沙条愛歌は転生者   作:フクロノリ

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戦いを制したのは

 新人戦女子バトル・ボード準決勝の第二レースが行われる会場は、多くの観戦者で賑わっていた。

 光井ほのかも、その大勢の観戦者の一人だ。

 彼女はこのレースに出場する愛歌と沓子の勝負を見届けにきていた。

 決勝へと見事に勝ち進んだ彼女は、この試合の勝者で決勝の相手が決まる。そのため当事者でもないのに、彼女は試合が始まる前から緊張していた。

 

「(愛歌か、四十九院さんか・・・・・・)」

 

 もし決勝に上がってくる選手がいるとするば、その二人だろうと彼女は考えている。

 愛歌が負ける姿は余り想像つかないが、あれだけ水上に特化していれば勝ち目は十分にある。何せ光波振動系に特化した彼女自身が稀に勝てるからだ。

 正直に言えば、どちらも彼女としては上がってきて欲しくはない。一人は勝てる気が全くしないし、もう一人も水上特化の魔法師だ。

 沓子に自分の手札がバレているが、よくよく考えてみれば愛歌にもバレているので、そのことを彼女が余り引きずることはなかった。

 総合的に考えると、やはり愛歌の方が厄介ということになるが、彼女に沓子を応援する度胸などある筈もなく、ただ観客席で見守るだけだ。

 

「(そういえば雫......大丈夫かな?)」

 

 彼女は親友の雫のことを現実逃避気味に考えた。

 今はアイス・ピラーズ・ブレイクの予選か準決勝の途中だろう。あの競技は一瞬で終わることもあれば、酷く長引くこともあるので予想がし辛いが、少なくとも決勝の時間は午後からだ。

 雫も自分と同じように決勝で深雪と戦う可能性がある。いや、必ず戦うだろう。

 不安ではないのだろうか......

 

「ほのかさん、大丈夫ですか?」

 

「え!?うん、大丈夫だよ!」

 

 心配そうに声を掛けてくる美月に、ほのかは慌てて返事を返す。だが、どうやら大丈夫そうに全く見えなかったそうで、美月は更に心配そうな表情になっていた。

 どうしたらいいのか判らず、ほのかは困惑するしかない。

 

「大丈夫よ、大丈夫!本人がそう言ってるだから。それよりほら、試合始まるわよ」

 

 この微妙な空気をエリカが払拭する。

 レオと幹比古も「それもそうだな」と言うような顔で、心配そうな表情は薄れていた。まだ美月は心配そうな表情だったが、エリカが気を利かせて雰囲気を変えたのに、また微妙な雰囲気に引き戻すのは気が引けた。

 結局、彼女は諦めるようにコースへと視線を戻すことにし、ほのかは「助かった」と安堵の息を吐いた。

 

 美月たちが此処にいるのは、雫に頼まれたからだ。元々、敵情視察は雫がほのかに提案したもので、本来ほのかは雫の試合の応援に参加するつもりだった。

 今日も本来なら雫の応援に行っていた筈だ。

 それがこうなったのは、雫に説得されたからだろう。

 雫としては自分自身の試合に集中して欲しいという気遣いと、自分と同じように挑戦して欲しいという気持ちからの提案だったのだろう。

 その提案を嫌だと思ったことはない。本当に嫌なら自分が言わずとも、その提案を雫自身がなかったことにするからだ。

 寧ろ踏み出せなかった自分の背を押して貰ったようなもので、貴重なチャンスを逃さずに済んだと、雫に感謝していた。

 

 コースにいる大会の係員と電光掲示板がスタートのカウントダウンを始めた。

 それと共にほのかの心臓が高鳴っていく。

 鼓動の音が隣に響いてしまわないか彼女は心配だった。

 そして―――

 

 ―――開始のブザーが鳴る。

 

 

 

 四十九院沓子は少し出遅れた。

 と言っても、これは彼女お得意の精霊魔法を使うのに必要な対価のようなものだ。

 コースの水面が荒れる。波に邪魔されて、波を生み出している沓子を例外とする全員のボードの移動スピードが一気に落ちていった。

 それは愛歌とて例外ではない。

 沓子は一気にリードを広げていった。

 

 かなりの改変を行ったが、彼女のスタミナにそこまでの消耗はない。

 精霊魔法は精霊を支配下に置いてしまえさえすれば、後は精霊に魔法を使うことを命令するだけでいい。そのため術者の負担が極端に少ないのだ。

 最初に時間と手間は掛かるが、それさえクリアすれば後は精霊の支配に集中するだけでいい。

 また、現代魔法師はサイオンの感知に優れているが、プシオンの感知に優れているわけではないので、精霊魔法で仕掛けた罠を改変が行われるまで発見し辛いというメリットもあった。

 だが―――

 

「―――それ、貰うわね」

 

「なっ!?」

 

 ―――突然、何体かの精霊とのリンクが強制的に切られた。

 驚きで振り向いた彼女は、精霊が起こす波に乗りながら接近してくる愛歌の姿を捉えた。

 

「(あやつ、移動に特化しておるのではないのか!?)」

 

 てっきり彼女は愛歌を移動に特化した魔法師だと考えていた。超能力にしては小回りが利きやすすぎるので、そういう結論に至ったのだ。

 しかし精霊とのリンクを切れるとしたら、それは―――

 

 

 

「精霊とのリンクを切るなんて......」

 

「えっと......どれくらい凄いことなんですか?」

 

 そう呟く幹比古に、イマイチ凄さが理解できない美月が聞いた。レオとエリカも気になったのか、幹比古の方を向く。

 

「えっと、精霊とのリンクって言うのは、要するに精霊を支配している手綱のようなものなんだ。それが切られる、乗っ取られるってことは―――」

 

