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■
オーロラを超えた先は、薄暗い部屋だった。
「いてっ」
ぶつけたお尻を抑えつつ、ゆっくりと立ち上がる。
家具も照明も何もない。こじんまりとした、寂しい部屋だった。
ただ、床には何かのコードとか、点灯してない液晶なんかが落ちていて、それで何かの作業室なのかな、っていう予想はついた。どういう作業をしていたのかは分からないけど。
無機質なコンクリートの壁と床が、妙な閉鎖感を感じさせる。
もう後には戻れない、みたいな、そんな圧迫感をどうしてか覚えていた。
……それで。
「どこ、ここ」
逃げ道は確保した、って聞いたけど。
「私の友達の家だよ」
そんな俺の問いかけに返ってきたのは、ドアの開く音と共に聴こえた、大ネプの声だった。
「よかった。無事みたいだね」
「……うん」
表情は見えなかった。背後から差す白い光が、彼女の顔に影を作っていたから。
その眩しさに目を覆っていると、俺の影からクロワールが姿を表した。
「ほんとにバレねーんだろうな、こんな場所」
「大丈夫だって。実績もある、って言ってたし」
「でもよぉ……あいつを信用できんのかよ。いろいろやらかしてるんじゃねーのか?」
「お互い様だよ。クロちゃんだって、人には言えないようなこといっぱいしてるでしょ?」
なにおう、なんて言葉を交わす二人の後を追って、開かれた扉をくぐる。
その先はまた。作業室みたいなところだった。さっきよりもずっと大きな空間に、中央には大きな長机が置かれている。その周囲にはさっきと同じようなコードや液晶と、設計図や機械の部品なんかが、所々に散らばっている。
天井に吊るされた作業灯は、軋む音を立てながら、白い光を放ち続けている。
そうして揺れる影の一つに、壁際にうずくまっているネプテューヌのものがあった。
「あ」
そこで彼女は初めて俺に気づいたらしく、急に立ち上がると、俺の方へと駆け寄ってきて。
「大丈夫!?」
「うお」
「どこか怪我とかしてない!? まっすぐ歩ける!? 実はどこかまた、もげたりして……」
だッ、大丈夫! 大丈夫だから!
「……ほんとに?」
「うん。ほら、ピンピンしてる」
「そっか……よかったよ。だって君、よく一人で無茶するからさ」
あー……そういえば、始めてマジェコンヌと戦った時にも言われたな。
でも、心配いらないよ。あの時よりも強くなってるし。そうそう無茶はしないって。
それよりも、そっちは?
「私は無事だよ。大きい私のお陰でね」
「……あれからずっと、ここにいるの?」
「そうだよ。後も追われてないみたい」
「ここは一体?」
「大きい私は、友達の家って言ってたけど……」
またそれか。
一体、誰の家なんだろう。
「おーい! 二人とも連れてきたよー!」
なんて、考え込む俺たちなんて露も知らず、大ネプがそんな声を上げる。
誰かを呼ぶ声だった。おそらくは、ここの家主なんだろうけど。
しばらくして、奥にある扉から姿を表したのは。
「うるさいっちゅね。そんなデカい声じゃなくても、すぐ聞こえるっちゅよ」
「……ワレチュー?」
疑問を覚えると同時、すぐに右手に盾を展開。
「お前……! どうしてここに!」
「わわ、ストップストップ! 今は味方だから! みーかーた!」
……なに?
「どういうこと?」
「ほら、昨日の敵は今日の友って言うでしょ?」
「………………………………」
「え、何その顔……私、そんな変なこと言ったかな? え? ちょっと!?」
「お前はいつも変なことしか言ってないっちゅよ」
彼女の言葉に呆れていると、その後ろからワレチューが言葉を投げてくる。
「相変わらず血の気が多いっちゅね、お前は」
「……覚えてるのか、俺のこと」
「当たり前っちゅよ。オイラは元々、オバハンの味方っちゅからね」
それは……そうか。おかしい話じゃない。
でも、それなら。
「どうして俺たちに協力してる?」
「この前も言ったはずっちゅけどね」
「何を」
「オイラが聞かされてるのは、ラステイションに関することまで、ってヤツっちゅ」
確かに、そう言ってたけど。
「だから、あのオバハンとの協力関係もそこまでってことっちゅ。後のことは何も知らない。オイラが手を貸すこともない、ってことっちゅ」
「……だったら、猶更どうして」
「それに」
と。
ワレチューは俺のことをまっすぐ見つめながら、
「黙ってコキ使われるのにも、そろそろ飽きてきたころっちゅからね」
……なるほど。
でも、いいの。確か白いネズミの……そうだ、チューコを人質に取られてるんじゃ?
