アイシア   作:ユーカリの木

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第一章:ASU警備部警護課 6

 新たな首切り死体が発見されたのは、児童養護施設殺人事件の発覚の翌朝のことだった。場所は東京都赤坂にあるウィークリーマンションの一室。被害者は四十代の男性ふたり、三十代の男性ひとり、二十代の男性ひとりの計四人で、川口市児童養護施設で発生した事件と同一手口と思われる犯行だった。防犯カメラには二十代の男女と思わしき二人がウィークリーマンションに入っていく姿を捉えていた。これを受けて警視庁は埼玉県警との合同捜査本部を設置することに決定した。

 

 たった二日で、児童養護施設での男性職員四名殺害、東京都赤坂でも同じく男性を四名殺害した連続大量殺人事件ということで、マスコミは大いに賑わった。犯人は世間に不満を持っている若者だの、はたまた精神異常者だのと、コメンテーターが好き勝手にわめき散らしていた。その矛先は当然のように警察へも向かい、やれ無能だの給料泥棒などとネット上でも叩かれる事態となっていた。

 

 そんな世間が騒いでいる中でも、ASU警備部警護課アイシア班の面々はいつも通りの時間に出勤し、いつも通りの適当な表情で円卓を囲んでいた。もちろん、弓鶴を除いてだ。

 

 ひとり立っていたアイシアがパンと手を叩く。

 

「はい、大事件になったね。ISIAから突き上げが来てるよ。さっさと解決しなさいって。珍しく課長がぼやいていたよ」

 

 今回の事件は魔法使い事案だ。まだ警察から正式な発表がされていないためまだ世間には公表されていないが、これが明るみになれば確実に魔法使いの評判が地に落ちる。

 

 ISIAは魔法使い人材を統括する国際機関だ。当然、新しく生まれた魔法使いの勧誘活動も行っているから、魔法使いへの評判が落ちることをひどく気にしているのだ。残念ながら、生粋の魔法使いたちの集団であるASUはそんなことは微塵も考えていないが。

 

「あーあ、面倒だねぇ。で、犯人の追跡は?」ブリジットが長いため息を吐く。

 

「目下のところ捜索中らしいね。警察はおろかASUの監視網も抜けてるね。元型魔法の応用で見た目を変えてるみたい。ブリジットと同じだね」アイシアが淡々と答える。

 

「被害者の共通点は? 八人も殺されてるんだぞ。しかもわざわざ東京にまで出張ってるんだ。適当に殺してる訳じゃないだろ」弓鶴は腹の底に煮えたぎる怒りと憤りを綯交ぜにした声を出す。

 

「警察待ちだね。いま被害者関係者を虱潰しにしてるらしいよ」

 

 アイシアの態度は変わらない。それが弓鶴には苛立った。人が死んでいるのだ。なのになんだこの適当さはと。怒りに拳が震えた。反射的に円卓を叩いて立ち上がって吠える。

 

「分かってるのか? 人が死んでるんだぞ? 八人もだ! もっとなんかないのかよ‼」

 

 アイシア班の面々を見渡すも、全員が涼しい顔で弓鶴を見ていた。それが余計に弓鶴の頭を沸騰させた。

 

 握った拳を弓鶴がもう一度円卓へ叩きつけようとしたところで、アイシアが凍てついた声を出す。

 

「弓鶴。黙って」

 

 思わぬ冷たい声に弓鶴はその場で固まった。アイシアが全身から威圧感を放っていた。それは雰囲気などではない。物理的に室内の温度が下がっていた。彼女は魔法を使っているのだ。

 

「怒りで解決すると思ってるほど君は短絡的なバカなの? それとも癇癪を起す程度の無能? 違うよね? 君は私が選んだ私のパートナーだよ。なら知恵を絞って。そして怒りは捜査へ向けて。それくらい、できるよね?」

 

 言い返せなかった。アイシアの言うことが真っ当だからだ。弓鶴は奥歯を噛みしめて椅子に腰を落とす。

 

 アイシアは口元に笑みを浮かべて魔法を解いた。部屋の温度が元に戻る。

 

