虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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24 「アナザーハート」

 

 本物になんか、なれなくなっていい。

 結局、どうしたって俺はネプテューヌにはなれないんだから。

 同じ姿をしても。同じように振る舞っても。同じように女神になっても。

 俺は彼女のようにはなれない。プラネテューヌの女神として在っては、いけない。

 だってそうだろ。

 あのプラネテューヌの平和な日常も、皆の幸せな笑顔も、ぜんぶ彼女が描いた夢なんだから。

 その中で生きるべきなのは、ネプテューヌであって、俺じゃない。

 自らが創り上げた夢の中で、幸せに生きること。それが正しいって、俺は思う。

 だから俺は、偽物で構わない。夢の中で生きる彼女を、遠くから眺めているだけでいい。

 ……ネプテューヌは、あの国が好きだって言った。

 その平和が守られるなら、皆が平凡な日々を過ごしてくれるなら。

 自分はそこに居なくてもいいって、そう言ってた。

 だったらそれは、俺も同じなんだ。

 いつも浮かべるあの明るい笑顔が。ちょっと冗長になっちゃうような、あの口調が。何事にも全力で立ち向かう、その姿が。対価も報酬も何も求めずに、皆を守ろうとするその在り方が。

 俺はそんな彼女を、遠くから見ているだけでよかった。

 その透明の翼の輝きを、紫の軌跡を望むだけで、よかった。

 そして、その夢を守るためなら、俺の全てを賭けても惜しくないと、心の底から断言できた。

 

 やっぱり俺は、ただの偽物だ。プラネテューヌの女神になんて、なれるはずがない。

 ……でも。

 誰かの描いた夢を守るためなら。その笑顔をもう一度、取り戻すためなら。

 存在するはずのない、もう一人の虚構の女神として。

 俺は。

 

「戦うさ。きっとそれが、俺の役割(ロール)だから」

 

 ――アナザーハート。

 ちょっと陳腐かもしれないけど、それが女神としての、俺の名だ。

 

 軽く腕を振るうと同時、足元から鈍色の光が広がっていく。

 そこに現れるのは、地面に突き刺さったパープルハートの担う太刀。それだけじゃない。ブラックハートの剣やホワイトハートの斧、グリーンハートの槍。無数の武器が地面に乱立していく。

 その中の一つ、紫の太刀を握り、鞘に納めるように右腕の盾に接続。

 展開したそれは、俺の体よりも長い刃を生成して、一本の巨大な剣になった。

 ……なるほど。そういう感じなんだ。

 

「行くぞ!」

 

 叫ぶと同時に地面を強く蹴る。背後から聞こえた爆発音は、すぐさま遠くなって。

 次の瞬間には、マジェコンヌの姿が目の前にあって、思いっきり腕を振り下ろした。

 

「なッ……!」

 

 杖を盾にされて、耐えられる。でも、力の感覚からしてこちらが有利なはず。

 翼を大きく広げると、それぞれの羽からアナザーエネルギーが噴射された。

 力を込める。マジェコンヌの立っている地面が割れて、ビルが大きく揺れた。

 

「この……」

 

 小さく呟くと同時、黒い煙と共に彼女の姿が消える。

 

「そこッ!」

 

 背後の気配に向けて、盾から抜き放った太刀を投げ放った。

 その切っ先は、ただ彼女の帽子を落としただけ。マジェコンヌの見開いた眼が俺を睨む。

 ……惜しかった、でも!

 

「まだ!」

 

 突き刺さっていた槍を抜き放つと同時、盾を弓の形態へと変形。

 それを空に向かって放ち、すぐさま地面を駆けながら、傍にあった斧へと手を伸ばす。

 放たれた槍はマジェコンヌの上空で分裂、無数の槍となって降り注ぐ。

 それが全部躱されている間に、盾と斧を接続しながら接近。

 降ってきた槍の一つも、ついでに片腕に握りながら、勢いよく切りかかった。

 

「な……!」

 

 鎌は杖で受け止められる。槍も寸前で回避される。

 でも、まだ。

 両手に握っていた武器を離すと同時、すぐさま両手にブラックハートの剣を生成。

 ……片腕は塞がってる。あの妙な黒い霧も、もう間に合わない、はず!

 

「おらぁ!」

 

 斬撃。確かな手応えと、生々しい苦悶の声。

 ……入った! それなら!

 

「ネプテューヌっ!」

 

 両手に持った剣も放り捨てて、彼女の名前を叫ぶ。

 困惑したままの彼女は、けれど瞳を交わすと、伸ばした俺の手をしっかり握ってくれた。

 

「この……貴様ァ!」

「ババアは大人しく寝てろッ!」

 

 翼を展開。大きく広げてから羽ばたかせると、旋風が周囲に巻き起こった。

 その風に乗って、大きく後ろへ。両手でネプテューヌを抱きかかえながら、その顔を覗く。

 

「大丈夫?」

「……うん、でも」

 

 どういうこと、って続けようとしたのかな。けれどネプテューヌは、それ以上を語らなかった。

 ただ口を噤んだまま、じっと俺の事を見上げている。

 ……えっと。

 

「どうしたの?」

「いや、その……本当に、そっくりだなあ、って」

 

