■
「天王星……うずめ?」
空から降り立ったその少女に、ネプテューヌがぽつりと呟いた。
天王星うずめ。又の名を、女神オレンジハート。
……英語名もそのまんまだから、あだ名とかないよなあ。
というより、彼女だけ普通に苗字と名前だし。
あ、でも教祖のみんなもそうか。イストワールは違うけど。
……昔はそれが普通で、教祖とかはそうした風習を継いでるとか?
本編でもあんま言及なかったから、細かい所はよく分からない。
なんてことを考えていると、きょろきょろとあたりを見回していたうずめが、ふと。
「こいつら、誰だ?」
……あれ。
「知らないの?」
「おう、全員新顔だな。どういうメンツだ?」
……彼女たちは、今代の守護女神。
君がこの大陸から去った後に興った、人々を守る存在だよ。
「あー……えっと、つまり?」
つまり、君の後輩ってこと。
「おお、なるほど! じゃあ先輩としていいトコ見せねえとな!」
ぱしん、と手を叩いてうずめがにかりと白い歯を見せる。
……というより、このうずめは
ダークメガミには見覚えがあるみたいだから、本編終了時だとは思うけど。
でも、だったらネプテューヌ達のことは知ってるはずだし。
うーん。
「おい、何ボーっとしてんだお前!」
「うお」
腕を引く強い力と、うずめのそんな掛け声で思考から戻される。
次の瞬間、俺の目の前を巨大な拳が通り過ぎて行った。
「危ねえな! もう少しで潰されるとこだったぞ!」
「ごめんごめん、ちょっと考え事を」
「しっかりしてくれよ……」
そうやって呆れられつつも、手頃なビルの屋上へ下ろされる。
五階か六階建てのビルだった。それでも、ダークメガミの膝にすら及ばない。
明らかに本編よりも大きいよなあ、アイツ。
「なーに、心配すんな。俺ならやれる」
本当に?
「ああ。何より、俺ならできるって信じてくれたから、お前は俺を呼んでくれたんだろ?」
……ああ、そうだ。そうだったよ。
君なら力になってくれる。だから、呼んだんだ。
俺が気弱になってどうする。しっかりしろよ。
頬をぱんぱんと叩くと、遠くからブラックハートの声が聞こえてきて。
「ちょっと黒いの! その変なの、結局味方なの!?」
「おーう、バッチリ味方だぜ後輩たちよ! 俺が来たからには安心しろよな!」
「……いきなり現れて先輩ヅラしてますけど、本当にどなたですの?」
「知るか! とにかく、先輩だったら何とかしてくれよ!」
とのことですが。
「任せとけ! ちゃんとついて来いよ、お前ら!」
気持ちの良いほどの答えと同時、うずめがビルから飛び降りる。
「変身っ!」
高らかな叫びと共に、自由落下する彼女の体が、オレンジの光に包まれた。
太陽が地上に現れたかのような、強い輝きだった。やがて光は彼女の体に纏わるように収束していき、プロセッサユニットへと姿を変える。それは夕焼けの景色を閉じ込めたかのような、茜の装甲。そして、背負う翼は夜明けのように煌めく、東雲に染まっている。
沈む夕陽と昇る朝陽、その二つを体に宿した太古の女神。
それが――
「オレンジハート、ここに参上っ!」
ぱちんとウインクを決めてから、顔の横にピースサイン。
ただ、その決めポーズを遮るように、ダークメガミの拳が飛んでくる。
「ふふん、力比べだね? 負けないよー!」
ぶんぶんと腕を振って、大きく勢いをつけてから、オレンジハートが拳を放つ。
轟音。空気が震え、遠く離れたここまで衝撃波が飛んでくる。
小細工無しの正面衝突。身の丈の何倍もある拳と、彼女の小さな拳の鬩ぎ合い。
でも、こういうやり方の方がやっぱり、うずめらしい。
「でりゃあああぁぁあああっ!」
拳を振り切り、オレンジハートが叫ぶ。
その瞬間、ダークメガミの巨躯が後方へと
大地が削れ、ビル群をいくつかなぎ倒して、ようやく止まる。半身は崩れ落ちたビルの中に埋められていて、すぐに動き出すような様子もなかった。
その顛末を見届けたオレンジハートが、ふふん、と胸を張って、
「これでどう?」
自慢げなその呟きに、返ってくる言葉はなかった。
「あれれ? みんな、どうしちゃったの?」
「……あなた、何者なの?」
「だーかーら、言ってるでしょ? 私はオレンジハート! プラネテューヌの女神だよ!」
「はぁ? また増えたわけ?」
じろり、とブラックハートが俺の事を睨んでくる。
だ、だってしょうがないじゃん……状況が状況なんだし……。
「どうすんだよ、これ。今はいいけど、後々になって収拾つかねーだろ」
「いっそのこと、一人くらいこちらに回してくれても構いませんのよ? ネプギアちゃんでもプルルートちゃんでも、黒ネプちゃんでも私はぜんぜん構いませんけど……」
「……後でいいでしょ、そういう話は」
若干の苛つきを含めた口調で、パープルハートが会話を終わらせる。
そうだぞ。今ラスボス戦なんだし。さすがに真面目にやらないと。
……ちょっと待って? 俺がリーンボックスに行くこと、否定されてなくない?