「まあ、弓鶴の怒りも分からないことはない。要は、我らは犯人に舐められてるわけだ。お前らごときじゃ捕まえられないんだろう? だからまだまだ殺すぞ。……とね」

 

 ブリジットが語る感情は正直見当違いだが、魔法使いの高いプライドに火をつけた。それはある共通の感情を引き出した。怒りだ。

 

「確かに、舐められるのは気に食わないですね。アイシアさん、私も捜索班に加わっても?」

 

 オットーの名乗りにアイシアが頷く。

 

「では私は捜索班に加わります。東京都の一区程度なら、秘跡魔法が秩序体系の結界で覆ってみせましょう」

 

「お願いだから観念結界だけは張らないでね? 日本が死ぬから」

 

 アイシアの懇願にオットーが力強く頷いた。

 

「当たり前です。私もそこまで馬鹿じゃありませんし、そもそも使用できないように別の結界が張られていますよ」

 

「我も行こう」

 

 続いて名乗りを上げたのはブリジットだ。

 

「索敵は元型体系の十八番だからね。奴ら、今回の事件じゃ失点続きだ。そろそろ喝を入れてあげようじゃないか」

 

 いいだろう? という問いにアイシアは苦笑いしつつ首肯した。

 

 そしてラファエルは――

 

「私は……因果魔法だからやる事がない……です」

 

 ものすごく落ち込んでいた。

 

 因果魔法は、"理そのものが世界を記述するのであるならば、理が内包する因果にこそ世界は存在する"という観点から世界を記述する魔法だ。つまり、望んだ結果を生み出すために"結果に導くのに必要な原因を無理やり作り出す"魔法である。因果魔法は自身に関わる索敵ならば可能だが、広域での索敵行為が苦手なのだ。

 

 見かねたアイシアがラファエルの肩をぽんぽんと叩く。

 

「エルは私たちと一緒に動こうか。索敵はあの二人に任せよう?」

 

「私にできること、カルボナーラを作ることですか?」

 

「それ以外でお願いしたいかなあ……」

 

「分かりました。なるべくがんばります」

 

 ラファエルがゆっくりと拳を握った。

 

 あっという間にまとまった班員を弓鶴はしばしぽかんと見ていたら、ブリジットと視線が合った。彼がさり気なくウィンクした。どうやらフォローのつもりらしい。少しは先輩らしく思えてくるのだからたちが悪い。

 

 アイシアが立ち上がっていつものように手を叩く。

 

「さて、やる事は決まったね。ブリジットとオットーは捜索班へ、私と弓鶴、それにエルは捜査本部、それから現場にも行こう。捜査本部で直接情報を集めようか。もしかしたらASU側なら見つけられる手掛かりが落ちてるかもしれない」

 

「了解」と全員が声を出して立ち上がる。ASUのアイシア班に入って約半年だが、ここまでちゃんと纏まったのは初めてだろう。にわかに弓鶴は興奮してくる。

 

 会議室へ出てブリジット達と別れる。アイシアらと共にISIA関東支部を出てAWSで警視庁へ向かう。

 

 警視庁へ入ると、中は警官が入り乱れて騒然としていた。当然だ。今朝がた捜査本部を設置したばかりなのだ。今回の件を受けていよいよ隠し切れなくなったのか、警察側は魔法使い事案であることを発表するらしい。既に更科那美の行栄不明情報は報道されているが、今回の発表でどうなるかは想像に難くない。間違いなく魔法使いバッシングが酷くなるだろう。

 

 捜査本部が設置された会議室へ行くと、まだ準備が完全には終わっていなく、人の出入りが激しかった。早速、埼玉県警の稲垣泰三の姿を見つける。わざわざこちらまで出向くとはご苦労なことである。武闘派刑事が弓鶴たちに気づく。

 

「君たちも来たか」

 

 稲垣の問いにアイシアが代表して答えた。

 

「はい、警察が掴んだ情報でASU側でなら気づけるものがあるかもしれませんので一応」

 

「助かる。あれから何点か情報が増えている。報告書にまとめる前に聞いてもらえるとこちらとしても助かる。それにしても、目の色が変わったな」

 

「優秀な後輩が発破を掛けてくれましてね」

 