 あー……まあ、そうかもね。それは俺も改めて思った。

 恰好としては、パープルハートの色変えみたいなもんだし。髪型まで一緒だからなあ。

 ……変えたほうがいいのかな。まあ、ビジュアル的にダダ被りだしな。今更って感じだけど。

 とはいえこんな長い髪、以前はもちろん、こっちに来てからも弄ったことないし。

 うーん。

 

「ま、いっか」

「え?」

 

 背後に浮かせた太刀を浮かばせて、それを一気に真下へ振り下げる。

 少し頭が軽くなる。同時に、足元でぱさぱさと軽い音が鳴った。

 

「ちょ、ちょっと!? そういう意味で言ったつもりはないんだけど!?」

「でもキャラ被ってるし……」

「それは本当に今更じゃない!?」

 

 まあまあ。

 俺としては短い方が楽だから、別に気にしてないし。

 確かに長い方が見栄えはいいし、女の命とか言うけど……そもそも俺、微妙なとこだしなあ。

 ……とにかく。

 

「戦える?」

「……いけるよ!」

 

 強く頷いたネプテューヌを、地面へ下ろす。

 マジェコンヌの声が聞こえたのは、俺達が二人で向き直った、その直後だった。

 

「何故だ……! 何故、貴様がその神格を手にしている!?」

 

 何故、って。そりゃ。

 巻き戻ったっつったんだから、当然回収はするでしょ。

 

「どこで間違った? 本来ならば、貴様の神格は機能するはずがないのに……!」

 

 何を言ってるんだろう。マジェコンヌの言葉が、少しだけ引っかかる。

 でも、俺は今こうして変身してるんだし。思惑通りじゃなかった、というのは分かる。

 ……ま、気にしたって仕方ないか。

 

「行こう、ネプテューヌ」

「うん!」

 

 俺の声に、彼女はこくりと首肯して、右手を天に。

 

「変身――」

「させんぞ!」

 

 その瞬間、マジェコンヌの手から、紫色の光が迸る。

 急いでネプテューヌの体を突き飛ばした。

 けれど、その光はぐいん、なんて強引に曲がって、ネプテューヌの方へと向かっていく。

 ――駄目だ、間に合わない!

 

「ネプテューヌ!」

 

 思わず叫んで、その体を抱えると。

 

「……あれ?」

 

 ん?

 

「何ともないよ?」

 

 ……えーと。

 気を取り直して。

 

「行くよ、ネプテューヌ!」

「う、うん!」

 

 再度、強く応えてくれたネプテューヌが、同じように腕を掲げる。

 

「変身っ!」

 

 ……別に、隙をついて逃げたってわけじゃない。マジェコンヌは未だに俺達を睨んでいる。

 じゃあ何? あの光は何の意味があったの?

 苦し紛れに放った攻撃にしては、何の効果もなかったみたいだし。

 遅延行為なんかな。バッドマナーとか言ってる場合じゃないけど気分悪くなってきた。

 まあ、そういうことしそうな性格ではあるしな。おかしくも何ともない。

 V2の扱いを見ると少しだけ不憫に感じるけど、本質的に邪悪なんだよな、こいつは。

 何としてでも倒さないと。俺のできる全てを賭けてでも、止めなくちゃならない。

 それにはきっと、俺の力だけじゃない。ネプテューヌの力もなければ、成しえないだ。

 だから、えーっと、その……うん。倒さないと。

 ……あの。

 

「ネプテューヌ?」

「ご、ごめん! ちょっと待ってね? あれ? おかしいな……」

 

 変身するの待ってたんだけど、光も音もなかったから、思わず口にしてしまった。

 

「も、もう一度……変身!」

 

 再びそうやって叫びを上げるけど、何も起こらない。

 

「どうして!? へ、変身! チェンジ! アクセス! うおぉぉおお! アマゾン!!」

 

 なんだか違う掛け声まで引っ張って来たけど、やっぱり何かが起こる気配はない。

 ……もしかして。

 

「さっきの光?」

『みてーだな』

 

 クロワールの声が頭の中に響く。

 

『えげつねーぜ、あいつ。あの女神の中にあるシェアエネルギーを、消滅させやがった』

「……喧しい羽虫を連れてきたみたいだな」

 

 鬱陶しそうに髪をかき上げながら、マジェコンヌが呟く。

 

『局所的な時間の巻き戻し、ってところか? ま、ここまで領域を限定するとなると、さすがに負荷もかかるみてーだけどな。』

「黙れ……黙れっ!」

 

 振り払うような声だった。そのまま、彼女の体が煙に巻かれて消える。

 次に彼女が表れたのは、俺とネプテューヌの背後だった。

 

「ネプテューヌ、下がって!」

「う、うわ、うわわわわわっ!」

 

 パーカーのフードを引っ張りながら、振り下ろしてきた杖を盾で受け止めた。

 そのまま右手に太刀を作成。盾に接続しながら、刃を放出させる。

 ……まずいな。

 

「貴様の神格もそうだ! そうなるべきだった!」

「っ……どういう……!」

「だが、そうはならなかった! あろうことか、貴様は神格をその身一つに揃えたのだ!」

 

 いまいち何を言っているのかは分からない。

 けれど、マジェコンヌが俺の事を憎んでいるということだけは、理解できた。

 

「初めからそうだった! 貴様はただのバグ! 何の力ももたない、ただの世界のゴミだったはずなのに! それが、どうして……どうして、ここまで生きている!? 何を以て、貴様は私の前に居る!?」

「そんな、こと……」

「貴様は……貴様は、どこまで私の邪魔をするつもりだ!?」

「……そんなことッ!」

 

 決まってるだろ!

