虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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23 バック・トゥ・プルルート

 

「つまりなー、()()()()()()っつーことだよ」

 

 そうやって指を回すクロワールに、プルルートだけが首を傾げていた。

 

「正確には特定の時間軸を疑似再現した、ってところか? この世界の時間そのものはそのまま進んでるんだけどな、それ以外の全ての事象がその時間軸と同じ状況になってる、って感じだな」

「私達にその影響がなかったのは、この世界の住人じゃなかったからってことだよね?」

「ま、そういうことだな。逆に言えば、俺達以外の全部はその影響を受けてるってことだ」

 

 なんて言いながら、クロワールがプルルートの頭を小突いて、

 

「こいつもお前のことなんて覚えちゃいねえ。あれだけ必死に戦って、姉を取り戻したことも覚えちゃいねえ。それどころか女神になったことすらも、今この時では無かったことになってんだよ」

「……だから、『はじめまして』だったの?」

「そういうことだよ。残念だったな」

 

 つまり、あれか。

 ネプギアとイストワールが、ピーシェとプルルートを覚えてないことも。

 ついこの間まで戦っていた記録が、全て無くなっていたことも。

 プルルートが、俺のことを全く覚えてないことも。

 全部時間が巻き戻ったから、無かったことになってるってことなのか。

 

「めがみさま~? かお、こわいよ~?」

 

 不思議そうにこちらを見上げるプルルートに、俺は何も返せなかった。

 怒っている、のかな。悲しさもある。正直なところ、自分でもよく分かってない。

 だってそうじゃん。いきなり時間が巻き戻ったなんて言われて、納得できる方がどうかしてる。

 今は他に疑うものがないから、無理矢理その事実を受け入れるしかないけど。

 ……でも。

 二人で過ごした時間も、戦ってきた歴史も、重ねてきた思いも全部なかったことになるなんて。

 そんなのは、嫌だ。

 

「……どうすれば、元通りになる?」

 

 所詮は、俺の我儘かもしれないけど。

 それでも、あの日常を取り戻さなくちゃ、って思うから。

 

「黒幕をブッ倒せば、全部元通りになるだろうけどよ」

「でも、できることは限られてるよね。そもそも私達、時間軸がどの時点まで戻ってるか、ってのも分からないし。黒幕が誰なのか、どこにいるのかも知らないんだよ?」

「それに何より、これはお前一人の戦いだ。なんたって他の奴らは戦う意味すら見出せねーんだからな。それでも本当にできんのかよ、お前だけで」

 

 そんなこと。

 

「やるしかないよ。この国の女神は、俺しかいないから」

 

 味方がいないことなんて知ってる。誰の手も借りれないことも、理解してる。

 でも、だから戦えないだなんて、逃げ出すなんて、そんなこと許されない。

 一人きりだなんて分かってる。だからこそ、俺が戦わなくちゃいけないんだ。

 それがきっと、俺に与えられた役割だから。

 

「……ま、そうだよな。お前ならそう言うと思ったよ」

「あ~、クロちゃん負け惜しみ~? そんなこと言うのカッコ悪いよ~?」

「うるせえよ! ったく、手伝えばいいんだろ!?」

 

 ……もしかして、賭けてた?

 

「言っちまえば、お前らの事情なんてこっちには関係ねーからな。俺としてはこの次元なんて興味ねーし、もう別の次元に行っちまいたかったんだが、こいつがどうしても、ってな」

「だって、困ってる人を放っておけないもん! クロちゃんだって本当はそうじゃないの?」

「前々から思ってたけどよ、お前、旅人向いてねーぜ」

 

 そういうところ、ネプテューヌらしいって俺は思うけどなあ。

 

「というわけで、私達も手伝うよ。君を一人にさせない、って言ったもんね」

「だからってコキ使うのは勘弁してくれよ。」

「……ありがとう」

「いいんだよ、私達が好き勝手にやってることだから!」

「本当にな」

 

 満面の笑みを浮かべて、ネプテューヌはそう俺へ告げてくれた。

 

「で? たった一人の女神サマはこれからどうするつもりなんだよ」

「それは……」

「むぅ~~~~!!!」

 

