虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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End 『プラネテューヌの女神』

 

 宇宙色の空間を、ゆっくりと落ちていく。

 平衡感覚は残っていた。かろうじて残っていた小さな足場を見つけ、そこにふわりと着地。

 立ち上がって周囲を見回すと、そこで初めて、水を打ったような静寂に襲われた。

 

 ……いったい、あれからどれくらいの時間が経ったんだろう?

 瞬きにも満たない短い時間かもしれないし、何千、何万年に達する長い時間かもしれない。

 マジェコンヌを倒したと思ったら、光が溢れ出して、それから……

 それからのことは、よく覚えていない。記憶がすっぽり、抜け落ちている。

 いつの間にか変身も解けていた。きっと、あの一撃で全てを使い果たしたんだ。

 そう考えると、途端にとてつもない無気力感に襲われて、そのまま地面に座り込んだ。

 

「ふぅ」

 

 終わっているということは、既に理解していた。この静寂が、何よりの証拠だった。

 これで、俺の役割(ロール)も終わる。ようやくこの物語は完成する。

 ……ネプテューヌは、どうしてるんだろう?

 それだけが唯一の気がかりだった。彼女が無事でなかったら、何の意味もないから。

 でもきっと大丈夫。ネプテューヌなら、もうここから脱出してるはず。

 孤独を感じさせる静寂が、そんな安心をくれた。

 

「……消えるのかな、俺」

 

 前々から覚悟はできていた。でも、いざその瞬間になると、やっぱりちょっとだけ、怖い。

 あんなにカッコつけておいて情けないけど、それでも、ちょっと。

 いや、そんなの分かり切ってたことだろ。元より俺は、消えるべき存在なんだから。

 残りたいだなんて。みんなともっと一緒にいたかった、なんて。

 ……やめろ。

 

「やめろ!」

 

 ――全身から力が抜けていく。震えていた手のひらが、落ち着きを取り戻す。

 気づけば、ぼんやりと空を眺めていた。青と紫の奔流が入り乱れる、宇宙色の空。

 綺麗だった。星々の瞬きこそないけれど、全てを包み込んでくれるような、柔らかな光。

 ……ああ、そうだ。どこかで見たことあると思ったら、ネプテューヌが変身する時の光だ。

 プラネテューヌのシェア、ってことなのかな。それだったら、納得がいく。

 だってこんなにも綺麗で、あたたかくて、優しい感じがするんだから。

 それなら、ここで消えるのも悪くない。

 ネプテューヌが、プラネテューヌのみんなが見守ってくれるのなら、俺は――

 

「……あれ?」

 

 一筋の煌めき。紫の流星が、ずっと遠くで瞬いた。

 ……星なんてなかった、よね? だったら、あれは?

 なんて疑問を浮かべているうちに、その流星はだんだんとこっちへ迫ってくる。

 そして。

 

「やっと、見つけた……!」

 

 ――プラネテューヌの女神は、いつでも宇宙(そら)からやってくる。

 

「どう、して」

 

 俺の目の前に舞い降りたパープルハートに、初めて口にした言葉は、それだった。

 一瞬だけ彼女がすごく悲しい顔をしたけど、すぐに何かに気づいたように、くすりと笑う。

 

「助けに来てほしくなかった?」

 

 もちろんそうに決まってる。このままだと、ネプテューヌも危険だ。

 だから早く、みんなのところに戻ってあげて。俺の事はもういいから。

 

「やっぱり、あの時の私と同じね」

「……あの時?」

「ええ。あなたには来てほしくなかった。そうすれば、全て上手くいくと思ってたもの」

 

 ああ、マジェコンヌから助けた時のことを言ってるのか。

 そりゃそうだ。だって俺は、もうほとんどネプテューヌなんだから。

 考えや行動、立ち振る舞いまでそっくりそのまま、全て真似できるようになった。

 実際、ネプテューヌがいない間も、俺がネプテューヌに成り代われたんだから。

 変な話、どちらが本物かなんてもう、誰にも分からないんじゃないかな。

 でも、そんなヤツがいたら気味が悪いでしょ?