俺、嫌だよ? だって向こう行っても着せ替え人形になる未来しかないし。
ネプテューヌ? ねえ? おい、聴いてんのか?
「あなたが一番切り替えできてないじゃない!」
「だって……」
「だってじゃないでしょ! 今のことだけ考えなさい!」
……まあ、そっか。
俺がこの後どうなるかなんて、考えても意味のないことだ。
だから今は、マジェコンヌを倒す事だけに集中しなきゃ。
「おはなしは終わった?」
あ、すいません。はい、大丈夫です、はい。
「ええ。いつでもいけるわ」
「よーし、じゃあさっさと終わらせちゃおっか!」
ふわりと上空へ舞い上がると、オレンジハートが左手の小さな盾を構える。
シェアエネルギーの収束が感じ取れた。段々と勢いを増していくそれは、やがて目に見えるくらいの濃度になっていって、淡いオレンジ色の輝きを放ち始める。
ダークメガミが動き出すのは、同時だった。すぐに体勢を立て直したそれは、その巨体からは考えられないようなスピードでこちらへと向かってくる。
正直、まだ動きが早くなることに驚いた。でも、オレンジハートを脅威と見なした証拠。つまり、彼女ならダークメガミをなんとかできる。
再びダークメガミが接近、宙に浮かぶオレンジハートへ拳を、先程よりも早い速度で振り抜く。
けど、もう遅い。
「シェアリングフィールド、展開!」
暗転。内蔵が持ち上げられるような浮遊感と共に、世界が宇宙色に塗り替えられる。
――シェアリングフィールド。
シェアエネルギーを媒介として生成される、固有結界。展開には膨大なエネルギーが必要になるけど、その分オレンジハートをはじめとした女神たちに協力無比な力を与え、且つ相手を弱体化させる、ダークメガミへの切り札。
本編もこれがないと、ダークメガミは倒せなかったっけ。
実際、フィールドが展開されてから調子が良い。四肢を巡るエネルギーもより強く感じられるようになったし、体もどこか軽くなった。
これなら。
「うわわわわ!? ちょっと、なにこれぇー!?」
……え?
「ネプテューヌ?」
「あ、黒い方の私! ごめん、助けてくれる!?」
すぐさま落ちていく彼女の方へ向かって、手を掴む。
宙づりになったまま、互いにふぅ、安堵の息。
そっか、大ネプも巻き込まれてたのか。危ない危ない。
近くの浮いている足場まで飛んで、そこに彼女を降ろす。
「どうなってるの、これ……」
「……あの女神が作った異空間。これなら有利に戦える」
「そりゃまた、とんでもねーヤツ連れてきたな、お前」
あ、クロワール視点でもけっこう評価高いんだ、うずめ。
でもよく考えたらそうか。こういうことができる人、他にいないもんね。
やっぱりうずめって結構特殊なんだ。現実改変能力とかあるしなあ。
歴代の女神の中でもかなり格上だよね、彼女。
下手したらプルルートより上なのかも。
「誰が私より上ですって?」
「うお」
急に出てくるなよ! びっくりするだろ!