「脅されてるだけっちゅ。別に、捕まってるわけじゃないっちゅよ」
「そうか……よかった」
「それに助けたところでこの国が滅びても、アイツは困るだろうっちゅからね」
喚かれるのも困るっちゅ、なんて、肩をすくめながら、ワレチューが言った。
……なんだ。
ちゃんとカッコいいとこ、あるじゃん。
「それよりも、早く状況を教えろっちゅ」
先を促す彼に、最初に口を開いたのはクロワールだった。
「奴は俺の能力で別次元に留めてる。夜明けまでなら閉じ込めてられるぜ」
「それまでに、ネプテューヌのシェアをどうにかしたい」
「できればマジェコンヌへの対策もしたほうがいいよね? 何か知ってることがあれば」
「なるほどっちゅ。大体は把握したっちゅよ」
そうすると、ワレチューは作業台へとよじ登りながら、
「まず、この世界を取り巻く事象について説明する必要がありそうっちゅね」
「事象?」
「時間軸の巻き戻り、って言えば分かるっちゅか?」
机の上にある一本のコードを手にして、説明が続いていく。
「ようは、綱引きって考えればいいっちゅ」
「綱引き? あの、えいえいおー! とか声出してやる、あれだよね?」
「そうっちゅ。試合のカードは、あのオバハンとこの世界全て、ってところっちゅか」
「な、なんだかものすごいスケールになってるけど……」
「実際、デカいスケールになってるっちゅよ」
ネプテューヌに答えながら、ワレチューがコードを両手でぴん、と引き延ばす。
「あいつはこの世界に存在する全ての事物の時間軸を、特定の時間軸まで
「じゃあ、私達が反対側から綱を引けば、時間軸も戻っていくってこと?」
「それができれば、の話っちゅけどね」
まあ、そうだよな。
世界を相手に綱引きをする奴に、勝てる気がしないし。
そもそも俺たちは、その綱を引く方法すらも知らないもん。
「じゃあどーすんだよ。このままじゃ、全部アイツに綱を引かれて終わりじゃねーか」
「別に、わざわざ綱を引きに行く必要はないっちゅよ?」
……ああ、そうか。
「綱に切れ込みを入れれば、反動で元へ戻っていく」
「そういうこと、っちゅ」
片方の手を離すと、コードはもう片方の手へ。
「なるほどな。馬鹿正直に勝負を挑む必要はないってことか」
「じゃあ、問題はその切れ込みをどうやって入れるか、だよね?」
となると、課題はその綱をどうやって視認できるようにするか、ってところ?
「そうなるっちゅね」
「でも、どうしようもなくねーか? だってよ、ここにいる奴ら全員、誰も巻き戻ってねーんだぜ? さっきの綱引きの話で言えば、誰も
「私のシェアはどう? 手がかりになる?」
「難しいっちゅね。ネプテューヌの記憶が戻ってないってことは、おそらく本人には縄が繋がってないっちゅ。まったく、何をどう引っ張ったのか分からないのが厄介っちゅね」
じゃあ、どうすれば……。
「あ、そうだ! あの二人は?」
「……ああ、そう言えば」
なんて、大ネプとワレチューが、納得したように顔を見合わせる。
「二人?」
「ちょうど行ったっちゅよ。あいつに思いっきり引っ張られてる奴が、二人」
そんな都合のいい人が。
「今、買い出しに行ってくれてて……どこまで行ってるんだっけ?」
「近くの自販機だからそこまで遠くないっちゅ。そろそろ帰ってくるんじゃないっちゅか?」
なんて会話をしてると丁度、俺の背後にあったドアが開かれる。
振り返った俺の視線のその先、夜闇の中に立っていたのは。
「ただいまぁ~」
「ただいまー、って……あ」
「ああ~! めがみさまだ~!」
……え?
「プルルート、それに……ピーシェ?」
「またあえたね~、めがみさま~」
「えと……飲み物、いる?」
あ、いいの? じゃあそのコーヒー貰っても?
……いや、そうじゃなくて!
「なんで二人がこんなところにいるんだよ!」
「私たちが呼んだんだよ」
その声に、二人の方へと振り向いた。
「どうして」
「人手は多い方がいいっちゅからね」
「それに二人も納得してくれたよ? だよねー?」
「うん~! めがみさまの、おてつだい~!」
「だからって、こんな場所へ来ることないだろ!」
そうやって、思わず声を張り上げてしまって、急いで口を塞ぐ。
でも、遅かった。静寂が冷たく、肩にのしかかってくるようだった。
「く、黒い私? そんな、そこまで怒らなくても……」
「でも、守り切れないかもしれない。もしまた、二人が……ああ、もう!」
なんで! どうしてこうなるんだよ!
もう二度と、こんなことには関わらせないようにしたのに!
「もしかして~……じゃまだった~……?」
「そうじゃない!」
……そうじゃない、けどさ。
「気持ちは嬉しいよ。ほんとに。ありがとう」
「だったら」
「でも、二人を危険に晒したくない。それだけ」
繕いも何もない、本心からの言葉だった。
だってただでさえ、この世界では女神にならなくて済んだんだ。
もう戦わなくていい。使命もない。傷つく必要なんてどこにもないんだから。
それなのに。
「……私、聞いたよ。大きい方の女神から」
「何を」
「ぜんぶ。私たち二人が女神だったこと、あなたが本当の女神でないこと……私を命がけで助けてくれたこと。それに、私たちが家族だったことも」
………………。
「だ、だってそうでもしないと納得してくれなさそうだったし!」
「お前、そういうとこあるよなー」
……だとしても、だ。
「その話、信じてるの?」
「うん」
自分用なんだろう、オレンジジュースの缶を開けながら、ピーシェが答えた。
「正直、実感はない。話を聞かされてるだけだし」
「そりゃそうだよ」
「でもね、あなたのことは信じられる」
どうして。
「私たちのこと、知ってたから」
……あ。
「助けてくれた。私達のことを家族だって、言ってくれた」
「それは……」
「初めてだよ。そう言ってくれたの。女神なんだな、って。そう思った」
「……違う。女神じゃない。聞いた通り、俺は……」
「でも、私たちにとっての女神は、きっとあなたなんだよ」
そんな、こと。
「それにあなた、一つだけウソついてたよね?」
するとピーシェは、俺の手を取ってから、
「もう、二人だけの家族じゃないよ」
なんて。
柔らかな笑みを浮かべて、そう言ってくれた。
「そうだよ~! かぞくなんだから、たすけあわないと~!」
「……うん、そう。それが、私たちが今ここにいる理由」
どうかな、なんて曖昧に笑いながら、首を傾げられても。
頷く以外にできることなんて、なくて。
……ずるいよなあ、そんなの。
「話はまとまったっちゅか?」
「うん」
いつの間にか別の部屋から戻ってきたワレチューに、ピーシェがそう答える。
大ネプが俺の事を心配そうに見つめていたけど、頷いて返した。
「作戦はこうっちゅ。あいつの影響を受けてる二人を手がかりにして、縄の収縮点を見つけ次第、そこに切れ込みを入れる。そうすれば他の女神も味方についてくれるっちゅからね」
「そこから先は?」
「正直、五分五分ってところっちゅ。オイラもある程度はサポートするっちゅけど」
言いながら、別の部屋から持ってきた箱を、ワレチューが作業台の上へ乗せる。
「縄はオイラがどうにか見えるようにするっちゅ」
「できるの?」
「ある程度の仕組みなら分かるっちゅから。でも、距離制限がつくっちゅけど」
距離制限?
