沙条愛歌は転生者   作:フクロノリ

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魔術協会の三大部門って過去、未来、現在に分類できるんですね

書いてて気付きました


騒乱に一般人は翻弄されるしかない

「(はあ~)」

 

 余りの憂鬱さに、思わず愛歌は心の中で溜め息を吐いていた。

 彼女の目に映るのは横浜国際会議場、今年の全国高校生魔法論学論文コンペティション―――通称論文コンペの会場である。

 これから起こる騒乱を知っている彼女からすれば、憂鬱になるのは無理もないだろう。

 彼女に行きたくないという気持ちがないわけでもなかった―――というか多分に含まれている―――が、彼女の心の中には行かなければならないという強迫観念が渦巻いていた。

 

 彼女の身は人形だ。壊れても死にはしない。

 言い換えてしまえば、友達を見捨てて一人だけ安全圏に籠もっているのに等しいだろう。

 見ず知らずの人間の死を悲しめるほど彼女は聖人ではないが、友達を助けないほど冷たい人間でもないので、このことに強い罪悪感を抱いていた。

 もちろん罪悪感は彼女が勝手に感じているだけだ。そんな義務や責任は彼女にない。

 しかし一般人精神の彼女は、それを振り切れるほどの精神性や生の執着を持ち合わせていなかった。

 

 98パーセント以上の確率で自身がいなくても友達が全員無事に生還できることを、彼女は未来視で一応確認していたが、油断はできなかった。

 彼女の未来視は測定ではなく予測タイプ、あくまで未来を推定する力しかなく、未来を限定する力は持たない。

 つまり結果が上下するのだ。

 

「(測定を使うのは......)」

 

 流石に躊躇った。

 未来視という力は麻薬だ。使い続ければ未来に囚われてしまう。

 それでは瓶倉光溜と何も変わらない。

 未来に不安を覚えない者に、彼女は成りたくなかった。

 

「愛歌~、早く会場に入ろう~」

 

 遠くからほのかの声が聞こえてきたので、愛歌は強引に自分の中にある未来への不安感を抑えつけて無理矢理結論を出す。

 未来視の誘惑を跳ね除けたのだ。

 しかし、そんな彼女の顔に浮かんでいたのは自嘲の色だった。

 

「(結局、原作知識(未来の知識)のおかげね)」

 

 

 

 

 

 時計が午後三時三十七分を指し示すと、横浜国際会議場も騒乱の波に呑み込まれた。

 外から響く爆発音と振動に、会場内がどよめく。

 そして会場内の動揺が収まり切らぬ状況のまま、次の変化が彼らを襲った。

 

「大人しくしろっ!」

 

 突然そんな怒声と共に、物々しいライフルを構えた集団が会場内へと雪崩込んできた。

 殆どの聴衆が恐怖に竦む。何人かは反抗の意志を見せたが、彼らが行動に移す前に銃声が会場内に一発轟いた。その銃による脅しは、まだ高校生の彼らには効果覿面のようで、反抗の意志を見せた者たちの意志を即座に挫いた。

 

「デバイスを外して床に置け」

 

 銃声が轟いた後の会場内は静かだったので、その侵入者の声はよく響いた。

 ステージの上の三校生たちが悔しそうな顔をしながらCADを床に置く。そして―――

 

「おい、お前もだ」

 

 通路に兄弟二人で立っていたのが目についたのだろうか、侵入者が慎重に達也へとライフルを構えながら近寄ってくる。

 しかし達也はCADを置く様子を全く見せない。それどころか、怯えた様子を見せない彼に、侵入者の一人が苛立った。

 またも銃声が響き、今度は悲鳴も会場内に響いた。しかし弾丸が達也の胸を貫くことはなかった。

 起きた結果としては達也の胸の前には彼の右手が何かを掴み取ったかのように握られていただけだ。

 銃弾を放った侵入者は理解不能な状況に、恐怖で顔を引きつらせていた。そんな状況でも、訓練されていた侵入者は二発、三発と、銃弾を達也に撃ち込んでいく。

 しかし、そのどれもが達也の胸を貫くことはなく、代わりに彼の何かを握り込んだような右手の位置が変わるだけだ。

 

