虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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02 プラネテューヌの女神

 

「……えと」

 

 意味がわからなかった。より、この現状を受け入れ難くなった。

 何というか、その、頭がぐちゃぐちゃにかき回されたような気分で。

 俺はネプテューヌになってしまって。それで、目の前にいるのはネプテューヌで。

 俺はプラネテューヌの女神で。でも、目の前の彼女もプラネテューヌの女神で。

 思考の奔流に流される。直面した現実は洪水のようになって、意識すらも流していく。

 なんだ、これ。どうなってるんだ? 

 

「えーと……だいじょーぶ?」

 

 困惑する俺に、ネプテューヌはそう問いかけながら、こてんと首を傾げていた。

 

「かわいっ」

「?」

 

 いや、それは正しいけどそうではなくて。

 思わず口元を抑えながら、改めて彼女を見つめる。

 ……あ、服装はパーカーワンピなんだな。

 ちょっと大きめの白いパーカーを着ている以外は、俺と何も変わらないようだった。

 背丈はほぼ同じくらいだし、目の色も同じだし。肉のつき方どころか、髪の質まで。

 するとネプテューヌは恥ずかしくなってきたのか、えへへ、と誤魔化すような笑みを浮かべて、

 

「そんなに見つめられると、いくら私でも照れちゃうな」

 

 どういう意味だろう。ネプテューヌでも人に見つめられると照れるのか。

 それとも、ネプテューヌという自分に見つめられるのが慣れないのか。

 いかん、混乱しすぎてそんなどうでも良いことにまで思考が回ってしまう。

 ええと、あーっと、その。

 

「なま、え」

「……なまえ?」

 

 口から出てきたのは、ネプテューヌと瓜二つの声だった。

 そしてそれは、思うように出すことのできない声でもあった。

 

 だってネプテューヌだぞ

 ネプテューヌ。

 お前、おまえっ。

 これがどんなことか分かってるのか。

 何を隠そう、俺はネプテューヌのことが好きなのだ。それも、いわゆる限界オタク的な感じで。

 そんでもって何が言いたいかというと、要するに俺はメチャクチャ緊張していた。

 だってこんな、ネプテューヌと話す日が来るなんて思ってもいなかったもん。

 若干解釈違いな気もしたけど、生のネプテューヌを見ればそんなことはどうでもよかった。

 今すぐに抱きしめて、頭を撫でてやりたい気分だった。

 こんなに小さいのに、あんなに頑張っている姿を見れば、それは必然のことだった。

 と。

 

「名前……あー、名前ね!」

 

 何も言わない俺の意思を汲み取ったのか、ネプテューヌはぽん、と手を叩いて。

 

「私の名前はネプテューヌ。この国、プラネテューヌの女神なんだ」

 

 いつも通り、そんな自己紹介をしてくれた

 思いっきりファンサービスだった。三千円くらいでいいですか?

 あ、追加ボイスも購入するんで料金だけ教えてもらえれば……。

 

「それで、あなたの名前は?」

 

 限界オタめいた思考は、そんな会話のパスで一瞬にして吹き飛んでしまう。

 名前? 名前……名前、名前は。

 

「お、おなじ……」

「オナジ? 珍しい名前だね」

 

 いや、そうではなくて。

 ええと。その、なんだ。

 ……いや、もう考えるのはやめた。

 

「ネプテューヌ」

「……え?」

「私の名前は、ネプテューヌ」

 

 しっかりと、はっきり伝えると、ネプテューヌはきょとんとした目で俺のことを見つめた。

 

「ネプテューヌ?」

「そう。同じ」

「ああ~、オナジってそういう意味だったんだ~ってええええええ!?」

 

 いきなり叫び始めたネプテューヌに、思わず俺も驚いてしまう。

 

「わ、私とおんなじ名前!? しかも顔とか背まで一緒の!? どゆこと!? もしかしてあなたもプラネテューヌの女神!? それとも実はドッペルゲンガーとか!?」

 

 ずい、と顔を近づけて、ネプテューヌがそう立て続けに聞いてくる。

 ちッ、近ッ。あっ、その、やめて……無理……かわいい……。

 きっとこれがガチ恋距離っていう奴なんだろうな。マジで心が奪われそうになった。

 いや、だからそうではなく。

 

