■
本物になんか、なれなくなっていい。
結局、どうしたって俺はネプテューヌにはなれないんだから。
同じ姿をしても。同じように振る舞っても。同じように女神になっても。
俺は彼女のようにはなれない。プラネテューヌの女神として在っては、いけない。
だってそうだろ。
あのプラネテューヌの平和な日常も、皆の幸せな笑顔も、ぜんぶ彼女が描いた夢なんだから。
その中で生きるべきなのは、ネプテューヌであって、俺じゃない。
自らが創り上げた夢の中で、幸せに生きること。それが正しいって、俺は思う。
だから俺は、偽物で構わない。夢の中で生きる彼女を、遠くから眺めているだけでいい。
……ネプテューヌは、あの国が好きだって言った。
その平和が守られるなら、皆が平凡な日々を過ごしてくれるなら。
自分はそこに居なくてもいいって、そう言ってた。
だったらそれは、俺も同じなんだ。
いつも浮かべるあの明るい笑顔が。ちょっと冗長になっちゃうような、あの口調が。何事にも全力で立ち向かう、その姿が。対価も報酬も何も求めずに、皆を守ろうとするその在り方が。
俺はそんな彼女を、遠くから見ているだけでよかった。
その透明の翼の輝きを、紫の軌跡を望むだけで、よかった。
そして、その夢を守るためなら、俺の全てを賭けても惜しくないと、心の底から断言できた。
やっぱり俺は、ただの偽物だ。プラネテューヌの女神になんて、なれるはずがない。
……でも。
誰かの描いた夢を守るためなら。その笑顔をもう一度、取り戻すためなら。
存在するはずのない、もう一人の虚構の女神として。
俺は。
「戦うさ。きっとそれが、俺の
――アナザーハート。
ちょっと陳腐かもしれないけど、それが女神としての、俺の名だ。
軽く腕を振るうと同時、足元から鈍色の光が広がっていく。
そこに現れるのは、地面に突き刺さったパープルハートの担う太刀。それだけじゃない。ブラックハートの剣やホワイトハートの斧、グリーンハートの槍。無数の武器が地面に乱立していく。
その中の一つ、紫の太刀を握り、鞘に納めるように右腕の盾に接続。
展開したそれは、俺の体よりも長い刃を生成して、一本の巨大な剣になった。
……なるほど。そういう感じなんだ。
「行くぞ!」
叫ぶと同時に地面を強く蹴る。背後から聞こえた爆発音は、すぐさま遠くなって。
次の瞬間には、マジェコンヌの姿が目の前にあって、思いっきり腕を振り下ろした。
「なッ……!」
杖を盾にされて、耐えられる。でも、力の感覚からしてこちらが有利なはず。
翼を大きく広げると、それぞれの羽からアナザーエネルギーが噴射された。
力を込める。マジェコンヌの立っている地面が割れて、ビルが大きく揺れた。
「この……」
小さく呟くと同時、黒い煙と共に彼女の姿が消える。
「そこッ!」
背後の気配に向けて、盾から抜き放った太刀を投げ放った。
その切っ先は、ただ彼女の帽子を落としただけ。マジェコンヌの見開いた眼が俺を睨む。
……惜しかった、でも!
「まだ!」
突き刺さっていた槍を抜き放つと同時、盾を弓の形態へと変形。
それを空に向かって放ち、すぐさま地面を駆けながら、傍にあった斧へと手を伸ばす。
放たれた槍はマジェコンヌの上空で分裂、無数の槍となって降り注ぐ。
それが全部躱されている間に、盾と斧を接続しながら接近。
降ってきた槍の一つも、ついでに片腕に握りながら、勢いよく切りかかった。
「な……!」
鎌は杖で受け止められる。槍も寸前で回避される。
でも、まだ。
両手に握っていた武器を離すと同時、すぐさま両手にブラックハートの剣を生成。
……片腕は塞がってる。あの妙な黒い霧も、もう間に合わない、はず!
「おらぁ!」
斬撃。確かな手応えと、生々しい苦悶の声。
……入った! それなら!
