沙条愛歌は転生者   作:フクロノリ

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不定期更新だからこそ早いときもあるのだ。

あんまり本編に関係ないお話です。


幕間

「おねえちゃんが勝った!」

 

 嬉しそうに自分の下へと駆け寄って報告してくる娘の姿に、彼女は思わず笑顔をこぼした。娘―――綾香―――の頭を撫でてあげると、綾香は「えへへー」と少し誇らしそうに笑った。

 自分に報告してあげたことに喜んでいるのか、それとも姉のことを喜んでいるのか。

 彼女は二階を見上げる。

 娘が勝ったと喜んでいる姉が、テレビではなく二階で横になっているという事実に少々目眩がしてくる。通信教育みたいなものだと説得されたが、やはり不正をしているような気分になる。

 夫も愛歌には甘かったので、彼女と同じく説得されていた。

 命を救って貰ったという返しきれない恩があるので、彼女たちが愛歌に甘いのは仕方がないことなのかもしれない。

 特に救って貰った本人である彼女としては。

 

「お姉ちゃん、凄いよね!!」

 

 興奮が収まらぬのか、ピョンピョンと跳ねながらそう喋る娘が、彼女は微笑ましかった。

 

「お母様、庭の手入れが完了致しました。他に何か追加のご命令はありますか?」

 

 そう告げてきたのは、全身が水銀色という明らかに人間でないことが一瞬で理解できるであろう風貌をした女性だった。

 愛歌が作ったトリムマウという使い魔だ。日本風に言えば式神、付喪神を使役していることになるのだろうか。

 彼女は追加の命令がないことをトリムマウに告げる。

 するとトリムマウは「では充電に入ります」と言うと、人型から丸いフォルムへと姿を変えた。そして、そのまま彼女は二階へとつながる階段をズルズルと登っていった。

 丸いフォルムになっているのは、かなりの重量がトリムマウにはあるからだ。面積を広げないと階段を壊しかねないのだ。

 そこまでヤワな造りになっていないが、一応の配慮らしい。

 

 彼女の家のHALは屋外、特にガーデニングには対応していないので、トリムマウの存在は彼女にとって助かっていた。

 水銀の塊である彼女にそんなものを任せるのはどうかという意見もあるとは思うが、愛歌から蒸発や酸化などはしないと伝えられていた。

 どうやら自我を強くすることで、それを防いでいるらしい。その分だけ霧状にしたり、色や質感を変えるなどの繊細な操作はできないらしい。

 彼女の夫が研究所を持っていたことが大きかったのだろう(そもそも愛歌は父の研究所の力を借りてトリムマウを作っている)。確かにトリムマウに使われている水銀は蒸発も酸化もしないらしかった。

 それどころか、触っても全く問題ないらしい。

 一応、まだ小さい綾香には触れないよう言ってあるが。

 彼女が魔法師の端くれたる存在で魔法について明るかったことや、単純に愛歌に甘かったのもあって、こうしてトリムマウは沙条家の第二のHALとして暮らしていた。

 

「お母さん、大丈夫?」

 

 不審に思ったのか、娘が少し心配そうに見上げてくるが、「何でもないわ」と誤魔化した。

 テレビへと意識を向けると、二位が居ないままクラウド・ボールの表彰が行われていた。どうやら酸欠で動けないらしく、辞退という運びになったらしい。

 優勝した愛歌に短いヒーローインタビューが行われるが、何とも当たり障りのないという印象だった。

 

 これ以上愛歌の出番はないので、彼女はテレビのチャンネルを変える。

 天気予報や魔法師に対する法律を改正すると公言する議員のニュース、バラエティ番組の再放送などが流れていく。

 調整体として生まれた彼女だったが、彼女は今幸せだった。

 

 

 

 担架で医務室まで運ばれた愛梨は、ベッドで横にさせられていた。

 あのとき、彼女は続行を訴えなかった。気持ちとしてはそうしたかったが、体が無理だと訴えかけていたからだ。

 酸欠で腕を上げるだけでも辛い今の状態に、彼女の悔しさは更に加速していく。

 

「失礼するぞ」

 

 そこで彼女に来客が訪れた。

 

「沓子、どうしてここに」

 