 だから俺はここに残る。それが一番、綺麗な終わり方なんだよ。

 

「それでも、私はあなたを助けるわ。あなたが私にしてくれたように」

 

 ……そうやって言うことも、分かってたよ。

 

「だったら、観念して私と一緒に来なさい。それで全て終わるんだから」

「終わる? 何が?」

「マジェコンヌも倒した。そして私もあなたも残ってる。あなたの帰りを待つ人もいる。だから、私があなたを連れて、みんなのところへ帰る……これ以上の終わりが、どこにあるっていうの?」

 

 違う。

 

「まだ、終わりじゃない」

 

 ベールの時もそうだった。ブランの時も、ノワールの時も。

 それなのに、俺だけが違うなんて、そんなこと許されるはずがない。

 忌々しい夢はまだ続いている。けど、ようやくそこから醒める時が来た。

 

「これが、最後だよ」

 

 立ち上がり、右手に剣と、左手に盾をそれぞれ作り出す。

 接続。鞘となった盾がエネルギーを纏い、漆黒の刃が空を切った。

 

「そんな……」

 

 別に、知らなかったわけじゃないだろ。だから、そんな悲しい顔しないでくれよ。

 

「……どうにか、ならないの?」

「ならない」

 

 たとえ女神であっても、これだけは覆せない。夢を見続けることなんて、許されない。

 これは、そういう物語だ。そしてネプテューヌ、君はその主人公なんだから。

 

「君が終わらせないといけないんだ」

 

 それでようやく、みんなが幸せになれる結末が訪れるんだから。

 

「……認めない」

「え?」

「こんな結末、私は絶対に認めない」

 

 言い放つと同時、ネプテューヌが剣を取る。

 

「私が望んでるのは、みんなが幸せになれる結末よ」

「そんなの、俺も同じさ。いつだってそれを望んでる。今でもそうだ。だから……」

「……違う」

 

 違う? どうして?

 

「あなたの望む結末に、あなたはいない」

「そりゃそうさ。俺が生きていたら、いつまでもハッピーエンドは迎えられない」

「私の望みは、あなたが笑っている結末なの」

 

 ……そんなの、最低のバッドエンドだろ。

 いい加減、諦めてよ。これ以外の終わりなんてない。俺が救われるエンドなんて、ないんだよ。

 それこそ世界がひっくり返るような、とんでもない奇跡でも起こらないと――

 

「起きるわ、きっと」

「……どうしてそう思うの?」

「だって私は、プラネテューヌの女神だから」

 

 ああ、もう。

 これからどちらかが倒れるまで、戦い続けなきゃいけないのに。

 いっぱい傷つけ合って、したくもない別れをしなきゃいけないのに。

 なのになんで君は、そんな希望に満ち溢れた、眩しい顔ができるんだよ。

 

「……なら、起こしてみなよ」

 

 剣を構える。それと同時に全身へ力が戻っていく。

 理由は分からない。けれど、これが最後なんだと理解できた。

 体が作り変えられる感触。視点が高くなって、背中には六枚の翼を。

 そうか。この姿で、アナザーハートとして消えるのが、俺の最後の役割(ロール)か。

 だったらそう振る舞おう。この物語がそういう筋書きなら、俺はそれに従おう。

 その先の結末のために。ネプテューヌ達が迎える、ハッピーエンドのために。

 

「俺の名は、アナザーハート」

 

 それは虚構の中より産まれた、存在しないはずのもの。

 物語を彷徨い続ける、忌々しい夢の残骸。

 そして。

 

「君が倒すべき、最後の敵だ」

 

 ――夢から醒めよう、ネプテューヌ。

 

 

 鏡映しになった剣戟が、金属音を鳴らしていく。

 一撃目は右肩からの袈裟。弾かれた二撃目は少し角度を変えた水平斬り。

 衝撃を利用して互いに間合いを取って、三撃目の突きが同時に放たれる。

 激突。寸分の互いもなく、互いに握った剣の切っ先が衝突した。

 同じように体勢が崩れる。そしてまた同じように、その隙をついて追撃。

 交差する刀身を挟んで、ネプテューヌと向き合った。

 

「……同じね」

「うん」

 

 だって、俺はネプテューヌの偽物なんだから。

 動きの模倣なんて、もう自然にできる。思考もほとんど一緒。

 ……きっと、マジェコンヌを倒したあの一撃で、混ざり合ったんだと思う。

 

「勝ち目はないよ」

「それはあなたも同じじゃないの?」

「かもね」

 

 でも、それはこのままだったら、の話だ。

 

「っ!?」

 

 何かに勘づいたパープルハートが、鍔迫り合いの姿勢を解いて回避。

 直後、地面から放たれたグリーンハートの槍が、虚空を貫いた。

 ……ほんと、そういう所は鋭いよな。

 