 なんて、言い淀む俺の前に、頬を膨らませたプルルートが割り込んできた。

 

「めがみさまも、たびびとさんも、さっきからなんのおはなししてるの~?」

「ご、ごめんね? 今、女神様と大事なお話してて……」

「めがみさまに用があるの、私なのに~! じゅんばん、まもってよ~!」

「順番もクソもねーだろ、おまえみたいなガキに構ってるヒマねーんだから」

「ハエさんはだまってて~!」

「あ!? おいこらテメー、今なんつった!?」

 

 そうやって叫ぶクロワールなど気にもかけず、プルルートが俺の方へと向き直る。

 

「めがみさま~、わたしね~、クエストいきたいんだ~」

「クエスト? なんで?」

「おねえちゃんのこと、さがしたいの~」

 

 ……え?

 

「プルルート?」

「ん~? どうしたの~?」

「もしかしてお姉ちゃんと一緒に遊ぶ予定だった?」

「そうなの~。今日はぁ、お姉ちゃんがお休みだから~……」

「……ぬいぐるみ屋さん?」

「うん~! って……あれ~? めがみさま、どうして私の考えてることわかったの~?」

 

 なんでって……そりゃあ。

 

「私は女神様だからね」

 

 そう言ってから、プルルートの頭を軽く叩くと、彼女は不思議そうに首を傾げていた。

 ……あれ? もしかしてスベってる? 個人的に良い感じに誤魔化せたと思うんだけど。

 だってそうじゃん、こういう時って当事者とかにバレちゃいけないだろうし。

 え? 対応として合ってるよね? そうだよね? おい!

 

「女神だからってなんでも知ってるわけじゃねーだろ」

「私はいいと思うよ! そういう新しい方向性!」

 

 ……と、とにかく!

 

「どこまで巻き戻ってるかは、なんとなく分かった」

「ほんと!? やっぱりこの子についてきてよかったね!」

「で、具体的にはどこまでなんだよ」

 

 えっと、多分この時間軸は、プルルートが女神になる直前の時間軸なんだと思う。

 そしてプルルートと一緒にピーシェを迎えに行って、その時にプルルートが落ちているシェアクリスタルを拾って、アイリスハートになる……っていうのが、この後の正しい流れ。

 だからプルルートを女神に戻すにはまず、そのシェアクリスタルを早く回収して……。

 ……って、あれ?

 もしかして今、誰のものでもないシェアクリスタルが一つ、この世界に存在してるのか?

 んでもって俺の中にある神格は、偽物たちの三つで、でもそれだと一つ足りなくて。

 ……つまり。

 

「アイリスハートが持っていた神格は、元々俺のものだったってこと?」

 

 その言葉に、一番に反応したのはクロワールだった。

 

「なるほどな、このガキの神格が外付けだったのはそういうことか。それで、その神格が揃えばお前は晴れて女神になれる、ってわけだ。よかったじゃねえか」

「……分かってたの? 俺の事も、プルルートのことも」

「最後のピースだけが欠けてるパズルなんて、バカでも解けるっつーの」

 

 ……それも、そうか。

 でも、これでハッキリした。俺達がやるべきことも、マジェコンヌの目的も。

 この戦いの全ては、そのシェアクリスタルにかかってるって言ってもいい。

 

「めがみさま~? なんのおはなししてるの~?」

「ガキは関係ねー話だよ。言っとくけどお前、もう用なしだからな?」

「……おくちのわるいハエさんも、いてもいみないとおもうけど~?」

「んだとコラ!」

「なあに~!?」

「はいはい、二人とも仲良くしようね? 同じパーティメンバーなんだから」

 

 そうやっていがみ合う二人の間に入ってから、ネプテューヌが俺の方を向いて、

 

「さ、そうと決まればさっそく出発しよう!」

「……うん」

 

 ようやくだ。ようやく俺は、俺としての役割を果たすことが出来る。

 踏みとどまっていたのかもしれない。一人だったから。心細かったから。

 言い訳、って言えばそうなんだと思う。ネプテューヌを偽っていたことも、ぜんぶ。

 だけど、今は違う。ネプテューヌもクロワールも、プルルートも一緒にいてくれる。

 ……世界を救いに、と言えば少しだけ陳腐かもしれないけれど。

 

「みんな、行くよ!」 

 

 声を上げて、踏みとどまっていた一歩を踏み出した。

 目指すは始まりの場所――バーチャフォレストへ!

