沙条愛歌は転生者   作:フクロノリ

11 / 16
メリークリスマス(遅い)
あけおめ(早い)


シンプル・イズ・ベスト

 愛梨の目がボールの位置を捉えると、彼女の精神は脳よりも速くその情報を認識した。瞬時に打つボールの優先度を決めると、彼女の精神は自己加速の魔法を掛けるべく、肉体にCADの操作を命じる。

 精神から直接操作された彼女の左手は、右手首に巻いてある汎用型CADから自己加速の起動式が格納されている番号を正確に打ち込んだ。

 自己加速へと魔法を切り換えた彼女は、まるでボールを叩き落とすかのようにラケットを振るった。

 

 その一連の動作は、まさに『稲妻』と呼べるものだった。

 

 全てのボールを一旦打ち返すと、彼女は自己加速の魔法を終了する。そして再びボールの位置を把握するために、先程の魔法を発動させた。

 彼女がラケットより打ち出したボールは全て、空中で何かに弾かれるような動きで返ってくる。

 沙条愛歌の魔法によるものだ。

 

 ボールは凄まじい速さでネットを越えて此方のコートへ侵入してくるが、距離による減速と魔法による超反応によって、一色愛梨は易々とボールに反応する。

 

「(いける!!)」

 

 勝利へ近づいているという彼女の実感が、その言葉を無意識に発させた。油断に繋がると判断した彼女は、すぐに気を引き締め直す。

 油断して失点すれば、仲間に申し訳が立たなくなるし、そんな自分を彼女は許せそうにないからだった。

 そうして試合へと集中した彼女は、また一歩だけ前に出た。

 

 

 

「ほう!何とも大胆な作戦じゃな」

 

 モニター越しから愛歌と愛梨の試合を観戦していた沓子は、興味深そうな声を上げた。その声には少しの驚きが混じっており、彼女の隣で一緒に観戦していたほのかも、驚きの表情を浮かべていた。

 と言っても、ほのかが浮かべている驚きの表情の原因は、モニター越しに映し出されている試合ではなく、先程の沓子の言葉の方だ。

 

 ほのかには今もモニターに映るアレが、とても作戦とは思えなかった。

 

 モニターに映し出されている試合の映像は、余り変わり映えのないものだった。

 愛歌が魔法で、愛梨がラケットで、お互いに自分のコートに侵入してきたボールを打ち返しているだけだ。普通の試合よりボールの応酬が速いが、試合構造に大きな変化は見られない。

 とても作戦の気配など感じ取れないので、ほのかは沓子の方に顔を向けた。

 

「うん?ああ......あの移動魔法を攻略するのが難しいのかは理解しておるか?」

 

 視線に気が付いた沓子は、ほのかにそんな質問を投げかけた。

 いくつかの方法を彼女は考える。しかし、確かに愛歌の移動魔法の壁を突破できそうにはない。

 シンプルな作戦であるが故に、余り隙が見いだせないのだ。

 

「あの移動魔法を突破するには、だいたい二通りじゃな」

 

 ほのかが思考している様子からは全く理解していないという雰囲気はないが、沓子は説明を一応することにした。

 

「一つは改変できないほどの速度でボールを打ち出すこと。しかし、ラケットでは全力で自己加速を使っても無理じゃろうな」

 

 移動魔法が改変しているのはベクトルではなく、ボールの座標だ。

 だから理論上、加速魔法はベクトルがなければ(ありえないが)発動できない。しかし移動魔法は加減速の法則を無視しているので、ベクトルが存在しなくても発動可能なのだ。

 移動魔法はあくまでAからBに移動しろという命令のようなもので、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それこそ、どこかの魔神みたく地球の方を動かしたとしても魔法としては成立している。

 

「もう一つは、相手が反応できないようにすることじゃ。今、愛梨がやっているようにな」

 

 ほのかはモニターに視線を移した。

 画面に映っている試合の様子は、試合時間の経過によるボールの追加のせいか、若干愛歌が押されていた。

 移動魔法の壁は、これまでの試合と違ってネットから一メートルも離れているし、ボールを返すタイミングもバラバラになっている。

 

「更に愛梨は前に詰めることで、あの壁を下がらせておるようじゃな。まあ、このまま状況を続けていくと手前に落とされる可能性があるから、いやその前に―――」

 

 沓子の言葉がかき消されるようにインターバルに入る合図のブザーが鳴らされた。

 スコアは0対0と引き分け状態だ。

 

「どうなるの、これ......?」

 

 こんな状態に遭遇したことがないので、ほのかは思わず呟いてしまった。しかし近くにいる沓子は知っているようだった。

 

「どちらも一セット獲得したことになる。大会のルール規定に書いてあるぞ。まあ、滅多に起こらんがのう」

 

 なるべく短く終わるよう、そういうルールになっているようで、ほのかは「へえ~」と少し感心してしまった。

 