「俺にはコレがある」

 

 剣の構えを解いて、エネルギーを翼の方へと巡らせる。

 放たれた光は収束し、四人の女神を俺の周囲へと顕現させた。

 疑似神格召喚。俺にあって、ネプテューヌにないものは、それだ。

 

「でもこうやって手下に攻撃させるの、悪役っぽいですわよ」

「愚策ってところですわね」

「というより、一人じゃ勝てないって認めていいのかしら」

「なっさけないわねえ」

 

 ええいうるさい! いちいち一言残さないといけないルールでもあんのかお前ら!

 

「いいから行ってこい!」

 

 俺の叫びと同時に神格たちが飛び立って、パープルハートを囲む。

 これで五対一。さすがのネプテューヌでも、かなり厳しくなるはず。

 けれど彼女は周囲を舞う女神たちを一瞥すると、呆れたように目を伏せる。

 

「……この程度の力で、私に敵うと思ったの?」

 

 言葉が終わるよりも早く、中ベールと小ベールの二人が向かっていく。

 それに続くように背後からホワイトハート、その真上からブラックハートが剣を振り下ろす。

 三方向からの同時攻撃。これなら、あるいは――

 

「邪魔っ!」

 

 衝突の瞬間、振り抜いたパープルハートの一太刀が、四人の女神を薙ぎ払った。

 咄嗟に右腕へ展開した盾を、正面に構える。その裏で、グリーンハートの槍を左手に生成。

 直後、剣戟の衝撃波が体を襲う。びりびりと肌が小刻みに震える感覚。

 ――やっぱ、ダメか。

 そもそも、本物の女神が三人がかりでようやく倒せる相手なんだ。

 あいつらがマトモにやりあって敵うわけがない。

 でも、一瞬だけ隙は出来た。それで充分。

 

「な……っ!」

 

 弓へと可変させた盾に槍を番え、それを引き絞って、放つ。

 飛んでいく槍は途中で無数に分裂し、拡散しながらパープルハートを襲う。

 回避されるのは予測済み。何度か後方に跳躍する彼女に向って、地面を蹴った。

 

「おらぁっ!」

 

 虚空より生成したホワイトハートの斧に、宙に放った盾を変形させながら接続。

 巨大な鎌の刃が、地面を抉る。避けられた。この場合は――上!

 

「はああぁあっ!」

 

 振り下ろされた刃を、斧の柄で防ぐ。

 衝突の瞬間、俺たちを中心に地面が割れ、その断片が宙へと浮かび上がった。

 

「……あんなこと言ってたわりに、負けたくなさそうね、あなた!」

「負けても死ねないからな! ネプテューヌならそれくらい朝飯前だろ!?」

「よく分かってるじゃない、っ!」

 

 だから、負けられない。負けることは許されない。

 ネプテューヌにそれ以上の本気を出させるか、俺が勝つ以外、道はないんだ。

 だから。

 

「おおおぉぉおおおおっ!」

 

 翼からアナザーエネルギーを放出、

 

 そのまま後退するネプテューヌへ、接続解除した斧を投げつける。

 彼女は瓦礫に身を隠すことでそれ回避。その直後、回転する斧が瓦礫を粉々に砕く

 ……いない? いったい、どこに――

 

「そこっ!」

 

 背後から迫る風を切る音に、一瞬だけ遅れてしまう。

 振り向いた先に居たのは、こちらへ剣を構えながら向かってくるパープルハート。

 そのままの勢いで放たれた突きは、間一髪で俺の頬を掠め、空を穿つ。

 あぶない、なんとか躱し――

 

「っ!?」

 

 ぐらり、と視界が揺れる。その後で、頭の中に鈍い音が響き渡る。

 ――まずい、峰打ち!?