 

 

「とりゃあーっ!」

 

 掛け声を上げるネプテューヌと合わせて、握りしめた斧を振り下ろす。

 土煙。それが晴れると同時、エンシェントドラゴンの体が地面へと倒れ込んだ。

 ……これで、何匹目?

 

「あ? めんどくさくて数えてねーよ」

「十……あれ、いくつだっけ? プルルートちゃんは覚えてる?」

「ん~? んぅ~……」

「ダメだこいつ、ほっといたら寝そうだぜ」

 

 ぜ、前途多難……。

 いや、そもそもそんなこと気にしたって意味ないか。

 出てくる敵は何が何でも全部倒す、それくらいの気概でいないと。

 

「それにしたって雑魚が多いな。おい、前もこうだったのか?」

「うん。シェアクリスタルのエネルギーに寄せられてるみたい」

「なるほどなあ。ってことは、こいつらを倒していけばクリスタルの場所へは辿り着けるわけだ」

「でも、この調子じゃいつになるか分かんないよ?」

 

 瞼を擦るプルルートを背負いながら、ネプテューヌがそう口を挟んできた。

 確かにそうだ。早くしないと、マジェコンヌに先を越されちゃうかもしれない。

 

「分かってんなら無駄口叩いてねーで戦えよ」

「……クロワールは戦ってくれないの?」

「お前バカだろ。俺があんな奴らとやり合えるようなカッコに見えるか?」

 

 でもイストワールとかプレイアブルで出てきたじゃん……。

 

「意味分かんねーこと言ってんじゃねーよ。それよりほら、出てきたぞ」

 

 くい、とクロワールが顎で指した先には、また同じくらいのモンスターの群が。

 えーと、ドラゴナイトにセントホエールに……ああもう、面倒くさい!

 

「一気に行くよ!」

 

 ブラックハートの剣を右手に生成。背後には、グリーンハートの槍を。

 左手に握ったホワイトハート斧を投げつけてから、一気に地面を蹴った。

 初撃はドラゴナイトに受け止められる。弾かれたその斧を足場に、もう一度空中で加速。

 そのまま正面に突っ込みながら、縦に一閃。確かな手応え。

 真っ二つになった死体をそのまま呑み込むように、セントホエールがこっちに突っ込んできた。

 大きく後ろへ跳んでそれを回避。同時に槍を左手に握って、再び前方へ。

 エネルギーなのか水流なのかよく分からない、ブレスを剣で切り裂きつつ、隙を見てから槍を投げつける。腹部へ命中。けれど皮が厚いのか、そこまでダメージにはなっていないみたい。

 だったら――

 

「小っちゃい私、左!」

 

 更に前へ進もうとしたとき、そんなネプテューヌの声が後ろから聞こえてきた。

 言われた通りに左へ顔を向けると、そこには既に龍の尻尾が、目の前に迫っていて。

 

「どっから湧いたんお前!?」

 

 叫んだ次の瞬間には、世界が横たわって見えていた。

 

「なっ……何!? なんなんマジで!」

「ちょっと、大丈夫!?」

「大丈夫だけどさあ! こういうのだけはほんっとに止めてほしいんだけど!」

 

 割と今ノってたのに! ノリを阻害されるのが一番腹立つんだよ!

