沙条愛歌は転生者   作:フクロノリ

9 / 16
挑戦者たち

 九校戦の四日目にある新人戦の女子バトル・ボード予選、その第二レースが行われるコースに、沙条愛歌の姿はあった。

 彼女はコースのスタート位置で静かに試合開始の合図を待っており、その顔から不安そうな表情は全く見受けられない。

 

「うん?」

 

「どうしたの、沓子(とうこ)?」

 

 三校の一年生である四十九院沓子(つくしいんとうこ)と一色愛梨の二人は、レース開始の合図を観客席で待っていた。

 彼女たちが観客席に座っているのは、観戦と言うよりも敵情視察の面が強かった。

 一校の一年生二大エース―――その一人が、この予選の第二レースに出場すると耳にした沓子が、いかほどの実力なのか、と気になって足を運んできたのだ。

 

 その行動に、愛梨は付き合っていた。

 最初はスピード・シューティングの予選に出場する一年の十七夜栞(かのうしおり)を応援する予定だったのだが、その応援する本人の栞から「沓子の方に行ってあげて」と諭されたのだ。

 その後も彼女から「心配しなくていい」「予選は個人戦だから問題ない」「その二大エースはスピード・シューティングに出場しない」などと言われてしまえば、流石の愛梨でも彼女の気遣いを無碍にはできなかった。

 

 ―――共に高みを目指している彼女が、こんなところで負ける筈がない。

 

 彼女は、そう信じることにした。

 

「......」

 

「沓子?」

 

 返事を返さず、黙って何かを見詰めている沓子に、愛梨の目から心配の色が浮かび始める。

 そろそろコースの点検も終わり、予選第二レースが始まろうとしている時間帯、手持ち無沙汰で退屈だった沓子は、スタート位置でボードの上に立っている選手たちを何となく眺めていると、あることに気が付いてしまったのだ。

 最初は勘違いだと思った彼女だが、どれだけ注意深く観察しても結果は変わらない。

 勘違いの類ではないと、彼女は確信する。

 

「あやつ、CADを持っておらん」

 

 沓子が“あやつ”と言っている人物が、一体誰を指しているのか、すぐに愛梨は理解した。

 この敵情視察の目的であり、原因となった人物、二大エースの一人である―――沙条愛歌のことだ。

 

「確かに......CADを持っていないように見えるわね」

 

 愛梨もしっかりと愛歌を観察するが、そのような物は確かに確認できなかった。

 ボードには大会委員が指定する規格があり、試合開始前に大会委員から検査されるので、CADをボードに内蔵することはできない。

 選手たちが着用しているウェットスーツでは、体や服のどこかに隠し持てるようなスペースはないし、呪符のようなCADの代わりとなる物も確認できない。

 普通CADを忘れる筈がないし、忘れたとしても、すぐに気が付くレベルの忘れ物だ。一試合の準備時間が長いバトル・ボードなら、取りに戻れるだけの時間的余裕も多い。

 それにCADを忘れたにしては、沙条愛歌の顔からは不安や焦りが全く見られない。

 CADを忘れたとは、些か考え辛かった。

 つまり―――

 

「ちょっと、待って!?もしかして彼女......」

 

 答えに行き着いてしまった愛梨は、小さく叫び声を上げた。

 彼女の叫び声が小さかったのは、叫び声を抑えられなかった彼女なりの意地だろう。

 それほどの異常だった。

 

「ああ、多分そうじゃろう......」

 

 沓子も愛梨と同じ答えに辿り着いたのだろう。

 戦慄した様子の彼女が浮かべている苦笑いは、とてつもなく引きつっていた。

 愛梨は未だ信じられない顔で呟いた。

 

「彼女、C()A()D()()使()()()()()()()!?」

 

 この場合の彼女が言っているCADとは、感応石を使った魔法工学製品のことではなく、古式魔法に使われる呪符のような魔法具を含む、魔法の発動を補助する物全般を指していた。