「ネプテューヌっ!」
両手に持った剣も放り捨てて、彼女の名前を叫ぶ。
困惑したままの彼女は、けれど瞳を交わすと、伸ばした俺の手をしっかり握ってくれた。
「この……貴様ァ!」
「ババアは大人しく寝てろッ!」
翼を展開。大きく広げてから羽ばたかせると、旋風が周囲に巻き起こった。
その風に乗って、大きく後ろへ。両手でネプテューヌを抱きかかえながら、その顔を覗く。
「大丈夫?」
「……うん、でも」
どういうこと、って続けようとしたのかな。けれどネプテューヌは、それ以上を語らなかった。
ただ口を噤んだまま、じっと俺の事を見上げている。
……えっと。
「どうしたの?」
「いや、その……本当に、そっくりだなあ、って」
あー……まあ、そうかもね。それは俺も改めて思った。
恰好としては、パープルハートの色変えみたいなもんだし。髪型まで一緒だからなあ。
……変えたほうがいいのかな。まあ、ビジュアル的にダダ被りだしな。今更って感じだけど。
とはいえこんな長い髪、以前はもちろん、こっちに来てからも弄ったことないし。
うーん。
「ま、いっか」
「え?」
背後に浮かせた太刀を浮かばせて、それを一気に真下へ振り下げる。
少し頭が軽くなる。同時に、足元でぱさぱさと軽い音が鳴った。
「ちょ、ちょっと!? そういう意味で言ったつもりはないんだけど!?」
「でもキャラ被ってるし……」
「それは本当に今更じゃない!?」
まあまあ。
俺としては短い方が楽だから、別に気にしてないし。
確かに長い方が見栄えはいいし、女の命とか言うけど……そもそも俺、微妙なとこだしなあ。
……とにかく。
「戦える?」
「……いけるよ!」
強く頷いたネプテューヌを、地面へ下ろす。
マジェコンヌの声が聞こえたのは、俺達が二人で向き直った、その直後だった。
「何故だ……! 何故、貴様がその神格を手にしている!?」
何故、って。そりゃ。
巻き戻ったっつったんだから、当然回収はするでしょ。
「どこで間違った? 本来ならば、貴様の神格は機能するはずがないのに……!」
何を言ってるんだろう。マジェコンヌの言葉が、少しだけ引っかかる。
でも、俺は今こうして変身してるんだし。思惑通りじゃなかった、というのは分かる。
……ま、気にしたって仕方ないか。
「行こう、ネプテューヌ」
「うん!」
俺の声に、彼女はこくりと首肯して、右手を天に。
「変身――」
「させんぞ!」
その瞬間、マジェコンヌの手から、紫色の光が迸る。
急いでネプテューヌの体を突き飛ばした。
けれど、その光はぐいん、なんて強引に曲がって、ネプテューヌの方へと向かっていく。
――駄目だ、間に合わない!
「ネプテューヌ!」
思わず叫んで、その体を抱えると。
「……あれ?」
ん?
「何ともないよ?」
……えーと。
気を取り直して。
「行くよ、ネプテューヌ!」
「う、うん!」
再度、強く応えてくれたネプテューヌが、同じように腕を掲げる。
「変身っ!」
……別に、隙をついて逃げたってわけじゃない。マジェコンヌは未だに俺達を睨んでいる。
じゃあ何? あの光は何の意味があったの?
苦し紛れに放った攻撃にしては、何の効果もなかったみたいだし。
遅延行為なんかな。バッドマナーとか言ってる場合じゃないけど気分悪くなってきた。
まあ、そういうことしそうな性格ではあるしな。おかしくも何ともない。
V2の扱いを見ると少しだけ不憫に感じるけど、本質的に邪悪なんだよな、こいつは。
何としてでも倒さないと。俺のできる全てを賭けてでも、止めなくちゃならない。
それにはきっと、俺の力だけじゃない。ネプテューヌの力もなければ、成しえないだ。
だから、えーっと、その……うん。倒さないと。
……あの。
「ネプテューヌ?」
「ご、ごめん! ちょっと待ってね? あれ? おかしいな……」
変身するの待ってたんだけど、光も音もなかったから、思わず口にしてしまった。
「も、もう一度……変身!」
再びそうやって叫びを上げるけど、何も起こらない。
「どうして!? へ、変身! チェンジ! アクセス! うおぉぉおお! アマゾン!!」
なんだか違う掛け声まで引っ張って来たけど、やっぱり何かが起こる気配はない。
……もしかして。
「さっきの光?」
『みてーだな』
クロワールの声が頭の中に響く。
『えげつねーぜ、あいつ。あの女神の中にあるシェアエネルギーを、消滅させやがった』
「……喧しい羽虫を連れてきたみたいだな」
鬱陶しそうに髪をかき上げながら、マジェコンヌが呟く。
『局所的な時間の巻き戻し、ってところか? ま、ここまで領域を限定するとなると、さすがに負荷もかかるみてーだけどな。』
「黙れ……黙れっ!」
振り払うような声だった。そのまま、彼女の体が煙に巻かれて消える。
次に彼女が表れたのは、俺とネプテューヌの背後だった。
「ネプテューヌ、下がって!」
「う、うわ、うわわわわわっ!」
パーカーのフードを引っ張りながら、振り下ろしてきた杖を盾で受け止めた。
そのまま右手に太刀を作成。盾に接続しながら、刃を放出させる。
……まずいな。
「貴様の神格もそうだ! そうなるべきだった!」
「っ……どういう……!」
「だが、そうはならなかった! あろうことか、貴様は神格をその身一つに揃えたのだ!」
いまいち何を言っているのかは分からない。
けれど、マジェコンヌが俺の事を憎んでいるということだけは、理解できた。
「初めからそうだった! 貴様はただのバグ! 何の力ももたない、ただの世界のゴミだったはずなのに! それが、どうして……どうして、ここまで生きている!? 何を以て、貴様は私の前に居る!?」
「そんな、こと……」
「貴様は……貴様は、どこまで私の邪魔をするつもりだ!?」
「……そんなことッ!」
決まってるだろ!
