沙条愛歌は転生者   作:フクロノリ

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アサシンは魔法科の魔法を使って召喚しています。

愛歌が「できるかな」と何となく思って、根源から魔法式を読み込んだら召喚できました。


おかしいと思わなかったか?

 愛歌たちが温泉に入っている頃、達也はホテル周りをブラブラと歩いていた。

 少し前まで達也は作業車で起動式のアレンジをしていたのだが、五十里啓という二年の先輩にそろそろ切り上げてはどうかと言われ、達也はその言葉に素直に従い、作業車から引き上げたのだ。

 達也が担当する選手が出場する競技は全て四日目以降の新人戦、時間的な余裕はかなりあった。彼が無理して根を詰める状況ではない。

 

 そうして部屋にすぐ戻らずに散歩していると、達也は妙に緊張した気配を感じた。

 最初は泥棒か何かだと考えたが、達也が感じた気配はそれよりも暴力的で好戦的だった。

 それに、ここは軍の施設の一部だ。人と機械の双方で監視しており、かなりのセキュリティーの高さだ。泥棒が入るにはリスクが高過ぎる。

 達也はイデアにアクセスしようと―――

 

 ―――その瞬間、その気配が消えた。

 

 急に気配が消えたことを達也は訝しみながら、ホテル周辺に『眼』を向ける。そして、すぐに彼は侵入者であろう三人の存在を捉えた。

 すぐに達也は現場に急行した。

 

 達也が現場に到着すると、麻痺して動けなくなっている三人の侵入者たちと、彼よりも先に現場に到着していた幹比古がいた。

 

「あっ、いや......達也!これは違うんだ!」

 

「落ち着け、幹比古」

 

 慌てて誤解を解こうとする幹比古を達也は止めた。

 

「こいつらは動けなくなっているだけで、死んではいない。そして、お前がここに到着していたときには、この三人はもうこうなってたんだろう?」

 

「う、うん。...その通りだよ、達也」

 

 達也が正しく状況を理解していたことに安心した幹比古は、息を吐いて落ち着いた。

 

「原因は......毒か?」

 

 三人の侵入者たちは、どうやら体が痺れて動けないようだった。意識はあるようだったが、舌も痺れていて話せないらしい。

 しかし、電撃による火傷のような目立った外傷は、特に見当たらない。切り傷や刺し傷も同様に見当たらなかったので、達也は毒がパッと思いついたのだ。

 

「幹比古、警備員を呼んできてくれ。俺はこいつらの武装の解除と監視をしておく」

 

 三人の侵入者を無力化した方法について、一人で詳しく調べたかった達也は、幹比古を自然と現場から離れるよう、彼に警備員を呼んで貰うよう頼んだ。

 

「わかった!すぐに呼んでくる!」

 

 そして達也の発言に違和感を覚えることなく、幹比古はホテルの方へと駆け出して行った。

 ホテルへと走っていった幹比古の姿が消えるのを見送ると、達也は三人の武装を解除しながら、体に何らかの痕跡がないか、目と『眼』を使って調べ始めた。

 

 

 

 結果として、この三人の侵入者たちは、最初に達也が考えたように、毒―――毒ガスによって無力化されていた。

 侵入者たちの皮膚を調べても注射された痕跡がないことと、意識があるのに体の麻痺が未だに解けていないことが、彼にとって大きなヒントだった。

 

 普通、空気中の成分割合を弄る魔法を使ったとしても、基本的には気絶するだけだ。体が麻痺するにしても一時的で、すぐに回復する。

 少なくとも、三人とも麻痺したままの状況を作り出すのは、空気中の成分割合を弄る魔法では難しかった。

 そう考えたからこそ、既に達也の『眼』は侵入者たちを無力化した毒を捉えていた。

 

「何かわかったかね?特尉」

 

「どうやら、毒ガスで無力化されたようです」

 

 後ろから掛けられた声に、達也は驚かなかった。

 彼の情報次元に存在する『眼』から、自分の背後に何者かがいることは、既にわかっていたからだ。

 

 そしてそれが、おそらく風間玄信であることも。

 