 

「この世界が元通りになって、ネプテューヌがいつもみたいに笑って過ごせるまでだよ!」

 

 翼が開く。それぞれの羽から放たれた六つの光が収束し、暗い光となって握る大剣へと宿る。

 体の芯から力が湧き上がる感触。全身が軽くなって、感覚が研ぎ澄まされてゆく。

 ……これなら。

 

「おらッ!」

 

 腕の力だけでマジェコンヌを押し返し、そのまま体を蹴りつける。

 すぐさま地面を蹴って突撃。鈍色の輝きを放つ刀身を、マジェコンヌへ向けて振り下ろした。

 咄嗟に受け止められる。けれど、力はこっちの方が勝ってる。勢いだって負けてない。

 ……いける。このまま、押し切れる!

 

「何故だ!? 何故、貴様のような出来損ないが……!」

『おばさん、いいコト教えてやるぜ』

 

 交錯するマジェコンヌとの視線の間を、紫色の蝶が舞っていた。

 

『あんた、時間を巻き戻すことはできるけど、本質の書き換えまではできなかったみてーだな』

「なに……?」

『こいつの中の神格は、もうこいつだけのモンじゃねーってことだよ、おばさん。どうせこいつが集めたシェアエネルギーごと巻き戻して、この神格をお釈迦にしようって魂胆だったんだろ?』

「貴様、どうしてそれを……!」

『けど残念だったなー、おばさん。パープルハートへのシェアエネルギーなら、そのまま本人のとこへ巻き戻せたんだろうけどよ。アイリスハートなんて女神は、本来この次元にはいねーからな。つまり、()()()()()()()()()ってことだ』

 

 ……そっか。

 本当ならこの神格は俺のものだったから、パープルハートと同じように扱われてた。

 だから巻き戻った時、集めてたシェアエネルギーもネプテューヌのとこへ行くことになる。

 でも、実際にこの神格を手にしたのはプルルートだった。

 だからこの中にはアイリスハートへのシェアエネルギーしかなくて、それは巻き戻らない。

 クロワールが言った通り、巻き戻る先が存在しないから。

 

「……あ、の、女アアアァアアアアア!!」

 

 ちょっ……な、この……!

 

『おーおー、ブチギレてるぜアイツ』

「んなこと見たら分かるわ!」

 

 それよりもこいつ、急に力が……!

 

「許さんぞ……許さんぞ貴様らァ!」

「くっそ……こいつ……!」

「全て終わらせてやる! 貴様らの無駄な足掻きも、反吐が出るようなその夢語りも、全て! そして再び、私が世界を作り変える! 貴様らのような者が存在しない、私だけの世界に!」

 

 覆いかぶさっていたはずの体が押し返されて、体が宙へ浮き始める。

 いや……まずいな、これ。あの状況で、どこにそんな力が残ってたんだ。

 

「おおぉおおぉおおおおお!」

 

 獣のような叫び声だった。それと同時に俺もマジェコンヌから離れて、ネプテューヌの前に。

 すぐさま展開した翼を前に回して防御。 その間にネプテューヌを抱きかかえて、真上へ。

 その瞬間、さっきまで俺達の立っていたところを、紫の衝撃波が駆け抜けていった。

 

「逃がさんぞ!」

 

 叫びながらこちらへ突撃してくるマジェコンヌを、身を翻すことで回避。

 同時に槍を周囲へ展開。後ろを向いた彼女へ放つけど、全て素手で撃ち落とされた。

 再び突撃。今度はそれを、翼を前に構えることで正面から受け止める。

 激突。直後に彼女の頭上へ斧を生成。視線が一瞬だけ真上へと向けられる。

 その隙に彼女の腹を蹴り飛ばし、後退。ネプテューヌを抱きしめながら、大きく距離を取る。

 振り下ろされた斧はけれどマジェコンヌに受け止められ、こちらへと投擲された。

 刃が頬を掠める。手の甲で流れた血を拭いながら、次の行動を思考しようとして。

 

『キツそうだな』

 

 視界の端を跳ぶ光の蝶から、そんな声が聞こえてきた。

 

『アイツ、中々しぶといぜ? このままやっても泥仕合になるだけだぞ』

 

 そりゃ、そうだけど。

 ここで逃がしたら、次に何が起こるか分かんないし。

 だから泥仕合でもなんでもいいから、決着をつけないと。

 

『いけんのかよ? そいつを守りながら』

 

 言葉に、抱えたままのネプテューヌと視線を交わす。

 

「私のことはいいから! どっか適当なビルに置いて、あとで回収してくれれば!」

『バカ、そんなことしたら狙われるだろ。お前、自分が変身できねーの忘れたのか?』

「う、そ、それはそうだけど……でも……!」

 

 ……まあ、クロワールの言うとおりかも。

 とりあえず、ネプテューヌを取り戻せただけでも十分だし。

 今はとにかく、ネプテューヌを安全な場所まで運んだほうが賢い気がする。

 マジェコンヌを倒すのはその後でもいい。何をしでかすか分からない、って不安はあるけど。

 

『決まりだな』

 

 ぱちん、と指を弾く音。

 

「何をコソコソと……」

『尻尾巻いて逃げようっつー作戦立ててたんだよ、おばさん』

「あっ、何で言ったんお前!」

「なんだと……!?」

 

 自分からバラす奴がいるか! この!

