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それは、俺がプラネテューヌにやってきた、次の日のことだった。
監視される、なんて言われてもすることなんてなんもなくて。
ネプテューヌの世界で仕事って言えばクエストだから、ギルドいってもいい? ってイストワールに聞いたら、なんで昨日言ったことをすぐに忘れるんですかあなたはそういうところはネプテューヌさんに云々、なんてぐちぐち言われてしまって。
でも何もしないのもヒマ、って言ったら、じゃあ教会の掃除でもしてください、って言われて。
言われるがまま、箒とちりとりを持って教会の講堂? みたいなところを掃除することに。
教会の職員さんには既に話が通っているみたいだった。
ああ黒い方のネプテューヌ様ですね、話は聞いてますよー、なんて言われて。
ヤギか。
何かあるたびに祝いそうな呼び方しやがって。
そんでもって事情を話すと、ぜひお願いしますと言われたから、結構やる気が湧いてきて。
さっさっさー、なんてご機嫌に箒を掃いてたりして。
そして、その声が聞こえてきたのは、俺が教会の掃除をしてから数十分が経ったころのこと。
「……ネプテューヌ?」
突如として俺の目の前に現れたノワールは、俺を見てすぐに困惑したような声を上げた。
なに? どうしたの、ノワール。どうしたノワール。
「ちょっとネプテューヌ! あんた一体何してるの!?」
いや、何って掃除だけど……うん、どう見ても掃除だよな、これは。
もしかしてゲイムギョウ界における掃除ってもっとアグレッシブなの?
「そういうことじゃなくて……!」
と。
俺の顔を覗き込むノワールは、そこで何かに気がついたかと思うと、すぐに後ろへ後ずさった。
「……あなた、ネプテューヌじゃないわね?」
はて。いきなりそんなことを聞かれても。
うーん、どう見てもネプテューヌのはずなんだけどな。
磨いた大理石の床に映ってるのも、限りなくネプテューヌだし。
……まあ、ここは正直に行くか。
ネプテューヌです。プラネテューヌの女神やってます。
「嘘ね。私には分かるのよ」
あ、あれ……? なんで……ってか、ものすごいピリピリしてる?
睨む彼女の瞳からは、明確な敵意が見えた。嫌悪するような、歪なものを見るような視線。
嘘は言ってないんだけどなあ。え? まじでどうしたの?
「まさか、こんな事になってるなんて」
……って、あ。
そりゃそうか。ノワールは俺の事情をまるで知らないんだ。
ネプテューヌたちの受け入れ方がスルっと行き過ぎて、すっかりその前提で話を進めてた。
そら、プラネテューヌに来て俺を見たらこんな反応になるわけだ。
よく考えれば分かることのはずなのに。いかんいかん、反省しないと。
……ネプテューヌたちのユルさにあてられた、ってことにしちゃダメ?
あ、ダメですか。はい。
「あなた、何者?」
対面するノワールは、俺へ敵意を叩きつけながら、そう問いかけてきた。
そしてその右手には――漆黒のショートソード。銀の刃がぎらりと煌めているのが見える。
やや、そこまで行くか。俺としては敵対する気はさらさらないってのに。
それよりも、この場を収拾をどうつけるかだ。
何て言えばノワールは納得してくれるだろう?