「何メートルまでかは見える、ってこと?」
「そうっちゅ。今ここにある資源で考えると……大体、二十メートルってところっちゅかね」
「それだけかよ」
「視認できるだけマシって思ってほしいっちゅよ」
でも、それって。
「二人が、その距離までマジェコンヌへ近づかなきゃいけないってこと?」
「そうっちゅね」
……いや。
「無茶だ」
どう考えたって、そうだろ。
今の二人をマジェコンヌに近づけさせるなんて、無茶にも程がある。
「危険すぎる。そんなことさせられない」
「まあ、こいつらが人間のままだったら、オイラもそう言ってたっちゅよ」
……まさか。
「これならどうっちゅか?」
そう言って、彼が箱から取り出したのは。
「シェアクリスタル……?」
何色にも染まっていない、透明な輝きを放つ結晶。
中央には電源マークを模した構造体が、ゆっくりと回転を続けていた。
「四つ、あるっちゅ。元々は計画の予備用だったものっちゅけど」
「……これで、どうするの?」
「そんなもん、お前らをもう一回、女神にするに決まってるっちゅ」
シェアクリスタルを一つずつ取り出しながら、ワレチューが続ける。
「チューニングはしてないっちゅけど、お前らは一度女神になってるからっちゅね」
「神格さえあれば、女神になれるってことか?」
「シェアはこの中に保存されてるっちゅ。バッテリー、って考えれば分かりやすいっちゅか?」
……もしかして、変身できる時間も限られるってこと?
「十五分。それに戦闘で消費すれば、それだけ減るっちゅよ」
「でも、これがあれば一緒に戦えるんだよね?」
ピーシェの言葉に、ワレチューが無言で頷いた。
「やるよ、私にできるなら」
「わたしも~」
正直、一緒に戦ってほしい、て言ったら嘘になるかもしれない。
もう二人が戦うのなんて、傷つくのなんて、二度と見たくないから。
……でも、君たちがそう言ってくれるなら。
「お前が渡したほうが、いいんじゃないっちゅか?」
「ありがと」
二人に託す、そういう意味も込めて。
シェクリスタルをそれぞれ、ピーシェとプルルートの手へ。
「頼んだよ」
「うん」
「がんばるよ~!」
そう溢すと、二人は俺の方を見て、強く頷いてくれた。
同時にそれぞれのクリスタルが淡い輝きを放ち、菖蒲色と金色へ染まっていく。
……なるほど、そうなるんだ。
「これでもうできるの?」
「あいつみたいに、変身って言えばできるんじゃないっちゅか?」
そして、そのままワレチューはネプテューヌの方へと視線を向けて、
「お前もこれ使えば女神になれるっちゅよ」
「そうなの?」
「本来のモノより出力は落ちるし、さっき言ったみたいに時間制限もあるっちゅけど」
「でもないよりはマシだよ。ありがとね」
ありがとね、なんて言ってネプテューヌが受け取ると、クリスタルがまた淡く輝く。
染まる色は紫。それを見てネプテューヌは、何かを確信するように首を縦に振った。
「それで、最後のヤツっちゅけど」
残った透明のクリスタルを手にして、ワレチューが俺へと言葉を投げる。
「俺の?」
「いや、お前は全部揃ってるじゃないっちゅか」
それはまあ、そうだけどさ。
もう一つ取り込めば強化できるとか、そういうの、ないの?
「死ぬっちゅよ」
「え?」
「お前のそんな体じゃ、保たないってことっちゅ」
……どういうこと?
