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翌日の朝、プラネテューヌの教会前。
「およめにいけない」
「お、お姉ちゃん……行く予定あるの……?」
あるかもしれないだろ! 希望を捨てるんじゃねえ!
とはいっても、実際どうなんだろう。精神っていうか性格的には男のままだけど、体は女だし。
そりゃ、かわいい子には興味あるけど、カッコいい男への興味は……分かんないや。
今までそういう人見たことないし。いても気に掛けないと思うし。
でも結婚するならネプギアがいいな。いいお嫁さんになりそうだし。
「私が? お姉ちゃんと結婚?」
いや、ネプテューヌはあんなだし。
プルルートに至っては……アレだし……。
ピーシェは結婚、っていうよりも養いたいって感じだしなあ。
「消去法なんだ……それで選ばれるんだ、私……」
別に悪い意味じゃないからね。ネプギア、いい子だし。
ぐすぐす落ち込みだしたネプギアの頭をなでると、ぱぁ、と明るい笑みを浮かべた。
かわいいなぁ、ネプギアは。子犬みたい。犬耳つけてみない?
首輪……は変なプレイみたいになるからやめとくか。
「ちょっとー!? 何勝手に人の妹を手懐けようとしてるの!?」
あっやべ、本物の姉が来た。逃げろ逃げろ。
でもネプギアって
なーんだいいじゃん。式場どこにする? プラネタワーでいっか。
「妹と結婚するのは問題ないんだ……」
「ありまくりだよ! ネプギアは渡さないんだからね!」
俺とネプギアの前に立って、ネプテューヌがそう告げる。
ほう、俺とネプギアの仲を裂こうというのか。面白い。
ならネプテューヌ、お前も俺の物にしてやるよ。
「ねぷっ!? そ、そんなダイタンな……!」
いいさ。お前も愛してやるよ。
始まりの男に、俺はなってみせる。
「……いかないの~?」
なんて適当にふざけていると、しびれを切らしたプルルートがそう言った。
いや、なんだか結構ノっちゃって。引くに引けなくなったというか。
「ふざけてないで、早く行こうよ」
う、ピーシェにまで言われるなんて……ごめんなさい……。
「今回は私、本当に何もしてないんだけどなー」
「そうだね。全部あっちのお姉ちゃんがボケ担当したっていうか……」
「最近キャラ取られてる気がするよ。いやまあ、どっちも同じネプテューヌっていうキャラなんだけどさ? もうちょっと差別化してほしいっていうか」
そんなこと言われてもなあ。ボケてる意識はないんだけど。
やがて愚痴り終えたネプテューヌは「じゃあ出発しよっか」なんて口にしてから、
「変身っ!」
急に光を放ち始め、パープルハートへと姿を変えた。
その隣ネプギアも同じようにして、パープルシスターへと変身。
なんだかんだネプギアのは初めて見たな。もう変身できる世界線だったんだ。
にしてもなんで急に変身を?
「ルウィーまでは飛んでいくことにしたの。あなた達も運ばないといけないし。それに、最低でも一人を運ぶのに二人はいないと、安全に飛べないもの」
あー、そっか。遠いもんね、ルウィー。
それに俺もまだ飛べないし。いつかは飛べるようになりたいな。
まあ今日は、ネプテューヌとネプギアのお世話になるしか……
「じゃあピーシェちゃん、こっちに来てもらっていい?」
あれ? なんで?
「だってピーシェは普通の人間だもの。あなたのことはぷるるんが運んでくれるから、安心しなさい」
「ってことでぇ、ねぷちゃん? こっちに来てもらえるかしら?」
うお、もう変身しとる! いつの間に!?
ってか、あれ? 二人で運ばないと危険って話では……
「あなた、私と同じで女神なんだから、最悪落ちても何とかなるでしょ」
いや、理由が適当すぎ……っておい待てプルルート! やめろ!
まだ心の準備が―――あああああああああ!!!
■
「……それで、ここまで連れてきたと」
なんて俺へと目を向けながら、ブランがそう告げた。
ブラン。ブランちゃん。Blanc。
……名前が言いやすいから、あだ名とかそんなにないんだな。
とにかく、ルウィーの女神である彼女が、俺の前に立っていて。
向ける視線に俺が返したのは、
「うっ、うぷっ…………おェっ……」
「……もしかして、ケンカを売られてるのかしら」
「ダメよぉ、ねぷちゃん。こんなのでバテてるなんて」
こッ……どの口が言って……!