 ふらつく頭を無理やり起こし、剣を右手に握る。一応、盾も左腕に展開。

 ……攻撃、ってわけじゃなかった。ほんとに意識外から飛んできたっていうか、なんていうか。

 混乱する頭に、クロワールの声が入ってくる。

 

「おーすげ、なかなかやるじゃねーか、あの嬢ちゃん」

「……嬢ちゃん?」

 

 不思議に思って見上げた、そこに立っていたのは。

 

「どりゃあーーっ!」

 

 自身よりも遥かに巨大な龍の体を、強引に投げつける、一人の少女の姿だった。

 

「あ~! おねえちゃんだ~! お~い、おねえちゃ~ん!」

 

 するとこちらの会話が聞こえたのか、彼女はくるりとこちらへ振り返って。

 

「え、女神? それにプルルート!? なんでここにいるの!?」

「めがみさまにつれてきてもらったの~!」

「なんで!? ここは危ないって言ったでしょ!? それに女神も分かってるのにどうして……」

「んなこと言ってる場合かよ? 奴さん、まだやる気みたいだぜ?」

「うわ、なにこのハエ!?」

「妹が妹なら姉も姉だなおめーら!」

 

 ……とにかく!

 

「話は後でするから、今は集中して」

「……わかった」

 

 少しだけ驚いた顔で、ピーシェが頷いた。

 ……そっか。俺がこんな口調だからか。

 

「さっさと終わらせろよ。そろそろ退屈になってきたからよ」

「じゃあ手伝う気くらい見せてよ!」

 

 クロワールにそうやって吐き捨てつつ、姿勢を低く前進。

 向かうエンシェントドラゴンが炎を吐いてきたけど、速度を上げてセントホエールの方へと潜り込む。そのまま腹部に突き刺さった槍を回収しつつ、剣で追撃。血か体液かよく分からない何かを浴びつつ、急いで体を翻す。直後、横から向かってくる鯨の尻尾に合わせて、剣を振る。

 びたん、なんて生々しい音と共に、紫色の尻尾が目の前へ落ちてきた。

 

「おりゃあ!」

 

 苦痛に悶えるセントホエールへ、ピーシェが叫びながら、蹴りを一発。

 直後、その巨躯がサッカーボールみたいに、地面を転がりながら飛んでいった。

 ……相変わらず、とんでもない火力してるなあ。

 

「危ない! 後ろ!」

 

 ネプテューヌの声を受けると共に、前へ跳躍。直後、さっきまで立っていた地面が炎に包まれた。

 着地。同時に盾を展開、横から来る爪を受け止める。鍔迫り合い。足に力を込めて、耐える。

 ……以前の俺なら、このまま吹き飛ばされてたんだろうけど。

 でも、今は違う。

 

「おらっ!」

 

 掛け声と共に盾を打ち上げて、エンシェントドラゴンの体制を崩す。

 そのまま後ろに下がりつつ、背後で構えているピーシェへ向けて、

 

「――行ってこい、ピー子!」

 

 そんな俺の言葉に、彼女はこくりと頷いてから駆けだした。

 跳躍。そして俺の掲げた盾の上に着地した彼女が、再びその両足へと力を込める。

 爆発音。砕け散る地面を背に、ピーシェは回転と同時に右脚を正面へと突き出して。

 

「でりゃああ! 女神キーック!」

 

 やっぱだせえ! もっと他にあっただろ!

 

「おねえちゃ~ん!」

「プルルート!」

 

 いつの間にか、ネプテューヌの背から降りていたプルルートが、ピーシェの方へと駆け寄った。

 

「なんでここにいるの! 何度も注意したよね!? 危ないからダメだって!」

「でも~」

「でもじゃないよ! ケガしてからじゃ遅いんだよ!? それなのに……」

「……おねえちゃんだって、やくそくまもってくれなかったのに~」

「あ……え、いや、それは……」

「きょうはぬいぐるみやさん、いくっていったよね~?」

 

 ああ、どっかで見た流れだ。

 プリプリ怒るプルルートも、ばつが悪そうに眼を逸らすピーシェも。

 ……どうしてかここで、本当に時間が巻き戻ってるんだということを、改めて理解した。

 そうでもしないと、気味が悪くなったから。

 

「じゃあ、あとでお姉ちゃんにぬいぐるみ屋さん、一緒に連れてってもらおっか?」

「うん~!」

「お姉ちゃんも、連れてってあげられるよね?」

「えっと……あなたは?」

「私? 私の名前はネプテューヌ! こっちの小っちゃいのがクロちゃん! よろしくね!」

「……どういうこと?」

「この国の女神にならなかった世界線のネプテューヌ、ってこと」

 