「ただでさえ、お前の体は四つの神格で無理矢理バランスを取ってるんっちゅよ? それなのに、これ以上神格を追加したらどうなるかなんて、お前でも分かるっちゅよね」
「……俺の体って、そんなにまずい状況なの?」
「見てるこっちがヒヤヒヤするくらいには」
そうなんだ。でも、まあ、いいや。
最終的に勝てるなら、なんでもいい。命でもなんでも賭けてやる。
それに、どうせ最後は。
……いや。今、そんな話はいいか。
「一応、お前に渡しておくっちゅ。何があるか分かんないっちゅからね」
手渡されたそれが光らず、透き通ったまま。
月の明かりに翳してみても、淡い光がそこから照らすだけだった。
……揃ってるから、か。
「他の誰かを女神にもできるってこと?」
「オススメはしないっちゅけど」
でも、できるってことか。
……誰かがネプテューヌと同じ状況になったら使う、ってのが一番現実的なのかな。
あるいは、どうしようもなくなった時に、俺が。
「ま、賢く使うことっちゅね」
肩をすくめたワレチューが、作業台から降りる。
「オイラは綱の解析に取り掛かるっちゅ。お前らも準備、しとけっちゅよ」
「手伝うことは?」
「ないっちゅ」
短く返してから、ワレチューは奥の部屋へと消えていった。
「二人は明日に備えて少しでも寝ておきなよ。特に、プルルートちゃんはね」
「でも、みんなは……」
「心配すんなよ。お前らよりずっと、こういう状況には慣れてるからな」
「ありがと~、ハエさん~」
「お前、その呼び方ほんとにやめろよな!」
なんてクロワールの叫びが聞こえたかは分からないけど、二人も別の部屋へ。
「大きい私はどうするの?」
「見張りでもしとくよ。クロちゃんと一番連絡取りやすいの、私だしね」
「お前らも休んでな。特に黒い方、お前はついさっきまで戦ってたんだし」
……確かに、疲れてないと言えば嘘になるけど。
でも、眠れるほど呑気になれない、っていうのもある。
「ま、準備だけはしとけよな」
「じゃ、私たちは向こうにいるから。何かあったら呼んでね」
そう言って、クロワールと大ネプもまた、別の部屋へと消えていった。
「……二人に、なっちゃったね」
「うん」
するとネプテューヌは、ひょこ、と俺の顔を覗き込んで。
「少し、話さない?」
■
「いつぶりだろうね、こうやって話すの」
外に出てからすぐ、近くにある自販機のそばで。
会話は、缶コーヒーを傾けるネプテューヌの、そんな呟きから始まった。
「……そこまで久しぶりでもない、気がするけど」
「そうじゃなくて、こうやって二人で話すのが」
「ネプギアとかイストワールとかもいない所で?」
「うん」
それは……確かに、久しぶりかもしれないけど。
「懐かしいよ。君が初めてここに着たの、つい二年前なのに」
「色々あったから」
「本当にね。色んなことが起こりすぎて……正直、私もこの先どうなるのかわかんない」
不安、って言ったらそうなんだろう。彼女もきっと、それは分かってるはず。
それでもネプテューヌは、少し遠慮がちな、明るい笑みを浮かべていた。
「でも、楽しかったよ、私」
「……楽しかった?」
「うん」
大変だった、じゃなくて?
「かもしれない。でも、君と過ごす時間はそれ以上に、かけがえのないものだったから」
「そんなこと……」
「あるよ」
そうして彼女は、俺の瞳をじっと覗き込んで。
「私は、この時間がもっとずっと、これからも永遠に続いて欲しい、って思う」
………………。
「囚われてる」
「かもね。でも、私はずっとそうだよ」
愚かだと言えば、そうなのかもしれない。
でも、ネプテューヌらしいと言えば、確かにそうだった。
「みんなが手を繋いで、幸せに暮らせるような、そんな世界を作りたいって。戦い合うことも失うこともない、平凡な日常が続く世界を夢に見てた」
「もしかして、それがプラネテューヌ?」
「うん」
やっぱり、そうだ。
ネプテューヌは夢を見ない。でも、それは決して悲しいことじゃない。
だって彼女の夢は、ここにある
「誰もが仲良く暮らせる世界。ありきたりな平穏が続く、退屈だけど安らかな国」
そしてネプテューヌは、優しい笑みを浮かべて、
「どうか君にも、この国にずっといてほしいな」
…………。
「できないよ」
「……どうして?」
そんなの、ネプテューヌが一番わかってるんじゃないの?
「プラネテューヌにネプテューヌは二人もいらない」
これまでだって、そうだったじゃん。
リーンボックスもルウィーも、ラステイションも。
女神は、一人しか存在できない。女神の偽物なんて、存在しちゃいけないんだ。
「今までがおかしかったんだよ。俺は本来、消えるべき存在だった」
「そんな……」
「いつまでも、偽物が彷徨い続けるわけにもいかないでしょ?」
たとえ女神になっても、皆から信じられても、空を飛ぶことができても。
結局、俺は君の偽物でしかいられないんだ。
だから。
「……いやだ」
「ネプテューヌ」
「いやだよ!」
叫び声が、青みのかかる夜空へと木霊した。
「ここまでずっと、一緒に戦ってきたじゃん……なのに、どうして……」
「……ごめんね」
うずくまるネプテューヌの肩へ、手を添える。
それくらいしか、今の俺はできなかった。
……ほかでもない、ネプテューヌの頼みなのに。それを受け入れられないなんて。
でも、こればっかりは仕方ないよなあ。
「この戦いが終われば、俺の役割も終わる」
「……うん」
「だから、その時まで一緒に俺と戦ってくれる?」
何が正しいのかを見据えるために。自分を取り戻すために。
それが、鏡である俺の、偽物であるネプテューヌとして与えられた、役割だから。
「……もしも」
「うん?」
「もしも君が、私の偽物でもない、別の存在になってくれたら」
そんなこと、起こりうるはずがないと思うけど。
「私と、これからもずっと一緒にいてくれる?」
そんな未来は、永遠に来ないんだよ。
トゥルーエンドはおろか、バッドエンドとしても、あり得ない。
……でも、そうだね。
もしも万に一つ、運命を超えた先に、
その時は。
「よろしくね」
「うん!」
答えると、ネプテューヌはとても嬉しそうに、明るい笑みを浮かべてくれて。
きっと俺の見るネプテューヌの笑顔は、これが最後なんだろうな、なんて。
そんなことを思っていた。
■
朝焼けの光が、夜空の向こうからやってくる。
空間がどす黒く歪んでいた。マジェコンヌを封じた、あの位置だ。
その正面に立ちながら、頭の中で考えを整理する。
まずはピーシェとプルルートに先行させて、綱の位置を特定。
そこからは俺とネプテューヌ達で、その綱へ切れ込みを入れる。
やることは単純。余計なことは考えなくていい。
……よし。
「来るぞ、奴さん」
クロワールの声に合わせて、左腕に盾を構える。
同時に翼を広げ、周囲へ武器を展開。
そして右腕にはネプテューヌのものと同じ、黒い剣を。
「みんな、準備は?」
「ばっちり~!」
「行けるよ!」
大ネプの言葉に、ピーシェとプルルートが強く応えた。
「ネプテューヌ」
「……うん!」
互いの瞳を見据えて、しっかりと頷きを。
もう、迷いはない。
「行くよ!」
太陽の光と共に、ガラスの割れるような、そんな甲高い音が鳴り響いた。
旋風が巻き起こる。吹き飛ばされないように足へ力を入れながら、前を見据える。
そこには、やぶれた空間の中に佇む、マジェコンヌの姿があった。
「貴様ら、この私をどこまでもコケにしおって……!」
……開口一番が、それか。
「許さん……許さんぞおおぉぉぉおおお!」
それはこっちも同じだよ。
ネプテューヌの描いた夢を、こんなぐちゃぐちゃにするなんて。
絶対に――許さない!