「(派手なことで)」

 

 達也の大立ち回りを愛歌は他人事のように見ながら、アサシンに念話で街の状況を聞く。どうやら街にも煙が上がっているらしいので、本格的に横浜騒乱編が始まったことを愛歌は認識した。

 

「(後は一応......)」

 

 銃が効かないと判断した侵入者が、達也に素手で腕を切り落とされるという幻のような光景に会場内の全員が気を取られている。その内に愛歌は根源から『凍火(フリーズ・フレイム)』の起動式を持ってくると、『眼』で捉えていた侵入者全員の対魔法師用のハイパワーライフルを沈黙させた。

 舞台の両袖に共同警備隊のメンバーがいることは彼女自身の『眼』で把握済みだったが、万が一のためだ。

 結局のところ、それは杞憂に終わり、何の犠牲もなく無事侵入者は警備隊のメンバーによって全員無力化されたのだが。

 

 

 

「(うん?)」

 

 警備隊が両袖から魔法で侵入者を無力化するのを見ていた達也は、いつの間にやら銃が無力化されていることに気が付いた。

 深雪でないことはわかる。あのときCADを操作する素振りはなかったし、CADなしでは侵入者全員の銃を無力化するのは難しい。

 

「(となると―――)」

 

 達也はチラリと愛歌の方を見た。

 彼女は周りが動揺や不安で怯える中、涼しい顔で席に座っていた。

 達也と同じ眼を持っているであろう沙条愛歌ならば、これだけの銃器を一斉に照準することは可能だろう。それに彼女はCADを使わないので、魔法を発動する予備動作も必要ない。

 

「(無力化したのは......俺が侵入者の相手をしていたときか?)」

 

 周りに気を配る余裕がなかったのはそのときだ。あのときは深雪と侵入者に気を払っていた。

 更に自身が相手をしていたライフルも無力化されていたのを見るに、自分が侵入者の腕を切り落とした辺りで無力化したのだろう。銃を向けられていたときに無力化されていたのなら、流石に気が付く。

 達也は思わず愛歌の警戒をより強めてしまうが、しかし今は優先順位が違うことも彼は理解していた。まずは正面出入り口の敵を片付けようと、愛歌から視線を外した。

 

 

 

 愛歌は達也たちが正面出入り口で敵をバッタバッタと斬り伏せているのを尻目に、アサシンと念話で会話していた。

 

「(アサシン、地下通路の敵は?)」

 

「(片付けました)」

 

「(なら、地下通路の生徒たちの護衛をお願い)」

 

「(......)」

 

 念話なので顔は見えないが、アサシンの不満が愛歌に伝わってくる。しかし逆らうことはせず、少しの沈黙の後に了解の返事が返ってきた。

 アサシンとしては側で護衛させて欲しいが、肉体が最悪壊れても構わないという愛歌に、側で護衛させて欲しいという自分の意見が通るとは微塵も思わない。

 時間の浪費にしかならない以上、アサシンは了解するしかなかった。まあ、それでも不満であることには変わりがないのだが。

 

「......盛り上がっているところ悪いけど、これからどうするの?」

 

 愛歌はアサシンとの念話を終了すると、正面出入り口の敵を制圧し終え、エリカの武器について盛り上がっていた達也たちに話を切り出した。

 レオも愛歌に続き「そうだぜ」と同調する。

 

「情報が欲しいな。行き当たりばったりで泥沼にはまり込むのは遠慮したい」

 

 その達也の言葉に雫が反応した。

 どうやら雫が言うにはVIP会議室という施設があるらしく、そこであれば大抵の情報ならアクセスできるとのことだった。しかも暗証キーとアクセスコードも知っているらしい。

 達也は北山潮による雫の溺愛っぷりに少し苦笑いしながら、その施設に案内するよう雫に頼んだ。

 