 

「許さん! 許さんぞぉおぉおぉおおお!!」

 

 叫びながら、マジェコンヌが空中を蹴ってこちらへと突撃してくる。

 そして、伸ばした彼女の腕が俺の首元へ届こうとした、その瞬間。

 

『じゃーな、おばさん』

 

 マジェコンヌの姿がだんだんと透明になって、やがて溶けるように消えていった。

 ……なに、今の。

 

『ここから少しだけズレた次元に飛ばしたんだよ。これで奴はこっちに干渉できねーぜ』

 

 な、なんだそのズルい技……。

 そんなことできたなら、最初から使ってくれればよかったのに。

 

『バカ、向こうから干渉できねーってことは、こっちからも干渉できねーってことだよ。それに次元に飛ばした、っつってもそこまで遠い次元じゃねーからな。あいつくらいの力があれば、自力で戻って来れるぜ』

「……それって、どれくらい?」

「ま、少なくとも夜が明けるまでは止められるんじゃねーか?」

 

 なるほど。

 でも、これで時間は作れたわけだ。

 

「とにかく、一旦教会に戻って……」

 

 ……あれ?

 

「あ」

 

 何かに気づいたように、ネプテューヌが手のひらを空へ差し出した。

 そこには、ぽつりぽつりと、小さな水滴が降っていて。

 

「雨だ」

 

 

「それにしても、あそこから助かるなんて思わなかったよ」

 

 雨除けに近くのコンビニへ入って、ネプテューヌのための食料とかを買って、それから。

 もそもそと栄養食を口に運ぶ彼女は、そんなことを俺に向かって行ってきた。

 

「ネプテューヌはどうしてたの?」

「どうもできなかったんだ。気が付いたら、真っ暗な空間にいて……マジェコンヌがお前も女神じゃないー、なんてこと言ってきたの。君が新しいプラネテューヌの女神に成り代わったから、もう助けに来ない、ってことも言ってた だから、ああそうなんだ、って思って」

 

 でもね、とネプテューヌは呟いてから、

 

「裏切られたとか、怒ってるとか、そういうわけじゃないよ? ただ……それを聴いて安心したんだ。プラネテューヌを守ってくれるんだって。だから、君が来てくれた時はびっくりしちゃってさ。あんなこと言っちゃった」

「……俺じゃ、駄目だ。プラネテューヌの女神は、ネプテューヌじゃないと」

「ま、私はそれでもよかったんだけどね。もし私がプラネテューヌの女神じゃなくなっても、君になら安心して任せられるからさ。その時は……」

 

 …………。

 

「二度と」

「え?」

「二度と、そんなこと言わないで」

 

 俺にその役割(ロール)は、相応しくない。

 結局、俺は偽物でしかないんだから。本物の女神に成り代わるなんて、許されるはずがない。

 ……我儘、なのかな。ネプテューヌ本人は、それでいいって言ってくれてるけど。

 でも、やっぱりこれだけは譲れない。

 誰が何と言おうと、俺の知るプラネテューヌの女神は、ネプテューヌしかいないんだから。

 

「……私は、君のこと信じてるよ?」

「俺もだよ」

 

 ずっと信じてる。いつだって信じてる。馬鹿みたいに、信じ続けている。

 何か対価を求めているわけじゃない。救ってほしいってわけでもない。

 ただ、ネプテューヌが幸せでいてくれれば、俺は十分なんだ。それだけでいいんだよ。

 

「だからこそ、そんなこと二度と言わないで」

 

 俺の信じるプラネテューヌの女神を、失わせないでくれ。

 そのためなら俺は、命でもなんでも賭けてやれるから。

 

「……ごめんね」

 

 別に、そんなに怒ってるわけじゃないのに。

 ネプテューヌはばつが悪そうに、もごもごと口動かすだけだった。

 やがて、しばらくの沈黙。雨音だけが、俺と彼女の間で響いている。

 

「行こう」

「うん」

 

 呼びかけると、ネプテューヌは俺の手を取って立ち上がった。

 

「これ」

「あ、さっき一緒に買ったヤツ? ありがと」

 

 彼女は笑って、俺が渡したレインコートを広げた。

 俺も同じように。少し大きいけど、それだけ濡れないからいいか。

 

「でも、なんでわざわざこっちにしたの? 傘だったら一つで済むじゃん」

 

 それは……確かに、そうかもしれないけど。

 

「……相合傘になるので」

「は?」

「だから、その場合は相合傘になるから、その……」

 

 すると彼女は、耐えきれなくなったように口元を手で押さえながら、

 

「あはは、なにそれ! もしかして恥ずかしいの?」

「……うるさい」

「いや~、そんな恥ずかしがんなくてもいいのに! むしろ私は全然オッケーだよ? こんなに付き合い長いんだからさ、別に何とも思わないって! 大丈夫だよ!」

「うるさい!!!」

 

 にやにや笑う彼女のフードを、無理やり下ろす。

 

「あわばっ!? ちょっ、急にやめてよ! 前見えないんだけど!?」

「早く行くよ」

「もー、待ってよ! ちょっと冗談言っただけじゃん!」

 

 フードを深く被る。ぱたぱたと、雨粒の当たる音が頭上から聞こえ始めた。

 ネプテューヌが隣に来てから足を踏み出すと、目の前にクロワールが表れる。

 

「茶番は済んだか?」

「うるせえぞ! どいつもこいつも!」

 

 いいじゃん別に! 恥ずかしいモンは恥ずかしいモンなんだよ!