『変身!』
声が重なって、光が迸る。視界が一瞬で純白に染まり、そして世界へ色が戻ってゆく。
二つのエネルギーが全身に行き渡り、力が体の奥から湧き上がってくる。
地面を軽く蹴って、浮遊。そのまま地面から太刀を抜き取って、構え。
……さあ。
「行くよ!」
叫ぶと同時、空中を蹴ってマジェコンヌへ接近。
両腕を勢いよく、覆いかぶさるように振り下ろすけど、すぐさま杖で防御される。
でも構わない。そのまま、翼にエネルギーを回して、推進力へ。
「うおおぉぉおおおお!」
時間を稼ぐ必要がある。
マジェコンヌと正面切って戦えるのは、今のところ俺しかいない。
他の三人は変身したけど、その時間は限られてる。まともに戦ってもシェアを消費するだけ。
だから――。
「プルルート! ピーシェ!」
「うん!」
「分かってるわよ!」
叫ぶと、俺の後方から飛んできた二人が、左右からマジェコンヌを挟み込んだ。
単に近づくだけじゃダメだ。仮に綱が見えたとしても、引っ張られてることしか分からない。
正確に綱の収縮点を見据えるには、百八十度挟み込んだ上で、その距離を保たないと。
でも、それを移動し続けるマジェコンヌにやるのは難しい。
だから、俺がなんとかするしかないんだけど。
「っ、見えた!」
マジェコンヌへと繋がる白い棒状の光。なるほど、これが綱か。
予想よりも早く見えた! これなら!
「ネプテューヌっ!」
「ええ!」
俺の進行方向、マジェコンヌの背後に回っていたネプテューヌが剣を構える。
激突。轟音と共に、衝撃波が周囲へと広がっていく。同時に、得物に手ごたえ。
これで、少しでもダメージが入ってれば!
「小癪なマネを……!」
呟こうとしたマジェコンヌの真上へ移動、そのまま太刀から両手を離す。
ダメージの確認は二の次。最優先するべきは、マジェコンヌの行動の阻害。
次に生成したのは、ホワイトハートの戦斧。
空中で体を一回転させて、それをマジェコンヌの頭上へ振り下ろした。
「がッ」
なんて声を上げながら、マジェコンヌが地面へと叩き落とされる。
すぐさま追撃。それと同時に、光の線を追う。
……体の中央じゃない。移動してる? いや、そういう動きでもない。
だったら、どこに……!
「こ、の……私が、貴様ら如きにッ!」
眼光をこちらへ向けると同時に、マジェコンヌが手にした杖を上空へ掲げる。
それと同時に、二人から伸びた光の筋も、同じように上へ動いていく。
……まさか!
「杖――」
叫ぼうとしたその瞬間、腹に衝撃が走り、真上へと吹き飛ばされる。
すぐに体勢を立て直して二撃目を回避。背後からくる三撃目は剣で受け流す。
黒い触手だった。あの黒い靄を凝固させたような、そんな感じの。
それがマジェコンヌを取り囲むように展開して、それぞれ攻撃してくる。
「わわ、わわわっ!」
「ピーシェちゃん、後ろ!」
……まずいな。
「どうするの!? これじゃ思うように近づけないわよ!」
間合いに入ろうにも、あの触手に邪魔される。多方向から攻めてもそれぞれ対応される。
うかつに動いても三人のシェアエネルギーを消費させるだけ。慎重に、確実な選択をしないと。
……どうすればいい?
「ねえ、女神サマ?」
「……あ、俺?」
「あの杖を折っちゃえば、みんな元通りになるのよねえ?」
それは、多分そうだけど。
「じゃあ私、行ってくるから」
は?
いや、ちょっと! 待って!
行ってくるって、どういう――
「馬鹿め! お前一人で何が出来る!」
マジェコンヌが杖を振るうと、周囲に展開していた触手を一転に集中していく。
それはあっという間にプルルートを取り囲み、彼女へと向かって――
「馬鹿はどっちかしらねえ!」
ざん! と。
肝が冷え上がるような叫び声と共に、彼女の周りの触手が一瞬で、消えた。
……今、何した?
「……斬った」
「え?」
「あの子、今の一振りで全部、斬っちゃった……」
何だそれ!?
「何だお前!?」
いや、でも好都合!
このまま一気に畳みかける!
「もっとよぉ! もっと私を楽しませなさいよ!」
突撃してくる無数の触手を、それはもう面白いくらいに、アイリスハートがずばずば切り刻む。
よく見れば蛇腹剣を長い鞭みたいに展開して、斬撃を周囲へ飛ばしているようだった。
いや、ほんとにとんでもないな……どうやって制御してるんだ、アレ。
「このッ……! クソガキが……!」
一番おかしいのは、この状況で押し勝てそうなところなんだよな。
でもまだ距離は遠い。アイリスハートの傍に近づいて、ちょうど綱が視認できるくらい。
それに、この状況も長くは続かない。下手すれば、一分も保たないだろう。
……きっと、プルルートもそれを理解してる。だから、ああやって俺に聞いたんだ。
だったら。
「ピーシェ!」
それに、応えないと!