 アイシアがちらりと俺に視線をくれる。稲垣の口元に獰猛な笑みが浮かんだ。彼女が話題を戻す。

 

「ところで、情報を訊いても?」

 

 稲垣が声を潜める。

 

「まだ断定できないが、弓鶴君の言っていた通りあの児童養護施設には何かがある。被害者関係者の中で明らかに口を噤む者が何名かいる。被害者の交友関係から漁るのは正解だっただろう」

 

「警察側の見解は?」

 

「子どもが大人に殺意を抱くなどそうあるものではない。癇癪を起して発する言葉とは訳が違うからな。それに相当利発な子どもだったらしい。そうなれば、恐らくは虐待関連か」

 

「他の子どもたちからの聴取状況は?」

 

「芳しくないな。事件の影響が激しいのか精神的に参っている子が多く聴取出来ていないのが現状だ」

 

「白鷺小百合はなんと?」

 

「相変わらず知らぬ存ぜぬだ。相当に口が重い。任意の事情聴取だからか、そう長く拘束しておけないのも要因のひとつだろう」

 

「赤坂での捜査状況は?」

 

「赤坂での事件は不審点が多い。だが捜査は始まったばかりだ。情報が集まるまでは時間が掛かるだろう」

 

 アイシアがしばし黙考する。顔を上げて稲垣に更に質問を投げる。

 

「稲垣本部長は川口の事件と赤坂の事件をどう考えていますか?」

 

「被害者に共通点が見つからない以上、なんとも言えない。だが、現時点ではもしもという言い方しかできないが、更科那美が犯人であった場合、何かしらの協力者がいるということは確実だろう。でなければ子どもには長期間の潜伏に被害者選定、更に殺害までできまい。であれば、なにか目的があって事件を起こしていることになる。魔法で更科那美が洗脳されているという可能性はあるか?」

 

「あります。が、魔法での洗脳はすぐにできるものではありません。ある程度時間を掛けなければならないですし、魔法使いが相手ともなればその有用性は更に下がります」

 

「可能性としては低いと考えておいた方がよいか」

 

「可能性のひとつとして模索するのはありかと思います」

 

 なるほど、と稲垣が呟く。

 

「君たちはこれからどうするつもりだ?」

 

「一度現場に行ってみようと思います。なにか魔法的な証拠を残しているかもしれませんので」

 

「分かった。なにか分かった場合は報告してくれ」

 

「了解しました」

 

 礼をしてから捜査本部を出る。警視庁の廊下を歩きながらアイシアがぼやく。

 

「まずいね。警察側の捜査が事件に追い付いていない。たぶんすぐにでも事件は起きる」

 

「そうなると更科那美の身柄を押さえる方を優先した方がいいか?」弓鶴の問い。

 

「そうなんだけど、目的が分かれば先回りできる。悩ましいね」

 

 エル、とアイシアが呼び掛ける。

 

「こういうとき因果魔導師の勘とか働かない? 結構いま藁にも縋る気分なんだけど」

 

 ラファエルは申し訳なさそうに首を振った。

 

「……さすがにこの状況では無理です」

 

「そっか、私も全然働かない。因果体系の《時間観測》は便利なようで捜査には不向きだよね」

 

 因果魔法の時間観測は、時間軸を瞬間の連続ではなく過去・現在・未来に伸びる線として捉える魔法だ。理論的に因果魔導師は時間軸で起きたすべての出来事を観測できる。しかし、実際は自身の危機に対しては敏感な程度で、その他の事象について過去視や未来視が出来るわけではない。魔法も万能ではないのだ。

 

 こうなってくると、弓鶴は錬金魔導師で今のところ魔法で何の役に立っていないことが悔しく感じてくる。それが滲んでいたのか、アイシアに肩を叩かれた。

 

「焦るのは分かるけど、じっくり行こう。捜索班はあのブリジット達も参加したし、こっちも少しずつだけど進展はしている。現場に行こうか」

 

 アイシアの方針に頷き、弓鶴たちは警視庁を出て現場へと向かう。せめて一欠けらの情報が落ちていることを願いながら。

 

 

 

 


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