「ずいぶんと愉快な仲間を連れてきたのね、ネプテューヌ」
「愉快って言うか、なんていうか……個性が強いっていうのかな」
「お姉ちゃんがそれ言う……? 否定はできないかもけど」
「……とりあえず、もう一人のネプテューヌはダメみたいだから、そっちの新しい女神の方から見てみようかしら」
なんて、俺とピーシェを押しのけてから、ブランがアイリスハートのことを見上げた。
「初めまして、でいいのかしら」
「ええ。私は知ってたけどね、ブランちゃん。アイリスハートよ」
「先輩にそんな口を利くなんて、中々面白いじゃない」
あれ? ブランってそんなにイケイケな性格だったっけ。
……いや、内心キレてんだなこれ。頬がヒクヒクしてるわ。
特に視線が胸に行ってる当たり、そういうことなんだろう。
別にいいと思うけどな、貧乳。かわいいし。
「とりあえず、変身を解いてくれるかしら? あなたも疲れるでしょう」
「別にいいけど……」
アイリスハートがつまらなさそうに言ってから、光を放つ。
そうして現れたプルルートに対して、ブランが驚いたように目を見開いた。
「……子供だったの?」
「そうだよぉ~。プルルート、っていうんだぁ~」
「子供なのに……変身したらあんなになるのね」
アイリスハート、結構デカいしな。プルルートはそこまでなのに。
プラネテューヌの女神、変身すると胸がデカくなる傾向がある。
俺もデカくなるのは確認済みだしな。
「……なんで私は変わらないのかしら」
なんでだろうね。ルウィーの国民がそう願ってるからだと思うけど。
ルウィーはやっぱりガチなんだな。そこはどの次元でも変わらないみたいだ。
「もっと大人になってから女神化すればよかった……」
なんて呟きながら、ブランがプルルートの体へ触れる。
さわさわ~、なんて頭を撫でたりして、背中をさすったりして。
そして胸元へと指が触れると、ブランは何か気が付いたように手を止めて。
「……この歳でこれってことは……私よりも大きくなる……!」
えっマジで!? プルルート巨乳になるの!? うそだろ!?
かッ、解釈違いで死にそう……。
「それで、プルルートのことは何か分かったの?」
固まるブランにしびれをきらして、ピーシェがそう問いかける。
「まだ正確に言えることじゃないけど」
なんて前置きをしながら、ブランがピーシェの方へと向き直って。
「この子は、確かに女神。私と同じ……まあ、プラネテューヌのだけど。シェアエネルギーによって変身してる。重要なのは、その源になるシェアクリスタルが体の中にあるってことかしら」
……シェアクリスタルが体の中に?
「ブランさん、それって……」
「そのままの意味よ。ふつう、シェアクリスタルっていうのはそれぞれの教会で管理しているはず。私の教会もそうだし、あなたたちのだってそうしてるはず」
ああ、アニメとかでやってたもんな。あの空間マジで謎だけど。
つまり、普通のシェアクリスタルは教会で管理されている、ってことか。
けれどプルルートの場合、そのシェアクリスタルが体の中にあるってこと。
臓器とか内臓とかそういうの関係なしに、概念的なものだけど、とブランが付け足した。
「シェアクリスタルが自然発生した、っていうのは聞いたけど……こんな性質も持ってるなんてね。もしかするとこれは、私たちの知るシェアクリスタルではないのかもしれないわ」
「ブランでもお手上げかー。そうなったら、手の付けようがなくなっちゃうよ」
「でも、根本的なところは同じ。変身するプロセスも。だから、全く意味不明というわけではないわ。しばらく観察を続けていれば、何か分かるかもしれない」
「……取り出せないの? その、シェアクリスタルってやつ」
ネプテューヌとブランに割り込むように、ピーシェがそう問いかけた。
「……難しいわね。方法がまず分からないし。それに、彼女からシェアクリスタルを取り出したら、何らかの影響があるかもしれない。それが分かるまでは、迂闊に手を出さない方がいいわ」
「そっか……そうだよね。ごめん」
「謝る必要はないわ。あなた、この子の姉なんでしょ? 気持ちは分かるもの」
柔らかな笑みを浮かべながら、ブランがプルルートの頭を撫でた。
……二人いるもんな、妹。ブランが言うと、言葉の重みが違う。
「とにかくプルルートに関しては、経過の観察ってところね」
「今の話を聞く限り、それしかないもんね。何か分かったら連絡するよ」
「……そうね。国家全体で共有することかもしれないから、お願いするわ」
なんて話をまとめたブランが、くるりとこちらへ視線を向ける。
次は俺の番か。うう、緊張するなぁ。まじまじと見られると思うと、ちょっと。
……って、あれ? ブランさん? なんか睨まれてる気がするんだけど……?