 愛梨の出した答えに、沓子は同意するように頷く。

 彼女たちが驚きで固まっていると、間もなく第二レースが始まる、という旨のアナウンスが会場全体に響き渡った。

 アナウンスで我に返った二人は、出場選手たちが集まっているスタート位置に視線と意識を集中させた。

 すぐに試合開始へのカウントダウンが始まった。

 観客の声が次第に小さくなっていき、会場全体が静まり返っていく。

 

 ―――そうして、遂に女子バトル・ボード予選の第二レースの火蓋が切られた。

 

「速い!」

 

「......」

 

 愛梨が驚きの声を漏らし、沓子は真剣な表情でレースを見詰めていた。

 試合は愛歌の独走状態だった。

 完璧なスタートダッシュを決め、今も後続との差をどんどん広げている。

 余りにも差が広がりすぎて、後続の選手たちが愛歌に対して妨害の魔法を発動しようにも、彼女の後ろ姿を視界に捉えられない。

 達也や真由美のような『眼』を持っていない選手たちでは、視界外へと消えてしまった愛歌に、妨害の魔法を発動することは不可能だった。

 遅延術式による罠を仕掛けるも、愛歌の『眼』で簡単に見破られてしまう。

 

 その後も、愛歌と後続の選手たちとの距離が縮まることはなく、バトル・ボードの予選第二レースは、沙条愛歌の圧倒的な勝利で幕を下ろした。

 

「沓子、どう見る?」

 

「超能力か、それに迫れるスピードで発動できるぐらい『移動』に特化している魔法師......かのう」

 

「古式魔法の使い手という線は?」

 

 九校戦の会場では、常にサイオン感知に優れている不正防止の大会委員が、コースだけでも十数人以上で監視しており、その監視網を掻い潜って不正を行うのは普通難しい。

 だが、プシオンの感知に優れているわけではないので、霊的存在を扱う類の古式魔法であれば、不正を行えるかもしれない。

 そのプシオン感知に秀でている沓子が何も言っていない以上、その可能性は低いと思いながら、愛梨はダメ元で聞いてみる。

 

「ないじゃろ。古式魔法の使い手なら、姿勢や歩き方で何となく判断できるからのう」

 

 沓子は断言した。

 幼い頃から色々な所作や心構えを教える古式魔法の家は多く、違いが大きい動作も存在するが、それよりも似た部分―――通ずる点の方が多いので、何となく判別できる古式魔法の使い手は多い。

 系統や宗派、そして流派まで正確に判別できるほどではないが、これには沓子も自信アリだった。

 彼女自身、かなり鍛えられていると自負しており、相手の背景を何となく察することができた。

 

 そして彼女から見た沙条愛歌は、司波深雪や北山雫のような、良い家のご令嬢という雰囲気は、まるで感じ取れなかった。

 いや寧ろ、そこらにいる一般人と大差ないとさえ、彼女は感じていた。

 

「(何とも不気味じゃな)」

 

 凄いのに、凄味を感じない。

 一般の人間からも優秀な魔法師が生まれることは、沓子も理解している。しかし、それを疑ってしまいたくなるほど、沙条愛歌の才能は余りにも突出しすぎている。

 

 ―――限度を超えている。

 

 それを頭で理解していても、納得できる範囲を、許容できる範囲を超えてしまっている。

 しかし沙条愛歌自身から、あれほど突出した才能を持ち得たことに納得できるだけの背景は、まるで感じ取れない。

 それが、沓子には何ともチグハグで不気味に見えた。

 

「それで沓子、勝算はあるの?」

 

 沙条愛歌が使った手段を考えても仕方がない、愛梨は思考を切り換えることにした。

 そして彼女は、どう愛歌に対応していくつもりなのか、沓子に尋ねた。

 

「ボードが水面を走行しなければならない以上、どれだけ『移動』に特化していようと、わしが有利じゃ」

 

 自信満々に沓子は言い切った。

 彼女は怖じ気づくどころか、戦うのが待ち遠しそうな表情を浮かべており、どうやら彼女の戦意は失われていないようだった。

 その様子を見た愛梨は、ホッと安堵の息を小さく吐いた。

 