「でも、そうねえ……あの子、私よりも強そうだから。いろいろと楽しめそうだわあ……」
「ぴいも! あの子とあそんでみたい!」
「戦闘狂ども……」
なんでネプテューヌも他の女神も、変身すると好戦的になるんだろ。
……まあでも、ちょっとうずめと手合わせしたい気持ちもある。どれくらいの強さなのかなー、とか。どの程度俺の力が通用するのかな、とか。気になるし。
いやでも、その程度だから。みんなとは違うから。
……ふう。
「そういえば、二人はどうしてここに?」
「あの子から頼まれたのよ。ねぷちゃんを見つけてきて、って」
「俺を?」
どういうことだろう。何かやらかしたかな、俺。
「あ、おーい! ねぷてぬ見つけてきたよー!」
ぶんぶんと手を振るイエローハートの視線の先には、こちらへ向かってくるオレンジハートと、パープルハートの姿。二人ともふわりと俺の前に舞い降りると、オレンジハートから先に口を開いた。
「時間もないから、簡単にいくよ? まず、アレはこの子と君の二人じゃないと絶対に倒せない」
「どうして分かるの?」
「それは先輩のカン! ……ってわけじゃないんだけど、いま戦ってる子たちもその二人も含めて、他のみんなにはダークメガミを倒せる力がないんだ。感覚というか、そのためのエネルギー? がないっていうか、そんな感じ」
……なんだそりゃ。知らなかったぞ、そんなの。
「覚えてない? 私たちも今までそうだったじゃない」
「でも、今まではみんなが――」
言いかけたところで、ようやくその真意に気づく。
グリーンハートを倒したのは、同じグリーンハート。
ホワイトハートを倒したのは、同じホワイトハート。
ブラックハートを倒したのは、同じブラックハート。
……ああ、そうか。そうだったよ。
やっぱり、夢は自分の手で夢として終わらせなくちゃいけない。
だったら、
「分かってくれた? 私の言ってる意味」
オレンジハートは最初から、それを見据えてたのかな。
分からない。でも、きっとそうなんだと思う。
「みんなには、足止めをしてもらってるの」
「でも、時間はそこまでないからね。違う次元のせいなのか、シェアリングフィールドもだんだん
パープルハートの背後では、ダークメガミを中心とした戦いが繰り広げられている最中だった。膠着と言うほどでもないし、俺たちの介入がなくても勝てそうだけど、決定打には至らない感じ。
きっと、その欠けたピースが俺たちなんだ。
「……これが最後よ」
うん、そうだね。これが本当の最終決戦だ。
何が何でも終わらせる。プラネテューヌを取り戻すんだ。
……ああ、でも。
これが最後って言うのは、間違いかもね。
「……え?」
行こう。
「よーっし! みんな、とつげきーっ!」
オレンジハートの掛け声と共に、両足で大地を蹴った。
彼我との距離はそれほど遠くない。けど、向こうは俺たちの接近には気づいてないみたい。
流れ弾を躱しつつ、ダークメガミの上空へと回り込む。オレンジハートが指示を出してくれているのか、みんなできるだけ多方向から攻撃してくれていて、奴も思うように動けないみたい。
ネプテューヌと並ぶ。そして互いに頷き合って、急降下。
狙う場所は――
「胸だよ! きっとそこに、本体もいるはず!」
オレンジハートの声に従って、ネプテューヌと同じ太刀を握る。
そのままタイミングを合わせて、腕を振りかぶる。
斬りつける直前でダークメガミが気づかれた。
眉間にエネルギーが収束していく。たぶん、迎撃行動。
けど、もう遅い!