「そりゃあ、おぬしが心配じゃからな。落ち込んでおると思って、こうして来てやったわけよ」

 

 医務室にズカズカと入り込んできた彼女は、ニカッと楽しそうに笑う。

 

「そう・・・・・・けど残念ながら、わたしは元気よ。落ち込んでなんかいないわ」

 

 誰がどう見ても虚勢だった。

 沓子のような優れた観察眼がなくてもわかる。

 しかし彼女は呆れたりせず、むしろ少しホッと安心したような顔を浮かべた。

 

「なるほど。どうやら元気は出たようじゃな」

 

「・・・・・・ええ、ありがとう。沓子」

 

 彼女が自分を気遣っていることを察した愛梨は、彼女に感謝の言葉を口にした。照れたように笑う沓子に、愛梨も思わず笑顔になった。

 

「なに、おぬしの仇はわしが討ってやる」

 

「頼もしいわね。期待してるわ」 

 

「任せておれ」

 

 それ以上、彼女たちの間に言葉は必要なかった。

 愛梨は沓子の勝利を信じているし、沓子も愛梨が立ち直ると信じていた。そんな言葉を交わすことはお互いないが、どちらも相手の信頼を感じていた。

 

 「気合いが入った」なんて顔をしながら、沓子は医務室を立ち去っていった。

 沓子が完全に医務室から去ると、愛梨は小さく息を吐き、何となく天井に視線を向ける。

 現実逃避だったが、効果はなかった。胸の奥から悔しさが湧き出てくる。そして、いつしかそれは涙となっていった。

 

 嗚咽が医務室に響く。

 

 悔しそうに彼女は泣いていた。

 試合に負けて泣いたのは久しぶりだった。

 彼女にとって敗北など数えるほどしかないし、負けたとしても、悔しいとは思うが泣いたことはなかった。

 多分それは、今回の敗北が個人だけでなく、全体に影響があるからだろう。

 悔しさだけでなく、申し訳なさが彼女の胸の内にあったのだ。

 

 しばらく、嗚咽は鳴り止まなかった。

 

 

 

 

 

 ホテルの部屋へと戻ったわたしは、ベッドに仰向けで寝転びました。そのまま目を閉じて、わたしは仮想魔法演算領域に肉体の生命維持と睡眠を頼みます。

 何か異常があれば、わたしに伝えてくれるようになっているので、起こされようとしても大丈夫です。

 わたしと仮想魔法演算領域を繋げている魔法を終了させ、わたしが再び目を開けたときには、ホテルのものとは違う天井が目に飛び込んできました。

 知らない天井ではなく、知ってる天井です。

 

 だって我が家ですからね。

 

 部屋はわたしの部屋です。部屋の雰囲気は余り女子っぽくなくて、工作部屋に近い雰囲気ですが。

 机の上には作りかけのライ○セイバー風のオモチャが置きっぱなしになっています。光の刀身は作れているんですが、まだ鍔迫り合いができないので、きちんと完成してはいないんですよね。

 もちろん、殺傷能力は皆無です。ただ光っているだけなので、熱による溶断もできません。

 部屋の隅で丸くなって充電しているトリムマウを尻目に、わたしは一階のリビングに繋がる階段を下っていきました。

 

 リビングに着くと、母から「あら、おかえり」と言われました。

 

「ただいま」

 

「テレビみたよ!!」

 

 そう言って興奮しながら近付いてくる綾香に、思わず顔がニヤけてしまいます。

 妹を可愛がっていると、母から「ご飯よ~」と声が掛かってきました。

 それを聞いたわたしは、ホテルの人形にも食事を摂るよう、仮想魔法演算領域に指令を下します。達也を騙せるぐらい精巧に作りましたが、食事とかが必要なんですよね。

 一応、疑似人格が代わってやってくれますし、わたしの真似もできますが、またログインするときに人形の脳から記憶を引き出すのが面倒なんですよね。

 人に近すぎたせいで、一人増えたのと同じことになってしまいましたよ。

 いや、アサシンもいるから二人ですかね。




主人公が根源接続者なのは、魔法の理論を書くのが面倒だったからです。

結果だけ書いといても「根源接続者なら仕方ない」で済ませられるぐらい、何でもありな存在ですので。

型月とは全くの別世界にしたのも似たような理由です。

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