「……わからない」

「ねぷ?」

「何も、わからない」

 

 ごめんなさい。つまんない返し方で。

 でも事実なんだ。

 よく分からないままネプテューヌになり、よく分からないままネプテューヌと会話してる。

 おそらく文面にしてもわけわからんだろう。俺が一番分かってないもん。

 

「……記憶喪失なの?」

 

 そうじゃない。ふるふると首を振る。

 不思議と、記憶は確かにある。おそらく前世と言えるであろう俺の名前に、昨日の晩飯まで。

 だから、そういう問題じゃないとは思う。

 でもその答えは余計に謎を深めてしまったようで、彼女はうんうんと首を傾げていた。

 多分、珍しい光景なんだろうな。レアだ。あの、これいくら払えばいいですか?

 そして少しの間も経たずに、彼女はぱっと顔を上げて、わかんない! と元気に叫んだ。

 そうか。二人ともわけわかんないんだな。

 

「もー考えるのも飽きちゃったしー、ゲームでもしよーよー」

 

 なんてことを言いながら、ネプテューヌが俺の手を引いてくる。

 あまり納得はできなかった。このままの状況でいいのだろうか。

 もしかしたら俺とネプテューヌがいるのは、良くないことかもしれないのに。

 なんてことを伝えてみると、ネプテューヌは、だいじょーぶだって、と気楽に答えた。

 

「なんたって、あなたは私なんだし。主人公なんだから、悪いことはないって!」

 

 それに私ならゲームも得意でしょ、なんて。

 本当に気楽にそんなことを言うものだから、思わず笑みが溢れてしまって。

 あ、ようやく笑った、なんてことを言われてしまう。

 

「やっぱり私は笑ってる方がいいね!」

 

 ネプテューヌはそう、まるで友達に語りかけるかのような口調で、俺の手を引いていった。

 

 

「ふーん、つまり憑依モノの主人公ってところなんだね」

 

 かちゃかちゃとコントローラーを動かしながら、ネプテューヌは俺の話をそう纏めた。

 話が早くて助かる。こういうサブカルに通じてるの、ネプテューヌって感じだ。

 ちなみに今やってるゲームは思いっきりスマブラだった。ニテールとかスニークとかが思いっきり戦ってた。これ本編に出てたら確実に怒られてたと思う。ネプテューヌシリーズは割とギリギリを攻めることで有名だった。

 

「いやー、にしてもさすが私! 憑依した先でも主人公するなんて! やっぱり主人公の運命からは逃れられないんですなぁ」

 

 うーん、どうなんだろう。

 この場合、俺ってもう一人の自分みたいな感じで敵に回りそうな感じだけど。

 まあ、そうなっても何とかなるか。最悪俺が自害すりゃいいんだし。

 ネプテューヌといると気分が明るくなって、そんな楽観的な考えをしてしまう。

 もし最後にネプテューヌと戦う時、棺に死者蘇生を入れられないようにしておかないと。

 

 でもまあ、なっちゃったもんは仕方ないしね、なんてネプテューヌが声をかける。

 そうだよなあ。今更どうこうできるわけでもない。何一つ分かることがないんだから。

 だからあれこれ考えるよりも、これからどうするかを考えた方がいいのかもな。

 

 会話をいくらか交わしていると、そろそろゲームの決着もつきそうだった。

 3ストック制の終着駅みたいなステージ。アイテムはなし。

 試合については主観的にも客観的にも互角だった。お互いにラストの一機。

 緊張感のままだんだん言葉数も少なくなって、コントローラーを操作するだけの音が響く。

 ま、勝つのはネプテューヌなんだけどね。これネタバレだけど。

 それが決まっていれば、何も恐れることはない。

 そのまま俺は、自分のキャラを操作し、宙に浮かぶ虹色の球体を割り──。

 

「やったー! 勝ったー!」

 

 果たして勝ったのは、ネプテューヌだった。俺じゃなかった。ちくしょう。

 

「それにしても、ゲーム上手いね」

 

 うん。正直、俺もネプテューヌの互角の勝負ができるとは思わなかったし。

 仮にもゲイムギョウ界の守護女神。実際に戦ってみるとやはり強かった。

 けれどなんだろうな。俺もどうしてかそれに追随できたというか。体が勝手に動いたというか。

 ……ああ、もしかしてお約束の経験値引き継? 