「まあ問題は、愛梨の体力と精神力が保つかどうかじゃな。この手の戦いは先に崩れた方が負けるからの」

 

 そう言って沓子はモニターを見つめた。

 画面はさっきの試合のリプレイが表示されており、解説のコメントがスピーカーから流れてきている。

 ほのかには、彼女の表情が少し心配そうにしているように見えた。

 

「うん?なんじゃ、顔に何か付いとるか?」

 

「え!?いや......何でも......」

 

 少し訝しげな顔をする沓子だったが、唐突に内から湧き出てきた疑問に注意が向いた。

 

「そういえば、おぬし余裕じゃな」

 

 そう言うと、ほのかは手をブンブンと振りながら否定しようとしていた。しかし全て言葉にはなっていない。

 

「そうではない、落ち着け。わしが言いたかったのは、おぬしの仲間が追い詰められておるのに、不安そうな様子を見せないのが気になったのじゃ」

 

 その言葉からは「こんなにも自分は不安なのに」という気持ちが見え隠れしていた。

 ほのかは困ったような顔をして、しばらく視線を空中にさまよわせていたが、やがて「馬鹿にしているわけじゃないんだけど―――」と前置きしてから、彼女は口を開いた。

 

「―――えっとね、いざこうして見てるとね、この程度じゃ愛歌は負けないと思うんだ。何となくだよ!理由とかも全然ないし......」

 

 そう言って、彼女は俯いてしまった。

 

「なるほど!確かに変な自信じゃが、わしも何故か納得したぞ!」

 

 しかし、彼女の明るい声がほのかの顔を上げさせた。上手く説明できなかったが、何故か伝わったらしい。

 

「何にせよ、二セット目には決着は着くじゃろう。あの戦法が三セットまで続くとは思えんしな。だからお互い適当に話しながら見守ろうではないか」

 

 彼女は不敵そうに笑っていた。

 その後、自分の魔法特性がバレて慌てるのを、ほのかはまだ知らない。

 

 

 

「ハァ...ハァ......」

 

 全身がダルく重いが、不思議と何故か開放感があった。酸素が足りなくて息をしているのに、そんなことをしなくても生きていけそうな気さえしてくる。

 

 外と内が矛盾している感じだ。

 

 別に悪いことではない。寧ろ魔法の発動がスムーズになる。

 わたしは呼吸と共に全身から噴き出してくる汗をタオルで拭い、脱力するように息を吐き出した。

 

「(できれば一セットを取りたかった......けど)」

 

 0対0の引き分けになるのは、彼女としてはできれば二セット目がよかった。

 対応できない内に一点を決め、後は失点をしないようにしたかったが、そう甘くはないらしい。

 

「次で決める」

 

 彼女の静かなる闘志から出た言葉はコートへと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

「はあー」

 

 体がダルく感じる。

 肉体は殆ど疲れていない筈なのに。

 まあ、原因は魔法演算領域の使いすぎですけどね。

 仮想魔法演算領域による魔法の行使は、わたしの精神に直接の影響はないんですけど、間接的にはあります。わたしの精神が魔法を使って仮想魔法演算領域を操っているんですから、難しい操作を要求されると疲れるんですよね。

 

 当然ですけど。

 

 このままじゃあ、この魔法はもう彼女に通用しませんし、少し手を加えますか。と言っても、大して変えたりはしませんけど。

 シンプルな作戦であるが故に、同じくシンプルな方法で彼女は突破してきました。

 ならば、大して変える必要はありません。このまま地力と地力の勝負を続けましょう。

 

 でも、相手の土俵に乗る気はありませんけど。

 

 

 

 

 

 インターバルは終わり、試合が再開された。

 最初の一球は一セット目が愛梨だったので、次は愛歌の方へ射出される。

 愛歌のコートへ侵入したボールは、彼女の魔法によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 若干の驚きによって愛梨は固まった。

 固まったと言っても、一秒にも満たない僅かな隙であり、彼女の魔法による超反応もあってか、彼女は急いで自己加速へと切り換えることができた。

 何とか彼女はボールを打ち返せたが、彼女にはそれが精一杯だったようで、ボールは打ち上がりながら愛歌のコートへ侵入した。

 侵入したボールは、すぐさま愛歌の魔法によって今度はコートの右奥へと撃ち出されるが、ルーチンとして超反応の魔法を使用していた愛梨は、先程と違って完璧にボールへと反応した。

 彼女は先程のとは全く違う、鋭い一球を愛歌へと返す。

 

「(足を削りにきた)」

 

 それと同時に彼女は愛歌の狙いを察した。

 打ち返したボールは、彼女のコート中央から左端付近目掛けて既に空中で撃ち出されていた。まだ若干の驚きを抱えつつ、彼女は逆加速の魔法をボールに掛けることで対処する。

 

「(あっちとしても、三セット目を迎える気はないようね)」

 

