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「……なるほど。別の世界から、ですか」
小さな腕を組みながら、イストワールはそう告げた。
イストワール。プラネテューヌの教祖。いーすん。Historie。
イストワールにも二種類いるけれど、どうやらこちらは超次元の方。
つまりいつものイストワールらしい。
「まったく、ネプテューヌさんはいつも面倒ごとを持って来ますね」
「今回は違うよ? だって、あの子のほうから勝手にやってきたんだもん」
うーん、俺としても勝手にこっちへ連れてこられたもんだからな。
少なくとも確かなのは、ここにいる全員がその原因ではないということ。
それは彼女も理解しているようで、はぁ、とため息をひとつ。
それから、ふわりと宙を舞って、俺の目の前へやってきた。
「さて……では、ネプテューヌさん」
「はい! なになに?」
「そちらのネプテューヌさんではなく!」
実際紛らわしいしなぁ。うむ、どうしたものか。
……でも、この体でネプテューヌ以外の名前を名乗るのも、なんか違う気がする。
違う、気がする。
「……なら、暫定的に黒ネプテューヌさんと呼びますね」
「うっわ、ネーミングセンスひどいねいーすん」
「お姉ちゃん、そろそろやめといた方がいいよ……」
そんな会話を無視しながら、イストワールはこほんと息を吐いて。
「あなたは、このプラネテューヌに害を成す存在ですか?」
害?
そんなこと……ああ、いや。そういうことか。
つまり、まだ信用されてないわけだ。
そりゃ普通は、国の女神と瓜二つの存在がいたら警戒するに決まってるよな。
ネプテューヌとネプギアの受け入れ方がおかしかっただけで。少し考えれば分かることだ。
だったら返答としてはもちろん、そんなことあるはずないと答えるべきなんだろうけど。
普通に言っても信用してくれないよなぁ。イストワール、そういうキャラではないっぽいし。
うーん。どうするか。
……考えるだけ無駄な気がする。
ここは正直に言うしかないか。
「俺は……」
「俺?」
「あ、いや、えっと……私は……」
私、って言うの、精神的にキツいと思ったから、つい。
でもなんだか、その一人称を受け入れるのに時間はかからなかった。
「……私は、ネプテューヌ。この国の女神と同じ名を持つ存在」
「それが?」
「それだから……私は、この国に対して敵対するつもりはない。むしろ、この国を守るための力になりたい。それが、ネプテューヌという名を冠する責任なのだと思う。ここにいる意味なのだとも、思う。何もわからないけれど……これだけは、確か」
噛まずに言えた。よかった。
言葉を探しながらだから、少しおぼつかない口調だったけど、最低限のことは伝えられたはず。
なんて頭の中で反省会をしていると、三人がきょとんとした顔でこちらを見つめていた。
え、何? なんか変なこと言ったかな、俺。
「す……すごい喋ったね、黒い私」
そんな、喋らない人みたいに言われても。
いや、確かに緊張してたからあんま喋ってなかったな。
「黒い私、すっごく無口だったからさ! 何考えてるのかわかんなくて!」
「そうだよね。正直、こんなお姉ちゃんも新鮮かも」
「ちょっと二人とも、話はまだ……って、全然聞いていませんね」
うん。でもまあ、分かってくれたのかな。どうなんだろう。
「……ネプテューヌさんたちがこうした反応ならば、疑う必要はないでしょう。仮にもこの国を守る女神なのですから。もし危険な存在だったのであれば、早急にあなたと敵対するはずですから」
「ちょっといーすん、仮にもって何? 私ってば、正真正銘プラネテューヌの女神だからね?」
「あんなに仕事を溜める女神がどこにいるんですか!」
少なくともイストワールの前に二人……?