「次は、黒いネプテューヌの方だけど」
す、と指をこちらへ向けて。
「アレは、私たちとは明確に違う存在よ」
完全な嫌悪の表情を浮かべながら、ブランはそう告げた。
「違う? 私と黒い私が? 見た目は全く同じだけど……」
「在り方が違う。あれはネプテューヌのまがい物。ただの、虚構の存在よ」
ブランの言う通りだ。俺はネプテューヌじゃない。ネプテューヌの偽物なんだ。
でもそれだけだったら、ブランがあんなに敵視してくる理由が分からないけど……?
「確かに、そのネプテューヌへシェアエネルギーが集まっているのは感じる。けれどそれとは全然違う、全く別のエネルギーが集まってるのも、感じる」
「別のエネルギー? そんなの感じないけど……ネプギアは?」
「私も特に……お姉ちゃんと変わったところはないと思うけど」
「……本人というか、プラネテューヌの国民が認識できないところが一番厄介ね」
はあ、と呆れ切ったようなため息を吐いて。
「あなたも分かってるんでしょう? 自分が、ネプテューヌとは違う存在だということ」
……それは、どうなんだろう。
正直、わからない。自分が何者なのかも。どうして、此処にいるのかも。
でも確かに言えるのは……俺は、ネプテューヌを騙っている、虚構の存在なんだろう。
それはとても――
「……歪ね。見ていられないわ」
そう言って、ブランがその右手に大きなハンマーを握る。
……アニメとかでも思ったけど、どっから出してるんだろうな、アレ。
って、そうじゃなくて。完全に敵対されたな、これは。
右腕にプロセッサユニットを装着して、そのまま盾を展開する。
「ブランちょっと!? 何してるのさ!?」
「ネプテューヌ、あなたはどいてなさい。彼女は完全に異質な存在よ」
「待ってください! もっと話し合うとか、できないんですか!?」
「……ああッ! うるせえよ!」
制止するネプテューヌとネプギアを振り払って、ブランがハンマーを持ち上げる。
そしてそのまま、彼女の体が光に包まれて――
「お前らがそんなだから、あたしがやろうって言ってんだよ!」
現れたのは、ホワイトハート。白き女神。ルウィーの神格。
手に握る戦斧を空に掲げたまま、彼女は俺の方へと向かってきた。
……ここに来てからノワールといいドラゴンといい、強敵としか戦ってない気がするな。
「おらァ!」
振り下ろされた斧を盾で受け止める。
けれど、その勢いが殺せなくて、そのまま後ろに。
ごろごろと地面を転がりながら、足の方へプロセッサユニットを移動。
追撃するホワイトハートの攻撃を跳んで避けると、いつの間にか教会の外にいた。
……教会ってか城っぽいな。お姫様が攫われてそうな、そんな感じの。
その前に立つホワイトハートは、次に斧を横に構えてから、また俺の方へと向かってくる。
単純な力じゃ勝てる気がしないな。それに確か、ブランって物理防御が一番高いんだっけ。
うーん、若干武器っていうか、役割が被っちゃった気もするな。
なんてことを考えつつ、再び右腕に盾を構えて、ブランの攻撃を受け流す。
鈍い衝撃。足に痛みが走って、地面が少しめり込んだ。
左側へと斧を振り切ったブランは、そのまま再び斧を真上に構えて、俺へ向けて振り下ろす。
ごぅ、と風を切った戦斧は、俺の盾――ではなく、俺の目の前の地面を打ち砕いた。
――――まずい!
