沙条愛歌は転生者   作:フクロノリ

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精神を一般人にしたことで原作に関わらせるのが難しくなった気がする。

魔法科の世界、マジで物騒すぎでしょ......


未来視は便利

 あれから期末試験が終了し、九校戦のメンバーも決まりました。

 ほのかや雫は当然九校戦のメンバーとして選ばれ、エイミィも何とか期末試験で好成績を収めたようで、メンバーに選出されました。

 

 もちろん、わたしも九校戦のメンバーに選ばれ、新人戦のバトル・ボードとクラウド・ボールに出場することが決まりました。

 わたしとしては、面倒なクラウド・ボールは遠慮したかった競技なのですが、得意な魔法と言うべきものが存在しなかった―――と言うより、わたしが設定しなかったせいで、残った競技に割り振られてしまいました。

 ゲームで言う過労死枠―――迷ったら取り敢えず入れとけ、みたいな雑さでした。

 

 当然と言えば当然の采配なんですけどね......

 

 

 

 

 

 九校戦前に開かれる懇親会に参加するため、五十人を超える一校の生徒たちは、バスに乗って会場へと向かっていた。

 

 そして、そのバスでの移動中、ほのかは慌てていた。

 別に彼女に危険が迫っているわけではないし、彼女が対処する必要はないのだが、彼女にこの空気は耐え難かった。

 何とかしないと、と思っている彼女は、この空気の元凶にチラリと視線を向ける。

 彼女の視線―――バスの通路を挟んだ向こう側には、一人の美しい少女がいた。

 

「......まったく、誰が遅れて来るのか......わざわざ外で......何故お兄様がそんな......」

 

 ブツブツと愚痴っているこの少女―――深雪がその元凶だった。

 深雪は魔法を使っていない筈なのに、彼女からは冷気が発しているような錯覚を、ほのかは覚えてしまう。

 

 彼女がこうなったのは、七草会長が遅れて来る連絡があったのにも関わらず、達也がこの炎天下の中で一時間半ほど外で待っていたことに起因する。

 彼女は、達也がトーラス・シルバーの片割れ、ソフトウェア担当のシルバーであるのを知っている。その兄に選手の乗車確認と言う雑用を押し付けるのは、彼女からすれば有り得ないことだった。

 

 名刀を打てる人間に、そうでない人間が買い出しを頼むようなものだ。

 

 彼女からすれば、達也からシルバーの技を見せて貰えるのだから、他の人が率先して雑用を請け負うぐらいして然るべきだと思っているほどだ。

 しかし、彼らは達也があのトーラス・シルバーの片割れであることを知らない。

 

 だから、これは深雪にとって八つ当たりのようなものだった。

 深雪は今すぐにでも、この場で達也がシルバーであると暴露したいが、そんなことをすれば兄に迷惑が掛かってしまうと知っている。

 達也がトーラス・シルバーの片割れであることがバレると言うことは、社会的地位を確立すると言うことだ。

 そうなれば、達也が四葉の手から離れたところで力を付ける可能性が大きくなってしまう。

 

 そんなことを四葉は許さないだろう。

 

 より一層機嫌が悪そうな雰囲気になった様子の深雪に、声を掛けるほどの勇気は、ほのかにはなかった。

 ほのかは隣の席に座っている雫に「どうしよう」と視線を送る。

 ほのかの頼られる視線に、雫はコクンと頷いた後、深雪に「深雪、大丈夫?」と声を掛けた。

 

「大丈夫よ、雫。わたしはお兄様のように炎天下の中で外に立たされていたわけじゃないもの」

 

 深雪は笑顔かつ、静かで柔らかな口調で答えた。誰がどう見ても目は笑っていなかったが。

 雫は返された言葉に「そう...」と相槌を打つしかない。彼女は口下手で口数も少ない。話すことが得意な人間ではないのだ。

 

「(さっきより状況が悪化してるじゃない!)」

 

 ほのかは、そう心の中で叫んだ。だが、そうしたところで彼女に良い作戦が思いつくはずもなく、彼女は寒気を覚えそうな深雪の笑顔から視線を逸らし、再び雫に視線で「どうしよう!?」と助けを求めた。

 だが、雫は既に諦めていた。首を小さく横に振る彼女の動作が、諦めろと言う意味であることを理解したほのかは顔を青くしてしまう。

 

 ほのかが深雪の機嫌を直そうとするのは、友達として何とかしないといけないと言う強迫観念がないわけでもないが、それよりも大きい理由として、彼女は楽しくおしゃべりしたいと思っているからだ。

 このバスは二・三時間も経てば、目的地の宿舎へと辿り着いてしまう。その頃には深雪の機嫌も直っているだろうし、話せる時間も多いだろう。

 しかし、ほのかはバスの中でも楽しくおしゃべりしたいのだ。だが、今の深雪の横で雫と楽しくおしゃべりすることなど、彼女には到底できない。だから、ほのかは最後の希望として、深雪の隣に座っている彼女―――沙条愛歌へと視線を向けた。

 

 沙条愛歌の席は深雪の横隣―――バスの窓側の席に座っており、深雪の剣呑な雰囲気など気にしていないのようで、窓の外を詰まらなさそうに眺めていた。

 彼女が深雪の隣なのは、彼女が深雪と一緒になることが多かったせいか、取り敢えず深雪は愛歌とペアにしておけ、と言う風潮が生まれてしまったからだろう。

 愛歌としては、ブラフがバレない程度なら仲良くしても大丈夫と考え、深雪は自分と競い合える愛歌と一緒になり易くなるのは大歓迎だったため、お互いに止めて欲しいとは言わなかった。