 悪いかよこの野郎! あ!? なに!? やるか!? やっちゃいますよ!?

 

「それはどうでもいいけどよ、これからどうすんだよ」

「まず、ネプテューヌのシェアをなんとかしないと」

「一晩でどうにかなるモンなのか? 厳しいと思うけどよ」

「策はある。後で伝える」

「ほぉ」

 

 上手くいくかどうかは分からないけど、理論的には不可能じゃないはず。

 その上で、マジェコンヌと戦えるかどうかは、少しだけ疑問だけど。

 

「私のシェアは任せるとして……マジェコンヌはどうやって倒すつもりなの?」

 

 それも、大体はなんとかなるはず。

 一度戦ってみて分かったけど、到底かなわない、っていうような相手じゃなかった。

 ネプテューヌと俺、他の人たちの協力もあれば十分倒せるくらいのもの。

 まあ、そりゃ時間はかかるだろうし、かなりの苦戦にはなりそうだけど。

 言い方を変えれば、特に変なイベントを踏む必要はなさそう、っていうか。

 とにかく、諦めるような戦いじゃない。それだけは絶対に言える。

 ……問題は、その後かな。

 

「その後、って?」

 

 別にネプテューヌには関係ないことだよ。

 ただ。

 

「どうやったら、俺はこの世界からいなくなれるかな、って」

 

 ――雨が吹き飛んだのは、そう告げた直後だった。

 旋風。咄嗟にネプテューヌの前へ立ちふさがって翼を展開。風を受け止めた。

 一瞬の静寂が訪れる。その後にまた、思い出したように雨音が鳴り始めて。

 そして、降りしきる雨に打たれながら、静かに立っていたのは。

 

「……ネプギア?」

 

 困惑するネプテューヌの声に、女神化した彼女はどうしてか、ひどく冷たい視線を送っていた。

 

「あなたですね? この国のシェアを奪っていったのは」

「……は?」

「え? なに? どういうこと?」

「とぼけたって無駄ですよ」

 

 言い放つと同時、ネプギアが手にした剣をこちらへ向ける。

 その切っ先には光が収束を始めていて、彼女の顔を淡い紫色に照らしていた。

 

「ノワールさんたちにも連絡はついています。直に到着するでしょう」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 黒い私は何もしてないよ!? なのに、どうして……」

「……偽物が何を言っても無駄です。観念してください」

「そんな、ひどいよネプギア! お姉ちゃん、妹をそんな風に育てた覚えはないよ!?」

「私だって、あなたに育ててもらった覚えはありませんよ」

 

 ――まずい!

 

「ネプテューヌ!」

 

 言葉の意味に気づくと同時、ネプテューヌの体を勢いよく突き飛ばす。

 その瞬間、さっきまで彼女が居た空間を、紫紺の閃光が焼き尽した。

 

「……どうして」

 

 やっぱりだ。

 今のは明らかに、ネプテューヌを狙った攻撃だった。

 ……まさか。

 

「どうして私の邪魔をするの!? ()()()()()!」

 

 その言葉は、俺の瞳をしっかりと見据えながら叫ばれたものだった。

 答えることはできなかった。そんなもの、持ち合わせているわけがなかった。

 ネプテューヌの手を強く握る。そのまま、ネプギアに背を向けて走り出した。

 

「ちょっと、いったい何がどうなってるの!?」

「見りゃ分かるだろ。あいつ、お前の方を偽物だって思ってるんだよ。ついでにプラネテューヌのシェアが巻き戻ったのもお前のせいになってるぜ。まさかあいつ、こうなることまで計算に入れてたのか?」

「……教会に帰るのは難しいかな」

 

 こっちは時間がほとんどないっていうのに。こんなことしてくれるなんて。

 ……どうする? どこに行けば、ネプギアを振り払える?