「―――愛歌の方が精霊魔法の使い手として上ってことね」

 

 彼の言葉の続きを、エリカが語った。

 幹比古は「概ね正解だよ」と言いながら、曖昧な笑みを浮かべる。

 

「概ねってのは?」

 

 レオが説明の続きを求めた。

 

「あの程度の精霊を従えるのに、大した力を使うことはないからね」

 

 簡潔な説明だったが、皆一様に納得した。

 レオも得心がいったように笑う。

 

「つまり干渉力の問題ってことね」

 

 エリカが幹比古が語ったことを要約する。

 彼はコクリと頷いた。

 

 

 

 すぐさま沓子は愛歌より後ろにいる選手たちを妨害している魔法を解くように精霊に命令した。

 そんな連中たちに構っている場合ではなくなった。

 寧ろ、沙条愛歌が後ろの妨害に手を割いてくれれば御の字だろう。

 

「(精霊魔法の罠の仕掛けは見破られるか!!)」

 

 罠として潜ませた精霊が支配され何事もなく進んでくる愛歌に、沓子は焦りの感情を抑え切れない。

 

「(幸い、奴のボードの操作技術がそうでもないおかげで、まだリードを保てているが......)」

 

 それでも着実に差は縮まっている。

 追い付かれるのは時間の問題だった。

 

「ならば!!」

 

 沓子のボードの後ろから波が生まれる。

 彼女はその波に乗りながら、移動魔法で更に加速していった。

 

「(おぬしの妨害が不可能なら、自分を加速させるまで!!)」

 

 しかし、ボードの操作技術でカーブが上手ではないにしても、妨害のない単純なスピード勝負では愛歌の方が圧倒的に有利だ。

 どんどん愛歌に追い付かれていく。

 

「(逃げ切る!!)」

 

 ボードを加速させようと魔法を放とうとしたとき、ガクンとボードが後ろに沈んだ。

 

「えっ?」

 

 何が何だかわからない様子のまま、彼女は水面へと落下する。

 彼女はすぐに原因が何かを理解した。

 自分の近くに水の精霊が活性化しているのを発見したからだ。

 

「(いつ送り込んだ!?いや、もしや切ったのか!?)」

 

 自分が掌握していない精霊を感知できなかったことに、彼女はショックを受ける。いつの間にか制御を奪われていたのか、精霊を送り込まれたのか、どちらにしても大してショックの差は変わらない。

 彼女の正気を取り戻すように、愛歌が沓子を抜かして一位へと躍り出た。沓子も慌てて後を追ったが、最後まで彼女が愛歌に追いつくことはなく、試合は終了した。

 

 

 

「(マスター、これ以上アレを放っておくのは......)」

 

「心配症ね...わかったわ。やっていいわよ」

 

「(はい、証拠も残しません)」

 

 念話が切れる。

 沙条愛歌は溜め息をついた。

 手を出す必要が大してないのに手を出すが、自分に繋がる証拠を一切残そうとしないアサシンの妙な有能さに、頭痛がしそうだったからだ。

 本当に一切の証拠を残さないから、余計にタチが悪い。

 まあ、今回は殺すわけでもないので、それなりに彼女は手を貸すつもりでいた。

 

「『視覚同調』」

 

 愛歌は目を閉じ、アサシンの視覚を借りる。

 サーヴァントもSBの一種―――精霊のような存在である以上、SB魔法や精霊魔法は当然有効だ。アサシンとの契約や仮想魔法演算領域へのログインも、精霊魔法を応用したものの一つだ。

 アサシンの視覚から大柄な男の姿が映る。

 彼女はその男とアサシンに向けて魔法を発動させた。

 

 

 

 いつの間にやらジェネレーター十七号は、突然空中へと放り出されていた。

 普通の人間なら呆けて地面に叩きつけられて大ダメージを負うだろうが、ただの兵器である彼にそんなことが起こる筈もない。

 一瞬の硬直の後、すぐさま彼は落下の体勢に入り、慣性中和の魔法を発動させた。

 地面との激突の威力を和らげ、地面に着地する。肉体を強化されている彼に殆どダメージはない。

 辺りを見回すと、どうやら九校戦会場の駐車場のようだった。まだ昼休みには早く、試合も終わっていないので、駐車場に人の気配はない。

 会場へと戻ろうと踵を返すと、突然後ろから首を触られた。

 彼は振り向こうとしたが、失敗した。

 強烈な酩酊感と手足の痺れが彼を襲ったからだ。

 すぐに毒だと彼は気付いたが、どうにもならなかった。

 彼は神経毒や睡眠剤に耐性があるよう造られているが、それでも三十秒も保たずして地面にうつ伏せで倒れ込んでおり、瞼も閉じてきている。

 振り向けないので、どんな相手か彼には確認できない。

 結局何もわからないまま、何もできないまま、彼の意識は闇へと落ちた。

 

 

 

「こちら真田、通報のあった場所にはジェネレーターが無力化され放置されていました」

 

「無力化?達也か?」

 

「いえ、どうやら麻痺毒のようですね。おそらくホテルの侵入者を無力化したものと同じ類のものかと」

 

「そうか......わかった」

 

 真田との通話を切り、風間はジェネレーターを無力化した存在の目的を考える。しかし敵なのか味方なのかも不明な存在なのに、その存在の目的など思い付く筈もない。

 しばらくして「考えても仕方がない」と、彼は正体不明の存在についての思考を放棄し、無頭竜の対処へと思考を切り換えた。




どうでもいい設定
 英霊召喚の魔法と契約の魔法は、それぞれ別々の魔法。

 トリムマウの所有権は父親の研究所が持っている。

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