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▽ _ トゥルーエンド・プレイヤー
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時間というのは、いつだって残酷だ。
別れを告げられなかった。手を繋ぐことも、涙を流すことさえ許されなかった。
感傷に浸る暇などない。喜びも悲しみも、思い出までもが過ぎ去ってゆく。
それが色褪せることはないけれど、もう二度と新しく彩られることもなかった。
完結してしまった物語に、新たな一節を綴れないのと同じだ。
もう誰も筆を執ることはない。彼女の物語はそこで終わったのだから――
「――さん、ピーシェさん!」
強く呼びかけるイストワールの声に、ピーシェがはたと我に返る。
「あ、うん……」
「どうされたんですか、さっきからボーっとして。どこか体調でも悪いんですか?」
「いや、そうじゃなくって……ええと」
何と答えたものか。そう言葉を探していると、遠慮がちに手を引かれる。
振り向いた視線の先には、心配そうにこちらを見上げるプルルートの姿があった。
「おねえちゃん、だいじょうぶ~?」
自責の念が募る。頭を掻きむしりたくなる衝動を、ぐっと堪えた。
過去に思いを馳せても意味がないことなど、とっくの昔に理解している。
ただ、そうだとしても忘れられるはずがない。偲ぶことを止められない。
震えていた手は、いつしか落ち着きを取り戻す。
その手でピーシェは、プルルートのことを優しく撫でながら、
「ありがと、プルルート。もう大丈夫だから」
掠れ切った笑みに、プルルートはただ頷くことしかできなかった。
「では、もう一度お話しますね?」
首肯。イストワールの言葉へと耳を傾ける。
「ゲイムギョウ界の各地に残留したアナザーエネルギーですが、その殆どは既に回収が完了しています。ラステイション、ルウィー、またリーンボックスの三国からも報告は上がっているので、このままのペースであれば来月には全ての工程が完了するでしょう」
「でも~、このままじゃいけないんだよね~?」
「はい。初期の方にピーシェさんが行ってくれたアナザーエネルギーの調査結果と、今回の回収作業の結果を比較しているのですが、どうしてもその量が合わないみたいで」
困りましたね、なんて頬に手を当てるイストワールに、ピーシェがすぐに口を開けた。
「別に、あれからいろいろあったでしょ? 偽物もいっぱい出てきたし、そのせいじゃない?」
「その線も考えたのですが、どうやら違うみたいです」
「っていうと?」
「各国別に見たアナザーエネルギーの調査結果と回収結果は、ほとんど変わっていないんですよ。つまり、このプラネテューヌだけ調査結果と回収結果にズレが生じています」
イストワールの言葉に、ピーシェが思考を巡らせる。
「……プラネテューヌの誰かが、勝手にアナザーエネルギーを回収してる?」
「その可能性が非常に高いです」
始めに浮かんだのは、疑問だった。
「どうして、そんなことするんだろうね~?」
「分かりません。こちらに協力しているのか、あるいは何かに利用するつもりなのか……」
「あのネズミは? マジェコンヌと繋がってたから、エネルギーの使い方も分かるはず」
「ワレチューさんは現在こちらの管理下にあります。アイエフさんとコンパさんの報告からしても、彼が行動している線は薄いでしょう」
やはり外部の何物かによる行動と仮定したほうがいいらしい。
そこで、と一度、イストワールが言葉を区切って、
「まだ、回収作業が完了してない区域がプラネテューヌにあるのはご存知ですよね?」
「マジェコンヌと最後に戦った場所だっけ? 確か、修復作業の方を優先したって……」
「もうほとんど、もとどおりだよ~」
「避難していた住民もほぼ全員、居住できるくらいには復興が進んでいます。だからお二人には、その周辺のアナザーエネルギーの回収をお願いしようとしていたのですが……」
「そいつの手がかりも見つけろ、ってこと?」
「話が早くて助かります」
ただ、ピーシェはどうも、首を縦に振ることはできなかった。
「そういうことなら、ネプの方が適任でしょ。私より強いんだから」
「ネプテューヌさんには周囲の警戒に当たってもらいます。万が一の場合も想定して」
「だから、その万が一が起きる前に、ネプに行ってもらった方がいいんじゃないの、って」
言葉の端々には苛立ちが感じ取れる。隣のプルルートも、どこか沈んだ表情のまま。
けれど、その理由をイストワールが知らないわけではなかった。
「あそこは、あなた達が生まれ育った場所ですよね?」
驚いたように、二人が同時に顔を上げる。
「……どこまで、しってたの~?」
「出身だけですよ。ですから、あなた達の両親は存じ上げていません」
「なるほどね。土地勘のある方が使える、って思ったの?」
「使う、とまでは言いません。あなた達に任せるべきだと私が判断しました。それに」
すると、どこからかイストワールが小さなメモを取り出して。
「お二人のお知り合いから、連絡を預かっています」
「お知り合い?」
「はい。アイエフさんが事前調査を行った際に、情報を提供してくれたそうで。なんでも、今回のことに協力してくれるらしいですよ」
互いに顔を見合わせるが、思い当たる人物はいない。
疑問を抱えたままピーシェがイストワールからメモを受け取ると、そこには喫茶店の店名らしきものが綴られていた。どうやら、待ち合わせ場所ということらしい。
「お二人の事情は分かります。ですが、事情も事情ですから」
「……いいよ。また面倒なことになるのはゴメンだし。行こう、プルルート」
「うん~……」
憤りは既に通り越していた。呆れにも似た錆びついた感情が、ピーシェの心にはあった。
どうせ、過去に拘っても仕方がない。さっき気づいたばかりじゃないか。
だから今は、せめて女神としての役割を果たそう。そうでなければ――
「ピーシェさん」