 教会にはもちろん逃げられない。かといって、他の国に逃げてるような時間もない。

 かといって、プラネテューヌに居続けてもどうせネプギアに追われるだけだし。

 その上、ネプテューヌのシェアエネルギーも復元しないといけない。

 いや、駄目だ。今はネプギアを撒くことだけを考えて――

 

「あっ、前! 前! 黒い私、ストップ!」

 

 詰まりかけた思考が、ネプテューヌの声によって遮られる。

 咄嗟に盾を展開。地面へそれを突き立てた直後、爆風が辺りを包み込んだ。

 煙が晴れる。見上げたそこには、こちらを見下ろすブラックハートの姿があった。

 

「ネプギアに言われてきてみたはいいものの……何してるのよ、あなた」

「ノワール……」

 

 名前を口にしたネプテューヌを、彼女は鋭い視線で睨みつける。

 

「……癪に障るわね。そのとぼけたような顔まで、そっくりなんて」

「そんな」

「あなたが何を考えてるかなんて知らないわ。でもね、あなたは一人で十分なのよ!」

 

 剣が振り下ろされる。それを真正面から受け止めて、もう片方の手に太刀を生成。

 盾と太刀を接続、同時に刃を展開。鈍色の光が雨に乱反射を始めた。

 そのまま思いっきり振りぬくけれど、彼女はひらりと間一髪で俺の攻撃を躱して、

 

「ブラン!」

「おう!」

 

 声が聞こえたのは、背後のずっと遠くからだった。

 

「面倒くせえから二人とも吹っ飛ばしてやる! 耐えたほうが本物だ!」

「いやそれ、根本的な解決になってな――」

 

 そんなネプテューヌの声を遮ったのは、腹に響くほどの轟音で。

 地面を砕きながら迫りくるのは、通り過ぎた全てを氷に変えるほどの、強力な冷気だった。

 ……何だその技!? 見た事ねえぞ!?

 

「ちょっと、やばいってアレ!」

「下がって!」

 

 翼を展開。同時にエネルギ―を放出。足元から光が広がってゆく。

 

「ネプテューヌ!? あなた、何よそれ!」

 

 困惑するノワールの言葉を無視しつつ、意識を体の奥、心の底へと集中させる。

 理論的には不可能じゃないはず。さっきは武器が出てきたんだ。だったら、今度は――

 

「危ない!」

 

 閃光。直後に爆発音。今度は爆風じゃなく、冷気が後ろへと駆け抜けて行く。

 白い煙は夜空へと上がっていって、降り注ぐ雨粒を氷の結晶へと変えた。

 そしてきらきらと光るその中で、地面にへたり込む俺と、ネプテューヌの前に立っていたのは。

 

「……よくもまあ、こんな天気の日に呼び出してくれたわね」

 

 ため息をつきながら、呆れた顔でこちらを見つめるホワイトハートだった。

 しかも、例の面倒くさいバリア付きで。衝撃波もこれで防いでくれたらしい。

 ……頼んでないのに自分でやってくれるのは、ありがたいな。

 

「何よこいつ。ブラン、あなたの知り合い?」

「知るわけねーだろ、こんな奴」

「あら、悲しいわ。もう忘れられるなんて。でも、夢ってそういうものよね」

 

 なんてことを言いながら、ホワイトハートがちらり、と俺に視線を送る。

 

「……何分稼げる?」

「向こうが飽きるまで」

 

 そりゃなんとも。

 

「任せたよ!」

 

 翼を広げてネプテューヌを抱きかかえる。そのまま、地面を強く蹴って上空へ。

 しばらくして、背後から戦闘音が聞こえ始めた。

 すぐに止まない辺り、本当に飽きるまでは戦ってくれるらしい。

 ……女神二人を相手に戦えるって、割と頭おかしい性能してるよな。

 それにしたって。

 

「時間が戻ったわけじゃない、ってことか……」

 

 俺の言葉に返ってきたのは、クロワールの言葉でも、ネプテューヌの頷きでもなく。

 背後から飛んでくる、一本の槍だった。

 

「うおッ」

 

 すんでのところで体をひねって回避。けれど、視界には既に二撃目の槍が。

 前進するのをやめて、ビルの壁に沿うようにして真下へ急降下。

 かかかか、と俺の軌道を追うようにして、壁に何本もの槍が突き立てられていく。

 ……空中を移動するのは、止めといたほうがいいな。

 

「走るよ!」

「うん!」

 

 翼をしまって、ネプテューヌと一緒に路地裏へ。空は曇っていて何も見えなかった。

 フードを深く被る。少しでもバレないように。ネプテューヌも同じようにしてくれた。

 逃げる当てはない。けれど、足を止めるわけにもいかない。

 ……ちくしょう。

 

「はぁ、っ……くそ……!」

 

 声が漏れる。そうしても意味なんてないことは、分かり切っているのに。

 

「ちくしょう……ちくちょう、ちくしょうッ! どうすりゃいいんだよ!」

 

 叫んだ言葉は、誰にも届くことはなく、雨の中へと消えていく。

 どうすることもできなかった。ただ、彼女を連れて逃げることしか。

 けれど、それも終わり。そんなことすらも、できなくなってしまう。

 

「わぷ」

 

 なんて、背中にぶつかってきたネプテューヌが、そんな声を上げる。

 

「ちょっと、いきなり止まるなんて、どうしたの……」

 

 見開かれた彼女の瞳には、俺の目の前に突き刺さっている、緑色の槍が映っていた。

 

「いい加減、観念したほうがよろしいですわよ」

 

 降りしきる雨の中、グリーンハートがそう告げながら、俺達の前へと舞い降りる。

 

「嫌だ」

「……あなたの行動はいつも突飛ですけど、さすがに今回は理解ができませんわ」

 

 うるさいな。

 俺からしたら、そっちが理解不能だっての。

 

「それに、あなたが嫌かどうかなんて関係ないの」

 