「おりゃあ!」
「たああっ!」
斬撃が交錯する。手応えも確かにあった。
けど――
「っ、硬い!」
傷はついたけど、それだけ。本体にダメージが通っていない。
多分、分厚いガラス玉みたいな構造なんだ。本体というよりは、ダークメガミが動くエネルギーがあそこに収納されていて、そのエネルギーが同時に防壁の役割も担ってる、ってところ。
でも、あそこが重要な部分なのは確実。そこさえ落とせれば、だな。
初撃でそこまでは把握できた。問題はその構造をどうやって打破するかだ。
考えろ。次の一手を早く――
「あぶねえッ!」
ホワイトハートの声を受けて、直上へ回避行動。
次の瞬間、ダークメガミの振り抜いた腕が俺の真下を過ぎ去っていった。
安堵するのも束の間、奴の体から無数のレーザーが飛んでくる。
すぐさま体を回転。なんとか被弾は避けたけど、運がいいだけ。
急いで体制を立て直そうとして、視界に影ができていることに気づく。
見上げたその先には、ダークメガミの背負う翼がこちらへ迫ってきていて。
「あ」
やべ、間に合わ――
「そお、れっ!」
ばしゅん、と。
紫の稲妻が、暗闇に迸る。
開けた視界に映ったのは、宇宙色に輝く空と。
俺の事を見下ろす、アイリスハートの姿だった。
「だいじょうぶ?」
「……ありがと」
なんて、俺の言葉をかき消したのは、ダークメガミの咆哮で。
それはおそらく、片翼が切り落とされた苦悶によるものだった。
「斬っ……たの?」
「だってえ、鬱陶しかったんだもん」
面倒くさそうな呟きに、何も返せなかった。
一体どこまで滅茶苦茶なんだ。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、を地で行くなよ。
「また来るわよ、ねぷちゃん!」
アイリスハートと同時に後方へ飛翔、迫る拳をすんでのところで躱す。
ずお、と空気が震える音。びりびりとした衝撃が肌に伝わってくる。
……こいつ、まだ早くなってる?
「どんだけ暴れるつもりだよ、こいつ! これじゃ埒が明かねえぞ!」
「大丈夫です! お姉ちゃんたちが、なんとかしてくれるはず……」
「それなら早くしてくださいませんこと!? こっちの体力ももちませんわよ!」
まずい、結構限界近いんだ、みんな。
早く打開策を考えないと。ええと、どこまで分かったんだっけ!?
……ダークメガミの原動力は、マジェコンヌのものと同じ。
だったら、アナザーエネルギーを動力にしてるはず。
さっき攻撃が弾かれたのも、高濃度のアナザーエネルギーが本体を守っている可能性が高い。
それじゃあ、アナザーエネルギーはどうやれば消滅させられる?
……考えてみれば、アナザーエネルギーを消滅させたこと、なくないか?
ベールの時も、ブランとノワールの時も、俺がぜんぶ吸収した。
その理屈で言うなら、さっきの一撃でアナザーエネルギーは吸収できたはず。
でも、できなかった。つまり、今までと何かが違った。
考えろ。何が足りない? どうすれば――
「あ」
――ネプテューヌ!
「何!? 何か分かったの!?」
「いいから、こっち来て! 早く!」
こっちからも向かおうとするけど、ダークメガミが行く手を遮った。
「このっ……!」
皆の攻撃を防ぐより、阻害を優先してきた。
多分こいつも勘づいてるんだろうな。俺だけを確実に止めようとしてる。
攻撃は回避できてる。でも、頻度が尋常じゃない。避けるので精一杯。
さっきまでは皆に分散してたヘイトが、一気にこっちに向いてるんだ。
どうするか、と思考した瞬間、ダークメガミの全身に光が収束するのが見えた。
「うお」
放たれたのは、無数の光弾だった。
無差別の範囲攻撃。幸い、弾速があるお陰で避けれはするけど。
このままじゃ、いつまで経ってもネプテューヌと合流できないぞ。
行く手をどんどん遮られる。逃げ道を、逃げ道を探して――
「あ」
駄目だ。封じ込められた。一瞬、完全に俺の動きが止まった。
それでよかったんだ。向こうからすれば、一瞬でも十分隙になる。
回避は手遅れ。奴の拳がすぐ目の前まで迫っている。
体が強張る。盾の展開も間に合わない。
まずい、このままじゃ――
「やらせない!」
「ねぷてぬ!」
激突の瞬間、イエローハートとオレンジハートが俺の前に割り込んだ。
「いくよ、合わせて!」
「うん、センパイ!」
そして、二人がそれぞれの拳を大きく振りかぶる。
「たりゃあぁぁあっ!」
「はああぁああああ!」
ずどん、と。
雷鳴にも似た轟音と共に、ダークメガミが遥か彼方へと吹き飛ばされた。
そりゃもう、ずっと遠くまで。ぽかんと呆けられる余裕ができるくらいには。
……徒手空拳コンビ、えげつないな。ほんとに。
「やった! センパイ、すごいすごい!」
「君もなかなかセンスあるねー! うんうん、いい後輩に恵まれたなあ、私!」
めっちゃ増長してるじゃん。そんなに先輩ポジション気に入ったんか。
「とにかく、時間ができたから今のうちに!」
ああ、そうだ。ええと。
とりあえず右腕に盾を生成して、それをそのまま取り外す。
あれ? このまま接続モードにできるんだっけ?