唐突に引き留められて、ゆっくりと彼女が振り返る。
「その、こんなことを言うのもなんですが……あまり、無理はしないでくださいね」
「無理って、そんな」
「先程も何か考え事をしていたようですし。その、私たちでよければ力になりますから」
「……何か、ってわけじゃないけど。ただ」
そうしてピーシェは、窓の向こうの青空を見上げながら、
「あれからもう、一年なんだなって」
もう一人のプラネテューヌの女神は、未だに降りてこなかった。
□
「おねえちゃん~、これってほんとにいるの~?」
小さな花束を抱えながら、プルルートが疲れたような声をあげる。
「一応ね。何もしないってのも変でしょ?」
「ぜったいに、いらないとおもうんだけど~……」
「こら、そんなこと言っちゃダメだよ。ほら、早く行こう?」
そうやってピーシェが背中を押すけれど、彼女は頬を膨らせたまま。
認めたくないのだろう。彼女が居なくなってしまったこと。もう二度と、戻ってはこないこと。それを受け入れたくないのだ。受け入れてしまえば、そこで何もかも終わってしまうのだから。
ただ、その気持ちはピーシェも同じだった。
「……私だって、こんなことしたくないよ」
握りしめた花束に目を落としながら、小さくピーシェが呟いた。
やがて二人が辿り着いたのは、小さな路地裏の入り口だった。先日に降った雨がまだ乾いていないような、影の深い寂れた小道。濁った水溜まりに映る影を見ながら、プルルートがうええ、なんて情けない声を上げる。
「こんなところ、いきたくないよ~」
「私もだよ。でも、行かないと」
「うう~……じめじめしてて、きもちわるい~」
ぱしゃ、と水溜まりを強く踏みつけて、ピーシェが奥へと進んでいく。
こんな所へ入りたくないのは、ピーシェも同じだった。
本来ならばもっと華々しいところで、きちんとしたものを建ててやりたかった。
空の見える静かな場所で、安らかに過ごせるようにしてやりたかった。
だが、それを公にすることはできない。人々を混乱させないために。
おかしな話だが、きっと本人が生きていても、そうすることを望んだだろう。
であれば、それに従うしかない。そうすることが、せめてもの彼女への報いであると。
ピーシェが考えを付けた、その時だった。
「……あ」
「わぷっ!」
唐突に足を止めるピーシェの背に、プルルートが顔を埋める。
「ちょっと~、おねえちゃん~! なんでこんなところで……」
「あら、プルルートちゃん」
聞こえてきたその声に、プルルートがひょこ、と顔を出す。
その先に立っていたのは声の主のベールと、同じように並ぶノワールとブランの三人だった。
「みんな、来たんだ」
「ええ。ちょうど一年だから」
答えながら、ブランが足元へと目を落とす。
視線の先にあるのは小さな墓標と、そこに添えられた花束だった。
それを一瞥して、溜息を吐きながらノワールが続ける。
「あの子も大概よね。何も言わずいなくなっちゃうなんて」
「でも、黒ネプちゃんらしいといえばそうかもしれませんわ」
「いちいち言葉が足りないのよ、彼女は」
会話というよりは、言葉を並べているだけのように聞こえた。
浮かべていた静かな笑みも、やがて続かなくなった言葉と共に消える。
痛々しくて見ていられなかった。花束を握る力が、強くなる。
「そういえば、ネプテューヌは?」
ブランの問いかけに、ピーシェは首を横に振った。
「まだ来てない。来るって話も、ない」
「……また? それは忙しいから? それとも……」
「どうせ面倒だからでしょ。ほんっと、あの子ったら」
「そうだったら、まだマシなのですけど」
ベールの言葉に、ピーシェが視線を逸らす。
上手く答えることができなかった。彼女が今、どういう感情なのか。心に何を抱えているのか。
いつも通り浮かべるあの笑顔の裏には、いったい何が蠢いているのか。
分からない。それはこの場にいる三人も、おそらくネプギアにさえも理解できないのだろう。
唯一、それを理解できるであろう彼女は、もうここにはいない。
「……私たちは、そろそろ行きますわ」
「そうね」
短く言葉を残し、ベールとノワールがその場を後にする。
「ネプテューヌに、よろしく伝えておいて」
「うん」
「それと、あなた達も頑張ってね。何かあれば、私たちが力になるから」
「……ありがと」
小さくピーシェが答えると、ブランは微笑みを浮かべていた。
やがて彼女も去ってゆき、路地裏に残ったのはプルルートとピーシェの二人だけ。
「私たちも、お供えしよっか?」
「……うん」
どこか不服そうな彼女の手を引いて、ピーシェが花束を墓標へと添える。
プルルートもしばらくすると、同じようにして花を置いた。
「これくらいしか、今の私たちにはできないからさ」
「うん」
「でも、今できることをやらないと、絶対に後悔する」
「……うん」
どんな些細なことでも、記憶に刻まなければならない。
いなくなってからでは遅い。振り返った時に何も残っていないなんて。
そんな悲しい気持ちになるのは、これ以上――
「あれ?」
沈んでいた感情が、その声によって再び浮かび上がる。
聞き覚えのある声だった。もう二度と、聴くはずのない声だった。
微かな期待を込めて、ピーシェが振り返る。
果たして薄暗い路地裏の、その影から姿を表したのは。
「……ネプ、か」
不思議そうにこちらのことを見つめる、ネプテューヌだった。
「あはは、黒い方の私だと思った?」
「……まさか」
「仕方ないよ。声も顔も同じなんだからさ」
両手を頭の後ろへ回しながら、彼女がこちらへ近づいてくる。
「知り合いとはもう会ったの?」
「ううん。先にこっちに寄ろうかな、って思って」
「ふぅん」
返事に感情はこもっていない。視線もどこか冷たいまま。
するとネプテューヌは、墓標の前に添えられた花束をおもむろに取り上げて、
「あー、やっぱりか。まだみんな、こんなことしてたんだ」
「……え」
「意味なんてないのにね。そうだぷるるん、このお花あげるよ」
淡々と語るネプテューヌに、ピーシェは固まったまま動けなかった。