 実際のところ、達也は誰かが背後にいるのはわかっていたが、具体的に誰がいるのかまではわかっていなかった。

 だが、彼が三人の侵入者たちにかなりの視線を注いでいたとはいえ、精霊の眼(エレメンタル・サイト)を使用していながら、彼に気配を完全に察知させない人間は、それほど多くない。

 そしてここが軍関係の施設ということを踏まえると、達也はすぐに答えに辿り着いた。

 

「そうか......その三人はこちらで預かろう」

 

「わかりました。それにしても、この侵入者たちは何が目的なのでしょうか?」

 

「さあな」

 

 妹に害を及ぼす存在かもしれないと考え、達也は侵入者たちの正体をさらりと風間から聞き出そうとするが、風間の短い返答が返ってきただけだった。

 惚けたのか、知らないのか、風間の表情からは読み取れない。

 

「だが達也、気を付けろよ」

 

 風間が真剣な顔でそう言うと、思わず達也の気も引き締まった。

 さっきの風間が言った「気を付けろ」という言葉は、この三人の侵入者たちを送り込んだ存在ではなく、その彼らを無力化した存在について言っていることを、達也は理解したのだ。

 現場に無力化した張本人がいないのを確認したときから何となく達也は予想していたが、やはり軍の人間が無力化したわけではないようだった。

 でなければ、無力化した方法を尋ねてくる理由はない。

 

「そうですね、気を付けることにします。では、失礼します」

 

「ああ、明日の昼にでも、ゆっくりと話すことにしよう」

 

 そう言葉を交わして二人は別れる。

 

 達也は三人を無力化した毒の構造を既に把握していたので、あの三人にはもう興味がない。

 彼の『眼』で侵入者たちの情報体に紛れ込んだ毒を一から見つけようとするには、それなりに時間が掛かる。

 しかし、麻痺する前と後の情報体にまで過去に遡りながら見比べれば、どれが毒なのかは簡単にわかるのだ。

 

 ただ、その毒が何の毒なのかは、達也にはわからない。彼は毒の構造が理解できるだけで、その構造を持つ毒の名前や種類がわかるわけではないのだ。

 

「(厄介だな......)」

 

 達也は心の中でそう呟き、ホテルにある自分の部屋へ戻って行った。

 

 

 

「(やはり、あの『眼』は厄介です......)」

 

 髑髏の仮面を付けた褐色の少女―――アサシンは、自分の部屋へと戻って行く達也をホテルの屋上から見下ろしていた。

 達也が彼女の視線に気付く様子はない。

 それは、彼女が持つ気配遮断スキルが、世界とほぼ同化しているに近しいからだろう。

 彼女に見られていても、見られているという情報が小さすぎて、達也はその情報―――小さな違和感を認識できない。

 

 アサシンにとって、達也はマスターに害を成し得る数少ない存在だ。しかし、忌々しいと感じながらも、彼女は決して視線に殺気は込めない。

 達也が視線に気が付くのを警戒したのだ。

 強い感情が乗った視線は、情報としても大きくなる。そうなれば違和感も大きくなり、気付かれる可能性が高くなってしまう。

 

 彼女は図書館のときのように、感情に任せて気配遮断を解除するヘマはもうしないと決めている。あの男たちを殺さなかったのは、マスターである沙条愛歌が涼しい顔で立っていたからだろう。

 そうでなければ、理性など吹き飛んでいたに違いない。

 

「(彼に触れられれば、わたしの勝ち......)」

 

 物騒なことを考えているが、実際にアサシンは達也に攻撃を仕掛けることはしない。

 達也を確実に仕留められる自信が、彼女にはないからだ。

 

 気配遮断は攻撃時だけでなく、一度認識されると相手の認識範囲を抜け出すまで、そのランクは大幅に下がってしまう。

 そして、達也の『眼』は索敵や追跡することに秀でており、彼女の奇襲が成功する確率は低かった。

 そうして奇襲がバレてしまえば、彼女に達也を仕留める自信はなかった。

 

 アサシンというクラス自体、元々直接戦闘が得意ではないクラスだが、取り分け彼女の直接戦闘の能力は低い。

 これは彼女の暗殺方法が、色仕掛けからの毒殺が基本だったからだ。

 それなりの実力はある、と彼女は自負しているが、それなりの実力しかない、とも言えてしまう。

 達也レベルの体術で逃げに徹されれば、仕留め切れるかどうか怪しかった。

 それで自身の姿を晒して逃げられるのは、彼女にとって最悪だ。

 

