虚構彷徨ネプテューヌ   作:宇宮 祐樹

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03 ふたりのネプテューヌ

 

「……なるほど。別の世界から、ですか」

 

 小さな腕を組みながら、イストワールはそう告げた。

 イストワール。プラネテューヌの教祖。いーすん。Historie。

 イストワールにも二種類いるけれど、どうやらこちらは超次元の方。

 つまりいつものイストワールらしい。

 

「まったく、ネプテューヌさんはいつも面倒ごとを持って来ますね」

「今回は違うよ? だって、あの子のほうから勝手にやってきたんだもん」

 

 うーん、俺としても勝手にこっちへ連れてこられたもんだからな。

 少なくとも確かなのは、ここにいる全員がその原因ではないということ。

 それは彼女も理解しているようで、はぁ、とため息をひとつ。

 それから、ふわりと宙を舞って、俺の目の前へやってきた。

 

「さて……では、ネプテューヌさん」

「はい! なになに?」

「そちらのネプテューヌさんではなく!」

 

 実際紛らわしいしなぁ。うむ、どうしたものか。

 ……でも、この体でネプテューヌ以外の名前を名乗るのも、なんか違う気がする。

 違う、気がする。

 

「……なら、暫定的に黒ネプテューヌさんと呼びますね」

「うっわ、ネーミングセンスひどいねいーすん」

「お姉ちゃん、そろそろやめといた方がいいよ……」

 

 そんな会話を無視しながら、イストワールはこほんと息を吐いて。

 

「あなたは、このプラネテューヌに害を成す存在ですか?」

 

 害? (ネプテューヌ)が? このプラネテューヌに?

 そんなこと……ああ、いや。そういうことか。

 つまり、まだ信用されてないわけだ。

 そりゃ普通は、国の女神と瓜二つの存在がいたら警戒するに決まってるよな。

 ネプテューヌとネプギアの受け入れ方がおかしかっただけで。少し考えれば分かることだ。

 だったら返答としてはもちろん、そんなことあるはずないと答えるべきなんだろうけど。

 普通に言っても信用してくれないよなぁ。イストワール、そういうキャラではないっぽいし。

 うーん。どうするか。

 ……考えるだけ無駄な気がする。

 ここは正直に言うしかないか。

 

「俺は……」

「俺?」

「あ、いや、えっと……私は……」

 

 私、って言うの、精神的にキツいと思ったから、つい。

 でもなんだか、その一人称を受け入れるのに時間はかからなかった。

 

「……私は、ネプテューヌ。この国の女神と同じ名を持つ存在」

「それが?」

「それだから……私は、この国に対して敵対するつもりはない。むしろ、この国を守るための力になりたい。それが、ネプテューヌという名を冠する責任なのだと思う。ここにいる意味なのだとも、思う。何もわからないけれど……これだけは、確か」

 

 噛まずに言えた。よかった。

 言葉を探しながらだから、少しおぼつかない口調だったけど、最低限のことは伝えられたはず。

 なんて頭の中で反省会をしていると、三人がきょとんとした顔でこちらを見つめていた。

 え、何? なんか変なこと言ったかな、俺。

 

「す……すごい喋ったね、黒い私」

 

 そんな、喋らない人みたいに言われても。

 いや、確かに緊張してたからあんま喋ってなかったな。

 

「黒い私、すっごく無口だったからさ! 何考えてるのかわかんなくて!」

「そうだよね。正直、こんなお姉ちゃんも新鮮かも」

「ちょっと二人とも、話はまだ……って、全然聞いていませんね」

 

 うん。でもまあ、分かってくれたのかな。どうなんだろう。

 

「……ネプテューヌさんたちがこうした反応ならば、疑う必要はないでしょう。仮にもこの国を守る女神なのですから。もし危険な存在だったのであれば、早急にあなたと敵対するはずですから」

「ちょっといーすん、仮にもって何? 私ってば、正真正銘プラネテューヌの女神だからね?」

「あんなに仕事を溜める女神がどこにいるんですか!」

 

 少なくともイストワールの前に二人……?