感情が追い付かない。憤ればいいのか、悲しむべきなのか、それすらも判別がつかない。
ただ、異質だった。もしかすると、目の前の彼女はネプテューヌではないのかもしれない。
そんな飛躍した妄想が浮かぶほどに、ピーシェは困惑していた。
「いいの~?」
「だいじょーぶだよ。私が片付けといた、って話しておくからさ」
「やった~! じゃあ、おへやにかざる~!」
「うん、その方がいいよ。こんなところに置いておくよりは」
ほら、とネプテューヌがプルルートへ向けて、花束を差し渡す。
「ありがと~、ねぷちゃ~……」
「だめ」
受け取ろうとしたプルルートの腕を、ピーシェが遮った。
「受け取れない」
「……え?」
「受け取れないよ、そんなの」
言葉には怒りが籠っていた。それが正しいものなのかも、今のピーシェには分からないが。
「ピー子が決めることじゃないよね?」
「でも、ネプが決めることでもない」
「……そう」
「ねえ、どういうつもりなの?」
「何が」
「……分かんないよ。ネプの考えてること、なんにも」
絞り出すような、震えた声だった。今にも泣き出してしまいそうな、そんな。
その様子に彼女は少しだけ考える素振りを見せてから、はっきりと。
「奇跡は起きるよ」
「え?」
「私は女神だから。奇跡を起こす。起こして見せる。だから、こんなのはいらない」
言い放つと同時、ネプテューヌが手にしていた花束を空へ投げる。
舞い落ちる花びらの先には、こちらを睨みつけるピーシェの姿があった。
限界だった。これ以上の言葉は必要ない。交わしたところで、分かり合えるはずもない。
「行こう、プルルート」
「え?」
困惑する彼女を置いて、ピーシェが歩き出す。
来ないのならそれでもいい。互いの道はここで分かたれたという、ただそれだけのこと。
やがてプルルートは、ネプテューヌの顔とピーシェの背中を交互に見まわしてから、
「まってよ~、おねえちゃん~!」
足音が去ってゆく。静寂。取り残された孤独感が、ネプテューヌを襲う。
地面に落ちた色とりどりの花びらを踏みつけながら、墓標の前へ。
そして、建物の隙間から覗く空を見上げながら、ネプテューヌが口を開く。
「……言ったよね、君。みんなが幸せになれる結末を望んでる、って」
宇宙色に染まる世界の中で、確かに彼女はそう言っていた。
「けどさ、みんな悲しんでるよ。君がいなくなっちゃったから。幸せだって思ってる人なんか、笑顔でいるひとなんか、誰もいない。みんな……君が帰ってくることを、望んでたんだ」
そうしてしばらくの時間が経ってから、ネプテューヌがぽつりと。
「本当にこれが、君の望んだ結末なの?」
青色の空は、何も答えてくれなかった。
□
乾いたベルの音と共に、静かに扉が閉じる。
こじんまりとした雰囲気の、よく言えば落ち着いた、悪く言えば寂れた印象の喫茶店であった。立ち込める珈琲の香りは深く、それをかき分けるようにしてピーシェとプルルートが進んでいく。
カウンターに立っているのは、一人の女性だった。眩い銀の髪に黒地のスーツと、その上から水色のエプロンを羽織っている。せっせとグラスを吹いている様子は、一見すれば知的にも見えるが、どこか頼りなさそうな雰囲気も醸し出している。
そしてそれは、ピーシェにとって見知ったものでもあった。
「あれ~? レイさんだ~」
「え、あ、プルルートちゃん! それに、ピーシェちゃんも!」
そこで初めて彼女はこちらへ気づいたらしく、綻ぶような笑みを見せた。
キセイジョウ・レイ。気弱と臆病を足してそのまま擬人化したような性格をしたプラネテューヌの一般市民であり、またプルルートとピーシェの知己でもあった。
驚きと同時に様々な疑問が脳裏を過ぎる。そんなこちらの困惑などつゆ知らず、レイは慌ただしく口を動かすのだった。
「来てくださったんですね、お二人とも。来なかったらどうしようかと……」
「うん」
「いーすんにいわれたからね~」
「そうですか、それはよかった……ささ、どうぞお掛けになってください。あ、お飲み物はどうされますか? 今日は私が奢るのでご心配なく!」
「じゃあ、オレンジジュース~!」
「……私はレイさんと同じのでいいよ」
そう答えながら、二人がカウンター席へと腰を下ろす。
「覚えていてくれて嬉しいです。もう、忘れられているものかと」
「クエストの受注方法とか教えてくれたし。今でも感謝してるよ」
「レイさんがいなかったら~、わたしたちなにもできなかったもん~」
「ありがとうございます。でも、私もびっくりしたんですよ? お二人が女神になった、って聞いて。あんなに小さかったのに、今ではもうこんなに立派になって……」
「わたしは~あんまりかわってないけどね~」
「私も別に、背とかはあんまり伸びてないかな」
「そういう意味じゃなくて……何と言いますか、雰囲気が大人になった、なんて」
見違えましたね、なんて笑いながら、レイがオレンジジュースを注ぐ。
「レイさんは~、ここではたらいてるの~?」
「はい。小さいですけど、オーナーをやってるんです。まだまだ修行中ですけど」
「あれ? じゃあ、前までやってた市民団体っていうのは……」
「そこにもまだ所属してますよ。というより、ここはその集会所みたいな感じでして」
しみじみと当時を懐かしみながら、レイが語る。
悪い気分ではなかった。ある程度育ててくれた恩もあるし、二人にとって友人とも言える、数少ない人物でもある。できることなら、もう少し昔話に花を咲かせていたかった。
だが、現実はそうもいかない。彼女が運んだ珈琲を口に含んでから、ピーシェが問いかける。
「それで? 私たちに協力って、どういう意味?」
「ええと、そうですね……どこから話しましょうか」
顎に手を当てて、一度間を置いてから、彼女は再び語り始めた。
「お二人……というより、各国の女神が一年前の戦いの後から、謎のエネルギーの回収をしているのは前々から知っていました。戦闘の中心部となったこの地域が後回しにされている、ということも」