 達也の『眼』に、一度でも捉えられると、そう易々と彼の『眼』の追跡能力から逃れることはできない。

 図書館のときは、マスターである沙条愛歌が認識を誘導する精神干渉系魔法の力添えがあったからだ。

 彼女一人では、そう簡単にいかない。

 

 これ以上、沙条愛歌に迷惑を掛けるのは、彼女にとって避けたかった。

 しかし、その考えは、迷惑を掛けたら申し訳ないと思う気持ちではなく、愛歌に必要とされなくなるのが怖いという気持ちから来ている。

 

 ―――彼女は沙条愛歌に捨てられることを恐れている。

 

 それは沙条愛歌が強すぎる、というのもあるが、アサシンの自己評価の低いのもあるのだろう。

 アサシンが消滅しても、戦力的には沙条愛歌に大した被害はない。

 それは、彼女自身が一番よくわかっている。

 たとえ、アサシンが守っている沙条愛歌の肉体を壊すことができたとしても、その程度で沙条愛歌は死なない。

 

 ()()()()()を壊したところで、意味などない。

 

 守る意味などない。

 けれど―――

 それでも―――

 

 ―――彼女は沙条愛歌を守りたい。

 

 一緒にいたい。

 捨てられたくない。

 せっかく掴んだ宝を手放したくない。

 

「(だから......殺せる機会があれば、殺せる確信があれば―――殺す)」

 

 

 

 

 

 バトル・ボード準決勝、そこでは摩利さんと七校の選手がフェンスへと吹っ飛んでいました。

 大きな悲鳴が観客席の会場からポツポツと上がっています。

 

 わたしは、彼女たちを助けませんでした。

 

 死ぬほどのものなら助けましたが、死なないなら別に助けません。

 わたしは彼女たちと親しくしているわけではありませんし、助ける義理もありません。

 いちいち知らない人に構う気はありません。

 人を助けはしますが、人を救いはしません。全人類の面倒を見る気は、わたしには微塵もないです。

 

 全能になっても、一般人は神にはなれません。

 

 

 

 その日の夜、わたしとエイミィの部屋に、達也と深雪が訪ねてきました。

 

「渡辺先輩の事故について、少し話がある」

 

 達也がそう言うと、わたしは自然と部屋の中へ視線を向けます。

 相部屋のエイミィは、今ここにはいません。

 立ち話させるのも何なので、わたしは二人とも部屋に上がらせました。

 

「それで?何が聞きたいの?」

 

 わたしがそう聞くと、深雪が部屋に遮音の魔法を使用しました。

 

「七校の選手のCADに、どんな細工がされたのか知らないか?」

 

 どうやら、二人が聞きたいことは電子金蚕についてのようです。もしかしたら知っているかもしれないと思って、わたしを尋ねてきたのでしょう。

 ですが―――

 

「知らないわ」

 

 ―――教えるつもりはありません。

 どう考えても、わたしが知っているのは不自然でしょう。

 正体がわかっていても、遠目で見るのは難しいぐらい微弱な精霊です。

 達也が電子金蚕に気付いたのは、彼が完璧に深雪のCADの情報を把握していたからです。もしも他の人が調整したCADなら、間近でやられても達也が気付かない可能性があるほど、電子金蚕という魔法は良くできています。

 

「そうか......」

 

 その質問の解答には期待していなかったのか、達也からそれ以上の追求はありませんでした。

 

「なら、あの侵入者たちをやったのはお前か?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 前半の文章に疑問符が入っていますが、達也は殆ど断定に近い口調でそう聞いてきました。

 侵入者たちのことは、無力化したことを含めて、アサシンから全て聞いています。

 だけど―――

 

()()知らないわね」

 

 ―――これがわたしの解答です。

 深雪が疑惑の眼差しでわたしを見つめて―――もはや睨んでいる―――きますが、気にせず無視します。

 達也は、深雪のような疑惑の眼差しではなく、観察するような目で、わたしの目を覗き込むようにジッと見詰めてきます。

 本当かどうかを見抜きたいようですが、わたしにその手の方法は効きません。

 聞きたいことが聞き終わったんですし、もう答えたんですから、さっさと帰って欲しいです。

 