 

 

 VIP会議室で受信した警察のマップデータは沿岸部が危険地域を示す赤色に染まっており、それが見ている間にも内陸部へと拡大していた。

 かなりの状況の悪さに達也は顔をしかめるが、どれくらい現状が悪いかを知れたのは僥倖だと考え、意識を切り換えた。

 急いで皆と避難経路について話し合い、地上からシェルターへ向かうことが決まる。

 

「それと、デモ機のデータを処分しておきたい」

 

 達也の提案に皆が頷き、急いでデモ機の下へと移動を開始すると、服部と沢木を連れた十文字と出くわした。

 三人は制服の上から鱗状に重なり合う小さなプレートで表面を覆ったボディアーマーを着用しており、事態の深刻さを伝えてくる。

 

「他の者も一緒か。お前たちは先に避難したのではなかったのか?」

 

 言外に「さっさと避難しろ」と指示してくるが、デモ機のデータが盗まれないよう処分したいと達也が伝えると、十文字が同行してくれた。地下通路のことで一悶着あったが。

 

 しかしデモ機が放置されているステージ裏には鈴音、五十里、真由美、摩利、花音、桐原、紗耶香という先客がいた。

 どうやら目的は達也と同じらしく、デモ機のデータ消去らしい。

 「後輩が頑張っているから」という理由で真由美や摩利が避難せず残っていることに達也は少し呆れながらも、五十里に頼まれた控え室にある他校のデモ機のデータ消去を行った。

 

 

 

 達也のデータ消去の速さについて花音に少し問い詰められたが、先輩方にたしなめられると、不承不承ながら引き下がっていった。

 そして達也たちの話題は当然、これからの行動についてになる。

 

「どうやら地下通路―――中条さんたちの方は大丈夫のようです。ゲリラはいたようですが、先に誰かによって無力化されていたらしいです」

 

「何だって?」

 

 鈴音の言葉に摩利が驚く。

 他の人間も同じような表情だったが、唯一愛歌だけが驚いていなかった。

 

「一体誰が......いや、こんなことを考えている場合じゃないな」

 

 摩利は思考を追い払うように頭を振る。

 

「みんな、船は乗れそうにない。こうなればシェルターに向かうしかない、とあたしは思う。どうだ?」

 

 それ以外に選択の余地はないという状況だが、生憎のところ達也に回答する余裕はなかった。

 彼は壁に向かって銀色のCADを構える。

 達也の『眼』に映っていたのは横浜国際会議場に猛スピードで突っ込んでくる大型のトラックだった。高さ四メートル、幅三メートル、総重量三十トンを誇る装甲板の鎧を纏った大型トラックに『雲散霧消』を発動しようとCADの引き金に指を掛け―――離した。

 彼が魔法を発動する前に、魔法の兆候を大型トラックの右の前輪から感じたからだ。

 

 大型トラックが急に右へ曲がる。

 右前輪を引きずるようなその曲がり方はハンドルをどれだけ勢いよく切っても無理な動きだ。

 

「(右の前輪の摩擦係数を大きくしたのか)」

 

 達也はそう分析し、魔法を放った人物―――愛歌の方へ視線を向けた。

 あの大型トラックを今照準できるのは『マルチ・スコープ』を持つ真由美と愛歌しかいないからだ。

 彼女も達也の方へ視線を向けており、その視線からは「感謝しなさいよ?」と聞こえてくるようだった。

 また借りができたな、と達也は苦笑いを浮かべる。図書館で見逃して貰ったときの借りも返せていないのは、正直余り笑えないが。

 

 愛歌の魔法によって右に急転身させられた大型トラックは、そのまま慣性の法則に従って横転し、正面出入り口の前に備え付けられていた階段に激突した。

 衝撃で会議場が揺れたが、大事はなさそうだった。

 

「達也くん、凄いじゃない!」

 

「いえ、アレは―――」

 