「一部の民間団体にも協力を仰いだ、って話は聞いてるけど」
「その一部には私の所属している団体も含まれていた、ということですね。そしてこの一年間、エネルギーの回収運動に協力していました。実はその時、お二人のことは何度か見かけたんですけど、話しかけるタイミングも、そもそも私のことを覚えているのかどうかも分からず……」
「いそがしかったし~、しかたないよ~」
「ありがとうございます」
深々とレイが頭を下げる。
「で、それと今回の話にどういう関係があるの?」
「実は、その運動に協力してくださるという二人の方が現れたんです」
「ふたり?」
尻尾を掴んだ。その核心が、ピーシェの中にはあった。
「なんでも、誰よりもこのエネルギーの使い方を分かってる、とおっしゃる方たちでして……最初は私たちも警戒していたんですけど、基本的には団体にも国にも協力的でした。ですが……」
「何か問題でもあったの?」
「はい。彼女たちは、集めたエネルギーは自分たちの元に集めてほしい、と言ってきたんです」
「……おねえちゃん~?」
「うん。怪しいね」
ここまで来れば後は間違いないだろう。既に肩の荷が降りたような気楽さを感じていた。
「当然、エネルギーは渡してないんだよね?」
「勿論ですよ! あんなものを国の承諾もなしにできるわけないじゃないですか!」
「じゃあ、あとはそのふたりをさがすだけだね~?」
「あ、いえ。実はそのお二人にも話をしていて、ここに来てもらう予定なんです。もちろん、ピーシェちゃんとプルルートちゃんのことは内緒です。エネルギーの引き渡しについての会議、という建前でして」
昔からこういう所は要領がよかった。逆に言えばそれ以外が、という話でもあるが。
「ありがとう、助かるよ」
「これくらいしか、今のお二人を助けることはできませんから」
「そんなことないよ~。わたしたち、レイさんにおせわになってばっかりだから~」
「だよね。むしろこっちが恩返ししたいくらいだもん」
「お二人とも……本当に大きくなりましたね……!」
うっうっ、なんて大袈裟に目元を抑える彼女に、二人が笑う。
「……あ、そろそろ時間です。おそらくもう、お店の前には……」
思い出したようレイの言葉を遮るように、乾いたベルの音が鳴り響く。
足音は二つ。それが聞こえると同時、ピーシェが店の入り口へと視線を向ける。
「しっかし、急に話なんて何なんだろうな? 俺たち、何かしたか?」
「怒られるようなことはしてない……と、思う。多分」
そうして広がるその光景に、ピーシェは目を疑った。
一人は赤い髪をした少女だった。年齢はピーシェと同じくらいで、妙に露出の多い見た目からして、勝気な性格が伺えた。そして何より、ピーシェは過去に彼女を目にしたことがあったが、この際それは問題ではなかった。それよりも大きな問題が、隣を我が物顔で歩いていた。
もう一人は、その赤髪の彼女よりも少し幼い少女だった。膝までに届く黒いコートに身を包み、よほど素肌を晒したくないのか、少し見える手や足もグローブやパンツで覆っている。全体的に黒い印象を与える少女だったが、その髪だけは明るい紫の――それこそ、
「……もしかしてエリっち、何かやらかしたのか?」
「この前、進入禁止区域にちょっと……」
「おい、嫌だぞ俺! レイさん、怒るとこえーんだからな!」
「そんなの知ってるって! でも、あれは仕方なく……」
「あ、お二人とも! こちらですよー!」
「え」
「やべ」
レイの一声に、二人がすごすごとこちらへ歩み寄ってくる。
こちらの姿はまだ見えていないようで、赤い髪の方が最初に切り出した。
「それで? 話ってなんだよ、レイさん」
「私の古い友人にお二人を紹介したくて、お時間を取らせて申し訳ありません」
「古い友人?」
そこで初めて、紫の方も赤い方もピーシェの方へと視線を向けて。
「ご紹介しますね。こちらが先程お話した、私たちの協力者の――」
「……あ、ちょっと、レイさん? いや、待って、あの」
「――天王星うずめさんと、エリスさんです!」
□
「……………………」
「……………………」
「………………いや」
「……………………」
「その……はい……」
「……………………」
沈黙。そろそろ十五分にもなろうかという、長いものだった。
主にピーシェと、紫の少女――エリスによるものだった。片方が睨みつけて、もう片方が非常に申し訳なさそうに、できれば逃げ出したいかのように目を逸らし続けている。
ピーシェの放つ気迫に圧された三人は席から離れ、立ったままその光景を見届けていた。
やがて、その空気に耐えかねたレイがカウンター越しにうずめへと小さく問いかける。
「その、エリスさんとピーシェちゃんは知り合いなんですか?」
「知り合いっつーか……元同僚、って言ったほうがいいのか」
「というより~、ふたりともめがみさまだよ~?」
「え、そうなんですか? そんなこと、エリスさんもうずめさんも一度も……」
「エリっちに内緒にしておいたほうがいい、って言われてさ」
「…………だ、そうだけど」
「はいッ」
びくっ、と肩を震わせながら、エリスが答える。
「全くその……おっしゃる通りでございます」
「なんで?」
「そっちの方が動きやすいと……思いまして……」
「動きやすい? それってどういう意味?」
「ってのは……ええと……目立たない、ってことで……」
「どうして目立たない方がよかったの?」
「いや、だからそれは……その……」
言い淀む彼女に、ピーシェは一度、大きく息を吐いてから、
「どうして、帰ってきてくれなかったの?」
重たく響くその言葉に、エリスの口が再び閉ざされる。
本来ならば喜ぶべきなのだろうが、積み重なった悲しみがそれを許してくれない。
きっと、理由が欲しかったのだろう。空白の一年を埋めるための理由が。
やがて彼女は、噤んでいた口を開くと、
「その……あんなことを言った手前、どんな顔で帰ればいいのか分からず……」
「………………」
「気づいたらその……こんなことになっちゃった。てへ」