 

「終わりよ!」

 

 ふらついた俺の体に、ネプテューヌが再び剣を振り下ろす。

 肩に直撃。全身の力が抜けていき、地面へ膝をつく。

 なんとかして次……いや、駄目だ、もう立てない。このままじゃ……

 

「観念しなさい。もう勝負はついたの」

 

 そうやって、ネプテューヌが俺の前に座り込んで、肩を抱く。

 

「頑張った方よ。正直、ここまで保つとは思わなかったもの」

「……何様のつもり、だよ」

「女神様よ。それだけ反発できる元気があるなら、大丈夫みたいね」

 

 腕を持ち上げられて、そのまま無理やり立たされる。

 

「……やっぱり、起きたでしょ?」

「なに、が……」

「奇跡よ。あなたに勝って、二人でみんなのところに帰る。ね?」

 

 ……違うよ。ネプテューヌ。

 これは必然だ。奇跡でもなんでもない。

 

「え?」

 

 首を傾げた彼女の腹部に、こつん、と左拳をつける。

 同時に左腕へ盾を展開、更にパープルハートの太刀を生成、そのまま接続。

 

「な――」

 

 続けようとしたネプテューヌの声は、溢れ出す光によってかき消されていく。

 零距離でのアナザーエネルギーの放出。今の俺にできるのは、これくらいしかない。

 だから、この一撃に全てを賭ける。俺の中に残っているアナザーエネルギーを、全て!

 

「――――っ、は!」

 

 底を尽きたのはすぐだった。おそらく二秒も保ってない。

 指先すらも動かすことができず、そのまま地面に真正面から倒れ込む。

 霞む視界に見えたのは、直線状に抉れた地面と、その先でうずくまる一人の影で。

 

「はぁ……っ、げほ……! うっ……」

 

 ……まだ、倒れてないのか。今までで一番、火力は出たはずなんだけど、な。

 でも、変身は解けてる。それならまだ、俺の方に分が……

 

「っ……」

 

 ああ、そうか。俺の変身も解けたのか。

 さっき、俺の中のアナザーエネルギーは使い果たしたんだ。そりゃ、そうか。

 ……いや、今しかない。ネプテューヌがダウンしてる、今しか。

 動け。立ち上がれ。

 這いずってでも、彼女の傍へ!

 

「はぁ、っ……!」

 

 痛みはなかった。全身の感覚も。それはまるで、夢の中にいるような感触で。

 転がった剣を手に取り、一歩ずつネプテューヌの元へと歩いて行く。

 彼女の方も、なんとか立ち上がろうとしているところだった。

 

「……まいったな。あんな隠し技があるなんて、思ってなかったよ」

 

 笑みには余裕がなかった。彼女もギリギリなんだろう。

 後に下がることもできないようだった。背後には終わりの見えない宇宙が広がっている。

 でも、得物はしっかり握っていた。瞳の中にもまだ光は残ってる。

 ……それでいい。

 

「でも、君は私を倒せない」

「どうして、そう思う?」

「だってそれは、君が望んでいることじゃないから」

 

 ああ、そうだ。そんなこと一切望んじゃいない。

 

「でも、仕方ないよ」

「……え?」

「ここまできたら、道は一つしかないんだ」

 

 ゆっくりと、剣を振り上げる。

 

「俺ももう、限界なんだよ。このままじゃ、俺もいずれ消える」

「……まさか」

 

 掲げた剣は、その自重で落ちていく。でも、それで十分だった。

 気づいたネプテューヌが剣を構えるけど、もう遅い。

 

「これで、終わり!」

「……っ!」

 

 ――――そして。

 

「あ……」

 

 からん、と。

 俺の握っていた剣は、そんな無機質な音を立てて、地面へ落ちる。

 ……うまく、いったの、かな。もう、考えることすらもままならない、けど。

 視線をゆっくりと下ろすと、彼女の剣は深くしっかりと、俺の腹を貫いていた。

 

「どう、して……」

 

 どうして、って今更、そんなこと。

 最初から言ってたじゃん。この道しか、ないって。

 

「そんな……駄目! 駄目だよ! こんなのって……私は望んでないのに!」

 

 そうだ。ネプテューヌはこんなこと望まないって、俺は知ってる。

 だからこれは、俺の望み。俺の結末。彷徨を続けた、夢の末路なんだ。

 これでようやく解放される。俺の最後の役割(ロール)が、果たされる。

 

「ありがとう」

「……え?」

「楽しかったよ。ネプテューヌと、みんなと出会えて、よかった」

 

 思い残すことは、何もない。後に遺すことも、伝えることも。

 終わり、かな。俺という存在が、ネプテューヌの紡いだ物語が、終わる。

 ――虚構の中より産まれ、虚構の中へ消えていく。

 

「いやだ……! これで君とさよならなんて、いやだよっ!」

 

 もう、夢見は終わり。みんな、君が起きるのを待ってる。

 ……さあ。

 

「目を醒まして、ネプテューヌ」

 