ネプテューヌ……はさっきの問答で地雷だったから駄目。パープルハートなんてものは論外。
神次元のネプテューヌだと思います、って言っても、話は通じないか。
じゃあもう正直に、転生しまして……いかん、逆に地雷だ。殺られる。
ええと、あーっと、うーんと。
と、とにかくノワールがマジでやる気なのかを確かめないと。
あの、ノワールさん? そのですね……
「…………やる気?」
圧された殺気でうまく声が出なくて、それだけが言葉になって伝わってしまって。
やったねこれ。終わったわ。うわもうやる気満々じゃんノワール。
どうしようかな。もう言葉では分かり合えないみたいだし。悲しい。
とにかく、攻撃されても耐えられるように女神化でもしておくか。
手の先へ力を込めると、少しの淡い光を見せた後、右手にプロセッサユニットが装着される。
いや、装着ってよりは浸食に似てるのかな、これ。
だんだん体が女神になっていく、みたいな。思ったけどデメリットあるの? これ。
得物は……箒でいいや、もう。
あまりにも軽いその箒を持ち直すと、ノワールがぎり、と歯を食い縛った。
そして次の瞬間――その紅の瞳が、眼前へと迫る。
衝突。銀の刀身と箒の柄が、俺とノワールの間でぶつかった。
なんで箒で防げてるんだ、みたいなことを考えてる暇はなかった。
瞬時に蹴りが腹に入って、体が後ろへ吹き飛ばされる。
すぐさま足の方にプロセッサユニットを移して、その脚で強く着地。
眼を見開きながらもこちらへ突っ込んでくるノワールへ、再び箒を正面に。
そうして真っ直ぐ刺突されたその剣を、プロセッサユニットを移した左手でそのまま受け止める。
金属の擦れる音と、左腕にかかる重い痛み。けれど、捕まえることはできた。
「…………どういう、ことよ」
色々含みのある発言だった。でも、言葉を交わしてくれたのは確か。
どういうって……うーん。
「俺が、ネプテューヌだから?」
「ふざけないでよッ!」
再び横腹へ回し蹴り。左腕にシェアエネルギーを回したままだから、そのまま受けてしまう。
掃除したばかりの地面をごろごろと転がりながら、受け身。全身に鈍い痛み。
起き上がろうとした時、喉元に剣先が突き付けられた。
いやあ、まあ無理だったか。
あっちは本物の女神ってこともあるし、なんたってこっちは箒だったし。
「……ネプテューヌをどこにやったの?」
頭の中で反省してると、そんなことを聞かれてしまう。
「あなたがネプテューヌのはずがないわ。同じ女神である私には分かるのよ。それに、ネプテューヌはこんなに弱くない。あなたみたいな奴がネプテューヌを騙っているのは……癪に障るわ」
濃厚すぎるネプノワを見せつけられています、今。
薄い本が厚くなる、とか甘えた考えは、顎元に当てられた刃で遮られた。
ともあれ、女神であるってことは俺のシェアエネルギーについても理解してるみたい。
それで、俺のシェアエネルギーから見るに、俺がプラネテューヌの女神ではない、と。
……あれ? 俺のシェアエネルギーって、ネプテューヌと半々になってるんじゃ?
でも、ノワールが言うには違いがあるらしい。どうなってんだ、ほんとに。
にしても本物のネプテューヌか。
……たぶん、イストワールに言われて仕事してると思うけど。
あれ? ってことは俺のこの状況、マジで詰んでないか。
だから――、とノワールがゆっくりと握った剣を振り上げる。
アア、オワッタ……絶対死んだなこれ……。
「まあいいわ。あなたを始末したあとで、ゆっくり探すことにするから」
せめて観光くらいはしたかったな。何ならネプステーションくらいは見たかった。
なんてことを考えていると、ふとノワールが「……あれ?」なんて腑抜けた声を上げていた。
彼女の視線を追うようにして首を動かすと、そこに居るのは。
「の、のののノワール!? 何してんのさ!!」
どたばたと慌てながらこちらへと駆け寄ってくる、ネプテューヌの姿だった。
「ネプテューヌ!? え? うそ!? あれ!? なんで!?」
「とりあえず武器しまって! 黒い方の私も怖がってるじゃんか!」
「黒い方って何よ!? ヤギか何かなの!? あーもう、意味わかんないわよ!」
いやまあ、だからといって本人が意味わかってるわけでもないんだけどさ。
とにかくまあ……なんやかんや、俺は助かったらしい。
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「ええと、改めて……初めまして、でいいのかしら」
ところは変わって、ネプテューヌの部屋で。
対面して座るノワールは、そう言いながら頭を下げた。
ノワール。重厚なる黒の大地、ラステイションを収める女神。のわっち。Noire。
クリアドレスを身に着けているあたり、このノワールはいつものノワールらしかった。
「まったくもう、ノワールったらせっかちなんだから」
「仕方ないでしょ……というより、こんなの誰でも間違うに決まってるじゃないの」
ノワールの言う事ももっともだと思う。
全く同じ存在なんだもんな、
「でもでも、いきなり戦い出すのもどうかと思うよ? しかも割とマジだったでしょ」
「……箒ひとつで私と戦えるその子もその子だと思うけどね」
そういえばあの箒どうなったんだろう。教会の備品とかなのかな。
もし壊れたらラステイションに請求してやろう。幸い一番偉い人が目の前にいるし。
「変なこと考えてるでしょ。まったく、そういうところは似てるのね」
俺の思考を見透かしたノワールが、呆れたようにため息を吐いた。
「でもまあ、ごめんなさい。悪いヤツじゃないんでしょ? それなのに疑って悪かったわ」
「そうだよ? なにせそっくりそのまま私なんだから! 悪くないに決まってるよ!」
「それを聞くとかなりまずい状況になった気がするけど……ネプテューヌが二人って……」
なんだが胃が痛そうだ。顔を覆いながら、ノワールがまた重たい息を吐く。
「そういえばノワールはなんでここ来たの? もしかして寂しくなっちゃったとか?」
「そんなわけないでしょ。プラネテューヌの方で変なシェアエネルギーの変動があったから、興味と偵察がてら覗きに来ただけよ」
「シェアエネルギーの変動って……ああ、もしかして」
「そ。目の前で見せつけられたわ」
何か納得した様子で、二人が俺のことを見つめてくる。
…………ああ!