「この世界が元通りになって、ネプテューヌがいつもみたいに笑って過ごせるまでだよ!」
翼が開く。それぞれの羽から放たれた六つの光が収束し、暗い光となって握る大剣へと宿る。
体の芯から力が湧き上がる感触。全身が軽くなって、感覚が研ぎ澄まされてゆく。
……これなら。
「おらッ!」
腕の力だけでマジェコンヌを押し返し、そのまま体を蹴りつける。
すぐさま地面を蹴って突撃。鈍色の輝きを放つ刀身を、マジェコンヌへ向けて振り下ろした。
咄嗟に受け止められる。けれど、力はこっちの方が勝ってる。勢いだって負けてない。
……いける。このまま、押し切れる!
「何故だ!? 何故、貴様のような出来損ないが……!」
『おばさん、いいコト教えてやるぜ』
交錯するマジェコンヌとの視線の間を、紫色の蝶が舞っていた。
『あんた、時間を巻き戻すことはできるけど、本質の書き換えまではできなかったみてーだな』
「なに……?」
『こいつの中の神格は、もうこいつだけのモンじゃねーってことだよ、おばさん。どうせこいつが集めたシェアエネルギーごと巻き戻して、この神格をお釈迦にしようって魂胆だったんだろ?』
「貴様、どうしてそれを……!」
『けど残念だったなー、おばさん。パープルハートへのシェアエネルギーなら、そのまま本人のとこへ巻き戻せたんだろうけどよ。アイリスハートなんて女神は、本来この次元にはいねーからな。つまり、
……そっか。
本当ならこの神格は俺のものだったから、パープルハートと同じように扱われてた。
だから巻き戻った時、集めてたシェアエネルギーもネプテューヌのとこへ行くことになる。
でも、実際にこの神格を手にしたのはプルルートだった。
だからこの中にはアイリスハートへのシェアエネルギーしかなくて、それは巻き戻らない。
クロワールが言った通り、巻き戻る先が存在しないから。
「……あ、の、女アアアァアアアアア!!」
ちょっ……な、この……!
『おーおー、ブチギレてるぜアイツ』
「んなこと見たら分かるわ!」
それよりもこいつ、急に力が……!
「許さんぞ……許さんぞ貴様らァ!」
「くっそ……こいつ……!」
「全て終わらせてやる! 貴様らの無駄な足掻きも、反吐が出るようなその夢語りも、全て! そして再び、私が世界を作り変える! 貴様らのような者が存在しない、私だけの世界に!」
覆いかぶさっていたはずの体が押し返されて、体が宙へ浮き始める。
いや……まずいな、これ。あの状況で、どこにそんな力が残ってたんだ。
「おおぉおおぉおおおおお!」
獣のような叫び声だった。それと同時に俺もマジェコンヌから離れて、ネプテューヌの前に。
すぐさま展開した翼を前に回して防御。 その間にネプテューヌを抱きかかえて、真上へ。
その瞬間、さっきまで俺達の立っていたところを、紫の衝撃波が駆け抜けていった。
「逃がさんぞ!」
叫びながらこちらへ突撃してくるマジェコンヌを、身を翻すことで回避。
同時に槍を周囲へ展開。後ろを向いた彼女へ放つけど、全て素手で撃ち落とされた。
再び突撃。今度はそれを、翼を前に構えることで正面から受け止める。
激突。直後に彼女の頭上へ斧を生成。視線が一瞬だけ真上へと向けられる。
その隙に彼女の腹を蹴り飛ばし、後退。ネプテューヌを抱きしめながら、大きく距離を取る。
振り下ろされた斧はけれどマジェコンヌに受け止められ、こちらへと投擲された。
刃が頬を掠める。手の甲で流れた血を拭いながら、次の行動を思考しようとして。
『キツそうだな』
視界の端を跳ぶ光の蝶から、そんな声が聞こえてきた。
『アイツ、中々しぶといぜ? このままやっても泥仕合になるだけだぞ』
そりゃ、そうだけど。
ここで逃がしたら、次に何が起こるか分かんないし。
だから泥仕合でもなんでもいいから、決着をつけないと。
『いけんのかよ? そいつを守りながら』
言葉に、抱えたままのネプテューヌと視線を交わす。
「私のことはいいから! どっか適当なビルに置いて、あとで回収してくれれば!」
『バカ、そんなことしたら狙われるだろ。お前、自分が変身できねーの忘れたのか?』
「う、そ、それはそうだけど……でも……!」
……まあ、クロワールの言うとおりかも。
とりあえず、ネプテューヌを取り戻せただけでも十分だし。
今はとにかく、ネプテューヌを安全な場所まで運んだほうが賢い気がする。
マジェコンヌを倒すのはその後でもいい。何をしでかすか分からない、って不安はあるけど。
『決まりだな』
ぱちん、と指を弾く音。
「何をコソコソと……」
『尻尾巻いて逃げようっつー作戦立ててたんだよ、おばさん』
「あっ、何で言ったんお前!」
「なんだと……!?」
自分からバラす奴がいるか! この!