がたっ。
「そんなっ! そんなくだらない理由で!? ふざけるのも大概にしてよ!」
「あばばばばばば」
「とっとと帰って来ればいいじゃん! まっすぐ会いに来てくれればよかったのに!」
「ちょっと! ピーシェちゃん、落ち着いて!」
「今はどこに住んでるの!? ちゃんと寝てる!? ご飯はどうしてるの!?」
「メシは大体カップ麺だな」
「うずめ、ちょっと黙っ……」
「大体、エリスってなんなのさ!? どういうつもり!? ねえ!」
「ええっと、エリスってのは冥王星よりも向こうにある惑星の名前でして……」
「そういうことを聴いてるんじゃないっ!」
叫ぶピーシェを見かねて、うずめがその肩を掴む。
「まあ落ち着けよ、後輩。誰にでもあるだろ? タイミングを見失うってのは」
「だからって、落ち着けるわけ……!」
「そうか? 妹の方はだいぶ落ち着いてるみたいだけどな」
頷くプルルートは、いつも通りのんびりとした笑みを浮かべていた。
「おはな、いらなかったでしょ~?」
「……もしかして、知ってたの?」
「ううん~? でも、ねぷちゃならかえってくるって、しんじてたから~」
その言葉に顔を上げたのは、エリスだった。
「……やっぱり、プルルートにはぜんぶお見通しか」
「どういうこと?」
「別に。ただ、ピーシェが居なくなった時と同じだな、って」
言葉の真意は終ぞ掴めなかったが、どうしてか彼女は満足そうだった。
癪に障る気持ちを抑えながら、ピーシェが再び問いかける。
「この一年間、二人は何をしてたの?」
「基本的にはレイさんの仕事を手伝ってたよ」
「俺も帰るアテがなかったしな。エリっちと一緒に行動してたぜ」
そのあたりはレイが話していた通りらしい。
「じゃあ、アナザーエネルギーを集めておきたい、ってのは?」
「単純に、他の人に渡すより俺たちの方が安全だったから。扱い方も心得てるし、何より他の人に渡して悪用されたら元も子もない。それくらいなら、俺とうずめで管理したほうがいいと思って」
「それに、一般市民を危険に晒したくない、ってのもあるな。万が一の場合でも、俺とエリっちなら大抵の敵は返り討ちにできる。な? 意外と理に適ってるだろ」
確かに、話を聞く限りでは納得できる。生半可な組織に預けるよりは数倍マシだろう。
だが、今回はそうもいかない。
「私たちが来たのは、アナザーエネルギーを秘密裏に回収している誰かを見つけるため」
「っていうと?」
「以前に調査したエネルギーの量と、現在回収済みのエネルギーの量にズレがあるの」
「……なるほど。後輩はその誰かが俺たち、って思ってるんだな?」
「それなら特に咎める必要はないし、イストワール達にも話しやすい」
「でも、そんなに上手くはいかないんだよね」
エリスの言葉に、ピーシェが視線を投げる。
「俺たちは、レイさんに相談しただけ。そうだよね?」
「はい。まだエネルギーは受け渡していませんし、その相談でお二人を呼んだので……」
「エネルギーを集め始めたのも、レイさんと合流してからだな。だから俺たちが集めたエネルギーは全部、レイさんの手元に行って、そこから国の回収量として計算されてるはずだ」
となると。
「二人の他にも、アナザーエネルギーを集めている人物がいる?」
ピーシェの呟きに、その場の全員が首を縦に振った。
そうして全員の顔を見回したあと、うずめが拳を強く合わせて、
「いよっし! そうと決まれば、とっとと捕まえるか!」
「次にどこのエネルギーを回収するとか、そういう目途はついてるの?」
「大方だけど。まだエネルギーが回収されてないから、この付近かも、って」
「じゃあ~、いくしかないね~!」
プルルートの掛け声を合図に、エリスとピーシェが立ち上がる。
「も、もう行かれるんですか? いくらなんでも、もっとこう対策とか……」
「いつ手遅れになるか分かんねえからな。それに対策なら俺とエリっちがいる」
「レイさんはいつも通り回収作業をお願い。もし何かあったら、こっちから連絡するから」
「……わかりました。みなさん、お気をつけてくださいね」
そうやって見送られながら、エリスとうずめが喫茶店の扉を開ける。
「プルルートちゃん、ピーシェちゃん」
ベルが鳴っている中、レイが意を決したように二人を引き留めて。
「な~に?」
「その、時間があったらまた、お茶でもしませんか? お二人のお話、聞きたくて」
「いいよ。これが終わったらまた、ここで」
「……はい! 私、ずっとここで待ってますから!」
満ち足りたようなレイの笑みを最後に、ピーシェが扉を閉める。
乾いたベルの音が、閑散とした店の中に響き渡り、やがて消えていった。
□
「最初はレイさんが怪しいと思ってたんだよね」
森の中を歩きながら、ふとエリスが漏らした言葉だった。
「どうして?」
「前にそういうことがあったから。でも、実際は違った。ちゃんと国に協力してたし、女神にも否定的じゃなかった。本来ならあっち側でもおかしくなかったんだけど、……ああ、そっか。クロワールがいないからか。それだけの力もなかったみたいだし、本当に今回は……」
ぶつぶつと並べられる言葉を、ピーシェが理解することはなかった。
元より彼女はそうだった。時たま、というよりそこそこの頻度でネプテューヌやイストワールにすら理解できないことを口走ることがある。思えばかなり奇妙な行動ではあったが、今となってはそれも懐かしく思える。
気づけばピーシェの口元には呆れたような、安心したような笑みが浮かんでいた。
「……どうしたの?」
「別に。前とあんまり変わってないな、って」
「何それ」
返ってきたその言葉に、エリスもおかしそうに笑う。
「でも、やっぱり俺は変わったよ」
「どこがさ」
「今の俺はネプテューヌの偽物じゃない。エリス、っていう一人の人間なんだ」
意図があまり掴めない。不思議そうにピーシェが首を傾げる。
「つまり、ピーシェが言うネプテューヌは、一年前に
「……でも、ねぷてぬは生きてるよ?」
「ううん。エリスとして生まれ変わったの」