「これのこと?」
「そう。そんな使い方見たことないわ。ネプテューヌ、あなた知ってた?」
「それが私も初めて見たんだよねー。っていうか、出す速度早くなってない?」
何というか、さっきの戦闘で感覚は掴めたかな。
瞬間的にプロセッサユニットが装着できるようになったり。女神化する部分も移動できたり。
割と簡単だな、これ。どっかの社長のナノテクスーツみたいだ。
しゅるしゅるー、と左腕に移動して、そのまま脇腹を通って足の方に。
両足だと手と同じで足首までっぽいな。でもこれどうなるの? 足首強くなるの?
うーん、よくわからん。外見だけで言えば、テクスチャを張り替えてるみたいな感じだし。
もしも全身にまで行きわたってるようになら、俺もパープルハートになれるのかな。
…………あ、そうだ。
「うわいきなりおっぱいでっかくなった! え!? 何してんの!?」
「いや、こういい感じに……」
「いい感じも何もないでしょ! シェアエネルギーをそんなことに使うんじゃないわよ!」
ノワールにガチギレされた。悲しい。
使えそうだと思ったんだけどなー、って呟くと、何に使うつもりなの……とネプテューヌ。
「とにかく、このネプテューヌはネプテューヌの分身……ってことでいいのよね?」
「うん、まあ説明するのが面倒だからそれでいいよ」
「そこは面倒だからで流していいところじゃないと思うけど……」
「いーのいーの。どうせ考えてもあんまり分かんないんだし」
ねー、と俺に向けて言うネプテューヌに、同じように首を縦に振る。
あんたら、それでいいの……? なんてノワールが言うけれど、それでいいんだと思う。
特にまあ、困っていることもないし。生活もできるっぽいし。
「そういう気楽なところも同じなのね……」
うんざりするような調子で、ノワールがそう言った。
そこからしばらく談笑していると、部屋のドアがとんとん、と叩かれて。
「皆さん、お茶が入りましたよ」
「あ、ネプギアありがとー! お茶請けは?」
「この前ルウィーに行ったときに貰ったお饅頭にしたよ」
「さっすがネプギア! 気が利くぅ!」
そこからはネプギアも加わって、何やらいろんな話をしていた。
シェアエネルギーがどうとか、女神化がどうとか、
シェアクリスタルの調子はどうとか。あんた女神なんだから管理はしっかりしなさい、とか。
六割くらいはネプテューヌが怒られていたような気もする。
唸るネプテューヌを見ながらお茶をすすっていると、それで、とノワールが前置きを入れて、
「あなたの国民には、この子のことどう説明するつもりなの?」
「えー? 適当でいいよたぶん。なんか増えちゃいましたー、みたいな感じでさ」
「よくないに決まってるでしょ!? どうしてあんたはそうなのよ!」
あ、また怒られてる。ノワールもマジで大変だな。
そういやルウィーで貰った饅頭あるとか言ってたな。口も寂しいし食べてみよ。
当然のことだけど、ルウィーがあるってことはブランもいるってことだよな。
ってことはベールもか。今日来たのはノワールだけだけど、二人は何してるんだろ?