「許さん! 許さんぞぉおぉおぉおおお!!」
叫びながら、マジェコンヌが空中を蹴ってこちらへと突撃してくる。
そして、伸ばした彼女の腕が俺の首元へ届こうとした、その瞬間。
『じゃーな、おばさん』
マジェコンヌの姿がだんだんと透明になって、やがて溶けるように消えていった。
……なに、今の。
『ここから少しだけズレた次元に飛ばしたんだよ。これで奴はこっちに干渉できねーぜ』
な、なんだそのズルい技……。
そんなことできたなら、最初から使ってくれればよかったのに。
『バカ、向こうから干渉できねーってことは、こっちからも干渉できねーってことだよ。それに次元に飛ばした、っつってもそこまで遠い次元じゃねーからな。あいつくらいの力があれば、自力で戻って来れるぜ』
「……それって、どれくらい?」
「ま、少なくとも夜が明けるまでは止められるんじゃねーか?」
なるほど。
でも、これで時間は作れたわけだ。
「とにかく、一旦教会に戻って……」
……あれ?
「あ」
何かに気づいたように、ネプテューヌが手のひらを空へ差し出した。
そこには、ぽつりぽつりと、小さな水滴が降っていて。
「雨だ」
■
「それにしても、あそこから助かるなんて思わなかったよ」
雨除けに近くのコンビニへ入って、ネプテューヌのための食料とかを買って、それから。
もそもそと栄養食を口に運ぶ彼女は、そんなことを俺に向かって行ってきた。
「ネプテューヌはどうしてたの?」
「どうもできなかったんだ。気が付いたら、真っ暗な空間にいて……マジェコンヌがお前も女神じゃないー、なんてこと言ってきたの。君が新しいプラネテューヌの女神に成り代わったから、もう助けに来ない、ってことも言ってた だから、ああそうなんだ、って思って」
でもね、とネプテューヌは呟いてから、
「裏切られたとか、怒ってるとか、そういうわけじゃないよ? ただ……それを聴いて安心したんだ。プラネテューヌを守ってくれるんだって。だから、君が来てくれた時はびっくりしちゃってさ。あんなこと言っちゃった」
「……俺じゃ、駄目だ。プラネテューヌの女神は、ネプテューヌじゃないと」
「ま、私はそれでもよかったんだけどね。もし私がプラネテューヌの女神じゃなくなっても、君になら安心して任せられるからさ。その時は……」
…………。
「二度と」
「え?」
「二度と、そんなこと言わないで」
俺にその
結局、俺は偽物でしかないんだから。本物の女神に成り代わるなんて、許されるはずがない。
……我儘、なのかな。ネプテューヌ本人は、それでいいって言ってくれてるけど。
でも、やっぱりこれだけは譲れない。
誰が何と言おうと、俺の知るプラネテューヌの女神は、ネプテューヌしかいないんだから。
「……私は、君のこと信じてるよ?」
「俺もだよ」
ずっと信じてる。いつだって信じてる。馬鹿みたいに、信じ続けている。
何か対価を求めているわけじゃない。救ってほしいってわけでもない。
ただ、ネプテューヌが幸せでいてくれれば、俺は十分なんだ。それだけでいいんだよ。
「だからこそ、そんなこと二度と言わないで」
俺の信じるプラネテューヌの女神を、失わせないでくれ。
そのためなら俺は、命でもなんでも賭けてやれるから。
「……ごめんね」
別に、そんなに怒ってるわけじゃないのに。
ネプテューヌはばつが悪そうに、もごもごと口動かすだけだった。
やがて、しばらくの沈黙。雨音だけが、俺と彼女の間で響いている。
「行こう」
「うん」
呼びかけると、ネプテューヌは俺の手を取って立ち上がった。
「これ」
「あ、さっき一緒に買ったヤツ? ありがと」
彼女は笑って、俺が渡したレインコートを広げた。
俺も同じように。少し大きいけど、それだけ濡れないからいいか。
「でも、なんでわざわざこっちにしたの? 傘だったら一つで済むじゃん」
それは……確かに、そうかもしれないけど。
「……相合傘になるので」
「は?」
「だから、その場合は相合傘になるから、その……」
すると彼女は、耐えきれなくなったように口元を手で押さえながら、
「あはは、なにそれ! もしかして恥ずかしいの?」
「……うるさい」
「いや~、そんな恥ずかしがんなくてもいいのに! むしろ私は全然オッケーだよ? こんなに付き合い長いんだからさ、別に何とも思わないって! 大丈夫だよ!」
「うるさい!!!」
にやにや笑う彼女のフードを、無理やり下ろす。
「あわばっ!? ちょっ、急にやめてよ! 前見えないんだけど!?」
「早く行くよ」
「もー、待ってよ! ちょっと冗談言っただけじゃん!」
フードを深く被る。ぱたぱたと、雨粒の当たる音が頭上から聞こえ始めた。
ネプテューヌが隣に来てから足を踏み出すと、目の前にクロワールが表れる。
「茶番は済んだか?」
「うるせえぞ! どいつもこいつも!」
いいじゃん別に! 恥ずかしいモンは恥ずかしいモンなんだよ!
