「なあ咲夜、お前のその銀の懐中時計って時を止めてる間止まってるのか?」
紅霧異変と呼ばれる異変が博麗の巫女と、今私に話しかけてきている霧雨魔理沙によって解決されたのが数ヶ月前。妹様も長年悩まされた狂気からほとんど解放され、明るさを取り戻してきた時期。
紅魔館の中で十六夜咲夜は、いつも使っている懐中時計について問われた。多分私が時を操る程度の能力で、時を止めている間に生じる時間のズレに疑問が出たのだろう。
「少し違うわ。時を止めてる間も動いていて、解除したときに時間がまた合うのよ。」
「へぇ。便利だな。ということはパチュリーから貰ったのか?」
勝手に時間が合うというとこから、魔法を使えるパチュリーから貰ったものだと思ったのだろう。私は指先で髪を弄りながら答えた。
「…それも違うわ。これは、今はどこにいるかも分からないし連絡すらもしない紅魔館の執事長から貰ったのよ。」
あまり答えたくない質問にも繋がりそうね。少し濁そうかしら。咲夜は内心そんなことを思いながら無意識のうちに【彼】のことを思い出していた。
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「…それも違うわ。これは、本来ここにいるはずだった紅魔館の執事長から貰ったのよ。」
「はぁ!?」
私の質問に対して妙な間を空けてから咲夜が答えてくれた。おいおい。思わず変な声がでちゃったじゃんか。思いもしなかった新人物?妖怪か?に驚いたが、思考を整理する。まず吸血鬼の館っていうことと、全面真紅な壁や床とか少なくとも正直私はここで働こうとは思わないぞ。そいつは変人か?しかも執事長ってことは男か。自分以外全員異性だなんて想像できないな。普通だったら気を使いすぎておかしくなりそうだ。
「そいつはどんなやつだったんだ?」
「…人間よ。」
えー。そう答えらても困るんだが。この紅魔館で人間というのは珍しいのは理解しているが、種族しか答えないっていうのはどうなんだ?
しかもどこにいるかわからないっていうのも気になるし。何かあったのか、それとも嫌気がさしたのかは知らないが、理由も気になる。
「他には?」
「…この話はここで終わりにしましょ。紅茶はどう?」
あからさまな話題転換だな。けど、態度も変だから今は無理にでも聞くのはやめとくか。
「めちゃくちゃ気になるけど、そうだな、やめとくぜ。」
私がそう言うと咲夜がほっとしたのがわかった。よっぽど聞かれたくないことか思い出したくないのか?
不安そうにも見えたが…
今こいつには聞かないつもりだけど、ますます興味深くなってきたな。
「あれ?咲夜さんと魔理沙さんは彼の話をしてるんですか?」
「違うわよ。ちょっと美鈴、あなた仕事はどうしたのかしら?」
ちょうど話が終わりそうで、咲夜が紅茶を入れてこようとした時、門番の紅美鈴が会話に混ざってきた。どうやら美鈴はそいつのことを話すつもりらしい。咲夜には手のひら返しで悪いと思うけど聞かないようにしていた内容に好奇心が勝る。
「そうだぜ。その彼?って言うやつのことをききたいんだぜ。」
「はぁ。私は紅茶を入れてくるわ。」
咲夜は美鈴が来ると割とあっさり諦めたのか、溜息をついて席を立ったが、紅茶を入れに行ってくれるようだ。まあ時を止めて移動していない様子を見るに、自分がこの場にはあまり居たくないっぽいな。美鈴も同じ考えに至ったのか咲夜の方を見てクスッと笑っている。
さて、じゃあ私は紅魔館の執事長でここにはいないという【彼】の話を聞くとするか。
「ではそうですね。まずは名前からですね。
彼の名前は
美鈴は、一度深呼吸してから語り始めるのだった。