だから、と彼女はピーシェへ指を立てて、
「俺の事はこれから、エリスって呼んでよ」
「……意味あるの? それ」
「さあね。俺もそれを探してる」
少し気取ったように、頬をにやりと吊りながら、エリスが告げた。
「じゃあ~、こんどからエリスちゃん、ってよぶね~?」
「うん、それでいいよ。プルルートはちゃんと言うこと聞いてくれて偉いな」
「だって、そうすればエリスちゃんはかえってくるんでしょ~?」
そこで、頭を撫でようとしていたエリスの手が止まる。
「……かえってきてくれないの?」
「それは……」
「みんな待ってるんだよ? ネプもネプギアも、他の国のみんなも」
「………………」
沈黙が破られたのは、しばらくの時間が経ってからだった。
「……やっぱり、このままじゃ帰れない。俺は、エリスとしての
「そんな……」
「でも、そのやるべきことが、みんなのところへ帰るってことなら、その時は――」
「――っと、良い感じのところ悪いな。見つけたぞ」
続くエリスの言葉を遮るように、うずめがこちらへ語り掛ける。
「ほんと?」
「ああ。この先に居る。まだこっちには気づいてないみたいだな」
「静かにね。逃げられないように」
「こっそり~、こっそりね~」
ゆっくりと進むプルルートに続いて、三人が足音を消しながら進んでいく。
茂みの向こうに見えたのは、一人の少女だった。灰色のパーカーを着込み、フードの端からは短く切った緑の髪が覗いている。肌はひどく青ざめていて、肩には一本のピッケルを担いでいた。
ピーシェはそのピッケルを見て、エリスはその風貌を見て確信に至る。
「あいつだ」
「そういえばいたな、あんなヤツ」
「で、どうすんだ? このまま一気に捕まえるか?」
「おはなしすれば、わたしてくれるかもよ~?」
「それはないよ。絶対」
「なんで~?」
「俺のカン」
プルルートが口を尖らせるが、それ以上の言及はしなかった。
昔から彼女の勘は当たる。ピーシェもプルルートも、それを理解していた。
「とりあえず拘束しよう。話はそれから」
「でも、どうやって……」
「こうするの」
エリスが手を翳した途端、彼女の背後に無数の槍が姿を表した。
そのまま放たれた槍は少女を囲むようにして、地面へと突き刺さっていく。
「な、ななな、なんスかこれ! おい! どうなってるんっスか!」
「……なるほど」
「行くよ。何されるか分かんないから」
ブラックハートの剣を生成しつつ、エリスが茂みをかき分ける。
「これ、あんたたちがやったんスか!? いきなりなんなんスか、ほんとに!」
「黙れ」
叫ぶ少女の首元へ、エリスが握った剣を突き付けた。
「ひえ……」
「面倒だから直接聞くけど、エネルギーを無断で集めてたの、お前だろ」
「な、何の話っスかね……?」
「とぼけるな」
冷たく言い放つと同時、首に当てた剣を静かに引いていく。
少女の青白い肌に、うっすらと赤い筋が走っていった。
「……だいぶ手荒じゃない?」
「ま、これくらいやっとかないと再犯するからな」
「いいなあ~、わたしもああいうのやりた~い」
なんて会話を交わす三人へ、少女が視線を向ける。
「プラネテューヌの女神ども……なるほど、もうバレてるってわけっスか」
「大人しく投降しろ。そうすれば危害は加えない」
「はいはい、分かったっスよ。降参、降参……」
観念したように、少女が両手を挙げて呟く。
そして、そのままゆっくりと、地面へ手のひらを付けて――
「なんて、まんまと引き下がれるわけないじゃないッスか!」
少女の叫びへ応えるように、突如として地面が大きく揺れた。
瞬時にエリスが翼を展開、そのまま後方への回避を試みる。
しかしながら、大地を割って出現した巨大な腕が、彼女の右脚へと伸びる。
視界はそこで土煙に覆われた。その向こうに見えるのは、巨大な何かの影で。
「……っ、変身!」
眩い光に包まれながら、ピーシェが上空へと舞い上がる。
煙を抜けたのは彼女が最後だった。既に変身した二人は、眼下の様子を伺っている。
「センパイ、どうなってるの!?」
「わかんないよ! 何か腕っぽいのは見えたけど……」
「じゃあ、はっきりさせましょうか」
言い合う二人を黙らせるように、アイリスハートが剣を振るう。
果たして、土煙の晴れたその先に鎮座していたのは、
「ダークメガミ……!」
一年前に打ち倒したはずの黒い巨人、その半身であった。
「エネルギーが足りなくて、頭と右腕だけしか
「……あなた、何者よ」
「そうっスねえ……マジェコンヌを継ぐ者、とかどうっスか?」
「ふざけるな!」
巨大な斧を生成したエリスが、それを大きく振るう。
手応えは殆どなかった。泥を拭うような感触で、ダークメガミの腕が落ちる。
違和感を覚えながらも、エリスが後方へと飛翔。同時に盾を生成しながら様子を伺う。
切り落とされた切断面からは、既に黒い霧による再生が始まっていた。
「……あの調子じゃ、何やってもムダだな」
「方法はないの?」
「あるにはある、けど」
返す声に、力は入っていなかった。
「とにかく、俺だけで何とかする」
「何とかって……」
「きっと、アレを何とかするのが、俺の最後の
言葉を待たずして、エリスの体が光に包まれる。
現れたのは、プラネテューヌの女神を模した、もう一人の黒き女神。
その背中に携えるのは、透色の翼ではなく、黒鉄に染まる六枚の――
「――七枚?」
腰から尾のように生える新たなその翼に、イエローハートが呟いた。
埋め込まれた結晶は、夕焼けの光を閉じ込めたかのような、紅に染まっている。
「イグニッション!」
叫びと同時、新たな翼が一瞬にして赤熱を始めた。
周囲の空気が歪み、心臓の鼓動のように熱波が放出されていく。
虚空から取り出したのは、オレンジハートのものと同じ、巨大なメガホン。
逆手に持ったそれに盾を接続すると、それはパイルバンカーへと姿を変えた。
「はああぁぁああああ!」
解放。衝撃波を放ちながら、アナザーハートが空を駆ける。
直後に轟音が鳴り響き、びりびりと肌を焼くような振動が辺りへと伝わっていった。