「合わせて!」
「うん!」
頷きを確認してから、右手にアイリスハートと同じ蛇腹剣を精製。
それと盾を接続すると、一つの巨大な錨へと姿を変える。
「おらあぁああっ!」
全力で振りかぶり、先端のアンカーを投擲。
まっすぐと飛翔するそれはマジェコンヌの元へと向かい、彼女の持つ杖を絡め捕った。
……いった! いったぞ!
「な……っ、だが……!」
体がそのまま持っていかれそうになって、なんとか翼を広げて踏ん張った。
力がえげつない。一瞬でも気を緩めれば、アイリスハートの間合いから外れる。
やっぱり俺じゃ、マジェコンヌとの力勝負には敵わない。一度戦ったから、痛いほどに分かる。
……でも!
「ピーシェ!」
彼女なら!
「とりゃああああっ!」
どごん、と。
遠く離れたここからでも分かる、衝撃。握った剣からも、その重さが伝わってきた。
よし、これで……
「あ」
「え?」
なに? は!? 今の『あ』は何の『あ』!?
「そろそろ限界みたいねえ」
「うそ!?」
なんて叫び声で何か起こるはずもなくて、アイリスハートの体が光に包まれる。
いや、でも十分! 触手の足止めはなくなったけど、こっちも杖は手に入れた!
「たのんだよ~!」
「分かった!」
落ちていくプルルートに頷いて、叫ぶ。
「ネプテューヌ!」
「ええ!」
背後から沈むように体を回転させて、絡め捕った杖を引き上げる。
逆さまになった視界には、剣を構えたパープルハートの姿があって。
「これで……終わりよ!」
右手を離し、彼女のものと同じ太刀を精製。
そのままネプテューヌと視線を交わして――
「いっけえぇえええ!」
――感触は、存外に軽いものだった。
中心から両断された杖は、まるで灰になったみたいになって、ぼろぼろと崩れ落ちる。
始めは何ともなかった。杖が折れた、という事実だけがそこにあった。
俺も、ネプテューヌも、マジェコンヌでさえも、その光景をぼうっと眺めていたと思う。
そして。
「うおッ!?」
ぐるん、と。
体の中が、思いっきり振り回されるような感覚。同時に、世界の全てが廻り始める。
眩暈を何百倍にも強烈にさせたような、そんな衝撃が急激に襲ってきた。
――綱に切れ込みを入れれば、反動で全て元に戻っていく。
これが、そうなんだ。世界が全て、正しい形へと書き換えられていく。
いや、でも……さすがに、これはちょっと――。
「あ」
ふらついた体が、誰かに支えられる。
おぼろげな意識のまま、顔を上げたそこには。
「ねぷちゃん、大丈夫?」
俺の瞳を覗き込む、アイリスハートだった。
「……戻っ、た?」
「ええ。全部、思い出したわ」
じゃあ、ピーシェも――
「ねぷてぬー!」
「うおっ」
待て待て待て! もう少し優しく! お願いだから加減して!
「ねぷてぬ、ねぷてぬねぷてぬねぷてぬっ!」
「分かった分かった! 俺も思い出してくれて嬉しいから!」
「……よかった。これで、元通りね」
ああ。後は――って、
「後ろ!」
「っ」
向かってきた黒い光弾を、展開した盾で防ぐ。
霧散する闇の先、俺たちのことを血走った目で睨んでいたのは。
「貴様ら、どこまでも私の邪魔を……!」
全身に黒いオーラを纏う、マジェコンヌだった。
「もう、いい」
「……なに?」
「この国も、何もいらん。この次元を全て、破壊しつくしてやる!」
そんなこと。
「させない、絶対に!」
ここで終わらせる!
お前の計画も! そして、俺の
「おおぉぉぉおおおお!」
急にマジェコンヌが叫んだかと思うと、彼女を包み込むように黒いオーラが広がっていく。
それは人型を作っているようだった。言うなればそう、巨大化みたいな。
でもそれ負けフラグだからな! 自分から踏みに行ったぞアイツ! 勝てる!
なんて心の中で喜んでいるうちにも、その黒いエネルギーは肥大化を続けて行って。
既におおよそビル一個ぶん。いや、それよりも少し高くなってる?
というより、まだまだ大きくなって……。
………………。
……いや。
いや、いやちょっと!
「デカすぎるだろ!」
そんな叫びをかき消すように、巨大な腕がこちらへ振りかぶられる。
「散れ! 散れって早く!」
「分かってるわよ!」
ネプテューヌは真上、ピーシェは真左で、プルルートはその真逆。
後は俺が下へ逃げれば――
「……うそ」
眼前に迫る拳に、そんな声が口から漏れた。
なんなん? なんでそんな俺のことピンポイントで狙うの?
いや、そういえば心当たりしかない! あいつのヘイト集めてる気しかしてないぞ!
まずい、まずいまずいまずい! 避け切れないって! 受け止めるしか!