「そうか、すまなかったな。無駄な時間を取らせた」

 

「構わないわ」

 

 わたしの願いが通じたのか、達也は部屋から出て行こうとします。

 深雪は「いいのですか?」と心配そうに達也を見つめていましたが、達也が深雪に無言で微笑むと、深雪は頬をほんのりと赤く染めました。

 急速に部屋の中が甘ったるくなります。

 

 さっさと出て行け。

 

 

 

「お兄様、本当によろしかったのですか?」

 

「多分、あれ以上は時間の無駄だろうからね」

 

 深雪は、達也の部屋で先程のことについて聞いていた。彼女は達也の真意を測りかねていたのだ。

 達也も深雪も、愛歌が何も知らないとは考えていないし、思っていない。

 少なくとも、あの侵入者を無力化した存在は、沙条愛歌と関係があるに違いない、と達也は確信していた。

 

「侵入者たちを無力化した毒が、特別閲覧室でお兄様が見た毒に似ていたのなら、愛歌が侵入者を無力化したのは明らかだと思いますが?」

 

 そう、侵入者たちを無力化した毒は、あのとき特別閲覧室で倒れていた男たちの体内―――ではなく、特別閲覧室の室内に薄く漂っていたのだ。

 

 それは、感情で制御を誤ってしまった小さなミスが表れた結果だった。

 だが―――

 

「深雪、重要なのはそこじゃないよ。俺たちは九校戦の妨害を止めるために動いているんだ。彼女が侵入者たちを無力化したかの真偽は重要じゃない」

 

「そうですね......なら、お兄様は何のために愛歌の部屋を訪ねたのですか?」

 

 深雪は達也が意味のない行動はとらないと知っているが、それでも達也の行動の意味が理解できないことはある。

 

「侵入者たちは、他に何か持っていなかったか、何か気になることを話していなかったか、みたいな新しい情報が他にないか知りたかったんだが......どうやら何も知らないようだったな」

 

 その言葉に続けて「まあ、ダメ元だったからな」と言って淡い苦笑を浮かべながら、達也は仕方なさそうに肩を竦めた。

 しかし、深雪の疑問は解決されていない。

 

「そんな会話をなされているようには見えませんでしたけど......」

 

 そう言いながら深雪は、あの短いやりとりを脳内で再生しながら過去を振り返っていくが、やはりそんな会話をしていた記憶はない。

 

「二回目の俺の質問のとき、愛歌の答え方、少しおかしかっただろう?」

 

 達也にそう言われ、深雪は改めて脳内で振り返ってみると、確かに不自然だと思った。

 全く驚かない愛歌の反応に目が向いていたが、前半の質問―――侵入者たちを無力化したかどうか―――に愛歌が答えていないのだ。

 そして、それを兄もスルーしていた。

 そこまでの考えに辿り着くと、ようやく深雪は得心がいった顔になった。

 

「お兄様にとって、前半の質問は答えてなくてもよかったのですね」

 

「愛歌が認めないのは予想がつくからね」

 

 話してくれるなら達也としては万々歳だが、そんなに都合よくいくとは、流石に彼も思っていない。

 彼にとって、二番目の質問に答えてくれれば、後は別に構わなかったのだ。

 達也の唯一の不安点は、愛歌が何も知らないという発言が嘘の可能性だが、嘘を言われるよりはマシだ。

 

 だが結局、達也は何も情報は得られなかった。

 大会委員にいる裏切り者が誰なのか、CADに細工する方法、そして九校戦を妨害する目的、殆どが謎のままだ。

 それでも、彼は一つずつ調べるしかない。

 彼は自分が全能でもなければ、神でもないのを知っている。

 

 ―――人の思惑を変えることはできない。

 ―――しがらみは分解できない。

 ―――世界を思い通りに操れない。

 

 そして―――人を生き返らせることはできない。

 

 彼は、よく知っている。




一般人が、あんなに表情や声色を操作できるかな?

ちょっと深雪より魔法力がある程度で、空間転移なんて可能かな?

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