 時間がないから、詳しい説明している余裕もないけど。

 とりあえず、彼女が味方だっていうことだけは伝えておこう。

 

「クロワール」

「すぐそこだぜ。あの洞窟」

 

 そこは同じなんだ。いや、そりゃそうか。

 

「ピー子……いや、ごめん。ピーシェ?」

「……なに?」

「プルルートを連れて、すぐ教会に行ってあげて。ネプギアかイストワールに事情を話せば、部屋の一つや二つくらいは用意できるはず。いつか自分たちの場所が見つかるまでは、そこにいて」

 

 ……これも、究極的には俺の我儘なんだろうけどさ。

 事情を知っておいて、みすみす放っておくことなんて、やっぱりできるはずないし。

 

「どうして私達のこと、知ってるの」

「女神様だからね」

 

 それに。

 

「たった()()の家族なんだから」

 

 今の俺は、そこにいられない。

 だからせめて、出来る限りのことは。

 

「……うん、ありがと」

 

 告げられた言葉は、それだけだった。足音が遠ざかっていく。

 振り向くことはしなかった。そうしても、意味がない事は分かっていたから。

 

「よかったの?」

「言っても仕方ないよ。二人を困らせるだけ」

「……それもそっか」

 

 二人は悪くない。忘れてるだけ。この狂った世界に取り込まれただけなんだから。

 ……ちくしょう。

 

「さっさと行くぞ」

「……うん」

 

 クロワールの言葉に、うなずく。

 踏み出した足が軽かったのは、どうしてだろう?

 

 ……ああ、そっか。

 今の俺には、何もないからか。

 

 

「ほら、お目当てのブツだぜ」

 

 なんて言うクロワールの横を通り過ぎながら、その輝きの前に立つ。

 手のひらに収まりそうなほどの、透き通るような結晶体。内側には、電源マークを模した構造体が光を放ち続けている。間違いない。いつかの時に見た、あのシェアクリスタルだ。

 ……にしても、やけに簡単に見つかったな。

 

「罠だったりするのかな? それとも、ニセモノだったり?」

「いずれにせよ、正面からブッ潰す以外ねーだろ」

「……そうだね」

 

 何が来ようと関係ない。俺は、やるべきことをやるだけだから。

 

「行くよ」

 

 なんて、自分で自分に声をかけながら、シェアクリスタルを手に取った。

 その瞬間、全身が光に包み込まれる。でも、不思議と眩しさは感じなかった。

 世界が白く染まる。まるで白い部屋の中に立っているようだった。

 色も形も、陰もない。そんな純白の世界の中で、俺だけがいるような、そんな感覚。

 ……なにこれ。

 

『全て、揃ったのですね』

「うおッ」

 

 急に中ベールの声が聞こえてきたから、思わずそんな声が出た。

 

『なるほど、あの子が持っていたのですか。それは盲点でしたわ』

「……ってことは、これが本当に俺の神格だってこと?」

『そういうことよ』

 

 ホワイトハートが応えてくれる。そっか。罠じゃなくてよかった。

 

『で? これからどうするつもり?』

「……どうしよう?」

『私に聞くんじゃないわよ!?』

 

 俺の曖昧な返答に、ブラックハートが叫んで返した。

 いや、違うんだって。やるべきことは分かってる。倒さなくちゃならないってことも。

 ただその……なんだろう。どうしてか、申し訳なさがあるっていうか。

 

『構いませんわ。いずれ私たちは、消えゆく運命でしたもの』

 

 それ、は。

 

『あなたには感謝してるのよ。ここから見る景色は、嫌いじゃなかった』

『だから、ってわけじゃないけど。何もしないのも落ち着かないから』

『救われた、と言えばそうなのかもしれませんわね』

 

 ……そっか。無粋だったかな。今更そんなこと気にするなんて。

 

『それに、この運命はいずれあなたも辿ることになるのですよ?』

 

 ああ、それくらい分かってるよ。

 いつかその時は来るんだって、それくらいの覚悟はできてるって前にも話したし。

 ……ネプテューヌのためなら、彼女の夢を守るためなら。

 だったら。

 

