「テーマパークに来たみたいですねー。テンション上がるなぁ〜」
「あーはい、そうすね」
カニやらフグやら多種多様な看板で賑やかな街中、その丸い大きな瞳を輝かせキョロキョロ周りを見渡す藤原と、全然乗り気では無い石上のペア。
休みの日にわざわざ2人でお出掛けだと言うのに色気も何もない。いつも通りの2人だった。
「初の遠征ですよ、遠征!!石上くんはもうすこーしテンション増し増しでも良いんじゃないですか?」
「別に僕は来なくても良かったんじゃ?」
「石上くんの薄情者!!女の子1人でこんな危ない土地を散策しろと!?私ひとりで歩いてたら大変なことになってますよ」
「そんな事は無いでしょう。遅い時間帯ならともかく、こんな真っ昼間から何も無いですってば」
「石上くんは甘いですね。この辺りは駅から建物の中に入るまでに通行人に襲撃される事で有名なんですよ。治外法権になってて、一部ではパスポートの要らない外国だって言われてる位です」
藤原は声のトーンを落とし、脅すような口調で話す。気を付けないと背後から刺されますよ、油断をしていると……。ドスって。
隣を歩く石上の脇腹に肘を立て、あー怖い、怖い、と揶揄う様に。
「そんな事言って怒られても知りませんよ?地元の方に失礼じゃないですか」
「お父様が言ってたもーん。この辺りは危ないから女の子だけで歩いたらダメだって。特にあの橋の辺りは危険だって」
「大袈裟なんですよ、藤原先輩は。この時期は川に飛び込む輩も居ません。オフシーズンですから。それに、この間だって都内のラーメン屋で変なおじさんに絡まれるとか言って……」
石上はあの愉快なラーメン喰い達の事を思い出す。確かに変な人達だったが、決して悪い人達では無かった。
「女の子1人のラーメン屋さん巡りは危険がいっぱいなんです。石上くんは男なんだから、つべこべ言わずに私をガードして下さいよ。そしたら石上くんにだって良い事があるかも知れませんよ?」
「そうですか。まあ、来た以上は楽しみますけどね。別にラーメン嫌いじゃないですし」
ラーメンが嫌いな高校生男子など居ない。恐らく居ない。石上とて往復3万程の交通費を無駄にするつもりは無かった。来た以上は多少なりとも元は取りたい。
「それで、今日はどんなスケジュールなんですか?」
「目的地まではあの通りを真っ直ぐに歩いていくだけですね」
この辺りはラーメン激戦区になっていた。どこもかしこもラーメン屋だらけ。どこに入ってもそれなりに美味しいラーメンにありつける。故に店選びは慎重にしなくてはならない。
「何軒くらい梯子できますかねー?」
「それは藤原先輩の胃袋と相談ですね」
2人の目的地はそんなラーメン通りを抜けた先にある大手家電量販店。その9階は全国から選りすぐりの有名店ひしめく専門フロア。全9店舗からなる通称『ラーメン一座』と呼ばれていた。
「あらあら、言いましたね石上くん。先にお腹いっぱいになっちゃって、無様にギブアップするのは石上くんの方じゃないですか?」
「いやいや、流石に藤原先輩よりは食べられますよ。そんなに大食いって訳では無いですけど女子に負ける程ヤワじゃないですから」
勿論、都内にも有る系列店は今回の遠征ではスルーする。折角、こうして遠方までやって来たのだから此方でしか食べられないお店に入らなければ嘘だ。そうした事情もあって、行きたい店は5店舗。混み具合や腹具合を考慮して、最低でも3店舗は周りたい。
「ほう。都内ラーメン女王-爆食の青春ガール-の異名を持つこの私にトーシロである石上くんがラーメン喰いで勝負を挑むと?なんて命知らずな」
「あ、あのクソコテ藤原先輩だったんですか?いっつも的外れなレビュー書いてる。情報収集の邪魔になるんで、今後からレビューサイト荒らすのやめて下さいね」
醤油 豚骨 味噌 塩 鶏白湯 担々麺 ちゃんぽん つけ麺 油そば。
そこへ行けばこの世の全てのラーメンが食べられる世界…と、言うのは多少大袈裟だが、ラーメン喰いを自称する藤原にとって其処はパラダイスの様に感じられた。
◆◆◆
1軒目。魚介豚骨系のラーメン店。
旨味凝縮のドロスープに香り歯応えの良い自家製麺が相性抜群。フロア内でも屈指の人気を誇る。