 とん、と。

 彼女の胸へ手を触れる。

 

「……ぁ」

 

 遠く、深く、宇宙の中へ落ちていく。

 彼女の残した涙が、星みたいに宇宙の中で煌めいて、やがて消えた。

 

 ……終わりなんだ。これで。

 俺の物語が、長きに渡る虚構の彷徨が、終わりを迎える。

 

 ああ、そうだ。

 これでようやく、眠れるよ。

 

 

「――いました、あそこ!」

 

 ネプギアの放った叫びに、ピーシェとプルルートが同時に空を仰ぐ。

 

「ねぷてぬ……? いや、違う、あれってどっち!?」

「どっちにしても、すごくとおいよ~!」

「ああもう! しっかり掴まってろよ!」

「ユニちゃん、私も!」

「分かってる!」

 

 同時に飛び立った黒い女神たちが、空へ軌跡を残す。

 彼我の距離は未だ遠い。おおよその目測でも、間に合うかどうかの寸前である。

 

「もっとスピード出せないの!?」

「これが限界よ! 文句言うならあんたが飛びなさいよ!」

「ユニちゃんは!?」

「アタシも、もう限界……!」

 

 言葉を交わすうちにも、ネプテューヌの影はどんどん地面へ近づいていく。

 間に合わないということが、そこで理解できた。あと少し。ほんの一寸だけでも。

 ネプギアとピーシェの表情が、緊張の色に染まっていく。

 張り詰める緊迫の中で、ノワールが少しだけ考えて、

 

「……ユニ。あなた、()()()()?」

「え? いや、それはできるけど……でも、そんなことしたら」

「この状況じゃ、それしかないでしょ!」

 

 ノワールの叫び声に、ネプギアとピーシェも同時に彼女を見上げた。

 

「あなたたちもタダじゃ済まないかもしれないけど、覚悟しときなさいよ!」

「ねぷてぬが助かるんだったら、なんでもするよ!」

「お姉ちゃんのためなら、どんなことでも!」

「よし! じゃあ行くわよ、ユニ!」

「あーっ、もう! どうなっても知らないからね、二人とも!」

 

 互いに頷き、ノワールとユニが同時に手を離す。

 

「――ねぷてぬっ!」

「――お姉ちゃんっ!」

 

 ずどん、という腹に響くような衝撃。

 舞い上がった土煙の後には、二人に抱えられたネプテューヌの姿があった。

 そして、ネプギアとピーシェの視線が向かう先は、頭の上の脳波コントローラで。

 

「……白い」

 

 震えた声で、ピーシェがそう呟いた。

 

「……あ、れ?」

 

 それに応えるように、ネプテューヌがゆっくりと瞼を開く。

 

「お姉、ちゃん?」

 

 問いかけはネプギアのものだった。うっすらと開いた瞳が、彼女の泣きそうな顔を映す。

 

「ネプギア……」

「お姉ちゃん! お姉ちゃん、無事だったんだ! よかった!」

 

 抱擁の中、ネプテューヌが傍に立つもう一人の人影へと目を向ける。

 そこにいたのは、打ちひしがれるように立ち竦むピーシェだった。

 

「よかった……」

 

 口元に笑みを浮かべながら、ピーシェもそう告げる。

 けれど、その瞳の奥には昏い影が残っていた。

 二人の間で、奇妙な沈黙が流れる。次第に、彼女の浮かべていた笑みも消えた。

 静寂の中でネプギアがようやく顔を上げ、そこで初めて彼女も沈黙の意味を知った。

 やがて。

 

「ねぷてぬは?」

 

 重たい口を開き、ピーシェが問いかける。

 その後ろに広がる空はいつも通り、突き抜けるような青さを示している。

 

「……ごめん」

「そんな」

「助けられなかった……」

 

 言葉はそれだけだった。ネプギアも、ネプテューヌも、沈黙を貫くのみ。

 

「ねぷ、てぬ」

 

 一粒の涙が、ピーシェの頬を伝う。

 

 

「ねぷてぬっ!」

 

 その叫びは、もう誰にも届くことは――

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 声、が。

 

 声が、聞こえる。

 俺を呼ぶ声なのか? 誰かが俺の事を呼んでる?

 そんなはずはない。俺はもう、終わった存在なんだから。

 俺を呼んでくれる奴なんか、もうこの物語には誰も……。

 

 いや、ちょっと待て。

 今、こうやって考えてる俺は、何だ?