できれば二人にも会ってみたいな。折角ゲイムギョウ界に来たんだし。
でも簡単に会ってくれるんだろうか。でもノワールみたいなエンカウントはごめんだな。
今日は運よくネプテューヌが助けてくれたからいいけど、次はどうなるか分かんないもんね。
俺一人じゃ女神に太刀打ちなんでできるはずないし。
この実力差もシェアが増えたら解決するのかなー、なんて考えていると。
目の前にブランが表れた。
……いや、正確にはブランの顔だけが。
「あれ、黒いお姉ちゃん? どうしたの?」
いや、ブランまんじゅうってマジであったんだなって思って。
「この前行ったときに貰った試作品なんだけど、知ってるんだ?」
確か食べるとHP全快するんだよな。しかもTEC上がる効果もあるし。
うわ、そう考えると食べるの勿体なくなってきた。どうしよこれ。
でも出されたモンは食わないといけないし、何より包装もはがしちゃったし。
心なしか、焼印されたブランの眼が訴えるように俺の方へ向いている気がする。
ごめんなブラン……今から俺、君のこと食べちゃうんだ……。
「ちょっと黒い方の! 今の話聞いてた!?」
はい! え? なに? 全然聞いてなかった。ブランに夢中で。
「なんで聴いてないのよ! 今思いっきりあなたのこと話してたじゃない!」
「まーまー、あっちもまだノワールに慣れてないんだよ。ノワールって性格キツいとこあるからさ」
「キツくしてるのはどこのどいつよ……!」
これマジなキレ方だな。ごめんなさい、全然聞いてませんでした。
「なんていうか、あなたの情報は女神全体で共有しておこう、ってことらしいよ。まあプラネテューヌの女神が三人になったわけだしね。おいおい、ブランとかベールとかとも顔合わせすることになるかも」
なるほど。それは願ったり叶ったりって感じだな。
二人への挨拶、用意しとかないと。
「まあ、あっちの都合がついたらの話だけどね。そこは私がしておいてあげるから」
「別にそんなことしなくても大丈夫だよ。向こうから勝手に来るでしょ」
「ネプテューヌ、あなた本当に今回の事態を軽く捉えすぎよ。ふつう自分が二人に増えるなんて考えられないでしょ? ましてや、あなたは女神なんだからそのことを重く受け入れるべきよ」
「うーん、ノワールの考えすぎだと思うんだけどなー……」
「考えすぎって、そういう問題じゃ」
「それにさ」
と、ネプテューヌが俺の方へと向き直って。
「どっちが本当のネプテューヌか、プラネテューヌの女神なのか、ノワールには分かるの?」
それは……。
「……あなたでしょ。自分でも分かってるんじゃないの?」
「そりゃ、自分はそうだよ。自分のことを疑うことなんてしないもん。でも国民のみんなは? プラネテューヌは、今までのネプテューヌかこっちのネプテューヌ、どちらを女神に選ぶと思う?」
「それってまさか、あなた……!」
「うん。多分、そうなんだろうね」
「この国の女神が代わる時が、来たのかもしれない」
沈黙。絶句によるそれは、ひどく長く続いたようにも見えた。
何も言う事ができなかった。俺も、ノワールも、ネプギアでさえも。
驚いているんだろう。ネプテューヌがそこまで考えていることを。
そして、それを何の躊躇いもなく受け入れていることを。
怖かった。曖昧な彼女の笑みの裏には、とても大きな何かが潜んでいるような気がした。
そしてそのまま、ネプテューヌは再び口を開いて、
「なーんてね! ま、私が変身できなくなったわけじゃないし! あくまで仮定の話だよ」
「……全然笑えないわよ、それ」
「まあまあ……っていうか、私の代わりにはネプギアいるし。心配しなくていいよ」
「そ、そうだよね……いきなり飛ばされるなんてこと、ないよね……?」
「それに、万が一の時は双子キャラに路線変更すればだいじょーぶだいじょーぶ! あ、今の内にユニット名とか考えとく? ツインクロス・ネプテューヌとかどう?」
あ、なんかかっこいい。それ気に入ったかも。
「はあ……何よもう。心配して損したわ」
「でも心配はしてくれたんだ? やっぱりノワールも私がいないと寂しくなっちゃう?」
「そういうわけじゃないわよ! 全くもう!」
だん、と机を叩いて、ノワールがそのまま立ち上がる。
「ちょちょ、ノワール? どこ行くのさ」
「帰るに決まってるでしょ? 用事はもう済んだんだし。あ、ネプギア、お茶ありがとうね」
「あ、はい。それじゃあお気をつけてー」
「えー、遊んでかないの? もうちょっとゆっくりしてきなよー」
「私はあなたと違って仕事が山積みなのよ!」
なんて叫ぶノワールに、ネプテューヌがついていって、そのまま。
ネプギアの片づけを手伝って、その日はそれで終わった。何事もなく、一日は終わった。
けれど、あのネプテューヌの発言だけは、その日以降もずっと、心に張り付いている気がした。
ちなみにブランまんじゅう、もったいなくて一個だけ部屋に置いておくことにした。
これ日持ちするヤツなんかな。まあ、何とかなるだろ。
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