なんてくだらないことを考えていると、とにかく、とイストワールがこちらへ向き直って。
「しばらくの間はこの教会に留まってもらいます。いきなり外に出てもらって、プラネテューヌの女神が二人いる、なんてことが発覚したら国民が混乱するかもしれませんから」
「私たちも行き場のない人を勝手に追い出すほど鬼じゃないし。遠慮せずゆっくりしていってよ」
纏めると、いろいろ都合がいいから教会に置いてくれるらしい。
なんともご都合主義というか。でも理にかなってはいるのか。
「お姉ちゃんが二人ってことは……寝る場所も用意しないとだよね?」
「えー? 別にあのベッド、二人は余裕で寝れるよ? 一緒に寝ちゃえばへーきへーき」
…………。
「別々でお願いしていいですか?」
「えっ」
「ねぷっ」
考えるより先に口が動いていた。
「そ、そんな……そんなに私と一緒が嫌なんて……」
いや、嫌というかそういうわけではなく、何というか。
何か駄目な気がする。分からないけど、心の中の俺が猛烈に拒否してる。
「もう、お姉ちゃん。一人で寝たいって人もいるんだよ? だったら配慮してあげなきゃ」
「そうですよ。それに、もし寝込みを襲われたらどうするんですか」
「私に限ってそんなことはないと思うけどなぁ……」
「というわけで、部屋はネプギアさんとで用意しますから。黒ネプテューヌさんは、そこからあまり出ないようにしておいてください。むろん、教会の中だったら自由に歩き回ってもらってもいいのですが……」
……えーと?
つまり、なんだ。
思いっきり監禁されるってことか、俺。
「そういう面もありますが、国民へ説明するタイミングを見計らうためでもあります。急にこの国に女神が二人となると内部での分裂や、最悪の場合他の国との関係にも関わりかねませんからね。不満はあると思いますが……」
ああいや、それなら仕方ないよな。うん。国民のことが第一だよね。
それに、説明とか信頼を得られた後なら、好きに街を歩いてもいいってことみたいだよね?
なら、それまでの辛抱だ。待つのは嫌いじゃないし。
「あ、そういえば黒い方の私ってさ、女神化できるの?」
そろそろ退屈になってきたのか、ネプテューヌが欠伸交じりにそんなことを聞いてきた。
「確かにそうだね。私もずっと気になってたんだ」
「自分がネプテューヌだ、と言うくらいですから出来て当然だとは思いますが……そこら辺はどうなんですか? 黒ネプテューヌさん」
そ、そんな期待するような言い方をされても……困るっちゅーの。
一度やってみたけど、できなかったし。
そもそもやり方も分かんないし、出来るかどうかも分からない、って感じかなあ。
「なら実演してあげるよ! それっ、変身――」
なんて、急にネプテューヌが声を張り上げたかと思うと、視界が眩い光に包まれる。
朝日のように白いその光が張れると、果たしてそこに立っていたのは、
「――こんな感じ、かしら?」
紫の女神、パープルハート。
全身を包む黒と紫のスーツに、背中には透明の翼。
電源マークを模した、煌めく瞳が俺のことを覗いていた。
「ちょっとネプテューヌさん、いきなり変身しないでください!」
「ごめんなさい。でも、こうした方が早いと思って……」
「こうした、って言っても今のじゃあんまり分からないと思うけど……」
ほ-う、ふむふむ、なるほど。
…………。
「ふんッ」
「えっ、ちょっと黒い方のお姉ちゃん!?」
「いきなり光りましたよ!? 大丈夫ですか!?」
「いいえ、これは……」
そうそう。そうだよ。変身だよネプギア。
よく言うシェアエネルギーってのは何となく理解できた。
あとはこう……何だろうな。どっかから湧いてくるそれを集める感じ。
手の先から、全身にかけて纏わせるように。
果たして、光が晴れた後。俺の体は――。
「……あれ」
身長も声も何も変わってない。ついでに胸も。デカくなるんじゃないのか。
「変身……してないけど」
「おかしいわね、今のは確かに、シェアエネルギーの光だったはず……」
なんでだろうね。完全に俺もいけると思ってたんだけど。
そうやって、うーんと腕を組もうとしたとき。
「あ、女神化してるじゃないですか。よかったですね」
うん? イストワール? 何言ってるんだ?
全然、どこも女神化なんて……
「…………本当ね、してるわ。ほら、その手」
ネプテューヌに言われ、ふと見下ろした手のひらが、黒く染まっていた。
そこから先、おおよそ肘まで届かないくらいまでだけど。
パープルハートと同じようなプロセッサユニットが接続されていた。
これが、女神化。
女神化?
……なのか?