 俺の役割(ロール)は終わったはず。だったら、消えるんじゃないのか?

 確かにネプテューヌに腹を刺された。それが、俺の望んだ結末だから。

 でも、こんなことは望んでない。残り続けるなんて、そんなの。

 

 ……明るい、な。

 まるで、太陽の下で寝ているみたいだ。暖かさがすごく気持ちいい。

 それに頭の下に何か、柔らかいものが……なんだろ、これ。

 いい匂いもする。太陽の柔らかい匂いと、これは……。

 ……ネプ、テューヌ?

 

「ネプテューヌ!」

 

 瞼が開く。その瞬間、太陽の白い輝きが視界を埋め尽くす。

 その明るさに思わず目が眩む。けれど、確かにその明るさは感じられた。

 ……生き、てる。

 

「おはよう。いい夢、見れた?」

 

 そうやって声をかけてきたのは、逆さまになって俺の顔を覗き込む、ネプテューヌだった。

 

「ここ、は……」

「さあな。テキトーに運んできたから、どこかも分かんねーよ」

 

 ギリギリだったんだよ? なんてネプテューヌの声も、どこか遠くに聞こえていて。

 ただ俺は、自分の手のひらをじっと見つめることしかできなかった。

 ……どういう、こと? どうして俺が生きてるの?

 だって俺はネプテューヌに刺されて、みんなと同じような終わりを迎えたはずなのに。

 でも、生きてる。俺はまだ、ここにいる。

 

「奇跡……」

「かもな」

 

 俺の呟きに答えたのは、うずめだった。

 

「危なかったんだぜ? 生きるか死ぬかの五分五分、ってところだったからな」

「……俺が生きてるのは、どうして?」

「だから、それが奇跡だって」

 

 理屈も理論も、何も説明してくれない。きっと、うずめすらも分からないんだろう。

 ……でも、奇跡ってそういうものか。

 

「私たちも、そろそろ行こっか?」

「もうここに残っても、あんまりおもしれーもんも見れなさそうだしな」

 

 なんて二人の会話に、振り返る。

 

「行っちゃうの?」

「うん。だって、私は旅人だから」

 

 ……そっか。

 

「おめーもそこそこ面白かったぜ。ま、結局は何にも起こんなかったけどよ」

 

 そこそこって……それに、何かを起こすつもりもなかったし。失礼なやつめ。

 でも、それがクロワールなりの別れの言葉なのかな。だったら、少しだけ嬉しい。

 

「じゃあね。私も楽しかったよ」

 

 その言葉と共に、クロワールが次元の扉を開く。

 …………。

 

「待って!」

「え?」

 

 こんなところで引き留めるなんて、すごく情けないけど、それでも。

 どうしてもネプテューヌに、その名前を持つ君に聴きたくて。

 

「……これから、どうすればいいの?」

 

 役割は終えた。物語も、俺の望むものではないけど、結末を迎えた。

 だったら、次は? これから俺は、何を成せばいいの?

 問いかけに、ネプテューヌは少しだけ考える素振りを見せてから、

 

「どんな物語にも必ず、終わりはある」

 

 ……うん。

 

「でも、どんな物語にも必ず、始まりもあるんだよ」

 

 始まり?

 

「確かに君の物語は終わったよ。今の君は何者でもない。でもね、今の君なら何者にもなれる! ラスボスでも、サブキャラでも――主人公にだって、なれるんだ!」

 

 だから、と。

 

「君の物語は、ここから始まる」

 

 笑顔と共にそんな言葉を残して、ネプテューヌが消えていく。

 後に残ったのは、俺とうずめだけ。ぽすん、と地面に腰を下ろすと、彼女も俺の隣に座る。

 ……始まり、か。

 今まで終わることしか考えていなかった。終わりが来れば、それでよかった。

 思えば俺は、誰かに与えられた役割(ロール)しか果たしてこなかった。

 けれど、今は違う。ネプテューヌの言った通り、俺は何者にもなれるんだ。

 そうやって考えると、少しだけ救われたような、満たされたような気持ちになった。

 

「で? 結局、どうすんだよ」

 

 うずめの問いかけに、俺は。

 

 

「探しに行くよ。俺の果たすべき役割(ロール)を」

 

 

 きっとそれが、この物語の始まりなんだ。

 

 




ごめんね。
もう少しだけ、続くんだ。
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