悪いかよこの野郎! あ!? なに!? やるか!? やっちゃいますよ!?
「それはどうでもいいけどよ、これからどうすんだよ」
「まず、ネプテューヌのシェアをなんとかしないと」
「一晩でどうにかなるモンなのか? 厳しいと思うけどよ」
「策はある。後で伝える」
「ほぉ」
上手くいくかどうかは分からないけど、理論的には不可能じゃないはず。
その上で、マジェコンヌと戦えるかどうかは、少しだけ疑問だけど。
「私のシェアは任せるとして……マジェコンヌはどうやって倒すつもりなの?」
それも、大体はなんとかなるはず。
一度戦ってみて分かったけど、到底かなわない、っていうような相手じゃなかった。
ネプテューヌと俺、他の人たちの協力もあれば十分倒せるくらいのもの。
まあ、そりゃ時間はかかるだろうし、かなりの苦戦にはなりそうだけど。
言い方を変えれば、特に変なイベントを踏む必要はなさそう、っていうか。
とにかく、諦めるような戦いじゃない。それだけは絶対に言える。
……問題は、その後かな。
「その後、って?」
別にネプテューヌには関係ないことだよ。
ただ。
「どうやったら、俺はこの世界からいなくなれるかな、って」
――雨が吹き飛んだのは、そう告げた直後だった。
旋風。咄嗟にネプテューヌの前へ立ちふさがって翼を展開。風を受け止めた。
一瞬の静寂が訪れる。その後にまた、思い出したように雨音が鳴り始めて。
そして、降りしきる雨に打たれながら、静かに立っていたのは。
「……ネプギア?」
困惑するネプテューヌの声に、女神化した彼女はどうしてか、ひどく冷たい視線を送っていた。
「あなたですね? この国のシェアを奪っていったのは」
「……は?」
「え? なに? どういうこと?」
「とぼけたって無駄ですよ」
言い放つと同時、ネプギアが手にした剣をこちらへ向ける。
その切っ先には光が収束を始めていて、彼女の顔を淡い紫色に照らしていた。
「ノワールさんたちにも連絡はついています。直に到着するでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 黒い私は何もしてないよ!? なのに、どうして……」
「……偽物が何を言っても無駄です。観念してください」
「そんな、ひどいよネプギア! お姉ちゃん、妹をそんな風に育てた覚えはないよ!?」
「私だって、あなたに育ててもらった覚えはありませんよ」
――まずい!
「ネプテューヌ!」
言葉の意味に気づくと同時、ネプテューヌの体を勢いよく突き飛ばす。
その瞬間、さっきまで彼女が居た空間を、紫紺の閃光が焼き尽した。
「……どうして」
やっぱりだ。
今のは明らかに、ネプテューヌを狙った攻撃だった。
……まさか。
「どうして私の邪魔をするの!?
その言葉は、俺の瞳をしっかりと見据えながら叫ばれたものだった。
答えることはできなかった。そんなもの、持ち合わせているわけがなかった。
ネプテューヌの手を強く握る。そのまま、ネプギアに背を向けて走り出した。
「ちょっと、いったい何がどうなってるの!?」
「見りゃ分かるだろ。あいつ、お前の方を偽物だって思ってるんだよ。ついでにプラネテューヌのシェアが巻き戻ったのもお前のせいになってるぜ。まさかあいつ、こうなることまで計算に入れてたのか?」
「……教会に帰るのは難しいかな」
こっちは時間がほとんどないっていうのに。こんなことしてくれるなんて。
……どうする? どこに行けば、ネプギアを振り払える?