「戦うよ。最後まで、女神として」

 

 それがきっと、俺に与えられた、最初で最後の役割だから。

 

『お付き合い致しますわ』

『ここまで来たんだもの。どうせなら最後まで、ね』

『何言ったって無駄なんでしょ。だったらやってやるわ』

 

 ……ありがとう。

 

『ではまた、近いうちに会いましょう』

 

 中ベールの言葉と共に、白い世界が崩れていく。

 体の感覚が元に戻っていく感じ。もっと端的に表すのなら、夢から醒めるような。

 

『……ま、楽しませてもらうことにするわ』

『せいぜい足掻いて見せなさいよ。そうじゃないと面白くないもの』

『頑張ってくださいね。あなたなら、きっと成し遂げられますから』

 

 声が遠くなっていく。世界に色が戻っていく。

 

『この物語の主人公は、あなたなのですから』

 

 

「――っ」

 

 ふらついた体を支えてくれたのは、ネプテューヌだった。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

「え? ああ……うん」

「あの一瞬で何があったんだよお前」

 

 一瞬? え、ああ、そういう感じのイベントだったんだ、今の。

 

「……何があったかはわかんねーけど、上手くいったみたいだな」

「良かったね、小っちゃい私!」

「ありがと」

 

 これで神格も揃った。戦う準備も整った。

 あとは……。

 

「あ、ケータイ鳴ってるよ? 小っちゃい私」

 

 このタイミングで? これから決戦みたいな今この時に?

 ……いや、向こうには向こうの事情があるか。しょーがない。

 って……あれ?

 

「あいちゃん? どうしたの?」

 

 通話に出ると、返ってきたのは呆れたようなアイエフの声だった。

 

『どうしたのって……あんたが言ってたことじゃない』

「言ってた……?」

『だから、あんたのそっくりさんを探してほしい、って話!』

 

 それは……!

 

「どこにいるの!? 見つけたってこと!? 今すぐ場所を――」

『だーっ、落ち着きなさい! そういう情報があった、ってだけだから!』

「情報……?」

 

 どういうことだろう。どっかで目撃した、ってことなのかな。

 でもそれだったら、ネプテューヌが戻ってこない理由が分からないし。

 

『何かね……少し怪しいんだけど、あんた一人になら情報を渡してもいい、って奴がいるのよ』

「私に?」

『そ。日付が変わるころに、指定した廃ビルへ女神一人で来い、って。まったく、仮にもネプ子とはいえ女神に対する要求じゃないでしょ……それに、こういうのってロクでもないことしか起こらないからね。いい? 絶対に行くんじゃないわよ。面倒ごとにしかならないから』

『……一応、その人の名前とかって分かる?』

『名前? えーっと……』

 

 そうして、アイエフの口から放たれたのは。

 

『マジェコンヌ……だって。変な名前ね』

 

 

「誘われてんな」

 

 錆びついた非常階段を上がっていると、クロワールがそんな声をかけてきた。

 

「だろうね」

「いいのかよ、そんなホイホイ乗っかって」

 

 構わない。むしろ、探す手間が省けたって考えれば。

 

「ま、どうなろうが俺は知ったこっちゃねーけどよ」

 

 そう言って、光の蝶になったクロワールが先導してくれる。

 月明かりはなかった。新月。宙を舞う彼女の光だけが、俺の道を照らしていた。

 

「にしても大丈夫なのか? 俺がついてきても」

「妖精を連れてくるな、なんてことは言われてなかったし」

「さすがに無理がねーか、それ」

 

 それを言うなら、向こうがネプテューヌを連れて待ってる確証もないし。

 というか、こういう状況で向こうの条件を鵜呑みにする方が危険じゃないかな。

 ……それよりも。

 

向こう(教会)はネプテューヌに任せておいて大丈夫なの?」

 

 正直なところ、クロワールを貸してくれるなんて思ってもなかったけど。

 ほら、ネプテューヌの能力っていうか次元の横断ってクロワールありきだしさ。

 信頼してない……ってわけじゃないけど、二人を引き離すのはかなり厳しいんじゃないの?