白煙が立ち込める。赤熱した翼が急速に冷却されたことによるものだった。
そして煙が晴れた先、広がっていた光景は――
「残念だったっスね、女神サマ」
崩れ落ちた頭部の再生を始める、ダークメガミだった。
「……ま、そりゃそうなるか」
「負け惜しみっスか? ダサいっスよ」
右腕を振り上げたダークメガミに、すぐさまエリスが体を翻す。
盾の接続を解除。メガホンを手放し、次に生成したのはイエローハートの戦爪だった。
「ほらほらほら! 次は何見せてくれるんっスか!?」
繰り出される攻撃を回避しながら、アナザーハートが盾を展開。
宙を舞う複数のパーツだった。それに混じるようにして、戦爪も彼女の周囲に浮かぶ。
そうしてアナザーハートが拳を振りかぶり、突き出そうとした、その瞬間。
空中を漂っていた盾と戦爪が彼女の右腕へと集結し、巨大な装甲へと姿を変えた。
「おらッ!」
空を駆ける衝撃が、ダークメガミの胸を貫く。
すぐさま装甲が分解し、再びアナザーハートの周囲で待機する。
それと同時にダークメガミの胸も、瞬時に再生を始めていた。
「次!」
振り抜く直前の左脚に、再び装甲が形作られる。
一閃。脚撃が大気を貫き、ダークメガミの首を切り落とした。
直後にまた、首の再生が開始。黒い霧がダークメガミの体を包む。
それを見越したアナザーハートが宙へと逆さまになって浮かび上がる。
「――最後ッ!」
ばらばらになった装甲は三度、彼女の右脚へ纏わりついてゆく。
そのまま踵落とし。虚空を走る衝撃波が、ダークメガミを大地ごと両断した。
地面に着地。パージした戦爪と盾が、そのまま消えていく。
「やっぱ三回が限度だな、これ……」
吐き捨てたエリスがすぐに真横へ跳躍。直後、振り抜かれた拳が空を切った。
ふらふらと覚束なく上昇するアナザーハートを守るように、三人が前へ出る。
それを見上げるのは、ゆっくりと再生を始めているダークメガミだった。
「もう終わりっスか? 女神サマも大したことないっスね」
「…………」
呆れたような少女の言葉に、エリスは何も答えない。
その沈黙を破るように、ダークメガミの頭部から無数のレーザーが放たれた。
「センパイ! あれ、なんとかならないの!?」
「ならないっていうか、今のうずめたちじゃ何ともできないっていうか……」
「はっきり無理って言ったらどうなの?」
「うわーん、後輩いじわる! うずめ、そんな風に育てた覚えないのに!」
「育てられた覚えもないんだけど!?」
なんて、ダークメガミの周囲を飛びながら言葉を交わす程度の余裕はあった。
だが、未だに決定打は見つからない。故に持久戦になってもこちらが不利になる。
心配そうにピーシェがエリスへと視線を投げるが、彼女は黙って目を逸らすだけ。
「手詰まりみたいっスねえ?」
こちらの意図を理解したのか、少女が口元をにやりと歪ませる。
「だったらもうあんた達に用はないっス。大人しくここでくたばるっスよ!」
「……っ!」
ダークメガミが天を仰ぐ。それと同時に、光がその頭部へと収束を始めた。
肥大化する光球は既に本体を優に超える大きさとなって、巨大な影を作り出す。
「ちょっと、アレどうするの!? あんなの喰らったらやられちゃうよ!」
「そうねえ……ここはやっぱり、先輩の意見を聞くってのはどう?」
「……気合で耐えろ!」
「ムチャいうな!」
そうやって言い合う三人の前で、エリスが盾を展開しながら翼を大きく広げた。
「……やっぱり、耐えるしかないな」
「だから、それはムチャだって!」
「俺だけの話だ」
短く答えると、エリスが周囲へとアナザーエネルギーを解き放つ。
薄い硝子のようだった。球体状となった紫の障壁が、三人を包み込む。
「俺だけって……どういうこと! ねえ!」
「……分かってるでしょ。ピーシェだって、そこまで馬鹿じゃないはずだ」
「だから、説明してよ! どうする気なの!? エリスっ!」
「説明したって、どうせ聴いてくれないだろうし」
「そんな……!」
震えるようなピーシェの声に、エリスが振り向いて。
「後は、頼んだ」
口にしたその言葉に、エリスはどこか体が軽くなるような、そんな感触を覚えていた。
言い残せた。伝えることができた。それだけで、彼女にとっては充分だった。
それが最後の役割なのだと、そうやって確信できるほどには、晴れやかな気分であった。
たとえこの身が朽ちようと、後悔はない。もう思い残すことは、本当に何も――
「この、バカっ!」
ぱりん、と。
思考を遮ったのは、イエローハートの叫びと、何かが割れるような音だった。
「あ」
「え?」
「な……!」
驚くエリスの胸倉を掴み上げながら、ピーシェが叫ぶ。
「ほんっと変わってないよね、そういうとこ! ぴぃたちが居ない一年間もそうやってたの!?」
「べ、別にそういう訳じゃ……ってか、せっかく張ったシールドなんで壊すんだよ!」
「エリスが一人になるんなら、あんなの無いほうがマシだよ!」
「お前……っ、何言ってるんだよ! このままじゃ全滅するぞ!」
「気合で耐えろってセンパイも言ってたでしょ!」
「それを無茶って言ったのがお前だろ!」
取り留めのない言い合いが交わされる。その間に、光球が肥大しているにも関わらず。
かといって介入する余地もない。珍しくオレンジハートが肩を落としながら、息を吐いた。
「みんな~……? そんなことやってる場合じゃないと思うんだけど……」
「でもいいじゃない、面白くて」
「そういう問題じゃないと思うんだけどな、先輩としては!」
少しの怒気を混ぜながら、オレンジハートが言い返す。
「……というより、君は何してるの?」
「待ってるの。きっと、あと少しだから」
「待ってる、って……いったい、何を……」
疑問に思いながら、うずめがアイリスハートと同じように空を見上げる。
そして、同じ空色の瞳に映ったのは、紫色の煌めきで。
「……流星?」
呟いた瞬間、それは機動を急激に変え、こちらへと向かってくる。
音はなかった。静寂と共に、一筋の剣閃。それはダークメガミの頭上の光球を両断した。