教会にはもちろん逃げられない。かといって、他の国に逃げてるような時間もない。
かといって、プラネテューヌに居続けてもどうせネプギアに追われるだけだし。
その上、ネプテューヌのシェアエネルギーも復元しないといけない。
いや、駄目だ。今はネプギアを撒くことだけを考えて――
「あっ、前! 前! 黒い私、ストップ!」
詰まりかけた思考が、ネプテューヌの声によって遮られる。
咄嗟に盾を展開。地面へそれを突き立てた直後、爆風が辺りを包み込んだ。
煙が晴れる。見上げたそこには、こちらを見下ろすブラックハートの姿があった。
「ネプギアに言われてきてみたはいいものの……何してるのよ、あなた」
「ノワール……」
名前を口にしたネプテューヌを、彼女は鋭い視線で睨みつける。
「……癪に障るわね。そのとぼけたような顔まで、そっくりなんて」
「そんな」
「あなたが何を考えてるかなんて知らないわ。でもね、あなたは一人で十分なのよ!」
剣が振り下ろされる。それを真正面から受け止めて、もう片方の手に太刀を生成。
盾と太刀を接続、同時に刃を展開。鈍色の光が雨に乱反射を始めた。
そのまま思いっきり振りぬくけれど、彼女はひらりと間一髪で俺の攻撃を躱して、
「ブラン!」
「おう!」
声が聞こえたのは、背後のずっと遠くからだった。
「面倒くせえから二人とも吹っ飛ばしてやる! 耐えたほうが本物だ!」
「いやそれ、根本的な解決になってな――」
そんなネプテューヌの声を遮ったのは、腹に響くほどの轟音で。
地面を砕きながら迫りくるのは、通り過ぎた全てを氷に変えるほどの、強力な冷気だった。
……何だその技!? 見た事ねえぞ!?
「ちょっと、やばいってアレ!」
「下がって!」
翼を展開。同時にエネルギ―を放出。足元から光が広がってゆく。
「ネプテューヌ!? あなた、何よそれ!」
困惑するノワールの言葉を無視しつつ、意識を体の奥、心の底へと集中させる。
理論的には不可能じゃないはず。さっきは武器が出てきたんだ。だったら、今度は――
「危ない!」
閃光。直後に爆発音。今度は爆風じゃなく、冷気が後ろへと駆け抜けて行く。
白い煙は夜空へと上がっていって、降り注ぐ雨粒を氷の結晶へと変えた。
そしてきらきらと光るその中で、地面にへたり込む俺と、ネプテューヌの前に立っていたのは。
「……よくもまあ、こんな天気の日に呼び出してくれたわね」
ため息をつきながら、呆れた顔でこちらを見つめるホワイトハートだった。
しかも、例の面倒くさいバリア付きで。衝撃波もこれで防いでくれたらしい。
……頼んでないのに自分でやってくれるのは、ありがたいな。
「何よこいつ。ブラン、あなたの知り合い?」
「知るわけねーだろ、こんな奴」
「あら、悲しいわ。もう忘れられるなんて。でも、夢ってそういうものよね」
なんてことを言いながら、ホワイトハートがちらり、と俺に視線を送る。
「……何分稼げる?」
「向こうが飽きるまで」
そりゃなんとも。
「任せたよ!」
翼を広げてネプテューヌを抱きかかえる。そのまま、地面を強く蹴って上空へ。
しばらくして、背後から戦闘音が聞こえ始めた。
すぐに止まない辺り、本当に飽きるまでは戦ってくれるらしい。
……女神二人を相手に戦えるって、割と頭おかしい性能してるよな。
それにしたって。
「時間が戻ったわけじゃない、ってことか……」
俺の言葉に返ってきたのは、クロワールの言葉でも、ネプテューヌの頷きでもなく。
背後から飛んでくる、一本の槍だった。
「うおッ」
すんでのところで体をひねって回避。けれど、視界には既に二撃目の槍が。
前進するのをやめて、ビルの壁に沿うようにして真下へ急降下。
かかかか、と俺の軌道を追うようにして、壁に何本もの槍が突き立てられていく。
……空中を移動するのは、止めといたほうがいいな。
「走るよ!」
「うん!」
翼をしまって、ネプテューヌと一緒に路地裏へ。空は曇っていて何も見えなかった。
フードを深く被る。少しでもバレないように。ネプテューヌも同じようにしてくれた。
逃げる当てはない。けれど、足を止めるわけにもいかない。
……ちくしょう。
「はぁ、っ……くそ……!」
声が漏れる。そうしても意味なんてないことは、分かり切っているのに。
「ちくしょう……ちくちょう、ちくしょうッ! どうすりゃいいんだよ!」
叫んだ言葉は、誰にも届くことはなく、雨の中へと消えていく。
どうすることもできなかった。ただ、彼女を連れて逃げることしか。
けれど、それも終わり。そんなことすらも、できなくなってしまう。
「わぷ」
なんて、背中にぶつかってきたネプテューヌが、そんな声を上げる。
「ちょっと、いきなり止まるなんて、どうしたの……」
見開かれた彼女の瞳には、俺の目の前に突き刺さっている、緑色の槍が映っていた。
「いい加減、観念したほうがよろしいですわよ」
降りしきる雨の中、グリーンハートがそう告げながら、俺達の前へと舞い降りる。
「嫌だ」
「……あなたの行動はいつも突飛ですけど、さすがに今回は理解ができませんわ」
うるさいな。