 

「まー、なんとかなるだろ。あいつだって馬鹿じゃねーし」

「そうなの?」

「これくらいで何かあるようなヤツだったら、今頃あいつはこの世にいねーよ」

 

 それもそうか。

 ……なんだかんだ、そういう信頼はあるんだな。

 

「そんなんじゃねーよ。俺としてはさっさとくたばってほしいって思ってるぜ? あの妙なノートから解放されて自由になれるし、あいつの変な正義感に振り回されることもなくなるんだしよ」

「でも、いなくなったら寂しいでしょ」

「……だいぶ毒されてるのかもしれねーな、俺も」

 

 顔は見えないけど、やつれたクロワールの表情が、頭に浮かんできた。

 

「……っと、そろそろだぜ。何するかわかんねーけど、しっかりやれよ」

「うん、ありがと」

 

 その言葉を最後に、光の蝶が霧散する。

 

 やがて、階段を昇り切った先に待っていたのは、一人の女性だった。

 夜闇よりも黒い三角帽と、青白い肌。髪の隙間から覗く瞳はネプテューヌのものとは違う、浅黒い紫。漆黒のマフラーを夜風に靡かせながら、そいつは握った杖で地面をかつん、と叩いた。

 

「……マジェコンヌ」

「よく来たな、プラネテューヌの女神よ」

 

 うるさいな。

 そんな風に呼ばないでよ。

 

「何故だ? 喜ばしいことじゃないか、偽物から本物になれたんだから」

「本物になんてなれなくていい」

「やはり貴様のことは理解できん。今回に限っては、ありがたいが……」

 

 ……そんな無駄な話をしにきたわけじゃないでしょ?

 

「ネプテューヌはどこ?」

「ここだ」

 

 マジェコンヌが指を弾くと同時、彼女の隣に魔法陣が開かれる。

 

「ねぷっ!? いったーい! んもー、もうちょっと少し優しく扱ってよ!」

 

 吐き出されるように出てきたネプテューヌは、そんないつものような口調で言った後に俺の方へ向くと、まるで信じられないものを見たような目で、俺の事を見つめていて。

 

「……どうして君が、ここにいるの?」

 

 …………は?

 

「どうやら、私の予想通りみたいだな」

「なんで……!」

「言っただろ? こいつは必ず貴様を助けに来る。自分がプラネテューヌの女神になることに耐えられないから、貴様に押し付けに来るとな」

 

 なんで? これがマジェコンヌの予想通り、って。

 ……もしかして、ネプテューヌは俺に助けに来て欲しくなかったってこと?

 

「ネプテューヌ?」

「……ごめんね、黒い私」

 

 謝ってほしいわけじゃない。悲しい顔をしてほしいわけじゃない。

 だってそんなの、ネプテューヌらしくないじゃないか。

 

「ネプテューヌはこのままでいいの? 女神でなくなって……俺が、代わりにプラネテューヌの女神になって……誰も、そのことに気付いてないのに。ネプテューヌがいなくなったことなんて、みんな知らないのに! それでいいの!? 自分が消えてもいいっていうの!?」

 

 気づけば、そうやって叫んでいた。心の内から湧き上がる感情を、抑えられなかった。

 でも。

 

「ごめんね」

「どうして!? どうしてそんなこと言うんだよ!」

 

 そうやって叫んだ俺の言葉に答えたのは、ネプテューヌではなく。

 

「逆に聞くが、こいつが消えて悲しんでいる奴はいるのか?」

 

 ……え?