 言いながら、ブラックハートが背後に現れる。

 ……飽きられたのか。いや、ここまで保ってくれただけ、マシか。

 ぽわ、と心の中で何かが光る。ああ、負けたらちゃんと戻ってくるのね。

 

「まだ庇うつもり? いい加減、意味がないって気づいてほしいんだけど」

「……意味があるかどうかは、こっちが決めること」

「あっそ。それが無駄だって言ってるんだけど、馬鹿には分かんないみたいね」

 

 ため息交じりに呟いてから、再びブラックハートが俺へ向けて剣を構えた。

 翼を広げる。盾に力を込めて、背後には六つの光を。

 そして――

 

「――もう止めようよ、お姉ちゃん」

 

 その声に、全身の力が抜けていく。

 見上げた上空には、俺を見降ろすホワイトハートと。

 

「ネプギア」

「……どうして? お姉ちゃん、どうしてこんなことするの?」

 

 どうして、って。

 

「この世界を、正しい形に戻すためだよ」

「正しい? 正しい形って、何? 私達が間違ってるの?」

 

 間違ってるよ。絶対に。こんな世界はおかしい。

 だってネプギアが、俺の事を「お姉ちゃん」だなんて呼ぶはずないじゃないか。

 

「……そんな……お姉ちゃん、どうして――」

「呼ぶなって言ってるだろ!」

 

 俺の叫びに呼応するように、黒鉄の翼が旋風を巻き起こす。

 もう、どうなってもいい。間違ってるのはこの世界の方なんだ。

 だったら俺がなんとかするしかないんだよ。

 

「こんなでたらめな翼を見ても、まだ俺のことをそう呼ぶのか!?」

 

 力の奔流が、全身へと伝わっていく。アナザーエネルギーの解放。

 それは降り注ぐ雨粒を全て吹き飛ばし、ネプテューヌの顔を覆っていたフードを翻す。

 

「どうして……どうしてそんな偽物なんて庇うの!? お姉ちゃん!」

「うるさい!」

 

 地面から生成された槍を、そのままネプギアの方へと撃ち出した。

 躱される。それはいい。今のうちに盾を展開、パープルハートの盾と接続させる。

 ……やるしかない。

 

「来い」

「……お姉ちゃん」

「ッ、来いって言ってるだろ! 全員、俺が相手してやる!」

 

 足元からは鈍色の光を。そして、周囲には無数の武器を。

 迷いはない。というより、迷っている暇もない。

 やるしかないんだ。もう後に退いてる余裕はない。戦って、やり過ごすしか。

 …………なあ。

 

「来ないのか?」

「そんな……だって!」

「だったら俺から行くぞ!」

 

 地面を蹴る。そのまま、エネルギーブレイドをネプギアへと振り下ろした。

 鍔迫り合いと同時、背後にホワイトハートとグリーンハートが回り込むのを捉えた。

 ネプギアに蹴撃を飛ばして距離を取る。振り向きつつ、再び意識を集中。

 

「行け!」

 

 叫ぶと、鈍色の光と共に、中ベールと小ベールが表れて、二人の攻撃を受け止めた。

 

「乱暴ですわ」

「後がないのですね」

 

 うるさい。

 

「このっ!」

 

 真上から聞こえたブラックハートを、そのまま剣で防御。

 引く様子を見せなかったので、翼で刺突。初撃と二撃目は防がれる。

 三撃目に生成した剣での攻撃を挟んで、体勢を崩す。そのまま四と五。

 耐えきれなくなったところを、思いっきり振りぬいたエネルギーブレイドで吹き飛ばす。

 後は――。

 

「お姉ちゃん」

 

 ……だから!

 

「その名で、俺を――」

「ごめん」

 

 振り向いた目の前には、ネプギアの持つMPBLの銃口があって。

 視界が紫に染まる。一瞬の出来事だった。全身が撃ち付けられるような感覚。

 朦朧とする意識の中、気が付けば俺は瓦礫の中にいて。

 そこで初めて、ビルの下敷きになっていたことを、何となく理解した。

 

「マジかよ……!」

 

 ここまで派手にやられるとは思わなかった。付近の住民の避難とか済んでんのか。

 ……いや、ネプギアのことだ。こうなることを想定して、ちゃんと勧告は出してるはず。

 無理やり翼を開く。アナザーエネルギーを解放すると、瓦礫は遠くへ吹き飛んでいった。

 ネプテューヌは無事かな。こんな戦いになってくると、守りきれなく……。

 ……違う。俺と彼女を引き離すためか。ここまでブッ飛んだことをするのは。

 小癪な……!

 

「ネプギアあぁぁああッ!!」

 

 飛べばすぐに彼女のところまで行けた。そのまま剣を振りかざし、一閃。

 防御される。けれどこれで足は止められた。すぐさまネプテューヌを探し、その傍へ。

 

「だ、大丈夫? さっきえげつない飛ばされ方してたけど……」

「正直びっくりした」

 

 でも、それだけ。ビビっただけで何ともない。

 ……あっちも攻めあぐねてるんだろうな。俺がネプテューヌ本人に見えるから。

 けれどそれは、俺にも言えることなのかもしれない。

 

「埒が明きませんわね」

 

 いつの間にか中ベールと小ベールも戻って来たし。

 さて、ここはどうするか……。

 

「ちょっと待ったぁーーっ!」

 

 高らかなバイクのエンジン音が聞こえたのは、そんな叫び声と共にだった。

 オーロラ。揺らめく自由の向こうには、バイクにまたがる一人の少女。

 その人は地面に着地したあと、タイヤと足で三本の土煙を描きながら、目の前で止まる。

 ……あれ? この展開二度目じゃない?