俺からしたら、そっちが理解不能だっての。
「それに、あなたが嫌かどうかなんて関係ないの」
言いながら、ブラックハートが背後に現れる。
……飽きられたのか。いや、ここまで保ってくれただけ、マシか。
ぽわ、と心の中で何かが光る。ああ、負けたらちゃんと戻ってくるのね。
「まだ庇うつもり? いい加減、意味がないって気づいてほしいんだけど」
「……意味があるかどうかは、こっちが決めること」
「あっそ。それが無駄だって言ってるんだけど、馬鹿には分かんないみたいね」
ため息交じりに呟いてから、再びブラックハートが俺へ向けて剣を構えた。
翼を広げる。盾に力を込めて、背後には六つの光を。
そして――
「――もう止めようよ、お姉ちゃん」
その声に、全身の力が抜けていく。
見上げた上空には、俺を見降ろすホワイトハートと。
「ネプギア」
「……どうして? お姉ちゃん、どうしてこんなことするの?」
どうして、って。
「この世界を、正しい形に戻すためだよ」
「正しい? 正しい形って、何? 私達が間違ってるの?」
間違ってるよ。絶対に。こんな世界はおかしい。
だってネプギアが、俺の事を「お姉ちゃん」だなんて呼ぶはずないじゃないか。
「……そんな……お姉ちゃん、どうして――」
「呼ぶなって言ってるだろ!」
俺の叫びに呼応するように、黒鉄の翼が旋風を巻き起こす。
もう、どうなってもいい。間違ってるのはこの世界の方なんだ。
だったら俺がなんとかするしかないんだよ。
「こんなでたらめな翼を見ても、まだ俺のことをそう呼ぶのか!?」
力の奔流が、全身へと伝わっていく。アナザーエネルギーの解放。
それは降り注ぐ雨粒を全て吹き飛ばし、ネプテューヌの顔を覆っていたフードを翻す。
「どうして……どうしてそんな偽物なんて庇うの!? お姉ちゃん!」
「うるさい!」
地面から生成された槍を、そのままネプギアの方へと撃ち出した。
躱される。それはいい。今のうちに盾を展開、パープルハートの盾と接続させる。
……やるしかない。
「来い」
「……お姉ちゃん」
「ッ、来いって言ってるだろ! 全員、俺が相手してやる!」
足元からは鈍色の光を。そして、周囲には無数の武器を。
迷いはない。というより、迷っている暇もない。
やるしかないんだ。もう後に退いてる余裕はない。戦って、やり過ごすしか。
…………なあ。
「来ないのか?」
「そんな……だって!」
「だったら俺から行くぞ!」
地面を蹴る。そのまま、エネルギーブレイドをネプギアへと振り下ろした。
鍔迫り合いと同時、背後にホワイトハートとグリーンハートが回り込むのを捉えた。
ネプギアに蹴撃を飛ばして距離を取る。振り向きつつ、再び意識を集中。
「行け!」
叫ぶと、鈍色の光と共に、中ベールと小ベールが表れて、二人の攻撃を受け止めた。
「乱暴ですわ」
「後がないのですね」
うるさい。
「このっ!」
真上から聞こえたブラックハートを、そのまま剣で防御。
引く様子を見せなかったので、翼で刺突。初撃と二撃目は防がれる。
三撃目に生成した剣での攻撃を挟んで、体勢を崩す。そのまま四と五。
耐えきれなくなったところを、思いっきり振りぬいたエネルギーブレイドで吹き飛ばす。
後は――。
「お姉ちゃん」
……だから!
「その名で、俺を――」
「ごめん」
振り向いた目の前には、ネプギアの持つMPBLの銃口があって。
視界が紫に染まる。一瞬の出来事だった。全身が撃ち付けられるような感覚。
朦朧とする意識の中、気が付けば俺は瓦礫の中にいて。
そこで初めて、ビルの下敷きになっていたことを、何となく理解した。
「マジかよ……!」
ここまで派手にやられるとは思わなかった。付近の住民の避難とか済んでんのか。
……いや、ネプギアのことだ。こうなることを想定して、ちゃんと勧告は出してるはず。
無理やり翼を開く。アナザーエネルギーを解放すると、瓦礫は遠くへ吹き飛んでいった。
ネプテューヌは無事かな。こんな戦いになってくると、守りきれなく……。
……違う。俺と彼女を引き離すためか。ここまでブッ飛んだことをするのは。
小癪な……!
「ネプギアあぁぁああッ!!」
飛べばすぐに彼女のところまで行けた。そのまま剣を振りかざし、一閃。
防御される。けれどこれで足は止められた。すぐさまネプテューヌを探し、その傍へ。
「だ、大丈夫? さっきえげつない飛ばされ方してたけど……」
「正直びっくりした」
でも、それだけ。ビビっただけで何ともない。
……あっちも攻めあぐねてるんだろうな。俺がネプテューヌ本人に見えるから。
けれどそれは、俺にも言えることなのかもしれない。
「埒が明きませんわね」
いつの間にか中ベールと小ベールも戻って来たし。
さて、ここはどうするか……。
「ちょっと待ったぁーーっ!」
高らかなバイクのエンジン音が聞こえたのは、そんな叫び声と共にだった。
オーロラ。揺らめく自由の向こうには、バイクにまたがる一人の少女。
その人は地面に着地したあと、タイヤと足で三本の土煙を描きながら、目の前で止まる。
……あれ? この展開二度目じゃない?