 

「こいつが消えて、その代わりにお前が女神になって。誰か悲しむ奴はいたか? 誰か疑問に思ったやつはいたか? 誰か、お前のことを否定したやつはいたのか?」

「それは……」

「いないだろ? お前が女神になっても、この国はなにも変わらない。退屈な平和が続いているだけだ。こいつの望みどおりにな」

 

 否定したかった。けれど、できなかった。できるはずがなかった。

 だってそれは、俺が痛いほどに、苦しいほどに実感した、事実だったから。

 

「私はね、この国が好きだよ。ネプギアも、いーすんも、あいちゃんもコンパも、みんな大好き」

「だったら……!」

「でもね、みんなが無事でいてくれたら、私はそこに居なくてもいいのかな、って思う。みんなの平和が守られるのなら、あの退屈な日常を過ごしてくれるのなら、私はそれだけでいいから」

 

 それだけ、って……駄目だよ、そんなこと。

 確かにみんな、平和に過ごしてたよ。気味が悪いくらいに、呑気に平穏を謳歌してた。

 ……そう考えれば、俺だけが異常だったのかもしれない。

 無責任に、何も考えずに、あの平穏に浸っていれば、幸せだったのかもしれない。

 でも。

 そんなこと、できるはずないじゃないか。

 だって、それはネプテューヌが作り上げたものなんじゃないの?

 あの退屈な日々こそが、ネプテューヌの夢なんじゃないの?

 それなのに、そこにネプテューヌがいないなんて。

 そんな悲しいこと、あっちゃいけないに決まってる。

 

「だ、そうだが」

「…………」

 

 ネプテューヌは何も答えない。

 いつもの雰囲気が嘘みたいに、沈黙を貫いていた。

 

「ま、話はこのくらいにして、取引でもしようじゃないか」

「……取引?」

「簡単な話さ。私の望むものを引き渡せば、こいつを貴様の手に渡してやろう」

 

 悪い予感しかしない。けど。

 ネプテューヌを返してくれるなら、この命の一つくらい。

 

「望みは?」

「貴様の国を頂こう」

 

 ……なに?

 

「駄目だよ、黒い私! そんなことしたら……!」

「拒否すれば、私はこいつを殺すだけだ。こいつを生かしておく理由もないのだからな」

 

 握った杖をネプテューヌの顎に当てながら、マジェコンヌが笑う。

 

「いいじゃないか。貴様は女神の責任から逃れられるし、こいつを手元に置くことができる。私はあの国を支配することによって、更なる力を手に入れられる。素晴らしいと思わないか?」

 

 つらつらと続ける彼女の言葉に、何も言い返すことができなくて。

 

「……そんなことをしたら、君のことを一生恨み続けるからね」

 

 そんな、見たこともない表情と声色で呟くネプテューヌを前にして。

 俺は。

 

「いやだ」

「……ほう?」

 

 あれはネプテューヌの夢だ。

 あの退屈な平穏こそが、彼女の作り上げた夢なんだと思う。

 それなら。

 その夢を守ることが、俺の役目だから。

 

「皮肉だな。夢を守ることを択び、その本人を殺そうとしてるんだからな」

「……それも、違う」

「なに?」

 

 ――渦巻く力の奔流を、体の奥底から解き放つ。

 旋風が巻き上がり、それと同時に全身を淡い光が纏ってゆく。

 シェアエネルギーとアナザーエネルギー。その両方が、俺の体に流れていった。

 

「俺にも、夢がある」

 

 それはネプテューヌに比べたら、とても小っちゃくて、大したことないかもしれないけど。

 

「ネプテューヌには、笑っていてほしいんだ。いつもみたいに明るい笑顔のまま、あの退屈な平穏の中で……自分の手で作り上げた夢の中で、幸せに過ごしてほしい。それだけ」

「……それだけ?」

「そう。でも、そんな小っちゃな夢さえも、消えちゃいそうになってる」

 

 だったら。

 

「その消えそうな夢を守ることもきっと、俺の役目だと思う」

 

 ……これはきっと、そのための力なんだ!

 

「変身!」

 

 腕を高く天に掲げ、それと同時に強く叫ぶ。

 全身が作り替えられる。少女の形から、女神の形へ。

 纏うのは夜闇よりも暗い、漆黒のプロセッサユニット。

 そして背中には――六枚の、黒鉄の翼を。

 

「まさか……揃えたのか、貴様!」

 

 そうだ。

 もう俺は、出来損ないなんかじゃない。

 誰かの夢を守る、守護女神として。

 そして、本物になることのない、もう一人の女神として。

 

「――アナザーハート、ここに見参!」

 

 

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