらしくて、一回振るだけで面白いようにブラックハートたちが消えていく。

 そりゃもう、ゴリ押しどころかブンブン適当にぶん回すだけで簡単に道が開けていって。

 

「使いやすいな、これ」

 

 そんな呟きをひとつ、すぐさまブラックハートの目の前へと跳躍。

 

「嘘――」

 

 ――遅い!

 

「うおりゃあっ!」

 

 振りかぶった杖を、縦に一閃。

 次の瞬間、いくつもの剣閃がブラックハートに降り注いだ。

 そのまま墜落する彼女へ馬乗りになって、再び杖を構え直す。地面へ叩きつけられた衝撃の跡、ブラックハートは俺を睨みつけながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「また、縛り付けるつもりなの?」

 

 ……何、を。

 

「あの子のことなんて何も知らないで! 勝手に女神だって祀り上げて、夢を潰すつもりなんでしょ!? あの子は、普通に生きたかっただけなのに!」

「違う!」

「違わないわよ! 私が、あの子の事を一番分かってるの! あの子の望みを叶えてあげられる、たった一つの存在なの! あの子を救うのはあなた達じゃない! 私だけなのよ!」

「救われることなんて、ノワールは望んでない!」

 

 そうじゃない。そうじゃ、ないんだよ。

 

「辛いって思うだろうさ! 逃げたいって何度も考えたに決まってる! こんな使命や意思から目を背けて、ただの一人の女の子として生きたいって、そう望んでる!」

「だったら……!」

「でも、ノワールは逃げたりなんかしない! みんなを置いていったりしない! ノワールは今までもこれからもずっと、この国の女神なんだ!」

「どうして……どうしてそこまで言えるのよ! あなたなんて、あの子のことこれっぽっちも知らないのに! あの子の辛さなんて、なんにも知らないくせに!」

 

 そうかもしれない。俺の抱いているノワールへの感情は、押し付けかもしれない。

 でも。

 

「俺は、ノワールを信じてるから!」

 

 今の俺を突き動かしているのは、その心だけだった。 

 

「そんなの……そんなの、あなたが勝手に言ってるだけじゃない! あの子は私を信じるはず! だって、こんなにもあの子を理解してるんだから! 裏切るはずなんてないわよ!」

 

 まだ言うか、この……っ!

 

「じゃあ、本人に聞いてみるか!?」

 

 え、と困惑するブラックハートの、その胸に。

 握りしめた杖を、渾身の力で突き立てた。

 

「ちょっ……! あんた、何して……!」

 

 ……痛みはないのか。それでも、手応えはある。

 クロワールは、重なってるって言った。それがどのくらいの深さなのか、どれくらい絡み合ってるかは知らないけど、でもきっと、切り離すことはできるはず。

 力に任せたまま、杖をノワールの体へと差し込んでいく。途中でブラックハートの体が解けて、辺りが黒い泥で覆われたけど、そんなことを気にしている余裕なんて、なかった。

 やがて。

 

「見えた」

 

 微かな光だった。夜空に瞬く一つの星のような、指先で潰せてしまいそうな、儚いもの。

 漆黒の中で輝くそれに、思いっきり手を伸ばして。

 

「掴まって、ノワール!」

 

 俺の叫び答えるかのように、手のひらへ温もりが、伝わってきた。

 ……さあ、あとは引き上げるだけ。足にいっぱいの力を込めて、一気に!

 

「せー、のっ!」

 

 ぬるん、と。

 なんとも間抜けな音を立てながら、俺の体が後ろの方へと跳んでいく。

 仰向けになった俺の視界を埋め尽くしたのは、誰かの背中で。

 

「うげ」

「きゃん!」

 

 ……なんだろう。もう少し、可愛げのある悲鳴とか、練習したほうがいいのかな。

 いや、やめとこ。中身が男って知ってる人からしたら、キモがられるだろうし。

 

「いったた……あれ? 黒いの? どうして私の下に寝てるのよ」

 

 こっ、こいつ……! いつもネプテューヌにキレてるくせに……!