「くたばりやがれ!」
突き上げられるような感覚で、気が付けば俺は大地から浮かび上がっていて。
がら空きになった俺の横腹に、ホワイトハートが渾身の力を込めて、その斧を振るっていた。
ずどん、なんて、ヒトの体から出ちゃいけない音がして。
景色がぐるぐる回転したかと思うと、体のあちこちから鈍い痛みが伝わってきた。
……動けはする、けれど。
やっぱり強いなあ、女神って。
「げッ……ほ」
立ち上がろうとすると、喉の奥から鉄の匂い。
ああー……服、汚れちゃった。イストワールに怒られちゃうかな。
怒られるのは嫌だな。説教聞くの、面倒だし。
「ボサっと突っ立ってんじゃねえぞ!」
ホワイトハートの声にはたと我を取り戻して、そのまま盾で斧を受け止める。
足から何かが切れる音。刺すような痛みと共に、力が抜けていく。
片足で膝をついて、それでも斧を受け止めたまま、ブランのことを睨む。
「……お前、何なんだよ」
そんなこと、俺にも分からないよ。
ネプテューヌ。プラネテューヌの女神。それを騙るだけの、虚構の存在。
「じゃあ、お前は!
俺、自身? つまり……俺そのものってこと?
ネプテューヌでもなく、プラネテューヌの女神でもない、俺そのもの。
……分からない。そんなもの、俺自身にも分かるわけがない。
でも、唯一つ、たしかに言えるのは。
「……私はネプテューヌ。プラネテューヌの、女神」
確かに俺はネプテューヌとは違う。
彼女のように在れないし、在ることすらもできないのだと、思う。
それは確かだ。そういう意味なら、俺はネプテューヌではないと言える。
けれど、
だから俺は、
たとえそれが偽りであっても。騙るだけの、否定されるべき存在だとしても。
「それで誰かを助けることができるのなら……私は、虚構を受け入れる」
告げたとき、ブランの瞳が、少しだけ緩んだような気がした。
「お前……それは――」
光が迸ったのは、その時だった。
三つの閃光が駆け巡って、ホワイトハートを吹き飛ばす。
そうして俺の前に舞い降りたのは、透色の翼を持つ三人の女神。
偽りでない、本当の女神だった。
「……これ以上は看過できないわ、ブラン」
両手で剣を構えながら、ネプテューヌ――パープルハートが、その剣を構える。
「わ、私も……お姉ちゃんが傷つくのは、見たくないですから……!」
「私もよ。ねぷちゃんがいじめられるのは何か嫌なのよねぇ……特に、私以外にいじめられてるのは、見ててイライラしてくるわ」
ネプギア……プルルート……いやプルルートは何か違うなアレ……ブレねえな……。
「ねぷてぬ、大丈夫!?」
うん、大丈夫だよピーシェ。なんとか生きてるって感じだけど。
ピーシェに肩を借りながら、ふらふらと立ち上がる。
「お前……自分の偽物なんだぞ? 一緒にいて気持ち悪くないのか?」
「確かに複雑よ。でも、彼女は私と同じプラネテューヌの女神なの」
「はん、じゃあお前じゃなくて、あいつが本物の女神になってもいいのかよ。同じ女神なら、その可能性だって否定できねえだろ」
「それがプラネテューヌの国民の望みならね。みんなが選んだなら、それでいいのかも」
「……ネプテューヌ、お前」
「でも、彼女から女神になりたいって話はないわ。今のところ、私と彼女は敵対してないし。何かを企てようっていう気もないみたいだから、排除する必要もない」
「……そういう甘い所が、お前の嫌いなところだよ」
そう吐き捨てながら、ブランが女神化を解いていつもの姿に。
まあ、三対一になるしな。ブランも自分が不利だって思ったんだろう。
「分かったわ。私はこれ以上、そのネプテューヌに手を出さない。これでいい?」
「……ありがとう、ブラン」
「礼を言われる筋合いはないわ。自分の身の安全のためよ」
何とか事態は収束したみたいだな。よかったよかった。
みんなも戦わずに済んだみたいだし、これで……あ。
やばいなこれ。安心してたら、なんだか力が――――
ばたん、なんて音と共に、視界が真っ黒になって。
「ねぷてぬ!? ねぷてぬ、しっかりして! ねぷてぬ! ねぷてぬ――」
ピーシェの叫びを最後に、意識が黒く、暗く染まっていった。
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