 

「うそ!? なにそのチート! 私の血の滲むような練習は一体……!」

 

 うごごご、と頭を抱えるネプテューヌに、なんて声をかければ分からなくて。

 ……いや、ちょっと待て。

 経験値引き継ぎがあるとなると、つまりこの体は経験があるってことだよね?

 つまり、もともとこの次元にはネプテューヌが二人いたってことになるんじゃないの? 

 

「でも私、自分以外の私なんて見たことないよ?」

 

 すごい哲学的なことを言っているようだったが、当たり前のことだった。

 そりゃそうだ。ドッペルゲンガーでもあるまいし、世界に二人もネプテューヌがいるなんて。

 ……いや。ネプテューヌの場合だとあり得るな。

 こことは違う次元。つまり、別次元というのが、ネプテューヌシリーズには存在する。

 シリーズに多く存在するパロディゲームもその中の一つという設定があって、さっき言ってたアイドルやってる次元やバイクになってる次元もおそらくそれに当たる。

 つまりまあ、マルチバース。多次元宇宙論ってわけ。

 その次元の中でも、ネプテューヌシリーズの本編に深く関わる次元が一つ、存在する。

 それが神次元。プラネテューヌの女神がネプテューヌではなく、プルルートという女神の次元。

 つまり、ネプテューヌが女神にならなかった次元だ。

 それなら俺がここにいるのも、多少の辻褄が会う。

 おそらく神次元のネプテューヌが何らの因果によってこの次元へ来てしまい、その際に俺の魂が憑依してしまったと。もはや妄想の領域に達しているかもしれないが、考えられるのはそれ以外になかった。

 

「私が女神にならなかった次元かぁ」

 

 かいつまんで説明すると、ネプテューヌはそんな想いを馳せるように呟いた。

 ……ん? もしかして、神次元とかは知らない? 

 

「知らないよ? プルルート、って人も、別の次元があるのも今初めて知ったかな」

 

 ちょっと待て、ここどの世界線なんだ? 

 え、アイドルとかはやった? バイクは? ゾンビと戦ったことはある? オンゲで遊んだ? 

 

「そ、そんなネプネーターみたいに質問されても……」

 

 え、アキネーターあるのこの世界!? 

 まじで怒られなくてよかったな! 

 

 ……とにかく。

 どうやらここは、俺の知るネプテューヌの世界ではないらしい。

 アニメでもゲームでもない、オリジナルとは明確に違う、一つの可能性の世界。

 まあ、何というか、いたって普通のゲイムギョウ界らしかった。

 そうなると、俺の存在はより謎になっていくんだけど。

 

「まーまー、深く考えても仕方ないって。気楽にいこーよ、気楽に」

 

 背中をぽんぽん、と叩きながら、ネプテューヌがそうやって声をかけてくれる。

 ありがと、と頑張って声を出そうと思った、その時だった。

 

「お姉ちゃん? またお仕事サボってるの?」

 

 女性らしさの強い、けど確かな柔らかさがある声色。

 開かれたドアの先に立っていたのは、桃色にも似た紫の髪を背中まで伸ばした、一人の少女。

 白を基調としたワンピースに、頭にはネプテューヌと同じような脳波コントーローラーが一個。

 ネプギア。ぎあっち。ネプギャー。ぎあちゃん。Nepgear。

 プラネテューヌの女神候補生にして、ネプテューヌの真の妹であるのが、彼女だった。

 

「あー、ネプギア。お茶淹れてきてくれたの?」

「そうじゃないよ……いーすんさんに言われて、様子を見に来ただけだよ」

 

 疲れ切ったようにため息を吐いて、ネプギアが続ける。

 

「もう、いーすんさんカンカンだったよ? 『ここ最近また調子に乗ってるから、お説教が必要みたいですね』みたいなこと言ってたし。はやく戻った方がいいと思うんだけどなぁ」

「いやー、私だってそうしたかったんだけどね? 別の問題が出てきてさ」

「別の問題って……お姉ちゃん、ただ対戦型のゲームやってるだけ……じゃ……」

 

 そして、おそらく初めて、ネプギアは俺の方へと視線を向けて。

 

「…………お、お、お、お姉ちゃん!?」

 

 なんともまあ、百点満点のリアクションを見せてくれた。

 

「おおー、さすがネプギア! いいリアクションだね!」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないよ! って、あれ? え? どっちがお姉ちゃん!?」

「どっちもに決まってるじゃん。だって私もこの子も、同じネプテューヌなんだからさ」

「どっちも……わ、私にお姉ちゃんが二人……?」

 

 え、ネプギアが俺の妹に……? 