なんて思考したらすぐに、盾が中央からがしゃん、と割れて鞘みたいになる。
……よし。
「ネプテューヌ」
首肯した彼女が、俺の盾に太刀を繋げる。
……足りないのは俺の盾だ。
この接続システム、何気なく使ってたけど、アナザーエネルギーへの特攻なんだ。
他の三人の時も、盾を介した攻撃が決め手になってる。
微量だったり、そもそも本体じゃない奴は、俺一人で吸収できた。
けど、今みたいに本体を倒す時にはやっぱり、盾が必要になってくる。
それぞれの武器と繋がって、別の武器になるのもそういう意味なんだと思う。
だから。
「今度こそ、一緒に」
「ええ」
この二つが一つになれば、あるいは。
「おおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!」
震えあがるような咆哮。向こうも、これで決めるつもりだ。
まあ、俺を倒せば終わりだしな。でも、それはこっちも同じ。
……ああ、そうだ。終わらせよう。
お前の夢も、俺の物語も、全て!
「行くわよ!」
「うん!」
共に握った刀を構え、飛翔。同時に再び、無数の光弾が雨のように飛来する。
回避は難しくなかった。というより、タイミングも方向も、全くネプテューヌと一緒だった。
……偽物。ネプテューヌを模った、紛い物。
でも、そうじゃなきゃ俺はここにいない。ネプテューヌの隣にいない。
この物語を、終わらせられない。
「上ッ!」
「分かってる!」
放たれた巨大なレーザーを直上へ回避、そのまま同時に剣を真上へ構える。
いつもなら黒色で生成される刃が、今だけは眩い紫の輝きを放っていた。
……いける! これなら!
「うおおぉぉぉおおおお!」
「はあああぁぁああああ!」
その名も――
『ツインクロス・ネプテューヌ!』
――そして。
■
「…………あれ?」
突如として失われた浮遊感に、ピーシェがそんな言葉を漏らす。
そこは、プラネテューヌの遥か上空だった。
「なにこれ……どう、なって……!」
ふと背後を振り返ると、そこには宇宙色をした球体が浮かんでいる。
ただ、それはだんだんと収束していっているようにも見えた。いきなり現れたあの先輩女神の話から察するに、どうやらあれ自体があの奇妙な異空間、ということらしい。
「……終わったの?」
返答はなく、ただ風を切る音が返ってくるのみ。
「っ、ねぷてぬ! ねぷてぬは!?」
記憶があるのは、ふたりのネプテューヌが一撃を入れたところまで。
そこから先は、眩い光によって視認できず、気が付けば自由落下を始めていた。
衝撃波で投げ出されたのか、あるいはあの先輩女神によって放り出されたのか。
真意は謎のままだが、ピーシェはそこで初めて、自分の現状に気が付いた。
「だめっ、まずは変身……!」
目を瞑り、いつものようにシェアエネルギーを巡らせる。
しかし、そこから光が放たれることは、なかった。
「……うそ、なんで?」
呟いたのも束の間、ピーシェが再びあの宇宙色の球体へと振り返る。
「まさか、ぜんぶ使っちゃったってこと!?」
話によれば、あれは莫大なシェアエネルギーを消費することによって生成された異空間。
中にいたから分かるが、殆どシェアエネルギーで埋め尽くされているような感覚だった。
それこそ、一国のシェアエネルギーがまるまる、あの空間に詰め込まれたかのように。
「そんな、どうすれば……」