 

「助けたのに」

「え? ああ、あいつ!」

 

 そこでようやく状況を理解したのか、俺の上から立ち上がったノワールが、しゅるしゅると音を立てながら戻っていくブラックハートへ向かっていく。するとブラックハートは、目の前へやってきた彼女へ向けて、ゆっくりと手を伸ばして。

 

「ごめんなさいね、邪魔が入ったみたい――」

「このっ」

 

 あっ、殴った。グーだ。

 

「痛っ……え? は? いきなり何よ!」

「それはこっちのセリフよ! いきなり何てことしてくれたのよあなたは! 私を助けてくれるって言うから、少し話を聴いてあげたら、まさかこんなことするなんて!」

「で、でもあなた、確かに女神をやめたいって……そう、夢に見たはずじゃない!」

「かもしれないわね。でもね、私がそんなこと望むはずないでしょ!?」

 

 するとノワールは、ブラックハートの首を掴んでから、思いっきり引き寄せて。

 

「私はね、女神なの! 女神にしかなれないのよ! 確かに女神なんて辞めたいって思ったり、どこかへ逃げたいって思ったことは何度もあるわよ! でもね、そんなことできるはずないでしょ!? この国には、私についてきてくれる人が何千、何万人もいるんだから!」

「でも、彼らはあなたを縛り付けて……」

「それなら、好きなだけやればいいじゃない! それだけ私の助けが必要ってことなんでしょ!? だったら私は女神として、国民を助けるだけ! それが、私の使命なんだから!」

 

 ……やっぱり、ノワールは強い。

 普通の人なら逃げ出してしまいそうな使命や役割を、その身一つで受け止めるんだから。

 

「……いつ壊れても、知らないわよ?」

「壊れる? 馬鹿ね、こんな程度で壊れてちゃ、女神なんてやってられないわよ!」

 

 そして、ノワールはその右手に虚空から取り出した剣を握って。

 

「これで――終わりよっ!」

 

 大気を揺るがすほどの轟音が鳴り響いたのは、その瞬間だった。

 

「どっかーーーーん!」

 

 唐突に響き渡ったのは、そんな無邪気な彼女の叫びで。

 直後、ノワールが大きく吹き飛ばされる。急いで両足を女神化させて、すんでのところでその体を受け止めた。背中が壁に叩きつけられたけど、まあこれで済めばマシなのかな。

 

「ぴぃ、さんじょーうっ!」

「遅いっちゅよ! 何してたんっちゅか!」

「だって道わかんなかったもん! おばさんも何も言ってくれなかったし!」

 

 ……来た、のか。

 イエローハート――いや、ピーシェ。

 

「二人とも大丈夫!? 結構すごい勢いでやられてたけど!?」

「……アレか。お前が言ってた、勝てる見込みがないってヤツ」

「え? あなた誰? ネプテュー……え? ちょっと黒いの? 説明してほしいんだけど?」

 

 あー……とりあえず説明は後でいい?

 多分、それよりも優先するべきことがあるはずだし。

 

「お前もお前でなにしてるっちゅか! こいつが来るまで無茶はやめろっていったっちゅよね!? ああもう、なんで誰もオイラの話聞いてくれないんっちゅか!」

「あんたみたいなネズミに指示されるなんて御免よ」

「ぢゅーっ! それが今までコテンパンにされてた奴のセリフっちゅか!」

 

 それ以上ワレチューの言葉に答えようとせず、ブラックハートがこちらへ向き直る。それに釣られてか、真似なのかは分からないけど、イエローハートも俺の方を向いて、あ、と何かに気づいたような声を上げた。

 

「この前私に負けたおねーさん?」

 

 ……言い方、キツいな。事実だけどさ。

 

「その手と足、どうしたの? ツギハギだね!」

「……もう一度会いに来たんだ。連れ戻すために」

「だから! ぴぃに帰るところなんてないもん! おねーさんのわからずや!」

 

 ……どっちが。

 

「そっちは任せるわよ、黒いの。私と、あと大きいネプテューヌ? あなたはこっちね」

「分かったよ! 正直話とか全く分かんないけど、頑張ってみる!」

 

 いいの?

 

「私がやるより、あなたがやった方がいいみたいだし。何より、あなた自身がそうしたいんでしょ? なら、別に止めないわ」

「でも、先にそっちを片付けないと、ラステイションが」

「そういう気遣いするくらいなら、早く決着つけてきなさい」

 

 続けようとした俺の会話を断つように、ノワールが剣を振り払う。

 

「行くわよ、大きいの!」

「うん、ノワールちゃん!」

「のわっ……ノワールちゃん!?」

 

 なんてちょっと抜けた会話をしながら、二人はブラックハートの元へと向かっていった。

 ……さて。

 

 

「ツギハギのおねーさん、また私と遊んでくれるの?」

 

 うん。そのためにここに来たんだ。

 

「ほんと!? やったぁ! 私と遊んでくれるの、おねーさんくらいしかいないもん!」

 

 そうなんだ。喜んでくれて、嬉しいな。

 

「でも、心配だなあ。おねーさん、私に勝てないでしょ? その腕と足、またバラバラにしちゃうかもよ? 今度は逆の腕と足も千切って、イモムシみたいにしちゃうかも!」

 

 また生えてくるから大丈夫だよ。多分。

 

「……怖く、ないの?」

 