 深雪は、愛歌が達也を傷つけたことを許してはいないが、達也が「刺激するな」、「引きずるな」と言っている以上、深雪はそれに従う。

 彼女が達也の意に背くことは決してない。

 だがそれでも流石にすぐに割り切ることはできず、達也の誕生日パーティーで愛歌が祝っていたときは、かなり微妙な心境だった。

 

 自分の視線に気付かないかも、と一瞬不安になったほのかだったが、精霊の眼(エレメンタル・サイト)から視線を向けられている情報を得た愛歌は、ほのかの方に顔を向けた。

 

 愛歌は、すぐにほのかの視線の意味を理解した。目の前で黒いオーラを放ちながらブツブツと呟く深雪を見れば、誰だって理解できるだろう。

 彼女は交通事故に見せかけたバスへの攻撃を未然に防ごうと、バスの外を『眼』で警戒していたので、深雪のことに関しては全く気が付いていなかった。気にしていないのではなく、気付いていなかったのだ。いや、出発するときまで深雪の機嫌が悪いことは知っていたが、彼女は原作のように雫が何とかすると思っていた。

 

 そして、精霊の眼(エレメンタル・サイト)は、意識してイデアに接続する性質上、意識しなければ情報を認識することができない。このとき、愛歌はバスの外に七割、残り三割は自分に『眼』の力を注いでいた。

 この場合の“自分”とは、バスの中に座っている彼女の肉体のことで、彼女の周囲の情報は含まれていない。

 深雪の魔法の暴走によって、彼女の肉体に直接的な被害が出ていれば、深雪の機嫌の悪さが続いていることに彼女は気付いただろう。だが、そうならなかったため、ほのかに視線を向けられるまで、彼女は気が付かなかったのだ。

 

「深雪、ほのかが怖がってるわよ。そこまでにしておきなさい」

 

 愛歌は、魔法の暴走なんかされて、寒い思いをするのは真っ平御免なので、ほのかをダシに使って深雪に正気を取り戻させる。

 深雪はハッと目を見開き、ほのかの方に視線を向けると、ほのかは驚いた表情をしており、席から腰を半分浮かせていた。

 深雪に見つめられていることに気付いたほのかは、何とも微妙そうな苦笑いを浮かべ、浮かせていた腰をゆっくりと席に戻した。

 

 ほのかとしては「確かにそう思っていたけど、もっと他に言い方とかなかったの!」と抗議したかった。しかし、彼女にそんな深雪の前で抗議できる度胸があるのなら、とっくに深雪は正気に戻っている。

 結局、口実に使われたほのかは、その場で愛歌に文句を言うことはできない。

 

「ほのか、怖がらせてごめんなさい。雰囲気も悪くしちゃって」

 

 そして、ほのかの何とも微妙な表情を見た深雪は、冷静さを取り戻し、ほのかに謝罪した。

 

「大丈夫だよ!深雪!」

 

「そうそう、深雪のお兄さん好きは十分わかったよ」

 

 ほのかが慌ててそう言い、雫が茶化した。

 深雪は雫の発言に「もう、雫ったら!」と言いながら顔を赤くし、一気に和やかな雰囲気になる。

 ほのかはホッと胸をなで下ろし、雫に感謝の視線を送ると、雫は静かに首を横に振った。

 長年の付き合いから、ほのかは今の雫の動作が「気にしないで」と言う意味だとしっかり認識していたが「もう少し何とかならないの?」と心の中で思ってしまう。

 そして、ほのかは助けてくれた愛歌に視線を向けるが、彼女はさっきと同じように、再び窓の外を詰まらなさそうに眺めていた。

 何だか話しかけ難い雰囲気なので、ほのかは宿舎に着いたときに改めてお礼を言おうと思い、彼女から視線を外した。

 

 愛歌がほのかを助けた一番の理由は、バスへの攻撃を未然に防ぐことに集中したかったからだ。

 彼女は未来視で一応どのくらいで起こるのか、ある程度は把握しているし、ぶっちゃけタイヤがパンクしたのを見てからでも余裕で間に合うのだが、そんな事態が起こる前で余裕綽々と待てるほど、彼女の精神は図太くはなかった。

 そして、それから二十分程経った頃、遂にそれはやってきた。

 

「危ない!」

 

 そう叫ぶ千代田花音の声は、もう愛歌には聞こえていなかった。

 彼女は既に『眼』をスピンし始めた車に注ぎ、車体に斜め上方の力が加わる魔法を捉えた。

 

 そしてそれを―――『分解』した。

 

 『術式解散(グラム・ディスパージョン)』―――魔法式は魔法式に干渉できないと言う法則の中の例外に当たる魔法。

 それにより、車はガード壁を飛び上がることはなくなり、車はガード壁を嫌な音を立てて削りながら数メートル移動した後、ようやく止まった。

 

 愛歌が魔法を使ったことは、誰にも気付かれなかった。

 それは、達也も例外ではない。

 車体が不自然にジャンプしたからこそ、彼は運転手が魔法を使って自爆攻撃を仕掛けたことを見破ることができたのだ。そのジャンプが起こらなければ、事故が偶然にもバスの横で起きた、と彼が思うのも仕方ないだろう。

 

 そしてそんな事故の一幕が窓の外へと流れていくと、バスの中はザワザワと少し騒がしくなった。興奮する者、心配する者など、反応は人によって様々だったが、暫くすると彼等は皆、段々と興味をなくしていった。

 

 愛歌は息を小さく吐くと、未来視を使って再び同じような攻撃があるのか確認する。根源から送られてきた未来だと、もうないようだったが、彼女は一応まだ三割程『眼』をバスの外へ向け、このまま警戒することにした。




実は根源でも検索してはいけないワードがあります。

ヒント:SAN

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