「うんま〜〜い。これぞ王道って感じですよ。あ〜今日、来て良かったぁ〜」
「気に入って頂けたなら良かったです」
「ねぇ、石上くん?このスープの旨味成分は何から取ってると思う?」
あ、また始まった。と、石上は呆れる。さっきも言ったばかりなのに……。
無論、答えは知っている。事前の情報収集は欠かさない。そうでなくても、店主のラーメンに対する拘りが店内にデカデカと書かれている。余程でなければ外さない筈だが……。
(どうせ藤原先輩の事だから頓珍漢な事を言うんだろうなぁ)
余程な先輩はきっと外してくるだろうなぁ、と確信しつつも、面白いから黙っておこう……意外と意地悪な石上は静観を決め込んだ。
「これきっとアジですよ。丁寧に取った出し汁とじっくり手間暇かけて煮込んだ豚骨を合わせなければ、この珠玉のスープには辿り着けない筈です。店長さんのラーメンに対する想い。そうこれは執念。そんな味がします」
「あー今回はまあまあ惜しいですね。アジではなくてアゴ。飛魚の焼きと煮干しを中心に引いた出汁に15時間以上炊いた豚骨を絶妙なバランスで合わせたスープ。タレにも飛魚を使用し、旨味を重ね合わせてる、そうですよ?」
「へーー。今回もリサーチしてくれてたんですね。そっかーアゴね、あー実はそっちじゃないかなーって悩んだんですよねー、あーそうでしたかーーなるほど、アゴね」
「レビュー間違えないで下さいよ」
「あー地元じゃないから調べて無いと思ってたのになーあーなんだかんだ言って石上くんもノリノリだった訳ですか、へーー。好きなんですねぇ、らぁめん」
らぁめんのイントネーションにイラッとした石上は言葉のナイフを取り出した。ギラリとした抜き身の刃が藤原に遅い掛かる。
「そこに書いてますけどね」
石上が指差す先に張り紙がひとつ。そこにはこう記される。
-アゴ出汁と豚骨のハーモニー-
-上品なアゴの風味広がる洗練魚介豚骨!-
「せめてカウンターPOPくらいは見たらどうです?」
見れば、メニュー表の横にも同じ文言が小さく記されていた。店主のこだわりである。
「先輩にはこっちのが合っていたかも知れませんね」
-カレーラーメン ¥900-
単なるメニュー表の文字なのに、藤原の心は深く傷付いた。
「あー鶏チャーシューおいしー」
タンパク質と脂質だけが癒し。炭水化物との同時摂取で心の超回復を図る藤原であった。
2軒目。黒豚とんこつのラーメン店。
クリーミーな豚骨スープ好きにはこれ!日本でも海外でも人気のクリーミーな豚骨スープとこだわりの細麺は唯一無二。
「これめっちゃ旨いやつぅ〜。豚骨なのに臭みが無くってクリームスープというか、まるでフレンチみたいです」
「実際、日本だけじゃなくって海外進出もしてるらしいすよ、香港とかロンドンとか」
「へー」
水、豚骨、火力とこだわり抜いたスープは臭みが無く、濃厚なのに後味良し。きめ細かなスープの泡は高い濃度と純粋な豚骨の証。こだわりのスープにはこだわりの特製オリジナル麺が相性抜群。と、HPには書いてあった。
「食レポしないんですか?」
「だって石上くん意地悪するもん」
「それは適当な事を先輩が言うからですよ。それに訂正してあげるのは僕の優しさです」
「優しさ?」
「藤原先輩が余所で恥をかかない様に、ここで正してあげてるんじゃないですか」
「そんな優しさは要らないんですよ。石上くんにはこのスープの様にまろやかで臭みの無い心を持って欲しいですね。濃いめ、固め、多いめって感じですから」
「誰が家系ラーメンですか。いっつも完まくしてる人に言われたくないですね」
「完まくは誠意ですからね」
「まあ、なんでも良いですけど、今日は控えて下さいね。あと一軒は行きたいんで」
3軒目。-無添加スープ、身体に優しい-塩ラーメン店。
「ここのラーメンは全部、天然素材で出来てるらしいですよ。健康志向の藤原先輩にはピッタリですね」
「…。うん、そだね」
「3杯目ですけど、これだけアッサリ系だったら全然いけますね。ねぇ?藤原先輩」
「う、うん。ねぇ、これ食べたらちょっと休まない?」
「僕はまだまだ余裕です。そんな遠慮しなくて良いんですよ。食べ足りないんじゃ?」
「お願い。少しだけ休憩しようよ?ちょっとだけだから。本当にちょっとだけで良いから」