「あ~、あれだよ~! お~い、おねえちゃ~ん!」
「なるほど、お前が黄色いのか! なるほど、確かに黄色いもんな!」
「その声……プルルート、それに……!」
安堵の息を吐くと共に、声のする方へと振り返る。
そこにはピーシェと同様、絶賛落下中のうずめとプルルートの姿があった。
「なんであんたも落ちてんの!?」
「いやー、まさかここまで使うとは思わなくてさ。張り切りすぎたみてえだな」
「張り切りすぎにも限度があるでしょ! どうすんのよこれ!」
「どうしようね~」
「そうだなあ……なんかこう、ギャグ時空っぽくして生き延びるか。ほら、あの髪の形まで地面に穴が空く奴。アレだったら最悪、全身打撲程度で済みそうだしな」
「それ言った時点で無理でしょ!」
「じゃあ~、とりさんにつかまえてもらう、ってのはどう~?」
「いや無理! 大体、鳥なんてどこにも……」
「あれ~? じゃああそこにいるの、とりさんじゃないの~?」
「あん?」
プルルートの言葉に、二人が同時に空を見上げる。
「いました! ピーシェさんとプルルートさん、それにうずめさんも!」
「……ネプギア!」
ブラックシスターの肩に掴まりながら、ネプギアが叫ぶ。
どうやら、変身が解けたのはプラネテューヌの女神のみらしい。
「お姉ちゃん! 皆さん、お願い!」
「ああもう、どうしてプラネテューヌの女神って迷惑しかかけないのよ!」
「いつものことだろ!」
「では、私はプルルートちゃんを!」
真っ先に飛んできたグリーンハートが、プルルートの体を抱える。
「ほら、あんたも! 後輩に迷惑かけてんじゃないわよ!」
「サンキュー! 助かったぜ!」
悪態を吐きながらも、ブラックハートがうずめの腕を掴む。
「ピーシェ!」
伸ばしたピーシェの手を、ホワイトハートがしっかりと握った。
間もなくして減速したのち、ピーシェがゆっくりと地面へ足を付ける。どうやら、割とギリギリで助けられたらしい。思わず力が抜けて、へたりと地面へ倒れ込む。そんな彼女の様子を見て、ホワイトハートがもう一度、彼女の手を引いた。
「おい、しっかりしろよ」
「……ありがと」
「気にすんな。お前にはいろいろ貸しがあるからな」
「え? それって、どういう……」
「こっちの話だ。忘れてるんなら、それでもいい」
彼女の物言いに疑問符を浮かべているうち、うずめとプルルート、それにネプギアたちも同じところへ降りてくる。顔ぶれと様子を見るに、なんとか全員無傷で地上に降りられたらしい。
ほっとするのも束の間、何かに気づいたようにブラックハートが首を傾げて、
「あれ? 大きい方のネプテューヌは?」
「ここにいるよ!」
待ってました、と言わんばかりに、崩れた瓦礫の裏からネプテューヌが姿を表した。
「おおきいねぷちゃ~、ぶじだったんだね~」
「私にはクロちゃんがいるからね! よっぽどのことがない限りへっちゃらだよ!」
「別にお前だけ置いてきてもよかったんだぜ?」
「ウソウソ! ごめんねクロちゃん、ほんと助かったよ~!」
両手を合わせてネプテューヌが頭を下げるが、クロワールは明後日の方を向いたまま。
一瞬だけ和らいだ空気も束の間、すぐに強張ってゆく。
「……お姉ちゃんは?」
「ねぷてぬ! ねぷてぬは!?」
重なったその声に、うずめが空へと指を立てて。
「まだ、あの中だ」
二人が見上げた先では、宇宙色の球体が未だに収縮を続けていた。
■
次で最終話になります。