 なんてくだらないことを考えていると、とにかく、とイストワールがこちらへ向き直って。

 

「しばらくの間はこの教会に留まってもらいます。いきなり外に出てもらって、プラネテューヌの女神が二人いる、なんてことが発覚したら国民が混乱するかもしれませんから」

「私たちも行き場のない人を勝手に追い出すほど鬼じゃないし。遠慮せずゆっくりしていってよ」

 

 纏めると、いろいろ都合がいいから教会に置いてくれるらしい。

 なんともご都合主義というか。でも理にかなってはいるのか。

 

「お姉ちゃんが二人ってことは……寝る場所も用意しないとだよね?」

「えー? 別にあのベッド、二人は余裕で寝れるよ? 一緒に寝ちゃえばへーきへーき」

 

 …………。

 

「別々でお願いしていいですか?」

「えっ」

「ねぷっ」

 

 考えるより先に口が動いていた。

 

「そ、そんな……そんなに私と一緒が嫌なんて……」

 

 いや、嫌というかそういうわけではなく、何というか。

 何か駄目な気がする。分からないけど、心の中の俺が猛烈に拒否してる。

 

「もう、お姉ちゃん。一人で寝たいって人もいるんだよ? だったら配慮してあげなきゃ」

「そうですよ。それに、もし寝込みを襲われたらどうするんですか」

「私に限ってそんなことはないと思うけどなぁ……」

「というわけで、部屋はネプギアさんとで用意しますから。黒ネプテューヌさんは、そこからあまり出ないようにしておいてください。むろん、教会の中だったら自由に歩き回ってもらってもいいのですが……」

 

 ……えーと?

 つまり、なんだ。

 思いっきり監禁されるってことか、俺。

 

「そういう面もありますが、国民へ説明するタイミングを見計らうためでもあります。急にこの国に女神が二人となると内部での分裂や、最悪の場合他の国との関係にも関わりかねませんからね。不満はあると思いますが……」

 

 ああいや、それなら仕方ないよな。うん。国民のことが第一だよね。

 それに、説明とか信頼を得られた後なら、好きに街を歩いてもいいってことみたいだよね?

 なら、それまでの辛抱だ。待つのは嫌いじゃないし。

 

「あ、そういえば黒い方の私ってさ、女神化できるの?」

 

 そろそろ退屈になってきたのか、ネプテューヌが欠伸交じりにそんなことを聞いてきた。

 

「確かにそうだね。私もずっと気になってたんだ」

「自分がネプテューヌだ、と言うくらいですから出来て当然だとは思いますが……そこら辺はどうなんですか? 黒ネプテューヌさん」

 

 そ、そんな期待するような言い方をされても……困るっちゅーの。

 一度やってみたけど、できなかったし。

 そもそもやり方も分かんないし、出来るかどうかも分からない、って感じかなあ。

 

「なら実演してあげるよ! それっ、変身――」

 

 なんて、急にネプテューヌが声を張り上げたかと思うと、視界が眩い光に包まれる。

 朝日のように白いその光が張れると、果たしてそこに立っていたのは、

 

「――こんな感じ、かしら?」

 

 紫の女神、パープルハート。

 全身を包む黒と紫のスーツに、背中には透明の翼。

 電源マークを模した、煌めく瞳が俺のことを覗いていた。

 

「ちょっとネプテューヌさん、いきなり変身しないでください!」

「ごめんなさい。でも、こうした方が早いと思って……」

「こうした、って言っても今のじゃあんまり分からないと思うけど……」

 

 ほ-う、ふむふむ、なるほど。

 …………。

 

「ふんッ」

「えっ、ちょっと黒い方のお姉ちゃん!?」

「いきなり光りましたよ!? 大丈夫ですか!?」

「いいえ、これは……」

 

 そうそう。そうだよ。変身だよネプギア。

 よく言うシェアエネルギーってのは何となく理解できた。

 あとはこう……何だろうな。どっかから湧いてくるそれを集める感じ。

 手の先から、全身にかけて纏わせるように。

 果たして、光が晴れた後。俺の体は――。

 

「……あれ」

 

 身長も声も何も変わってない。ついでに胸も。デカくなるんじゃないのか。

 

「変身……してないけど」

「おかしいわね、今のは確かに、シェアエネルギーの光だったはず……」

 

 なんでだろうね。完全に俺もいけると思ってたんだけど。

 そうやって、うーんと腕を組もうとしたとき。

 

「あ、女神化してるじゃないですか。よかったですね」

 

 うん? イストワール? 何言ってるんだ?

 全然、どこも女神化なんて……

 

「…………本当ね、してるわ。ほら、その手」

 

 ネプテューヌに言われ、ふと見下ろした手のひらが、黒く染まっていた。

 そこから先、おおよそ肘まで届かないくらいまでだけど。

 パープルハートと同じようなプロセッサユニットが接続されていた。

 これが、女神化。

 女神化? 

 ……なのか?