 

 

「やはり圧倒的だね、愛歌は」

 

「う、うん......」

 

 スバルの口から飛び出た感想に、ほのかは顔を青くして頷いた。

 彼女たちは愛歌が出場する第二レースを、最初から最後まで観客席から観ていた。

 そして、いずれは対戦するかもしれない相手である愛歌が、圧倒的な勝利を収めている姿を見て、ほのかは思わず萎縮していた。

 

「大丈夫さ、ほのか。君も練習してきたんだ」

 

 ほのかの予選レースは午後からだ。つまり彼女は、まだ試合に出てすらいない。

 この調子ではマズい、そう感じたスバルは、ほのかに励ましの言葉を掛ける。

 

「......そうだよね。達也さんが考えてくれた作戦もあるんだし、頑張らないと」

 

 ひとまずスバルの言葉で、ほのかの顔色は若干だが良くなる。

 ほのかとスバルの二人が観客席にいるのは、試合の観戦や愛歌の応援と言うよりも敵情視察の面が強かった。

 この敵情視察は、ほのか一人でも問題なく行えるが、わざわざスバルは「付き合うよ」と言って、同行してきてくれたのだ。

 ほのか自身、一人だけでは心細いと感じていたので、スバルからの同行の申し入れは、彼女にとって有り難かった。

 そして、彼女たちが敵情視察をしていた相手は、三校の彼女たちと同じく、クラスメートである沙条愛歌だ。

 いずれ戦う相手の試合を、彼女たちは目に焼き付けていた。

 

「それにしても、CADを使わない方が魔法を速く発動できるなんて、どうなってるんだろうね?」

 

「達也さんは、体質的な何かが原因なんじゃないかって言ってましたけど......」

 

 愛歌がCADを所持せずに高速で魔法を発動している光景は、愛歌自身から予め目の前で実演されていたので、二人から特に驚きは見られなかった。

 

「体質か......便利そうだが、愛歌の処理速度ありきの力って感じだね。普通の魔法師じゃあ、CADのスピードに勝てるとは到底思えない」

 

「そうかもしれないけど......」

 

 実際には、愛歌が持っている体質だ。スバルの言う仮定は、ほのかには慰めにならない。

 更に、その魔法を発動するスピードも凄まじい速さだ。

 その発動スピードの速さが、達也や他の技術スタッフが調整したCADを使うよりも速かったため、彼女に技術スタッフは不要だと判断されて、割り当てられていないぐらいだ。

 

「ほのか、そろそろスピード・シューティングの会場に戻らないか?流石にエイミィの予選試合は間に合いそうにないが、雫の予選試合なら間に合うかもしれない」

 

 そう提案するスバルの顔は、良いものが見れた、と若干ながら満足気な表情をしており、その目からは闘志が見え隠れしている。

 その様子を少し不思議に思ったほのかは、少し考えてみると、スバルと愛歌はクラウド・ボールで戦う可能性があることに思い当たった。

 

「(わたしに付き合ってくれたのって、スバルも愛歌の試合を観たかったから?)」

 

 違う競技の試合だが、魔法力を把握するだけなら、どの競技でも関係ない。

 可能性がない、とは言えなかった。

 自分は敵情視察に付き合ってくれたスバルに、有り難いと思っていたが、実はスバルも渡りに船だったのではないか、そんな考えがほのかの脳裏をよぎる。

 しかし、彼女にそんな思考を口に出せる勇気は持てず、ひっそりと胸に仕舞って、スピード・シューティングの会場に向かうべく、観客席から立ち上がった。

 

 それから二人は、何とか雫が出場するスピード・シューティングの予選試合に間に合い、彼女の活躍を目にすることができた。

 その活躍ぶりに奮起されたのか、その後のほのかの顔からは不安が消え失せ、バトル・ボードの予選試合を危なげなく突破した。




手加減しすぎると舐めプで、全力を出すと大人気ない

線引きが難しい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。