 なんて冗談を言ってみるけど、本人からすればたまったもんじゃないだろうな、これ。

 ええと、とりあえず初対面だから、挨拶はした方がいいのか。

 初めまして。ネプテューヌって言います。

 

「……はい? え? は、はじめまして? おねえちゃん?」

 

 余計に混乱してしまったらしい。それはそうか。

 

「んもー、ネプギアったらさすがに驚きすぎだって。私だってネプギアと初めて会った時、いきなり妹ですだなんて言われたんだよ?」

「そ、それはそうだけど……」

「だから、いきなり姉が増えても問題なし! これからはお姉ちゃんが二人になるから、慣れるよーに!」

 

 ……そろそろ収拾つけたほうがいいと思うんだけどな。

 

「えー、面白いのにー」

 

 でもネプテューヌはしぶしぶと言った様子で俺のことをネプギアに説明してくれた。

 

「なんていうか、転生してきたみたい? あれ、憑依だったっけ? ま、いいや。とりあえず、危険な人じゃないから安心していいよ。なんてったって(ネプテューヌ)だもん」

「そっか……見た目も声もほとんどお姉ちゃんと一緒だもんね。それなら大丈夫かな」

 

 いや、そんな軽い説明でいいの? ネプギアそれで納得できるの?

 改めてユルい雰囲氣に疑問符を浮かべていると、ネプギアがでも、と口元に手を当てて、

 

「これだけ見た目もそっくりだと、どっちがどっちかわからなくなっちゃうね」

「確かにそうかもね。あ、そうだ! それなら……」

 

 何か思いついたように、ネプテューヌが部屋の隅にあるタンスの中をあさり始める。

 そうしてしばらくした後、取り出してきたのは、黒い二つの物体で。

 

「はい、色違いの脳波コントローラ! もう一人の私はこれつけてよ!」

 

 言われるがまま、ぱぱっと頭の十字キーを外されて、代わりに黒くなったそれを取り付けられる。

 

「ほら、これなら一目でわかるでしょ?」

「あ、ほんとだ。これならすぐに判断できるかも」

 

 座ったままの俺のことを見下ろしながら、二人がそう言葉を交わした。

 まあ確かに、区別とか必要だろうな。でも黒い方を持っていてよかった。

 粗品リボンとかだったら目も当てられなかったからな。てか何なん粗品リボンて。

 

「区別できたはいいけど、でもこれってやっぱりいーすんさんに報告したほうがいいんじゃ?」

「そうだよね。まあ考えるのも退屈だし、いーすんのところいこっか」

 

 トントン話が進んでいく。でもまあ、そうするしかないのか。

 俺って今のところ正体不明の存在だし。イストワールなら何かわかるかもしれないし。

 ……それにしても。

 ネプギアもイストワールもいるってことは、本当にプラネテューヌに来ちゃったんだなあ、俺。

 ふと目を向けた大きな窓には、プラネテューヌの未来的な街並みが広がっている。

 

「あれ、どうしたの? なんか変なものでもあった?」

 

 そうじゃないけど、なんていうか……本当に来たんだなって。

 夢っていうか、一度どんなものなのか、この目で見たいという欲はあった。

 こうして会話をするたびに、その実感が増していく。

 

「あはは、なにそれ」

 

 それに。

 こうやってネプテューヌと話していると、彼女という存在の重さが、改めて伝わってくる。

 そして、その姿と同一である、俺という存在への疑問も。

 感じるのは、得体の知れない恐怖。

 今すぐにでも首がはねられてしまいそうな、存在を否定されてしまいそうな、そんな昏い感覚。

 ……これから、どうなっちまうんだろうな、俺。

 

「お姉ちゃんたち、行かないの?」

 

 ネプギアのそんな声かけで、ようやく俺は我を取り戻すことができた。

 

「あー、今いくよ! ほら、あなたも」

 

 伸ばされた彼女の手を取って、俺はネプテューヌと一緒にネプギアの後を追った。

 


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