「仕方がないですね。ほら、先輩の丼こっちに貸してくださいよ。残しちゃ悪いですよ」
「……ありがと」
◆◆◆
「ふぅ。お腹いっぱいで大満足です」
「中々、来れないですからね。悔いが無いなら何よりです」
帰りの車内は平日と言うこともあって、あまり混んではいなかった。
(自由席で全然、問題無かったな)
行きの列車でナチュラルにグリーン車チケットを買おうした藤原に戦慄を覚えたものだ。まだ学生なんだからグリーン席は早い。この国の闇だな…。
20歳になったらちゃんと選挙に行こう。まだ高校生ながら、石上は国民の権利について考えていた。
「正直、4軒目も行きたかった気持ちはありますけど……これが私の限界だったみたいです。私もまだまだって事ですね。これがミコちゃんだったら、ここから更に駅弁食べてそうですけどねー」
「いやいや、流石に-」
あいつもそこまで大食いでは……、と言おうとしたが止めた。平気な顔をして駅弁とお茶と大福をペロリと平らげる伊井野の姿がイメージ出来てしまったからだ。
「そもそもあいつは電車移動に向かない奴なんで」
イメージ出来てしまったので、つい余計な情報を漏らしてしまう石上であったが、その意味を藤原は深く考えなかった。
「けど、悔いですか……。味噌ラーメンも食べたかったなぁ」
「あ〜まぁ、そうですね」
4軒目は札幌味噌ラーメンの予定であった。石上としてはまぁ、余裕があれば行くか、程度のものであり、そこまで悔いも無いのだが…。
「味噌…トロ玉チャーシューにコーンバター」
藤原はどうやらそうでは無いらしい。らしくもなく、微妙に落ち込んでいた。
「また来れば良いじゃないですか。そうしょっちゅうは無理でもたまになら付き合いますよ」
「本当?本当にまた連れてってくれる?」
「ええ。別に藤原先輩とはいつでも学校で会えますし、予定だって合わせやすいでしょう」
「やたーー。石上くんやさしー」
それまで暗かった表情が、にぱーっと明るくなる。悪い気はしない。交通費はやや痛いが、ギリ許容範囲である。
「次は北海道だぁ〜」
「は?」
「私、出張店じゃなく、本場の札幌ラーメン食べたくなっちゃったんです。久々にスイッチ入っちゃいました。ねぇねぇ、今度はいつ行きますか?」
やられた。妙にしおらしいと思ったら……。北海道とかどうやって行くんだよ……。フェリーか飛行機?一体、いくら掛かるのやら……そもそも日帰りだとキツくないか?
「福岡も良いな〜。熊本と長崎にも行ってー。和歌山にも行きたいし〜、石川にも行きたいなぁ〜全く、困っちゃいますよね。日本全国どこにでも美味しいラーメン屋さんがあるなんて」
指折り数え始めた藤原に、もう付き合ってられないとばかりに石上は窓の外に視線を移した。矢の様に流れる夜景がとても綺麗で、過ぎ去る駅や風景に意識を向ける。
-光陰矢の如し-そんな言葉が頭に浮かぶ。そう過ぎた時間は戻らないのだ。人生のレールに逆走は無い。
「あぁ、やっぱり私は海外留学だなんて考えられないなぁ。旅行は大好きなんですけど…」
藤原のポツリとこぼした呟きは、頬杖をついて眠り始めた石上には届かない。
◆◆◆
『なぁにこれ?』
『うん、彼女凄いね。彼の周りの女性の中では圧倒的だよ』
『だけど残念。あの2人の間には愛が無いわ』
『確かにね。けれど未来は誰にも分からないものだよ』
『あたしもあの子の奇運は魅力的だと思うわ。彼の不運も何もかも、その運命ごと呑み込んでしまいそう。まるでブラックホールみたい』
『そうだろう?僕らの懸念を解消するのにこれ程の好条件は中々無いよ。安心して彼を任せられる」
『任せられると言えば聞こえは良いけれど……制御出来ないって言うんじゃあ無いかしら…普通は』
『なんでも良いさ。それに案外、2人の相性は良さそうだと思うけど?」
『それってjokerが何の札とでもペアを作れるだけじゃあないのかしら』
『まあまあ、ちょっと様子を見てみようよ。僕は案外、このまま2人が運命の相手に出逢えなければ、ふとした瞬間にくっつきそうな気がするんだよね』
『……だと良いわね』
石上優が不思議な夢を見る事は1度も無かった。
守護霊達が匙を投げた並行世界の番外編です。
守護霊ルールその3
名前を失くした霊は名を呼べない。