 ぜんぜん。

 君を失う方のことが、怖い。

 

「何やってるっちゅか! あんな奴、とっとと――」

「黙れ」

 

 左腕に槍を精製、それを弓に変形した盾で打ち出した。

 放たれた矢は宙を駆って、ワレチューの額のすぐ上を通り抜ける。

 ……頼むから、二人だけで話を。

 

「……遊んでくれるのは、俺だけなの?」

「うん、そうだよ。おばさんもネズミさんも、ぜんぜん遊んでくれないの」

 

 だから、と。

 

「お姉さん、ぴぃと沢山あそんでねっ!」

 

 言葉と同時、ピーシェは地面を蹴って俺の方へと襲い掛かってきた。

 ――右脚のプロセッサユニットを展開。出現したホワイトハート斧を蹴り上げて、ピーシェの攻撃を受け止める。けれど衝撃を殺しきることはできなくて、体が後方へと吹き飛んだ。

 なんとか両足で着地すると、すぐに彼女の顔が目の前へやってきて。

 

「っ!」

 

 とっさに構えた盾へ、ピーシェが黄金色の爪を突き立てる。

 鉄が破れる音。そして、腕から血が流れ始めた。

 

「あ、またこわしちゃった!」

 

 ……ほんっと、物持ち悪いよな。力が強すぎるっていうか。

 でも、ようやくこれで――捕まえた。

 

「ピーシェ」

 

 語り掛けると、彼女はまっすぐ俺の瞳を見つめてくれる。

 

「寂しくないの?」

 

 橙色の奥にあるのは、疑問の色だった。

 

「さみしい? どうして?」

「……さっきさ。遊んでくれる人、俺しか居ないって言ってたじゃないか」

「それは、そうだけど」

 

 少し困ったような顔で、ピーシェが答える。

 

「マジェコンヌ……おばさんは、遊んでくれないの?」

「おばさんは、いつも忙しいって言ってるから。ほんとは遊びたいんだけどね」

「あのネズミも?」

「うん。みんな、ぴぃとあそんでくれない……」

 

 がっかりするように、眉を顰めながらピーシェが呟く。

 でも、そりゃそうだよな。彼女にとっての遊びは、闘争なんだ。どちらかが壊れるまで続くもの。この前にあったみたいに、残るのは片方だけ。だから彼女は、ずっと一人で。

 

「……これって、さみしいっていうの?」

「そうかもね」

 

 でも。

 

「俺なら、君を悲しませない」

 

 月並みな言葉かもしれないけど、それでも。俺の、心からの言葉だった。

 

「お姉さんは、ずっとぴぃと遊んでくれるってこと?」

「うん」

「でも、また壊れちゃうかもしれないよ?」

「それでも。ピーシェが満足するまで。寂しくならないまで、ずっと」

 

 だからさ。

 

「もうそろそろ、終わりにしよう」

 

 洗脳されてるのか、それとも別の何かかなんて、そんなこと知らない。

 でも、確かに言えるのは、彼女には帰る場所があること。

 ピーシェの帰りを待っている人が、必ずいるってこと。

 それを伝えない限り、彼女は帰ってこないんだと思う。帰ってこられないんだとも、思う。

 

「みんなが、待ってるから」

 

 そうして伸ばした指先が、彼女の頬に触れた、その瞬間。

 ばちん、という衝撃と共に、裂けるような痛みが伝わってきた。

 

「いたっ!?」

 

 ……今の、何だ? 

 分からない。何かが弾けたような、拒絶にも似たような、そんな感触。

 それと、一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけ、イエローハートの姿がブレて、ピーシェの影が見えた気がした。

 

「……わかんない……わかんないよっ!」

 

 吹っ切れるように、イエローハートが吠える。痛みに叫んでいるのか、それとも俺の言葉にうんざりしているのか、もしくはどちらも。

 

「ぴぃに帰る場所なんてないのに! どうしてツギハギのおねーさん、そういうこと言うの!? ぴぃ、帰りたくないよ! ずっと遊んでたいもん! お姉さんと、ずっと!」

 

 慟哭と共に、衝撃波が吹き荒れる。イエローハートの背後からだった。

 

「ちょっ……何してるっちゅか! 早くそいつをブッ倒して……」

「うるさいっ! いつも遊んでくれないくせに!」

 

 ……ここまでくると不憫に思えてくるな、ワレチュー。

 でも、それ相応の悪事はやってきてるわけだし。仕方ないよな。

 

「もういい! 私、どこにも帰らないよ!」

 

 彼女の激情に応えるように、黄金の翼が輝きを増していく。

 そしてイエローハートは、謁見の間の壁を打ち破って、そのまま外へと飛んで行ってしまった。

 ……まあ、当然俺も一緒に、上空へ放り出されるわけで。

 