 彼女にとって厄介なのは一セット目と違ってボールの速度は上がっている事と、愛歌がボールの狙いを定めている事だ。

 この競技にボールをコントロールする必要性や有用性は薄いので、そこまで正確な狙いが付けられる魔法だとは彼女も考えていない。

 何故なら相手が反応できないほどの速さがないと、たとえ複雑な軌道を描いたとしても、魔法を上書きされて終わりだからだ。それにネットを越えて相手のコートへ侵入する前に魔法を終了しなければならないルールがある以上、相手コートでは複雑な軌道を描くことはできない。

 よって彼女が厄介だと認識しているのは、ボールをコントロールすることではない。

 彼女が厄介だと認識しているのは“狙う”という行為自体だ。

 

「(さっきと違って軌道が予測できない)」

 

 ただ真っ直ぐに跳ね返す魔法のときは軌道の予測が簡単だったが、そうはいかなくなってしまったのが彼女にとって痛手だった。

 魔法による超反応で十分対応できるが、それでも一セット目のような余裕は持てない。

 

「(こうなることは予想してた。なら、後は全力でぶつかるだけ!!)」

 

 自身にそう言い聞かせつつ、彼女は力強くボールを打ち返した。

 

 

 

 

 

 クラウド・ボールの試合は時間経過によってボールが最終的に九個になるまで追加される。当然ながらボールが増えれば増えるほど肉体や精神の消耗が激しくなるし、ミスも多くなる。

 

 つまり、辛くなってくるのは後半。

 

 そして現在、コートに飛び交っているボールの総数は八個であり、もうすぐ九個目が追加されるところだった。

 

「ハァハァ......」

 

 自己加速を終了し、すぐさま愛梨は超反応の魔法に切り換える。

 状況は彼女が不利だった。

 理由は単純、ボールの主導権を握れていないからだ。

 彼女が勝つには愛歌に反応勝負を仕掛けなければならないが、もちろん愛歌にそれをさせる気は毛頭ない。

 

 彼女が反応勝負を仕掛けるためには、愛歌を一回崩さなければならないという前提条件が存在する。

 そして彼女にとってそれが可能なのは、速いボールを複数打つことだけだ。

 しかし、それはボールを一気に返さなければ防げる話でしかなく、愛歌はそれを実行していた。

 クラウド・ボールのルール上、自分のコートで落下した場合を除いてボールを空中で留めておくのは数秒間だけ許されているので問題はない。

 返ってくるボールの方向はバラバラで、着実に彼女の足を削っていた。

 

「くッ......」

 

 ボールが増えていく後半になる前に序盤から足が削られていたのも尾を引いている。少しでも油断してしまうと、気を張っていないと、今にも倒れそうな予感が彼女にはあった。

 

 足は重く、もう動けないことを伝えてくる。

 全身は熱く、汗が出るそばから蒸発しているのを感じる。

 それでも、彼女の精神は命じ続ける。

 

「(負けたくない!!)」

 

 その一心で彼女は体を動かす。

 誰かのためではない、自分自身の心で。

 彼女の精神に限界はなかった。

 

 だから、この結末は必然だったのだろう。

 

「えっ?......」

 

 ガクンと何かを踏み外したような感覚が、突然彼女を襲った。

 どうやら足の力が抜けたようで、地面をちゃんと踏みしめられなかったらしい。そのまま体勢が崩れ、コートに手を付けてしまう。

 急いで立ち上がろうと彼女は膝を立てるが、足に力が入らなかった。

 

「(どうしてよ!?)」

 

 上手く地面を踏みしめられない自分の足に憤慨するが、現実は何も変わらない。

 すると、試合の一時中断を告げるブザーが会場に鳴り響いた。

 

 

 

 ブザーが鳴り終わると、試合を一時中断するという旨のアナウンスが放送されました。

 わたしは彼女に近付こうか迷っている間に、係員と彼女の調整スタッフであろう人物が彼女に近付きました。彼女と調整スタッフが短く会話を交わすと、次は係員と会話し始めました。

 そうして係員が何処かへ行くと、しばらくして試合の続行が不可能と判断され、わたしの勝利が決定したことがアナウンスから告げられました。

 

 何とも締まらない終わり方です。

 

 まあ、ヒヤヒヤものの持久戦でしたので有り難いですけどね。一回でも押し切られると、たちまち不利になるので怖かったですし。

 一セット目で失点しなかったのは奇跡ですね。

 運が良かったです。

 

 さて、部屋に帰りますか。

 どうせ雫や深雪の出番は終わってるでしょうし。




補足(適当に考えたクラウド・ボールのルール)

・相手を魔法の対象にしてはならない(自分を対象にすることは可能)

・相手コートへ侵入する前にボールに掛かっている魔法は絶対に終了していなければならない

・エリア指定の魔法は禁止(壁や天井を指定する魔法は有効)

・自分コートにボールが落下した場合を除いて、自分コートにボールが留まっていられる時間の制限

・魔法による過度な妨害(失明の危険がある目潰しとか)

 こんな感じですかね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。