 

「あぶねー。なんとか間に合ったな」

「ナイスタイミング、って感じ? ささ、女神様のほう、預かるよ!」

「え? なに? ちょっと、どういう……」

「頼んだ」

 

 よく分からないままの彼女をひょいと持ち上げて、後部座席に座らせる。

 

「クロちゃん、私の座標の逆算はできるよね?」

「おーおー。後で合流しろってことだな?」

「話が早くて助かるよ! それじゃ、またね!」

 

 なんて短い会話ののちに、すぐさまネプテューヌがオーロラの中へと消えていく。

 便利だねアレ。今のはクロワールが彼女を呼び寄せたって感じなのかな。

 

「ちょっと、何よアレ! またネプテューヌ?」

「今度は大きくなってきましたわね……ネプギアちゃん、あの方も?」

「分かりません! あんな人、私も見たこと……」

「余計な事考えるな! とにかく、全員潰せばいい話だろ!」

 

 ……させない!

 

「全員、行ってこい!」

 

 鈍色の光。それと同時に、四人の偽物が俺の周囲へ表れる。

 

「また働かせるつもりなの?」

「ほんとに乱暴ですわね」

「まったく、女神使いの荒いことで」

「もう少し労わってくれたっていいのに」

 

 ええい、うるさいぞ! 文句あるんだったら少しでも多く時間を稼いで来い!

 四人が飛び立つのに合わせて、俺も地面を蹴る。向かう先はネプギア。

 戦闘は起こらなかった。ただ彼女は悲しそうに、俺の事を見つめていて。

 

「お姉ちゃん」

 

 ……だから、そう呼ぶなって。

 

「どうしてなの? あんな偽物、庇っても何もならないのに」

 

 じゃあ、聴くけどさ。

 

「偽物がいちゃいけない理由って、なに?」

「それは……」

「本物の存在が脅かされるから? それとも、単純に瓜二つの存在がいるのが気味悪いから?」

「……あの人が、プラネテューヌのシェアを奪ったから」

「それも違うって言ったら、ネプギアはどうする?」

 

 剣が構えられる。でも、そこまでだった。ネプギアが動くことは、なかった。

 

「……私にはもう、何も分からないよ」

「うん」

「お姉ちゃんは――ううん、あなたは世界が間違ってるって言ってた。正しくないって」

「そうだ」

「じゃあ、正しい世界ってなに?」

 

 それは。

 

「ネプテューヌが、幸せでいられる世界だよ」

 

 それ以外には何もない。俺は、それだけを望んでる。

 

「思うに」

「……え?」

「俺はきっと、鏡なんだ」

 

 ネプテューヌを映す鏡。プラネテューヌの女神という在り方を映す、鏡。

 

「彼女がいなければ、俺もいなかった。それは逆にはならないけど、俺がネプテューヌになることは、出来る。本物がいなくても、その鏡の向こうに俺がいれば。ネプテューヌ、っていう……プラネテューヌの女神っていう像は、ずっとそこに在り続ける。つまり、そういうことなんだと、思う」

 

 やろうと思えば成り代わることもできた。俺はしなかったけど。

 まあ、つまり、その、なんだ。何が言いたいかと言うと。

 

「……それが、偽物の役割、ってことですか?」

「俺はそう思ってる」

 

 本物が失われた時に、その在り方を見失わないために。

 世界が狂ってしまったとしても、何が正しいのかを見据えるために。

 俺はネプテューヌの像を取り続ける。そして、世界を正しくするために戦い続ける。

 そのために俺は今、鏡を抜け出してこの世界を彷徨い続けてるんだ。

 ……さて。

 

「そろそろいいかな?」

「みてーだな」

「っ……!?」

 

 時間稼ぎ、って言っちゃアレだし、言葉にしたことも全て本心だけど。

 クロワールに聞くと、準備は整ったらしい。

 

「ネプギア」

「……何ですか?」

「頼むから、ネプテューヌのこと、信じてあげてね」

 

 するとネプギアは、一瞬だけ呆けたような顔を浮かべて。

 

「私はいつだって、お姉ちゃんのことを信じてますから」

「……そっか。そうだよな」

 

 じゃあ、安心だ。

 翼が消える。それと同時に、浮遊感。自由落下が始まる。

 

「――っ、お姉ちゃん!」

 

 ああ、もう。

 あれだけ話をしたのに、まだそうやって俺の事を呼ぶのか。

 俺はネプテューヌじゃないって、途中から分かってたはずなのに。

 それなのに、そんなに悲しそうな顔をするなんて。

 本気で心配するような、手を伸ばすようなこともするなんて。

 ほんとに……

 

「……大丈夫だよ、ネプギア」

 

 そんな俺の声は、彼女に届くことはなくて。

 やがて、揺らめくオーロラの光が、俺の体を呑み込んだ。

 

 

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