「お姉さん、一緒にどっかに行こう! そこで、ずっと、ずーっとぴぃと一緒に遊ぶの!」

 

 そんなことを言われながら、あっという間にラステイションの上空まで連れて行かれて。

 太陽は沈みかけていた。西の空は茜の色に染まっていて、東からは夜が迫ってくる。

 遠くには青みが掛かったプラネタワーと、反対側にはルウィーの雪国が見えた。その真ん中にある島はリーンボックスかな。改めて見てみると、結構各国家の距離って近かったりするんだな。

 こんな状況で言うのもなんだけど、初めてこうしてゲイムギョウ界を見渡せた、気がする。

 

「もう、ぴぃはどこにも帰らない! お姉さんと一緒にいるもんね!」

 

 それは、できないよ。俺もピーシェも、帰らなくちゃいけない。

 

「どうして? 私は遊んでたいだけのに……お姉さんと、ずっと……」

 

 それは分かるよ。俺だってずっと遊んでいたい。楽しい事は、ずっと続いてほしいもん。

 でも、君には帰りを待つ人がいる。その人は、俺の帰りも待ってくれてる。俺達二人が、仲良く帰ってくるって信じてるんだ。だからその人を、その人の願いを無視して遊び続けるなんて、できるはずがない。

 ……門限はとっくに過ぎてる。もう、日が暮れた。だから、夜が来る前に。

 

「もう帰ろうよ、ピーシェ」

 

 ぱきん、と。

 指先で額に触れると、彼女の奥底から何が割れる音が、聞こえた。

 それと同時に、内臓が浮かび上がるような感覚。

 頬に乱暴にぶつかる風が、急降下していることを教えてくれた。

 

「あ…………」

 

 呟いたイエローハートの像が、だんだんと形を変えていく。プロセッサユニットは剥がれ落ちて行って、翼も空に溶けるように、光の粒子となって消えていく。頭の後ろで纏めていた髪は解けて行って、瞳の奥にあった電源マークも、ゆっくりと消えていく。

 そうして、元の蒼色になった瞳は、ゆっくりと俺の方へと向けられて。

 

「……おかえり、ピーシェ」

 

 その言葉に、ピーシェは両腕で俺の体を抱きしめてから、答えてくれた。

 

「ねぷてぬ……ねぷてぬっ!」

「うん」

 

 やっぱり、そう呼ばれる方が良いな。お姉さん、ってのはちょっと恥ずかしかったし。

 

「ごめんね、ねぷてぬ……! 私、ねぷてぬにあんなことして……!」

「……大丈夫だよ」

「でも」

「ピーシェが無事に帰ってきてくれれば、俺はそれでいいから」

 

 ……少し、カッコつけすぎたかな。でも、それは本当のこと。

 それに。

 

「女神になった時の事、覚えてるの?」

 

 どっちかって言うと、そっちの驚きの方が強い。

 原作ではどうだったっけ。いや、まあ今その話はどうでもいいか。

 

「うん。マジェコンヌに変なのを植え付けられてから、ずっと」

「……やっぱり、あいつのせいか」

 

 そりゃ、知ってたけど。でも、どうやって?

 ……もしかすると、マジェコンヌにはシェアクリスタルを生み出せる力があるとか?

 でないと、各国の女神の偽物なんてもの、生み出せないし。プルルートがアイリスハートになったのも、そう考えると辻褄が合う気がする。あれ、もしかして俺、けっこういいセン行ってるのでは?

 

「ね、ねぷてぬっ! それ考えるのはいいけどさ! 下、下っ!」

 

 ……あ、そっか。

 

「もう一回、イエローハートになれたりしない?」

「たぶん無理! 戻り方とか分かんないし、探してるうちに死んじゃうって!」

 

 うーん、そっか。なら割と詰んでるんだよなあ。

 いくら女神だからといって、この高さからだと潰れちゃいそうだし。

 ピーシェだけでも、と思うけど、それも難しそうだ。

 ……でも、せっかく助けられたのに、一緒に帰れるのに。

 ここで終わるなんて、そんなの嫌だ。

 

「ピーシェ」

「な、ななな何っ!?」

 

 何かアテがある訳でもない。もしかすると、俺の最期の我儘になるかもしれない。

 それでも。

 

「俺を、信じて」

 

 そうすれば、きっと。

 こんな出来損ないの女神でも、奇跡の一つや二つ、起こしてみせるから。

 

「――ねぷてぬっ!」

 

 ピーシェの叫び声が、聞こえる。 

 

 そして。

 闇が、俺を呑み込んだ。

 

 




クラゾミさん(@KURAZOMI)から画を頂きました うれしす


【挿絵表示】

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