「しょぼ……」
「そういう問題なの!? っていうか、それどうやったの!?」
「落ち着きなさい、ネプギア。あれは
「十分不思議だとは思いますが……」
呆れたような声で、イストワールがそうため息を吐いた。
「でも、ネプテューヌさんの言う事もあながち間違いではないかもしれませんね」
「え? それってどういうことですか?」
「つまり、あちらの黒ネプテューヌさんへもシェアエネルギーが流れている、ということかもしれません。同じネプテューヌという存在だからなのか、そこは良く分かりませんけど。でもプラネテューヌのシェアエネルギーはネプテューヌさんとネプギアさんに使われてましたから、今、黒ネプテューヌさんが使えるのはその残り、ということなのでしょうね。憶測に過ぎませんが……」
なるほど、だから腕だけしか女神化できなかった、と。
完全に変身するにはシェアをもっと集めないといけないのかな。
ルウィーとかは三人女神化するし、割とその説が有効かもしれない。
でも、今の俺じゃあシェアなんて集められないし。
それに、うーん。右手だけってのも……。
いや、ちょっと待て。もともと全身に纏うものなんだし、右手だけなわけがないだろ。
するするする~、となんかこう、エネルギーをそのまま移動させる感じで。
……あ。
「いけた」
「いけたって……あれ? 女神化してるのってそっちの手でしたっけ?」
いや、違う。今移動させた。
えっ何それ、って驚くネプギアをよそに、左腕に纏うシェアエネルギーを右足の方へ。
足だとふくらはぎまでっぽいな。左足に移動させてもそんな感じ。
別にパープルハートみたいに足が伸びたり、なんてことはないらしい。
たぶん完全に女神化できるようになったら、ちゃんとネプテューヌみたいに大人になるのかな。
……そうだ、両手にするとどうなるんだろ。
「なんだか、私たちよりエネルギーの使い方が上手い気がするわ」
「あんな風に変身することなんてなかったもんね……」
ああ、両手だと手首から先だけになるのか。え? これ握力強くなったりする?
ネプギア、ちょっと握手しよ?
「え? あ、うん、別にいいよって痛い痛い痛い痛い痛い!」
やっぱり強くなってるらしい。いやまあ、だから何って話になるんだが。
なんで私が……なんて涙目になるネプギアの頭を、女神化したままの手で撫でる。
「そういう自由奔放なところは似てるんですね」
「私、あんなに脈略のない動きするかしら……?」
疲れたようにネプテューヌが言って、そのまま再び体から光を放つ。
「あー、疲れた! 女神化するのも楽じゃないよー、まったく」
「勝手に変身したのはネプテューヌさんの方でしょう」
「そうしないと後輩に示しがつかないでしょ? それに、私のお陰で女神化もできたんだし」
ちょっと足りないところもあるけど、なんてネプテューヌは俺へ視線を向ける。
まあ、いろいろ足りない。0.2パープルハートくらいかな。0.2ph。ぺーはー。
「でも……女神化できるってことは、本当にお姉ちゃんと同じなんだ」
同じ、なのだろうか。もしくは……対極か。
そんなことは今考えても、分かるはずもなくて。
とにかく、女神化できることが分かった今、するべきことは。
「部屋どこ?」
「部屋……あっ、今日のお部屋ですね? ええと、それでは来客室の方に……」
「あ、それなら私が案内します。ついでに教会の中も」
「それなら私も一緒に行くよ。人は多い方がいいでしょ?」
「ネプテューヌさんは溜まってる仕事を消化してください!」
なんて、わちゃわちゃ言いつつもイストワールがいる部屋――あとでネプギアから聞いたけど、謁見の間という部屋らしい――から抜け出して。
流れるように教会、っていうかプラネタワーの中身をまるまる案内されて。
最上階に着いた頃にはすでに夕日が沈んでいて、そのまま泊まる部屋に案内されて。
風呂なんて備え付けであるもんだから、そのまま一人で入ったりして。
上がった時にちょうどネプテューヌとネプギアが二人で話してて。
夕食までゲームしよ、なんて言うもんだから、今朝にやったゲームを三人で遊んだりして。
なんやかんや夕食もその部屋で食べて、歯磨きもして、そのままベッドに。
ちゃんとネプテューヌは自分の部屋に寝に行ってくれた。ネプギアも。
一緒に寝たいー、なんて最後までわがままを言っていたけど。
まあ、その……もっと慣れた時にお願いしようかな。
とにかく。
平凡だった。何かあるわけでもなく、適当に過ごして適当に一日が終わっていく。
真新しい景色のはずなのに、新鮮さも特別さも、どうしてか感じられなかった。
いやまあ、どちらかというと流されるっていうか、巻き込まれているっていうか。
ネプテューヌを含めた全員が、俺についてそこまで問題意識を持っていなかったような気もする。
……そんなこんなで。
俺のプラネテューヌ生活一日目は、幕を閉じるのだった。
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