「は? 何っスか、これ――」
次いで轟音。吹きすさぶ衝撃波と、空気を轟かす爆音が五感を埋め尽くす。
唯一、微動だにしなかったアイリスハートの、その視線の先に佇むのは。
「――ごめんなさい、遅れたわね」
透色の翼を輝かせる、パープルハートだった。
「ネプ! やっと来た!」
「これは……ダークメガミ? 一年前に倒したはずじゃないの?」
「肩に乗ってるちっこいのがアナザーエネルギーを集めてたの!」
「……天王星、うずめ? なんであなたがここに……」
「その言葉、こっちの子にも言ってあげたら?」
「あ、やめろ! おい!」
「こっち?」
そこで彼女が、大きく目を見開いて。
「あなた……? どうして……」
「……あーもうっ! 今その話は後で! ほら、ネプテューヌ!」
手を伸ばしたその先に、エリスが盾を展開する。
言葉は要らなかった。パープルハートが握った剣を、変形した鞘へと納める。
そして二人が巨大な剣を掲げると、天上へと向かう光の柱が表れた。
「行くよ!」
「ええ!」
顔を見合わせ、互いに頷き、二人の女神が空を駆ける。
最早、止められる術はなかった。ダークメガミが咆哮を放ちながら右腕を振り上げる。
そして――
『――ツインクロス・ネプテューヌ!』
□
『とりあえず、こちらの確認作業も終わりました。いつでも帰ってきていいですよ』
「うん、わかった。ありがと」
イストワールの言葉にそう返しながら、ピーシェが端末の電源を落とす。
結局、アナザーエネルギーの回収を行っていたのは彼女で確定らしい。
その目的も単純で、ダークメガミを再現してプラネテューヌを落とそうというものだった。
ひどく突飛で嘘くさい動機ではあるが、本人が早くに諦め自白したので、そういうことらしい。
なんとも迷惑な話である。肩を落とすと、想像以上に深い溜息が出た。
「でも、今後も警戒しておいた方がいいよ。馬鹿って言うのはどこからともなく表れるからね」
「ほんとにね」
エリスの言葉に、ピーシェが冷たい視線で返す。
「ってわけで、俺たちはここで」
「は?」
「ネプテューヌも忙しいだろうから、よろしく伝えておいて」
「いや、ちょっと……」
「じゃあな、ピーシェ! ちゃんと風呂入れよ! 歯ァ磨けよ! 九時前には寝ろよ!」
「それは早すぎだと思うんだけど!」
などというピーシェの言葉も聞かず、エリスが走ってその場を後にする。
追いかけようとした彼女の真横を通り過ぎたのは、アイリスハートの蛇腹剣だった。
「おぶっ!?」
「エリスちゃん? どこ行こうとしてるのぉ?」
「なんで変身……いや、だから、外せない用事があるって……」
「そんなもの、今のエリスちゃんにはないでしょ?」
「友達いないって言いたいのかお前! それくらいの知り合いはおるわ!」
「先輩に聞いたけど、そんなものないって言ってたわよ?」
「うずめ!? お前、裏切ったな!?」
遠くから聞こえる悲痛な叫び声に、うずめが頬を掻きながら笑う。
「いやー、さすがに観念したほうがいいんじゃねえか、エリっち?」
「なッ……! どうして諦めるんだよ! 俺の知ってるうずめはそんなこと絶対に言わないぞ!」
「むしろこの一年、ねぷっちたちに見つからなかった方が奇跡じゃねーのか?」
「だから、その奇跡をこれからも起こしていこうって……」
「……カップ麺、飽きたんだよな」
「最近のおいしいヤツ多いじゃんッ!」
そういう問題ではない。思わずうずめが頭を抱える。
「クソっ……早く逃げないと、手遅れに……!」
「……ねえ」
「はひっ」
背後から優しくかけられた言葉に、エリスがびくりと肩を震わせる。
恐る恐る振り向いた先に立っていたのは、菩薩のような笑顔を浮かべるネプテューヌだった。
「あ…………」
「久しぶりだね」
「いや、その……そう、ですね……?」
慎重に反応を伺いながら、エリスがしどろもどろになって返す。
「……私の言った通りだったでしょ?」
「え?」
「君も私も生き残って、二人でここにいる。これって、奇跡じゃないのかな?」
「……は、は」
気が付けば、口から笑みが零れていた。上手く続かない、乾いたものだったけど。
仰向けになって見上げた空には、逆さまになったネプテューヌが映っていて。
そんな彼女の浮かべる笑みは、太陽のように明るかった。
「やっぱり敵わないな、ネプテューヌには」
「そりゃそうだよ。なんてったって私は、プラネテューヌの女神なんだから!」
笑い合う二人の元へ、ピーシェとプルルートが駆け付ける。
「エリスちゃん~、やっぱり帰ってくるの~?」
「エリス? 君、今はエリスって名前なの?」
「うん。みんなもそっちの方が呼びやすいでしょ」
一度、ネプテューヌの問いかけに返してから、ふむ、と考える。
「……まだ、分からない」
「分かんないって……ダークメガミも倒すのが役割、って言ってたじゃん」
「それももうたおしたから、ぜんぶおわったんじゃないの~?」
「だと思ってた。でも、まだやるべきことがあるかもしれない。それを探さないと」
「そんなの、もう決まってるじゃん」
ネプテューヌの言葉に、三人が不思議そうに視線を向ける。
「私も君も、みんなも笑えるトゥルーエンドを、一緒に迎えようよ」
ああ、そうだ。そうだった。
記憶が蘇る。来るはずのないと思っていた未来が、すぐそこまで来ている。
ハッピーエンドでも、バッドエンドでもなく。
皆で笑い合える、本当の結末が。
「……ただいま」
短く告げたその言葉に、三人が笑い合う。
そして。
『おかえり、エリス!』
□
――さて。
これにて虚構による彷徨は終焉を迎え、また新たな物語が紡がれる。
果たしてそれは新たな彷徨か、あるいは平穏で退屈な日常か。
その物語の結末を知る者は、誰もいない。
ただ一つだけ、確かなことは。
エリスの物語は、ここから始まる――
□
『虚構彷徨ネプテューヌ』 結
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