「あぶねー。なんとか間に合ったな」
「ナイスタイミング、って感じ? ささ、女神様のほう、預かるよ!」
「え? なに? ちょっと、どういう……」
「頼んだ」
よく分からないままの彼女をひょいと持ち上げて、後部座席に座らせる。
「クロちゃん、私の座標の逆算はできるよね?」
「おーおー。後で合流しろってことだな?」
「話が早くて助かるよ! それじゃ、またね!」
なんて短い会話ののちに、すぐさまネプテューヌがオーロラの中へと消えていく。
便利だねアレ。今のはクロワールが彼女を呼び寄せたって感じなのかな。
「ちょっと、何よアレ! またネプテューヌ?」
「今度は大きくなってきましたわね……ネプギアちゃん、あの方も?」
「分かりません! あんな人、私も見たこと……」
「余計な事考えるな! とにかく、全員潰せばいい話だろ!」
……させない!
「全員、行ってこい!」
鈍色の光。それと同時に、四人の偽物が俺の周囲へ表れる。
「また働かせるつもりなの?」
「ほんとに乱暴ですわね」
「まったく、女神使いの荒いことで」
「もう少し労わってくれたっていいのに」
ええい、うるさいぞ! 文句あるんだったら少しでも多く時間を稼いで来い!
四人が飛び立つのに合わせて、俺も地面を蹴る。向かう先はネプギア。
戦闘は起こらなかった。ただ彼女は悲しそうに、俺の事を見つめていて。
「お姉ちゃん」
……だから、そう呼ぶなって。
「どうしてなの? あんな偽物、庇っても何もならないのに」
じゃあ、聴くけどさ。
「偽物がいちゃいけない理由って、なに?」
「それは……」
「本物の存在が脅かされるから? それとも、単純に瓜二つの存在がいるのが気味悪いから?」
「……あの人が、プラネテューヌのシェアを奪ったから」
「それも違うって言ったら、ネプギアはどうする?」
剣が構えられる。でも、そこまでだった。ネプギアが動くことは、なかった。
「……私にはもう、何も分からないよ」
「うん」
「お姉ちゃんは――ううん、あなたは世界が間違ってるって言ってた。正しくないって」
「そうだ」
「じゃあ、正しい世界ってなに?」
それは。
「ネプテューヌが、幸せでいられる世界だよ」
それ以外には何もない。俺は、それだけを望んでる。
「思うに」
「……え?」
「俺はきっと、鏡なんだ」
ネプテューヌを映す鏡。プラネテューヌの女神という在り方を映す、鏡。
「彼女がいなければ、俺もいなかった。それは逆にはならないけど、俺がネプテューヌになることは、出来る。本物がいなくても、その鏡の向こうに俺がいれば。ネプテューヌ、っていう……プラネテューヌの女神っていう像は、ずっとそこに在り続ける。つまり、そういうことなんだと、思う」
やろうと思えば成り代わることもできた。俺はしなかったけど。
まあ、つまり、その、なんだ。何が言いたいかと言うと。
「……それが、偽物の役割、ってことですか?」
「俺はそう思ってる」
本物が失われた時に、その在り方を見失わないために。
世界が狂ってしまったとしても、何が正しいのかを見据えるために。
俺はネプテューヌの像を取り続ける。そして、世界を正しくするために戦い続ける。
そのために俺は今、鏡を抜け出してこの世界を彷徨い続けてるんだ。
……さて。
「そろそろいいかな?」
「みてーだな」
「っ……!?」
時間稼ぎ、って言っちゃアレだし、言葉にしたことも全て本心だけど。
クロワールに聞くと、準備は整ったらしい。
「ネプギア」
「……何ですか?」
「頼むから、ネプテューヌのこと、信じてあげてね」
するとネプギアは、一瞬だけ呆けたような顔を浮かべて。
「私はいつだって、お姉ちゃんのことを信じてますから」
「……そっか。そうだよな」
じゃあ、安心だ。
翼が消える。それと同時に、浮遊感。自由落下が始まる。
「――っ、お姉ちゃん!」
ああ、もう。
あれだけ話をしたのに、まだそうやって俺の事を呼ぶのか。
俺はネプテューヌじゃないって、途中から分かってたはずなのに。
それなのに、そんなに悲しそうな顔をするなんて。
本気で心配するような、手を伸ばすようなこともするなんて。
ほんとに……
「……大丈夫だよ、ネプギア」
そんな俺の声は、彼女に届くことはなくて。
やがて、揺らめくオーロラの光が、俺の体を呑み込んだ。
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