 

「しょぼ……」

「そういう問題なの!? っていうか、それどうやったの!?」

「落ち着きなさい、ネプギア。あれは(ネプテューヌ)なのよ? 女神化できたって不思議なことじゃないわ」

「十分不思議だとは思いますが……」

 

 呆れたような声で、イストワールがそうため息を吐いた。

 

「でも、ネプテューヌさんの言う事もあながち間違いではないかもしれませんね」

「え? それってどういうことですか?」

「つまり、あちらの黒ネプテューヌさんへもシェアエネルギーが流れている、ということかもしれません。同じネプテューヌという存在だからなのか、そこは良く分かりませんけど。でもプラネテューヌのシェアエネルギーはネプテューヌさんとネプギアさんに使われてましたから、今、黒ネプテューヌさんが使えるのはその残り、ということなのでしょうね。憶測に過ぎませんが……」

 

 なるほど、だから腕だけしか女神化できなかった、と。

 完全に変身するにはシェアをもっと集めないといけないのかな。

 ルウィーとかは三人女神化するし、割とその説が有効かもしれない。

 でも、今の俺じゃあシェアなんて集められないし。

 それに、うーん。右手だけってのも……。

 いや、ちょっと待て。もともと全身に纏うものなんだし、右手だけなわけがないだろ。

 するするする~、となんかこう、エネルギーをそのまま移動させる感じで。

 ……あ。

 

「いけた」

「いけたって……あれ? 女神化してるのってそっちの手でしたっけ?」

 

 いや、違う。今移動させた。

 えっ何それ、って驚くネプギアをよそに、左腕に纏うシェアエネルギーを右足の方へ。

 足だとふくらはぎまでっぽいな。左足に移動させてもそんな感じ。

 別にパープルハートみたいに足が伸びたり、なんてことはないらしい。

 たぶん完全に女神化できるようになったら、ちゃんとネプテューヌみたいに大人になるのかな。

 ……そうだ、両手にするとどうなるんだろ。

 

「なんだか、私たちよりエネルギーの使い方が上手い気がするわ」

「あんな風に変身することなんてなかったもんね……」

 

 ああ、両手だと手首から先だけになるのか。え? これ握力強くなったりする? 

 ネプギア、ちょっと握手しよ?

 

「え? あ、うん、別にいいよって痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

 やっぱり強くなってるらしい。いやまあ、だから何って話になるんだが。

 なんで私が……なんて涙目になるネプギアの頭を、女神化したままの手で撫でる。

 

「そういう自由奔放なところは似てるんですね」

「私、あんなに脈略のない動きするかしら……?」

 

 疲れたようにネプテューヌが言って、そのまま再び体から光を放つ。

 

「あー、疲れた! 女神化するのも楽じゃないよー、まったく」

「勝手に変身したのはネプテューヌさんの方でしょう」

「そうしないと後輩に示しがつかないでしょ? それに、私のお陰で女神化もできたんだし」

 

 ちょっと足りないところもあるけど、なんてネプテューヌは俺へ視線を向ける。

 まあ、いろいろ足りない。0.2パープルハートくらいかな。0.2ph。ぺーはー。

 

「でも……女神化できるってことは、本当にお姉ちゃんと同じなんだ」

 

 同じ、なのだろうか。もしくは……対極か。

 そんなことは今考えても、分かるはずもなくて。

 とにかく、女神化できることが分かった今、するべきことは。

 

「部屋どこ?」

「部屋……あっ、今日のお部屋ですね? ええと、それでは来客室の方に……」

「あ、それなら私が案内します。ついでに教会の中も」

「それなら私も一緒に行くよ。人は多い方がいいでしょ?」

「ネプテューヌさんは溜まってる仕事を消化してください!」

 

 なんて、わちゃわちゃ言いつつもイストワールがいる部屋――あとでネプギアから聞いたけど、謁見の間という部屋らしい――から抜け出して。

 流れるように教会、っていうかプラネタワーの中身をまるまる案内されて。

 最上階に着いた頃にはすでに夕日が沈んでいて、そのまま泊まる部屋に案内されて。

 風呂なんて備え付けであるもんだから、そのまま一人で入ったりして。

 上がった時にちょうどネプテューヌとネプギアが二人で話してて。

 夕食までゲームしよ、なんて言うもんだから、今朝にやったゲームを三人で遊んだりして。

 なんやかんや夕食もその部屋で食べて、歯磨きもして、そのままベッドに。

 ちゃんとネプテューヌは自分の部屋に寝に行ってくれた。ネプギアも。

 一緒に寝たいー、なんて最後までわがままを言っていたけど。

 まあ、その……もっと慣れた時にお願いしようかな。

 

 とにかく。

 平凡だった。何かあるわけでもなく、適当に過ごして適当に一日が終わっていく。

 真新しい景色のはずなのに、新鮮さも特別さも、どうしてか感じられなかった。

 いやまあ、どちらかというと流されるっていうか、巻き込まれているっていうか。

 ネプテューヌを含めた全員が、俺についてそこまで問題意識を持っていなかったような気もする。

 

 ……そんなこんなで。

 俺のプラネテューヌ生活一日目は、幕を閉じるのだった。

 

 


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