 『マルチ・スコープ』で覗いていた真由美は、達也の仕業だと勘違いしていた。達也は誤解を解こうとするが―――すぐにまた外へと『眼』を向けた。

 真由美も顔を青くしている。

 何せこちらに向かって小型ミサイルの群れが飛んできているのだから。

 達也は迎撃の魔法を構築するが、しかし今度の攻撃も彼が手を出す必要はなかった。

 幾重にも重なった魔法の防壁が達也たちのいる部屋の壁に構築される。しかし小型ミサイルがその防壁に着弾する前に、横から撃ち込まれたソニック・ブームによってミサイルの雨は全て空中で爆発四散した。

 

「おまたせ」

 

 控え室の扉から急に声が掛かり、達也と真由美は肉眼へと視点を戻す。

 入ってきた人物に真由美は驚く。

 

「響子さん!?」

 

 そこに立っていたのは、達也の知り合いでもある藤林響子だった。

 

 

 

 

 

 あの後、達也が独立魔装大隊に所属している大黒特尉であることが明かされたり、エリカの兄である千葉寿和が同行してくれることになったりと色々あったが、どれも愛歌にとっては縁遠い話だった。

 一般人である彼女は流されるままだ。

 そんな彼女はアサシンと念話していた。

 

「(マスター、地下通路を通ってきた生徒は全員シェルターへと避難しました。地下通路が一部崩落しましたが幸い怪我も軽傷ばかりです)」

 

「(ありがとう。こっちは逃げ遅れた市民のために輸送ヘリを呼ぶことになったわ。わたしはそれで脱出するつもりよ)」

 

「(合流します)」

 

「(その必要はないわ。貴方は魔法協会支部を守りなさい。何かあれば()()()()()()()())」

 

「(......わかりました)」

 

 またも不満そうにするアサシンに、愛歌は思わず苦笑してしまう。後で機嫌を直す何かを考えるようにしようと、彼女は思った。

 

「さて......と」

 

 念話を切り、愛歌はヘリが着陸できる地点を確保するため、目の前に広がる瓦礫の山を移動魔法で除去する事に集中していく。

 彼女の魔法力は凄まじく、巨大な瓦礫があろうと関係なさそうだった。

 

「沙条さん、本当に一人で大丈夫?」

 

 真由美が心配そうに愛歌へ声を掛ける。

 愛歌が一人で整地をやってくれるのは、作戦を立てる時間的にも人手を増やすことができる人材的にも助かるのだが、普通これだけの重い物を動かしまくるのは術者に負担が大きい。

 しかし愛歌は涼しい顔で「問題ないですよ」と言う。

 

「そ、そう?」

 

 整地のスピードが落ちているわけでもないため、真由美はそう言うしかない。無理に言って後輩の顔に泥を塗りたくはなかった。

 そんな真由美の心配を余所に、愛歌はアサシンの戦いの舞台を整えようとしていた。

 

「(魔法協会全域に強力かつ誰にも気取られずに結界を張るのは面倒ね......なら)」

 

 他の存在にやって貰おう。

 愛歌は整地の作業を進めながら魔法協会支部の方へ視線を向けると、根源から()()()を持ってくる。そして魔法式に余計なものが付いていないことを確認しつつ、彼女は魔法式を投射した。

 投射した魔法式の効果は認識阻害の結界、内側で起こっている異変を外に気付かせないものだ。結界としては普通の効果だが、しかし対象とする範囲は魔法協会支部全域と広大だ。

 広大すぎると言ってもいい。

 普通なら何日も準備が必要な規模だ。しかもこれだけ大規模でありながら、誰も結界が張られたことに気が付いていなかった。

 魔法協会支部の魔法師、大亜連合軍の魔法師、独立魔装大隊の魔法師、そして達也でさえも結界が張られたことに気付くことはなく、戦いの舞台は完成した。

 

 後は出演者を待つだけだ。




実は根源から魔法式を持ってくれば、本人が使えない魔法でも簡単に使うことができるのだ(ドン!!)

まあ、おかしいと思わなかったか?の話の前書きで気付いていた人はいたかもしれないけど。

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