アイシア   作:ユーカリの木

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時代に放逐されし者
序章:Intro


 杉下弘樹(すぎしたひろき)にとって、魔法使いは家を潰し、父を殺した悪魔だった。

 

 幼い頃の弘樹の家は東京の下町で小さな町工場を経営していた。それでも、世界でも最先端の部品を作っていたのだ。この工場でしか作れないと絶賛され、大手ITベンダー企業へ大量に輸出していた。

 

 弘樹にとって、工場を経営し至高の部品を作る父が誇りだった。作業着や顔が汚れまみれになっていても、それは神の手によって生み出された部品を作る過程でできた勲章だと思い、格好良く思ったものだ。

 

 それが急に変化したのは、三十五年前の二〇一五年のことだった。後に特異点とも呼ばれるその年は、旧《連合》(現ASU)が魔法世界を現実に具現化した時代だった。

 

 かつて、魔法は世界に拒絶されていた。魔法とは、世界を物理法則以外の見地で見たときに現れる異なる法則を引き出し、現実世界に生み出した結果だ。例えるなら、サイコロの表面が物理法則、それ以外の側面や裏面が魔法法則だ。

 

 だが、物理法則が支配する世界において、魔法は異質な存在であり、生物が持つ身体の均衡を保つ恒常性のように、世界は魔法が使用されるたびに放逐していたのだ。

 

 その時代の魔法使いは、魔法を使っても一般人には認知されず、むやみやたらに使えば発動した瞬間に消え去るという屈辱を味わっていた。彼らにとって現実は生きている価値すらない地獄だった。

 

 だから魔法使いは、物理法則に縛られない魔法世界を欲した。彼らは魔法を使って堂々と世の中で暮らしたかったのだ。

 

 そして、その執念が遂に結晶となり、全十二個の魔法世界が誕生した。

 

 魔法が世界の法則に組み込まれたのだ。

 

 それが、いまから三十五年前の二○一五年のことだった。

 

 魔法が生まれたことによって、世界は一気に激動の時代に入った。魔法が既存の物理法則を簡単に飛び越えることを知った世界各国は、魔法人材の獲得に躍起になった。当時魔法使いの集団であった《連合》はフランスに拠点を構えていた。各国はフランスが魔法使いを独り占めしているとして一斉に非難した。

 

 全世界の諜報機関が動き出し、水面下で壮絶な争いが起きた。あわや第三次世界大戦が勃発するかというところで、国際連合がようやく仕事をした。

 

 魔法使いたちと公式会談を実現させ、魔法使い人材の一切を新たに設立する国際機関に一任することで合意したのだ。

 

 そのとき各国は、フランスが独り勝ちするくらいならばマシだとして一旦手を引いた。誰もが三度目の世界大戦を恐れてもいたのだ。

 

 魔法人材を統括する国際機関ISIAが設立し、同時に《連合》は魔法統括連合ASUと名を変え、ISIAに組み込まれた。

 

 そして、世界に魔法使いが次々と派遣された。

 

 魔法使いの活躍は目覚ましかった。まず資源が無限になったのだ。エネルギー資源や鉱物資源、食料などが魔法で出せることになったのだ。これによって、資源輸出に依存していた国は早急な経済政策の転換に迫られた。

 

 技術革新も一気に進んだ。例えば一個の部品を作るにあたり、現実では資材調達から設計図の作成、そして試行錯誤の末に作り出すという工程を踏む。だが、魔法使いがいるだけで資源調達と試行錯誤で作り出すとという工程が吹き飛んだのだ。設計図さえあれば、魔法使いはその通りに作成できる。機械では難しく、職人の手によってマイクロ単位で成形されるものですら、魔法使いは一瞬で生み出す。

 

 あらゆる業界、あらゆる仕事の工程が一気に短縮された。

 

 それは巨大な激震となって世界中を襲った。魔法使いがいるだけで従業員の大半がいらなくなったのだ。

 

 更に、ASUが公開した《第七天国》が凄まじかった。

 

 《第七天国》とは、集合的無意識――つまりは夢の中に存在する仮想世界だ。ASUはそこへ自由に出入りできる技術の一部を開放し、世界中の優秀な研究者がその世界に出入りできるようになった。

 

 これが衝撃的だった。その仮想世界は、現実と同じ物理法則を持ち、最高で現実空間の百倍の速度で時間が流れるのだ。つまり、《第七天国》で作業をすれば現実時間の百分の一で仕事が終わる。あらゆる技術者がこぞって入り、技術力が等比級数的に飛躍した。人工知能が実用に載った頃になると、もはや進歩は人の手を超えて勝手に動き出していた。

 

 そのとき、著名人が言った。

 

「あのとき、人類は歓喜と共に恐怖した。人類進化の担い手が、いつの間にか人類の手から得体の知れない魔法使いへとすり替わってしまったからだ」

 

 ある量子力学者もこう述べた。

 

「彼らの言う《第七天国》は、彼らと組み合わさることで人類知能を超えた、もはや一個の超知能だ。あの瞬間、我々は技術的特異点(シンギュラリティ)を突破したのだ」

 

 世界中の学者が恐れるほどの変革が津波となって世界を襲った。

 

 まずあおりを受けたのは中小企業だ。町工場の仕事は魔法使いによって簡単に自動化された。大企業が次々と部品作成を自動化し、中小企業との取引を切った。無慈悲と言うなかれ。そうしなくば、大企業とて生き残れないほどの超競争社会になっていたのだ。

 

 こうして、杉下弘樹の家は倒産した。多数の従業員は行き場を失い、再就職も難しい最悪の就職氷河期となっていた。弘樹の父は責任感の強い男だった。従業員の再就職斡旋に熱心に動いた。誰であろうと頭を地面に擦り付け、部下たちの就職先を見つけていった。

 

 やがて、すべての従業員が就職にありつけたところで、弘樹の父は気力を使い果たしてしまった。未来の展望が急に見えなくなり、孤独にひとり首を吊って自殺した。

 

 第一発見者は弘樹だった。丁度高校生になっていた弘樹は、天井から伸びたロープにぶらぶらと揺れる父の姿を見てしまった。

 

 そのとき、すべての感情が憎悪に燃えた。仕事人であり職人、誰からも愛される人格者で、従業員のためならば命すら削る男気溢れる父親が死んだ。魔法使いに殺されたのだ。許せなかった。

 

 だから弘樹は、魔法使いを殺すとそのとき誓った。

 

 いまから三十年前、夕日が街を血色に染める地獄の日だった。

 

 

 

 


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