「う、ぬぅうっぉぉぉおおおおおお!」
全身がばらばらになりそうで、思わず腹の底からそんな声が漏れた。
勢いを止めることなんて当然できるわけもなくて、地面へと叩きつけられる。
さっきはビル一つくらいの大きさだったのに、今では腕がその大きさになってる。
……まさか、こんなことになるなんて。
「ブラックハート!」
「分かってるっての!」
呼び出したブラックハートが腕の方へ回り込み、手首からそれを両断。
すぐさま後方へと跳躍、続いて叩きつけられた腕を回避。同時にブラックハートを回収。
舞い上がる土煙をかき分けながら、上空へ。
そして。
「……なんだよ、アレ」
目の前に立ちはだかるそれを見て、思わずそんな呟きが、漏れた。
見上げるほどの巨躯に、全身に纏うのはプロセッサユニットに似た何か。
背後には黒く染まった、六枚の翼。広げたそれは、青空を覆いつくすほどに、大きい。
その姿は、まるで。
「……ダークメガミ?」
俺の言葉に応えるかのように、それは大地を揺るがすほどの勢いで、吠えた。
視認できるほどの衝撃波が巻き起こる。耳鳴りと同時に、とてつもない風圧。
咄嗟に展開した盾で受け止め、すぐさま直上へ回避行動。
直後、さっきまで俺がいた空間が、紫の光線によって焼き尽された。
「な……何よこれ! あなた、知ってるの!?」
「知ってるけど知らない!」
「じゃあ知らないって言いなさいよ!」
おそらく形が同じだけ。本質は全く別物なんだ。
それに、あれはきっと俺を模倣したものだ。
背中の六枚の翼が、それを教えてくれる。
……はは。
「結局、お前も偽物じゃないか」
出来損ないはどっちだよ。
「来い!」
翼を展開。
エネルギーを解放すると同時に、神格を召喚。
「あら、これはまた……」
「楽しそうですわね。私、こういうのは大好物ですわ」
「分かったからさっさと行け!」
とにかく、探りを入れないことには始まらない。
なんとかして、戦い方を考えないと。
盾と同時に太刀を精製、そのまま接続して一本の大剣へ。
先を行く中ベールと小ベールの後を追いつつ、それを肩へ構える。
「ふん」
腕の薙ぎ払い。体が大きい分、予備動作も。
でも、それ以上に攻撃範囲が大きすぎる。
構えを解いて、真下へ潜り込む。地面すれすれを飛翔しながら振り払いを回避。
刈り取られたように崩れるビルの瓦礫が、がらがらと崩れていった。
そのまま足元へ密着。蹴り飛ばそうとして足を振り上げるけど、もう遅い。
いったん地面へと着地、直後に上空へ飛翔。胴体を駆け抜けて、頭部へ。
いける。まずは試しに一撃――
「…………あ?」
ぐん、と。
どうしてか地面に引っ張られている気がして、構えていた姿勢が崩れていく。
「ねぷてぬ! 変身! 変身して!」
……何、言ってんだ?
変身して、って俺は……さっきまで、変身して……。
「
なんて。
ピーシェの言葉の意味に気づいた時には。
既に振りぬかれた足が目の前に迫っていて――
「あ」
暗転。
しばらくして、飛び散った意識が、なんとかぼんやりと戻ってくる。
気づけば俺は、刈り取られたビルの屋上で空を仰いでいた。
……どれくらい気絶してた? 一瞬? それとも五分?
「あ、起きた! 起きたよ、みんな!」
焦ったような大ネプの声が、頭にがんがんと響いてくる。
「……何時間?」
「一分も経ってねーよ。むしろ、なんで死んでねえんだお前」
なら、よかった。寝てる間に全滅なんて、考え得る限りで最悪のパターンだし。
『黒い私! よかった、無事だったのね!』
「なんとか。そっちは?」
『なにも。だってこいつ、面倒だもん』
『つまんないよ! 近づいたら、ねぷてぬみたいに変身、解けちゃうもん!』
……どういうこと?
『シェアエネルギーの供給が阻害されてるの。原因、そっちは分かる?』
「なんとも言えねーな。大方、アナザーエネルギーが関係してそうだけどよ」
「どちらにしろ、様子見しつつ解決法を考えるしかないよ」
『それまで私たちで耐えないといけないってことね……』
パープルハートの声には、既に疲れが見えていた。それもそうだ。
まさか、こんなことになるなんて思いもしなかったもん。
『それにこいつ、少しずつだけど動いてるわよ』
「動いてる? どこに?」
『えーと、ここからだと……教会? かな?』
……全部ぶっ壊すって、そういうことかよ。
「やらせない」
「ちょっと、ダメだよ! まだ傷が完全に回復してるわけじゃ……」
でも、ここで黙って見てる訳にもいかないよ!
もう少しなんだ。あと少し、あいつさえ倒せば、全部終わるんだから!
守らないと。何が何でも、何を賭しても、ネプテューヌの夢を。
「だから、待ってって!」
「でも!」
「もう少しで、みんなが来るから!」
みんな、って。
「おい、今の会話でバレたぞ! お前、盾! 盾早くしろ!」
「え?」
クロワールの慌てるような声に、思わずマジェコンヌの方へと視線を向ける。
一瞬の光が見えた。そして轟音と共に、熱波が襲ってくる。
紫色の光線。それも、俺たち三人なんて、簡単に消し炭にできるほどの、大きさの。
具体的に言うと、民家一軒分くらいかな。すごいデカい。
………………。
「お前、アレ受け止めろって言ってんのか!?」
「やれよ早く!」
「無茶言うなよ! 避けろ避けろ! 飛び降りるしかねえだろ!」
なんてわちゃわちゃ言ってるうちに、レーザーはほとんど正面までやってきていて。
……間に合わない。盾の展開も、回避も、何も。
「あ、うわ、ちょっ、ちょっと待っ――」
そして。
聞こえたのは、俺の体が消し飛ぶ音でも、構えた盾がそれを受け止める音でもなく。
オーロラを超えて、俺の肩越しに構えられた、M.P.B.Lの音だった。
「M.P.B.L、最大出力!」
紫の光が、視界を埋め尽くす。
「いっけええええ!」
轟音。放たれたその光は向かい来る黒い光を打ち破り、霧散させていく。
光が雪の様になって舞い落ちる。その輝きを背負いながら、くるりと俺の方へ振り向いたのは。
「なんとか間に合いましたね!」
「ネプギア!」
呼ぶと、彼女は遠慮がちな、でも心強い笑みを浮かべてくれた。
「……思い出しましたよ、ぜんぶ」
「そっか」
「その……ごめんなさい。知らなかったとはいえ、私、黒いお姉ちゃんにあんなこと……」
いい。いいんだよ。むしろ、それが正しいんだ。
ネプギアは何も悪くない。悪いのは全部、マジェコンヌなんだから。
謝るくらいなら、一緒にあいつをブッ飛ばしてくれた方が、俺は嬉しいよ。
「……はい! 分かりました!」
さて。
「他の皆は?」
「当然! ほら!」
そうして彼女が示した先には、マジェコンヌを取り囲むように生み出されたオーロラがあって。
『おい、なんだよコイツ! こんなデカブツ見たことねーぞ!?』
『そもそも近接するのも難しいですし……これじゃあ埒が明きませんわ』
『ユニ、そっちはどう?』
『ダメよ、全然効いてないわ! こいつ、何したらダメージ通るのよ……!』
『魔法もぜんぜん効いてないし! なんなのよー、もう!』
『……っ、ラムちゃん! あぶない!』
ロムが手を引いた瞬間、ラムの頬を光線が掠る。
みんな、来てくれたんだ。全部、元に戻った。
……でも。
『依然として、状況が良くなったってわけじゃないみたいね』
『でもぉ、足取りは少し遅くなった気がするわよ?』
確かに、完全に止まってる。さすがにあの人数を無視はできないか。
『ねぷてぬ、何かないの!?』
何か、ってそんなこと言われても。
あんな奴と戦う方法なんて、あるわけないよ。
。
近づいたらシェアエネルギーが阻害される。ダメージもまともに通らない。
そもそも俺は、あんな奴と戦ったことなんて――。
「あ」
……ある。
「あんのかよ!?」
いや、違う。
正しくはその、この世界での話じゃなくて。
「何でもいいよ! それで、勝てるの!?」
勝てるっちゃそりゃ、勝てるだろうけど。
でも、その方法がない。そもそも、この次元には
だから、どうしたって無理なんだよ。試しようがないんだ。
それこそ、別の次元から喚べるってなら話は別だけど……
『できますわよ』
心の中から、そんな声が返ってきた。
「……どういうこと?」
『だって、ここにはあなたがいますもの』
『覚えてないの? あなたを呼んだのは誰か』
『そしてここにはその神格が揃ってる。後はもう、おわかりですわよね?』
……ああ、そうか。それなら話は早い。
「行ってくる」
「い、行ってくるって……どこへ?」
どこ、って。
「空へ」
ここで呼んでも、また狙われるかもしれないし。できるだけ安全な場所でやりたいから。
ネプテューヌたちも足止めしてくれてるみたいだし、やるなら今しかない。
それに何より。
喚ぶならやっぱり、空からじゃないと。
「おい、それってどういう意味――」
クロワールの声を置き去りにして、翼を展開。地面を強く蹴って、空へと舞い上がる。
もっと、もっとだ。マジェコンヌにも感知されないよう、高く。
いつの間にか雲を突き抜けて、見渡す限りの青空の世界へ。
そこにはただ一つ、オレンジ色をした太陽が輝いていて。
「……お願い」
透明なシェアクリスタルを両手で握って、力をそこへ集中させる。
かちゃ、と何かの鍵が開く音。体の奥底から、不思議なエネルギーが湧いてくる。
そして――。
「来てっ!」
オレンジ色の光と共に、彼女が姿を表した。
「うぉああああああ!? なんだなんだ!? 何がどうなってんだ!?」
あー、えっと、なんだ。
まずは、その……いきなりでごめんね?
「誰だお前!? つーか、マジでどうなってんだこれ!? おい!」
俺が喚んだんだ。力を貸してほしくて。
君しかいない。君にしか、頼めないことだったから。
「よく分かんねえけど、俺が必要ってことか!?」
首肯する。すると彼女は、白い歯を見せながら、快く笑ってくれて。
「いいぜ! いくらでも力になってやる!」
……ごめんね。
君にはもう、二度と戦ってほしくなかった。平穏に生きてほしかった。
それなのに俺は、また君に戦ってほしい、って思ってる。
「気にすんなよ、そんなこと!」
え?
「助けを求める声が聞こえたら、俺は必ずそこへ駆けつける! それが俺のやり方だ!」
……そうか。
やっぱり君も、女神なんだ。
「なんだそれ……って、見えてきた! アレか!」
そう。君も見覚えはあるはず。もしかすると、もう勝ってるかもしれないけど。
「なるほど、確かに俺じゃないと厳しいかもな! アレを相手にするのは!」
……頼んだよ! プラネテューヌを守るために!
「おうよ! でも一ついいか?」
「……なに?」
「どうしてこんなところで呼んだんだよお前!」
えー。
「ダメだった?」
「ダメじゃねえけどよ! もっと他にあったろ!」
「君を呼ぶなら、
「どうしてそんな結論になるんだよ!」
どうして、って、そりゃ。
「君が、プラネテューヌの女神だからだよ」
「なんだそれ! 意味分かんねえっての!」
だって君は、かつてのプラネテューヌの女神。
想いをカタチにする、とある世界の救世主。
「うおりゃあぁああああっ!」
「ちょっ……今度は何!? 新手!?」
「勘弁してよ! これ以上なんて相手してられないわよ!」
「苦しいですが、ここは二手に分かれて……」
「あー! あのひと、なんか手に持ってる! あれって……」
「……シェアクリスタル?」
それに、なんてったって。
プラネテューヌの女神は――
「天王星うずめ! ここに参上っ!」
――いつでも、空からやってくる!
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